ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした

Raito

終幕:想い

 宿題に手をつけていると、どんどんとドアが叩かれた。
 そして、何回もインターホンが鳴らされる。


 俺が急いで階段を駆け下りると、そこには息を切らした真也がいた。


「どうしたんだ?」


「た、大変だ!ばあちゃんから聞いたんだけど、如月さんが倒れて隣町の市民病院に…!」


 俺は何も言わず、外に出た!


「あっ、待て!」


 真也の忠告を聞かず、俺は自転車に乗った。
 祭りの帰りの人達の間を縫うようにして隣町へ向かう!


 あのメールは本当だったのか!
 最初の一文だけが嘘だったってことか!


「クソ…クソォ!」


 俺は涙を流していた。


「彼女の苦しい時にそばにいてやれなくて何が彼氏だよ!あいつは…」


 ずっとひた隠しにしてきたんだ。
 あの言い回しも、きっと自分の死期が迫ったことを暗示してたんだ。


 もう遅いかもしれない。手遅れかもしれない。
 でも…。


 彼女が苦しんでいるのなら、隣で手を握って「大丈夫だよ」って、言ってやれるのが彼氏じゃないのか!


 隣町の市民病院までの道は、とても単純なものだった。海岸線を進むだけ。
 自転車を飛ばして三十分、俺は市民病院に着いた。


 受け付けに行き、病室がどこか訪ねた。帰ってきた返答は…。


「集中治療室から先程開放されたばかりです。面会は難しいかと」


 と返ってきた。
 それでもいいと言って病室を教えてもらうと、407病室だと教えて貰った。


「あ、院内は走らないでください!」


 忠告の言葉も耳には入らず、階段をかけ昇る。
 四階へ着いた時には、もう息が切れていた。
 それでも、俺は前に進んだ。


 前では、如月の祖父母と思われる老夫婦が、涙を流していた。
 俺を止めようともせず、誰かと連絡を取っているようだ。
 大方如月の両親だろう。


 俺がドアを開け放つと、そこには白衣を着た医者さんとベッドに横になっている如月の姿があった!


 俺が駆け寄ると、如月は虚ろな目を向けた。
 口には人工呼吸器を付けられ、体には何本も管を刺されている。


「きぃ…?」


「しー…くん…」


 ヒュー…ヒュー…と音を立てながら如月はゆっくりと口を開いた。


「なぁ、何やってんだよ…?」


「私、病気なの…筋萎…縮性側索…硬化…症。よく分から…ないけど、筋肉が…衰える…病気…」


「は…?」


 俺は崩れ落ちた。
 現実を受け止められないでいた。
 そして、俺は医者さんに訪ねた。


「治る見込みは…あるんですか?」


「残念ながら…進行が進みすぎている。薬剤で抑制は出来ていましたが、もう…」


「ここに来たのってね…リハビリの…ためなんだよ…。体を動かしたら…治るって…診療所にも…通いつめ…てたし…」


「もう喋るな!」


 俺は大声を上げた。
 如月はびっくりしたように少し目を開いた。


「お前はもっと…生きるんだよ…だから…」


「しー…くん…?」


 心做しか、声が小さくなった気がした。
 もう…時間がなんだな…。


「この…病気さ…十万人に…一人…くら…いの確率…で、しかも…老人…がなる…もの…なん…だって…」


 そう言うと、如月は涙を流した。
 俺は、細くなった如月の手をぎゅっと握った。
 もう…その手は冷たかった。


「なんで…私なの…?」


 俺は、この世界の理不尽を見た。
 目の前に倒れている少女は、何故このようなことになってしまったのか?


 それは、完全なる世界の気まぐれだ。
 話を聞けば、まだ原因が分かっていないらしい。


 如月は何も悪くない。
 なんでこの子が選ばれなきゃらなないんだ!


「もっと…生きたい…」


「そうだよ、お前は…もっと…生きるんだよ!そうだ、水族館に行こう!動物園にも行こう!映画館ってやつにも行こう!そんでもって、来年はみんなで花火を浜辺で見るんだよ!それで、結婚式は…みんな誘って…豪華に開こう…?」


 そうだ、こいつはもっと生きるんだ!


 生きて、歳をとって、俺と…結婚するかは分からないけど、子供が出来て、名前で悩んで、独り立ちさせて、孫ができて、『あの頃は若かったな』なんて縁側で過ごしながら笑い合うんだ!


 だけど、現実は非情だった。


「もうお迎えが来たみたい…」


「何…言ってんだ?」


「…バイバ…」


 今までピッピッ…ピッ…と不規則な音を立てていた心電計がピーと音を立てる。
 ガクリと項垂れた如月を俺は呆然と見つめていた。


 手を合わせ、合掌をする医者とナース。「十時三十七分」と呟く。
 こんなことあって当然と言わんばかりに、足早に去って行く。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺は、周りの目も気にせずに大声で泣いた。
 何故自分がここまで泣いているのか、分からない。
 でも、泣いた。泣き叫んだ。
 お門違いだとわかってる。でも、止まらなかった。


「もっと…生きるんじゃなかったのかよ!」


 どす黒い感情が、俺を飲み込む。
 これは…理不尽への怒りだ。


「水族館にも…動物園にも…映画館にも…行くんだろ!」


 俺は、如月に語りかけるように顔を見る。
 冷え切った如月の顔は、とても安らかなものだった。


「なんで…なんでなんだよ…」


 俺は、床に手をついた。
 どす黒い感情が、さらに俺を飲み込んでいく。


「なんでそんなに安らかなんだよ!痛かったんだろ!苦しかったんだろ!」


 俺は声がしゃくりあげ、上手く出せなかった。
 掠れた声で、吐き捨てる。


「悲しかったんだろ…?」


 それからのことは…あまり覚えていない。






 兄が父に運ばれ、帰ってきた。
 深夜の零時くらいのことだ。
 軽トラに自転車を乗せ、助手席には兄が眠っていた。


 なんでも、如月先輩が亡くなってしまったらしい。
 正直に言うと、私も悲しい。
 胸が張り裂けそうなくらいだ。


 何せ、あんな歪んだ憎悪のような…嫉妬のような感情を抱いた私を、受け入れてくれたのだから。


 兄は泣き疲れてそのまま病院の床で寝てしまった。


 いきなり家を飛び出した兄を心配し、母が病院に電話をかけた。
 それから今に至る。


 兄の気持ちもよくわかる。
 そう、よく分かる。
 だけど…。


 あの人なら、笑って見送って欲しいんじゃないかな。


 翌日から、兄は閉じこもった。
 ご飯は誰もいない時に、カップラーメンをリビングからとって食べる程度。
 こんなの、いつ体調を崩すか分からない。


 今朝、いつもどうり朝食を部屋の前に置いたが、手をつけなかった。
 母さんも父さんも、もちろん私も、そんな兄の心の傷が、ただ癒えるのを待つことしか出来なかった。


「それで、どうすれば…?」


「俺達も見てたけど…大分気が病んでるぞ…」


 加賀先輩と結弦くんは兄を追って病室まで行ったらしい。


 だが、既に兄は発狂状態。
 手のつけようがなく、ただただ見ているだけだったという。
 私だって、そうなっただろう。


 私は、『霞ヶ原バスターズ』のみんなを睦月ちゃんの家に呼んでいた。
 そこに、兄の部屋に向かっていた睦月ちゃんが戻ってきた。


「ねぇ、睦月ちゃん。お兄ちゃん、どうだった?」


「言った通りでした。『関わらないでくれ、ほっといてくれ』の一点張り。挙句の果てにはものを投げ始めました」


 もう、冷静だった頃の兄は見る影もないってことか…。
 私は頭を抱えた。


 前日には結弦くんと加賀先輩も訪ねたのだが、成果は得られなかった。
 もう…無理なのか?


「私に考えがある」


「卯月ちゃん?」


 卯月ちゃんは「いいから見てて」と言って、何やら支度を始めた。
 私達は、ぽかんとその様子を眺めていた。


 私達は、兄の部屋の前までやってきた。
 コンコンと卯月ちゃんがドアを叩くと、兄は嗄れた声で「来るな!」と言った。


「入るよ」


 半ば強引に、卯月ちゃんはドアを開けた。






 長門さんは、布団を頭から被り、まるで目を合わせてくれない。
 部屋にはカップラーメンが散乱し、その匂いが部屋に充満している。


「何しに来た…」


「ご飯、食べてもらいたい」


 私は、長門さんにスっと弁当箱を差し出す。


「一口だけ、そしたら出ていく」


「……」


 長門さんは何も言わずに、弁当箱を開ける。
 良かった、食べてくれる気になったんだ。


「これって…」


「私って、料理するの好きだから、レシピ聞いておいたの」


 私が作ったハンバーグとザリガニフライ。


 ハンバーグを一口、長門さんが口に運ぶ。
 その瞬間、長門さんは涙を流した。


「美味い…美味い!あいつの味…」


「思い出の味…なんだよね?」


 長門さんはコクリと頷いた。
 それもそうだろう。初めて食べた如月さんの手料理。
 思い出でないはずがない。
 そして、ザリガニフライは二人にとっての思い出。
 これをきっかけに付き合い出した…のかな?


「もう、受け入れた?」


「分かってたんだよ、あいつは戻ってこないなんて。だけど…受け入れたくなかった…」


「その気持ちはよく分かる。でも、今はついてきて欲しい所がある」


「どこだ?」


 私は振り返り、長門先輩にこう言った。


「思い出の場所」






 兄が出てきた。
 私は何もできなかった。
 ただ、見てるだけだ。


「お兄ちゃん、もう大丈夫?」


「あぁ、心配かけたな」


 兄は元に戻った。
 でもなんだ?このモヤモヤした感覚。


 分かっていた。
 これの原因は…。


 何も出来なかった、自分への苛立ちだ。


「また、私じゃなかった…」






 俺はみんなに連れられ、秘密基地にやってきた。
 思い出の場所…なのか?


「なぁ、なんでここに連れてきた?」


「それは…これ」


 卯月は机を指さした。
 そこには…。
 ビー玉と、封筒とペンがあった。
 あいつが、ビー玉を持っていたのか。
 封筒には…。


『みんなへ』


 と書いてあった。


「これって…?」


「如月さんの、最後のメッセージだろ」


 俺達は机をぐるりと囲み、手紙を読んだ。






 私は何も出来なかった。
 悔しかった。
 だから、あの人の意思を汲み取ってあげたい。
 それで、あの人のような、勇気が持てるなら…。


『あーちゃんへ
 私はあーちゃんのことが大好きです。
 気を張っていても、ちゃんと女の子らしさを持っているあーちゃんが、私は大好きです。
 今までありがとう!』


「あなたには…敵いませんよ…」


 私は、ポツリと呟き、涙を流した。
 あれ、おかしいな。
 笑顔で見送るはずだったのに…。






 ただ、眺めることしか出来なかった。
 泣き崩れている、友達を。
 そんな自分が、情けなかった。
 そして、何もしてやれなかった自分が…。


『かーくんへ
 私はかーくんのことが大好きです。
 短い付き合いだったけど、そんな私を友達だと認めてくれたかーくんの優しさが大好きです。
 今までありがとう!』


「何言ってんだよ…如月さん。友達に付き合いとか…関係ないだろ?」


 俺は静かに涙を流した。
 あの子は、こんなことを望むのだろうか。






 先輩には何もしてあげれなかった。
 親友だって、言ったのに。
 そして、その彼女さんである如月先輩にも…。
 私は、自分の無力さが憎い。
 最後くらい、見とってあげたかった…。


『むーちゃんへ
 私はむーちゃんのことが大好きです。
 私たちの付き合うきっかけを作ってくれた上に、とても可愛い乙女心を持ち合わせたむーちゃんが大好きです。
 今までありがとう!』


「あなたには…負けますよ…」


 乙女心なんて、私は持ち合わせてない。
 あの人の方が、私より、ずっと女の子らしいんだから…。






 ずっと憧れていた先輩の泣き顔を、初めて見た。
 あの時、なんて声をかければ良かったのだろう。
 加賀先輩は、悔しそうに唇を噛み締めていた。
 俺は…ただ、見つめているだけだった。


『きーくんへ
 私は、きーくんのことが大好きです。
 ずっと昔の想い人を今も想っている、その真っ直ぐさが大好きです。
 今までありがとう!』


「七宮先輩が、あなたを好きになった理由…分かった気がするっス…」


 この人は、本当に強いひとだ。
 その強さに…惚れたのかな。






 私は何もしてあげられなかった。
 強いていえば、なんとか長門さんを部屋から連れ出したこと。
 でも…あの人には…何も…。


『うーちゃんへ
 私はうーちゃんのことが大好きです。
 優しくて、料理ができて、そんなうーちゃんが大好きです。
 今までありがとう!』


「如月さん…私は…何も出来なかったよ…?」


 全部、あの人が自分で変えたんだ。
 その強さが…勇気が…欲しい。






 俺は、あいつの一番近くにいた。
 でも、ただ泣くことしか出来なかった。
 それで、閉じこもって…。
 そんな俺を、あいつが見たらどう思う?
 きっと、悲しむだろう。
 今は、あいつが残したメッセージに目を通すとしよう…。


『しーくんへ
 私はしーくんのことが大好きです。ほんとのほんとに大好きです。
 その不器用な優しさも、ツリ目がちだけど優しくなるとふっと緩むその表情も、全てが大好きです。
 今までほんとにありがとう!』


「あぁ…俺も…お前のことが大好きだ…」


 俺は静かに涙を流した。
 見れば、みんな流している。


「なぁ、みんな。俺さ、あいつの死を無駄にしたくないんだ」


「…どういう意味だ?」


 真也が赤い目を擦り、こちらに問いかけた。


「それは…」






 あれから十年がたった。
 昼休み、飯を食べ終え日課の墓参りに行く。
 茹だるような暑さとそれを引き立てる蝉の音。
 桶の水を尺に掬い、墓にかける。


「涼しいか?きぃ…」


 風が、前髪を揺らす。
 そこの木の影で、俺達が笑った気がした。
 小さい頃の…俺達が。


 気のせい…か。
 俺は線香を手向け、合掌をする。


「おー、長門!ここにいたのかー!」


「やめろよ、その呼び方」


「別にいいだろ?友達の好でさ!」


「へいへい…」


 真也がこちらに走ってくる。
 こいつは本当に騒がしい。
 その隣には、睦月が立っている。


「私も親友として、長門先輩と呼びます!」


「親友!?ずるいぞ、俺も親友だ!」


「つーか、お前らなんでここにいる?」


「なんでって…、ほら、お前ってここいると時間忘れるだろ?だから、呼びに来たんだよ」


 何言ってるんだ、そんな訳…。
 時計を見ると、もう昼休み終了の十分前だった!


「ほら、早く行くぞ!七宮長門医院長!」


 そう、俺は医者になった。
 あれから、俺は勉学に励んだ。
 文字通り血の吐くような努力をして。


 それから俺は医大に入り、そこで優秀な成績を収めることが出来た。その結果、色々あって免許を獲得。


 真也の方がやばかったが、なんとか免許を獲得できたらしい。


 明日香と睦月、結弦の三人はその俺たちの何十倍もの努力をした。
 元々成績は良い方ではあった三人だが、さらに成績を上げ、名門高も射程圏内に入れた。


 そして、めでたく全寮制の名門高に入学。
 そこからエスカレーター制で医大まで入学。
 そして免許を獲得して、この春帰ってきた。
 その後直ぐに俺の病院にて、働くことになった。


 あ、ちなみに衣笠神社の神主の座は後に生まれた弟に継がせることになったそうだ。本人も色々苦労したのだとか。


 卯月は…。
 今、医大やら研修やらで頑張っているらしい。
 まぁ、あいつのことなら大丈夫だろう。


 さて、何故俺が医院長なんて務めているかと言うと…。
 前医院長が退任し、後釜がいなくなった所でたまたま俺が都会から帰ってきたからだ。


 あ、ちなみに、スマートフォンも手に入れたぞ!


 あれからビー玉を覗いて見たが、心の声が聞こえることは無かった。
 あれは何だったのだろうか。


 今でもまだわからない。
 ただ、分かってることは、あれのおかげで二つの恋がかなったことだ。


「なぁ、霞ヶ原バスターズも、『霞ヶ原ドクターズ』に改名した方がいいんじゃないか?」


「んー、なかなかいいセンスですね!」


「ふざけんなよ…」


「冗談冗談!」


 俺達は、一歩踏み出した。
 過去からの、小さな一歩。
 未来への、小さな一歩。


 でも、その一歩を踏み出すには、大きな勇気が必要だった。
 それを教えてくれたのは…他でもない、今は亡き俺の想い人だ。


 如月、ありがとう。
 失敗を糧に前に進んだ。
 お前の死を無駄にしなかった。


 …それで、良かったのか?


 もっと胸を張って!
 そう言われた気がした。
 振り返っても、誰もいない。


 分かっていた。
 でも、確かめたかったのだ。


「どうした?」


「いや…なんでもない」


 俺は、少し背筋を伸ばして、歩き出した。






 皆、ありがとう!
 涙なんて私には似合わないけど、正直泣いちゃった。


 もっと皆と居たかったな。
 でも…。


 皆の思い出の中に私が生き続けるのなら、それで十分だから!
 最後に、この言葉を残すよ。


 またね!

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