白昼夢さんはそばに居たい

Raito

最終話:全て嘘に出来るわけない

 僕が目を覚ますと、何やら頭の中がぼうっとしていた。
 本日は八月十五日…。
 あれ、昨日の出来事が何やら霞が掛かったように思い出せない…。


 それと、あとひとつ思い出せないことがある。
 白昼さんの顔だ。


 これも同じように思い出せない。


「琴音、ご飯食べよう」


「はい!おはようございます、お兄ちゃん!」


 今日は寝起きがいい様子。
 片手を上げて、元気よく挨拶を返す琴音に、僕は少し口角を上げた。


「はい、召し上がれ」


 味噌汁とベーコンエッグ、そして白米。


 そうだ、琴音なら白昼さんの顔を覚えているかもしれない。
 誰に似てただとか、ホクロがあっただとか。


「ねぇ、白昼さんって、どんな顔だったか覚えてる?」


「白昼さん…?」


 琴音は考えるように顎に指を当てる。
 そして返してきたのは、予想だにしない言葉だった。


「誰ですか、その人?」


「…え?」


 僕は一瞬思考が停止した。
 何?悪い冗談?


「いや、琴音と友達になった…」


「私のお友達は豊岡さんと魚住さん、卯月さんと睦月さん、結弦さんと真也さんくらいですよ?」


「わ、悪い冗談でしょ…?」


「何言ってるんですか?何か変ですよ」


 ベーコンエッグを突き刺して、ぱくりと食べる琴音。


「いや、お隣の…!」


「空き部屋ですよ。両隣とも」


 ど、どういうことだ!?
 白昼さんって誰?
 つまり、琴音は顔だけではなく存在までも忘れている…と。


 こういう時に一番便りになるのは…!


 僕はご飯を急いでかき込み、白澤さんの電話にかけた!


「朝早くからごめん!実は…!」


「白昼さんのことを覚えてなかったの?琴音ちゃんも」


「うん!ってことは、他の人も?」


「私以外、覚えてなかった…。これは、多分観測理論によるものだと思う。この世に存在しないものは、忘れ去られる…」


 な、何を言ってるんだ…?
 その理論で行くと…。


「白昼さんはもう居ないってこと!?」


「分からない。そもそもこれは異常現象。この理論に当てはまるのならば、白昼さんは何らかの形でこの世界から居なくなったことになる。でも、たとえ死んでいたとしても、そんなに直ぐに人がその人の存在を忘れるなんてことは無い」


「白昼さんが死んだって!?」


「落ち着いて。あくまで仮設」


 な、何が起こってるんだ?
 この世界の定義が根本から崩壊してる?
 白昼さんがこの世から消えた?


「とにかく、まだ覚えてる。ぼんやりとでもいい。覚えていれば、白昼さんはこの世に存在出来ると思う。でも恐らく時間の問題。伝えたいことがあるのなら、急いで伝えに行った方がいいよ」


「うん!わかった!」


 僕は通話を切って、急いで家を飛び出した!
 どこへ向かう!?


 取り敢えず、隣の家のドアをノックした。
 インターホンも鳴らしたが、誰も出てこない。鍵もかかったままだ。


 もうここにはいないのか…!


 ならば、どこに…。
 まさか…あの駅!?


「ここからかなり遠い…、でも行くしかない!」


 僕は狭く、歩道の整備されてない道を駆けて、土山駅に向かった!


 そして、神戸方面の駅のホームへ向かう。
 五分もせず、その電車はやってきた。


 焦っても仕方ないので、電車の中では、ひたすらに白昼さんのことを考えていた。
 少しからかってきて、頭がそれなりに良くて、FMが好きで、琴音やみんなの事と仲良くしていた。
 それで、少し上から目線だったり…、母さんのことを嫌っていて、姉ちゃんのことを知ってそうだった。
 でも、僕の大切な友達だ!


 琴音が外に出れたのだって、白昼さんが居たからだった。


 だから…、もう一度、ありがとうを言いたい。
 みんなが彼女を忘れても、僕は白昼さんを覚えていたい。
 それが、白昼さんへの感謝だから。


 それに、人にとって、忘れられるのがいちばん辛いから。
 僕一人でも、覚えている。


 僕は海浜公園駅に着くと、急いでホームに出た。
 でも…、そこには、白昼さんの姿はなかった。


 そんな…、ここじゃないなら、どこに…?
 いや、ひとつある!白昼さんは、母さんの墓参りに行っていたじゃないか!
 それがダメなら、姉ちゃんの墓の所だ!
 まだだ、まだ諦めるな!


 僕は土山駅まで帰ってきた。
 そこから、息を切らしながら、墓場へ向かう。
 もう、白昼さんのことをほとんど忘れてしまったからだ。


 過ごした日々も、思い出も。
 記憶にあるのは、頭が良くて、からかってきたことくらいだ。


 琴音たちとどのようにして関わっていたかも、忘れてしまった。


 でも…。
 忘れちゃいけないことはちゃんと覚えてる!
 行くべき場所も、やるべき事も!


 絶対に、絶対に!
 忘れるもんか!


 僕は墓場の階段に足をかけた!






 あ、あれ?
 僕は、何を…?
 何故、こんな所に?


 思い出せない。
 何か、忘れちゃいけないことがあったような気がするんだけど…。


 忘れるほどだから、その程度か。
 そのうち思い出すだろう。


 そうだ、ここまで来たんだから、母さんの墓参りでもするか。


 僕はゆっくりと歩いて、なぜ今まで急いでいたのかも分からず、母さんの墓の前に屈み、手を合わせた。
 前に琴音と掃除したから、綺麗だな。


 そう言えば、お盆も最終日か。だからこんなに急いでたんだっけ。
 先祖様は牛に乗ってゆっくり帰るのに、僕は急いで走ってた。


「…ん?」


 この花は…、弟切草だ。
 あれ?なぜ知ってるんだっけ?
 最近この花の名前を知ったような…。
 インターネット?


 違う。
 僕は、誰かから聞いてこの花の名前を知ったんだ!
 それの人は…、少しひねくれているようで、からかってきたこともあったけど、でも優しくて、僕の家の隣に住んでて、少し頭がいい…。
 ふざけたような名前をしてるけど、それが本名…!
 僕の頭の中の霧が一気に晴れ、鮮明に思い出せた!


 その人は…!


「白昼さん!」


 僕は叫んだ。何故か今まで忘れてしまっていた名前を。
 周りの目なんか気にせず、誰に見られてるのかもわからないのに。


「奏多くん…」


 声をかけられ、振り返るとそこには白昼さんが立っていた。
 泣きそうになったが、それを必死に耐える。


「ありがとう、思い出してくれて」


「ごめん、思い出せなくて…」


「いいのよ、あなたが特別なだけだから」


 白昼さんは決して僕を責めようとしなかった。
 それどころか、思い出したことに感謝すらしてくれた。
 どうしてだ?責めるのが普通じゃないのか?
 なんで忘れてたんだって。
 それに特別って…。


「君は一体…?」


「説明をすれば長くなるわ。簡単に言うと…、私はここには居てはいけないのよ」


 居てはいけない?


「あなたは今の周りの人…琴音ちゃん達が私のことを忘れてて、おかしいと思うかもしれない。でもね、それが普通なの」


「どういうこと?それに特別って…、それって白昼さんのことは忘れて当然って意味!?」


「そう、だから忘れなさい」


 忘れなさいって…!
 白昼さんはなぜ僕に忘れて欲しいんだ!?


「なんで忘れて欲しいのさ!」


「本来なら、こんな形で関わることさえもなかったからよ」


 こんな形で、関わることさえもなかった…?
 そんなのを決められるのは神様くらいだ。
 運命とかそんなスピリチュアルじみたこと、僕らには操れるわけがない。


「なんでそんなこと分かるのさ…」


「それは…」


 それ以降の言葉を、白昼さんは言わなかった。
 言えなかったの方が正しいのか。
 僕から目を逸らし、思い悩んでいるようだ。


 その時だ。
 何やら琴音が、向こうから走ってきた。


「お兄ちゃん!探しましたー」


「琴音、一人で外に出られたんだ」


「はい。それよりも、これを見てください」


 琴音には白昼さんが見えてないのか、何の反応も示さない。
 もしくは、記憶が完全に戻って、白昼さんが居て当たり前だと思ってるのかもしれない。


「これ、大掃除をしてたら見つけたんですよ。この人、どこかで見たことありませんか?お母さんの子供の頃の写真みたいなんですけど…」


「これって…!」


 僕は目を疑った。
 そこに映っていたのは、白昼さんだった。


 白昼さんは諦めたように、ため息を着いた。
 そして、僕らを暖かい目で見つめた。


「そうよ、奏多くん…いや、礼音。それが真実」


「そう、だったんだ…」


「お、お兄ちゃん!?なんで泣いてるんですか!?」


 そうか、そうだったのか…。
 関わることさえもなかった。その意味は、もう死んでしまったから。


 前に、付き合えない理由を聞いたけれど、その理由も親子関係だからか…。


 すると、淡い輝きに白昼さんは包まれた。
 そして、その身長は少し伸び、母さんの姿になった。


「お母さん…?」


「うん、琴音。よく頑張ったわね。礼音も」


「僕は…、何も…」


 そう言ったが、母さんは僕らのことを優しく抱きしめた。
 あぁ、安心するな…。
 あれ?涙が…止まらない…。


「ずっと気を張って、大変だったでしょ…、ごめんね?」


「謝らないでよ、母さんのしたこと、間違いじゃないよ」


「なんでそんなこと?」


「だって、悩んでたんでしょ?だからあの時、自分のことが嫌いだって言ってた。それは、母さんが自分のした事に多少なりとも後悔をしてたから。こうやって逢いに来たのも…」


 そう言うと、母さんは「その通りよ…」と呟いた。


「間違いじゃないなんて断言はできない。正しさは人それぞれだから。でも、少なくとも僕はその行いは、悪くないとは思う」


「自己犠牲でひと一人しか守れなかったのに…?」


「琴音には、ヒーローみたいに思えます!お母さんは私のヒーローです!」


 少し、無神経な言葉じゃないのかと思ったが、琴音はそうは思わないらしい。
 だって、その言い方じゃ母さんが死んだのが正しい行いみたいじゃないか。
 それは、僕のかけた言葉もだけどな。


「ありがとう、母さん。こうやってまた会えただけで、僕は満足だよ」


「琴音もです!」


「うん…、私からも、ありがとう。こんな私を正しいだなんて…」


 すると、母さんの体はより一層輝き、その体は徐々につま先から消えかかっていった。


「そろそろ、時間みたい」


「そっか…」


「寂しいです」


「こっちに居られるのは、今日までだから。姿はなくなっても、空から見てるわよ」


 僕は涙を拭い、こくりと頷いた。
 琴音も、目じりに涙を浮かべて、ぎゅっと母さんを抱きしめる。


「琴音、頑張ります!母さんみたいに、強くなります!」


「僕も、強くなる!それに、今までのこと、ずっと忘れない!」


 母さんは、ただ微笑みを浮かべ僕らを抱きしめていた。
 ただ、時間だけが流れていき、徐々に母さんは崩壊していく。


「じゃ、もう行くわね」


「うん、ありがとう!」


「ありがとうございました、お母さん!」


 やがて、母さんは完全に消滅した。
 なんだろう。
 あの時と同じく母さんが消えたのに、今の僕の胸は暖かい感情でいっぱいだ。
 僕の心は、ほぼ完全に満たされていた。


 少しの間、僕と琴音は空を見上げていた。
 そして、僕が「帰ろうか」と言ったら、琴音は「はい」と答えた。






 翌日、魚住さんたちに白昼さんのことを覚えているかと聞いたところ、「当たり前でしょ」と返された。
 ちなみに、本当のことはまだ胸の奥に秘めておいて、彼女は引っ越したと嘘の情報を教えた。


「とにかく、昨日のことは詮索しないで欲しいんだ」


「わかった」


 白澤さんは淡白な返事を返したあと、通話を切った。
 いや、こうも無関心だと…まぁ、助かるんだけどさ。


 とにかく、それからは何気ない日常が過ぎていった。
 琴音は学校に行くことを決意。勉強は魚住さんが教えている。
 父さんも動いてくれて、二学期から転校生という形で学校に行くことに。
 一歩遅れた中学デビューだ。


 なかなかにスパルタだが、まぁ暴力とかはなく、ただ単に勉強時間が長いだけだ。多い時だと食事と風呂と寝る時以外の全ての時間を勉強に宛ててる。


「もう少し休んだら?」


「四年の遅れは、そう簡単に取り返せないんです!」


 と、この一点張りだ。前のように体を壊されたら困るのだが…。


 ちなみに、四年前の引きこもった際も転校という扱いになったため、周りからすれば四年ぶりにこの街に帰ってきたとしか思わない。
 琴音がちゃんとクラスメイトと仲良くできるか心配だが、まぁ、それは本人に委ねよう。


「琴音ちゃん、走り込みに行くわよ!」


「はい!」


 二日に一回、琴音は豊岡さんと走り込みを行う。
 コースは五キロほど。こちらもかなりきつそうだが…。


「無理しなくても…」


「基礎体力をつけるんです!」


 とまぁ、これもこの一点張りだ。


「一番悩んでるのは、琴音ちゃんじゃなくてあなたのほうね」


「まぁ、そうでしょうね、少なくとも琴音よりは…」


 僕はレストランの控え室でぐったりとしてた。


 それと、バイト環境で変わったことは…。


「先輩、琴音ちゃんも頑張ってるんだから、もっと応援してあげてね?」


 魚住さんが、バイトメンバーに加わった。


 ちなみに、魚住さんがバイトの時に豊岡さんと走り込みをしている。


「私も気にしてるんだよ?」


「まぁ、それもわかるけどさ…」


 落ちこぼれで虐められないように、魚住さんは勉強を教えているんだろう。あとは進路に関わるからとかもだな。
 もう中三の秋。進路も決めなきゃならない。


 こうやって、僕らはそれぞれ進み始めた。
 そして、彼女を忘れることはないだろう。


 だが、僕はまだ知らなかった。
 これが、始まりだったということを…。

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