白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第十七話:秘めていた思い

 ちゅんちゅんと雀の鳴き声が聞こえてくる。
 それで目を覚ました僕は、まだ冷めきらない頭を起こし、目を擦った。


 雀の鳴き声で目を覚ますとは、なんと風流なことか。
 普段はうるさいセミの鳴き声しか聞こえなかったが…。まぁ、遠くから聞こえてくるけど。


 僕は体を起こし、リビングに向かった。
 そこには、もう料理が用意されている。
 老人の朝は早いってわけか。


「おはようございます」


「うん、おはよう」


 喜久子さんは笑いながら挨拶を返す。
 元気そうなお婆さんでも、直ぐに死んでしまうんだろうな。
 おっと、不謹慎だな。このことは忘れよう。


「美味しそうですね」


「嬉しいよ」


 卯月さんはこの人に料理を教わったのだろうか。


「あら、奏多。起きてたのね」


「豊岡さん、おはよう。朝風呂でも入ってたの?」


「シャワーだけね。あ、使わせてもらってありがとうございます」


「別にいいよ」


 ふむふむ、意識が高いのか。
 朝風呂なんて、風呂に入らずに寝落ちした時くらいしか入らない。


「みんなは?」


「さぁ?まだ寝てるんじゃない?」


 僕が時計を見ると、六時三十分を指していた。
 いつもの癖で早く起きてしまった。


「それより、頂きましょ?」


「あ、はい。頂きます。喜久子さん」


「たーんとおあがり」


 うーん、沢山食べてくれということかな?
 僕はあまり意味がわからないまま会釈して味噌汁を口に運んだ。


「美味しい!」


 ポロリと口から出た言葉。
 お世辞なんかじゃなくて、心から出た言葉。


「うん、とっても美味しいわね!」


「褒めてもらえて嬉しいよ」


 喜久子さんは微笑ましそうに眺めながらそう言った。


 僕と豊岡さんはご飯を食べ終わった。


「ごちそうさまです」


「とっても美味しかったです!」


「こちらこそ。わたしなんかの料理を美味しく味わってもらえてとても嬉しいよ」


 謙虚な人だな、と思った。
 だが、一つ気になることが。
 僕はまだ、喜久子さんと卯月さん、睦月さん以外の白澤家の方に会ってないのだ。


 後で卯月さんあたりに聞いてみるか。


 僕は部屋に行って、身支度を済ませた。
 荷物を詰め込み、リュックを締める。


 その時、卯月さんが僕の泊まっていた部屋に入ってきた。


「奏多さん。少し話がある」


「ん?どうかしたの?」


「うん。とりあえず着いてきて」


 まぁ、出発は十二時だから別にいいか。


 僕は卯月さんに着いて行った。
 その道中、色々と聞かせてもらった。


 祖父さんが他界されたこと、父は漁に、母は市場に行っているそうな。
 市場の朝は早いらしい。


「それで、話って?」


「私からじゃない」


 白澤さんに連れられてやってきたのは、昨日も来た墓場だ。


「あの人から話があるの」


「あの人って…」


 僕が目にしたのは、ある男性だった。
 そう、昨日姉ちゃんの墓の前に立っていた、長門さん。


 ゾクッと、夏なのに背筋が凍る思いをした。
 昨日あったことが原因だろう。


 でも…。
 なんだか、昨日とはまた違った感じがした。


「長門さん。連れてきたよ」


「そうか、ありがとな」


 卯月さんは邪魔者は退散とばかりに墓場から出て行った。
 つまり、ここには僕と長門さんしかいないということ。
 気まずい…。


 先に口を割ったのは、長門さんの方だった。


「その…昨日は、ゴメンな」


「へ?」


 この人、謝ったのか?
 昨日自分がやったことを?
 僕は頭が少し混乱した。
 昨日と今日じゃ、態度が違いすぎるのだ。


「い、いえ…」


 僕はまだ状況を呑み込めないまま口にした。
 だが、長門さんは続ける。


「お前が見てきたきぃは、どんなだった?それが知りたくて、今日呼び出したんだ」


「きぃって、誰ですか?」


「あぁ、如月だ。つい昔の癖でな」


 昔の癖…。
 この人は、姉ちゃんをきぃって呼んでたんだ。


 なんか、負けた気がした。
 長門さんと姉ちゃんは、きっと僕や琴音とよりもよっぽど仲がよかったんだろう。


 いや、そう考えるのは根本から間違っているのかもしれない。
 だって、僕がなりたかったのは友達や親友じゃない。弟だ。


 なのに、僕は姉ちゃんに恋をしてしまった。
 その時点で、もう僕は弟失格なのだ。


「優しい人でした。こんな気の弱い僕でも受け入れてくれるような」


「他には?」


「他…?よく笑う人でしたね。自分の病気が治るかも分からないのに…」


 そこまで言ったところで、僕は口を塞いだ。
 この人は姉ちゃんの最期を見た人だ。
 ここでその話をするのはまずい。


「そうか…」


「あなたこそ、どんな姉ちゃんを見てきたんですか?」


「俺が見てきたのは…多分、お前の見てきたきぃと何も変わらない。いっつも笑ってて、自分が苦しいのを最後の最期までひた隠しにしてた」


「それに、俺は気付いてやれなかった…」と、未練がましい様子で呟いた。
 過去に囚われていたのは、僕だけじゃなかったんだ。


「そう…ですか」


「あぁ、有益な情報が提供できなくて済まないな」


「別にいいですよ、それだけ聞ければ満足です」


 確かに、卯月さんの言ってた通り、昨日の態度とはえらい違いだ。
 なぜあそこまで不機嫌だったのか聞くのは…野暮ってもんかな。


「あ、そうだ。よく、あなたの話をしてましたよ。また会いたいって何回も言ってました」


「そうか…。あいつも言ってた。向こうで弟と妹ができたってな」


 少し笑みをこぼして、長門さんは答えた。
 嬉しかったんだな。僕も嬉しい。
 姉ちゃんが、僕と琴音のことを弟と妹だって認めてくれて。


「ふーん、あなたはそうやっていい思い出だけ語るんだ」


「えっ!?」


 僕が振り返ると、そこには眉間に皺を寄せた白昼さんが石段の上に腰掛けて佇んでいた。
 いつの間に!?まるで敵に奇襲された気分だ。


「…どういう事だ」


「だってあなた、自分の口からは決して言わないもの。『何も出来なかった』って。『ただ泣いてただけだ』って」


「白昼さん!」


 全く悪びれもせず、淡々と話した白昼さん。
 なんだろう、いつもと全く違う、別人のように感じる。


 長門さんはぐっと歯を食いしばっている。
 まるで、白昼さんの発言を全て真に受けているように。


「あら、子供に図星をつかれて激情するようじゃ、まだまだあなたも子供ってわけね…、これだから、女の子一人守れないのよ」


「いい加減にしなよ!なんで過去の傷を抉るような真似をするのさ!」


「…いいんだ。彼女の言ってることは本当だ…」


「それを認めたところで、私はあなたを許さない。如月さんが、あなたを許したとしても」


 そう言い残して、白昼さんは去って行った。
 どうしてあんなに酷いことを?


 それに、白昼さんは姉ちゃんのことを知っていた?


 琴音が話したのか?
 …いや、それは無いか。


 なら、なぜ…?


「さっきの子は知り合いか?」


「はい。普段はあんなじゃないんですけど…」


「そうか…、あの子が言ってたことは、全部本当だ…。俺は、弱いんだ。今も、昔も…」


 これは明らかに間に受けてるな…。
 なにか励ます言葉をかけなければならない。


 でも…、変な同情をすると返って傷付けかねない。
 僕はどうすれば…?


 何をしていいのか分からず、僕はそのまま墓場から引き返した。
 一番やってはいけないことだ。
 選択すること自体から逃げてしまった。


 僕は、無知とか無能とかそれ以前に、臆病だったんだ。


 何も考えず、墓場から少し過ぎたところで腰を下ろした。


 その時、後ろからぽんと肩を叩かれた。
 振り返ると、卯月さんが立っていた。


「何かあった?」


「…うん、実は…」


 僕は一部始終を話した。
 そして、事の顛末を知った卯月さんはこう言った。


「あとは任せて」


 と。


 そして、墓場の方向へ歩いて行った。


 そう、僕は自分の弱さ故に、全てを後輩に丸投げしたのである。
 自らの弱さが憎い…。そう思っても行動に起こせない自分が憎い…。






 私が墓場へ向かっていると、聞きなれない声が聞こえた。


「あら、あなたはあの子の肩を持つのね」


「…誰?」


「私は白昼夢よ」


「あなたが…私は白澤卯月」


「自己紹介なんて頼んでないわ」


 会うのは初めてだけど、その名前を私は知っていた。
 奏多さんからよく聞いていたから。


「あんなやつの肩を持つのはやめときなさい。あなたは話がわかる人でしょう?」


「…どうしてそんなことを言うの?」


「あいつは弱い。自分のせいで人が死んだのに、その弱さを受け入れられずに…!そのくせ過去に取りつかれて…!」


 白昼さんの言っているあいつ、とは長門さんのことを指しているんだろう。
 何故か、やけに怒っているみたい…。
 でも、その理由はとんでもなく…。


 理不尽だった。


「ならさ、あなたは強いの?」


「…何?」


 睨みつける白昼さん。
 だが、怖気づかずに真っ直ぐに見つめる。


「その強さって、何なの?力量?頭脳?それとも心理?」


「…全部よ」


「なら、あなたは強くないね」


 私は言い切った。
 その自信があった。
 この人は弱い。
 その確信もあった。


「どうしてあなたなんかに言われなくちゃならないのよ!」


「そうやって、図星をつかれると、すぐに怒る」


「そ、それは…あいつのせいよ!あいつのせいで…あの子は…!」


「都合が悪くなるとすぐに話題を変えようとする」


「うるさい!」


 ピシャリと目の前に雷が落ちたように、私は震えた。
 そして、彼女の顔を見て少し怖気付いた。
 白昼さんは、泣いていたのだ。


「あなたは何も知らないくせに…!」


「私は、長門さんがずっと苦悩してたのを知ってる。離れ離れの時もあったけど、ずっと努力してたって。だから…」


「私の事なんて、あなたは何も知らないくせに!」


 そう言い残して、泣きながら私の元来た方向に走って行った。


 悪いことをしてしまった。
 でも、私は…あの人が、長門さんを悪く言う人が…。
 許せないんだ。






 私は墓場にやってきた。
 そこには、放心状態の長門さんの姿が…。


「長門さん…」


「卯月か…少し、ほっといてくれないか」


「放っておけないよ。だってさ、長門さんすごく辛そうな顔してる」


 長門さんは、眉をぴくりと動かしたが、その表情を変えることはなかった。
 そこまでに心を傷つけられたんだろう。


「俺が悪いんだよ。いつまでも過去に囚われて…バカみたいだよな。いっその事、全部忘れた方がいいのか?」


「そんな事言わないで」


「卯月…?」


 確かに、過去に執着することはあまりいい事じゃない。
 でも…。
 忘れるなんてこと、しちゃいけない。


「あの人はお人好しだから、忘れても許してくれるかもしれない。でも、私はそんなこと許せない。それに、その行いを一番良しとしなかったのは、他でもない長門さんだよ。それで傷つくのも、長門さん自身だよ」


 長門さんは、ハッと我に返った。


 そして、今度は目を潤ませた。


「卯月…ごめん、俺…間違ってた…」


「大丈夫。あなたが挫けそうな時は、私が支えてあげる」


「ありがとう、卯月…」


「うん、どういたしまして」


 ずっと、あなたを見てたから。
 ずっと、あなたを思ってたから。
 そんなことを言える日が来るだろうか。


 悲しい過去に向き合うのは、辛いことだ。
 でも、その辛さを分け合うことは出来る。
 私は…、この人の隣に居る。
 長門さんのことが大好きだから。






 僕はただ、海を眺めていた。海岸に座って。


「間違ってたのかな、僕」


 僕が呟くと、何やらすすり泣くような声と、足音が聞こえてきた。
 気になって振り返ると、何故か涙を浮かべている白昼さんの姿が。


「えっ!?白昼さん!?」


「ぐすんっ…」


「ど、どうかしたの?」


 僕が慌てて質問すると、白昼さんはこくりと頷いた。
 何があったんだろう?


「私が悪いんだ…。あの人に弱いなんて言っちゃったから…、自分の方が弱いのに…」


「ほんと、何があったの!?」


「白澤さんに図星をつかれて逃げてきた…」


「そっか…」


 なんだか素っ気ない返答をしてしまった。


「ご、ごめん!無関心みたいな返答しちゃって!」


「別にいい、気にしてない…」


 しばしの沈黙。
 漣の音だけが、場を支配していた。


 次に口を割ったのは、白昼さんだった。


「あの、次にあの人…、七宮さんに会ったらさ、ごめんって言ってたって言っておいて。あなたの口から」


「なんでさ、もう一度長門さんに会って直接言ったらいいじゃん」


「私にはその資格はない。それに…」


 白昼さんは立ち上がり、海を眺めた。
 そして、独り言のように呟いた。


「私には、もう残された時間がないから」


 僕は、僕らと同じくもう帰るつもりなのだろうと考えた。


「だったらさ、また僕ら二人だけでも来ようよ。それで、謝ろう?」


「…えぇ、そうね、機会があれば」


 そう言うと、白昼さんは、スタスタと歩いて行ってしまった。
 その後ろ姿は、やけに寂しそうで、僕はとても着いて行こうなんて思えなかった。


「お兄ちゃん!もう帰りますよー!」


 それから、現実時間で五分ほど後だろうか。
 琴音からの呼び掛けで、ようやっと僕は立ち上がった。
 何だろう、やけに長い時間が経った気がする。


「うん、今行く!」


 そう言って、僕は歩き出した。






 白澤さんの実家の前で、泊めてもらえたお礼を言い終わり、車に乗り込もうとする僕を、白澤さんが引き止める。


「白昼さんの法則について、少しわかったことがある」


 法則って…、物理じゃないんだから。


「なに?」


「学校で私は白昼さんに会えなかった。でも、ここでは白昼さんに会えた。つまり、この数週間で私は白昼さんの観測に必要な何かを、得ることが出来た」


「それって?」


「奏多さんのお母さん。彼女の顔を知ったから」


 え…?確かに、魚住さんと豊岡さんは家の玄関で写真を見てるし、卯月さんにもこの前見せたけど…。


「根拠は?」


「私は事故の件を先輩に聞いていて、先輩のお母さんの情報をある程度所持していた。でも、白昼さんを見ることは出来なかった。写真を見て、奏多さんのお母さんの顔を知った途端に、白昼さんの存在を観測することができるようになった…筋が通ってない?」


 …確かに、筋は通ってる気がする。
 でも、ひとつ分からない。


「なぜ、母さんの顔を知っていると白昼さんが見えるようになるのさ?」


「分からない…そこまでは」


 うーん、さすがにこの子もすべてを知っているわけじゃないからな。


「じゃ、行こうか」


「うん」


 それから、僕らは車に乗りこみ、土山駅まで帰ってきた。


 疲れたのか、琴音と魚住さん、豊岡さんは寝てしまった。


 でも、会話が生まれることは無かった。


 ん?そういえば、なぜ長門さんには白昼さんが見えたんだ?
 生前に面識があったとか?


 考えたって埒が明かないな。


『ありがとうございました!』


「いえいえ、ではまたー」


「またね」


 皆でお礼を言ったあと、僕らは解散した。
 琴音は今度はシャキッと起きている。


「ふんふんふーん!」


 琴音は帰りのお土産コーナーで買ったペンギンの人形を手に入れて嬉しそうだ。
 その様子を、微笑ましそうに豊岡さんが眺めている。


「豊岡さんって、なんだかんだ琴音のこと好きだよね」


「当たり前じゃない!可愛いもん!」


 確か、魚住さんがことねと友達になった理由も可愛いからだったよな。
 可愛かったら得をするんだな。


 僕らは何事もなく家に帰り、父と合流して、一緒に食事をした。
 琴音は少し緊張していたが、父はそれでも嬉しそうだった。


 琴音はドリンクバーに行っている時に、父が僕に話しかけてきた。


「ゴメンな、礼音。何も出来なくて…一人で頑張ってたんだよな」


「謝らないでよ。恨んでなんかないよ。父さんのおかげで、僕らの生活が成り立ってるんだから」


「でも…前は顔も合わせてはくれなかっただろ?それがここまで…よく頑張ったな二人とも」


「うん…」


 琴音も、無理をしていただろう。
 ここまで回復できるのは、すごいと思う。


「それで…戻ったのか?」


「まだ…だよ」


「そうか…」


 はぁ…と、父さんはため息をついた。
 その仄かなタバコの匂いのするため息を、僕は少し疎ましく思っていた。
 だって、父さんの望んでいることは…。


「父さんは…戻って欲しいの?」


「あぁ、当たり前じゃないか」


「何も分かってな…ごめん」


 僕は、口を滑らせかけた。
 それを、冷たく父は「いいさ」と言って受け流す。


「お兄ちゃん、お父さん、ただいま戻りました…」


 オレンジジュースを持ってきた琴音が、ことんとコップを置く。


 その後、そさくさと僕の隣に座った。


「こう眺めると、昔を思い出すな」


「…そうだね、父さん」


 僕は、父さんの話に合わせた。
 勘づかれることのないように、ごく自然に、偽りの記憶を植え付けた。

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