白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第十三話:一日だけの恋人

 八月十日日曜日。


 僕と琴音、魚住さんは花火大会にやってきた。
 当然の如く、人は込み合い、琴音は人混みという社会の洗礼を受け、なおも立ち向かっている。


 ちなみに、二人の格好はラフな格好に帽子をかぶっている。
 なんでこのコーデ?


「むぐぅ…キツかったです…」


「そうだね、よく頑張ったよ、琴音ちゃん。私加古川って初めて来たけど、結構人が集まるんだね」


 魚住さんが加古川駅のホームで琴音を撫でる。


「さ、こんなとこで立ち往生してたら他の人の妨げになるから、早く行こう」


「あれ?先輩もしかして、楽しみにしてる?」


「夏の風物詩だからね、そりゃ僕も楽しみだよ」


 花火大会なんて、何年ぶりだろうか。
 少なくとも母さんの生前に行ったきりだから、四年以上前か。


 まさか、琴音と一緒に来れる日が来るなんてな。さらに彼女も。
 そもそも、僕は彼女ができること自体想定していなかった。


「うん?」


 祭りのチラシが目に入り、取ってそれに目を通す。
 なんだこれ?『スペシャルゲスト登場』?
 人気の芸能人とかかな?
 朝ドラヒロインとか?
 …有り得なくはなさそう。


「お兄ちゃん。何を見てるんですか?」


「チラシだよ。スペシャルゲストが来るんだってさ」


「そ、それは楽しみですねー」


「そーだね、楽しみだねー」


 なんだろう、二人の棒読み感。
 何か隠してる?


「もしかして…?」


 二人は何故かゴクリと唾を飲み込む。
 そこまで緊迫した場面かな?


「二人は誰が来るか知ってるの?」


 またもや、何故か二人はコケそうになった。


「そーですよ!実は豊岡さんから聞いてました!知ってるけど教えません!」


「そーだよ、シークレット!シークレットだから!」


 なーんか妙に変なテンションだなぁ、二人。
 祭りだからテンションが振り切れてるのかな?
 しょうがないか。
 琴音は花火大会四年ぶりだし。


 会場に続く道中、やはり人でごったがえしていた。
 先導する警察官、はしゃぐ若者、騒ぐ子供などなど。


 こういうイベントって、近隣住民にとっては結構迷惑だよな。
 まぁ、その人たちも楽しんでいるのならいいんだけど、必ずしもそういう人ばかりでないことも事実。


 そういえば、ライブっていつからだっけ?
 ふむふむ、七時からか。


 今は六時半だな、まだ時間はあるな。


 自由時間くらいはあるかな。


「はぐれないでよ?」


「はい!」


「子供じゃないんだからさ」


 まぁ、この二人なら大丈夫か。


 僕らは花火大会会場に着いた。
 って、もう五十分か。


 なにやら簡易ステージのような場所に、人だかりができているのがわかった。
 あそこでライブがあるんだな。


「楽しみだね、琴音…琴音?」


 あれ?琴音が居ない?


「う、魚住さん、琴音がいない…」


 え、嘘!?魚住さんも居ない!?


 こ、こういう時は…なんだっけ?お問い合わせ?迷子センター?
 こういうこと今まで無かったから焦りが!
 まだここら辺にいるはず!


 すると、何やら観衆から歓声が巻き上がった。そして、ノリのいい音楽が流れてくる。
 ライブが始まったのか!


 まずい!もっと人が増えたら見つけづらくなる!


「みんなー!今日は会いに来てくれてありがとうございます!」


 ぴょーんと豊岡さんが飛び上がり、観衆に手を振る。
 普段と全くキャラが合わないな。
 それより、なんだろうか、あのバックダンサーみたいな人が二人。


「おー、盛り上がってるねー!」


「うん、賑やかだねー」


「ふぇえ、いつもより人が近いよぉ…」


「そうですね、熱気が伝わってきます」


 いや、あの二人はなんなのだろう。
 心做しか、コーデが琴音と魚住さんと被っている気がするんだけど…。


「今回はスペシャルゲストに来てくれたの!ミスKとミスSよ!」


 えっと、ミスKとミスS…?
 もしかして、琴音もしくは奏多でKとか、志穂でSとかじゃない?
 帽子のおかげで顔はよく見えないけれど。


「よ、よろしくお願いします!」


 恥ずかしがりながらも元気よく挨拶するミスK…。
 うん、あれは琴音だ。


「今日は楽しんで行ってねー!」


 テンションの高い方が魚住さんか。


 道理でこの前ダンスの練習をしてたのか。
 というか、周りの熱気がすごい。


「では!一曲目、レインボーガールズ!」


 二人増えてレインボーか。
 それより、琴音がこんな大観衆を前に歌を歌うなんて考えなかったな。






「ありがとー!」


「楽しかったです!」


 今回わかったことは、琴音と魚住さんは歌が上手いということと、琴音はかなり人に慣れてきているということ。でも、終始目を合わせないように帽子の鍔で隠していた。


「さて、今日は私初めてのバラードをプレゼントしちゃいます!」


 豊岡さんが一人でステージに残った。
 バラードか、なかなか期待できるな。


「この曲は初恋の人に送る曲であり、アイドルを始めるきっかけになった曲です。聞いてください。『STAR DUST』」


 豊岡さんの初恋の人か。
 それより、STAR DUST。
 聞き覚えがあるんだよな…。


 すると、何やらギターを持って弾き語りのような感じで歌い始めた。
 ギターも弾けるのか、すごいな。


 その歌詞を、僕はどこか記憶のどこかで聞いていた気がした。


 …思い出した!
 この曲は…!


 僕はステージの裏までやってくると、そこでは豊岡さんが待っていた。
 ちなみに、豊岡さんは浴衣だった。


「いい曲だったね、豊岡さん」


「そう、じゃ、屋台を回りましょ」


「うん」


 僕らは屋台を回った。
 射的に型抜き、かき氷にたこ焼き、カステラなど…。
 僕らは花火大会会場を謳歌した…つもりなんだろう。


 僕は、あることで頭がいっぱいだった。


「うーん、やっぱり射的とかじゃ浴衣の裾が邪魔になるわよね…」


「そうだね」


 僕らは花火大会会場を後にして少し離れた小高い丘にある櫓にやってきた。
 ここからなら花火が綺麗に見えるらしい。
 なんでも、ここは豊岡さんが元々住んでいたところの近くで、よくここで遊んでいたそうな。


「豊岡さん、少し聞きたいことがあるんだ」


「…なんのこと?」


「あの曲、あの日僕に歌ってくれた曲だよね」


 今、ようやく鮮明に思い出した。
 あの日、起きた出来事を。歌ってくれた歌詞の、一つ一つまで。


「あの曲は魚住さんが作ってくれてたのよ。幼い頃のあんたのことを思って作ってくれたのね」


「そう…」


 僕には、確信があった。この曲は、魚住さんの作ったものじゃない。
 なぜなら…。


「嘘をつくのはやめてよ。僕に歌を歌ってくれた女の子は、黒い瞳だった。それに、魚住さんは加古川に来たのは今日が初めてだよ」


 魚住さんは青い瞳をしている。
 そんな特徴的な色の瞳ならば、忘れるはずがない。


「君だったんだね。僕を救ってくれたのは」


 豊岡さんは俯いて、黙りこんでしまった。
 その反応は…そういうことなんだろう。


「ありがとう。君がいなければ僕はあの時どうにかなってしまっていたかもしれない」


「…なら」


 豊岡さんが小さな声で呟いた。
 悲痛そうに、消えそうな声で。


「どうして…私を愛してくれなかったの?」


「え…?」


「私はあなたのために三年前、待っていたのに…!」


「三年前…?」


 僕は、あの時のことを再度思い出した。




「ありがとう。君のおかげで前を向けたよ」


「そう…なら、来年の七月七日、ここで会おう?その時、真っ直ぐ前に進めてたら、私はあんたを励まして良かったって思えるから」


「織姫様と彦星様みたいだね」


「うん!」


 少女は笑顔を見せて、指を結んだ。






「あっ…」


「思い出したのね、今更」


「ごめん…」


 あの時は琴音のことなどで頭がいっぱいだった。
 それでも、少女…豊岡さんとの約束を破ってしまった。


「琴音ちゃんのことで頭がいっぱいだったのは分かってるけれど…こっちの身にもなって…!」


「…本当にごめん」


「謝って欲しいわけじゃない!そんなことをしても私の心の傷は癒されない!」


 その通りだ。
 謝ったところで、過去は変わらない。
 でも、僕は何を言えばいいのか、全くわからなかった。


 …かと言って、「何を言ったらいい?」と聞くのは愚策であることは僕にもわかる。


 いや、何を言ったらいいのか分からないのなら…。
 行動で示せばいいんだ。


 僕は、豊岡さんを抱き寄せた。


「…魚住さんにもしたんでしょ?」


「うん…でも、これはあの時の僕の感謝だよ」


「うぅ…」


 豊岡さんは僕に泣きついた。
 服にシミができちゃうな…まぁいいか。


「ありがとう…僕を救ってくれて」


「うん…」


 きっと、今彼女がいなければきっと豊岡さんに告白していただろう。
 でも、今は魚住さんが居る。だから、それは出来ない。


「私を彼女にしてなんて言わない…。私にも非はある。あの日、再開した時に告白すれば…良かったのに…その勇気がなかった…」


「ありがとう…覚えていてくれて」


「忘れられないわよ…初恋の人だから」


 すると、豊岡さんは僕の服に顔を填めた。
 静寂が場を支配する中、それを切り裂く花火の音。


「これからずっと彼氏になってとか言わない…せめて」


 豊岡さんは涙を浮かべ僕の手を握った。


「今日一日だけでも…私に夢を見させて?」


 少し考え、僕は首を縦に振った。


 真っ黒な夜空に、色とりどりの星が舞う。
 僕は、そっと豊岡さんの手を握り返した。


「彼女が同意の上でも少し背徳感があるね…」


「それにヤミツキになって浮気性とかにならないように気をつけなさい?」


「な、ならないよ!」


 豊岡さんは意地悪そうに笑った。
 どうも、僕は最近よく女性にからかわれるな。


「そう…魚住さんのこと、ちゃんと愛してあげて」


「うん」


 僕らは花火を見上げ、肩を寄せあった。


「一つ、言っておくわ」


「何?」


「私、あんたのことが好きよ。あんたを元気づけることが出来たから、少しでもあんたみたいな人が元気になればって、そう思ってアイドルになったの」


「そんなにいい成りはしてないと思うけれど」


「見かけだけじゃなくって心に惚れたのよ。あんたが良い奴だってことは目を見れば直ぐにわかった」


 豊岡さんは花火を見上げながら、少しも恥じる様子もなく言い放った。


「初恋の相手があんたで、ホントに良かった!」


 満面の笑みを僕に向ける豊岡さん。
 その笑顔は、花火と同じくらいに眩しかった。


「僕も…君を好きになってよかった」


 僕は、心からそう呟いた。






 花火が終わり、僕らは丘を下った。


「おーい、お兄ちゃん!」


「琴音?どうしてここに?」


「お姉さんが教えてくれました!」


 お姉さん?
 …って、もしかして不審者!?


 そう思って身構えたが、琴音の後ろからでてきた人はそれ以上に予想外だった。


「あら、礼音くん。もしかして浮気?」


 それは七宮さんだった。


「ち、違います!同意の上です!」


 すると、七宮さんはゲラゲラと笑いだした。


「うそうそ。琴音ちゃん達から事情は聞いてるわよ」


「ならからかうのはやめてください…」


 僕の困っているのがさぞかし面白かったのか、七宮さんはまだ笑っている。


「そもそも、なんでここが分かったんですか?」


「ここって私の結構なお気に入りスポットなのよ?今年は四人で来たかったんだけどカップルがいたんで渋々引き返したってわけ」


 ふむふむ、その後はだいたい察しがつく。
 おそらく四人とは卯月さんと睦月さん、七宮さんあとは衣笠さんのことであり、卯月さんと魚住さんがばったり遭遇。
 そこでどういう経緯か知らないけれど琴音と七宮さんが共に行動し、ここにやってきたと。


「…で、さっきから黙りこくってるのが豊岡さんだっけ?七宮明日香よ。そこの礼音くんとはバイトの先輩後輩って関係」


「ど、どうも。豊岡紅葉です」


 名前は知られているのに自己紹介するあたり、職業病かなにかかな?


「ところで、二人とも予定とかある?」


「いや、ないですけど」


「私も…」


「そ、なら家にいらっしゃい。バーベキューをするのよ」


「いいんですか?そんなことして」


「大丈夫大丈夫。周りは殆ど家ないから」


 うーん、そこまで言うのなら…。
 どうする?という意味を込めて僕は豊岡さんに視線を投げかけた。
 コクリと頷く豊岡さん。てことは別にいいんじゃないかということか。


「じゃ、僕らも行きます」


「そ、じゃ、着いてらっしゃい」


 七宮さんの後をついて行く数分間、琴音はこれまでの出来事を話してくれた。妙にハイテンションで。


 まぁ、僕が想像した通りだった。一つ誤算があった所をあげるのなら、カラフル・パレットのメンバーが琴音たちと行動を共にしていたことか。


 マネージャーさんが着いてたらしいから安心だったらしいけれど。


「さぁ、着いたわよ」


 連れてこられたのは、少し大きい一軒家。
 二階建てで裏に庭があるらしい。楽しげな声が聞こえる。


「あー、先輩!」


 庭まで出ると魚住さんが抱きついてきた。


「ちょっと、魚住さん!今日は奏多は私の彼氏なの!」


「あ、そうだった…つい」


「もう、気をつけてよね」


 全く…とボヤきながら豊岡さんは紙皿をとった。
 すると、何やら後ろから力強く肩を叩かれた。誰!?


「おっす!二股かけてんのか?つーか、初めましてだな、少年!」


「あ、どうも…というかそうじゃなくって!その、一日だけ彼氏っていうか…」


 ホントに誰!?
 何やら高身長の青年が僕に笑いかけてきた!


「まぁ、なんだ。自己紹介か!俺の名前は加賀真也!よろしくな!」


「はい。奏多礼音です」


「あんれー?先輩!来てくれたんスか!」


 すると、何やら衣笠さんが親しそうに話しかける。
 先輩…てことは七宮さんの先輩でもあるのか。


「あの、七宮先輩は?」


「あいつなら家にこもって勉強中だろ。閉鎖的空間じゃ息が詰まるってのになぁ」


「あ、先輩ー!」


「おー、睦月ちゃん!大きくなったな!」


「身長がですか!?」


「うん!大人っぽくなった!」


 まるで子供のようにはしゃぐ睦月さん。
 まるで彼氏彼女みたいだな。


「おふたりはお付き合いとかされてるんですか?」


「おう、睦月ちゃんは俺の彼女だ」


「でー、私が真也先輩の彼女です!」


 二人は身を寄せあった。
 ふむふむ、これが遠距離恋愛の成功例…とでも言うべきだろうか。


 ちなみに、豊岡さんはメンバーたちと談笑している。
 がしかし、何故か時々僕の方をチラチラと見てくる。
 何を話してるんだろうか?


「お兄ちゃん!あーん!」


「あー…って、琴音?むぐ」


 口に入れられたのは…牛肉かな?
 もぐもぐ…うん、少し固めだけれど噛めば噛むほど美味い。


「羨ましいなぁ…」


「わ、七宮さん!?」


「私もお兄ちゃんにあーんってしたいなぁ…」


 な、何を言ってるんだろう、この人。
 彼氏が居るのに、お兄ちゃんにあーんってしたい?


 すると、なにか察したように衣笠さんが僕の方を叩いた。


「七宮さん、極度のブラコンなんス。本人に言うと怒られるんで、内緒っスよ?」


 七宮さんに聞こえないくらいの声で衣笠さんは耳打ちした。


「それと、自己紹介がまだだったっスね。衣笠結弦。よろしくっス!」


「ぼ、僕は奏多礼音です」


 レストランの件で第一印象は結構悪かったが、話してみると案外いい人だ。


「何話してるの、二人とも!」


「いやー、七宮さんはお兄さん思いだなーって」


 衣笠さんは小さくウィンクして、印合わせるように僕に合図を送った。


「は、はい!そうですね!」


「そう、ならいいけれど。それより花火でもしない?」


「おー、いいっスね!」


 花火か。
 そういえば、手持ち花火の類もここ四年やってないな。


「そろそろだね、お盆。また帰らなきゃ」


「実家に顔を見せるんですか?」


「それもそうなんだけどね…」


 花火に着火しながら、七宮さんは少し暗い様子で呟いた。


「ある人の墓参りもしないとなんだ、七月二十七日なんだけどね」


「そう…なんですね」


「いい人だったっスよね、如月先輩」


「……!」


 僕は、思わず花火を落としてしまった。
 着くことのなかった花火が、地面にバウンドする。


「礼音くん…?」


「その人、下の名前は!?」


「ふ、双葉さんだけど…」


 如月…双葉…?


「どうかしたの?」


「その人、知ってます」


 僕は、ポロポロと涙を流した。
 やっと吹っ切れたと思ったのに、まだ過去は許してくれないんだ…。
 向き合え向き合えって、何回も攻めたてるんだ。


「僕の、初恋の人です…」


 搾り取るような掠れた声で、僕は呟いた。

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