ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした

Raito

第6話:告白

 俺達はザリガニ料理を食べるべく、白澤家にやってきた。


「あー、来ちゃったなぁ…」


「腹をくくれ、行くぞ?」


 俺はインターホンを押した。
 すると、落ち着いたゆっくりとした足音がして、ドアがガラリと開いた。


 そこには、エプロン姿の卯月が立っていた。手にはおたまを持っていて、なんか新妻っぽい感じだ。身長は全く足りないけど。


「いらっしゃい、どうぞ上がって。今は誰もいない」


「そうなのか?喜久子さんは?」


「町内会の旅行。お姉ちゃんは隣町まで用事があるって。父さんは漁に行って、母さんは市場。爺さんは山へ芝刈り」


「どこぞの昔話かよ…」


 あぁ、そう言えば、こいつらの父親漁師だったな。母親はその釣ってきた魚を市場で売りさばいてるんだっけ。
 まさに夫婦の共同作業って感じだな。


「さ、遠慮せずに食べて」


 俺達は食卓に通され、テーブルの上にはなんか丸く円を書くように盛り付けられたさらに赤くなったザリガニと、その真ん中にはキャベツが盛り付けられていた。


 そして、三人分の白米と箸。
 正直に言わせてもらうと、美味そうには見えない。でもなんか小さいロブスター的な印象が持てる。


「ところで、どうやって食べるんだ?」


「こうやって…えい」


 バキッと、卯月はザリガニの頭部と胴体を持って思いっきり折り曲げた。


 そして、ザリガニの胴体の部分から身を取り出して、それに塩をつけて食べた。


「お塩はお好みでどうぞ?んー、美味し…」


「そんなに美味いのか?」


 俺は半信半疑で、卯月と同じようにザリガニをへし折り、身を口に入れた。


「美味っ!?」


「でしょ?」


 何これ、まるでエビみたいにぷりぷりしてる!


 さらに、ザリガニだと聞かされていたので、ギャップもあって美味さ倍増だ!


「ほんと?って、何これ美味しい!」


 俺達はザリガニを平らげた。食べても食べても飽きがこないほど美味い。


 レシピを聞いてみたところ、「ザリガニをフライパンで焼くだけ」との事。


 今度は自分でも作ってみるか。


『ごちそうさま!』


「お粗末さま。皿はそこに置いておいて」


「それくらいは自分で洗うぞ」


「そうだね、ご馳走になったんだし」


「そう?じゃあお願い」


 洗剤をつけて、俺達は三人で皿を洗った。難点は洗面台が小さいことか。


「にしても、二人は付き合ってるの?」


「付き合ってはねーよ」


「そうなの?てっきり付き合ってるものかと」


「まぁ、こいつとなら別にいい気はするけどな」


 すると、カンっという音を立てて如月がコップを落とした。


 プラスチック製だから割れはしなかったのが幸運か。


「あ、ごめん…」


「どうした、今のお前なんか変だぞ?」


「いや、なんでもないから…」


「さっきのは、長門さんが悪い」


「なんで!?」


 俺なんかこいつに悪いことしたか?


 でも、なんか卯月が「長門さんが悪い」とか言ってたし…。


 さっき、俺が「こいつとなら別にいい気はするけどな」とか言ったのがまずかったのか?


「とにかく、自分でよく考えておいて」


 なんか、妙に顔が赤いな、如月。
 熱でもあるんだろうか。


「よし、終了。きぃ、帰るか?」


「そ、そうだね…」


「またね、如月さん」


「うん、バイバイ…」


 俺達は帰路についた。


 だが、相変わらずこいつは俯いたままだ。
 一体何を考えているんだろう?


 もういっその事これで覗くか。
 一日に一回くらいはいいだろう。


『あぁもう、なんであそこまで鈍感なのかな?自分から無自覚であんなこと言うなんて、鈍感すぎるよ…』


「なんだよ、鈍感って」


「へぇ!?見たの!?覗いちゃったの!?」


「あぁ、見た、覗いた」


「ダメって言ったじゃん!」


 激情する如月は、俺を睨みつけた。


 こいつらしくないな。


「どうしてそこまで怒るんだ?」


「それは…自分の胸に聞いてみて!」


 如月はそう叫ぶと一人で走って行ってしまった。


 なんで怒ってるんだろ、あいつ?


 というか、最後涙流してた。そこまでのことしたか?


「わっかんないな…」


「乙女心は複雑ですからねー」


「って!なんでここにいる、睦月!?」


「先輩が見えたので、挨拶しようかと」


 あー、たしかに。ここは駅からこいつらの家までのルートに被っているな。


 だからここに来たのか。


「で?お話を聞いたところ、何やらいざこざがあったそうで。お話伺えます?」


「あぁ、実は…」


 俺は、こいつに全てを話した。その結果…。


「あの、こればっかりは言わせてください…」


「どうぞ」


「ではお構いなく…」


 睦月は大きく息を吸い、やがて目を見開いてこう言った。


「馬鹿ですか!?」


「はい?」


 唐突に睦月は叫び出した。


「期待させておいて何も言わないなんて鬼ですか!?そこは告るでしょ!告白の流れでしょ!?多少強引にでも、『俺はお前が好きだ』くらいは言ってあげてもいいんじゃないですか!?」


 俺は言葉を失っていた。


 自分の愚行に気がついたのだ。


 そして、俺は気がついた。なぜ、「別にいい気はするけどな」などと思えてしまったのか。


 俺…、あいつのこと好きだったんだ…。前から、ずっと前から。


 だから、あいつが居ないという現状を、忘れようとしたんだ。居なくなったって現実が、辛すぎて…。


 そう思った瞬間、居てもたってもいられなくなった。


「そうか…、俺、とんでもないことしちまってるじゃねぇか!」


「そうですよ、今更気が付きましたか!?」


 あいつの態度の意味がようやっと分かった。


 俺は携帯を取り出し、あいつにメールを送ろうとした!


「何やってるんですか、こういうのは直接言いに行くのが筋でしょ?」


「確かにそうだな、行ってくる!」


 クソ、何やらかしてんだ俺!


 俺は思いっきり地面を蹴って、駆け出した!
 あいつに、俺の気持ちを伝えないと!
 好きだって、大好きだって!


 何度も転びそうになるも、強引に体制を立て直す。額に流れる汗も、もう全く気にならない程に必死に走った。


 今日…、今、あいつに伝えないといけない。一分でも一秒でも先に。


「ごめん、ごめんな、きぃ!」


 俺はただ叫んでいた。誰かに向かって。


 あいつに届かないことなんて、分かってるのに。


 自転車に乗りもせずに、俺は自分の家の前を通り過ぎ、如月の家の方角へ向かった。


「あれ、七宮先輩!何やってんスか?」


「すまん、今は忙しいから後でな!」


「あ、はいっス!」


 お使いの帰りであろう結弦と出会った。


 あいつ、またお使いかよ。って、そんなことどうでもいい!


 やがて、家のドアを開けようとする如月の姿が目に入った。


「きぃ!」


 俺はゼェ…ゼェ…と肩で息をしながら叫んだ。正直、どんな声が出たかはあまり分からなかった。


「しーくん、今更何…?」


 かなり怒った表情を、如月は俺に向ける。


 俺は大きく息を吸って、今度は確かな声で言った。ごめんなんかじゃない。今俺がこいつに伝えるべき言葉は、謝罪の言葉なんかじゃなくて…。


「好きだ!」


「え…?」


「お前の声が好きだ!怒った時でも愛おしく感じるような、その声が好きだ!お前の笑顔が好きだ!意地悪そうに笑っても、どこか無邪気さが垣間見得るその笑顔が好きだ!お前の仕草が好きだ!鈍臭くて、守ってあげたくなるようなあざとい程の仕草が好きだ!つまるところ、お前の全部が大好きだ!」


「しーくん…?」


 何痛いこと言ってんだろ、俺。しかも、再会して二週間の奴に、マジな告白してるなんて。


「俺と、付き合ってくれ!」


 如月はうっすらと涙を浮かべ、そして頬に雫が流れた。


「しーくん!大好きだよ!私も…ずっと…大好きだったよ…!」


 如月は俺に抱きつき、俺はそれを一瞬引き剥がそうとしたが、再度抱きしめた。


 女子を抱きしめるなんて、初めてなのだ。


 こいつも、俺の事を好きでいてくれたのか…、嬉しい限りだな。


「泣くなよ、きぃ」


「だって、だってぇ…」


「…ごめんな、何も分かってなくて」


「いい、もういいよ…」


 俺達は、こうして付き合うことになった。


 自分でも驚いている。正直、こいつが俺の事を嫌いな可能性だってあったわけだし…。


「しーくんはさ、私の事、好き?」


「言っただろ、大好きだって」


「聞いてみただけ。確かめたくってさ」


「そう簡単には嫌いになれないよ、きぃは…」


「嬉しいな…」


 俺達は数分、周りの目も気にせずに居た。 


 傍から見ればどうなんだろうな、考えたくもない。


「そろそろ…」


「もうちょっとだけ!」


 そう言うと、如月は俺の頬にキスをした。


 いきなりの行動に、俺は思考の処理が追いつかなかった。


「マウストゥーマウスは早すぎるからさ、今はこれで我慢して、ね?」


「これで充分だよ…」


「じゃ、またねー」


「また明日…だろ?」


「…だね、また明日!」


 如月は小さく手を振り、俺も手を振り返す。


 にしても、真也には全てお見通しだったってことか。


『ふーん、良かったじゃないか!これでもう結弦に取られることはないな!』


「そうだな。にしても、ホントに受け入れてくれるとは思わなんだ」


『爺さんかよ、その口調』


「ちげーよ、別にいいだろ?」


 俺は家に帰ると、真也に連絡していた。


「で?お前今日どこに行ってたんだよ」


『デパートだよ、隣町のな。あっちの方が品揃えいいからって、睦月ちゃんと一緒に行ってきたんだ』


「あー、だから睦月のやつ家にいなかったのか」


『どういうことだ?お前、睦月ちゃんの家に行ったのか?』


「卯月にザリガニをご馳走になってな」


『あー、そうか。美味いよな…って、ザリガニ!?』


 ノリツッコミ的なノリで、真也が俺に問いかけてきた。


 こいつでさえも食ったことがないのか。こいつ結構アウトドアだから食ったことあるんだと思ったんだけど。


 いや、食ってるって言われれば食ってるか。本人には内緒にしておこう。


「まー、何だ。ゲテモノほど美味いって言うし」


『ゲテモノ過ぎるだろ!?』


「でもほんとに美味かったぞ?今度食ってみればどうだ?」


『気が向いたらなー。にしても、夏休み前日に告白って…、なんかロマンチックだよなー』


「そうか?まぁ、これから毎日顔を合わせることにはなると思うけどな」


『なんでだ?』


「俺が会いたいから」


『…寒気したわ、友達やめよ』


「やめろ!友達やめるのだけはやめてくれ!」


 真也は『ははは、冗談だよ!』と言った。


 ただでさえ少ない友達がさらに少なくなる所だった。あぶないあぶない。


『とにかく!上手くやれよ?』


「あぁ、上手くやってみせるさ」


『そうかよ、じゃあな!』


 そう言うと、真也は通話を切った。
 にしても、彼女かー。初めてだなぁ、彼女なんて出来るの。


 彼女、響きだけでもなんかイイ!
 デートとかにも誘われるんだろうなー。いっその事俺から誘うか?


 すると、通知が一件来た。
 案の定というかなんというか、それは如月からだった。


『明日、みんなで海に行こうよ!弁当は各自持参。集合は霞ヶ原海岸ね!』


 ふんふん、この文章から嘘を探すんだよな。
 あー、きっとこれだ。これはあれだ。二人きりで行きたいやつだ。


 俺は『二人きりで行きたいのか?』と送った。
 返事は…。


『しーくんのことは好きだけど、みんなと行きたい。嘘の部分は、しーくんの弁当は私が作るから、別に持ってこなくてもいいってこと』


 あー、俺なんかとんでもない勘違いしていたみたいだ。


 キモイ事送っちゃったなぁ、そうだよなー。あいつの性格上、みんなと行きたいよなー。
 でも、手作り弁当かー。楽しみだな!


「ふふふふふ…」


「お兄ちゃん、何やってるの?急に一人で笑い出すなんて、大丈夫?」


「ふふふ、聞け明日香!今日、お兄ちゃんに彼女が出来た!」


「という夢を見たんだよね」


「ちげーよ!ホント、ホントだって!」


 明日香は「えー…?」と疑いの目線を向けた。うん、こいつ完全に信じてない!


「ハイハイ、夢の内容は知らないけど、ご飯できたから早く食べに来てね」


「あ、それと明日香。明日暇か?」


「ん?まぁ、明日は土曜だから暇だけど…」


「海行こうって話になってるんだ、みんなで」


 明日香はしばし考えた後、「分かった、行く」と言った。
 よし、あとは真也と睦月と卯月、あと結弦…、も一様誘っておくか。


 俺は夕食を食べ終わり、全員にメールを送った。
 返答は、全員参加可能との事。


 正直、テニスの最後の大会が近い明日香が一番参加が危うかったのだが、本人が行けると言うのなら行けるんだろう。


「てなワケで、全員参加だってよ」


『そっか、楽しみだなー』


「そうだな。オフシーズンにはまだまだ遠いからクラゲも湧いてないし」


『あー、ほんと、よく湧くよねー。じゃ、明日は各々集まり次第開始だから!』


「リョーかい。じゃあな」


 如月との電話を切り、次の電話番号をプッシュ。
 かけた相手は、睦月だ。


 あいつに教えてもらわなければ、俺はきっと後悔してただろう。
 だから、あいつに感謝しとかないと。


『もしもし?どうしたんですか、長門先輩』


「俺、あいつに告白した」


『それで、どうなったんですか?』


「OKだって」


 俺の予想としては、睦月が何やら騒ぐのかと思っていたが、帰ってきた答えは『やっぱりですか』だった。


「なんでそんなに反応薄いんだよ」


『知ってましたもん、そもそも先輩が鈍感すぎるだけですよ』


「そうなのか?」


『はい。恋愛ものの主人公並の鈍感さですよ』


 そこまで酷いかな?
 でも、自分でも薄々気がついていた。俺ってなんでこんなに鈍感なんだろう。


「お前には感謝してるよ。今度ジュース奢る」


『四ツ矢サイダーを所望します!』


「分かった。要件はそれだけだ。また明日な」


『はい、また明日霞ヶ原海岸で!』


 通話を終え、俺は風呂に向かう。
 ふと、2週間前の聞こえた声を思い出す。


『二人きりがよかった』


 その意味がようやっと分かった。
 あいつは、俺の事を好きでいてくれたのだ。
 ずっと前から。


 それに比べて俺は…。


 あいつの事を忘れようとしていた。
 理由はどうとはあれ、好きな人を忘れようとしていたのだ。


 それはあいつも知ってただろう。
 忘れかけてたとあいつに言ってしまったから。


 それを踏まえた上で、あいつは俺の告白を受諾してくれたのだ。


「聖人かよ…」


 大袈裟に聞こえるかもしれないが、清き心の持ち主であることは確かだ。
 ピュアで、あざとくて、それでいて心が広い。
 あざとい要素は聖人には必要ないかもしれないが、それを含めて聖人のようだ。


 本当に俺でいいのだろうか。


 いや、やめておこう。
 俺を否定するということは、こんな俺を恋人に選んだあいつの判断まで否定してしまうことになるのだから。

「ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く