ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした
第7話:海
茹だるほどの蝉の音が、俺の鼓膜を震わせる。
さて、今日は海へ向かう日だ。場所は霞ヶ原海岸。
俺は明日香と共にやってきた。
道のりは、ただ長い長い坂道を下るだけ。道なりに進んでいけば到着する。
「よし、到着っと」
「お兄ちゃん、ほんとにお弁当いらないの?」
「まぁ、俺はな」
「ふーん、そうなんだ」
明日香はレジャーシートを敷いて、その上に荷物を並べた。そしてでっかいパラソルを立てて終了。
俺は自分の荷物を持ち、水着に着替えようとした。
「見るなよ?」
「見ないよ!あと、そんなこと言うんなら、先に着込んでおいでよ!」
「下着を忘れるかもしれないだろ?」
「いっその事水着のままで帰ればいいじゃん」
「鬼畜すぎるだろ…」
俺は岩の陰に隠れ、水着に着替えた。
うん、相変わらずこれはあれだ。腹筋もくそもない体だ。
「見せるものも何も無いなら、水着用のジャケットでも買えばいいのに」
「うっせ。お前はどうなんだ?ちゃんと持ってきたんだろうな。着替えと水着の両方」
「お兄ちゃん、変態?」
「ちげーよ!いざとなって忘れたのに気が付いたら遅いだろ?だから聞いてやったんだよ」
明日香は、「本当に?」と問いかけてくる。うん、完全に信じてないな。
明日香は俺とはまた違うところの岩の影で着替えた。
明日香の水着は、黒と白の水玉模様のビキニ。
うん、相変わらずプロポーションはいいと思う。
「な、何?」
「なんでもねぇよ」
「いやらしいこと考えてない?」
「考えてないって!」
俺は、ふと明日香の白い肌が目に入った。
「日焼け止めとか塗らないでいいのか?なんなら塗ってやるぞ?」
「お兄ちゃん、変なこと考えてるでしょ。もう塗ったから、変なこと考えないで」
「ちげーよ!」
「あ、居た!」
俺が否定すると、上の方から声が聞こえた。
振り向くと、こちらに手を振る卯月の姿があった。
二人は海岸に繋がる階段を降り、俺たちの元に走ってきた。
「おーい、長門先輩、明日香ちゃん!」
「長門さん、明日香さん、今日はよろしく」
「おう、よろしくな、二人とも」
そして、睦月は俺の隣に来るなり小声でこう言った。
「如月先輩の水着、楽しみですね!」
「まぁな…って、何言わせんだ!?」
「じゃ、着替えてきます!」
「私も」
話はまだ終わってないが…。
恋人の水着が気になるのは彼氏にとって普通のことなのか?
「お待たせです!」
「お待たせ」
二人が岩の陰から出てきた。
睦月はピンクのビキニ、卯月は緑色のワンピース水着だ。
俺は率直に感想を述べた。
「無いな」
「無いね」
「二人ともひどいです!」
「まだまだこれから、未来はある」
んー、卯月はあるとして睦月は…いや、やめておこう。
さて、まだまだメンバーは揃わないが…。
「よし、ちょっと早めに始めるかー」
『おー』
「私達は何する?」
「ビーチバレーのボールを膨らましてくれ。卯月と睦月はコートの準備を頼む」
「了解です!」
「分かった」
睦月と卯月が棒を持って線を引き、俺は簡易ネットを持ってきた。
棒にネットを貼り付け、それを立てただけだが。
明日香はと言うと、プクーっと、口でボールを膨らませていた。踏むタイプのポンプも持ってきてたんだけど…。
「よし、完成だな」
「お兄ちゃん、よくこんなの作ったね」
「ちょいと早起きしてな」
正確に言うと六時頃、母に畑から少し分けてもらったのだ。
ゴーヤのグリーンカーテンとかに使うネットと、それを支える棒。
それを見て思いついた。これ使えるんじゃね?と。
「おー、やってんな、お前ら!」
「楽しそうっスね、加賀先輩!」
「あー、真也先輩!」
「睦月ちゃん!」
結弦と真也がやってきた。真也はどうやらスイカが何個か入ったネットと、木刀のようなものを持ってきた。
あぁ、あれ見た事ある。なんか家族で旅行に行って、その帰りに買ってきたとか言ってたやつだ。修学旅行とかで買いたいが、買わせてもらえないやつでもある。
二人はひしっと抱き合い、俺たちに愛を見せ付けた。
「あの二人、ほんとに付き合ってたんだ…」
「ほんと、驚きっスよね」
「あぁ、結弦くん。今日はよろしく」
「よろしくっス、明日香さん!」
あの二人は案外仲がいいらしい。
二人は中に水着を着込んでいたらしく、その場で服を脱いだ。
え?ちょっと待て!俺の目の前にはありえない光景が広がっていた。
二人はトランクス型の黒の水着…って、そんなことはどうでもいい!
「お前らさ…」
「どうした?」
「どうかしたっスか?」
「なんでそんなに腹筋割れてんの!?」
いや、真也は分かる。こいつ元テニス部だし。多少体鍛えてたりもするだろう。
でもさ…?
「結弦…お前だけは同士だと思っていたのに…」
「自分、案外着痩せするタイプなんス。まぁ、健康のために部屋で筋トレくらいはするっスよ」
そこそこに割れてたら別にいいと思うけど…。
睦月が真也の腹筋に釘付けになっている。
「触ってもいいですか?」
「あぁ、もちろん!」
「では、お言葉に甘えて。うわぁ、硬いです!」
「睦月ちゃんの手は柔らかいよ!」
あー、なんか二人がまたイチャイチャ仕出した。
それを結弦がうらやめしそうに見つめている。
「にしても、酷いんですよ、真也先輩!長門先輩と明日香ちゃんが、私の胸がないとか言い出すんです!」
いや、胸がとは言ってないんだけれど…。
真也がぽんと睦月の肩に乗せる。そして、こう告げた。
「覚えておけよ、睦月ちゃん。そう言われた時、これからはこう言い返すんだ…」
睦月はゴクリ…と唾を飲む。
「貧乳はステータスだ!」
「なっ!?」
あぁ、よく言われてるよな。
でも、それはこいつが貧乳だということを肯定したようなものだぞ?
そもそも、貧乳にコンプレックスを抱いているこいつにとってはむしろ逆効果じゃ…。
「真也先輩…」
睦月はプルプルと震えている。やはり逆効果か?
「確かにそうですね!」
「だろ?」
いいんだ!?
「ところで、先輩はどっちが好きですか?貧乳と豊乳」
「そんなの決まってるだろ…睦月ちゃんの胸のサイズが好きだよ」
「真也先輩…!」
二人は再びひしっと抱き合った。何この茶番。
しかも一向に終わる気配がない。このまま何も言わなければ日が暮れるまでこうしてるだろうな…。
「ねぇ、お兄ちゃん。私たち何見せられてるの?」
「さぁな、結弦、お前はどう思う」
「何なんスかね、これ。あなたのお姉さんでしょ?卯月さん」
「わかんない…、お姉ちゃん、さらに気持ち悪くなってる」
妹にまで引かれるほどって…。
そんなこんなで、バカップルが抱き合っている間、俺達はバレーの練習をしていた。
案外難しいもんだな、バレーって。
「おーい、みんなー!」
階段の上の方から声が聞こえる。
そこには如月が立っていた。あいつ、階段踏み外したりしないよな…。
有り得る!
俺は即座に駆け出し、如月の元へ駆け寄った。
「何、しーくん?」
「こけたら危ないからな」
「こけないよ、相変わらず心配性だなぁ」
結局、何事もなく階段を降り終えた。
こいつの動作の一つ一つにヒヤヒヤさせられる。
「如月先輩、おはようっス!」
「きーくん、おはよ。じゃ、着替えるねー」
如月は服をたくし上げてそのまま脱ぎ、水着姿になる。
ビキニの水色と白のストライプ。明日香とまではいかないが、そこそこのプロポーション。
「どうかな、しーくん。似合ってる?」
「そうだな、似合ってると思うぞ?」
「ふふふ、彼氏のしーくんが言うんならきっと似合ってるんだろうね。ありがと!」
『彼氏!?』
明日香と結弦が乗り出し、俺に聞いてきた。
明日香には言ったけど、結弦にはまだ言ってなかったっけ。
「俺ら、付き合ってるから。つーか、明日香。昨日言っただろ?」
「てっきり嘘かと…」
あぁ、こりゃ意気消沈しちゃってるな。結弦のやつ。
「如月先輩に彼氏…」と何回もブツブツ言ってる。
「ねぇお兄ちゃん、どうしたんだろ、結弦くん」
「実は…」
俺が明日香に結弦の初恋の話をしていると、思いがけない答えが帰ってきた。
「ああ、それなら私だよ」
「へ?」
「服が濡れて着替えを貸して貰った時、たまたまそこに怪我した結弦くんが来てさ。それで手当てをしてあげたって訳。その時、名札が着いたままだったんだよ」
「つまり…」
結弦が聞き返す。あー、なるほど、そういう事か…。
「結弦くんの初恋の相手は、私ってことになる…のかな?」
結弦は、アワアワと口を開けていた。
まさか、初恋の人の正体が思いもよらない人物で呆然としているのだろう。
あーそう言えば、睦月のやつに四ツ矢サイダー奢ってやるって約束してたなー、すっかり忘れてた。
「じゃ、俺ちょっと抜けるわ。飲みもの買ってくる」
「私はコーヒー、冷たーいやつ」
「俺はメロンソーダ!」
「コーラをお願いっス…」
「御膳の緑茶」
「俺はパシリじゃねぇけど…まぁいいか。じゃ買ってくるわ」
俺は階段を登った所にある自動販売機に、全員から預かった金を入れた。全品百三十円だから、いちいち一つ一つ代金を覚える必要が無い。
「しーくん、手伝おっか?」
「あ、あぁ、サンキューな」
「一人じゃ抱えきれないでしょ」
如月の場合、落としたりしないか不安なのだが…。ということは、言わないようにしておこう。
本人だって、わざと転んでるわけじゃないし、他人の善意をそう簡単に断るもんじゃないからな。
あと卯月、緑茶って渋すぎだろ!?
「ところでさ、しーくん」
「何だ、きぃ」
「なんで私ってここまでどんくさいと思う?」
「注意力が散漫なだけじゃないか?」
というか、それくらいしか思いつかない。
如月は、「そう思うんならそうなんだろうね」という曖昧な答えを返した。
ビー玉は…、あ、上着に入れたままだ。
「おーい、お前らー買ってきたぞー…」
「ふふふ、なかなかやるな!」
「先輩こそ、やり手ですね」
「なんだこれ」
オレが砂浜まで帰ってくると、何やら睦月と結弦二人がぶっ倒れていた。これは、ビーチバレーをしているのか?
卯月は審判をやっているようなので、聞いてみよう。
「何やってんだ?」
「ビーチバレー」
「いや、それはわかるんだけど、なんであいつら倒れてるんだ?」
まるでボロ雑巾のように砂浜でくたばっている二人を見下ろす。
まぁ、卯月の話をまとめるとこうだ。
まず、五人でビーチバレーやることになり、運動が苦手な卯月は自分から審判を申し出たらしい。
それで、何故か明日香と真也が妙に強く、流れ弾に当たり二人は撃沈、今のこの状況になったとの事。
ようやっと、二人は目を覚ました。その時には、勝負は真也の勝利を持って試合は終わっていた。
「っぺ!く、口に砂が!」
「気持ち悪いです!」
「二人共、口をゆすいでこい」
二人は口をゆすぎに行った。
「そろそろ飯時だな。弁当食べよう!」
真也がそう言うと、各々荷物から弁当を取り出した。
「しーくん、これ!」
「ああ、サンキューな」
「弁当箱はこっちで洗っておくから、いっぱい食べてね?」
明日香は「そういうこと…」と呟いた。
中を開けてみると、そこには卵焼き、ハンバーグ、ブロッコリー、ご飯とかなりベタな内容だった。
俺は一口、ハンバーグを食べる。
「美味!お前これ自分で作ったのか?」
「そうだよー、しーくんに食べてもらいたくって」
「めっちゃ美味しい、ありがとう!」
「どういたしましてー」
その他の具材も、とても美味しかった。
ほんと、いい彼女を持ったものだ。
さて、海という事だし、背泳ぎ位はやるかー。
「おい待て、長門!」
「なんだよ」
「海を舐めてたら…死ぬぞ?」
何言ってんだこいつ。
そもそも、港町育ちなんだからそれくらいは知ってるっての。
「まずは準備体操だ!」
「あー、確かに忘れてたな」
俺達は一通りの体操を終えた。
こいつらの場合、ビーチバレーが準備体操以上にハードな運動になってる気がするが…。
それから、俺は、仰向けのまま海に浮かび、空を見上げた。
飛行機雲が青いキャンバスの上に真っ直ぐな線を引く。
白の絵の具でベッタリと塗られたような入道雲が、堂々と遥かな空に佇んでいた。
すると、向こうから結弦がやってきた。
俺は状態を起こす。
「先輩、少し話があるっス」
「なんだ?」
あれ、このやり取り、前もやった気がする。デジャブかな?
「明日香さんを俺に紹介して欲しいっス!」
「断る。そもそも長い付き合いなんだから、ぶっつけ本番でも大丈夫だろ?場と雰囲気さえ何とかなってれば」
「なら、せめてアドバイス位はしてくれないっスか?」
なんだコイツ、図々しいな…。
明日香はブラコンだから、告白されてもOKするかは分からない。
むしろ、フラれる可能性の方が高い気がする。
「分かったよ、そうだな…、一週間後の花火大会にでも誘えばどうだ?」
ここに来る前に掲示板で見つけたのだ。
『霞ヶ原花火大会、七月二十七日開催』と。
「花火大会っスか…。よし、そうしてみるっス!ありがとうございます、七宮先輩!」
そう言うと、結弦は陸の方に戻って行った。
適当に流したけど、大丈夫だったんだろうか。
「ねぇ、しーくん、花火大会あるの?」
「あぁ、まぁな…って、うわぁ!?」
驚いた拍子に体制を崩し、体が海に沈む。
何とか体勢を立て直し、俺は叫んだ。
「なんでお前がいるんだよ!?」
「なんでって、泳いでたから」
「そうか…、にしても、お前ちゃんと運動してるか?ガリガリだぞ?」
如月の体は、何故か窶れていた。
プロポーションはいいのだが、腕や足が妙に細い。
「しーくんには言われたくないよ!」
「そうか?」
たしかに俺も運動はしないけれど、そこまで酷くはないぞ?
今更気がつく俺も俺なんだけどな。
「あ、そう言えば、さっきバーベキューの準備出来たって言ってたよー」
「あいつら、いつの間に具材取ってきたんだ」
「正確には狩ってきただけどねー。さっき、イノシシが湧いててそれをかーくん達がやっつけたんだよー」
「戦闘能力高すぎだろ…」
「ちなみに、一発じゃ仕留めきれなかったらしく、動けなくなったイノシシをむーちゃんとうーちゃん、あーちゃんを含めてみんなで袋叩きで蹴りまくってたよ」
「とんだいじめっ子だな」
もしイノシシが亀だったなら、確実に浦島太郎がやってくるだろう。
「怪我人はゼロ。バーベキューセットは海の家から借りてきたんだータダで」
「タダかよ…」
俺達が砂浜に戻ると、たしかになんか肉が焼かれていた。
「おう二人とも!さっき、イノシシを捌いて貰ったんだ。そこの海の家のおじさんに」
「いや、凄かったッスねー、先輩。蹴りでイノシシを仕留めるなんて」
「お前こそ、イノシシをヘッドロックで止めるなんて聞いたことないぞ?」
「二人ともかっこよかったです!」
「うん、お疲れ様」
あー、こいつらマジでイノシシを討伐したのか。
ヤバすぎない?
でも、熊殺しの老人に比べたら信憑性あるか。
「さ、もう焼きあがってるぞ!たーんと食え!」
「野菜はうちから取ってきた」
「はふっ!んー、イノシシ肉、意外といけますね!」
確かに、豚肉のような感じで普通に食べられる。臭みもない。
「野菜も食べなよ、結弦くん」
「あ、はいっス!でも、出来ればあーんの方を…」
「何言ってんの?」
「アハハ、やっぱり無理っスよねー…」
まぁ、あれが普通の反応だろう。いきなり他人から「あーんをしてくれ」って言われたら誰でもそうなる。
明日香だって…。
「別にいいけど?減るもんじゃないし、すり減るものも何も無いから」
「ほんとっスか!?」
あー、どうやらあいつは普通じゃなかったらしい。
「じゃ、はい。あーん」
「あーん…」
「やっぱりあげなーい」
「焦らしプレイは好みじゃないっス!」
明日香のやつ、中々のセンスじゃないか。まさか、カウンターを決めるとは…。
一方の結弦は煮え切らない様子だ。
「うそうそ、ちゃんとあげるよ。ほら、あーん」
「あ、あーん」
明日香はエビのようなものを結弦の口に入れた。
これで結弦もザリガニデビューだな。
「美味しい?」
「はい、明日香さんに食べさせてもらうと一不可思議倍美味しいっス!」
うん、とにかくめっちゃ美味く感じるのは分かった。
明日香もザリガニを口に頬張り、「美味っ!」と言っている。
「ところでさ、しーくん。少し話があるんだけど…」
「なんだ?」
「今夜、もう一回海岸まで来てくれない?」
「えっ?あぁ、分かった」
「八時にここ集合だよ」
如月はそう言うと、かぼちゃを取って口に入れた。
俺はイノシシ肉を受け皿に取り、思考停止状態に陥っていた。
「あれ、長門さん、食べないの?」
「あぁ…」
はむっと、卯月は俺のイノシシ肉を口に入れた。
…これってもしかして、デートのお誘い!?
さて、今日は海へ向かう日だ。場所は霞ヶ原海岸。
俺は明日香と共にやってきた。
道のりは、ただ長い長い坂道を下るだけ。道なりに進んでいけば到着する。
「よし、到着っと」
「お兄ちゃん、ほんとにお弁当いらないの?」
「まぁ、俺はな」
「ふーん、そうなんだ」
明日香はレジャーシートを敷いて、その上に荷物を並べた。そしてでっかいパラソルを立てて終了。
俺は自分の荷物を持ち、水着に着替えようとした。
「見るなよ?」
「見ないよ!あと、そんなこと言うんなら、先に着込んでおいでよ!」
「下着を忘れるかもしれないだろ?」
「いっその事水着のままで帰ればいいじゃん」
「鬼畜すぎるだろ…」
俺は岩の陰に隠れ、水着に着替えた。
うん、相変わらずこれはあれだ。腹筋もくそもない体だ。
「見せるものも何も無いなら、水着用のジャケットでも買えばいいのに」
「うっせ。お前はどうなんだ?ちゃんと持ってきたんだろうな。着替えと水着の両方」
「お兄ちゃん、変態?」
「ちげーよ!いざとなって忘れたのに気が付いたら遅いだろ?だから聞いてやったんだよ」
明日香は、「本当に?」と問いかけてくる。うん、完全に信じてないな。
明日香は俺とはまた違うところの岩の影で着替えた。
明日香の水着は、黒と白の水玉模様のビキニ。
うん、相変わらずプロポーションはいいと思う。
「な、何?」
「なんでもねぇよ」
「いやらしいこと考えてない?」
「考えてないって!」
俺は、ふと明日香の白い肌が目に入った。
「日焼け止めとか塗らないでいいのか?なんなら塗ってやるぞ?」
「お兄ちゃん、変なこと考えてるでしょ。もう塗ったから、変なこと考えないで」
「ちげーよ!」
「あ、居た!」
俺が否定すると、上の方から声が聞こえた。
振り向くと、こちらに手を振る卯月の姿があった。
二人は海岸に繋がる階段を降り、俺たちの元に走ってきた。
「おーい、長門先輩、明日香ちゃん!」
「長門さん、明日香さん、今日はよろしく」
「おう、よろしくな、二人とも」
そして、睦月は俺の隣に来るなり小声でこう言った。
「如月先輩の水着、楽しみですね!」
「まぁな…って、何言わせんだ!?」
「じゃ、着替えてきます!」
「私も」
話はまだ終わってないが…。
恋人の水着が気になるのは彼氏にとって普通のことなのか?
「お待たせです!」
「お待たせ」
二人が岩の陰から出てきた。
睦月はピンクのビキニ、卯月は緑色のワンピース水着だ。
俺は率直に感想を述べた。
「無いな」
「無いね」
「二人ともひどいです!」
「まだまだこれから、未来はある」
んー、卯月はあるとして睦月は…いや、やめておこう。
さて、まだまだメンバーは揃わないが…。
「よし、ちょっと早めに始めるかー」
『おー』
「私達は何する?」
「ビーチバレーのボールを膨らましてくれ。卯月と睦月はコートの準備を頼む」
「了解です!」
「分かった」
睦月と卯月が棒を持って線を引き、俺は簡易ネットを持ってきた。
棒にネットを貼り付け、それを立てただけだが。
明日香はと言うと、プクーっと、口でボールを膨らませていた。踏むタイプのポンプも持ってきてたんだけど…。
「よし、完成だな」
「お兄ちゃん、よくこんなの作ったね」
「ちょいと早起きしてな」
正確に言うと六時頃、母に畑から少し分けてもらったのだ。
ゴーヤのグリーンカーテンとかに使うネットと、それを支える棒。
それを見て思いついた。これ使えるんじゃね?と。
「おー、やってんな、お前ら!」
「楽しそうっスね、加賀先輩!」
「あー、真也先輩!」
「睦月ちゃん!」
結弦と真也がやってきた。真也はどうやらスイカが何個か入ったネットと、木刀のようなものを持ってきた。
あぁ、あれ見た事ある。なんか家族で旅行に行って、その帰りに買ってきたとか言ってたやつだ。修学旅行とかで買いたいが、買わせてもらえないやつでもある。
二人はひしっと抱き合い、俺たちに愛を見せ付けた。
「あの二人、ほんとに付き合ってたんだ…」
「ほんと、驚きっスよね」
「あぁ、結弦くん。今日はよろしく」
「よろしくっス、明日香さん!」
あの二人は案外仲がいいらしい。
二人は中に水着を着込んでいたらしく、その場で服を脱いだ。
え?ちょっと待て!俺の目の前にはありえない光景が広がっていた。
二人はトランクス型の黒の水着…って、そんなことはどうでもいい!
「お前らさ…」
「どうした?」
「どうかしたっスか?」
「なんでそんなに腹筋割れてんの!?」
いや、真也は分かる。こいつ元テニス部だし。多少体鍛えてたりもするだろう。
でもさ…?
「結弦…お前だけは同士だと思っていたのに…」
「自分、案外着痩せするタイプなんス。まぁ、健康のために部屋で筋トレくらいはするっスよ」
そこそこに割れてたら別にいいと思うけど…。
睦月が真也の腹筋に釘付けになっている。
「触ってもいいですか?」
「あぁ、もちろん!」
「では、お言葉に甘えて。うわぁ、硬いです!」
「睦月ちゃんの手は柔らかいよ!」
あー、なんか二人がまたイチャイチャ仕出した。
それを結弦がうらやめしそうに見つめている。
「にしても、酷いんですよ、真也先輩!長門先輩と明日香ちゃんが、私の胸がないとか言い出すんです!」
いや、胸がとは言ってないんだけれど…。
真也がぽんと睦月の肩に乗せる。そして、こう告げた。
「覚えておけよ、睦月ちゃん。そう言われた時、これからはこう言い返すんだ…」
睦月はゴクリ…と唾を飲む。
「貧乳はステータスだ!」
「なっ!?」
あぁ、よく言われてるよな。
でも、それはこいつが貧乳だということを肯定したようなものだぞ?
そもそも、貧乳にコンプレックスを抱いているこいつにとってはむしろ逆効果じゃ…。
「真也先輩…」
睦月はプルプルと震えている。やはり逆効果か?
「確かにそうですね!」
「だろ?」
いいんだ!?
「ところで、先輩はどっちが好きですか?貧乳と豊乳」
「そんなの決まってるだろ…睦月ちゃんの胸のサイズが好きだよ」
「真也先輩…!」
二人は再びひしっと抱き合った。何この茶番。
しかも一向に終わる気配がない。このまま何も言わなければ日が暮れるまでこうしてるだろうな…。
「ねぇ、お兄ちゃん。私たち何見せられてるの?」
「さぁな、結弦、お前はどう思う」
「何なんスかね、これ。あなたのお姉さんでしょ?卯月さん」
「わかんない…、お姉ちゃん、さらに気持ち悪くなってる」
妹にまで引かれるほどって…。
そんなこんなで、バカップルが抱き合っている間、俺達はバレーの練習をしていた。
案外難しいもんだな、バレーって。
「おーい、みんなー!」
階段の上の方から声が聞こえる。
そこには如月が立っていた。あいつ、階段踏み外したりしないよな…。
有り得る!
俺は即座に駆け出し、如月の元へ駆け寄った。
「何、しーくん?」
「こけたら危ないからな」
「こけないよ、相変わらず心配性だなぁ」
結局、何事もなく階段を降り終えた。
こいつの動作の一つ一つにヒヤヒヤさせられる。
「如月先輩、おはようっス!」
「きーくん、おはよ。じゃ、着替えるねー」
如月は服をたくし上げてそのまま脱ぎ、水着姿になる。
ビキニの水色と白のストライプ。明日香とまではいかないが、そこそこのプロポーション。
「どうかな、しーくん。似合ってる?」
「そうだな、似合ってると思うぞ?」
「ふふふ、彼氏のしーくんが言うんならきっと似合ってるんだろうね。ありがと!」
『彼氏!?』
明日香と結弦が乗り出し、俺に聞いてきた。
明日香には言ったけど、結弦にはまだ言ってなかったっけ。
「俺ら、付き合ってるから。つーか、明日香。昨日言っただろ?」
「てっきり嘘かと…」
あぁ、こりゃ意気消沈しちゃってるな。結弦のやつ。
「如月先輩に彼氏…」と何回もブツブツ言ってる。
「ねぇお兄ちゃん、どうしたんだろ、結弦くん」
「実は…」
俺が明日香に結弦の初恋の話をしていると、思いがけない答えが帰ってきた。
「ああ、それなら私だよ」
「へ?」
「服が濡れて着替えを貸して貰った時、たまたまそこに怪我した結弦くんが来てさ。それで手当てをしてあげたって訳。その時、名札が着いたままだったんだよ」
「つまり…」
結弦が聞き返す。あー、なるほど、そういう事か…。
「結弦くんの初恋の相手は、私ってことになる…のかな?」
結弦は、アワアワと口を開けていた。
まさか、初恋の人の正体が思いもよらない人物で呆然としているのだろう。
あーそう言えば、睦月のやつに四ツ矢サイダー奢ってやるって約束してたなー、すっかり忘れてた。
「じゃ、俺ちょっと抜けるわ。飲みもの買ってくる」
「私はコーヒー、冷たーいやつ」
「俺はメロンソーダ!」
「コーラをお願いっス…」
「御膳の緑茶」
「俺はパシリじゃねぇけど…まぁいいか。じゃ買ってくるわ」
俺は階段を登った所にある自動販売機に、全員から預かった金を入れた。全品百三十円だから、いちいち一つ一つ代金を覚える必要が無い。
「しーくん、手伝おっか?」
「あ、あぁ、サンキューな」
「一人じゃ抱えきれないでしょ」
如月の場合、落としたりしないか不安なのだが…。ということは、言わないようにしておこう。
本人だって、わざと転んでるわけじゃないし、他人の善意をそう簡単に断るもんじゃないからな。
あと卯月、緑茶って渋すぎだろ!?
「ところでさ、しーくん」
「何だ、きぃ」
「なんで私ってここまでどんくさいと思う?」
「注意力が散漫なだけじゃないか?」
というか、それくらいしか思いつかない。
如月は、「そう思うんならそうなんだろうね」という曖昧な答えを返した。
ビー玉は…、あ、上着に入れたままだ。
「おーい、お前らー買ってきたぞー…」
「ふふふ、なかなかやるな!」
「先輩こそ、やり手ですね」
「なんだこれ」
オレが砂浜まで帰ってくると、何やら睦月と結弦二人がぶっ倒れていた。これは、ビーチバレーをしているのか?
卯月は審判をやっているようなので、聞いてみよう。
「何やってんだ?」
「ビーチバレー」
「いや、それはわかるんだけど、なんであいつら倒れてるんだ?」
まるでボロ雑巾のように砂浜でくたばっている二人を見下ろす。
まぁ、卯月の話をまとめるとこうだ。
まず、五人でビーチバレーやることになり、運動が苦手な卯月は自分から審判を申し出たらしい。
それで、何故か明日香と真也が妙に強く、流れ弾に当たり二人は撃沈、今のこの状況になったとの事。
ようやっと、二人は目を覚ました。その時には、勝負は真也の勝利を持って試合は終わっていた。
「っぺ!く、口に砂が!」
「気持ち悪いです!」
「二人共、口をゆすいでこい」
二人は口をゆすぎに行った。
「そろそろ飯時だな。弁当食べよう!」
真也がそう言うと、各々荷物から弁当を取り出した。
「しーくん、これ!」
「ああ、サンキューな」
「弁当箱はこっちで洗っておくから、いっぱい食べてね?」
明日香は「そういうこと…」と呟いた。
中を開けてみると、そこには卵焼き、ハンバーグ、ブロッコリー、ご飯とかなりベタな内容だった。
俺は一口、ハンバーグを食べる。
「美味!お前これ自分で作ったのか?」
「そうだよー、しーくんに食べてもらいたくって」
「めっちゃ美味しい、ありがとう!」
「どういたしましてー」
その他の具材も、とても美味しかった。
ほんと、いい彼女を持ったものだ。
さて、海という事だし、背泳ぎ位はやるかー。
「おい待て、長門!」
「なんだよ」
「海を舐めてたら…死ぬぞ?」
何言ってんだこいつ。
そもそも、港町育ちなんだからそれくらいは知ってるっての。
「まずは準備体操だ!」
「あー、確かに忘れてたな」
俺達は一通りの体操を終えた。
こいつらの場合、ビーチバレーが準備体操以上にハードな運動になってる気がするが…。
それから、俺は、仰向けのまま海に浮かび、空を見上げた。
飛行機雲が青いキャンバスの上に真っ直ぐな線を引く。
白の絵の具でベッタリと塗られたような入道雲が、堂々と遥かな空に佇んでいた。
すると、向こうから結弦がやってきた。
俺は状態を起こす。
「先輩、少し話があるっス」
「なんだ?」
あれ、このやり取り、前もやった気がする。デジャブかな?
「明日香さんを俺に紹介して欲しいっス!」
「断る。そもそも長い付き合いなんだから、ぶっつけ本番でも大丈夫だろ?場と雰囲気さえ何とかなってれば」
「なら、せめてアドバイス位はしてくれないっスか?」
なんだコイツ、図々しいな…。
明日香はブラコンだから、告白されてもOKするかは分からない。
むしろ、フラれる可能性の方が高い気がする。
「分かったよ、そうだな…、一週間後の花火大会にでも誘えばどうだ?」
ここに来る前に掲示板で見つけたのだ。
『霞ヶ原花火大会、七月二十七日開催』と。
「花火大会っスか…。よし、そうしてみるっス!ありがとうございます、七宮先輩!」
そう言うと、結弦は陸の方に戻って行った。
適当に流したけど、大丈夫だったんだろうか。
「ねぇ、しーくん、花火大会あるの?」
「あぁ、まぁな…って、うわぁ!?」
驚いた拍子に体制を崩し、体が海に沈む。
何とか体勢を立て直し、俺は叫んだ。
「なんでお前がいるんだよ!?」
「なんでって、泳いでたから」
「そうか…、にしても、お前ちゃんと運動してるか?ガリガリだぞ?」
如月の体は、何故か窶れていた。
プロポーションはいいのだが、腕や足が妙に細い。
「しーくんには言われたくないよ!」
「そうか?」
たしかに俺も運動はしないけれど、そこまで酷くはないぞ?
今更気がつく俺も俺なんだけどな。
「あ、そう言えば、さっきバーベキューの準備出来たって言ってたよー」
「あいつら、いつの間に具材取ってきたんだ」
「正確には狩ってきただけどねー。さっき、イノシシが湧いててそれをかーくん達がやっつけたんだよー」
「戦闘能力高すぎだろ…」
「ちなみに、一発じゃ仕留めきれなかったらしく、動けなくなったイノシシをむーちゃんとうーちゃん、あーちゃんを含めてみんなで袋叩きで蹴りまくってたよ」
「とんだいじめっ子だな」
もしイノシシが亀だったなら、確実に浦島太郎がやってくるだろう。
「怪我人はゼロ。バーベキューセットは海の家から借りてきたんだータダで」
「タダかよ…」
俺達が砂浜に戻ると、たしかになんか肉が焼かれていた。
「おう二人とも!さっき、イノシシを捌いて貰ったんだ。そこの海の家のおじさんに」
「いや、凄かったッスねー、先輩。蹴りでイノシシを仕留めるなんて」
「お前こそ、イノシシをヘッドロックで止めるなんて聞いたことないぞ?」
「二人ともかっこよかったです!」
「うん、お疲れ様」
あー、こいつらマジでイノシシを討伐したのか。
ヤバすぎない?
でも、熊殺しの老人に比べたら信憑性あるか。
「さ、もう焼きあがってるぞ!たーんと食え!」
「野菜はうちから取ってきた」
「はふっ!んー、イノシシ肉、意外といけますね!」
確かに、豚肉のような感じで普通に食べられる。臭みもない。
「野菜も食べなよ、結弦くん」
「あ、はいっス!でも、出来ればあーんの方を…」
「何言ってんの?」
「アハハ、やっぱり無理っスよねー…」
まぁ、あれが普通の反応だろう。いきなり他人から「あーんをしてくれ」って言われたら誰でもそうなる。
明日香だって…。
「別にいいけど?減るもんじゃないし、すり減るものも何も無いから」
「ほんとっスか!?」
あー、どうやらあいつは普通じゃなかったらしい。
「じゃ、はい。あーん」
「あーん…」
「やっぱりあげなーい」
「焦らしプレイは好みじゃないっス!」
明日香のやつ、中々のセンスじゃないか。まさか、カウンターを決めるとは…。
一方の結弦は煮え切らない様子だ。
「うそうそ、ちゃんとあげるよ。ほら、あーん」
「あ、あーん」
明日香はエビのようなものを結弦の口に入れた。
これで結弦もザリガニデビューだな。
「美味しい?」
「はい、明日香さんに食べさせてもらうと一不可思議倍美味しいっス!」
うん、とにかくめっちゃ美味く感じるのは分かった。
明日香もザリガニを口に頬張り、「美味っ!」と言っている。
「ところでさ、しーくん。少し話があるんだけど…」
「なんだ?」
「今夜、もう一回海岸まで来てくれない?」
「えっ?あぁ、分かった」
「八時にここ集合だよ」
如月はそう言うと、かぼちゃを取って口に入れた。
俺はイノシシ肉を受け皿に取り、思考停止状態に陥っていた。
「あれ、長門さん、食べないの?」
「あぁ…」
はむっと、卯月は俺のイノシシ肉を口に入れた。
…これってもしかして、デートのお誘い!?
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