白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第一話:始まりはいつも通りの夕に

 僕は一人、海を眺めていた。
 さざ波の音が、鼓膜を震わせる。
 登下校の時だけ訪れる、大して特別でもない場所。
 それでも、僕にとってはかけがえのないものだった。


 僕、奏多かなた礼音れおんは高校二年の夏を迎えた。
 母は死去、父は仕事の都合であまり会えない。一ヶ月に一回会うくらいだ。
 妹は居るが、それもワケありだ。
 なんとか親の振り込みと、アルバイトで食い繋いでいる現状。
 なかなかきついものだ。


「あなた、いつも海を見てるわね」


 話しかけてきたのは、黒髪の少女だった。長さは肩にギリギリつかないくらい。
 第一印象は、少し意地が悪そうというイメージだ。
 それと、同じ高校らしい。
 制服が同じ高校のものだからだ。


「何か用?」


「電車が来たから知らせてあげようと思って」


「そりゃどうも」


 すると、ガタンガタンと音を立てて、電車がやってきた。


「ほらね?」


「ほんとだね、ありがと」


 プシューと音を立てて、電車のドアが閉まる。
 少女は、僕の隣に立ってつり革につかまり、そこから見える海を見ていた。
 須磨海浜公園…か。


「好きなの?海」


「あなた、さっきから思ってたけど、先輩に向かって失礼よ」


「え?」


 ふと、彼女の顔と背丈を見る。
うーん、もしかしたら…、彼女の言う通り先輩かも?


「いや、嘘だけど」


「嘘か…」


「ここから暫く乗ってるの?どこまで?」


「土山まで」


「えらく遠くから通ってるのね」


「ちょうどいい高校が見つからなかったから」


 というのは建前だ。
 本当は、父と母が出会った高校に通いたかった、それだけだった。


「まぁ、私もそこなんだけど」


「そうなの?」


「思い出深いからね」


 なんかさっきからベタベタくっついてくるな。
 満員電車でもないんだし、もう少し初対面の人とは距離を置きたい。
いやだって、もたれ掛かる勢いだし…。


「あなた、名前は?」


「なんで教えないといけないのさ?」


「別にいいでしょ?」


「奏多礼音」


「知ってた。あなたが知らないだけで、私はあなたのことを知ってた。ずっと前から」


 僕は少し距離を置く。
 何この人、もしかしてストーカー!?


「言っておくけど、ストーカーじゃないわよ。さっきの言い方じゃ語弊があったかしら?」


「あっそ。で、自分だけ名乗らないのはどうかとは思うけど?」


「私の名前は…白昼夢しらひるゆめよ」


「ふざけてんの?」


「ふざけてないわよ」


 だって、音読みしたら白昼夢はくちゅうむだぞ?
 完全にふざけている…と思ったが、本人は至って真剣な顔だ。


 それから、沈黙が続いた。
 さっき知り合った人とそんなに話すことも無いだろう?
 なかなか遠いんだよな、僕の家。


『まもなく、土山ー、土山。お出口は、右側です』


 聞きなれたアナウンス。僕は出口に向かおうとする。


「あぁ、もう土山ね、降りないと」


「そう言えば同じ駅だったっけ?」


「えぇ」


 ICカードをかざし、改札を抜ける。
 駅からの通りを道なりに進むと、白昼さんも着いてくる。


「白昼さん、なんで着いて来るのさ」


「私もこっちの方面だからよ」


「そ、そうなんだ…」


「だから気にしないで」


 気にしないでって…。
 もうすぐ僕の家のあるマンションなんだけど…。


 ついにはマンションにまで着いてきた。
 白昼さん、マンションで見かけたっけ?


「悪ふざけなら辞めてよ?」


「悪ふざけじゃないわよ」


 階段を上ると、彼女もついてきて、自分の階に着き、曲がると彼女も左に曲がる。


 そして、僕は驚愕した。
白昼さんは、なんとお隣さんだったのだ!


「え、隣なの!?」


「そうみたいね」


「いつの間に引越ししたの!?」


「つい最近よ?ちなみに一人暮らし」


 ガチャりとドアを開け、『じゃ、気が向いたらいつでもいらっしゃい、奏多くん』と、何故か上から目線で言い放ち、家へと入って行った。


 同級生に上から目線…。少し複雑だな。
 でも何故だろう…。


 彼女の声を聞いていると、なんだか懐かしいような、落ち着くような感じがする。


 ガチャりと自分の家の鍵を開けると、盛大にどすんと何かが倒れたような音がした。


 ドアを開けてみると、何やら大きな子供のペンギンが尻もちをついていた。


「お兄ちゃんのピンチです!」


「今は琴音ことねがピンチでしょ…」


 尻もちを着いていたのは、僕の妹である奏多琴音。
 訳あって引きこもっている、本来中学三年生の妹だ。


 顔立ちはいい。かなり可愛い。
 肌が白くて…、まぁ、外に出ないのだから当然か。


 ペンギンが大好きで、デフォルメ化されたペンギンのパジャマを愛用している。
 コスプレみたいにフードが着いていて、白と灰と黒の子供のやつだ。


「お兄ちゃん、先程叫んでいました!」


「お隣さんが引っ越してきたんだよ。それが、僕と同じ高校の同級生でね。驚いた」


「そうだったんですか…」


 恐らく、気になって聞き耳を立てていたところ、鍵が開けられたことで驚き、そのまま転倒…。て感じだろう。


 覗き窓からは隣まで見えないし、それなら聞き耳をたてた方が効率がいいと考えたのかもしれない。


「お兄ちゃん、明石がご飯が欲しいそうです!いつもよりにゃーにゃーです」


「にゃーにゃーなんだ…」


「はい、にゃーにゃーです」


 明石とは、母が生前の頃から飼っている猫である。あの時はまだ赤ん坊だったが。


 灰の毛が特徴のまだ四歳。これからもっと長生きする…と思う。
 明石のおかげで金を使うこともあるが…。琴音が手放さないし、僕も大事にしたいので別に気にしない。


「にゃー」


「はいはい、待ってろよー」


 僕は手を伸ばし、明石の餌を取り出す。
 時々ねこまんまも作ってやることもある。


 食事の用意は僕、それ以外の家事は琴音がやっている。
 昼は二人分の弁当を作る。
 何故か琴音は具が僕と一緒じゃないと嫌と言い、毎回毎回行く前に確認してきたりもする。


「お兄ちゃん、大きいです!」


「琴音も大きくなるんだよ?そもそも椅子使いなよ」


「グラグラは苦手です」


「そっか」


 カランカランと皿に餌を盛ると、明石は音を聞き付け、ポリポリと音を立てて食べ始める。
 その横に水の入った皿を置いて、今度は俺達の夕食の準備だ…。


 と、そう思った瞬間、インターホンが鳴らされた。


「誰か来ました」


「そうだね」


僕は受話器を外し、外に呼びかける。


「はい、奏多ですけど…」


『差し入れよ』


「どちら様でしょうか?」


『私よ、白昼夢!』


 正直、初めからわかっていた。
 琴音は顔を少し出して玄関の方を見つめる。


 僕がドアを開けると、そこにはエプロンをつけた白昼さんがいた。
 僕はキョトンとして、彼女を見つめた。


「新妻気取り?」


「違うわよ、失礼ね!」


「冗談だよ」


「はぁ、まぁいいわ。クリームシチュー作ったの、要らない?良かったら三人で食べましょ?」


「三人?」


「だって、妹さんいるんでしょ?」


 白昼さんは家の中を指さした。
 そこには、マジマジとこちらを見つめる子供ペンギンの姿が。


「あぁ、琴音は少し人見知りで…」


「そうなの?まぁ、いいわ。玄関まで持ってきてるから、ちょっとまっててね」


 僕の忠告も聞かず、鍋を持ってきた。
 ついでにご飯もちょうど1.5合くらいあった。


 明石は少し怯えたように、琴音に擦り寄る。
 当の琴音も怯えているのだが…。


「私の名前は白昼夢。よろしくね?」


「か、奏多琴音です…」


「琴音ちゃん、可愛い名前!ペンギン好き?」


「ペンギンさんは大好きです」


「私も大好きよ」


 お、もう打ち解けたか?
 何やらペンギントークで盛り上がっているようだ。


 少し小さめだが、ハッキリと声に出した。
 宅配便の人にも怯えて会おうともしなかったのに、随分と頑張ってるな。


「じゃ、いただきます」


「いただきます」


「いただきます!」


 口に入れた瞬間、濃厚なクリームシチューが口の中に広がった。
 美味い!僕よりも上手いんじゃないか、料理。
 腕には自信があったのだが…。


「あれ、琴音ちゃん、泣いてるの?」


「なんだか…懐かしい味…です…」


 琴音が静かに涙を流す。
 確かに、言われてみれば懐かしい味だ。


「ほら、これ使って」


「あ、ありがとうございます…」


 琴音が白昼さんに貸してもらったハンカチで、目元と頬を拭う。
 一方、白昼さんはどこか嬉しそうだった。


「ありがとうございました、白昼さん!」


「すっかり元気を取り戻したわね、琴音ちゃん」


「ペンギンさんはめげないのです!」


「ふふ、そうね」


 琴音はもう完全に白昼さんに打ち解けた。
 むしろ懐きかけている。
 琴音…、前までは「お兄ちゃん以外の人とはあまり話したくないです…」だなんて言ってたのに、成長したな。
 お兄ちゃんは、嬉しいぞ!


 …いや、寂しくなんてないから!


「どうする?もう少しゆっくりする?」


「ええ、そうね。あ、そうだ、琴音ちゃん。今日、動物特集でペンギンの感動秘話があるんだって」


「ほんとーですか!?ペンギンさんでうるうるしたいです!」


 琴音は腕をパタパタとして、喜びを表現した。


 そのあとはあっという間に過ぎた。
 僕は、ある事態を気にかけていた。
 本人も分かってはいるが…。


 皿を洗いながら、テレビに夢中になる琴音と、その横に座る白昼さんを眺める。
 が、直後僕の恐れていたことが起こった!


「きゃぁぁぁあああ!」


「琴音!」


「琴音ちゃん!?」


 これは、彼女のトラウマ!
 自動車や自動車のCMを見ると発狂する!


「大丈夫…?」


 僕は駆け寄ろうとした!
 が、既に慰める必要がないことに気がついた。
 白昼さんは発狂する琴音を抱きしめ、頭を撫でていたのだ。


「大丈夫、大丈夫。琴音ちゃんは強い子。大丈夫、大丈夫」


「う…あ…」


 まるで、麻酔を打たれた猛獣のように、だんだんと泣き声が小さくなり、目がトロンとする。


 しまいに琴音は眠りについてしまった。
 泣き疲れた子供が、母の腕の中で眠るように。


 白昼さんは座布団を枕代わりに、カーペットに寝かせた。
 そして、少し暗い表情をして、僕に尋ねた。


「奏多くん、何があったのか、後で聞かせてもらえるかしら?」


「うん…ありがとう、白昼さん。琴音は僕が部屋まで運んでくるよ」


「えぇ、分かったわ」


 すぅすぅと寝息をたてる琴音を抱え、部屋を出る。
 あ…、ドアが閉まってる。
 なんとかなるかな…?


 結果、無理だったので白昼さんにヘルプを頼んだ。


「先に開けておきなさいよね」


「気が回らなくて」


「そう」


 電源を肩で押し、部屋に電気が灯る。
 部屋はドラマなんかで見る乙女っぽい装飾。
 窓にはピンクのカーテンがかかっている。


「じゃ、掛け布団をめくって」


「分かった」


 白昼さんにめくってもらった所に、琴音を寝かせる。
 少し前に発狂していたとは思えない。


「じゃ、話してくれる?」




「うん、リビングで話そう」


 僕はツンと琴音の鼻をつつくと、「意地悪しないの!」と白昼さんに注意された。


 一応スキンシップの一環として琴音が寝ている時に時々してるんだが…。


 僕達は琴音の部屋をあとにして、リビングの椅子に迎え合わせで座った。


「簡単に話すと、あれは一種のトラウマ」


「トラウマ…か」


「そう。でも、琴音の場合は自分の無力さへの後悔も入ってるかも」


「無力さ?」


 小首を傾げる白昼さん。


「琴音の目の前で、母親が命を落としたんだよ。居眠り運転のトラックに惹かれて…。その時、もう少し手を伸ばせば母親に届いてた。そう言ってたんだ、琴音は…」


「そうだったのね…」


 しばしの沈黙。
 あまり盛り上がるような話じゃない。
 そもそもこれで盛り上がるやつの気が知れない。


「あなたは…自分を追い込まないの?」


「追い込んでるよ…、あの時、僕がその場にいたらって今でも思う。でも、過去のことだから。母さんの為にも、笑って生きたいんだ」


「そう、いい心がけね。あまり自分を追い込みすぎると良くないって、琴音ちゃんに言っておいて」


「なんでそんなこと伝えるの?」


「とにかく、言っておいてね!それじゃ、さよなら!」


 白昼さんは玄関に向かい、靴を履くと、振り返った。


「それと、これからも時々遊びに来るから。楽しみにしてなさいよ」


 そう言い残すと、白昼さんはその場をあとにした。


 答えをもらってはいないけど…。一応伝えておくか。
 今まで、何回か言ったんだけどな。


 それと入れ替わるように、琴音が部屋から出てくる。


「えらく早い目覚めだね」


「…恥ずかしいところを見られてしまいました」


「しょうがないさ。自分でもわかってたでしょ?」


「はい、でも、なんだかあの人となら大丈夫な気がしたんです」


「その白昼さんから伝言。あまり自分を追い込まないように、だってさ」


「わ、分かりました、努力します…」


 そう言うと、琴音は録画していたペンギンが主人公のアニメを見始めた。
 アニメの車は大丈夫みたいだ。僕もイマイチ基準がわからない。


 そして、僕はふと思い出した。
 あれ、あの人、また来るから的なこと言ってなかったっけ!?


「はぁ、賑やかになるなぁ…」


「何がです?」


「白昼さんが、また来るって言ってたから、賑やかになるなって思ったんだよ」


「白昼さん!また会いたいです」


「そうだね」


 琴音が笑顔を見せる。
 この笑顔を、僕以外にも見せる時が来るのだろうか?
 来て欲しいような、来て欲しくないような…?
 複雑な心境を抱え、僕は頭を悩ませていた。

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