白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第九話:本音と本命

 ついに、祭り当日になった。
 昨日、琴音と白昼さんとデパートに行った。
 無事、琴音は人混みを克服。
 ここまですんなり上手くいくとは思わなかった。


「わー!提灯がいっぱいです!」


「えぇ、いっぱいね」


「うん、いっぱいだね」


「そうね!」


 豊岡さんと会場前で合流した。
 僕は、焼きそばを片手に、屋台を回った。
 そして、携帯を見る。
 昨日、電話でアカウントを教えて貰った。
 なぜか英語と数字の羅列を電話で話された。
 絶対に実際に会った時の方が早く終わるのに…。


 そのメッセージアプリに、一通の通知が来ていた。
 僕は、数分前『体育館裏で会おう』と、まるで挑戦状のような文章を送った。
 その返事が来たんだ。


『今から会える?』


 と。
 僕は、琴音たちと別行動をして体育館裏までやって来た。


「良かった。来てくれたんだ」


「僕から誘ったんだ。来て当然でしょ」


「で、話って何?」


 唾を飲んだ。
 僕は今から、彼女の期待を踏みにじる。
 これは許されないことだ。
 神様だってきっと許してくれない。


 でも…。
 僕は、今でもあの人のことを思ってるんだ。


「ごめん!僕は君の期待には応えることは出来ない!だってさ、こういうのは互いに好きじゃないといけないし…いや、嫌いってわけじゃないんだけど!えっと、その…!」


 僕は、恐る恐る黙りこくってる魚住さんの姿を見た。
 少し驚いた表情をしている浴衣姿の魚住さんが、こちらを見つめていた。


「あはは!何言ってんの?この前のこと、あれ、本気だと思ってる?」


「え?」


「あれは、友達として好きだってこと!…あっ!そう言えば、私今日は予定があるんだ!じゃ、先輩。また…うわぁ!?」


 魚住さんは、焼きそばを持ったガラの悪い若者とぶつかった。


「あぁん?なんだよお前!焼きそばが台無しじゃねぇか!弁償しろ!」


「ご、ごめんなさい!」


「ごめんで済むか!」


 殴りかかろうとしていた若者の手を、寸前で止める。
 くっ、手が痛い…。


「暴力を振るうとか、あんた最低だね」


「こいつが悪いんだろうが!」


「あんたはこの子よりも悪いでしょ、頭。良いなら暴力なんて振るわずに、手を差し伸べるはずだよね?」


「くっそ、ガキが!」


 いつの間にか、人だかりができていた。
 それでもお構い無しに、若者は僕に拳を突き出してくる。


「がっ!」


「先輩!」


「オラァ!まだまだ!」


「ぐふっ!」


 顔と腹を一発ずつ、殴られた。
 血が出てる…。年下にもお構い無し…か。


「くっ!」


 僕も拳を振るうが、勢いが足りない。


「ふん、ザコが!」


「やめなさい!」


 ガードマンの人が通報したらしく、警察が駆けつけた。


 若者が警察に捕まり、僕は芝生に倒れ込む。
 なんか、どっと疲れた。
 そこまで傷が深いわけではなさそうだが、結構痛むな…。


「先輩!大丈夫?」


「あぁ、うん、無事でよかった」


 見ると、魚住さんは目に涙を浮かべて、こちらを心配そうに見つめていた。
 だから、僕は彼女の目に浮かべた涙を手で拭ってあげた。


「そういうところだよ…」


「へ?」


「私の事、好きでもないのに。そんな事されると、勘違いしちゃうじゃん…」


 僕は、一瞬魚住さんの言葉を理解できなかった。


「優しすぎるんだよ…。先輩は…」


「そんなことない…」


「そんなことある!普通はあんなことしないよ!」


 あんなこととは、不良と相対したことだろう。


「僕は、魚住さんが困ってそうだったから」


「先輩は…優しすぎるよぅ…」


 魚住さんは涙をボロボロと流した。
 あの時の泣き顔とは少し違う。
 心配過ぎてたまらない。
 そんな顔をしていた。


「先輩、私、嘘をついてた…」


「何?」


「私…やっぱり先輩のことが好き!大好き!私と付き合って!」


 勢いに任せて、魚住さんは僕にそう言った。
 そう、こう言われた時の答えはもう、用意されていたはずだ。


 でも…。


「分かったよ。付き合おう」


「…へ?」


 あんな泣き顔をされたんじゃ、もう断れない。
 この子となら、この子なら。
 僕を愛してくれるんじゃないかと。
 そう思ってしまったんだ。


 それと、ごめん。
 僕は、あなたのことを忘れてしまうかもしれない。
 初恋の淡い記憶を、忘れてしまうかもしれない。


「いいの?」


「そう言ったよ」


「…良かった…!」


 そう言うと、また魚住さんは泣いてしまった。
 僕は、魚住さんの肩を抱き寄せた。


 草の匂いと、魚住さんの暖かい香りが、僕の頭を飽和していく。
 それは、まるで紙が水を吸い込むように広がっていく。


「好きだよ。魚住さん」


 僕だって嘘をついていた。
 本当は、怖かったんだ。


 正直、最初に断った時、泣かれてしまったら僕はもう気がどうにかなっていた。


 でも、あぁやって笑い飛ばされても、かなり動揺していた。
 だって、僕は魚住さんのことが、好きだったから。


「嫌いじゃない」じゃなくて、「好き」だった。
 それを、恥ずかしいという理由で、誤魔化していた。


 いや、それも違う。
 愛した人が消えるのが、怖かった。
 僕は、今まで二回もその経験をしている。
 だから、その苦しみが怖かった。
 苦しむことが嫌だから逃げてきた。


 でも、もう嘘はつけない。
 あそこまで言われてしまったら、つけなくなった。


「先輩」


「ん、なに?」


「私、先輩が思っている以上に先輩のこと好きだと思うよ」


「そうなの?」


 僕が聞き返すと、僕の口から少し出ている血を、ハンカチで魚住さんが拭き取りながら答えた。


「私さ、今年の春に初めて会った時、あの時から好きだったよ」


「そんなに前から?」


「先輩はどうせ、さっきの泣き顔見たから好きになったとかでしょ」


「なんでわかったのさ!?」


「やっぱりー!でも、それでもいいよ。先輩が愛してくれるなら、それでいい」


 そう言いながら、魚住さんは空を仰いだ。
 野次馬たちはとっくに居なくなり、僕らはいつの間にか二人きりになった。


「あの時。購買に行くタイミングを逃して、一人で困ってた時、メロンパンをくれた。その時から、好きだった」


「そんなに前からか…負けたなー。でも、これからはそれに負けないくらいに愛してあげるよ」


「ふふふ、期待してるよ、先輩!」


 僕は、完全にその気になっていた。
 魚住さんを本気で愛してやる。そう思っていたんだ。


 魚住さんと手を繋いで、僕は祭り会場に戻ってきた。


「お兄ちゃん!おーい!カステラ美味しいです!アーモンドとハチミツが入ってて…って!なんで手を繋いでるんですか!?」


「あー、それは…」


 僕は、三人に全てを話した。


「はぁー、こんなやつ、取り柄もないわよ?それでも…付き合うの…?」


 何故かひきつった笑顔で僕を悪く言う豊岡さんに、魚住さんは、


「先輩と付き合うのは私の意思だよ。他の人から見た先輩なんて、評価の対象にはならないよ」


 と、なんとも嬉しいことを言ってくれた。
 ほんと、この子と付き合えてよかったなと思う。


「うぅ…お兄ちゃんに恋人が…」


 琴音は魚住さんと同じように目に涙を浮かべていた。
 何、なんで泣いてるの!?


「ちょ、琴音!?」


「良がっだ!良がっだでずよー!」


 わんわんと泣きながら、琴音は僕と魚住さんの交際を喜んでくれた。
 驚いた、てっきり「お兄ちゃんに彼女が…」とか言って、落ち込んだりすると思っていた。
 自意識過剰か。


「ほんと、あなたってどこか人に興味無さそうだもんね」


「そんなことは無いよ、白昼さん」


 人に興味が無い…か。
 いや、どちらかと言えば、興味を持てなかったの方が合ってるかな。


 あの人に比べれば、ほかの人間なんてどうでもよかった。


「白昼さんは何かないの?おめでとうだとか、悔しいだとか」


「私は元々あなたとは付き合えないから。どちらかと言えば、前者ね」


「そこまで僕のことが嫌い?」


「そういう訳じゃないわよ」


「どういう訳?」


 白昼さんは、それ以来何も言わなかった。
 僕は、何やら踏み入れてはいけないテリトリーに足を踏み入れたような、そんな錯覚に襲われた。


「あ、盆踊り始まるよ!行こう、先輩!」


「あ、ちょっと!」


「私も行きます!」


 僕は、魚住さんに手を引かれて盆踊りの列に入った。
 琴音も泣きやみ、僕らの後ろを着いてきた。
 白昼さんは、その場に立ち尽くしていた。


「先輩、何かあったの?」


「…僕、なにか悪いことしたかな?」


「なんか無意識に人とか傷つけてそうだよねー、先輩って」


「それは彼氏に言う言葉なの?」


 でも、何となく彼女の言っていることは的を抜いている気がした。
 実際、白昼さんも僕が質問しただけでああなってしまった。


「鈍感って言うのかな?」


「…なんにも言い返せない」


「お兄ちゃん、魚住さん!今は難しいこと考えずに踊りましょう!」


「…うん、そうだね」


 僕は、見様見真似で盆踊りをした。
 その後ろを、魚住さんと琴音が着いてくる。


 盆踊りが終わると、僕は白昼さんを探した。
 謝りたかった。変なことを聞いてごめんって。


 でも、そこには白昼さんの姿はなかった。


「ねぇ、豊岡さん。白昼さんは?」


「あぁ、白昼さんならもう行ったわよ」


「そうなんだ…」


 豊岡さんは少し不機嫌な様子だった。
 眉をひそめ、ただこちらを見つめていた。


「豊岡先輩、どうかしたの?」


 僕の後ろから、魚住さんが豊岡さんを覗き込む。
 それを見て、さらに豊岡さんの顔は険しくなった。


「私の前でくっつくのはやめてよ!」


「…へ?」


 豊岡さんの大声で、僕はぴくりと肩を動かす。
 魚住さんも同じだ。びっくりしたような顔をしている。


「な、何を言って…」


「そういうの…素直に喜べないから」


 そう言い放つと、豊岡さんは一人で歩いて行った。


「待っ…」


「奏多先輩!」


 呼び止められて、僕は立ち止まった。


「何、今は豊岡さんを追いかけないと!」


「そっとした方がいいよ」


「どうして!?」


「…今は、それが最善だから」


 そうなのか?
 僕はイマイチそれが正しいのか分からなかった。
 鈍感なんだと、僕は今更気がついた。


 でも、豊岡さんが何故あそこまで不機嫌なのか。
 それだけがいつまで経っても、分からなかった。


「豊岡先輩…もしかして…?」


「魚住さん、どうかしたの?」


「奏多先輩、私豊岡先輩のところに行ってくる!」


「なんで、そっとした方がいいって言ったの魚住さんじゃん!」


「鈍感な先輩には出来ないこと!だからここで琴音ちゃんと一緒に居て!」


 魚住さんは、小走りで豊岡さんを追いかけた。
 その様子を、呆然と僕と琴音は見ていた。






 私は慣れない浴衣で小走りで豊岡先輩を追いかけた。


「待って!豊岡先輩!」


「…何」


 ギロりと、豊岡先輩は私を睨む。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように、私は身動きが出来なくなった。


 その目から感じられる感情、それは他に例えようがない。
 憎悪だ。


「豊岡先輩は、奏多先輩のことが好きだったんだよね!?」


 ぴくりと肩を揺らす豊岡先輩。
 やっぱりだ。


「それがどうなのよ…」


「奏多先輩に酷い事言ったのも、私たちを別れさせるためなんだよね!?素直に喜べないのも…」


「もうやめてよ!」


 豊岡先輩は、そう叫んだ。
 憎悪の色が、さらに濃くなっていく。


「そうよ!それで?それを認めたところであんた達は別れないんでしょ!」


「うん、私は奏多先輩のことが好き。だから別れない」


「だったら…、そっとしてよ…、ほっといてよ!」


 涙がポロポロと豊岡先輩の瞳から零れ落ちる。


「ほっとけないよ。だって…」


 私は、先輩がしてくれたように、優しく抱き寄せた。
 自分の彼氏のことが好きな人なのに、なぜ私はこんなにも優しくできるのだろうか。
 あぁ、そっか。
 先輩の優しさが、私にも移ったんだな。


「あなたも、私と同じくらいに先輩のことが好きだから」


 私は、少し距離を置いて豊岡先輩の顔を見た。
 顔が涙でベトベトだ。


「だから、一日だけ!奏多先輩を豊岡先輩に貸してあげる。本当は少しでも一緒にいたいけど」


「…一日だけ?」


「そ、一日だけ!」


 私は人差し指を立てた。
 それだけで満足するとは思えないけど…。
 実際、私は満足しないだろう。


「いいの?」


「そう言ったよ」


「…ありがと」


 そう言い残して、豊岡先輩は去っていった。
 私はその後ろ姿に、「いつになるか教えて!」と叫んだ。


 その答えは返ってこない。
 少し上から目線すぎたかな…。






 魚住さんが帰ってきた。


「もう祭り終わっちゃうよ?」


「ごめん、先輩。それとさ、今度…いつになるか分からないけど、豊岡先輩と一緒に居てあげてくれない?」


「僕は吝かじゃないけど、いいの?魚住さん」


「私からもお願い」


「…分かった」


 どういう要件かは分からないが、魚住さんの頼みだ。
 断る訳にはいかない。


「先輩さ、やっぱり優しいよね」


「そうかな?自分ではそうは思わないけど」


「そういう無自覚なところも好きだよ、私」


 そう言うと、にししっと笑った。


「あ、あと今日先輩の家に泊まらせてもらうから」


「へ?」


「親には、琴音ちゃんの家に泊まることになってる。間違ってはないでしょ」


「確かにそうだけどさ…」


「お泊まり会ですか!?楽しみです!」


「うん、私も楽しみ!」


 二人はぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。


「僕は別にいいけどさ…布団はどうするの?」


「着替えはあるから、先輩が私と一緒に寝て、琴音ちゃんが一人で寝れば…」


「そこは譲れません!お兄ちゃんは私と寝ます!普段私が寝てる布団で、魚住さんは寝てください!」


「僕はソファで寝るよ」


『えぇー!?』


 二人が残念そうにガックリと頭を下げた。
 全く、泊めてあげるだけでもありがたいと思って欲しい。


 池の方から帰る時、どこからともなく蛙の声が聞こえる。
 夏を象徴する鳴き声といえば、昼はセミ、夜は蛙だろう。


「先輩」


「なに?」


「付き合ってくれて、ありがとね。先輩、きっと私の事、フる気だったでしょ」


「気が変わったんだよ」


 あんな顔を見せられたら、嘘なんてつけなかったから。
 見せられて、魅せられた。
 僕は、魚住さんに心を奪われたんだ。


「お兄ちゃん、お赤飯を食べましょう!おめでたです!」


「作るのは僕だけどね」


「私も食べたいなぁ…」


「…しょうがないなぁ、二人の希望なら作ってみるよ」


『わぁい!』


 二人はハイタッチをした。
 うぅ、なんか二人に上手く乗せられた気分…。






「じゃ、おやすみ。先輩」


「うん、おやすみ」


「おやすみです、お兄ちゃん!」


 僕は、魚住さん達が寝たのを見計らって、外着に着替えた。
まだ九時半だ。
 きっと、白昼さんもまだ起きてるはず。


 インターホンを押そうとした時、またもや背後から声がかけられた。


「こんな夜更けに何か用?」


「あのさ、さっきはごめん。よくわかんないけど、なんか気に触ったみたいで…」


「あぁ、いいのよ。気にしないで」


 白昼さんはいつも通り、淡々と落ち着いて話した。


「それだけ?」


「うん、それだけ」


「そっか。ならじゃあね。また今度」


「う、うん。じゃあね」


 僕は、別れの言葉でこんなのが聞きたかったわけじゃない。
「また今度」じゃなくて、「また明日」と言って欲しかった。


「今度じゃ、いつか分からないじゃん…」


 僕は、ソファに寝転がって、ポツリと呟いた。

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