白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第二話:シュレーディンガー・ガール

「お兄ちゃん、朝です…ファウ…」


 琴音のモーニングコールで目を覚ます。
 が、まるでその本人の目は覚めきっていないようだ。ベットに突っ伏している。


「琴音…いい加減半睡状態で僕を起こしに来てそのままもたれかかって寝ようとするのやめてくれない?」


「お兄ちゃんのためです…」


 そもそも、琴音は学校には行けていないんだし、目覚ましも十分後にセットしているんだけど…。


 琴音は目を擦り、大きく伸びをした。どうやらようやく本調子になってきたらしく、「お兄ちゃんのご飯、早く食べたいです!」と言った。


「はいはい、待っててよ」


「あ、それと…」


「何?」


 何やら言いたいことがあるらしく、ドアの方を指さした。
 僕はなんの事なのかよく分からないまま、寝癖の着いた頭をポリポリとかいた。


「遅い」


「…へ?」


 そこには、不機嫌そうな顔をした白昼さんが居た。
 うーん、思考がついて行かない…。


「なんでいるの?」


「昨日言ったじゃない。遊びに来るって。今日はご飯を食べに来たのよ」


「朝から?」


「そ、朝から。だから早く歯を磨いてきなさい?」


 僕は普段、歯は朝食の後に磨くんだが、白昼さんの機嫌をとるためにはここは従っておこう。
 そこでは、ペンギンが歯を磨いていた。
 その足元には、明石が擦り寄っている。


「ふぁ、おひいはん。ひょうはははめにはをみはふんでふか?」


「あぁ、たまにはいいかと思ってね。それより歯を磨き終わってからしゃべってよ」


 シャカシャカと音を立てて、僕達は歯を磨く。
 この間にも白昼さんの不機嫌ゲージは溜まってるんだろうか?


 うがいを終えて、顔を洗い、キッチンに戻る。
 白昼さんを見ると、きわめて落ち着いた様子だった。
 あれ?それほど不機嫌そうじゃない?


「ところで、ご飯は誰が作るの?」


「お兄ちゃんです!」


「そう、なら作って見せて?」


「分かった」


 やはり少し上からなのが気になるが、今は朝食を作らねば。
ベーコンエッグとフレンチトースト。
 これが我が家…と言っても二人だけだが、のテンプレートだ。


「うん、筋は悪くないようね」


「何様?」


 んー、やっぱりなんか上から目線なんだよなぁ…。
 同級生らしいんだが。


「完成したよ、二人とも」


「わーい、ふわとろかりじゅわベーコンエッグです!」


「好きなのね」


「はい!」


 うん、完全に打ち解けてるな。
 僕はそんな二人にベーコンエッグとフレンチトーストを差し出した。


『いただきます!』


 白昼さんは、一口ベーコンエッグをかじると、「なかなか腕がいいわね」と言った。
 この上から目線な態度にももう慣れてきた。


 って、もうこんな時間!?
 今日は三人分だったから遅くなったのか!
 制服を着て、靴下を履き、勢いよく部屋を飛び出した!


「行くよ、白昼さん!」


「えぇ、そうね、急ぎましょう」


「え、あ、二人とも、行ってらっしゃいです!」


「明石の餌は下の戸棚に移しといたから!」


「あ、了解です!」


 僕達は駆け足で、家をあとにした!


 結論から言うと、ギリギリ間に合った。
 あと一つほど信号に引っかかっていれば、恐らく遅れていただろう。


 でも、通勤ラッシュと被ったせいで、白昼さんとはぐれてしまった。


 一駅二駅ほど過ぎて、人は少なくなったが、それでも見つからなかった。
 すると、背後からトントンと肩を叩かれる。


「先輩、キョロキョロしてミーアキャットみたい」


「あぁ、魚住さん。おはよ」


 この子の名前は魚住うおずみ志穂しほ。僕の所属する美術部の後輩だ。
 髪は少し黒色がかった茶色。親の遺伝らしい。


「ところでさ、黒髪の女の子見なかった?僕らと同じ制服なんだけど…」


「この満員電車の中、見れるわけがないでしょ」


「それもそうだね…」


 ガタンゴトンと揺られ、やがて目の前に海が広がる。


 僕は人とのコミュニケーションがあまり得意ではない。
 妹のような明るい人となら普通に話せるが、こうもテンションが低い人とのコミュニケーションは苦手だ。


「今日は白澤しらさわさんは居ないんだね」


卯月うつきちゃんなら日番だよ。一つ早くの電車に乗ってる」


「そっか」


 しばしの沈黙。
 何となく、目の前の海に目を向ける。
 梅雨明けし、海水浴シーズンが到来した海にも、さすがに人も少ないか。
 あるのは、輸送船とヨットが数隻。


「着いたね」


「うん」


 慣性の法則に従い、進行方向に体が傾く。
 プシューという音を立てて、ドアが開く。
 ホームを抜けて、ICカードをかざす。
 改札が開き、その後ろを魚住さんが着いてくる。


「期末、どうだった?」


「平均点は七十点くらいだよ」


「なかなかにいいんじゃない?」


「欠点がなければそれでいいよ」


「そう言ってられるのも今のうちだと思うけどな」


 そのうち、「行きたい大学に行けないー」だとか言い出すんだ。
 僕は…大して目標となるような大学もないか。


「さて、先輩もそろそろ進路を決めないとね」


「ほっといてよ」


「ほっとけないよ。先輩、きっと最後まで有耶無耶にするんだから、進路のことも、何もかも」


「否定もできない…」


 実際、母親の件だって、有耶無耶にして忘れようとしていた。
 この子はなかなかに僕のことを理解しているようだ。


「とにかく、早めに決めた方がいいよ」


「分かった、決めとくよー」


「ほんと?」


 魚住さんはジト目でこちらを見てくる。
「適当なことを言って…」とでも言いたげだ。


 歩き始めて五分。
 ようやっと学校に着いた。
 魚住さんとは昇降口の前で別れた。
 僕はふと、白昼さんがどこにいるのか気になった。


「あ、奏多さん」


 振り返ると、そこには黒髪ロングの少女がプリントを抱えて立っていた。
 白澤卯月。理数科の一年生だ。
 将来の夢は医者だそうな。


「白澤さん、おはよう」


「じゃ、日番で忙しいから」


「う、うん…」


 白澤さんはスタスタと階段を登って行った。
 類は友を呼ぶ…、と言うやつだろうか。
 あの子ともなかなかに会話が続かない。


 だが、二人は普通に会話をしている。
 やはり、コミュ力の問題だ。


「それにしても、どこ行ったかな…」


 それから、休み時間なども各教室を回ったが、白昼さんは見つからなかった。






 時は昼休み。
 僕の学校は近頃、数少ない屋上を解放している学校で、そこで弁当を食べていた。


「あら、奏多くん」


「白昼さん、どこ行ってたのさ」


「ちょっと野暮用でねー、さっき階段を上るところを見て、一応声を掛けておこうかなって」


「そっか」


 白昼さんは、少し申し訳なさそうな顔をした。
 そして、「もう少し用事あるから、じゃあね」と言って階段の方に戻って行った。


 入れ替わるように、白澤さんがこちらに歩いてくる。


「隣、いい?」


「うん」


 白澤さんは僕の隣に座った。


「あのさ、人が突然目を離した隙にいなくなることってあると思う?」


「何言ってるの、迷子の子供とかがその典型的な事例でしょ」


「それはそうだけど…」


 白昼さんは迷子の子供じゃないし、考えられることは…本人が、何らかの意思を持って僕から離れた…とかそんな感じか。
 あの人、僕のこと嫌いなのかな?


「エビフライ?」


「違う、ザリガニフライ」


「ザリガニ!?美味いの、それ?」


「うん、美味しいよ」


 白澤さんが食べているから恐らく美味しいんだろうけど…。
 あまり想像したくないな。


「そう言えば、田舎なんだっけ?前住んでいた所」


「ここが都会なだけ」


「そんなもんかな?」


 僕は屋上からの風景を見渡す。
 どちらかと言うと、片田舎って感じだ。


「コンビニがあるのなら、それは都会だと思うよ?」


「経験者は語るってやつだね」


 僕は、ふとあることを思った。
 白澤さんは、白昼さんの方に見向きもせずにこちらに歩いてきたのだ。


「あのさ、白澤さん。ここに来るまでに誰かとすれ違った?」


 素朴な、何の変哲もない疑問だった。
 だが…、帰ってきた答えは望んでいたような、間違いであって欲しかったような答えだった。


「誰ともすれ違ってなんかないよ?」


「…は?」


 僕は、間の抜けた声を出した。
 今までにあったことを話した。
 この屋上で白昼夢という少女と話していたこと。
 そして、その少女は階段の付近で白澤さんとすれ違ったこと。


 だが、白澤さんはパッとしない様子だった。


「えーと、つまり、私とすれ違った女の人がいた?」


「うん、気が付かなかった?」


「気が付かなかった…、幽霊とかその類?」


「それは無い。妹にも見えてたんだよ」


「そう…なんだ」


 白澤さんは、少し悩んだように、「うーん…」と唸った。


「でも、別に私は誰ともすれ違ってないし…、ほんとに誰かがいたの?」


「嘘はついてないよ」


「だったら…何か、観測するために必要なものがあるのかもしれない」


「観測?」


「そう、観測理論」


 なんか聞いたことがある。
 確か、猫の話だった気が…。


「誰かに観測されることによって、初めて物体はその存在を確定する。これが俗に言う観測理論だよ」


「つまり、観測されていなかったら、それはないのと同じってことか」


「ん、そういうこと。シュレディンガーのネコの話は有名だから知ってるよね?」


「確か、箱の中のネコの安否は開けてみないとわからないって事だったっけ?」


「うん、だいたいそんな感じ」


 うろ覚えだが、大体は覚えている。


「あなたは彼女を観測することができて、私にはできなかった。何か、観測するために必要なものがあるのかもしれない。奏多さんにはあって、私には無いもの。どこかの惑星の正確な形を知るために、望遠鏡が必要なように…。血縁関係…とか?」


「ちょっと待って。それって、白昼さんが霊とかその類であることを前提で話をしてるよね?」


「そう、だから根拠もない。ぼーっとしてただけかもしれないから、あまり真に受けないでね?」


「うん、分かった」


 白澤さんは、「じゃ、また」と言って、屋上から出て行った。
 僕は一人、屋上からの風景を見上げた。


「そんなはず、ない…よね?」


 僕は、自分に問いかけた。






 さて、時は経って放課後。
 今日は部活は休みのあるため、早めに帰る。


「で、ほんとに入るの?」


「うん、先輩。だって、私だって琴音ちゃんに会いたいし」


「会えるかな?」


 顔を合わせることすら難しそうだ。


 帰りの電車で魚住さんと鉢合わせた。
 聞くところでは、「家の鍵を忘れて、親が夜まで帰ってこないから少し時間を潰させて欲しい」のだとか。
床屋と家は離れてるんだな。


 そこで、何故か僕の家に一緒に行くことになり、当然のことながら妹の事情について話した。
 その中で、顔写真を少し見せたのだが、それを見てますます僕の家に行って会いたくなったらしい。


 実を言うと、僕も琴音には早く人馴れして欲しいので、少しありがたかったりする。
 まぁ、自分のペースでいいんだけど、それだと一生外に出ないかもだからな。


 ガチャりとドアを開く。
 すると、魚住さんが玄関にある写真立てを指さした。


「この人、お姉さん?」


「母さんだよ、もう他界しちゃったけどね」


「そ、そうだったね…ごめんね、先輩」


「謝らなくてもいいさ」


 魚住さんは、少し申し訳なさそうな顔をして、写真たてに目を向けた。


 そして、「ほんと、綺麗だな…」と呟いた。


「琴音、ただいま」


「あら、遅かったじゃない、奏多くん」


 僕は、あたりを見渡す。
 当然のように家に居る白昼さんは居るが、琴音の姿が見当たらない。
 どこいったんだろう?


「あのさ、琴音は…?」


「サ、サーテ、シラナイワヨ?」


「なんで片言なのさ…」


 白昼さんは誤魔化すように目を泳がせる。
 その方向には、何やら妙なところに置かれた布団があった。
 それに、何か妙に膨らんでいるし…。


「えっと、あなたは誰かしら?」


「あ、はじめまして。後輩の魚住志穂です」


「そう、私の名前は白昼夢。お隣さん…と言ったところかしら」


「よろしくお願いします、白昼さん」


「うん、よろしくね、魚住ちゃん」


 二人は互いに自己紹介をし、握手をしていた。
 さて、次はこちらだが…。
 ちょいちょいと掛け布団を引っ張ると、モゾモゾと布団が動いた。


「おーい、琴音。お客さんだぞ?」


「お客さんは怖いです!」


「怖くないよー、ほらほらー」


 魚住さんは猫じゃらしを手に取り、布団の前で右往左往させる。
 それに釣られて、明石がやってきて猫パンチを猫じゃらしに御見舞する。


 それを、子供ペンギンが少し顔を出して見つめている。


「…琴音を…責めないですか?」


「責めるって?」


「…責めないんですか?」


 魚住さんは少し笑い、優しげな顔をした。
 少し暗くても、根はいい人なんだよな。この子。


「うん、責めないよ」


「ほんとですか?」


「本当だよ」


 琴音は、魚住さんと僕を交互に見た。
 まるで、「この人の言ってることは信じてもいいんですか?」とでも言いたげだ。
 僕は、何も言わずにただ頷いた。


 琴音は、掛け布団をフードのように被り、そしてさらにペンギンパジャマのフードを深々と被って状態を起こした。


「奏多琴音です…、この子は明石です…」


「教えてくれてありがと、私の名前は魚住志穂」


 すると、魚住さんは琴音のフードに手を伸ばし、フードを脱がせた。
 琴音は少しびっくりしたような顔をした。


「うーん、少し伸びすぎじゃない?切らないんだ…、いや、切れないの方が正しいかな?」


「は、はい…そろそろウザったらしくなってきました…」


「いつもは父に切ってもらってるんだけど、今仕事が忙しいらしくて」


 魚住さんは、少し悩んだように「うーん…」と唸った。
 そして、このような提案をした。


「だったら、私が切ってあげるよ。両親とも実家が床屋で、子供の頃から時々やってるから」


「琴音、どうする?」


「じゃ、じゃあ、お願いします…」


「うん、今週末でいいかな?」


 琴音はコクリと頷いた。


 魚住さんは、「じゃ、日曜日にね」と言って家を出ていった。
 僕も、彼女を駅まで見送りに行った。


 駅までの道の途中、空は茜色に染まっていく。
 あと百メートルくらいのところで、魚住さんが質問をしてきた。


「責めるってどういうこと?先輩」


「琴音のこと?あれは一種の疑心暗鬼だね」


「疑心暗鬼?」


「そう、事故のことは話したよね?そこで、何も出来なかったと琴音は自分を責め続けた。その結果、周りの誰からも『何も出来なかったくせに』と思われていると錯覚してしまった。だから、琴音は人と話したくないんだ」


「そうなんだ…」


 魚住さんは、少し暗い顔をした。
 そして、「私、あの子と友達になりたい」と言った。


「なんで?」


「なんでって…可愛かったから」


「それだけ?」


「それ以外に理由がいる?」


 確かに、否定はしないけれども…。
 そもそも、琴音が魚住さんに心を開くかどうかがまず問題なんだが…。


「じゃ、週末は一応予定空けといてね、私と二人きりだと怖がっちゃうかもしれないから」


「分かった、じゃあね」


 乗ってきた電車の反対車線に乗り、魚住さんは帰って行った。
 家まで送った方が良かったかな?
 僕は、ただただ遠ざかっていく電車を外から眺めていた。

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