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世界実験開始 

クロム

第一章 その5

「ただいま参上いたしました。真門総司令」
 涼河が言い終わると、三人は伸ばした右手を素早く額に近づけた。
 本陣の最深部、天城山の頂上には、作戦会議所と上官達の個人スペースが設けられていた。
 末端の兵士は入ることを許されない、特別な区画である。そのためか、兵士達の間では様々噂が後を絶たない。
 あの上官は毎晩女を連れ込んでいるらしい、とか、あの上官が贅沢な肉持って頂上に上がっていくのを見た兵士がある、などといったものだ。
 大方、娯楽のない戦場での楽しみの一つとして、兵士達の中で勝手に生まれたのだろう。
 だが、今涼河達の前にいる噂だけは、一度も聞いたことがない。
「ご苦労。疲れているところすまないな」
 そう言いながら男は立ち上がり、座っていた椅子を礼儀正しく机にしまうと、涼河達に敬礼を返した。
 大柄な肉体を持つ者は、決まって大雑把な性格のように錯覚してしまうが、彼の丸太のような腕が小さな椅子をしまう光景は、備わった教養の高さを滲み出していた。
 だが彼の放つ雰囲気は、戦場にふさわしい覇気そのもの。
 彼こそ、大日本皇国第一軍司令官である、真門光樹まかどこうき大佐だ。
「いえ、お気になさらず」
「司令官こそ、お疲れ様です」
 圭佑と時雨の返事を聞き終えると、真門は顔に僅かな笑みを浮かべながら言った。
「今回の伊豆半島奪還は、そなた達イシュターク部隊の活躍がなければ実現しなかった。本当に、よくやってくれたな」
「総司令直々にお褒めの言葉を頂けるとは、恐悦至極に存じます」
「随分と難しい言葉を使うようになったな、上代。施設にいた頃のお前が懐かしいな」
 すると真門は、三人の顔を一通り見て言った。
「三人とも、良い面構えだ」
 何故か彼に言われると、自分では感じなくなるとも本当のように思えてしまう。
 軍人としての歴は部隊内で一番長く、その経験と勘から生み出される統率力と判断力は、幾度も軍を敗北の危機から救い出してきた。
 故に、彼は兵士から絶大な信頼を向けられており、彼を軍神と仰ぐ兵士もいる。
 イシュターク部隊の実戦投入を提案したのも真門だ。
「早速で悪いが、お前達に次の任務を──」
「──総司令、ここにいますか?」
 涼河達の背後から、何者かが真門の言葉を遮る。
「噂をすれば、だな」
 涼河達が振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
 兵士には適さない単身痩躯の体格に、戦場ではまず見ることのない真っ白な白衣姿。
 その人物は、涼河達を見ると目を大きく見開き、驚いた様子で言った。
「みんな!」
「「「上泉博士!」」」
「三人とも大きくなったねぇ! いやいや敬礼なんていいから! そんなかしこまらないで! 聞いたよ、大活躍だったそうじゃないか!」
 彼の名前は上泉隼太かいみずみはやた
 涼河達イシュタークを製造した、大日本皇国計画局の局長であり、涼河達にとっての育ての親である。
「お久しぶりです! お元気でしたか?」
「当たり前だよ! 前線で戦っている君達が生きているのに、僕が死ぬわけにはいかないからね!」
 涼河達がこうして上泉と会うのは、大日本皇国第一軍に配属された日以来。実に二年ぶりとなる。
「それにしても、どうして博士がここに?」
 時雨が問いかけると、上泉は意気揚々に答えた。
「実はね。今回の伊豆半島奪還に際し、政府は現在の伊豆半島の現状を調査すべく、調査隊を結成したんだ。その隊長に私が選ばれ、総司令に到着を報告すべく、ここに来たってこと。明日から調査を開始するからね。今日中に伝えておかないと」
「明日からですか?」
 上泉の発言に反応したのは圭佑だ。
「総司令、それは危険です。まだ敵軍の残党がどこかに潜伏しているかもしれません」
「その通りだ。そして、お前達を呼んだ理由はそこにある」
 全員の視線が自身に戻ったのを確認すると、真門は再び話し出した。
「イシュターク部隊にはこれから一週間、調査隊の護衛任務にあたってもらう。彼らと共に地域を巡回し、同時に残党の捜索も進めるんだ」
「よろしくね」
「「「はっ!」」」
 三人の返事と敬礼が見事に重なり、驚いた上泉は、流石だね、と言葉を漏らした。
「以上だ。明日は昼からの任務だ。今日のところはゆっくり休め」
「はい。失礼します」
 涼河達は振り向き、会議所を後にする。
 ──が、
「総司令」
 涼河はすぐに向き直り、真門に声をかけた。
 突然の行動に上泉はまた驚き、真門は返事をせず、ただまっすぐに涼河を見つめる。
「一つ……お聞きしてもよろしいですか」
「……何だ?」
 その瞬間、真門の目が少しばかり鋭くなった。
 それは戦場での、敵の動きを見極める時の目に限りなく近い。
 ──心を見られている──。
 自然と、涼河の中に緊張が生まれる。
 殺気とは違う、心臓を握られているような特殊な感覚。
 これを視線で放てるようになるには、一体どれだけの戦いを重ねればいいのだろうか。
「どうした、早く言え」
 数秒の沈黙の後、ようやく涼河は口を開いた。
「……総司令は、何のために戦うのですか?」

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