世界実験開始 

クロム

第一章 その4

 涼河達の撤退後、後続部隊の壊滅を知った共同国軍は、日本本土からの完全撤退を決定。下田に残っていた海軍戦力と共に、日本を脱出した。
 皇国軍総司令部は追撃を図るため、相模湾に展開していた海上制圧部隊を派遣し、共同国軍に大打撃を与えることに成功。
 これにより、共同国軍は日本近海での優位性を完全に失い、本土周辺から姿を消した。
 日本の宿願であった本土奪還は、ついに果たされたのだ。
「──すごい騒ぎだな」
 長き戦いに終止符が打たれ、本陣の敷かれた天城山あまぎやまは宴会騒ぎになっていた。
 涼河が宿舎で寝る前と後では、漂う匂いがまるで違う。
 兵士達が顔を真っ赤にしながら、酒を片手に歩き回る様子は、まるでここが歓楽街だったかのような錯覚を涼河に見せていた。
「無理もないわ。今まで、この日のために戦ってきたんだもの」
「でも、まだ戦いは終わってないんだ。撤退した敵戦力の行方も掴めてないし、いつまたここが戦場になるか──」
「──涼河は心配しすぎなんだよ。少なくとも、皇国軍と戦っていた共同国軍のほとんどがイグザリオン軍だ。いくら奴らでも、あれだけの大軍をすぐに編成するのは無理だろう。しばらくは平穏に過ごせるかもな」
 間違いではない。事実、共同国軍の大部分は、その中核であるイグザリオン軍だ。
 他の共同国はヨーロッパに戦力を集中させている。太平洋にまで援軍を送る余裕はないだろう。
「……それにさ」
 圭佑が兵士達を見ながら言う。
「こうでもしねぇと、みんな耐えられないだろ」
「…………」
「……人、減ったよね。二年前に比べて」
 時雨の言葉で、涼河はもう一度周りを見る。
「……誰もいなくなっていないのは、僕達だけ……」
 涼河達が参加した大日本皇国陸軍第一部隊は、奪われた本土の中で最も敵戦力が集中していた、伊豆半島を奪還するために編成された部隊だ。
 敵主力部隊と戦うとなれば、相応の実力を持った兵士達が集められる。
 第一部隊は、皇国軍の精鋭中の精鋭が集められた、最高戦力のはずだった。
 だが戦いを重ねていくうちに、その数は目に見えて少なくなっていった。
 今涼河が見えている兵士の数は、配属された時に見た印象よりも遥かに少なく見える。笑いながら涙を流す兵士達は、互いに肩を組み合ってはいるものの、中にはどこか上の空の兵士もいる。
 彼らは一体、誰と酒を飲んでいるのだろうか。
「ところで、どこに行くんだっけ?」
「あ、そうだった。司令の召集があったんだ」
 時雨の言葉で本来の目的を思い出し、涼河宴席の中を歩き出した。
 時雨と圭佑も後に続き、邪魔をしないようになるべく一列で進む。
 ──その瞬間、周囲の空気が僅かに変わったのを、三人はすぐに感じとった。
「────」
 視線だ。
 さっきまで顔を真っ赤にしながら、勝利の美酒に酔いしれていた兵士達が、いきなり酔いが覚めたかのように、涼河達に一斉に視線を向けたのだ。
 その目には、戦友を見るときの優しさや喜びは全くこもっておらず、むしろ軽蔑や嫌悪の念が強く感じられる。
 気にせず歩いていると、なにやら互いの耳元で話し出した。宴会の席であるというのに、ひそひそ話とは縁起が悪い。
『何であいつらがいるんだ?』
『兵器ごときが調子に乗りやがって』
『何で軍はあいつらを特別扱いすんだよ。どうかしてんだろ』
『いくら頑張ったって、別に昇格するわけでもないのによぉ』
『あいつらがもっと働いてれば……あいつは死ななかったのに……』
 聞こえないふりをしながら、自然と少しずつ早くなっていった。

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