白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第十二話:いくつかの隠し事

 八月七日木曜日。


 僕は豊岡さんの家の前までやってきた。
 目的はそう、花火大会の件だ。


 それにしても、最近白昼さんを見かけてない。
 何か盛大な地雷を踏んでしまった気がする。


「よくわかんないなぁ…」


 ため息混じりに、思わず口から出てしまった。


「あんた、人の家の前でなにやってんのよ」


「うわっ、豊岡さん!?」


 振り返ると、少し不機嫌そうな豊岡さんが。


「何、幽霊でも見たみたいな反応ね」


「いや、えっと…その…」


 豊岡さんはふぅっとため息をつくと、僕の方を指さした。
 そして、家の方に指をクイッと向けた。


 それがまるで、僕には『首を切れ』のハンドシグナルに見えたんだ。


「く、首切り!?」


「何言ってんのよ。暑いだろうから中に入んなさい」


「えっ…?」


 流されるがまま、僕は豊岡さん宅に足を踏み入れた。


 女子の家…初めて来た。
 まだ魚住さんの家にも行ったことないのに。


「で?何か用?」


 コトンっと、豊岡さんが麦茶…だろうか?
 豊岡さんは気が利くんだな。


 それよりも…だ。
 僕には言わないといけないことがある!


「花火大会の後、僕と…で、デートして欲しいんだ!」


 言った!言ってしまった!
 僕の頬を冷たい冷や汗が伝う。


 あ、頭が真っ白に、真っ白に…。


「別にいいわよ」


「い、今なんて!?」


「別いいって言ってんの…」


 イヤにしおらしく、そして可愛らしいと思ってしまった。
 その直後、顔がどんどんと真っ赤になっていった。


「あ、あんたがどうしてもって言うから!」


「どうしてもとは言ってないけど…」


「うっさい、バカ!勘違いすんな!」


 うん、これぞいつもの豊岡さんだ。
 自己中心的で上から目線。
 というか…。


 なんだろう、さっきのツンデレ発言。
 キレーに決まってたな。


 可愛いところもあるな。


「なに、ニヤニヤして」


「豊岡さん、ツンデレなんだなーって」


「な、何よそれ!私ツンデレなんかじゃないから!勘違いすんな…」


 そこまで言ってフェイドアウトして行き、どんどんとまた顔が真っ赤になって行く。
 あぁ、これはまたテンプレートな反応。


「てなワケで、ステージが終わったらその裏で集合…でいい?」


「う、うんそれでいい。あ、あと明日あんたの家に行くわよ」


「なんで?」


「ちょっと用が…ね」


 用か。
 なんの用だろうか?


「琴音、ただいまー」


「あ、おかえりなさい、お兄ちゃん」


 元気に迎えてくれる琴音。
 満面の笑みで、軽いステップを踏みながら玄関にやってくる。


「お兄ちゃん、最近明るいですね!」


「そうかな?」


 明るくなった…か。
 自分ではあまりわからないけれど…。


「ところでさ、琴音。最近なんかお客さんが多いけど、上手くやっていけそう?無理とかしてない?」


 元々琴音は、宅配すらまともに受け取れなかったんだ。
 そんな琴音が、今では外に出れるようになった。


 普通の人からすれば造作もないことなのだが、彼女の場合、相当なトラウマを抱えている。
 それを乗り越えて殻を突破った。ほんとにすごいと思う。


「いえ、そんなことは無いですよ!皆さんといると楽しいです」


「そっか…」


「それに、あの人たちは琴音にとってのお兄ちゃんなんです!」


 琴音にとっての僕?


「それって、どういうこと?」


「命の恩人です!」


「そんな大層なことはしてないよ」


 僕ができたのは、せいぜい琴音を部屋から引っ張り出したことくらいだ。


 母さんの葬式には、琴音は出なかった。
 通夜にも、墓参りにも、琴音は行かなかった。


 いや、行けなかったが正解だろう。
 あの時は疑心暗鬼の頂点だったし、心の傷も癒えていない。


「お兄ちゃん、どうかしましたか?」


「い、いやなんでもない」


「お兄ちゃんのなんでもないは少し信用が出来ません。何かあれば琴音に相談してください」


「う、うん。ありがとう」


 琴音は「えへへー」と笑いながら、明石を抱き上げてもしゃもしゃと撫でた。






 お兄ちゃんは自分が琴音にとってどれだけ大切か分かってない。
 琴音は…こんなにもお兄ちゃんのことを心配してるのに、何も相談してくれない。
 魚住さんの告白の件だって、琴音は聞いてた。
「好きだよ」と、はっきり聞こえた。


 でも、相談してくれなかった。
 それが悔しくて、悲しくて仕方なかった。
 だから、琴音に相談してくるまで琴音は何もしないつもりだった。
 心配の言葉も、何もかも。


 でも、お兄ちゃんはやっぱり相談してくれなかった。
「なんでもない」が琴音の中のお兄ちゃんの口癖だ。


 怪我をして帰ってきても「なんでもない」。
 悲しそうな顔をして帰ってきても「なんでもない」。
 何かいいことがあっても「なんでもない」。


 琴音には、もうどれがホントの「なんでもない」なのか、分からなくなった。


 本当に何も無かった「なんでもない」を、琴音は知らないのかもしれない。
 全て、何かを隠してるんだ。


 だって…。
 お兄ちゃんは、琴音にちゃんとした笑顔を見せてくれないから。






 八月八日金曜日。
 ふぅ、バイト終わったー。
 今日は一段と客足が多かったな。
 すると、店長が何やら慌ててやってきた。


「七宮。またあの客だ」


 あの客…?
 なんだろう、あの客って。


 七宮さんは「はぁ…」と、ため息をついたあとやれやれとでも言いたげな様子で客席に向かっていった。


 僕はドアの隙間から少し覗く。


「揉め事…ですかね?」


「トラブルメーカーだよ、常連の」


 店長が小声で教えてくれる。
 トラブルメーカーか。
 七宮さんの声が聞こえてくる。


「お客様、店内ではお静かに…」


「違うんスよ!この人がナイフをうっとりとした様子で眺めてて!あれはもう完全に殺人鬼の目だったっス!」


「わ、私はただハンバーグを切ろうとしてただけじゃない!」


 なんか難癖つけて変なこと言ってる。
 一方の七宮さんは、引きつった笑顔で対応する。


「お客様の早とちりです」


「そ、そんなぁ…でも確かに…」


「とにかく!ご同行願います」


「は、はい…」


 しょんぼりとした様子で、七宮さんのあとをついて行く青年。
 表口から出ていき、裏へまわる。


 その様子を、控え室の窓から眺めることが出来た。


「相変わらずこっぴどく怒られてるなぁ…」


「相変わらず?」


「あぁ、奏多は一度も見たことないんだな。どうも田舎暮らししてた時の友人らしくてな。一週間に一回くらい来店する常連なんだが…あれなんだよ」


 ふーん、常連のトラブルメーカーさん…か。
 田舎者は早とちりなのか、それとも彼だけがそうなのか。僕にもわからない。


 にしても、あんなに激情してる七宮さんを見たのは初めてだ。
 いつもの穏やかな態度とは違い、かなり大きな声で怒鳴ってる。
 青年は何やら平謝りのようだ。
 七宮さんの方が立場が上なのか?


「はぁ…どっと疲れた…」


「お疲れ様です、七宮さん」


 椅子に座った勢いでぐでーっと机に突っ伏す七宮さん。
 僕はウォーターサーバーで水を入れて、七宮さんの前に置いた。


「あー、気が利くねぇ…結弦くんもこれくらい気を回せたらいいんだけど…」


「結弦くん?さっきの人ですか?」


「そ、彼氏がいるって言ったわよね?それが彼よ」


「あの人、七宮さんの彼氏なんだ…」


 見てくれは好青年って感じだが、どうも難アリだ。


「彼氏といえば、奏多くん。めでたくお付き合い成立したそうじゃない。卯月ちゃんから聞いたわよ」


「は、はい」


「ふるって言ってたのに、どういう風の吹き回し?」


「気が変わった…と言いますか」


「そう、じゃ、私はちょっと用事があるから」


 七宮さんは足速に更衣室に向かった。
 僕もそろそろ帰るか…。






 家に帰ると、僕は異変に気がついた。
 琴音がいない。


「琴音ー?」


 返事がない。
 どういうことだ!?


 部屋も一通り見てみたけれど、居なかった。


「琴音…?」


 僕は勢いよく家から飛び出した!


 助けを求めるなら…まず白昼さん!
 どんどんとノックしたりインターホンを鳴らすけど返事がない。
 次は…!


 僕は全速力で豊岡さんの家までやってきた!
 お願いだ、力を貸してくれ、豊岡さん…!


 インターホンをまず押す。
 すると、直ぐにドアが空いた。


「豊岡さん!大変なんだ!琴音が…!」


「あぁ、その事」


「なんで平然としてるのさ!」


 普段家から出ない妹が、家にいない。
 その不安がどんなものか、豊岡さんは分かってない!


「あ、先輩。何してるの、ランニング?汗だくだね」


 すると、何故か魚住さんが後ろからひょっこりと顔を出す。
 な、なんでここに魚住さんが!?


「とにかく上がって、そしたら何もかも解決するから」


「なんか知らないけど、先輩の問題が解決するならいいやー」


 無理やり、二人に家に上げられ、リビングまで誘導される。
 いや、場所くらいは知ってるんだけど、前来たし。


 すると、何やらワイワイと賑やかな声が聞こえてきた。


「ねぇ、なんで解決する…の?」


 僕は開けられたリビングの光景を見て絶句した。


「結構いい感じですね」


「そうだねー」


「うんうん、すごい上達してる!」


「す、凄いですぅ…」


 ダンスをする琴音と、何故かカラフルパレットの四人が…。
 四人!?勢揃いじゃないか!


 結構激しい動きをしているけど、笑顔だ。
 いい運動になるかもな、ダンスも。


 すると、琴音がくるりと半回転してダンスを続ける。
 本来ならすぐにもう半回転するんだろう。
 半歩足を引いている。
 が、琴音は僕のことを凝視して、どんどんと腕の動きが悪くなり、やがて止まった。


「お兄ちゃん!?」


「心配したんだよ?なのにダンスって…」


「ご、ごめんなさい…」


「謝らないでいいよ、ただの小言だから」


 それよりも、ほんとによかった。空き巣にでも攫われたのかと思った。
 琴音は可愛いから、空き巣なんかに入られたら真っ先に攫われそうだ。


「で、なにやってんの?」


「気分転換です!体が動かせてなかったのでスッキリしました!」


「マンションじゃ、下に迷惑だからね、私の家でやろうってなったの」


「うん、そこまでは分かった。魚住さんも遊びに来てたから一緒にってなったのもわかる。でもなんでここにカラフル・パレットのメンバーが全員集合してるの?」


 すると、七人はコソコソと集まり始めた。
 なんか怪しいなぁ…。


「じ、実は今日女子会でねー?」


「そ、そーそー、女子会なんですよね、女子会」


「それでー、琴音ちゃん達も誘おーってなったんだよねー」


「そーそー!そうだよー!」


「断じて花火大会の打ち合わせをしていたとかじゃ…むぐっ!?」


 花火大会の打ち合わせか。そういえばそろそろだったな、アイドルはスケジュール管理も綿密にしているんだろうなぁ。
 でも、なんで四人はトウカの口を塞いでるんだ?


「ど、どうかしたの?」


「いや、なんでもないわよ、アハハ…」


 後ろで、何やらシオンがトウカに「なにここでドジっ子属性発症してるんですか!」と小声で注意していた。
 そんなことを言われたトウカは、普通のボリュームの声で「ふぇぇ、すいません…」と話す。


 何やらドジを踏んだようだ。日常でもドジを踏む、さすがドジっ子担当。


 一方の琴音は放心状態でポカーンと口を開けたままだ。
 魚住さんが目の前で「おーい」と言いながら手を振っている。


 ダンスをする女子会ってのも珍しい気がするけれども…。
 まぁ、男子がとやかく言うことじゃないか。


「あのさ、琴音と一緒に帰ってもいい?少し行きたい場所があるんだ」


「え、えぇ、別にいいけど…どこ?」


「母さんのところ。琴音が家を出ることができるようになったら、行きたいと思ってたんだ」


「そう…いいわよ。お母様もきっと琴音ちゃんに会いたがってるわよ」


「ありがとう」


 僕は琴音に声をかけて帰ろうとしたら、琴音は全く動かなかった。
 まだ放心してた!


 うーん、何か現実の世界に引っ張り戻す方法は…。


「あ、あれは空飛ぶペンギンさん!」


 僕は大声で窓を指さしながら言った。


「ペンギンさん!?」


 ばっと琴音が窓の方を振り返る。
 いや、そんなのいるわけないのに…。


「図りましたね!」


「うん、図った」


「ピピーッ!図った罪でジュース一本を要求します!」


「分かった、帰りに買おう」


 琴音警察官さんに現行犯で逮捕されてしまったため、僕は罰金百三十円ほどを支払わなければならなくなった。


 バケツと雑巾、ゴミ袋とお供え物を用意して、僕らは墓地に出発した。
 家からそう遠くない。六分一の交差点をまっすぐ、そこから少し行って左に曲がると墓地が見えてくる。
 そこの一つが、母さんの眠る場所だ。




 バケツに水を入れて、琴音の元に持っていく。


「お待た…せっと」


「重そうですね」


「水だからね」


 雑巾を浸した後、ぎゅっと絞る。
 琴音もきゅっと絞った。あまり力が強くないのは、性別的な問題と引きこもりが問題だろう。
 少しずつでいいか、力をつけるのは。本人の思うようにさせたい。


 少し汚れた墓石を、雑巾で綺麗に拭く。
 その度に、ピカピカと表面が光った。
 まるで、お礼を言うかのように。


「母さん、気持ちいいってさ」


「はい、そう言ってる気がしますね!」


 琴音も笑顔で、汗の滲む額を首にかけたタオルで拭きながら墓石を拭いた。


 三十分後、墓石は綺麗になった。


 これで来るお盆休みの時も大常備だ。


 あとは線香を手向けて、リンゴを置いて終わり。
 林檎が大好きだったからな、母さん。


「さ、そろそろ帰ろ…」


「あなた達が掃除してくれたの?」


 背後からかけられたのは、聞き馴染んだ、でもここ数日聞いてなかったそんな声。
 振り返ると、そこには白昼さんが居た。
 黒のTシャツに短パンと、かなりラフな格好だ。手には花束を持っている。


「うん。そう言う白昼さんこそなんの用?」


 そう聞くと、白昼さんは母さんの墓を指さした。


「その人、ちょっとした知り合いでね、花を手向けに来たのよ。弟切草、知ってる?」


 白昼さんは僕と琴音の間を通り過ぎ、そっと弟切草を手向けた。


「白昼さんと母さんって知り合いだったんだ…」


「そう、本当にお人好しの人だった…」


 お人好し…か。
 少し皮肉な響きだ。悪印象さえ持てるくらいの。
 でも、それを理解した上で白昼さんはその言葉を口にしたんだろう。


 白昼さんは墓石を睨んでいた。


「気に入らないのよ…、見ず知らずの他人のために死ぬ愚かさが!」


「白昼さん…?」


 普段の冷静さとは全く正反対の激情。
 琴音が先程から完全に怖がってしまっている。
 実際僕も怖い。


「あなた達には悪いけれど、私はあなた達の母親が嫌いよ」


 それだけ言い残すと、白昼さんは足早に去っていった。


「怖かったです…」


「うん、僕も怖かった」


「生き様が…いや、死に様が気に食わなかったのでしょうか…?」


 うーん…、その可能性もあるのだろうが、僕は違う意味に聞こえた。


『他人のために自らの命を断ち、守ったのはいいが、残された子供達のことを考えたことがあるのか』と。


 悲しみに明け暮れ、心を塞いでしまった琴音のことを指しているんだろう。
 でも、少し疑問がある。


「琴音、母さんは他人を救って事故にあったの?」


「は、はい…男の子を守って…」


「その時、女の子はいた?中学一年生くらいの」


 琴音は少し考えて、「いなかった…と思います」と答えた。


 葬式や通夜の時に来たのかとも思ったが、葬式の際は名簿には一通り目を通したし、そもそも白昼夢なんてインパクトのある名前を書かれたら絶対覚えている。通夜は僕がずっと見てた。見たところ僕と同い歳の人はいなかった。


 僕の疑問がまたひとつ増えた。
『何故、白昼は母さんの逝く様を知っているのか?』だ。

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