転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第41話:温泉騒動と変身少女

 1


 さて、俺たちは温泉にやってきた。
 ナナクサ宅の温泉とはまた違う温泉だ。
 メンバーはオルガとティナを含めて全員。ゲンナイは断ったらしい。


「温泉だー!」


「こらー、走らないー」


 エギルがナナクサ兄弟たちに優しく注意する。
 こいつとしてはこれがデフォルトなんだろうが、俺は少し違和感を覚えてきた。


「なぁエギル。温泉って珍しいのか?」


「うーん、この国以外の有名な温泉ってのは聞いたことは無いな」


 てことはかなり珍しいんだろうな。


 すると、ゼルドリュートがナナクサ兄弟を集めていた。


「いいか、この壁の向こうには花園があるんだ」


「ごくりっ…」


 何言ってんだ、この壁の向こうにあるのは花園じゃなくて女子風呂…。女子風呂!?
 俺は慌ててゼルドリュートに意を呈した。


「おいゼルドリュート!」


「大丈夫大丈夫。バレなきゃいいんだよ!」


 あー、こいつ完全にフラグをたてたな。
 まずはゼルドリュートはセリクを肩車し、覗かせようとしていた。


「見え…ふべ!?」


「おわっと…!?」


 セリクの顔面に何やら緑の何かが張り付いてきた!


 あれは…グラたん!?


 そのまま二人はバランスを崩し、温泉に倒れ込む。


「全部丸聞こえよ」


 心做しか、ゼルドリュートは温泉に浸かっているのに顔色が悪く見えた。表情も引き攣っている。


「そ、そーだぞセリク!あんなことしちゃダメだ!」


「ゼルドリュート。あんたには話があるから」


「愛の告白?」


「死の宣告よ」


 ありゃガチトーンだな。
 どんまい、ゼルドリュート。
 まぁ自業自得だけど。


「ゼルドリュート…」


 俺はぽんとゼルドリュートの肩に手を置いた。


「…今数分だけは忘れよう」


「あぁ、そうだな!殺されるのは童貞かも知れないし!」


 こいつ童貞だったのか。
 あと、テンションをあげようとしてるんだろうけど顔が引き攣ったままだぞ。


 セリクは湯船で伸びており、ハコベとスズナがなにやら話している。大方、シオンやキクハ、タマテにどう言い訳するか話し合っているんだろう。


 止めなかったのなら共犯者も同然だ。俺の言えたことじゃないが。


 ゴギョウはグラたんを抱えてぷかぷかと湯船に浸かっている。絵になるな。それと、どうやらグラたんは水に浮けるらしい。


 ここを写真にとって、商売でもしたら一部の奴からは売れるんじゃないか?しないけど。


 だが、俺ならグラたんの部分を切り抜いてお守り代わりに財布に入れておく。


 すると、グラたんが俺の背中に張り付いてきた。


「むきゅー」


「おぉ、グラたん。よしよーし」


「ほんと、気に入ってるな。グラたん…だっけ?」


「あぁ、飼うことになったんだ」


「私たちが、ですよ!」


 振り返るとミナミが垣根の向こうから顔をのぞかせていた。


 あいつ、公共の場でなんてことしてんだ!


「グラたん、ご主人様が呼んでるぞ」


「むきゅー?むきゅ!」


 グラたんはアメンボのように滑走し、垣根を昇ってミナミの顔に張り付いた!


「わぁ!?」


 どんがらがしゃんと何かが崩れ落ちる音がした。
 多分桶かなんかをピラミッド状に積み上げた後にバランスを崩し、転倒って感じだろう。


「大変そうだな、ユウマ」


「オルガか」


「そういや、今日はここでご馳走だったよな」


「あぁ、楽しみだな、ご馳走」


 オルガも夕飯が楽しみなようだ。


「それも楽しみだが…男子諸君。もっと楽しみなことがあるだろう?」


 オルガはちょいちょいと俺たちを手招きした。


「実はだな。俺は前もってドローンを飛ばしておいたんだよ!」


「どろーん?」


「知ってる?」


「知らねー」


「僕も」


 ゼルドリュートもよくわからない様子で首を傾げている。


 てか、ドローンって風景とかを撮ったりするものだよな。そんなドローンをなぜ…?


 あっ…!


「やめとけ、オルガ!」


「ユウマ、バレなきゃいいんだ」


 まーたこいつもフラグを…!


「どうなってもしらないぞ」


「おう!」


 すると、何やらオルガの目から光りが放出され、壁をスクリーンのようにして映像が映し出された。


「これぞ科学の真骨頂!モニターアイ、起動…あだ!」


 垣根の向こうから、桶がオルガの頭めがけて飛んできた。
 おー、ナイスコントロール。


「オルガ、何考えてんのよ!」


「くっ…ティナか…でも、男には退けない時ってのがあるんだ!…って、あれ?映像が映らない?」


 すると、ドローンが女子風呂から投げられてきた。


「あぁ、俺のドローンがぁ!」


 オルガはドローンに駆け寄り、ガックリとしていた。


 高価なものなんだろうな、多分。
 科学の真骨頂とか言ってたし。


「お邪魔します…」


 すると、何故か女子風呂の方からメアリーがフワリと降りてきた!


「って、メアリー!?なんでこっちに来たんだ?」


「実はナイトが退屈しちゃって、こちらの方が賑やかなので来ちゃいました。あと、これ以上変なことをするなと言伝も。迷惑でしたか?」


「い、いや!迷惑なんかじゃない!」


「あぁ、むしろ歓迎するぞ!」


 オルガとゼルドリュートが妙なテンションになった。


 つーか、幽霊でもタオルは巻くんだな。


「ぶはぁー!」


『ゴギョウ!?』


 温泉の縁に座っていたゴギョウが、いきなり後ろ向きにぶっ倒れた!


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌ててメアリーがゴギョウの元にかけよる。
 あー、あのアングルはまずいな。


「さ、最高…」


 ゴギョウはガックリと項垂れて気を失った。


「ゴギョウー!」


「やばい、心臓が動いてない!」


「しっかりしろー、ゴギョウー!」


 セリクとスズナ、ハコベがゴギョウをブンブンと揺さぶったり、周りで騒いだりしている。
 俺としてはそのまま放っておいたほうがいいと思うが…。


「こんな時は…あれだ!タマテ姉ちゃんに教えて貰った、人工呼吸!」


 おー、人工呼吸か。
 この世界にもあるんだな。


 が、何故か三人はメアリーの方を見つめる。


「メアリー姉ちゃん、ゴギョウ兄ちゃんを助けて!」


「へぇっ!?私がですか!?」


「異性じゃないと効果がないんだー!」


 いや、なんだよそれ。多方タマテに嘘を吹き込まれたんだろうが。いかにも考えそうだな。


 ほら、メアリーも困ってるじゃないか。


「お願い、僕の兄ちゃんを助けて!」


「メアリー姉ちゃん!」


「俺の弟を助けてくれー!」


 三人はメアリーに懇願して、人工呼吸をしてもらおうとしている。


 ちなみにエギルは、巻き込まれたくなかったのか、数分前に出て行った。それが賢明な判断なんだろうが、少々楽しくなってきた自分がいる。


 オルガとゼルドリュートは嬉々とした様子だ。


「わ、分かりました…ん…」


 メアリーがキスするかのように唇を少し尖らせ、目を瞑る。


 何故か馬乗りになってるし、目を瞑る必要も無いと思うんだが…。


 その瞬間、パッチリとゴギョウの目が開いた。
 驚いた様子で、メアリーを見つめる。


「メアリーさん!?」


「え…?」


 二人は目を見開いて、互いを見つめた。そして、みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「し、失礼しましたぁー!」


 メアリーはナイトを残して女子風呂の方に帰っていった。
 ナイトは不思議そうに首を傾げ、その後温泉に入った。いや、お前も入るのか…。


「何があったんだろ?」


 ゴギョウは事態を全く理解出来ていないようだった。


 2


 あたた…。まだお尻が痛む。回復魔法をかけても少し痺れたような感覚が残るんだよなぁ…。


「全く、あいつら何を考えてんのよ…」


「ほんとそれ。男って馬鹿よねー」


「まぁまぁ落ち着いて」


 グチグチと愚痴をこぼしているティナさんとリリスさんをルキアさんが宥める。
 無理もないか。覗き未遂をされたんだから。


「はぁ、はぁ…」


「何かあったんですか?」


「す、少し…」


 息を切らしてメアリーさんが男子風呂から帰ってきた。幽霊でも息切れするんだ。
 あと、かなり顔が赤いのが気になる。


『にしても…』


「えっ?」


 二人はルキアさんをじろりと見て、その胸を揉みしだいた!


「ひゃあ!」


「あんた、ボーイッシュなくせになんでこんなに胸があるのよ!」


「そーよそーよ!この世には恵まれない娘もいるのよ!この娘みたいに!」


 二人は私の方を指さして言った。いや、酷くない?
 恵まれない娘って!


「いやいや、貧乳には貧乳の良さがあるよ!僕なんて肩こるし、男の人に変な目で見られるし、大変なんだよ!」


 その時、プチンっと何かが切れた音が聞こえた。おそらく堪忍袋の尾が切れたんだろう。


 私はかつてない速さでルキアさんに接近し、思いっきり胸を鷲掴みにした!


「巨乳特有の悩みを聞いたところで、苛立ちしか覚えませんよー!」


「そ、そんなぁ!ひゃう!」


 ルキアさんが少し痙攣するごとにぷるんと胸が揺れる。あぁ、忌々しい忌々しい!


「あの娘達は元気ねー」


「そうだな」


「ん…」


 まるで無我の境地のタマテさん、エリナさん、シュガーちゃん。


「ミルク達は将来こうなるかもしれないのよ!」


 またもや私の胸を指さす。いい加減にやめて欲しい。


「妾はまだ伸び代があるぞ、この娘にもな」


「うん、ボンキュッボン、目指す」


「恋をすれば大きくなるのよー。二人ともふさわしい相手を探しましょうねー?」


 うぐ…、羨ましい。この娘達はまだ可能性があるんだ…。というかそんなのただの都市伝説だし。


 ちなみに、ユニラちゃんとルニラちゃんはもうひとつの湯船に浸かっていて、シオンさんは垣根に耳をくっつけている。
 グラたんは桶の中に落ち着いている。すっぽりハマったなぁ…。


 ナナクサ姉妹ちゃん達は先に上がって、キクハさんはそれに付き添う形で上がった。さすがにあんなに小さな女の子を三人で置いておくわけにも行かないから、妥当といえば妥当か。


「シオンさん、何をしてるんですか?」


「ミナミには関係ない」


 なんか、私はシオンさんに嫌われているらしい。理由は不明。心当たりもない。


 私、この人に何かしたかな?


「うへへ…音だけでもオカズにできる…ユウマの入った温泉の音、ユウマの入った風呂の湯気…考えただけで…」


 なんだろう。すごく気味が悪い。
 まるで陰キャが推しの子の妄想を膨らませて独り言を言ってる時ぐらいに気味が悪い。


 というか、お兄ちゃん!?


「お兄ちゃんの妄想は許しませんー!」


「別にいいじゃん!私の勝手でしょ!」


 むかっ!
 この人は誰の許しを得てお兄ちゃんの妄想をしているんだ!お兄ちゃんだって許さない!


「お兄ちゃんの妄想をするのは妹である私の特権ですー!」


「特権剥奪ー!これからその特権は私のものー!」


「あの、二人とも!騒いでるとこ悪いんだけど」


 垣根を向こうからオルガさんの声が聞こえる。
 何か用だろうか?私は忙しいのに!


「ユウマはもうナナクサ宅に帰ったぞ?こんなんじゃゆっくりできないーってさ」


 お兄ちゃんが…屋敷に!?


 その数秒後、私とシオンさんは思いっきり床を蹴り、走り出した!


「なんで着いてくるんですか!」


「それはこっちのセリフよ!私の向かうその先にあなたがいただけでしょ!」


 何やらルキアさんが叫んでいたけれど、上手く聞き取れなかった。


 だが別にいい!
 さぁ、お兄ちゃん!私と二人っきりで甘い時間を過ごしましょう!


 3


「これでいいのか?」


「おう、サンキュー」


 オルガに協力してもらい、覗き魔たちを退場させた。
 壁に耳あり障子に目ありじゃ気が休まらないからな。


「じゃ、一人でごゆっくりな」


「おう」


 ナナクサ兄弟は先にあがり、もう俺一人になった。


 いつの間にやら体中の凝りは嘘のように消え失せていた。


 本来の目的達成か。色々あったなぁ…。
 船が難破したり、シオン達と出会ったり、魔王幹部と戦ったり…。一番大きかったのは、グラたんがこちらのパーティに加わったことか。


「ふぃ…」


「むきゅ」


「おー、グラたん。こっちに来てくれたのか」


「むきゅー」


 俺はグラたんを抱き寄せた。少しひんやりして、夏場に頭に乗せたら気持ちよさそう。
 寝苦しい夜もお世話になるかもな。


「グラたん、俺もそろそろ上がる」


「むきゅ!」


 グラたんは俺の頭の上に乗って、ぴょこんと小さく跳ねた。


 グラたんも上がりたいんだな。


 俺が食堂までやってくると、他の奴らはみんな準備が出来ていた。
 案の定ミナミとシオンはまだだが、そのうち来るだろう。


「ユウマちゃん、ひとり温泉は満喫出来たかしらー?」


「それなりにな」


 酒瓶片手にタマテがけたけたと笑いながら質問してくる。


「あ、それ以上は近づかないことをおすすめするわー」


「な、なんでだ?」


「このお酒、かなりきついのよー。お姉さんの取っておきの一本。めでたい時に飲むのー」


 確かに、この距離でも少し酔いが回ってきそうな酒気がきついが、そこまでなのか?


「信じてないわねー?」


「まぁな」


蟒蛇うわばみ殺しっていうの。これには逸話があってねー?酒樽百個を涼しい顔で飲み干したヤマタノオロチが、この酒を飲んだ瞬間に泡を吹いて倒れたって話なんだけどー」


「マジか!?」


 ヤマタノオロチって、まだ記憶に新しい。ティナとシュガーが倒した、あの山なりにでかい大蛇だ。


 あれが泡を吹いて倒れる程の酒をこいつは飲んでるのか!?


「だから、お姉さん蛇の巫女って呼ばれてるのー。蟒蛇様も裸足で逃げ出すからーって。まぁ、逸話で実際に飲ませたことはないんだけどねー。まぁ、血筋の関係もあるんだけどー」


「ふーん」


 都市伝説みたいなものか。
 でも実際、アルコール濃度はかなり高いよな。


「あー、お兄ちゃん!やっと見つけまし…た…」


 ミナミが、背後からいきなり俺の前に顔を出したかと思ったら何やら机に突っ伏した。


「あらー、ミナミちゃん完全に落ちちゃったわねー」


「ふにゃ…」


 寝てるのか。少し幸せそうにしてるところを見ると、体調の面では大丈夫そうか?


「ミナミちゃんは任せてー。ユウマちゃんはご馳走を楽しんでいらっしゃーい」


「分かった、ありがとな」


 俺はミナミとタマテを残して別のテーブルに向かった。
 お、ちゃんと俺の分の夕食も用意されてるみたいだ。


「美味そうだな…」


「むきゅ!」


 俺の肩に乗ったグラたんが同意するかのごとく鳴いた。


「グラたんも食べるか?」


「むきゅ!」


 俺はマグロの刺身らしきものをグラたんに近づけると、グラたんはそれに飛びついた。


「むきゅっぷ…」


 食べ終わった後、グラたんはベッタリと俺の肩に張り付いた。眠いのかな?


「ユウマ、グラタンもある」


 すると、シュガーがお盆に乗せたグラタンを持ってきた。
 鎖国は撤廃してるって話だから外国から伝わったのか。もしくはポルトガルやオランダあたりと同じような鎖国中でも貿易をしている国があったのか?


「むきゅ…?」


「グラタン、美味しい」


 いや、些か語弊があるな。
 発音だけだとグラタンなのかグラたんなのか分からない。


 すると、危機を察したのかグラたんがシュガーに飛びついた!


「むっきゅー!」


「あばばばば…」


『ミルク!?』


 何とグラたんがシュガーを飲み込んでいたのだ!半透明な体に、シュガーの姿が見て取れる。


 皆が立ち上がり、あたふたとしている。


「グラたん!吐き出せ!ペってしろ、ペって!」


「むきゅー…むぺっ!」


 グラたんから勢いよく放射されたシュガーは、でんぐり返りのようにグルングルンと通路を転がって尻もちを着いた。


「きゅう…」


「ちょ、あんた何してるのよ!」


 項垂れたシュガーを抱き抱え、リリスがグラたんを睨みつける。


「むきゅ…」


 たじろぐグラたんを、俺は庇った。


「俺を叱れ。監督不行届だ」


「あんた、それよりミルクのことを心配しなさいよ…」


 ティナは呆れた様子でミルクの頬をつついた。


「ん…」


 ぱっちりとシュガーが目を覚ました。良かった、無事だった。


「ふぇえ、良かったですぅ…」


「うん、なんともない」


 ぐいーっと背伸びをして、シュガーは元気であることをアピールした。


「でも、びっくりした。めっ」


「むきゅ!」


 シュガーにデコピンをされて、グラたんは少しポカーンとしている様子。


「むきゅぅ…」


 だが、プルプルと震え出した。弾力があるボディだから、そういうのは結構分かる。


「むきゅー!」


 何故かグラたんはキレた様子で、シュガーに猛スピードで迫った。


「きゃー逃げろー」


 シュガーは廊下へと逃げ出し、その後をグラたんが追いかける。


 いや、さすがに廊下を走るのはやめた方がいいんじゃなかろうか?俺ら以外に客は居ないらしいけれど。


「あんなミルク、初めて見たな」


「えぇ、楽しそうね」


 ゼルドリュートとリリスが微笑ましそうに眺める。いや、これだと謎の物体から逃げ回る少女にしか見えないけれど…。


 そんなこんなで、晩餐は終了した。


 4


 翌日。
 秋なのに寝苦しい…具体的にはセリクの寝相の件で。そんな一夜を明けた朝。俺はあることに気がついた。


 グラたんが居ない。昨日抱き抱えて寝てたのに。
 布団の上にいるのは、ミナミに俺、ナナクサ兄妹、それとシュガー…。シュガー!?


「お前なんでここにいるんだよ!」


 それに俺は何故か俺が抱き枕感覚で抱いちゃってるし!?


「…んー?」


 目をぱちくりと開き、シュガーはこちらを見つめた。


 ん?なんか目の色が違う?緑色だ。普段は青色だが?


「ふぁう…どうかしたの?ごしゅじんー」


 ご、ご主人!?俺はいつの間にかシュガーのご主人になってたのか!?
 俺が飼ってるのはグラたんだけ…。グラたん…?


 思い返してみよう。
 グラトニー・スライムは捕食したものに擬態する。
 もしもそれが「消化」では無く、体に取り込むだけで「分析」が出来たなら?
 消化することなく相手に擬態できる…と仮定できるんじゃなかろうか?
 イマイチ捕食の判定がわからないがな。


 でも、それだと色々と辻褄が合う。
 一夜にして消えたグラたん、何故か俺が抱いてたシュガー…。


 えっと、つまり今俺の前にいるのは…。


「お前、グラたん!?」


「何当たり前の事言ってるのー?」


 やっぱりか…。


「おじょうはまだ寝てるのー?」


 おじょうとはおそらくミナミのことだろう。


「あぁ、起こしてやればいいんじゃないのか?」


「うんー」


 グラたんはミナミを揺さぶり、起こそうとした…が、全く起きない。


「さいしゅうしゅだんー」


 すると、グラたんは空中に飛び上がり、くるんと一回転。スライム状態になった。


「むきゅ!」


 ふむふむ、この状態では喋れないのか?その方が俺的には愛着が湧くが。
 だって、こんな可愛らしいぷにぷにした物体が「ごしゅじん」とか話してきたら少し気味が悪いだろ?


 すると、グラたんはシュガー同様ミナミを捕食して、そのまま今度は上に打ち上げた。
 ミナミの身長くらいには打ち上げたな。


 そして、グラたんが素早く避けてミナミは無抵抗に地面に激突。背中からだが、痛そうだ。


「いっ!?」


 痛みに顔を歪め、ミナミは背中を擦りながら起き上がった。


「な、なにが起きたんですか…?」


「グラたんに起こしてもらったんだぞ?」


「ぐ、グラたん…?でも今の痛みは…」


 すると、グラたんが今度は髪の長い十二歳くらいの少女の姿になった。


「応用が効くのー。二つの特徴をひとつに混ぜ合わせて、変身したー」


 確かに、身長がシュガーとミナミを足して二で割ったくらいの身長だな。
 髪色はプラチナブロンド。目は相変わらず緑色。
 胸は…ない。


「もう少しいいモデルが欲しーなー」


「ちょ、どういう意味ですか!」


「だってー、おじょうは胸がぺったんこなんだもん」


 全く悪気の無い様子でミナミに毒を吐くグラたん。
 ミナミはプルプルと震えている。


「にしても、なんでこんなにペラペラ話せるんだ?」


「資料である程度分析してー、それからみんなの会話を聞いて覚えたー」


 凄いな。
 にしても、さっきからミナミが震えたまま放心状態なんだけど。


 恐らく、自分の胸をぺったんこといわれて腹が立つ気持ちと、今まで自分の可愛がっていたのが合わさって葛藤してるんだろう。


 今すぐぶん殴りたい、でも可愛がってるし…。とまぁこんな感じか。


 その結果…。


「おーい、みんな起きてるかぐはぁ…!」


 ボディブローがおそらく朝食の準備が出来たことを知らせに来たであろうゼルドリュートに叩き込まれた。


「な、なんで…」


 ガクりとその場にダウンしたゼルドリュートを後目に、ミナミは笑顔でこういった。


「次はないですよ?」


 ゾクッと、まるで心臓を掴まれたような感覚が俺の体を襲う。


「グラたん…気をつけような…?」


「う、うん…」


 グラたんは恐る恐る頷いた。


「あと、その姿以外の人間の姿になる時は許可を取ってください。誇っていいんですから」


「わ、分かったぁ…」


 これで良いモデル…シオンやリリス、ルキア辺りの体に故意に変身することは出来なくなった。
 うん、根に持ってるなこりゃ。


 グラたんは、一日で恐怖というものを身をもって知ったのだった。

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