ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした
第5話:夏休み
さて、あれから約二週間が過ぎ、夏休みの前日になった。如月はクラスに溶け込み、睦月と真也は上手くいっている。
この前なんて、わざわざ俺を呼び出したかと思ったらあーんしている所を見せられた。
あれ以来、ビー玉はあまり使わないようにしている。それでも、相変わらず如月は毎日のようにメールを送ってくるが。
まぁ、お守り替わりに持ってるけどな。
「では皆さん、良い夏休みを。では、委員長、号令」
「起立、気を付け、礼!」
『ありがとうございました!』
委員長の号令で、全員が大きな声で挨拶をする。
心做しか、いつもよりみんなの声が明るい気がした。
それもそうか、これから約ひと月休みなんだから。
「ねぇ、しーくん。村を案内してよ!私が都会に行ってから変わったことあるでしょ?」
「あー、そんなこと無かったけどな。な、真也」
「五年前から変わったこと?強いていえば…何にもないか」
「あるとすれば白澤姉妹が引っ越してきたことだけど、もう二人には会ってるよな」
「あぁ、だから知らなかったんだー」
如月はぽんと手をついて納得する。
クラスメイトが帰り始める中、俺と如月、真也はだべっていた。
「じゃあさ、散歩しようよ。何だか久々に街をゆっくり見たくなっちゃった」
「あ、ごめん俺無理!用事があってさ!」
「そう?じゃあ二人で行こっか」
「そうだな」
「じゃ、俺急ぎの用事だから!」
そう言うと、真也はこちらに下手くそなウィンクをして、去って行った。
いや、せめてちゃんと出来てくれよ…。
「さて、じゃ帰ろっか!」
「あぁ…」
俺達は一旦家に荷物を置き、それから村を廻ることになった。
明日香はまだ帰ってきていないようだ。
すると、ピンポーンとインターホンがなる。
連打してこないところから見て、如月だろう。
「しーくん、来たよー」
「はいはい、ちょっと待ってな」
俺はボディバッグを背負い、玄関のドアを開ける。
そう言えば、なんだかんだあってもこいつの私服を見るのは初めてだな。
「ふふん、やっとでてきたー」
「一分くらいしか経ってないだろ?」
「待つ方が長く感じるの!」
如月は白色のワンピースに茶色の小さなリュックサックを背負っていた。頭には麦わら帽子を被っていた。ワンポイントとして、ピンクのリボンが付いている。
うん、シンプルだな。
「さ、早く行こ?」
「どこにだよ」
「わかんない!」
履いているのがサンダルのせいか、何やら走り方に違和感を感じる。
「おい、走るな、転ぶぞ」
「私はよちよち歩きの赤ちゃんとでもおもってるの?って、ふわぁ!」
「如月!?って、うわぁ!?」
言わんこっちゃない!これで二度目だぞ?俺は変な体勢で如月を受け止めるが、とどまることが出来ず、そのまま二人で倒れてしまった。
運良く、畑に転げ込む。
「いってぇ…」
「大丈夫、しーくん!?」
「あぁ、畑に転がり込んで良かった…」
「って、入ってるところ見られたらまずいよ!?」
あぁ、たしかに。俺があたりを見渡すと、不意に怒鳴られた!
「こらぁ!何うちの畑荒らしてくれてんだ!」
『す、すいません!』
「…なんつって、俺ッスよ俺!」
そこには、爽やかに笑う結弦の姿があった。
「驚かせんなよ…」
「いやぁ、なんか二人を見つけたんで、驚かしちゃおっかなぁと」
「なんでだよ」
マジで心臓に悪い。ほんとに辞めて欲しい。
そんな心中を察してもくれず、結弦は俺に話しかけた。
「先輩、結局どーだったんスか?」
「やっぱり覚えてないってよ」
「あの、如月双葉です。よろしくね?」
「そーすか…、残念っス。でも、気を取り直して自己紹介からっスね!俺の名前は衣笠結弦。よろしくっス!」
「よろしくね、きーくん!」
どうやら、こいつは吹っ切れたようだ。でも、それは態度だけかもしれない。
真実を知るにはビー玉を覗くか…。
俺がビー玉を覗こうとすると、それを如月が止めた。
「ダメだって、無闇矢鱈に使ったら。他人の気持ちなんて、知らなくて当たり前なんだよ?」
「どーゆーことっスか?」
俺は結弦にこのビー玉のことを話した。
「へー、凄いじゃないっスか!選ばれた人間ってやつっスね!?」
「んな大層なものじゃねぇよ」
「大層なことっス!そんなの、物語の中とかでしか見たことないっスよ!?」
「それは…そうだけど…」
そう、これは異常なのだ。
異常で、異様で、不可解なのだ。
俺は何故このようなものに選ばれたのか、全くわからない。
「で、お二人は何やってるんスか、今度こそデートっスか?」
「ちげーよ、町を久しぶりに見て廻りたいって言ってたから、一緒に歩いてるだけだ」
「それをデートっていうんスけど…、今はお使いの途中なんス、死活問題なんス!」
こいつは小遣いでもすり潰したのだろうか。
どんなことに使ったかはさておき、こいつの邪魔をする訳には行かないな。
「そっか、じゃあな」
「はいっス、先輩方!」
結弦はそう言うと、ダッシュで家の方向へ走っていった。
全く、忙しないやつだな。そんなに時間に追われているのだろうか?
「行っちゃったね…」
「そうだな」
俺達は畑から抜け出し、畦道へ出た。
それからは、少し下った川へ向かった。
「懐かしいなぁ、ここでよく遊んだよね」
「そうだな、一回換えの水着持ってなくて明日香にお前が服を貸したこともあったっけ。あれ以来だよな、明日香がお前に懐いたの」
「そーだよ。あの時はしーくんはジュースを買いに行ってたけどねー、近くのコンビニに」
「コンビニが全くコンビニエンスじやなかったんだけど…?」
「あと、思い返せば完全にパシリだよねー」
「言うな、自分でも薄々気がついてた」
「だねー、あ、ミズカマキリ!」
ミズカマキリ。簡単に言えば、レアな虫だ。水辺にいる。
ここには結構珍しい生き物が多いからな。
「気をつけろよ?ここ案外深いんだから」
「相変わらず心配性だねー」
「うっせ…って、きぃ!お前何やってんだ!?」
「何って…飛び込みだけど?」
「平然と言うな!」
何こいつ「ちょっとコンビニ行ってくる」的なノリで飛び込みしようとしてるんだ!?おかしいんじゃないか!?まぁ、この村にはコンビニ行くのにも一苦労だが。
こいつが飛び込もうとしているのは、如月の身長の三倍ほどの高さの岩である。
俺の忠告も耳には届かないのか、靴と靴下を脱ぎだした。
「お前、まさか服着たまま飛び込むのか?」
「ふーん、脱いで欲しいんだ?」
「ちちち、ちげーし!そんなこと思ってないし!?」
「まぁ、別に脱いでもいいんだけどねー」
「な、何やってんだ!?」
今度は服まで脱ぎ出した!いや、飛び込みをするなら普通なのだろうけど、さすがに男子の前で服を脱ぐのはダメだろ?
如月はシャツ一枚でワンピースを脱ぎ、一歩ずつ崖に近ずいた。
そして、そのまま歩くように崖から飛び下りた。
「ちょ、大丈夫か!?」
水しぶきが立ち、ぶくぶくと泡が経つ。
死んで…はないよな?
「ぷはぁ、あー楽しかった!アハハハハ!」
「はぁ、何やってんだよ、ホント…」
「しーくんもやろうよ、飛び込み!」
「やらねーよ!」
何言ってんだ、こいつ?
たしかに、俺も昔はやってたが、ここ最近はやっていない。
「や・ろ・う・よ!ね?」
「うぅ…」
「だったらもうここからでいいや!えーい!」
「ちょ、何を!?」
如月は俺の腕を引っ張り、俺を川へ引きずり込んだ!
視界に泡が立ち込め、辺りがキラキラと煌めく。
目の前にいたのは、相変わらず笑顔を浮かべる如月だった。
「ぷはぁ!な、何すんだよ!?」
「いやぁ、私が一緒に遊びたいから」
「理由になってねぇ…ぞ!」
「きゃあ!?やったなー」
俺は如月の顔目がけて水をかける。
如月も仕返しと言わんばかりに俺に水をかけてくる。
「ちょ、メダカ口に入ったんだけど!?」
「知らないよーだ!」
「くっそーこっちはアメリカザリガニだ!」
「ちょ、それはタンマ!」
俺はザリガニを構え、ジリジリと如月に近寄っていく。
ふっふっふ…逃がしはしないぞ!
「や、やめて、早まらないで…うわぁ!?」
「って、またかよ!」
後ろに転倒した如月に、俺は思わず手をさし伸ばした…つもりだった。
突き出したのは一匹のザリガニ。
『あっ…』
ザリガニが人間の体重に耐えられることはなく、頭と胴体で真っ二つに引き裂けた。
そのまま、ぼちゃんと音を立てて如月は後ろへ倒れる。
「ぷはぁ!はぁ、はぁ…」
「俺達は何も見なかった、いいな?」
「うん、見てない!結構引き裂ける様子がグロかったのなんて見てない!」
俺達は互いの手にあるザリガニの残骸と、俺の持っている生きてる方のザリガニを見つめた。
「お前も何も見なかったんだ、自然に返すから誰にも言うなよ?」
「何言ってるの、長門さん」
『えっ!?』
いきなり背後から声がした!?
一体誰が…、って、卯月じゃねぇか…。
そこには、無表情でこちらを見下ろす卯月の姿があった。
「卯月かよ、ビックリさせるな」
「勝手にビックリしてたのは二人の方。私はザリガニを持って歩み寄ってたところくらいからここにいたんだけど…」
「そ、そうか…」
にしても、こいつ存在感薄すぎだろ?
姉である睦月でさえ、気が付かない程だからな。
むしろホントにミスディレクション使ってるんじゃないか?
「二人とも、遊ぶのはいいけど、ちゃんとご飯食べた?」
「あー、そう言われれば食べてないな。カップラーメン食べるか」
「私もー、即席のうどん食べよー」
「そんなもの、体に良くない。うちに来て、なにかご馳走する」
「いいのか?」
卯月はコクリと頷いた。
そう言えば、こいつは料理が得意だったっけ。
すっかり忘れていた。
「ありがとー、うーちゃん!」
「いいよ、二人見てたらいいネタが思いついたし」
『ネタ?』
なんか不穏な空気になってきた。
いや、言い方に問題があるだけかもしれないけど。せめて『アイデア』と言って欲しい。
「そのザリガニ、あと何匹か取ってきて」
『へ?』
「私が料理してあげるから」
俺達は言葉を失っていた。
そんな俺達を、卯月は「何突っ立ってるの?」とでも言いたげな表情をしていた。
「お前、ザリガニなんて俺でさえ食ったことないぞ?そんなの食えるわけ…」
「お姉ちゃんの弁当には三日に一回の割合で入ってるよ?」
ふと俺は思い出した。
睦月と真也があーんをしていた時、睦月が真也にエビっぽい何かを食わせていたことを。
あれ、ザリガニだったのか…。
でもあいつ、ケロッとしててむしろ美味いとか言ってたな。
「なぁ、あいつの弁当にエビって入ってたりするか?」
「入ってないよ。あれ全部ザリガニだよ?私が作ってるもん」
あー、やっぱりか。でも、そんなにザリガニって、美味いんだろうか?
なんか楽しみになってきてしまった。
「よし、なら俺達にザリガニ料理を作ってくれ。お願いできるか?」
「お安い御用。着いてきて」
「ちょっとしーくん!?」
俺達は言われたとおり、ザリガニを何匹か集めて卯月が家から持ってきたバケツの中に入れた。
ちなみに、タオルまで持ってきてもらってしまった。一つ言いたいのは、俺の着替えも持ってきて欲しいという事だ。
如月は少し躊躇しながらも、シャツを脱ぎ、ワンピースを着た。
もちろんその間、俺が如月を直視できなかったのは言うまでもない。
「そんなぐしょぐしょで、家にあげる訳には行かない。着替えてきて」
「分かった。俺は一旦着替えてくるよ」
「私も着いてく!」
バケツを卯月に渡し、俺と如月は俺の家に向かった。
その道の途中、如月が不安そうに話しかけてきた。
「ねぇ、ホントに食べるの?ザリガニ」
「ゲテモノのほうが美味いってよく言うだろ?」
「さすがにそれはゲテモノすぎるよ…」
「まぁ、一口くらいなら食べてもいいんじゃないか?」
如月はあまり気乗りしない様子で、「まぁ、一口くらいなら…」と呟いた。
「あ、お兄ちゃん…って、なんでそんなに濡れてるの!?お風呂入る!?」
「いや、ちょっと川で服着たまま遊んじゃって…」
俺達が家に着くと、既に明日香が帰って来ていた。
まぁ、家に帰っていきなり兄がぐしょ濡れの服を着て帰ってきたら誰でもびっくりするか。
「お兄ちゃん、シャワーだけでも浴びたら?」
「いや、いい。んじゃあきぃ。ここで待っててくれ。着替えてくるから」
「分かったー」
さすがに約束したからな。早めに向かうべきだろう。
俺はクローゼットから替えの服を取り出し、洗濯機に濡れた服を入れた。
コロンと、ビー玉が転る。あぶないあぶない、これを忘れるとこだったな。
「さて、行くぞ。きぃ」
「うん、気乗りしないけどなぁ…」
「せっかく誘われたんだ。ご馳走になろうぜ?」
「あれ、お兄ちゃんどこ行くの?」
明日香の質問に、諦めの境地に立たされた如月が暗い声色で答える。
「ちょっと、うーちゃんにザリガニ料理作ってもらうんだ…」
「何言ってるんですか!?」
「じゃ、行ってくる!」
「ちょ、お兄ちゃん!?」
何やら明日香が叫んでいたが、うまく聞き取れなかった。
この前なんて、わざわざ俺を呼び出したかと思ったらあーんしている所を見せられた。
あれ以来、ビー玉はあまり使わないようにしている。それでも、相変わらず如月は毎日のようにメールを送ってくるが。
まぁ、お守り替わりに持ってるけどな。
「では皆さん、良い夏休みを。では、委員長、号令」
「起立、気を付け、礼!」
『ありがとうございました!』
委員長の号令で、全員が大きな声で挨拶をする。
心做しか、いつもよりみんなの声が明るい気がした。
それもそうか、これから約ひと月休みなんだから。
「ねぇ、しーくん。村を案内してよ!私が都会に行ってから変わったことあるでしょ?」
「あー、そんなこと無かったけどな。な、真也」
「五年前から変わったこと?強いていえば…何にもないか」
「あるとすれば白澤姉妹が引っ越してきたことだけど、もう二人には会ってるよな」
「あぁ、だから知らなかったんだー」
如月はぽんと手をついて納得する。
クラスメイトが帰り始める中、俺と如月、真也はだべっていた。
「じゃあさ、散歩しようよ。何だか久々に街をゆっくり見たくなっちゃった」
「あ、ごめん俺無理!用事があってさ!」
「そう?じゃあ二人で行こっか」
「そうだな」
「じゃ、俺急ぎの用事だから!」
そう言うと、真也はこちらに下手くそなウィンクをして、去って行った。
いや、せめてちゃんと出来てくれよ…。
「さて、じゃ帰ろっか!」
「あぁ…」
俺達は一旦家に荷物を置き、それから村を廻ることになった。
明日香はまだ帰ってきていないようだ。
すると、ピンポーンとインターホンがなる。
連打してこないところから見て、如月だろう。
「しーくん、来たよー」
「はいはい、ちょっと待ってな」
俺はボディバッグを背負い、玄関のドアを開ける。
そう言えば、なんだかんだあってもこいつの私服を見るのは初めてだな。
「ふふん、やっとでてきたー」
「一分くらいしか経ってないだろ?」
「待つ方が長く感じるの!」
如月は白色のワンピースに茶色の小さなリュックサックを背負っていた。頭には麦わら帽子を被っていた。ワンポイントとして、ピンクのリボンが付いている。
うん、シンプルだな。
「さ、早く行こ?」
「どこにだよ」
「わかんない!」
履いているのがサンダルのせいか、何やら走り方に違和感を感じる。
「おい、走るな、転ぶぞ」
「私はよちよち歩きの赤ちゃんとでもおもってるの?って、ふわぁ!」
「如月!?って、うわぁ!?」
言わんこっちゃない!これで二度目だぞ?俺は変な体勢で如月を受け止めるが、とどまることが出来ず、そのまま二人で倒れてしまった。
運良く、畑に転げ込む。
「いってぇ…」
「大丈夫、しーくん!?」
「あぁ、畑に転がり込んで良かった…」
「って、入ってるところ見られたらまずいよ!?」
あぁ、たしかに。俺があたりを見渡すと、不意に怒鳴られた!
「こらぁ!何うちの畑荒らしてくれてんだ!」
『す、すいません!』
「…なんつって、俺ッスよ俺!」
そこには、爽やかに笑う結弦の姿があった。
「驚かせんなよ…」
「いやぁ、なんか二人を見つけたんで、驚かしちゃおっかなぁと」
「なんでだよ」
マジで心臓に悪い。ほんとに辞めて欲しい。
そんな心中を察してもくれず、結弦は俺に話しかけた。
「先輩、結局どーだったんスか?」
「やっぱり覚えてないってよ」
「あの、如月双葉です。よろしくね?」
「そーすか…、残念っス。でも、気を取り直して自己紹介からっスね!俺の名前は衣笠結弦。よろしくっス!」
「よろしくね、きーくん!」
どうやら、こいつは吹っ切れたようだ。でも、それは態度だけかもしれない。
真実を知るにはビー玉を覗くか…。
俺がビー玉を覗こうとすると、それを如月が止めた。
「ダメだって、無闇矢鱈に使ったら。他人の気持ちなんて、知らなくて当たり前なんだよ?」
「どーゆーことっスか?」
俺は結弦にこのビー玉のことを話した。
「へー、凄いじゃないっスか!選ばれた人間ってやつっスね!?」
「んな大層なものじゃねぇよ」
「大層なことっス!そんなの、物語の中とかでしか見たことないっスよ!?」
「それは…そうだけど…」
そう、これは異常なのだ。
異常で、異様で、不可解なのだ。
俺は何故このようなものに選ばれたのか、全くわからない。
「で、お二人は何やってるんスか、今度こそデートっスか?」
「ちげーよ、町を久しぶりに見て廻りたいって言ってたから、一緒に歩いてるだけだ」
「それをデートっていうんスけど…、今はお使いの途中なんス、死活問題なんス!」
こいつは小遣いでもすり潰したのだろうか。
どんなことに使ったかはさておき、こいつの邪魔をする訳には行かないな。
「そっか、じゃあな」
「はいっス、先輩方!」
結弦はそう言うと、ダッシュで家の方向へ走っていった。
全く、忙しないやつだな。そんなに時間に追われているのだろうか?
「行っちゃったね…」
「そうだな」
俺達は畑から抜け出し、畦道へ出た。
それからは、少し下った川へ向かった。
「懐かしいなぁ、ここでよく遊んだよね」
「そうだな、一回換えの水着持ってなくて明日香にお前が服を貸したこともあったっけ。あれ以来だよな、明日香がお前に懐いたの」
「そーだよ。あの時はしーくんはジュースを買いに行ってたけどねー、近くのコンビニに」
「コンビニが全くコンビニエンスじやなかったんだけど…?」
「あと、思い返せば完全にパシリだよねー」
「言うな、自分でも薄々気がついてた」
「だねー、あ、ミズカマキリ!」
ミズカマキリ。簡単に言えば、レアな虫だ。水辺にいる。
ここには結構珍しい生き物が多いからな。
「気をつけろよ?ここ案外深いんだから」
「相変わらず心配性だねー」
「うっせ…って、きぃ!お前何やってんだ!?」
「何って…飛び込みだけど?」
「平然と言うな!」
何こいつ「ちょっとコンビニ行ってくる」的なノリで飛び込みしようとしてるんだ!?おかしいんじゃないか!?まぁ、この村にはコンビニ行くのにも一苦労だが。
こいつが飛び込もうとしているのは、如月の身長の三倍ほどの高さの岩である。
俺の忠告も耳には届かないのか、靴と靴下を脱ぎだした。
「お前、まさか服着たまま飛び込むのか?」
「ふーん、脱いで欲しいんだ?」
「ちちち、ちげーし!そんなこと思ってないし!?」
「まぁ、別に脱いでもいいんだけどねー」
「な、何やってんだ!?」
今度は服まで脱ぎ出した!いや、飛び込みをするなら普通なのだろうけど、さすがに男子の前で服を脱ぐのはダメだろ?
如月はシャツ一枚でワンピースを脱ぎ、一歩ずつ崖に近ずいた。
そして、そのまま歩くように崖から飛び下りた。
「ちょ、大丈夫か!?」
水しぶきが立ち、ぶくぶくと泡が経つ。
死んで…はないよな?
「ぷはぁ、あー楽しかった!アハハハハ!」
「はぁ、何やってんだよ、ホント…」
「しーくんもやろうよ、飛び込み!」
「やらねーよ!」
何言ってんだ、こいつ?
たしかに、俺も昔はやってたが、ここ最近はやっていない。
「や・ろ・う・よ!ね?」
「うぅ…」
「だったらもうここからでいいや!えーい!」
「ちょ、何を!?」
如月は俺の腕を引っ張り、俺を川へ引きずり込んだ!
視界に泡が立ち込め、辺りがキラキラと煌めく。
目の前にいたのは、相変わらず笑顔を浮かべる如月だった。
「ぷはぁ!な、何すんだよ!?」
「いやぁ、私が一緒に遊びたいから」
「理由になってねぇ…ぞ!」
「きゃあ!?やったなー」
俺は如月の顔目がけて水をかける。
如月も仕返しと言わんばかりに俺に水をかけてくる。
「ちょ、メダカ口に入ったんだけど!?」
「知らないよーだ!」
「くっそーこっちはアメリカザリガニだ!」
「ちょ、それはタンマ!」
俺はザリガニを構え、ジリジリと如月に近寄っていく。
ふっふっふ…逃がしはしないぞ!
「や、やめて、早まらないで…うわぁ!?」
「って、またかよ!」
後ろに転倒した如月に、俺は思わず手をさし伸ばした…つもりだった。
突き出したのは一匹のザリガニ。
『あっ…』
ザリガニが人間の体重に耐えられることはなく、頭と胴体で真っ二つに引き裂けた。
そのまま、ぼちゃんと音を立てて如月は後ろへ倒れる。
「ぷはぁ!はぁ、はぁ…」
「俺達は何も見なかった、いいな?」
「うん、見てない!結構引き裂ける様子がグロかったのなんて見てない!」
俺達は互いの手にあるザリガニの残骸と、俺の持っている生きてる方のザリガニを見つめた。
「お前も何も見なかったんだ、自然に返すから誰にも言うなよ?」
「何言ってるの、長門さん」
『えっ!?』
いきなり背後から声がした!?
一体誰が…、って、卯月じゃねぇか…。
そこには、無表情でこちらを見下ろす卯月の姿があった。
「卯月かよ、ビックリさせるな」
「勝手にビックリしてたのは二人の方。私はザリガニを持って歩み寄ってたところくらいからここにいたんだけど…」
「そ、そうか…」
にしても、こいつ存在感薄すぎだろ?
姉である睦月でさえ、気が付かない程だからな。
むしろホントにミスディレクション使ってるんじゃないか?
「二人とも、遊ぶのはいいけど、ちゃんとご飯食べた?」
「あー、そう言われれば食べてないな。カップラーメン食べるか」
「私もー、即席のうどん食べよー」
「そんなもの、体に良くない。うちに来て、なにかご馳走する」
「いいのか?」
卯月はコクリと頷いた。
そう言えば、こいつは料理が得意だったっけ。
すっかり忘れていた。
「ありがとー、うーちゃん!」
「いいよ、二人見てたらいいネタが思いついたし」
『ネタ?』
なんか不穏な空気になってきた。
いや、言い方に問題があるだけかもしれないけど。せめて『アイデア』と言って欲しい。
「そのザリガニ、あと何匹か取ってきて」
『へ?』
「私が料理してあげるから」
俺達は言葉を失っていた。
そんな俺達を、卯月は「何突っ立ってるの?」とでも言いたげな表情をしていた。
「お前、ザリガニなんて俺でさえ食ったことないぞ?そんなの食えるわけ…」
「お姉ちゃんの弁当には三日に一回の割合で入ってるよ?」
ふと俺は思い出した。
睦月と真也があーんをしていた時、睦月が真也にエビっぽい何かを食わせていたことを。
あれ、ザリガニだったのか…。
でもあいつ、ケロッとしててむしろ美味いとか言ってたな。
「なぁ、あいつの弁当にエビって入ってたりするか?」
「入ってないよ。あれ全部ザリガニだよ?私が作ってるもん」
あー、やっぱりか。でも、そんなにザリガニって、美味いんだろうか?
なんか楽しみになってきてしまった。
「よし、なら俺達にザリガニ料理を作ってくれ。お願いできるか?」
「お安い御用。着いてきて」
「ちょっとしーくん!?」
俺達は言われたとおり、ザリガニを何匹か集めて卯月が家から持ってきたバケツの中に入れた。
ちなみに、タオルまで持ってきてもらってしまった。一つ言いたいのは、俺の着替えも持ってきて欲しいという事だ。
如月は少し躊躇しながらも、シャツを脱ぎ、ワンピースを着た。
もちろんその間、俺が如月を直視できなかったのは言うまでもない。
「そんなぐしょぐしょで、家にあげる訳には行かない。着替えてきて」
「分かった。俺は一旦着替えてくるよ」
「私も着いてく!」
バケツを卯月に渡し、俺と如月は俺の家に向かった。
その道の途中、如月が不安そうに話しかけてきた。
「ねぇ、ホントに食べるの?ザリガニ」
「ゲテモノのほうが美味いってよく言うだろ?」
「さすがにそれはゲテモノすぎるよ…」
「まぁ、一口くらいなら食べてもいいんじゃないか?」
如月はあまり気乗りしない様子で、「まぁ、一口くらいなら…」と呟いた。
「あ、お兄ちゃん…って、なんでそんなに濡れてるの!?お風呂入る!?」
「いや、ちょっと川で服着たまま遊んじゃって…」
俺達が家に着くと、既に明日香が帰って来ていた。
まぁ、家に帰っていきなり兄がぐしょ濡れの服を着て帰ってきたら誰でもびっくりするか。
「お兄ちゃん、シャワーだけでも浴びたら?」
「いや、いい。んじゃあきぃ。ここで待っててくれ。着替えてくるから」
「分かったー」
さすがに約束したからな。早めに向かうべきだろう。
俺はクローゼットから替えの服を取り出し、洗濯機に濡れた服を入れた。
コロンと、ビー玉が転る。あぶないあぶない、これを忘れるとこだったな。
「さて、行くぞ。きぃ」
「うん、気乗りしないけどなぁ…」
「せっかく誘われたんだ。ご馳走になろうぜ?」
「あれ、お兄ちゃんどこ行くの?」
明日香の質問に、諦めの境地に立たされた如月が暗い声色で答える。
「ちょっと、うーちゃんにザリガニ料理作ってもらうんだ…」
「何言ってるんですか!?」
「じゃ、行ってくる!」
「ちょ、お兄ちゃん!?」
何やら明日香が叫んでいたが、うまく聞き取れなかった。
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