世界実験開始
第一章 その8
一晩が経ち、本土奪還の吉報が日本全国を駆け巡ると、各地から歓喜の声、そして戦死した勇者への追悼の言葉が飛び交った。
国全体を包んでいた恐怖が消え失せ、束の間の平和が訪れたのだ。
きっとそのせいだろう。今日の青空は、なんとなく鮮やかに見える。
軍の中でも、未だに興奮を抑えきれない兵士達が多く、昼過ぎににも関わらず酒を酌み交わしていた。
本来なら懲罰ものだが、今回に限っては上官達の監視の目も厳しくない。
これにならい、涼河も数年ぶりに昼寝を──というわけにはいかなかった。
今涼河達がいるのは、下田郊外にある孤立した森の中。
神泉率いる調査隊の護衛任務、その初日だ。
「こんなところに集落があったなんて、全然気づかなかったな」
圭佑が辺りを見渡しながら言った。
「なんでも共同国軍が下田を占領した時、兵士からの虐待を恐れた一部の人達が、家族を守るためにこの森に逃げ込んでできたそうだよ」
占領された土地では、法など存在しない。敵兵士からの暴行はもちろんのこと、女性や子供に至っては、何をされるか考えたくもない。
そんな時、田舎の集落や農村では、家族を山の洞窟や森の中に避難させる、ということがあったそうだ。この集落も例外ではないだろう。
「圭佑は博士と共に行動。僕は東を、時雨は西をそれぞれ捜索。敵残党を発見し次第、直ちに拘束し、渡しておいた音響弾を撃つこと。もし敵の抵抗が激しければ……殺害すること」
「「了解」」
三人は、それぞれの持ち場に急いだ。
森の中は、涼河の予想した以上に静かだった。
敵兵の殺気はおろか、動物の気配や虫の羽音すら聞こえない森は、まるで別世界のような雰囲気を醸し出している。
さながら、絵画の中に飛び込んだような感覚だ。
「…………」
任務開始から数十分、敵兵発見の知らせは響いていない。
涼河がぱっと見た限り、この集落にはそれなりの人口がある。調査には、もう少し時間がかかるだろう。気を抜くわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせた時だった。
「────っ!」
完璧な静寂の中、涼河の全身が僅かに震え、足が止まった。
張り巡らされた神経が捉えたのは、森に流れる空気の僅かな変化。
極限の『無』だからこそ感じ取れる、微弱な空間の波だ。
『……息遣い……』
その波は一定のリズムを刻みながら、涼河の神経に触れ続ける。
乱雑に響く自然の音とは違う、理性ある者の音──。
「────すぅ……」
涼河はさらに感覚を研ぎ澄まし、戦闘態勢に入る。
森のような障壁の多い空間の中で戦う場合、ほとんどが鉢合わせという形で接敵する。
その場合、勝敗を分ける要素は二つ。
一つは、単純な身体能力。主に反射神経だ。
これに関しては、イシュタークである涼河には勝てる人間はいない。
だが問題は、もう一つの要素。
──相手を確実に殺す、明確な殺意だ。
「……っ…………」
もちろん、最初から殺すしかつもりで戦ってはいけない。あくまで目標であるは、捕虜としての捕縛だ。
だが相手からすれば、味方はどこにもおらず、敵国の領土に一人残された身。
涼河の言葉を聞ける精神など、持ってはいないだろう。文字通り、死に物狂いで戦うはずだ。
そうした時、人間の持つ生の執念は、どんな武器よりも恐ろしい、最強の兵器となる。
『──死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
『ご……ごろ……ずっ……』
涼河はそれを、先の戦いで身をもって味わった。
緊張が走る。
国全体を包んでいた恐怖が消え失せ、束の間の平和が訪れたのだ。
きっとそのせいだろう。今日の青空は、なんとなく鮮やかに見える。
軍の中でも、未だに興奮を抑えきれない兵士達が多く、昼過ぎににも関わらず酒を酌み交わしていた。
本来なら懲罰ものだが、今回に限っては上官達の監視の目も厳しくない。
これにならい、涼河も数年ぶりに昼寝を──というわけにはいかなかった。
今涼河達がいるのは、下田郊外にある孤立した森の中。
神泉率いる調査隊の護衛任務、その初日だ。
「こんなところに集落があったなんて、全然気づかなかったな」
圭佑が辺りを見渡しながら言った。
「なんでも共同国軍が下田を占領した時、兵士からの虐待を恐れた一部の人達が、家族を守るためにこの森に逃げ込んでできたそうだよ」
占領された土地では、法など存在しない。敵兵士からの暴行はもちろんのこと、女性や子供に至っては、何をされるか考えたくもない。
そんな時、田舎の集落や農村では、家族を山の洞窟や森の中に避難させる、ということがあったそうだ。この集落も例外ではないだろう。
「圭佑は博士と共に行動。僕は東を、時雨は西をそれぞれ捜索。敵残党を発見し次第、直ちに拘束し、渡しておいた音響弾を撃つこと。もし敵の抵抗が激しければ……殺害すること」
「「了解」」
三人は、それぞれの持ち場に急いだ。
森の中は、涼河の予想した以上に静かだった。
敵兵の殺気はおろか、動物の気配や虫の羽音すら聞こえない森は、まるで別世界のような雰囲気を醸し出している。
さながら、絵画の中に飛び込んだような感覚だ。
「…………」
任務開始から数十分、敵兵発見の知らせは響いていない。
涼河がぱっと見た限り、この集落にはそれなりの人口がある。調査には、もう少し時間がかかるだろう。気を抜くわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせた時だった。
「────っ!」
完璧な静寂の中、涼河の全身が僅かに震え、足が止まった。
張り巡らされた神経が捉えたのは、森に流れる空気の僅かな変化。
極限の『無』だからこそ感じ取れる、微弱な空間の波だ。
『……息遣い……』
その波は一定のリズムを刻みながら、涼河の神経に触れ続ける。
乱雑に響く自然の音とは違う、理性ある者の音──。
「────すぅ……」
涼河はさらに感覚を研ぎ澄まし、戦闘態勢に入る。
森のような障壁の多い空間の中で戦う場合、ほとんどが鉢合わせという形で接敵する。
その場合、勝敗を分ける要素は二つ。
一つは、単純な身体能力。主に反射神経だ。
これに関しては、イシュタークである涼河には勝てる人間はいない。
だが問題は、もう一つの要素。
──相手を確実に殺す、明確な殺意だ。
「……っ…………」
もちろん、最初から殺すしかつもりで戦ってはいけない。あくまで目標であるは、捕虜としての捕縛だ。
だが相手からすれば、味方はどこにもおらず、敵国の領土に一人残された身。
涼河の言葉を聞ける精神など、持ってはいないだろう。文字通り、死に物狂いで戦うはずだ。
そうした時、人間の持つ生の執念は、どんな武器よりも恐ろしい、最強の兵器となる。
『──死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
『ご……ごろ……ずっ……』
涼河はそれを、先の戦いで身をもって味わった。
緊張が走る。
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