白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第十四話:嫉妬の果てに

 僕は、七宮さん達に全てを話した…。


 これは僕がまだ小学一年生生の頃。
 親の職業見学というものをやっていた。
 単身赴任の父の所は遠すぎるため、母の仕事場を見学することになった。


「じゃ、自由に歩いてていいけれど、お行儀よくしててね?」


「うん!」


 僕は頷いた。
 母さんは看護師をしていた。市民病院で勤務している。


 僕にとって、あの病院はまるで迷路のようだった。
 右に曲がり、左に曲がり、階段を登ってそれから下って…。


「あ、お花さん!」


 中庭に出て、花の匂いを嗅ぐ。
 ほんのりと甘い香り。
 病院内の飽和した薬品の香りとはまた別の匂い。


「いい匂いー!」


 僕は立ち上がって、室内に戻った。


 ふむふむ、これは何だろう?
 そんな興味と好奇心で溢れ出す衝動のまま歩き回っていると…。


 挙句には迷子になってしまった。
 本当に迷路のように右も左も分からないから、仕方ないと思う。


 その事に気がついた瞬間、僕は孤独に苛まれた。


「母さん…何処…?」


 返事がない。
 いつもはすぐに来てくれるのに…。


 すると、何やらうさぎのぬいぐるみが部屋から顔をだした。


「何を泣いているのかなー?」


「ぐすん…母さんとはぐれた…」


 僕は、涙ながらに現状況を報告した。
 すると、うさぎのぬいぐるみは何やら腕をこちょこちょとしながら話しかけてきた。


「えっとねー?まずは泣き止もー?それから私と遊ぼー」


 うさぎのぬいぐるみを持った少女が、上半身だけひょっこりと顔をだした。


「ねっ?」


 僕は、恐る恐る少女の方へ近づいた。
 見た目は僕より年上…。小学五年生くらい。


「ほらー、怖がらなくていいんだよー?」


 少女は僕に手を差し伸べた。
 その手を見て僕は、たじろいだ。


 その手はまるで干物のようにガリガリだったのだ。


「あぁ、これ?ちょっとした病気。お医者さんが言うにはリハビリしたら治るかもしれないんだって。だから、頑張るんだ、お姉ちゃん!」


「治らないかもしれないのに…?」


 心無い言葉を、僕は少女に投げかけた。
 本当に、ひどい行いだったと思う。


 でも、あの時の僕には、分からなかった。
 絶対が約束されていないのに、希望に満ち溢れた顔ができる少女が。


「それもそうだけどね、最期まで希望は諦めたくないんだ。それがたとえ暗闇の中の一寸だけの光だとしても、私はそれを諦めない」


「…よく分かんない」


「君にはまだ早かったかなー。でもさ…」


 少女は僕の頭に手を乗せた。


「来てくれたね、君」


 僕は、いつの間にか少女とこんなに近い距離にいた。


「君じゃない…」


「じゃあ、名前、何?」


「礼音…奏多礼音」


「そう、礼音君だね。よろしくー」


 もしゃもしゃと僕の頭を撫でる少女。
 何故だろう、こうされてると安心する…。


「うふふ、気持ちいいの?」


「…ん」


 頷くと少女は暖かく笑った。
 穏やかに、まるで母が我が子を眺めるように。
 姉が居るって、こんな感じなのかな。
 僕には、妹しかいないから分からない。


 分からないことだらけだったな、あのころの僕は。


「僕、まだ聞いてない、名前」


「あ、そういえば、言ってなかったね。私の名前は如月双葉!」


 双葉…か。
 なんだか綺麗な名前だ。


 そんな安直な印象だった、最初に彼女に抱いたのは。


「双葉…姉ちゃん」


「姉ちゃん!?」


「いや…?」


 姉ちゃんは取り繕って、「嫌じゃないよ!」と言った。


 なら何故、少し複雑な反応をしたんだろう?
 嫌がってるような、喜んでるような…。
 またまた分からない。


「…ただ、一人っ子だからそうやって呼ばれるのとかって慣れてなくて…」


「ふーん。じゃあ、今から僕姉ちゃんの弟になる!」


「えっ!?それって何かと難しいというか、まずはお母さんとお父さんが結婚しないといけないというか…」


 顔が赤くなって、姉ちゃんはブツブツと何かを言い出した。
 結婚?母さんと父さんはもう結婚してるけど…。


「よくわかんないけど、僕は姉ちゃんの弟みたいなのになりたい!」


「あ、なんだそういうことかー。てっきり勘違いしてたよー。いいよ。礼音君は今から私の弟ー!」


「あなた達、何やってるのよ…」


 振り返ると、ドアの前に母さんが立っていた。


「母さん!?」


「まさかこんな所にいるとはね…。点滴、変えに来たわよ」


「君の母さんって、看護師さんの事だったんだー」


「うん!」


「仲良くなれて良かったわね」


 母さんは手早く点滴を付け替えた。
 そして、足早にその場を去ろうとする。


「もう行くの?」


「まだ勤務中。五時くらいには迎えに来るから、ここで待ってる?」


「うん!」


「そう、じゃあお願いね、礼音のお姉さん」


「は、はい!お気をつけてー…」


「そんなに畏まらなくてもいいわよ、礼音の姉みたいなものってことは、私の娘と同じってことだから」


 母さんは笑って部屋のドアを閉めた。


「じゃ、何しよっか?」


「うーん…絵本読んで!」


「あいにく持ち合わせてないなぁ…そうだ!」


 姉ちゃんはぽんと手を叩いた。


「私が田舎に住んでた頃のお話をしてあげるよー」


「面白い?」


「うん、きっと!じゃあまずは出会った頃の話から…」


 姉ちゃんは笑顔を振りまいた。
 まるで、病気なんかになっていないようにすら思えてくる。


 それからというもの、暇があれば病院に行った。
 夏休みなんかは、二人で勉強したりして半日を過ごした。
 もちろん、送り迎えは母さんだけれども。
 でも、高学年になったら電車とかも使ったな。


 大晦日やお正月は餅を持っていったりして二人の時間が流れた。
 時々ことねもやって来て、三人でトランプとかもしたっけ。
 ちなみに、僕のことをれーくん、ことねのことをこーちゃんと呼ぶようになった。


 そんな日々が続くと思っていた。
 思っていたのに…。






「とまぁ、こんな感じです…」


「なんというか、あの人らしいっスね」


「うん…」


 七宮さん達はしみじみと僕の話に聞き入っていた。
 それより…。


「知り合い…だったんですね、姉ちゃんと」


「うん、あの人は命の恩人よ。きっと、あの人がいなければ私は嫉妬とか形容しがたいもので心が埋め尽くされてどうにかなってたと思う」


「俺にとっては…憧れの人の恋人って感じっスかね。その人の道を示してくれた人でもあるっス」


 お二人にとっても、姉ちゃんは大切な存在だったんだ。
 でも、ひとつ気になることがあった。


「姉ちゃんは付き合ってたんですか!?」


「あ、あぁ、高二の夏休みの前の日に付き合い始めてたぞ」


「そ、その人はどんな人ですか!?」


「どうしてそんなことが気になるんですか?」


「姉ちゃんが指し示した道を歩んだ人がどうなったのか、知りたくって…」


 そうだ。姉ちゃんは僕には道を示してくれなかった。
 ただ優しさと温もりを与えてくれただけ。
 それでも十分だが…、何故だろうか。
 それじゃ足りないと叫んでいる自分がいる。


 だから、気になるんだ。
 指し示してくれなかった姉ちゃんの道を、歩んだ人の行く末を。


「その人は、私の兄よ」


「七宮さんの、お兄さん…?」


「そう。私のお兄ちゃん。今は私と違う医大で勉強をしているわ。そうですよね、加賀先輩」


「あぁ、あいつなりに頑張ってる。彼女の死を目の当たりにしても、立ち直って人の役に立てるように努力してるんだろうさ」


 違う…。
 僕が考えていたのは、そういう結果じゃあない…。
 もっと醜くて、滑稽で、無様な結果だ。
 なのに、何故…。
 そんなに真っ直ぐに生きられているんだ!


 姉ちゃんの死に様を見た?
 ならばひねくれていいだろ!
 曲がって、ひん曲がって、もう戻れないほどに歪んで!
 それなのに…何故…?


「礼音くん?」


「放っておいてください。今は冷静に話せる自信が無いです」


 僕は、スタスタと歩き出した。
 場の空気を悪くしてしまったかもしれない。


 でも別にいい。あのままあそこにいたのなら、確実にどうにかなってしまったから。
 推測じゃない、断定だ。
 くっそ、いつまでもどうしてこんなに子供のままなんだ、僕…。


「お兄ちゃん!」


「琴音!」


 琴音はビクリと肩を強ばらせた。
 そして、今まで琴音に見せなかった形相で琴音を睨む。


「今はいっぱいいっぱいだからさ…」


 琴音は泣きそうな顔になるも、僕から離れなかった。


「嫉妬…ですよね」


「はぁ?」


「お兄ちゃんは、彼氏さんに嫉妬してるんですよね」


 図星をつかれた僕は、もう冷静ではなかった。


「羨ましくて、恨めしくて、嫉妬して、それであの場から逃げ出した…違いますか?」


「違わないよ!そうだよ、羨ましいよ恨めしいよ憎々しいよ!当たり前でしょ、好きだった人からその人は全部を貰ったんだ!愛情も、死に顔も未来だって!それが羨ましくないわけが無いでしょ!」


 押さえつけていた感情が一気に爆発した。
 参ったな、琴音だけには見せたくなかったのに…。


「琴音の言う通り、僕は嫉妬魔だ!僕が嫌いになったならそれでいい!父さんのところに転がり込みでもすれば匿ってくれるだろうさ!」


「そんなこと…ないに決まってるじゃないですか!」


 琴音は僕を抱き寄せた。
 暖かい、優しさが伝わってくる。


「お兄ちゃんが嫉妬魔でも、どれだけ琴音のことを嫌っても、琴音はお兄ちゃんのことが大好きだから…離れたりなんかしません!」


「琴音…なら、どうして…こんなこと…」


「お兄ちゃんが今逃げたら…もう、取り返しのつかないことになるかもしれないからです。ここから逃げたら、何も出来なかった過去と同じですよ?お兄ちゃんのかっこいい所、見せてください」


 過去の自分にできなかったこと…。
 それは、現実を直視すること。
 彼女らが亡くなったということを、受け止められなくてただひたすらに泣いていたあの頃を超える。


 それが未だにできていないことが、琴音にはお見通しだったようだ。


 だって、未だに僕は、彼女の墓に行けていないんだから。


 自分より彼女に愛されている人がいたという辛い事実。
 それに嫉妬して、素直に受け止められないようじゃ、あの頃と変わらない。


「分かった。僕はもう逃げない」


 琴音は力強く頷いた。
 そうだ、宣言した。
 したからには、過去に正面から向き合わなければならない。


 僕は暗い夜道を引き返した。
 琴音は今度は僕の腕に体を密着させている。


「あのさぁ、少し離れてくれない?歩きづらいんだけど…」


「ダメです!お兄ちゃんは今『琴音を全く相手にしなかった罪』の刑罰執行中で琴音の腕の中からこの腕を抜いてはならないのです!」


「再審を要求するよ」


「却下します!ここでは琴音が法律でーす!異論は認めませんよ!」


 なんかさっきまでの険悪なムードが嘘のように思えてくるほどにほのぼのとした会話。
 というか、案外琴音ってスタイルいいんだな…。
 こうやって密着して初めて気がつくこともあるってことか。


「あっ、礼音くん…」


「皆さん…さっきはすみませんでした」


 僕は、みんなに深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと!頭上げてよ。私は別に怒ってないから」


「それより、何だ?てっきり帰ったと思ってたけど…」


 あたふたとしてる七宮さんとは裏腹に、全く気にしてない様子の加賀さん。
 紙皿片手に、焼肉を盛っていた。


「実は…折り入って頼みがあるんです」


「頼み?」


「はい…実は」


 僕は、覚悟を決めた。
 これは過去と向き合う。そのための第一歩。
 大きく息を吸って、七宮さん達にこう告げる。


「僕に、宿を提供してくれませんか?」


『宿?』


「はい、僕は姉ちゃんの…墓参りをしたいんです。でも、そこには電車も隣町までしか通ってなくて、それもここから遠くて…日帰りじゃ難しいから、宿さえあればどうにかなると…思うんですが…」


「…呆れた」


「明日香ちゃん?」


「あのさ、そこまで往復何円かかるか知ってる?」


「え?往復…2千円くらい?」


 僕は、そこまでは調べていなかった。
 でも、県内だしそこぐらいで留まる気がするけれど…。


「五千円よ」


「結構高いんですね…」


「そう。そこからタクシーで約二千円ほど飛ぶと思いなさい。帰りは駅まで送って貰うとして、計七千円は必要ね」


 それって、結構きつい…。
 どうする?父さんに出してもらうか?
 いや、ついこの間仕送りが来たばかりだからなぁ…。
 僕は財布の中を見た。
 五千二百五十円…。
 足りないなぁ…。


「そこで、よ」


「そこで?」


 人差し指をたてる七宮さんに、僕は首を傾げた。


「無料でそこまで行く方法があると言ったら、信じるかしら?」


「…貨物列車に飛び乗ったりとかは犯罪ですからね?」


「そんな事じゃなくて…ほら。私たちだって里帰りとかするじゃない?お盆休みとかに」


「そうなんですね」


「あなたの目的地と私たちの目的地ってほぼ一緒じゃない?」


 あぁ、だいたい予想は着いた。


「って、そんな事申し訳ないですよ!」


「大丈夫大丈夫。一人二人増えただけで支障は出ないって!ねっ、睦月ちゃん?」


「へっ!?全部私に丸投げですか!?」


「当たり前でしょ、私はバイクだから」


「だからって…」


「私からもお願い。先輩を、連れてってあげて」


 卯月さんからも要求され、睦月さんは「わ、分かりました!別にいいですよ!」と開き直った。
 大人数で乗ればそれだけガソリンの消費も激しくなる気がするけれど…。
 僕一人くらいならば大差ないかもしれないけれど…。


「琴音も行きます!」


「私も!」


「私も行きたい!」


 と、琴音はともかく魚住さんと豊岡さんまで同行したいと言い出した。


「お兄ちゃん一人で遠出なんてさせません!修学旅行がどれだけ寂しかったことか!」


「私、先輩の初恋の人の墓参りに行きたい…だから、連れてって!」


「私も、お願いします!」


 三人は深々と頭を下げた。
 いや、琴音にいたってはただ自分が寂しいだけなんだろうが…、まぁ、無理もないか。






 中学三年の頃。
 琴音が僕に懐いてからほぼ一年が経ったある日、僕は修学旅行から帰ってきた。


「ただいま…」


 返事がない。いつもはぴょこぴょこと跳ねながら琴音が出迎えてくれるのに。
 僕は部屋に上がると、何やら琴音が毛布を被ってガタガタと振るえていた。


「何かあったの!?」


「お兄ちゃん、あれ…」


 琴音はある一点を指さした。
 その方向には壁が。
 調べてみたけど、特に何も無かった。


「く、黒いシミが…!こっちに…!」


「へ?」


「シミがぁ…こっちにきますぅ…!」


 わんわんと泣き出した琴音を、僕は唖然と見つめた。
 いや、なんでこんな疑心暗鬼みたいなことになってるの!?
 まさか幻覚とか!?


「夢で…襲われましたぁ…」


 夢か…。
 とにかく、ちょっとだけ安心した。
 ただ臆病になっただけだな。重症だけど。


「よしよし、大丈夫だよー」


 そんな感じで数時間あやしていたら、いつの間にか琴音は眠り、次の日には本調子に戻った。






 今となっては大丈夫かもしれないが、不安で過呼吸とかになっても困るし、連れていった方がいいかもしれない。
 あと、外の世界に慣らすのにも。


 二人はそのままだろう。僕の初恋の人の墓参りをしたい、それだけだと思う。


「まぁ、一人も大人数も同じようなものです。バンに入る人数なら連れてけますよ!」


『ありがとうございます!』


 三人は再度深々と頭を下げた。


「あ、でも肝心なことを聞きそびれてました。私たちが意識してる如月先輩と、あなたたちが意識してる如月先輩って、同一人物なんでしょうか?」


「あー、確かに言われてみれば。同姓同名って可能性もあるっスよね」


 言われてみればそうだな。
 僕のスマホに写真があるからそれで確認するか。
 その写真とは、母さんと琴音と僕、それと姉ちゃんが写ってる写真だ。


 僕は、それを皆さんに見せた。


「うん、間違いないですね」


「これは如月先輩ね」


「あぁ、俺らに会う前の写真だな」


 どうやら、同一人物で間違いないらしい。
 本当に、姉ちゃんの知り合いなんだ、この人たち。


「じゃ、午前九時頃、八月十三日に土山駅に集合でいいですね?」


「はい、よろしくお願いします」


 拳を握り締める。
 必ず、彼女に会いにいく。
 どんな形でも、どんな再会の仕方でも。


 それが今の僕の課題。
 逃げることの許されない、永遠の課題。


 過去の弱さを、乗り越えるんだ。

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