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奏多ことねさんは笑わせたい

Raito

第一話:琴音のはじめてのおつかい

 僕、奏多礼音かなたれおんは夏休み中盤を終え、終盤を過ごしていた。
 色々あった。母さんの件とか。


 そんな中、宿題している僕の部屋に飛び込んできたのは、妹の琴音ことねだ。


「お兄ちゃん!お使いに行ってみたいです!」


「お使い?」


 お使いかぁ、そう言えば、昨日はお使い番組がやってたな。
 それに影響えいきょうされたのか。
 ちなみに、車の音も怖くなくなった琴音は、バラエティ番組もドラマも見れるようになった。


「はい、お使いです!」


「じゃあ、コンビニで天然水買ってきて」


「もっと難しいのがいいです!」


 難しいの…、か。
 よくあるのだと、八百屋とか、肉屋とかだよな。
 でも、琴音はそんなこと朝飯前だろうし…。


 じゃあ、適当にメモを持たせてみるか。
『じゃがいも、人参、ブロッコリー、牛乳、しいたけ、鶏肉一パック、クリームシチューのルー』っと。


 結構多いかな?


「これでどう?」


「はい、行ってきます!お金はどうしますか?」


「あ、これ」


 僕は財布から五千円を取り出し、持たせた。


「それでは行ってきまーす」


「あ、うん」


 …あれ?
 なんかえらく自然に出ていったんだけど!?


 僕は、SNSの通話サービスのアプリで、豊岡とよおかさんと魚住うおずみさんのグループに掛けた。


『何よ、何かあったの?』


「実は…、琴音がお使いするって…」


『はぁ!?』


『先輩、それほんと!?』


 二人はほぼ同時にそう言ったあと、『直ぐに行くから!』と言った。
 豊岡さんはともかく、魚住さんまで…。
 って、そう言えば今日も勉強するんだったな。もう来てるか。


 すると、通路からドタバタと足音が聞こえ、インターホンが連打された。
 そして、僕は鍵を握り、玄関に向かう。


 さてと、皆さんはお使い番組で子供を尾行する存在を知っているか?
 そう、スタッフだ!
 音響おんきょうやカメラマン、その他もろもろ!


「行こう!」


「うん!」


「早く行くわよ!」


 僕達は、階段を駆け下りて、琴音を追いかけた。
 僕が…僕達が琴音のスタッフだ!


 僕らは何とか琴音に追い付いた。行先は…デパートだな。
 僕らがこの前行ったところだ。
 この道のりなら間違いない。


「大丈夫かな?」


「心配だから見に来てるんでしょ!」


「怒られるよね、『こんなちっぽけなお使いひとつも任せられないなんて、信頼がないってことですよね』って」


 言いそうだな…。
 あと、地味に声真似がうまい。


 それと、さっきから気になるのが…。


「周りから変な目で見られてるよね?」


「うん、通報でもされたらただじゃ済まないよ」


「尾行が手馴れてるどこかの誰かさんにコツとか聞いてみたいよ」


「ちょ、なんでこっち見るのよ!」


 豊岡さんは僕と初めてあった時、尾行してきたじゃないか。
 まぁ、こっちも完全に気がついてたけど。


「あ、デパートに入るよ!」


 よし、ここまで来たら人も多いし怪しまれることも減るだろう。
 ひとまず安心。


 僕らは三人でデパートに入った。
 そして、琴音を見失わないように追いかけた。


「ふむふむ、今のところは順調っと」


「今日はクリームシチューね。ご馳走になろうかしら」


「いいね、豊岡先輩」


「安心して、ちゃんと四人分あるから」


 間違えて五人分作ってしまう時が多々ある。
 白昼しらひるさん…母さんの分を作ってしまうのだ。
 そんな時は、みんなで分けて食べる。


 ん?琴音の様子が…?


「どうしたんだろ?肉売り場の前でオドオドしてるよ」


「もしかして、鶏肉の漢字が分からない…とか?」


「店員さんに聞こうにも琴音ちゃんは人と話すこと苦手なままかもしれないし…」


記事名ふりがなくらいは付けてあげなさいよ…!」


 そして、琴音がとった行動は…。
 なんと、店員さんに声をかけたのだ!
 優しそうな店員さんは、鶏肉を手に取り、琴音に渡した。
 そして、琴音は深々と頭を下げて感謝をしていた。


 うぅ、成長したなぁ、琴音…。


 さて、それからは普通にレジに向かって代金を払い、お釣りを貰ってお使い終了…。
 いや、家に帰ってくるまでがお使いか。


 それと、さっきから気になることが…。


「ねぇ、琴音時々こっち見てない?」


「気のせいじゃない?先輩は心配性だなぁ」


 そうかな…?
 って、こっち来た!


「逃げる!?」


「逃げても同じ家なんだからあんたは意味無いでしょ」


 それもそうか…。
 くっ…、信用がないとか言われる…。


「お兄ちゃん!来てたんですね!」


「う、うん」


「お買い物ですか?」


「本を買いたくてね。でもなかったんだよ」


「そうなんですね…、あっ、お兄ちゃん!魚住さん、豊岡さん!」


 上手く切り抜けたと思ったら、今度は何やら目を輝かせてきた。


 少女漫画みたいな毒々しいほどの輝きではなく、キラキラとまるで宝石を散りばめたような輝き。
 形容するならそう、夜空の星だ。


「琴音はカフェに行ってみたいです!」


「そっか。なら行こう。二人は?」


「私も行くよ、先輩」


「私も。帰ってもやることないし」


 僕は、豊岡さんを少し軽蔑した目で見つめる。
 それに気がついて、豊岡さんは「な、何よ!?」と、少し驚いたように僕に怒鳴った。


「アイドルも意外と暇なんだなって」


「う、うっさいわね!普段はとっても忙しいの!今日はその休暇なの!」


「こうも騒ぐと、周りの人も気がつくんじゃない?それに僕と一緒なら、スキャンダルとかにもなるかもね」


「それは困る…でも」


 何やら言葉を続ける豊岡さん。
 その言葉を聞き出すように、僕も「でも?」と返した。


「あんたとなら、別にいい…から」


「豊岡さん…」


 不覚にも、ドキッとしてしまった。
 そして、一瞬ゾクッとまるで部屋の温度が五度一気に下がったような感覚に襲われる。
 恐る恐る振り返ると、そこでは魚住さんがどす黒いオーラを体中から放出させていた!


 サングラス越しでも分かる、絶対に睨んでる!
 琴音はオロオロと魚住さんと僕を交互に見つめる。


「先輩?先輩は私の彼氏だよね?」


「う、うん!当たり前じゃん!」


「なら、なんで鼻の下伸ばしたの?」


「伸ばしてないよ!」


 うん、誰でもわかる嘘だ。
 きっと僕は、さぞだらしない顔をしていたのだろう。
 仮にその顔を写真に撮られて、見せられたらそれを削除して悶絶するほどに。


「別にいいじゃない。年頃の男の子だもんね?」


「同級生に向かって言う言葉使いじゃないよね!?」


 そう言いながら、豊岡さんは僕の腕を捕まえて、寄り添ってきた。
 それを見て、魚住さんはさらに顔を赤くする。
 あぁ、もう完全に額に青筋浮かべてるよ!


「や、辞めてよ、豊岡さん!」


「嬉しいくせにー」


「嬉しくないって言ったら嘘になるけど、こんなの間違ってるよ!」


 さらに、まるで腕が引きちぎれるかのような激痛が左手に襲いかかった!
 慌てて痛みの原因を探ると、それは目の前にあった。
 なんと、魚住さんまで僕の腕にしがみついてきたのだ!


「痛い痛い!辞めてよ!」


「ほーら、私がいいでしょ?」


「私だよね、先輩?」


 二人とも、顔は笑ってるが目は笑ってない!
 これはあれだ。両手に花ってやつだ。
 明らかにこれはトリカブトと同じ類だけど!


『ねぇ!』


「うぅ…」


 どうする?どちらを選んでも、僕は被害を蒙る。
 あぁ、そうだ、一つあるじゃないか。
 この状況を切り抜ける策が!
 下手すれば二人とも敵に回すことになるかもしれないが…!


「ぼ、僕は琴音みたいな清楚で落ち着いた礼儀正しい子が好きかな」


「ふぇ?琴音ですか?照れちゃいます、えへへ…」


 琴音は頬をポリポリと掻きながら、照れくさそうに笑った。
 うん、普段は布団に潜ってきたりするけれど、こういう反応は素直に可愛いな。
 二人も、悔しそうに「ぐぬぬぬぬ…」と唸っている。


それから一旦食材を冷蔵庫に入れるために家に帰った。


「さて、じゃあ一旦家に帰ってからカフェに行こうか」


「はい!」


「う、うん!」


「そうね…」


 にしても、琴音の服は秋物なので少し暑そうだ。
 パタパタと手で仰いで、服の中に空気を送っている。
 襟が伸びてしまわないか心配だが…。


こうして一旦冷蔵庫に食材を冷蔵庫に入れ、カフェに赴いた。


「ここだね」


 デパートから歩いて十分ほど。
 小洒落たカフェが見えてきた。


「はぁ…!」


 キラキラと目を輝かせ、琴音はカフェを見つめる。
 来ることが出来ただけでも嬉しいんだろう。


 僕達は、店に入るなり窓際の席に通された。
 琴音はメニューとにらめっこをしながら、でもどこか楽しそうだ。
 その結果…。


「ミルクカフェオレがいいです!」


 どうやら決まったらしい。
 カフェデビューとしては、妥当じゃないかと思う。


「僕は…ブルーマウンテンかな」


「私はミルクティーでいいや」


「私は…モカコーヒーね」


 僕らはそれぞれのコーヒーを注文し、到着を待った。
 カフェ独特の静かさと騒がしさの中間の空気が、僕らを包み込む。


 琴音は、鼻歌交じりにミルクカフェオレが来るのを待つ。
 その曲は、カラフル・パレットの曲だった。
 よく、家でもご機嫌な時は鼻歌で歌っている。
 ちなみに、僕もコーヒーに挑戦してみる。
 どうせなら僕もカフェオレにしておくべきだったんだろうが、見栄を張って聞いたことのあるコーヒーを飲んでみることにした。


 やがて、注文が届いた。


 ん、意外といける。
 琴音は恐る恐る口を近づけて、ちびちびと飲み始める。
 そして、「美味しいです!」と言ったあとは一気に飲み干した。


「そっか、良かった」


「これで、カフェデビューね、琴音ちゃん」


「はい!」


 琴音は笑顔を振りまいた。
 って、口元にカフェオレが付いてる。


「琴音、口にカフェオレ着いてるよ」


「ほんとですか!?」


 慌てて服の裾で拭こうとする琴音の手を握り、僕は机にあった紙ナプキンを取った。
 そして、優しく琴音の口に着いたカフェオレを拭き取る。


「あ、ありがとうございます…」


「どういたしまして」


 琴音は恥ずかしそうに、俯いた。


「まぁ、お熱いですわね、魚住さん」


「本当、兄妹と言うより恋人ですわね、豊岡さん」


 二人は何故か丁寧語で話し始めた。
 いや、何を言ってるんだろうか?


「このくらい普通じゃない?」


『えっ…?』


「えっ…?」


 しばしの沈黙。
 その中で、僕は琴音の顔を確認した。
 何やら妙に恥ずかしがってる。顔も真っ赤だ。
 も、もしかして…。


「結構、恥ずかしいことした…?」


 魚住さんと豊岡さんは、こくりと頷いた。
 そう思った瞬間、僕は何故かクーラーが聞いている室内なのに身体中が熱を帯びていく感覚に襲われた!


「も、もう帰ろうか!」


「え、えぇそうね!」


「うん、そうしようか、琴音ちゃん!」


 琴音は静かに頷いた。


 会計を済ませ、僕らは駅に向かった。


「まだ時間あるわよ?」


「私も」


 二人は、遠回しにまだ帰りたくないと言いたげな反応をした。
 んー、僕は考査勉強をしなきゃならないけど、今日くらいはいいかな?
 せっかく琴音が楽しそうにしてるんだし。


「どこ行く?」


「ゲームセンターとか、琴音ちゃん行ったことないんじゃない?」


 うーん、近頃は行っちゃいけないことになってたりもするから…。


「ゲームセンターはもっと人に慣れてからの方がいいよ」


「それもそうだね」


 すると、いつの間にか機嫌を直し今までうーんと唸っていた琴音が、はっと何かが思いついたように目を見開いた。


「お兄ちゃん、本を買いたいと言ってました!」


 あー、確かに。そんな言い訳もしたっけ。


「なら、それで決定ね」


「レッツゴーです!面舵いっぱい、書店に向けて!」


「アイアイマム」


 僕は哮る琴音に、少し声色を明るくして返した。






「スンスン、本の匂いがします」


「書店だからね」


 またかなり歩いて、違うデパートまでやってきた。
 うーん、適当な本を買っておくか。
 お、これも面白そう。


 僕が真っ先に入ったのは、推理ものの小説コーナー。
 って、この人の新作もう発売されてたのか。
 迷うなぁ…。


 ちなみに、僕の影響か、琴音も推理ものを読むようになっていた。
 漢字も、前までは小説を読みながら覚えていたらしい。
 なので江戸川乱歩だとか、推理小説作家とかの名前はだいたい覚えてる。
 読んだことのある作品の作者だけみたいだけど。


 琴音が手に取ったのは、『鏡の中の殺人鬼』という、如何にも血の気の多そうな小説だ。
 物騒すぎて逆に惹かれたのか…、いや、普通に惹かれただけらしい。
 目が輝いている。


 僕は琴音に向かって手を差し出した。
 琴音は、小首を傾げた後、ぽんと手を僕の手に置いてきた。


 いや、お手じゃなくて…。


「それ、買いたいの?」


「あ、えっと、その…」


 しどろもどろに言葉を発する琴音。
 僕は、琴音が何か言うのを待った。
 緊張して言えないのか、それとも代金を僕に出してもらうのは失礼だと言いたいのか。


「まだお金には余裕はあるよ?」


 祭りで散財してしまったが、バイトの給料が入ったからな。


「あ、なら…」


 と、琴音は推理小説を置き、違う棚の方に行った。
 そこには、参考書などとデカデカと書かれた本が所狭しと陳列されていた。
 そこから、琴音はある一冊の本を抜き取る。
 それは…。


「これ、僕の高校の赤本?」


「はい…」


 申し訳なさそうに肩を窄める。
 僕は、琴音の頭にぽんと手を置く。


 琴音は、ぴくりと肩を震わせ、強ばった表情をした。
 そして、僕は優しく琴音の頭を撫でた。


「受験、考えてる?」


「…はい」


「…そっか」


 でも、僕には気がかりなことがあった。
 学力的な問題だ。僕の高校は偏差値が高いのだ。
 この辺の高校と合わせても、四番目くらいに。
 だから、僕も時々置いていかれてしまう。
 だから、白昼さん…母さんに勉強を教えて貰えて、本当に感謝してる。


「正直、今のままじゃ無理だ」


 それを聞いて、琴音は泣きそうな顔をする。
 でも、甘い言葉をかけちゃダメだ。
 無理なものを無理だと言ってあげるのも、兄としての役割だろう。


 だけど、希望も持たせた。
 今のままじゃ、と僕は言ったんだ。


「これからも勉強して、努力すれば、行けるかもしれないよ?」


「…はい、頑張ります」


 そして、気合いを入れ直すように、「よしっ」と言うと、琴音は赤本を僕に渡した。
 値は張るが、琴音のやる気や学力向上の為ならば安いものだ。


「琴音は、お兄ちゃんの高校に行きます」


 と、また決意を改めるように口に出した。


 しかし、僕にはもうひとつ気がかりなことがある。


 出席面だ。
 琴音は、引っ越したことになっているが、そんなの学校側が調べれば直ぐに分かってしまうだろう。
 だから、内申点にも響くのでは…と、僕は懸念している。


「お兄ちゃん」


「何?」


 僕は、琴音がまだ真剣な表情を崩していないことに気がついた。


「もう一つ、お願いがあります」


「言ってみて?」


 琴音は、すうっと息を吸って、落ち着かせるように深呼吸をした。
 そして、覚悟が決まったように僕の目を見つめる。


「琴音は、学校に行きます」


 正直、ド肝を抜かれた。
 でも、当たり前のことだろう。
 学校に行かなければ願書も受け取れない。
 でも、今まで琴音の口から聞いたことも無いことを言われたので、僕も驚いてしまったのだ。


「…いいの?」


「…はい」


 琴音は、弱々しく、それでもハッキリと口にした。
 明日、父さんに電話してみるか。


「頑張ります」


「気張りすぎても良くないよ?」


 と、ご最もらしい言葉を言ってみたが、それはもう琴音の耳には届かないだろう。
 琴音は、恐らく『自分が学校に通っていない分、出遅れている』と思っている。
 追いつこうと無茶をして、体調を壊したら元も子もない。
 だから、少し甘い言葉をかけた。


 それから、しばらく琴音は床を見つめてばかりいた。


 魚住さんは歴史小説、豊岡さんはファッション雑誌を買って、店の外で待っていた。
 そして、僕は本を購入せず、琴音の赤本のみをレジに通した。


「やる気なんだね、琴音ちゃん」


「うん、頑張るんだってさ」


「頑張りすぎないように注意してあげてね?」


「うん…」


 僕はその言葉に自信が持てなかった。
 本気になった琴音を、僕は止められるのか?


 それから、僕らは今度こそ駅に向かった。
 僕らの家のマンションの前を通り過ぎ、そのまま土山駅までは道成に真っ直ぐ行くだけだ。
 その時だ。


「詞音ちゃん?」


 背後から、琴音に向かってかけられた声。
 それに、不意に琴音は足を止めた。
 そして、ゆっくりと振り返る。


 僕も視線を琴音に声をかけた少女の方に移すと、少女は軽く会釈をした。
 おそらく部活帰りだろう。テニスのラケットを背負い、自転車に乗っている。
 通学路にも一致するし。


 僕は、少女を知っていた。
 まだ小学生の頃、詞音とよく遊んでいた少女だ。
 自転車を降りて、琴音に駆け寄った後、手を握る。


「覚えてる?須磨涼子。よく遊んだよね?戻ってきてたんだ…」


 もう四年も前で、成長もしてるのに、よくもまぁ見つけたものだ。
 僕は、詞音に面識のある人物という点で思い出したが…。


 でも、僕はその次に琴音の発言が目に見えるように分かっていた。


「誰…ですか?」


「え…?」


 琴音は、握られていた手を少し強引に振りほどいた後、僕の後ろに隠れてこう言った。


「覚えてないの?」


 琴音は、静かに首を縦に振る。
 …そろそろか。
 僕は、「須磨さん」と呼び掛けた。


「なんですか、お兄さん…?」


 須磨さんは不思議そうに返してくる。


「今から言うこと、覚悟して聞いてほしい」


 僕の重々しい言葉遣いに、顔に不安を浮かべながらも、須磨さんはこくりと頷いた。
 それを確認し、僕は豊岡さんや魚住さん達にも話していないことを告げた。


「琴音は、記憶を失っているんだ」


『…!』


 三人は驚いたような顔をして、琴音はまたもや身を窄めた。

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