白昼夢さんはそばに居たい
第四話:リーダーの悩み
「ねぇ、魚住さんに聞いたんだけど、ほんと?白昼さんが見えたって」
「ホントだよ、嘘じゃない」
僕は月曜日、白澤さんと屋上で話していた。
にしても、白昼さんは本当に白澤さんには見えなかったのだろうか。
本人はぼーっとしてたから見逃したのかもと言っていたが。
「ひとつ、思い当たる節がある」
「何さ」
「もしかしたら、家に行ったら見えるようになるのかもしれない」
「なんでさ?」
「そこが分からない…」
白澤さんは頭を抱える。
すると、何かがわかったように「あっ…」と声を上げる。
「どうかした?」
「委員会の仕事があった」
ガクッとコケそうになるが、それはそれで問題だな。
白澤さんは、早足で階段の方にかけて行った。
その日の帰り道のこと。
僕は、路上で狼狽えている少女を見つけた。
服は僕の学校の制服だ。
「どうかしたの?」
「えっ!えーと、何よあんた!ナンパ?警察につき出すわよ!」
「は?」
何を言っているんだ、この子。
見たところ僕の同級生だな。
でも、なんでナンパ?
ん…?この顔、どこかで見覚えが。
画像検索で見つけた…。
あ、思い出した!
一年ほど前のこと。
カラフルパレットを琴音が好きになった。
そこで、僕に「どんな人達なんですか?」と聞いてきた。
なので僕はそのグループの本人画像を見せたのだ。
その時にいた、リーダー的存在の…。
「君、カラフルパレットのモミジ?」
僕が聞いた瞬間、彼女の顔がいっきに彼女のイメージカラーである朱色に変わった。
「あんた、やっぱりナンパ!?」
「違うって。なんだか困ってそうだったから、声をかけたんだよ」
「そう、なら関わらないで、余計なお世話よ」
なんか高飛車な性格だな。
「私はあなたとは違うから」オーラがプンプンする。
「何困ってるのさ?ちょっと言ってみて」
「ただ、スマホの充電が切れて道に迷ってるだけよ!今日が初めての登校なの!」
あー、通りで見たこと無かったわけか。
いわゆる転校生ってやつだ。
どうせ明日あたり、全校集会とかなんかで紹介されるんだろう。
「結構深刻じゃん…駅までの道が分からないの?僕そこまで歩いていくけど、着いてくる?」
「断るわ!あなたに助けてもらう義理はないもの!」
「そっか。じゃ、一人で路頭に迷ってなよ」
全く、素直に着いてこればいいものを。
どこまで他人を見下してるんだ、モミジは。
僕は、駅に向かって歩き出す。
すると、何やら後ろから足音が聞こえる。
靴紐が解けたので、結び直す。すると、足音も止まった。
「……」
僕はバッと振り返る。
が、振り向いても誰もいない…。
なんてことはなく、電柱の影にモミジの姿が。
「…はぁ」
気が付かないふりをして、再び歩き出す。
すると、モミジも着いてくる。
とんだダルマさんが転んだだな。
僕は、遮蔽物が何も無い道で振り返った。
モミジは…。
なんか道端にうずくまって頭を抱えていた。
何やってんだ、この子は。
「なにやってんのさ」
僕がそう聞くと、「どちら様でしょうか?」と声色を変えてシラを切ってきた。
「あのさぁ、素直に『連れてって』って言ったら連れてってあげるんだけど?」
「た、たまたま進行方向にあんたが居ただけよ!」
「迷ってたんじゃなかったの?」
図星をつかれたようで、「うぅ…」とモミジは声を漏らす。
僕は、「はぁ…」とため息をついてそのまま歩いた。
モミジがあとを着いてきたが、気にしないことにした。
「着いたよ」
「頼んではないけどね!」
わざわざ送ってあげたのに、この子はお礼もしない。
まぁ、ただモミジは僕のあとを着いてきただけだけど…。
すると、モミジは何やらサングラスとマスクを付け始めた。
「なにやってんの」
「私がいるって気がつくとみんなが混乱しちゃうでしょ、あと、なるべく声も出したくないから話しかけないで」
ふむ、アイドルともなればやはり有名人か。
一日数回歌を聴くくらいだからな。ラジオで。
「あとさ、妹が君の大ファンなんだよ」
「それで?」
「サインの一枚でも後で…」
「プライベートで要求しないでくれる?お金払ってもらいに来てるのよ?みんな」
正直、断られることは分かっていた。
ダメ元だった。
それもそうだ。みんな、購入者特典とかのサイン会の抽選に応募して、それで初めてサインを貰えるんだよな。
こんな所でズルして貰おうだなんて、バカみたいだ。
ごめんね、琴音。
僕は軽いデジャブを感じていた。
なんと、モミジの家が僕の家の近所だったのだ。
僕のマンションの裏には、何件か立ち並んでいる所がある。
そこの一角の小さな家だ。
「あんた、なんで家までついてきたの?」
「別にいいでしょ。じゃ、また機会があれば」
僕は、家に帰ろうと体を百八十度回転させた。
そして一歩を踏み出そうとしたその時、不意に腕を掴まれた。
振り返ると、何やら複雑そうな表情をしたモミジが立っていた。
「どうしたの、モミジ」
「その馴れ馴れしい呼び方やめてくれない?」
「じゃあなんて呼べばいいのさ」
僕が聞くと、俯いて少し考えている。
自分から引き止めたのに、なんで今更迷ってるんだろう。
すると何やら、ポツリと呟いた。
「…岡紅葉」
「岡紅葉?」
「豊岡紅葉!豊岡って呼べばいいの!」
だーっと、モミジ改め豊岡さんは叫んだ。
ふーん、実名も紅葉なのか。
「分かった、豊岡さん。これで満足?」
「…えぇ」
「じゃ、また今度…」
そう言って帰ろうとしたが、まだ彼女の手は離れていなかった。
それどころか、更にぎゅうっと強く握られる。
「何?」
「あのさ、あんたの家ってこの近く?」
「うん、それで?」
「あんたの家、連れて行って」
僕は、一瞬戸惑った。
この子が僕の家まで行く理由が、全くといってないからだ。
それに、琴音もいるし…。
喜ぶかもしれないけど…。
「あのさ、訳あって家には入れられないけど、それでもいい?」
「別にいいわよ。あと、ちょっと待ってて」
「分かった」
僕は、豊岡さんの家の前で待っていた。
五分くらい経って、豊岡さんは家から出てきた。
正方形の型紙を持って。
「これ。あんたの妹さんに届けに行きたいのよ」
「豊岡さん…」
僕は、人の性格ってのはすぐには見えてこないものだな、と思った。
こんなに高飛車で高慢な性格でも、良心ってのはあるものなんだ。
「あんた、今絶対失礼なこと考えたでしょ」
「別に?でも、ありがとう。なんで書いてくれたの?」
「気が…変わったのよ」
「そっか」
僕は深く追求しなかった。
彼女の良心がとても尊い。それだけで十分だった。
「ここがあんたの家?」
「うん」
「ほんとに近くにあったのね」
僕は、一旦家にいる妹とコンタクトを取った。
琴音には、「琴音に渡したいものがある人がいるけど、どうする?」と、当たり障りない感じに聞いてみた。
答えはすぐに返ってきた。
「そんなの、要らないです…」
「そっか」
しょうがない。この子は、人と顔を合わせること自体がトラウマになってるんだから。
僕は、豊岡さんにこのことを話した。
「そう、なら仕方ないわね、これを妹さんに渡してくれる?」
「分かった」
「それと、少し愚痴に付き合ってくれない?後で」
「そこまで仲良くなった覚えはないけど?」
「いいから付き合って」
強引に、豊岡さんは僕にサイン色紙を押し付けた。
僕は諦め、琴音にそれを渡しに行く。
渡された色紙を見て、琴音は目を見開く。
「…これ、どこで手に入れたんですか?」
「本人が書いてくれた。書きたてほやほやだよ」
「何…言ってるんですか?モミジさんに会ったんですか?」
「うん、今もドアの向こうにいる」
琴音は立ち上がりドアに駆け寄った。
覗き穴から、外の様子を伺い、息を呑む。
それもそうだ。憧れている人が、すぐそこにいるんだから。
琴音は辛抱たまらない様子で、ドアノブに手をかけた。
が、それを引くことは出来なかった。
躊躇したのだ。今の彼女は、過去のトラウマと安らぎの狭間にいる。
この家に引きこもっていれば、安らぐことは出来る。
が、この家から出なければ、彼女と話もできない。
僕がドアを開けて豊岡さんを引きいれれば、きっと彼女はほとんどリスクを負うことはないだろう。
だが、僕はドアを開ける気にはなれなかった。
これは、琴音の問題だ。
そう、自分に言い聞かせた。
琴音は、ついに覚悟を決めた。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
そして、ドアを開けた。
家の中に、金色の光が差し込む。
ドアの向こうには、豊岡さん少し驚いた表情で立っていた。
「あなた、家から出られないんじゃ…?」
「えへへ…頑張りました」
「そう、偉いのね」
何故か、琴音が普通に喋れている。
そんな琴音に豊岡さんが優しい視線を送る。
今までの高慢な態度とは比べ物にならない、優しい視線。
「あ、あの!これ、ありがとうございました」
「いいわよ、これくらい。気にしないで。じゃ、私とあなたのお兄ちゃんはちょっと話があるから、失礼するわね」
「あ、はい。また今度、会えますか?」
「うん、きっと来るわよ!」
豊岡さんは琴音に手を振り、琴音も手を振り返した。
こんなことがあったのは初めてだ。琴音が自分からドアを開けるなんて。
「家の中で話しても良かったんだけど?琴音も大丈夫そうだったし」
「ファンの前では愚痴は零せないわよ」
「それもそうか」
僕らはマンションの下にある公園のベンチの砂をはらい、腰を下ろした。
「で?ファンじゃない僕にだから零せる愚痴って?」
「それはね…」
豊岡さんは「はぁ…」とため息をつく。
これは深刻かもしれない。
「私のアイドルグループでさ、私だけ、なんの取り柄もない気がするのよ」
「なんで?」
「シオンはしっかり担当、トウカはドジっ子担当、アオバは元気担当、ミドリはマイペース担当。二人ずつ、正反対で支えあってるようになってるの。それで、私はリーダー担当。一人だけ、何だか取り残されてる感じがする」
「だったら、落ちこぼれ担当でも作ればいいんじゃない?」
僕は、あえて皮肉っぽく言い放った。
その言葉に、豊岡さんはありえない!とでもいいたそうな表情をする。
「それだと、その子がかわいそう!」
「何だ、ちゃんとあるじゃん」
「…何がよ」
ムッとした表情で、じっとこちらを見つめる。
「優しさ。豊岡さんの取り柄は優しさでいいじゃん。正反対の存在なんていらない。その優しさで人を魅了して、そのリーダー基質で引っ張っていっちゃいなよ」
琴音のこともそうだ。
ギャップもあったかもしれないが、この子にはちゃんと優しさがある。
「みんなだって、優しいわよ」
「だったら優しいリーダーでいい。リーダーは唯一無二でしょ?リーダーがそんな調子じゃ、他のメンバーも困っちゃうよ?」
「あんた…」
「あんたじゃなくて、奏多。奏多礼音だよ」
「奏多…あんた、良い奴ね」
僕は、正直驚いた。
今まであんなに高飛車で高慢な態度だった豊岡さんが、いきなりド直球で褒めてきたから。
「そりゃどうも。愚痴は終わり?」
「うん、ありがとね、付き合ってくれて」
「どうってことないさ」
僕はただ聞いてただけだけど、何だか豊岡さんは振り切れたような清々しい表情だった。
「私、もう帰るわ。奏多、明日からよろしくね。学校で」
「あまりベタベタ寄り付き過ぎないでよ?人気アイドルなんだから」
「寄り付かないわよ、自意識過剰すぎ」
「でも明日からよろしくって…」
豊岡さんの顔はまたもや朱色を帯びていき、「ば、馬鹿っ!」と捨て台詞を吐いて走り去ってしまった。
自分で墓穴を掘っていた気がする。
「ただいまー、琴音」
「あー、おかえりですーお兄ちゃん」
「なにやってんの?」
「崇拝してます」
何やら、机の上にティッシュを土台に色紙を立てて、琴音がそれに向かってひれ伏していた。
そして、その様子を白昼さんが見ている。
「よっぽど好きなアイドルさんだったのね」
「うん、琴音は大好きだから、このアイドル」
「今度はツイスターゲームをやりたいです!」
「ビミョーだね」
なんせあれ密着するだろう?
同性であっても多少抵抗があるはずだ。
僕が同性に誘われたなら絶対に断る。
異性なら尚更だ。
「そう言えば、何か話してたわね」
「あぁ、見てたんだ」
「帰る時にね」
何か居残りすることがあったんだろうか?
頭は悪くないようだし、委員会活動かな?
「とにかく、一歩前進ね、琴音ちゃん」
「へ?何がですか?」
「外に出れたじゃん。それに、初対面でも喋れてたし大きな一歩だよ」
琴音は、自覚があまりないようで、「んー?」と考えていた。
そして、「はっ!」と目を開いた。
「私、外に出られました!凄いです!」
「うん、凄い!」
「わーいわーい」と、ペンギンが腕を広げて体全体で喜びを表現する。
横で、ぱちぱちと白昼さんが拍手する。
「今度、魚住さんも一緒に遊びたいです!」
「そうだね、みんなでいれば楽しいね」
「白昼さんとお兄ちゃんも一緒に、ツイスターゲームをします」
『却下!』
「なんでですかー!」
僕と白昼さんの声が完全に被る。
そもそもあれ、二人用のやつじゃないのか?もう一つ大きなやつがあれば何とかなりそうだけど…。
いや、やらないけど!
次の日、やはりというかなんというか、転校生の紹介があった。
一躍、学園のマドンナとかいうギャルゲー設定的な立ち位置に返り咲いた豊岡さん。
同じクラスになった上に、昼に屋上でばったり会い、二人で弁当を食べた。
男子の視線がとても痛かった。
「お兄ちゃん!モミジさんの独占インタビューがラジオでありますよ!」
「そっか、聴いてみようか」
「はい!」
琴音は、ジジっとダイヤルを回し、AMのラジオ局に合わせる。
すると、声が聞こえてくる。
『…なたにとって、アイドルとはなんですか?』
『私にとって、アイドルはなんというか…私たちを輝かせてくれるものだと思います。商売なんかじゃなくって、私たち自身が輝ける場所、それがステージで、それをさらに輝かせてくれるのが、『アイドル』なんです』
『なるほど、では次の質問です…』
「ね?いい感じに綺麗事並べてるでしょ?」
「そうやって言わなければもっといい印象もてたのにさ」
「表と裏を操るモミジさん、カッコイイです!」
なんか琴音が変なのに憧れ始めた。
確かに、本音と建前は大切だけど…。
「お茶、持ってきたわよ」
「あー、ありがと、白昼さん」
「いやいや、どういたしまして」
ぐびっと飲み干し、「染みるぅ!」と口にする豊岡さん。
完全に中年のそれだ。
「親父臭いなぁ…」
「大人っぽくて素敵です!」
「言い方によってこんなに印象って変わるものなのね」
ぐにぃと、耳をつねられる。
痛い痛い!結構力強い!アイドルなのに!
「やめて!ごめん、謝るから!」
「分かればいいのよ」
ヒリヒリと耳が痛む。
ていうか、いつの間にこんなに馴れ馴れしくなったんだろ。
『最後にメンバーに一言お願いします!』
『みんな!これから思いっきり引っ張っていくから、覚悟してね!』
決まった!とばかりにドヤ顔をしている豊岡さんの姿が思い浮かぶ。
なんだよ、ちゃんとリーダーできてるじゃん。
「ホントだよ、嘘じゃない」
僕は月曜日、白澤さんと屋上で話していた。
にしても、白昼さんは本当に白澤さんには見えなかったのだろうか。
本人はぼーっとしてたから見逃したのかもと言っていたが。
「ひとつ、思い当たる節がある」
「何さ」
「もしかしたら、家に行ったら見えるようになるのかもしれない」
「なんでさ?」
「そこが分からない…」
白澤さんは頭を抱える。
すると、何かがわかったように「あっ…」と声を上げる。
「どうかした?」
「委員会の仕事があった」
ガクッとコケそうになるが、それはそれで問題だな。
白澤さんは、早足で階段の方にかけて行った。
その日の帰り道のこと。
僕は、路上で狼狽えている少女を見つけた。
服は僕の学校の制服だ。
「どうかしたの?」
「えっ!えーと、何よあんた!ナンパ?警察につき出すわよ!」
「は?」
何を言っているんだ、この子。
見たところ僕の同級生だな。
でも、なんでナンパ?
ん…?この顔、どこかで見覚えが。
画像検索で見つけた…。
あ、思い出した!
一年ほど前のこと。
カラフルパレットを琴音が好きになった。
そこで、僕に「どんな人達なんですか?」と聞いてきた。
なので僕はそのグループの本人画像を見せたのだ。
その時にいた、リーダー的存在の…。
「君、カラフルパレットのモミジ?」
僕が聞いた瞬間、彼女の顔がいっきに彼女のイメージカラーである朱色に変わった。
「あんた、やっぱりナンパ!?」
「違うって。なんだか困ってそうだったから、声をかけたんだよ」
「そう、なら関わらないで、余計なお世話よ」
なんか高飛車な性格だな。
「私はあなたとは違うから」オーラがプンプンする。
「何困ってるのさ?ちょっと言ってみて」
「ただ、スマホの充電が切れて道に迷ってるだけよ!今日が初めての登校なの!」
あー、通りで見たこと無かったわけか。
いわゆる転校生ってやつだ。
どうせ明日あたり、全校集会とかなんかで紹介されるんだろう。
「結構深刻じゃん…駅までの道が分からないの?僕そこまで歩いていくけど、着いてくる?」
「断るわ!あなたに助けてもらう義理はないもの!」
「そっか。じゃ、一人で路頭に迷ってなよ」
全く、素直に着いてこればいいものを。
どこまで他人を見下してるんだ、モミジは。
僕は、駅に向かって歩き出す。
すると、何やら後ろから足音が聞こえる。
靴紐が解けたので、結び直す。すると、足音も止まった。
「……」
僕はバッと振り返る。
が、振り向いても誰もいない…。
なんてことはなく、電柱の影にモミジの姿が。
「…はぁ」
気が付かないふりをして、再び歩き出す。
すると、モミジも着いてくる。
とんだダルマさんが転んだだな。
僕は、遮蔽物が何も無い道で振り返った。
モミジは…。
なんか道端にうずくまって頭を抱えていた。
何やってんだ、この子は。
「なにやってんのさ」
僕がそう聞くと、「どちら様でしょうか?」と声色を変えてシラを切ってきた。
「あのさぁ、素直に『連れてって』って言ったら連れてってあげるんだけど?」
「た、たまたま進行方向にあんたが居ただけよ!」
「迷ってたんじゃなかったの?」
図星をつかれたようで、「うぅ…」とモミジは声を漏らす。
僕は、「はぁ…」とため息をついてそのまま歩いた。
モミジがあとを着いてきたが、気にしないことにした。
「着いたよ」
「頼んではないけどね!」
わざわざ送ってあげたのに、この子はお礼もしない。
まぁ、ただモミジは僕のあとを着いてきただけだけど…。
すると、モミジは何やらサングラスとマスクを付け始めた。
「なにやってんの」
「私がいるって気がつくとみんなが混乱しちゃうでしょ、あと、なるべく声も出したくないから話しかけないで」
ふむ、アイドルともなればやはり有名人か。
一日数回歌を聴くくらいだからな。ラジオで。
「あとさ、妹が君の大ファンなんだよ」
「それで?」
「サインの一枚でも後で…」
「プライベートで要求しないでくれる?お金払ってもらいに来てるのよ?みんな」
正直、断られることは分かっていた。
ダメ元だった。
それもそうだ。みんな、購入者特典とかのサイン会の抽選に応募して、それで初めてサインを貰えるんだよな。
こんな所でズルして貰おうだなんて、バカみたいだ。
ごめんね、琴音。
僕は軽いデジャブを感じていた。
なんと、モミジの家が僕の家の近所だったのだ。
僕のマンションの裏には、何件か立ち並んでいる所がある。
そこの一角の小さな家だ。
「あんた、なんで家までついてきたの?」
「別にいいでしょ。じゃ、また機会があれば」
僕は、家に帰ろうと体を百八十度回転させた。
そして一歩を踏み出そうとしたその時、不意に腕を掴まれた。
振り返ると、何やら複雑そうな表情をしたモミジが立っていた。
「どうしたの、モミジ」
「その馴れ馴れしい呼び方やめてくれない?」
「じゃあなんて呼べばいいのさ」
僕が聞くと、俯いて少し考えている。
自分から引き止めたのに、なんで今更迷ってるんだろう。
すると何やら、ポツリと呟いた。
「…岡紅葉」
「岡紅葉?」
「豊岡紅葉!豊岡って呼べばいいの!」
だーっと、モミジ改め豊岡さんは叫んだ。
ふーん、実名も紅葉なのか。
「分かった、豊岡さん。これで満足?」
「…えぇ」
「じゃ、また今度…」
そう言って帰ろうとしたが、まだ彼女の手は離れていなかった。
それどころか、更にぎゅうっと強く握られる。
「何?」
「あのさ、あんたの家ってこの近く?」
「うん、それで?」
「あんたの家、連れて行って」
僕は、一瞬戸惑った。
この子が僕の家まで行く理由が、全くといってないからだ。
それに、琴音もいるし…。
喜ぶかもしれないけど…。
「あのさ、訳あって家には入れられないけど、それでもいい?」
「別にいいわよ。あと、ちょっと待ってて」
「分かった」
僕は、豊岡さんの家の前で待っていた。
五分くらい経って、豊岡さんは家から出てきた。
正方形の型紙を持って。
「これ。あんたの妹さんに届けに行きたいのよ」
「豊岡さん…」
僕は、人の性格ってのはすぐには見えてこないものだな、と思った。
こんなに高飛車で高慢な性格でも、良心ってのはあるものなんだ。
「あんた、今絶対失礼なこと考えたでしょ」
「別に?でも、ありがとう。なんで書いてくれたの?」
「気が…変わったのよ」
「そっか」
僕は深く追求しなかった。
彼女の良心がとても尊い。それだけで十分だった。
「ここがあんたの家?」
「うん」
「ほんとに近くにあったのね」
僕は、一旦家にいる妹とコンタクトを取った。
琴音には、「琴音に渡したいものがある人がいるけど、どうする?」と、当たり障りない感じに聞いてみた。
答えはすぐに返ってきた。
「そんなの、要らないです…」
「そっか」
しょうがない。この子は、人と顔を合わせること自体がトラウマになってるんだから。
僕は、豊岡さんにこのことを話した。
「そう、なら仕方ないわね、これを妹さんに渡してくれる?」
「分かった」
「それと、少し愚痴に付き合ってくれない?後で」
「そこまで仲良くなった覚えはないけど?」
「いいから付き合って」
強引に、豊岡さんは僕にサイン色紙を押し付けた。
僕は諦め、琴音にそれを渡しに行く。
渡された色紙を見て、琴音は目を見開く。
「…これ、どこで手に入れたんですか?」
「本人が書いてくれた。書きたてほやほやだよ」
「何…言ってるんですか?モミジさんに会ったんですか?」
「うん、今もドアの向こうにいる」
琴音は立ち上がりドアに駆け寄った。
覗き穴から、外の様子を伺い、息を呑む。
それもそうだ。憧れている人が、すぐそこにいるんだから。
琴音は辛抱たまらない様子で、ドアノブに手をかけた。
が、それを引くことは出来なかった。
躊躇したのだ。今の彼女は、過去のトラウマと安らぎの狭間にいる。
この家に引きこもっていれば、安らぐことは出来る。
が、この家から出なければ、彼女と話もできない。
僕がドアを開けて豊岡さんを引きいれれば、きっと彼女はほとんどリスクを負うことはないだろう。
だが、僕はドアを開ける気にはなれなかった。
これは、琴音の問題だ。
そう、自分に言い聞かせた。
琴音は、ついに覚悟を決めた。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
そして、ドアを開けた。
家の中に、金色の光が差し込む。
ドアの向こうには、豊岡さん少し驚いた表情で立っていた。
「あなた、家から出られないんじゃ…?」
「えへへ…頑張りました」
「そう、偉いのね」
何故か、琴音が普通に喋れている。
そんな琴音に豊岡さんが優しい視線を送る。
今までの高慢な態度とは比べ物にならない、優しい視線。
「あ、あの!これ、ありがとうございました」
「いいわよ、これくらい。気にしないで。じゃ、私とあなたのお兄ちゃんはちょっと話があるから、失礼するわね」
「あ、はい。また今度、会えますか?」
「うん、きっと来るわよ!」
豊岡さんは琴音に手を振り、琴音も手を振り返した。
こんなことがあったのは初めてだ。琴音が自分からドアを開けるなんて。
「家の中で話しても良かったんだけど?琴音も大丈夫そうだったし」
「ファンの前では愚痴は零せないわよ」
「それもそうか」
僕らはマンションの下にある公園のベンチの砂をはらい、腰を下ろした。
「で?ファンじゃない僕にだから零せる愚痴って?」
「それはね…」
豊岡さんは「はぁ…」とため息をつく。
これは深刻かもしれない。
「私のアイドルグループでさ、私だけ、なんの取り柄もない気がするのよ」
「なんで?」
「シオンはしっかり担当、トウカはドジっ子担当、アオバは元気担当、ミドリはマイペース担当。二人ずつ、正反対で支えあってるようになってるの。それで、私はリーダー担当。一人だけ、何だか取り残されてる感じがする」
「だったら、落ちこぼれ担当でも作ればいいんじゃない?」
僕は、あえて皮肉っぽく言い放った。
その言葉に、豊岡さんはありえない!とでもいいたそうな表情をする。
「それだと、その子がかわいそう!」
「何だ、ちゃんとあるじゃん」
「…何がよ」
ムッとした表情で、じっとこちらを見つめる。
「優しさ。豊岡さんの取り柄は優しさでいいじゃん。正反対の存在なんていらない。その優しさで人を魅了して、そのリーダー基質で引っ張っていっちゃいなよ」
琴音のこともそうだ。
ギャップもあったかもしれないが、この子にはちゃんと優しさがある。
「みんなだって、優しいわよ」
「だったら優しいリーダーでいい。リーダーは唯一無二でしょ?リーダーがそんな調子じゃ、他のメンバーも困っちゃうよ?」
「あんた…」
「あんたじゃなくて、奏多。奏多礼音だよ」
「奏多…あんた、良い奴ね」
僕は、正直驚いた。
今まであんなに高飛車で高慢な態度だった豊岡さんが、いきなりド直球で褒めてきたから。
「そりゃどうも。愚痴は終わり?」
「うん、ありがとね、付き合ってくれて」
「どうってことないさ」
僕はただ聞いてただけだけど、何だか豊岡さんは振り切れたような清々しい表情だった。
「私、もう帰るわ。奏多、明日からよろしくね。学校で」
「あまりベタベタ寄り付き過ぎないでよ?人気アイドルなんだから」
「寄り付かないわよ、自意識過剰すぎ」
「でも明日からよろしくって…」
豊岡さんの顔はまたもや朱色を帯びていき、「ば、馬鹿っ!」と捨て台詞を吐いて走り去ってしまった。
自分で墓穴を掘っていた気がする。
「ただいまー、琴音」
「あー、おかえりですーお兄ちゃん」
「なにやってんの?」
「崇拝してます」
何やら、机の上にティッシュを土台に色紙を立てて、琴音がそれに向かってひれ伏していた。
そして、その様子を白昼さんが見ている。
「よっぽど好きなアイドルさんだったのね」
「うん、琴音は大好きだから、このアイドル」
「今度はツイスターゲームをやりたいです!」
「ビミョーだね」
なんせあれ密着するだろう?
同性であっても多少抵抗があるはずだ。
僕が同性に誘われたなら絶対に断る。
異性なら尚更だ。
「そう言えば、何か話してたわね」
「あぁ、見てたんだ」
「帰る時にね」
何か居残りすることがあったんだろうか?
頭は悪くないようだし、委員会活動かな?
「とにかく、一歩前進ね、琴音ちゃん」
「へ?何がですか?」
「外に出れたじゃん。それに、初対面でも喋れてたし大きな一歩だよ」
琴音は、自覚があまりないようで、「んー?」と考えていた。
そして、「はっ!」と目を開いた。
「私、外に出られました!凄いです!」
「うん、凄い!」
「わーいわーい」と、ペンギンが腕を広げて体全体で喜びを表現する。
横で、ぱちぱちと白昼さんが拍手する。
「今度、魚住さんも一緒に遊びたいです!」
「そうだね、みんなでいれば楽しいね」
「白昼さんとお兄ちゃんも一緒に、ツイスターゲームをします」
『却下!』
「なんでですかー!」
僕と白昼さんの声が完全に被る。
そもそもあれ、二人用のやつじゃないのか?もう一つ大きなやつがあれば何とかなりそうだけど…。
いや、やらないけど!
次の日、やはりというかなんというか、転校生の紹介があった。
一躍、学園のマドンナとかいうギャルゲー設定的な立ち位置に返り咲いた豊岡さん。
同じクラスになった上に、昼に屋上でばったり会い、二人で弁当を食べた。
男子の視線がとても痛かった。
「お兄ちゃん!モミジさんの独占インタビューがラジオでありますよ!」
「そっか、聴いてみようか」
「はい!」
琴音は、ジジっとダイヤルを回し、AMのラジオ局に合わせる。
すると、声が聞こえてくる。
『…なたにとって、アイドルとはなんですか?』
『私にとって、アイドルはなんというか…私たちを輝かせてくれるものだと思います。商売なんかじゃなくって、私たち自身が輝ける場所、それがステージで、それをさらに輝かせてくれるのが、『アイドル』なんです』
『なるほど、では次の質問です…』
「ね?いい感じに綺麗事並べてるでしょ?」
「そうやって言わなければもっといい印象もてたのにさ」
「表と裏を操るモミジさん、カッコイイです!」
なんか琴音が変なのに憧れ始めた。
確かに、本音と建前は大切だけど…。
「お茶、持ってきたわよ」
「あー、ありがと、白昼さん」
「いやいや、どういたしまして」
ぐびっと飲み干し、「染みるぅ!」と口にする豊岡さん。
完全に中年のそれだ。
「親父臭いなぁ…」
「大人っぽくて素敵です!」
「言い方によってこんなに印象って変わるものなのね」
ぐにぃと、耳をつねられる。
痛い痛い!結構力強い!アイドルなのに!
「やめて!ごめん、謝るから!」
「分かればいいのよ」
ヒリヒリと耳が痛む。
ていうか、いつの間にこんなに馴れ馴れしくなったんだろ。
『最後にメンバーに一言お願いします!』
『みんな!これから思いっきり引っ張っていくから、覚悟してね!』
決まった!とばかりにドヤ顔をしている豊岡さんの姿が思い浮かぶ。
なんだよ、ちゃんとリーダーできてるじゃん。
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