白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第三話:ゆっくり少しずつ

 部屋にけたたましいアラームの音が鳴り響く。
 いつも僕を起こしてくれるのは妹の声だが、今日はそれがいつもよりも小さく、そして近くから聞こえる。
 目を開けると、何故か添い寝をする形で琴音が僕の隣に寝ていた。
 倒れ込むだけでは飽き足らず、ついに潜ってきたか…。


「ねぇ、起きて」


「むにゃ…お兄ちゃん、そんなにがっつかなくても料理はどこにも行きませんよ…」


 夢の中で僕は、何やらご飯を食べているらしい。
 しかもがっついて。


「何言ってるのさ、早く起きて」


「ふぁ…?あれ?お兄ちゃんはさっきまでシュールストレミングを大食いしていたはずじゃ…?」


「そんなの食べないよ…」


 シュールストレミングとは、いわゆる世界一くさい食べ物だ。
 そんなの大食いなんてしよう物なら、一生口臭が気になることになりそうだ。
 それ以前に、匂いだけで気絶するかもしれないけれど。


 ちなみに、今日は日曜日。
 生活リズムを崩さないように、ある程度早い時間に起きるようにしている。


「今日は何がいい?」


「ベーコンエッグです!」


 琴音は即答した。
 毎日同じもので飽きないのだろうか?
 本人が作って欲しいと言っているから作るけれど…。
 毎日それを作る僕も僕か。


『続いてのニュースです』


 ラジオから、若干ノイズが混じったような音が聞こえてくる。
 …が、琴音が聞きたいのはこれじゃないらしく、ボタンを押してグリグリとダイヤルを回す。
 ラジオの車の音も大丈夫らしい。


『さて!今週のヒットソングは…』


「サンデーモーニング・ミュージックです、お兄ちゃん!今週はどんな曲が入ると思いますか?」


「やっぱ、映画の主題歌じゃない?」


「私はJPOP路線だと思います!」


 この時間には、琴音の大好きなラジオがやっているのだ。
 そこから流れてきたのは、ノリのいいアイドルソングだった。


「カラフル・パレットです!」


「そうだね」


 琴音はこのカラフル・パレットという女性アイドルグループが好きらしい。
 僕はどちらかと言うと、落ち着いたバラードの方が好きだが、人それぞれだろう。


「そう言えば、今日は魚住さんが来てくれることになってるけど、心の準備は出来た?」


「はい、何とかします…」


「ゆっくり仲良くなったらいいと思うよ」


「は、はい…」


 琴音は、「頑張ります…!」と気合を入れるように拳を握った。
 なかなか張り切っている。


 すると、ピンポーンとインターホンが押された。


「どちら様?」


「私よ、今日もご飯を食べに来たわ」


「えー、押し売りならお帰りください」


「押し売りじゃないわよ!あとそれ、この前も似たようなことやったでしょ!」


 うん、分かってた。
 後ろから琴音が、「からかっちゃ、めっですよ!」と何やら人差し指同士を胸の前辺りで交差させて言ってくる。
 妹に怒られてしまった。


 僕は玄関まで向かう。そこには、とても不機嫌そうな白昼さんの姿が…!


「一体誰に何をされたの、そんな眉間にしわ寄せて」


「あなたにからかわれたの!」


 ムッとした表情で、白昼さんは僕の頬に手を伸ばした。
 ん?何だろう、頬を撫でてくれるのかな?
 そう期待したコンマ1秒後、思いっきり頬を抓られた!


「痛い痛い!やめて!」


「お返しよ、目が覚めたでしょ?」


「もうとっくに覚めてるよ!」


 うぅ、ヒリヒリする…。
 僕は激痛がはしった頬を撫でた。


「それより、今日はあの後輩の子、来るんでしょ?名前は…魚住さんだっけ」


「そうだけど、それで?」


「見に来てあげたのよ、ちゃんと友達になれるか。とにかく、今はとりあえず、朝食を食べさせなさい?」


「食べさせてもらうのに、やけに上からだね」


「別にいいでしょ」


 この人はあれから毎日のように僕の家に顔を出す。
 おかげで少し琴音が社交的になった。
 白昼さんに対してだけだが。


「一応作ってあるけどさ」


「はむっ、うん、やっぱり飽きないわね」


「って、もう食べてるし…」


 僕が白昼さんの分の朝食を出そうとすると、僕が食べようとしていたベーコンエッグを白昼さんが口にしていた。
 しょうがない、こっちを食べるとするか。


「お兄ちゃん、今日も美味しいです!」


「そっか、良かった」


 にぱー、と琴音は笑顔を見せた。
 ほんと、無邪気な笑顔だな、琴音は。
 同年代の子なら、もっと大人びた笑顔をするだろうに。


「あら、私も聞いてるわよ、このラジオ番組」


「そうなんですか?私も大好きなんです!」


「なんで好きなの?私は、高校受験の勉強の時にずっと聞いてて、それから好きなんだけど」


 質問された琴音は、少し暗い顔をする。


「私は…、お母さんが好きだったから好きなんです。何だか、これを聞いていたら、ふらっとお母さんが現れるような気がして…そんなこと、ありえないのに…」


 琴音は、「ごめんなさい、空気を悪くしてしまいました…」と呟いた。
 その様子を、白昼さんが暖かい目で見つめる。


「そっか、このラジオは、琴音ちゃんの思い出の音なのね」


「はい…このラジオのから流れ出す一つ一つの音楽が、私の思い出なんです」


 そう言って笑顔を見せた。
 先程より、少し不器用そうに笑っているように見えたのは僕だけだろうか。


「…二人とも、食べ終わったなら皿洗うよ」


「あ、皿くらいなら自分で洗うわよ」


「流し台が狭いんだよ、僕一人で洗う」


「そ、そう?ならお願いしようかしら」


 僕は白昼さんと琴音から皿を受け取り、流し台へと向かう。
 すると、インターホンが鳴り響いた。
 魚住さんかな?
 僕は受話器を耳にあてる。


「はい、奏多です」


『魚住です、礼音先輩いらっしゃりますか?』


 いつもの口調とは全く似ても似つかない話し方。
 だがその声は、明らかに魚住さんのものだった。


 玄関に向かい、ガチャりとドアを開く。
 そこには、リュックサックを背負い、帽子をかぶった魚住さんの姿があった。


「えらく早くに来たんだね」


「そう?始発電車じゃないけど」


「そういう問題じゃなくて…」


 この子の家はかなり遠い。
 それこそ、電車で行かなければならない距離だ。
 今の時間が九時くらいだから、少なくとも八時半くらいには電車に乗ってると見て間違いないと思う。


「あの、早く入れてくれないかな?」


「あ、ごめん」


 魚住さんはぐっしょりと額に汗をかいている。
 炎天下の中駅から歩いてきたからあたりまえか。


「今日は昼からバイトだから、それ以降は白昼さんと琴音と上手くやっておいて」


「うん、分かった」


 予定を空けておいてとは言われたけど、さすがにシフトの関係は変えられなかった。
 白昼さんに関しては問題ないだろうが、琴音だな。


 琴音の人見知りはかなり酷い。
 白昼さんが異例なだけであり、魚住さんへの反応が普通なんだと僕は思う。


「あら、いらっしゃい、魚住さん」


「お邪魔します、白昼さん」


「同居人みたいに振る舞わないでよ…」


 一方、本当の同居人である琴音は何やら明石を抱き抱えて部屋の隅に座っていた。


 案の定というかなんというか…。
 そんな琴音に、魚住さんが近づいていく。


「琴音ちゃん、おはよ」


「あ…おはようございます…」


「髪、切らせてもらってもいい?」


「は、はい、よろしくお願いします…」


 魚住さんは色々と道具を取り出した。
 スプレーとカットクロス…だったっけ?
 その動作の一つ一つに琴音がビクついている。
 そして床に新聞紙を引き、椅子に琴音を座らせた。
 場所は洗面台のすぐ横だ。前には鏡がある。


「どういうカットにする?」


「お、おまかせで…」


「じゃあ坊主だね」


「へっ!?えっ、えっと…」


 琴音は助けを求めるようにこちらを見つめる。
 あー、こりゃだめそうだな。僕から言っておくか。


「前髪は今より1・5センチほど短くして。後ろ髪は肩に少しかからない程度で」


「分かった。これでいい、琴音ちゃん?」


「はい、よろしくお願いします」


 琴音の体にカットクロスを掛けられ、そしてスプレーのようなもので髪に水をかける。
 腰にハサミ一式が入っているポシェットのようなものを付け、スキとハサミを使って髪を切っていく。


「尼さんみたいになって可愛いと思うけどなー、坊主」


「嫌です!」


「何だ、普通に話せるね」


 そう言われた琴音は俯いた。
 そして、恥ずかしそうに「うぅ…」と呻いた。


 髪を切る音が小気味良く響く。
 まるで秒針のように定期的に響くその音は、本人がどれだけ腕が経つのかを表しているようだ。
 新聞紙の上には散らばった黒い髪。


「仲良さそうね、二人とも」


「そうだね、琴音も大丈夫そうだ」


 琴音の顔には、微かに笑みが零れていた。
 それこそ、僕や白昼さんに見せるようなものでは無いが、確かに笑っていた。


「じゃ、最後はシャンプーだね。先輩、借りてもいい?」


「うん、いいよ」


 魚住さんは浴室に向かい、シャンプーとリンスを持ってきた。
 そして琴音を前に屈ませ、頭にシャワーをかけた。
 シャンプーを手に取り、もしゅもしゅと琴音の頭で泡立てる。


「痒いところ、ない?」


「はい、大丈夫です」


「じゃ、流すね」


 洗い流したあとはリンスだ。
 リンスを使うと髪がサラサラになるらしい。
 が、男の僕からしたらあまり実感が湧かないのだ。


 今度触らせてもらおうか…。
 いや、やましい意味ではなく!


「変なこと考えてない?」


「べ、別に!?」


「怪しいわね」


 あっさり勘づかれてしまった。
 でも、琴音に頼んだら普通に触らせてくれそうだよな。


って、何妹の髪のことなんて妄想してるんだ、僕は!


すると、鼻歌交じりにご機嫌な琴音がやってきた。


「お兄ちゃん、どうですか?」


「うん、似合ってる」


「琴音ちゃんならどんな髪型でも似合うよ」


「ほんとですか!?」


「うん、ホント」


「嬉しいです!」


 なるほど、琴音はどうやら人見知りなのは初めだけで、そのあとは徐々に話せるようになっていくと見た。


…って、もうこんな時間!


「バイト行ってくる!後はよろしく!」


「あ、はい、行ってらっしゃいです!」


 僕のバイトしている店は大型チェーン店のレストランである。
 家から自転車で五分ほど。


 なかなかに雰囲気もよく、クレーマーも少ない。
 それでいて、ある程度収入が入る。


 バイト先で、コンビニで急いで買った弁当を掻き込む。


「あら、礼音くん。早いご到着ね」


「あの、前々から言ってますけどなんで僕のこと名前で呼ぶんですか」


「なんだか『奏多くん』って感じじゃないから。気に触った?」


「別にいいですけど…」


 僕のことを「礼音くん」と、名前で呼んでいるこの人は七宮しちみや明日香あすかさん。


 医大に通う大学一年生の先輩だ。
 全寮制の大学らしく、門限の時間の1時間前には帰ってしまう。
 何故僕の周りには気だるそうな人しか居ないのだろうか。妹は元気だけど。


 そんなことはどうでもいい。
 今は目の前の仕事に集中だ!


 僕の仕事は皿洗い、接客など、いわゆる雑務だ。
 家で皿洗いの腕は研いてきたし、接客も嫌いじゃない。


「ご注文はお決まりですか?」


「デミグラスステーキをひとつ」


「かしこまりました」


 とまぁこんな感じだ。
 日曜の昼というのもあって、かなり人が入り乱れる。


「奏多、お客さんを四番テーブルに案内!」


「はい!」


「奏多、オーダー七番テーブル!」


「はい!」


 結構忙しい。
 パートは二日に一回。
 だいたい三時間ほど。休日は五時間。
 駅から直接ここまで来ることもある。


「奏多、これ二番テーブル!」


「はい!」


 慣れるまでは大変だったな、この雑務。
 今も大変だけど!






 チャキンっとタイムカードを押す。
 そしてロッカーからカバンを取り出し、外に出た。


「礼音くん、お疲れ様」


 そこには、バイクに手をかける七宮さんの姿があった。


「様になってますね」


「そう?ありがと」


 髪は短く、それでいてスタイルがいい。
 僕のイメージするザ・女性のライダーって感じ。


「じゃ、私はこれで失礼するわね、また会いましょ、礼音くん」


 そんなまるでデートから帰る時のようなセリフを言って、七宮さんはエンジン音を鳴らし、行ってしまった。


 僕も帰るか。


…何これ。


「先行、右足を赤」


「ぐぬぬぬぬ…」


「後攻、左手を緑」


「ううぅぅぅぅ…」


 なんか魚住さんと琴音が、マットの上で絡み合っている。
 手と手の間に足を通し、足と手の間から頭が出ている。


「お兄ちゃん、帰ってきたんですか…」


「ちょっと、動かないで…崩れ…る…!」


『きゃああああ!』


 甲高い悲鳴とともに、二人がくずれおちる。
 同時にドスンっという鈍い音が響く。
 あー、これ下にも響いてるな。


「白昼さん、何してたの、これ?」


「いや、初めはテレビゲームとかトランプとかUNOとかやってたんだけど、飽きちゃったらしくて。それで、たまたま魚住さんがツイスターゲームを持ってきてて、それをやってたのよ」


「だって、仲良くなるには肉体的な距離が近ずいたほうがいいかなって」


「そうなの…?」


 んー、でも遠距離恋愛をしすぎると疎遠になるって聞いたことあるな。
 そうなると、やはり肉体的な距離は近い方が…。
 いや、近すぎでしょ、明らかに。
 密着してたからね!?


「楽しいの?あれ」


「楽しいですよ、お兄ちゃん!ぜひ、お兄ちゃんもやってみましょう!」


『いや、それは色々問題になる』


 三人の声が被った。
 二人も、さすがに異性がこのゲームをすることには抵抗があるようだ。
 当たり前だ。こんなの異性同士でやったら大変なことになる。
 何とは言わないけれど…。


「あ、私もう帰るよ、先輩。またね、琴音ちゃん、白昼さん」


「またツイスターゲームしましょう!」


「またね、魚住さん」


「送ってくよ、駅まで」


 また、僕は魚住さんを送っていくことにした。
 まだ日は登っているが、何が起こるかわからないからな。
 どうせなら家まで送ってあげたいところだ。


「先輩、心配性だなぁ」


「高校生でも事件に巻き込まれること多いんだよ?」


「それはそうかもだけど、私には関係ないでしょ」


「事件に巻き込まれる人の全員がそれ思ってると思うよ」


 事件なんて、起きて欲しいと思って起きるものじゃないし、起きて欲しくないと思って起きないものでもない。
 唐突に、理不尽に、それは降りかかる。
 僕はそれを見た。この目で見た。
世界の理不尽を。それによって朽ちる、ひとつの命を。


「何だか、説得力が違うな、先輩が言うと」


「だから気をつけなよ、交差点では左右確認、点滅信号は渡らない」


「子供じゃないんだから」


「ひとつひとつ気をつけていくことが、自分の命を守ることに繋がるんだよ」


「そっか」


「うん、だから気をつけなよ?」


「分かったよ、じゃ、ここまででいいから」


 土山駅北口と書かれた吊り看板の前で、魚住さんは振り返った。


「じゃ、またね、魚住さん」


「うん、バイバイ、先輩」


 僕は魚住さんを駅まで送り届け、家に帰ってきた。
 すると、何やら床にツイスターゲームのマットが置きっぱなしになっている。
 忘れ物かな?


「忘れ物じゃない?届けないと」


「あ、お兄ちゃん!魚住さんがくれたんです。『多分二人以外とは使わないから』って」


「そうだったんだ」


 すると、妙に毒々しく琴音が目を光らせてくる。
 まるで少女漫画の主人公のような目だ…!


「やらないから」


「やりましょうよー!」


「やらないって!」


 僕は抱きついてくる琴音を引き剥がしながら叫んだ!


「それより、また来ても平気?魚住さん」


「はい、ぜひ来て欲しいです!」


 琴音は笑顔を見せた。
 それは、とてもとても眩しく、希望に満ち溢れた笑顔だった。

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