転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第34話:仲間探しと異国の地

 1


「一人は杖みないなのを振り回して、もう一人は鎌を振り回してたぞ!」


 あー、もう確定だろう。安易に想像できる。デジャブってやつか。


 やがて、大きな人だかりが見えてきた。


「やれー!やっちまえー!」


「そこだ、行けー!」


俺とキクハは、野次馬をかき分け、中心を目指す。そして何とか到着した。
 野次馬の中心には、金髪と白髪の少女がドンパチやっていた!


「ほら、お前が殺されることを望んでいるんだぞ!とっとと力尽きるがいいわ!」


「それはこっちのセリフよ!アンタの内蔵を見せびらかしたら群衆も盛り上がるでしょ!」


 放たれる罵声と弾幕。やはりというかなんというか、そこにはリリスとエリナが争っていた。


「アンタの魔法、ある程度の速さがあると作動しないみたいね!」


「それがどうした!」


 体術と魔術が入り交じった戦闘。リリスはともかく、エリナも使えるんだな…。
 って!感心してる場合じゃない!


「お前らやめろ!」


『ユウマ!?』


 二人は俺の方に気が付き、動きが止まる。


「エリナ、リリス!今お前らがやっていることは野蛮人と大差ないぞ!お前らは野蛮人じゃないだろ!」


「そう…だな。もう辞めだバカバカしい」


「あんたが悪いのよ、いきなり喧嘩ふっかけてくるから!」


「それはこっちのセリフだ!」


 二人はまた喧嘩を始めた。


 群衆は「なんだよ、面白くねぇ」だとかなんだとか言いながら、散り散りになって行った。


 治安が悪いな。こんなの乱闘だろ。


「あー、ほんとに君の仲間だったんだ」


「あぁ、シオン。紹介する、エリナとリリスだ」


「私も忘れるなよ」


 ヨコからキクハがやってくる。


「ありがとな、教えてくれて」


「坊主のために教えたんじゃないけどな」


 そう言えば、キクハはシオンに報告しに来たんだったな。そこに俺が居合わせたって感じだ。


「それはそうと、みんなはどこに?」


「さぁ?私達は見てないわよ?」


「見えていないの間違いだろう、この猪女めが」


「誰が猪女よ!この名ばかり王族!」


「何を…!妾だけでは飽き足らず、血筋までもバカにしよったか!この大たわけ!」


 あー、また始まった。もうこれ何かの抑止力的なものがないと一生喧嘩し続けるぞ、こいつら。


 っと、そんなことよりもだ。何か情報が欲しい。瓦版とか、この国にはありそうだけど…。


「あ、あれはなんでしょうか?」


「ほうほう、なになに?『甘味処にて幽霊出没、注文された団子が消えていく』?なんだろこれ」


 何やら掲示板的なものを見つけた。
 どこか日本語を彷彿とさせる文字だな。それより、幽霊…か。


「ミナミ、行ってみるか」


「そうですね、お兄ちゃん!」


「ちょっと、二人とも!?」


「シオンはエリナと、キクハはリリスと情報収集をしていてくれ!なるべく離れてな!二時間後にここで待ち合わせだ!」


 あの二人をくっつけとくとすぐに喧嘩をし出すからな。磁石の同じ極同士を近づけたら反発するように、アイツらが一緒にいたら喧嘩するのが当たり前なのだ。


 でもリリスはある程度エリナのことを認めてはいるらしいが…。高慢な態度が気に入らないのだとか。


 さて、俺とミナミは片っ端から甘味処を巡り、ついにそこをつきとめた。
 しかも騒ぎになってるし…。騒ぎを起こさないと済まないのか、俺の仲間は!
 そこでは…。


「はむっはむっ!おいひーですー!」


 あー、うん、なんか美味しそうに団子を頬張ってるメアリーが座っていた。
 辺りには皿と串が散らばっている。


「メ、メアリー?何やってるんだ?」


「あ、ユウマさん。これ、美味しいんですよ?」


 わびれもせず、メアリーは罪悪感など微塵もない表情で俺に団子を進めてきた。


「あの、お兄ちゃん。これまずいですよね」


「あぁ、金払わずにずっと食ってるんだろうな」


 見る限り、串の数で数えれば約十本の団子を食べたことになる。


「メアリー!とにかくここから離れよう!」


「わ、わかりました!」


 見えていないなら俺たちに請求が来ることは無い。ミナミだって言ってたじゃないか。『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』って!


 俺達はメアリーを引き連れて逃げ出した!一応代金分のルナは払ったが、そもそもこの国の金銭がルナなのかさえも分からない。


「メアリー、他の奴らはどこに!?」


「上から見たので、ある程度の位置はわかります。が、途中から…」


「団子食べてたのか…」


「お恥ずかしいです…」


 しょうがないか…。
 とにかく、今はこの場を離れねば!
 俺達が走った。人目につかないように山道を。


 ここまで来れば安心とスピードを緩めていると、何やら木刀を持った少年が現れた。


「止まれー!」


 なんだろうこの子。
 見たところザ・江戸の農民って感じだ。
 でも、木刀なんて物騒なもの振り回すと危ないぞ。


「この先は俺たちの隠れ家だぞー!ソッコク立ち去れー!」


「そうなのか?それはごめん。気が付かなかったんだ」


「分かればいいんだー」


 こういうのにはあまり関わらない方がいいからな。適当に謝って帰してもらおう。
 んー、でも一応聞いておくか。


「何個か質問いいか?」


「ん?なんだー?」


「なぁ、海って行ったか?」


「うん?まぁ行ったけど。どうかしたー?」


「実は仲間とはぐれてな。変わった格好して海辺で倒れ込んだやつとか見なかったか?」


「あー、居たぞー」


 そうだよな、知ってるわけがないよな…え?いや、ちょっと待て、居たって言ったのか、この子?


「その人に会わせてくれ!」


「それは無理だなー、どうしても会いたいなら…」


 すっと、少年は木刀を構える。
 なんだろう、このテンプレ的な展開。『ここを通りたければ俺を倒してから行け』ってか。


「お兄ちゃん、手加減してくださいよ?」


「分かってるって」


 全く、ミナミは俺がこんな小さい子供相手に本気を出すと思っているのか?
 さすがにそこまで大人気なくはないぞ。


「勝負ー!」


「『ウォーター・スプラッシュ』、『フリーズン・ウィンド』」


 いつも通りの地面氷結だ。
 大体のやつはこれで転ぶ。天下の騎士団長様もだ。


「うぁ!?」


 予想通り、盛大にどすんと転んだ。
 俺は木刀は持ってないからな。鞘に入れたまま殴るにしても、重さでかなり痛いだろう。


 よって、魔法で戦うことにした。
 でも、これって何すれば勝ちなんだ?転ばせるだけじゃダメか?


「くそー、俺の負けだー!」


 ダメじゃなかったらしい。
 自分から負けを認めてくれた辺り、ありがたい。
 無駄な殺生は避けたいからな。


「じゃ、お前の見つけた人のとこに連れて行ってくれ」


「うぅ、強者に従うのが俺の掟だ!」


 なんだその掟…。
 とツッコミたくなるが、連れていってくれるのならいいか。


「連れていってくれるのか?お前達の秘密基地に」


「おー、強者に隠し事はしない主義なんだー、俺ー」


 変わったやつだな。
 さっきまで止まれだの引き返せだの言ってたのはなんだったのか。とんだ豹変っぷりだ。


「ところで、兄ちゃん達の名前はー?」


「イリヤ・ユウマだ」


「イリヤ・ミナミです!」


「メアリー・キアリスです」


 メアリーは自己紹介は必要ない気がするが、まぁいいか。
 きっと聞こえてないだろうし…。


「うん、よろしくなー、ユウマ兄ちゃん、ミナミ姉ちゃん、メアリー姉ちゃん!」


 ほら、メアリーのことなんて見えてない…?


「見えてんのか!?」


「見えるぞー!ふわふわしてるし、幽霊かー?」


「は、はい、そうです。驚かないんですね」


「家柄のせいか、よく見えるんだよなー」


 霊媒師的な家系なのだろうか。
 この物怖じしない態度、今まで結構幽霊とか見てきたのだろう。


「でも、なんでユウマ兄ちゃんは女の子二人も連れてんだー?」


「別にいいだろ?それに、ミナミは俺の妹だ」


「そういうのなんて言うか知ってるぞー!両手に花って言うんだろー?」


「そんなんじゃねぇ…」


 ん…?なんでこいつことわざを知ってるんだ?この世界では古書目録のはずだけど…。
 つまりこの国では、ことわざが存在しているという事だ。


「俺の名前言ってなかったなー!俺はナナクサ・セリク!」


 ナナクサ…か。
 せり・なずな・ごぎょう・はこべ・ほとけのざ・すずな・すずしろ。これぞ七草。


 セリクって言ってたのと何か関係あるのか?それとも七草って名前だからこんな名前なのか?


「そっか、よろしくな、セリク」


「よろしくです!」


「よろしくお願いします、セリクさん」


「おー、よろしくなー」


 こうして、仲間探しの手がかりとなる少年、セリクと出会ったのであった。これが好機となればいいんだがな。


 2


 セリクに連れられ、俺達は山のけもの道を突き進んだ。
 やがて、少し開けた場所に出てきた。


 すると、立派な門と塀が俺達の行く手を阻む。


「ちょいと待っててなー」


 セリクは門に駆け寄り、コンコンと二回ノックした。
 すると、塀の内側から声が聞こえる。


「合言葉は?」


「一月七日」


 すると、ギィっと音を立てて門が開いた。見かけより重くないらしい。


 それより一月七日か。
 確か七草粥を食べる日が一月七日だった気がする。
 こいつが美味しく食される日を合言葉にするとか、皮肉にも程があるな。


「お兄ちゃん、失礼なこと考えてませんか?」


「さてな」


 どうやら見透かされてしまっていたらしい。さすが最も付き合いが長いだけはあるな。


「あれ、セリクお兄ちゃんこの人たちは?」


「なんか鎧の兄ちゃんの友達みたいなんだー、ちなみに強いぞー」


 中から出てきたのは、セリクと同じく十歳くらいの女の子。


「そーなんだ、私の名前はナナクサ・ナズナ。よろしくね」


「みんなの前で改めて紹介するー。もう集まってるかー?」


「うん、集まってるよ」


 鎧の兄ちゃん、か。思い当たる節は、ルキアが男と勘違いされているか、それともエギルか、だな。


 でも、みんなか。セリとナズナと来たら、あとはもう大体予想がつく。


 しかもナナクサって名前だし。
 ナズナは俺たちを門の中に通した。


 今は、どうやら秋らしい。山道でも気がついたが、紅葉が始まっている。
 奥には武家屋敷が見える。かなり大きいな。


「みんなは稽古してるのかー?」


「うん、鎧の人に稽古を付けてもらってる」


「そっかー」


 すると、何やら声が聞こえた。


「とりゃー!」


「おりゃー!」


「そりゃー!」


「太刀筋が単調だね。こんなんじゃ直ぐに避けられるよ」


 聞きなれた声が聞こえる。
 その直後にコンコンコンと軽い音が三度響いた。


『痛てぇっ!』


「まだまだだね!」


 そこには、稽古の最中なのか、何やら木刀を持っているエギルの姿があった。


「よー、鎧の兄ちゃん!友達が来てるぞー」


「どうしたのさセリク…って!ユウマ!ミナミ!生きてたのか!」


「おう、元気そうだな」


「この子達に助けて貰ったんだよ」


 エギルの後ろには、十歳くらいの少年少女がいた。ざっと五人。


「おーい、みんなで挨拶だー!」


『おー!』


 何やら自己紹介してくれるらしい。
 全員が集まり、何やらフォーメーションを気にし始めた。「もっと右行って」とか、「もっと前!」とか。


「長男、セリク!」


「長女、ナズナ…」


「次男、ゴギョウ」


「三男、ハコベ!」


「次女、ホトケ!」


「四男、スズナ!」


「三女、スズシロ」


『我ら、ナナクサ兄妹!』


 ビシッとポーズを決める。なんとも珍妙なポーズを。


 ミナミとメアリーは「おー」と声を漏らし、ぱちぱちと拍手していた。
 なんだこれ、戦隊モノの下位互換みたいな奴らだな。


 つーか、これが挨拶なのか、なかなかに恥ずかしいな。ほら、ナズナの顔が赤くなってるじゃないか。


「ナズナ、顔が赤いぞ?」


「い、言わないで…!」


 ますます顔が赤くなっていく。
 あー、これは触れちゃダメなパターンか。


「俺の名前はイリヤ・ユウマ。セイバーだ」


「私の名前はイリヤ・ミナミ!プリーストです!」


「私はメアリー・キアリス。幽霊です」


 そうそう、プリーストは最上位職らしく、クラスアップは出来なかった。
 さらなるクラスに上げるも可能らしいが、それは神の領域だとか。


 というか、こいつらに助けられたのか…。
 蟻が大きいものを運んでいく図が頭に思い浮かぶ。もしかしたら自力で歩いたのかもしれないが。


「じゃ、よろしくな、ナナクサ兄妹」


『まとめないで!』


 じゃあなんでまとめて自己紹介したんだよ…。と突っ込みたくなる。
 そもそも、あんな紹介の仕方じゃ、名前が入ってこないぞ。


 七草の名前で全員が統一されているのは覚えやすいけどさ。
 でも、「セリク」と「ホトケ」は名前が少し違うな。本来なら「セリ」と「ホトケノザ」だ。


「分かった、名前で呼ぶよ。それより、ちょっと話し良いか、エギル」


「ん、なんだ?」


「ダメだぞ!鎧の兄ちゃんは僕達と稽古してるんだ!」


「ん?お前は…スズナだったか」


 スズナはどうやらエギルに稽古をつけて欲しいらしい。


 目尻には涙を浮かべている。そこまでなのか?


「ちょっとで終わる。だから少し話をさせてくれ」


「ダメー!」


「後で付けてあげるから、な?」


「やだー!」


 あー、なんかエギルがセリクとハコベ、ホトケとスズナに群がられてる。えらく懐かれたな、騎士団長さん。


「ちょ、やめろー!」


「まぁこのままでいい。エギル、あいつら見なかったか?」


「俺は知らないぞ?って!やめろー、頬をひっぴゃるにゃー!」


 稽古つけてもらいたくて泣いてたのに、なんで群がられてるのか、それはあまり気にしないでおこう。


「じゃ、俺はもう行くから」


「ちょ、どこへ行くんだ?」


「リリスとエリナは見つけたから、連れてくるよ。お前はここから動けないっぽいしな。じゃ、戻ってくるまで稽古つけてやれ」


「分かった、稽古つけるよ!かかって来てくれ!」 


『やったー!』


 よし、稽古の方は大丈夫そうだな。
 ふと、何やらすみで膝を抱えて座っている少女がいた。ナズナだ。


 見る感じ体育会系ではなさそうだし、どちらかと言うと本とか読んでるタイプ。
 あと、スズシロとゴギョウも稽古の様子をぼーっと見てる。


「ミナミ、メアリー。俺はアイツらとの集合場所まで行ってくるから、暇そうな子と遊んでやってくれ」


「はい、分かりました!」


「了解です、いってらしゃいユウマさん」


「おう、いってくる」


 俺は門を抜けて、元きたけもの道を戻った。


 3


 俺が掲示板のところに戻ると、四人はもう着いていた。
 エリナとリリスは恐らく別々の場所で着物を着付けてもらったらしい。


「あれ、ミナミちゃんは?」


「ちょっと、山の武家屋敷に放置してきた、あとエギルもいたぞ」


「何してるんだ、ユウマ!?」


「あんたはそんな事しないと思ってたのに…」


 エリナとリリスがこちらを驚きと恐怖に満ちた目で見てくる。


 一応間違ってはいない。


「今から迎えに行くけどな」


「その武家屋敷ってどこにあるの?」


「あの山の奥だな」


 俺はもと来た山を指さした。


「あ、もしかして、ナナクサ兄妹って名乗る子供らはいなかった?」


「居たな。知り合いか?」


「知り合いだよー、でもキクハの方が面識はあるね」


 ふーん、こんな男勝りな女の人が子供と面識があるねぇ…。
 不良が子犬に傘を差すくらいのギャップだな。


「アイツらは私の家族みたいなもんだ」


「みたいなもんってことは、家族じゃないんだよな。どういう関係なんだ?」


 俺が質問すると、躊躇するようにキクハは目を逸らした。
 だが、心を決めたのか、口を開いた。


「あいつら、身寄りがないんだ。七人もいるのに、父親も母親もいない。いや、七人もいたからかな。その負担に耐えられなくなった両親は山に子を捨てた。そこをその山に住んでた私が拾って、今に至る」


 俺は言葉を失っていた。
 そんな過去があったのか、アイツらには。


「空気悪くしちまったな。行くか、坊主。嬢ちゃんとエギルってやつを迎えに行くんだろ?」


「あぁ、行くか…」


 俺は、話を聞いたことを半ば後悔していた。
 あいつらにあった時、先ほどと同じ態度を取れるか分からないからだ。


 俺達は再び山を登った。
 そして、武家屋敷の前に着く。


「合言葉は?」


「一月七日!」


 ぎぃっと音を立てて、門が開く。
 そこには、頭に花の冠を乗っけたご機嫌そうなナズナが立っていた。


「お、ナズナ。自分で作ったのか?」


「ううん、ミナミお姉ちゃんに作ってもらったんだ」


「そっか、良かったな」


「うん!」


 にぱーっと、ナズナは無邪気な笑顔を振りまいた。
 まるで、先程まで聞いていた不幸な人生とはそぐわないような笑顔。


「おー、キクハ姉ちゃん!おかえりー!」


「見て見て!僕強くなったよ!」


「あたしの方が強くなったもん!」


「俺も俺もー!」


 アウトドア組がキクハに向かって走ってきた。
 その後ろから、インドア組とミナミ、メアリー、エギルがやってくる。


「いいざまだな、エギル」


「エリナ!これはその…」


「まぁいい、妾も子供は嫌いではない。ちゃんと遊んでやれ」


 へー、エリナって子供嫌いじゃなかったのか。こういう高慢な態度のやつって、子供嫌いのイメージが定着しているのだが…。


「みんな、姉ちゃんたちにありがとう言ったか?」


「言ったよー、な、エギル兄ちゃん!」


「あぁ、そうだね」


「私も言った!ねー、ミナミお姉ちゃん!」


「ふぇ、ミナミお姉ちゃん…?いい響きです…」


 こいつには妹も親戚も年下はいないからな。「お姉ちゃん」と呼ばれることになれてないのか。


 それより…。
 この子達の笑顔を見ていると、何だか先程の話が嘘のように思えてくる。


 だって、この笑顔は純粋そのものだからだ。もう、この子達はとっくに救われていたのかもしれないな。キクハたちに。


「ミナミ、お疲れ様」


「疲れてなんてないですよ、楽しかったです!」


「私はお手玉を教えてもらいました」


「メアリーさん、お手玉上手!」


 ゴギョウがメアリーを褒める。
 おー、なんか三人とも感情を表に出すようになってるな。


 それともただ退屈していただけだったのか?


「えっ!玉が宙に浮いてる…?」


「あぁ、えっと、俺たちの仲間に、幽霊がいるんだよ、信じられないかもしれないけど…」


「そ、そうなのか?まぁ、害がないならいいけど…」


エギルとエリナはマジマジと飛び交うお手玉を見つめる。


「さて、夕飯の時間が近いぞ、何すればいいか分かるな?」


『はーい!』


 ナナクサ兄妹は元気よく返事をした。
 そして、武家屋敷に駆け込む。


「何をしてるんだ?」


「夕飯の準備だよ」


「お前はやらなくていいのか?」


「違う違う、キクハは戦力外通告されてるんだよ。『キクハ姉ちゃんは俺たちの許可無く台所に入らないでー!』って、いっつも言われてる」


 シオンが「ね、キクハ」と言うと、キクハはそっぽを向いた。
 この反応はマジだな。嘘なら「そんなことない!」と否定するはずだ。


「じゃ、じゃあ私達も入るぞ!ほら、ぼさっとしてないで!」


「逃げたな」


「逃げたね」


「逃げてない!」


 俺達は先に行ったキクハの背中に、哀れみの視線を送った。
 花嫁修業でもしたらいいんじゃないか。
 あ、でもそんなことしたら大変なことになりそうだな。


 4


 俺達が食卓へ行くと、鍋を囲んでいるナナクサ兄妹の姿が。
 何やら煮物を作っているらしい。香りがあたりに漂っている。


「美味いな」


「おー、ユウマ兄ちゃん!そーだろ?ふふーん」


 セリクは胸を張り、誇らしげな表情をした。


「私も手伝ったよー、ね?ミナミお姉ちゃん褒めてー」


「はーい、よく出来ましたねー!よしよーし」


「えへへー」


 ナズナはすっかりミナミに懐いた。
 頬を擦り寄せ、甘えた声を上げる。


「ところで、私たちが泊まる宿はどうするのかしら?」


 リリスが、煮物を口にしながら素朴な疑問を俺に投げかけた。


「あー、考えてなかったな。まぁ適当な宿を見つけて泊めてもらおう」


「なんだ坊主、泊まる宛がないのか?だったらここに泊まれよ」


「いいのか!?」


「来客用の布団もあるし、部屋もまだ空いてる。おーい、こいつら泊まってもいいか?」


『いいよー!』


 ナナクサ兄妹が全員で声を上げる。たった一日でよくもここまで打ち解けてくれたものだ。俺には無理だな。


「よし、じゃー早く飯食って色々遊ぶぞー!」


『おー!』


 セリクの声に、ナナクサ兄妹たちが拳を掲げる。
 ミナミとメアリーもだ。遊ぶ気満々か。
 その宣言通り、こいつらはさっきまでのスピードの約二倍で夕飯を平らげた。


「探検だー!エギル兄ちゃんも行くぞー!」


「ちょ、離してー!」


「お兄ちゃん、怪我すると危ないので私も行ってきます!」


「ユウマさん、ミナミさんのことはおまかせを!私も同行します!」


「あー、ハイハイ行ってこい」


 エギルとナナクサ兄妹のあとを追い、ミナミとメアリーは走っていった。


「賑やかだね」


「そうだな、楽しそうだ」


「久々だからな。来客なんて」


 そりゃ、こんな山の中にやってくる人間なんて限られているだろう。
 でも、山菜とか採る人もいるかもしれないな。


 もしかしたら合言葉が分からなくて引き返して行ったのかも?


「ところで、何か情報は?」


「んー、今のところないんだよな。なぁ、リリス」


「そうね、ユニラとルニラ辺りならすぐにわかると思うんだけど…」


 あの二人には大きな耳としっぽがある。それが目立たないはずがない。
 ルキアにもエルフ耳があるが、髪に隠れていて見つからないかも知らないな。


 にしても…。
 和服来てるのに髪がカラフルだとなんか違和感があるよな。さすが異世界と言ったところか。


「明日から本格的に探すか…」


「そうね、シュヴァ…じゃなかった、ミルクの安否も心配だしね」


「仲間の名前も間違えるとは、とんだたわけだな」


「なんですって!?」


「やるのか?」


 あー、また始まった。
 エギルはもう向こうに行っているし、どうすればいいのやら…。


「ねぇ、賑やかだね、君の仲間」


「賑やかすぎてうんざりするくらいだよ」


 シオンは引きつった笑顔でこちらを見つめた。
 ほんと、なんでこうも問題のあるやつばかり集まったのだろうな。


 いや、問題があるのはこの二人とミナミだけか。
 にしても、ミナミが率先して俺から離れようとすることがあっただろうか。


 闘技場の時は離れていたが、引き離すのに兵士たちが苦労していた。
 諦めたのか、観客席では普通に応援してたけどな。


「にしても、星が綺麗だな」


「普通だけどな」


 よく、はるか昔はとても暗かったと聞く。なんでも、街灯がないからな。提灯を持ってないと出歩けないほどだ。


 実際、家から少し出ると暗闇が広がっている。
 周りが暗いと星は綺麗に見えるからな。それで、綺麗に見えるんだろう。


「今日はゆっくりしなよ」


「そうだな、風呂借りてもいいか?」


「風呂か。ならこっちだな」


 俺は、何やら家の外に案内された。


「なんで家の外に風呂があるんだ?」


「なんでって…」


 すると、湯気が立ちのぼる泉に行き着いた。
 そう、ここは…。


「温泉か!?」


「おう、天然温泉だ!ゆっくり体を休めろよ」


「ありがとう」


 俺は着物を脱ぎ、湯で体を流した。
 そして、そこに置かれていた石鹸を手に取る。
 こんな和風な時代から石鹸ってあったのか。
 一通り洗い終え、俺は温泉に浸かった。


「ふぃー、暖まるー」


 体の芯までポカポカだー。
 本日二度目の入浴。それがこんな秘湯みたいな場所だなんて、なんて幸せなんだー。


 湯治に来た甲斐があったな。
 すると、何やらドタバタと足音が聞こえた。
 ん、近づいてきてる?


「やっほーい!お風呂だー!」


「えぇぇぇぇぇ!?」


 セリクがプール感覚で温泉に飛び込んできた。
 その後ろから、ナナクサ兄妹が顔を覗かせる。


「もー、体洗ってからだよ?それに、ユウマお兄ちゃんに水かかってるし」


「そうだなー、ごめんな、ユウマ兄ちゃん」


「い、いや、別にいいけど…」


 ゆっくり出来ると思ったんだけど、結局こうなるのか。
 まぁいい、少し賑やかになるだけだからな。


「走っちゃダメですよ?転んだら危ないです…、お兄ちゃん!?」


「よーし、俺はもう上がるからあとはお前らで楽しんでてくれ」


「あ!ダメです!私と一緒に入りましょー!」


 俺はその言葉を無視して、温泉から上がろうとする。が、グイッとミナミに腕を掴まれてしまった。


「ふっふっふっ…逃がしませんよ!」


「は、離せ…!」


 くっそ!こいつ何気に握力強い!
 すると、何やらナズナがミナミの腕をクイクイと引っ張る。


「ねぇ、ミナミお姉ちゃん。私と一緒じゃイヤ?ユウマお兄ちゃんが居ないと入れないの?」


「い、いや!そういう訳ではなく…」


「だったらなんで私たちと一緒に入ろうとしないの?ユウマお兄ちゃんがいなくても入ってくれるの?」


「うぅ…それは…」


 ミナミはかなり困っている。こんなミナミを見るのは初めてだ。


 今までのミナミなら、こういう時は『お兄ちゃんと一緒じゃないと入らないです!』とか言い出しそうだから。


「分かりました!私も入ります!お兄ちゃん、先に戻っていてください!」


「やったー!」


 おー、正直驚いている。人って変われるものなんだな。


「じゃ、しっかり暖まれよー」


『はーい!』


 ナナクサ兄妹とミナミは元気に返事した。
 俺は灯篭が灯る、夜道を歩いた。


 ちなみに、着物の着方の方はちゃんとシオンに教えて貰った。


「ハッハッハッ!それはそれは、笑い話だな!」


「あのミナミがねぇ、想像も出来ないわ」


「そこまで酷いのか?」


「ミナミは筋金入りだからね、大きな一歩だよ」


 俺は屋敷に戻り、みんなにこのことを話した。


「このまま…兄離れしてくれたら楽なんだけどな」


「そうかな?いつも続いていた日常が、急に終わっちゃうと寂しくなると思うよ?」


「そういうものかねぇ…?」


 いつも続いていた日常、か。
 俺はふと、パーティの奴らのことを思い出した。


 アイツらが居ないと、賑やかでもどこか物足りない感じがする。
 早く会いたい、そう思えてくる。
 これが、シオンの言っていたことか。


 …いつからだろう。
 いつも続いていた日常と聞いて、この世界のことしか頭に思い浮かばなくなってしまったのは。


 5


 赤々と燃える行灯の火を見つめる。
 俺は布団の上に寝転がり、感傷に浸っていた…はずだった。


「恋バナしましょう恋バナ!」


「コイバナってなんだ?」


「花の種類じゃない?」


「色恋沙汰の話ですよ!気になる子とか居ないんですか?」


 何故か俺の泊まる部屋は、恋バナ大会の会場として改造されてしまっていた。
 なんだよ恋バナって、パジャマパーティーの一環か!


「俺は好きな人はいないぞー?」


「私は…ミナミお姉ちゃんとシオンお姉ちゃんが、好き…かな?」


「よしよーし、ナズナちゃん!私も大好きですよー」


「えへへー」


 ナズナは完全に顔が緩みきっている。
 この二人、ほんとに仲がいいな。


「僕はメアリーさんが優しくって好きだよ」


「はぅ!告白されちゃいました…」


 ふむふむ、ゴギョウはメアリーが好きなのか。確かにメアリーは、純粋で尚且つ顔もいい。優しいし言葉使いもなっている。
 でも…。


「メアリーはもう死んでるぞ?」


「恋愛に生きてるも死んでるもないよ」


「ご、ゴギョウくん…!」


「メアリーさん…!」


 ヒシっと二人は手を取り合った。おー、青春してるな、羨ましい。


「僕はエギル兄ちゃんが強くて好き!」


「あたしもー!」


「俺もー!」


 ハコベとホトケ、そしてスズナがそう言った。


 ハコベとスズナに関しては、そういう気はないんだろうが、同性愛ということに…なるわけないか。きっと憧れとかそういう感じだ。ホトケに関しては本気かもしれないけど。


「私は特に居ないかな?」


 スズシロはそう言った。
 何組か同性が好きなやつがいたが、それは気にしないでおこう。


 でも、俺達はいずれ帰るんだよな。
 その恋も、それまでだろう。


「さて、次は私ですね!私が好きな人は…迷いますけどお兄ちゃんです!ナズナちゃんとの接戦でしたけど、そこは譲れませんでした…」


「むー、ミナミお姉ちゃんの一番になれるように、頑張らないと…!」


 ナズナは拳を握りしめた。
 その勢いで、兄離れに貢献して欲しい。


「私のお兄ちゃんは、とっても優しいです。私が苦しい時は慰めてくれて、辛い時は励ましてくれます。自分一人だけでも、俺はお前の味方だと言ってくれた時もありました。そんなお兄ちゃんが私は大好きで、そんなお兄ちゃんの支えになりたいんです」


 ナナクサ兄妹がぱちぱちと拍手した。


 俺はなんと言ったらいいのか、分からなかった。素直に、「ありがとう」だとか、「嬉しい」だとか、そういう言葉が口に出せたら、どれだけ楽だろうか。


「本人がいる前で、そんな事言うなよ…」


 口から零れたのは、本心とは真逆の言葉だった。ダメだ、やっぱり素直になれない。


「本人がいるから、ですよ?お兄ちゃん、大好きです!」


「そうかよ…」


 俺はミナミにその言葉を吐き捨てた。
 それでも、こいつはニコニコとしている。


「俺の好きな人は居ない。それよりも、だ」


「それより…?」


「お前ら、怖い話をしないか?」


「ひぇぇぇぇ!?」


『おー!いいねー!』


 なに存在自体が怪談のようなメアリーが一番ビビっているんだろう。
 ナナクサ兄妹とミナミは乗り気なようだ。


「さて、初めは俺から話すか…」


 行灯の紙の部分を取り、蝋燭が露出する。おー、雰囲気出てきたなー。


「これは、ある人が体験した話だが…」


『ゴクリ…』


「ふぇぇぇ…」


 さて、夜は長くなりそうだ。
 俺は怖がる少年少女を前にしてそう思い、にやけるのだった。

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