転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第33話:温泉旅行と同行者

 1


 唐突だが、俺は今肩が凝っている。そしてさらに首も凝っている。さらにさらに腰まで痛い。何度腰を回そうが、首を回そうが、肩を回そうがそれがとれる気配もない。


 挙句の果てには無理を言ってオルガにマッサージチェアを作って貰ったが、それすらも効果がなかった。


 ちなみに、オルガは最近、イグラットにおいて科学の進歩に貢献している。


 鍵や、電球などを家につけて回っている。風力発電や太陽光発電で電力は賄っている。


 風力発電では羽の先端に風を起こす魔道具を付けていたりする。


 正直に言うと、ナルヘリンなんかとは比べ物にならないほど科学が進歩している。


 それで、金が稼げるからこちらとしても万々歳なのだが。


ちなみに、技師の集団のようなものも結成され、そいつらに機械工学を教えたりもしてたり。授業料はきちんと頂いてるらしいが。


「肩痛てぇ…」


「いっその事、一回死んでみる?」


「心も体もリフレッシュ…って、そんなことして溜まるか!」


 シュガーがそんな物騒なことを言ってきた。


 しかも、俺の知り合いには蘇生魔法を使えるやつがいない。


 いや、そもそもこの体になった時点でもう死んでるんだけど。


 でも肩は凝るんだよな。不思議だなー、この世界。もう俺アンデッドに近しい存在になっちまったんじゃないか?


「あ、そうだ。ユウマ、いいことを思いついたぞ!」


 オルガは唐突に俺に話しかけてきた。その表情は、希望に満ち満ちていた。


 どんないいことなのだろうか。でも、こういう博士的な立ち位置のやつの『いいこと』って、あくまで自分にとっての『いいこと』で、必ずしも周りにとってのいいこととは限らないんだよな。


 しかも、実験とかの可能性とかもある。


「湯治に行こうぜ、疲労回復にも効くだろうさ!」


「おぉ、なかなか良さげじゃないか。俺は嫌いじゃないぞ?」


「私も好き」


 さて、ここにいる二人は全員行く気があるらしいが、他の奴らはどうだろうか?


 ミナミ達に聞いてみたところ、全会一致で行きたいということになった。


「で、行先はどうするんですか!?」


「そこは…」


「やっぱり…」


 ルキアとティナは顔を見合せ、そして頷く。


『ヤマトだよね!』


 出た、ヤマト。日本と同じなのならば、温泉街とかが多いのも頷ける。それを確かめることも出来るかもしれない。


「でも、交通手段がないだろ?どうするんだ?」


「ヤマトは海の向こうだからね。飛竜種に乗っていくのがいいんだろうけど、餌代が馬鹿にならないし、懐きにくいから」


「その点は抜かりない!これを見ろ!」


 オルガは自分の部屋から機械を持ってきた。


「簡易設置スクリュー!これを付けることでそこらの木造船だろうがなんだろうが自動で動くようになる!しかも、太陽光発電だから止まる心配もない!」


「はい!」


「何だ、ミナミ?」


「夜はどうするんですか?」


「それは…一日で着けばいいんだよ!」


 うわー、こいつもしもヤマトまで一日で着かなかった時のこと考えてないのかよ。なんで俺のパーティって、こうも後先考えないやつが多いんだろう。


「で?どうやって行くんだよ。この街は海に面してないだろ?」


「ちょっと遠くなるかもしれないけど、あるじゃないか。海に面してる街が」


 俺はふと、最近訪れた街のことを思い出した。 


「ナリヘルンか…」


「って、ちょっと所の話じゃないじゃないですか!」


「相当遠いって言ってたわよ!?」


「その点も抜かりないぞ!」


 オルガがそう言うと、何やらフードを被った少女と青年がドアを開けて現れた。


「何者だ!?」


「落ち着け、妾だ」


『って、エリナ(さん)!?』


 そこには平然とナリヘルンの王女であるエリナの姿があった。


「てことはお前は…エギル?」


「ご名答、流石は英雄様だ」


「茶化すな。まずは何故お前らはここにいる?」


 エギルからの話を簡単にまとめるとこうだ。


 何やら先日、鉄でできた使い魔が王城に手紙を運んできたらしい。


 内容は、『後日、ヤマトへ湯治へ行かないか』との事。差出人は何故か俺の名前で通っていたらしい。


 最初はバカバカしく思っていたが、思いのほか王女が好意を示し、お忍び旅行という形でこちらに出向いたのだと。


「なんで勝手に話進めてたんだよ!?」


「マッサージチェアの上で、数日続けてうんうん唸ってるやつに、湯治に行こうと言えば確実についてくるだろう。みんなには事前に話は通してあったけど」


「なんで俺にも言わないんだ…」


「サプライズってやつだよ」


 まぁ、結果的に行くことになったからいいんだけど…。それと、こいつら意外と演技上手いんだな。


 そこからは淡々と進んだ。ユニラとルニラに再会し、ロリコン陣が騒ぎ出したのは言うまでもない。


 …で、王都に向おうとしたその時だった。エリナが何やら、「リリスも連れて行きたい」と言い出したのだ。


 言い分は、「解放された元魔王軍幹部がちゃんと世の中に溶け込めているか確認するため。もしも異常があるようならば、即刻また牢獄に入れることになる」のだと。


「…で、私が呼ばれた、と…。別にいいわよ?あの小娘と一緒の馬車じゃなかったらね!」


「こっちから願い下げだ!」


 エギルは、二人の様子を見ながら、「はぁ…」と溜息をつきながらやれやれと額に手を当てた。


 うーん、なんかこういうキザっぽい行動を無意識にやるやつって、結構痛いよな。


 ということで、リリスを加え俺達は王都に出向いた。


 一様アリス達も誘ってみたが、「かきいれ時なので、無理です!」との事だ。春も近いし、商品を入荷してるんだろうな。エルマ、頑張れよ。


 2


「おー、案外近い所にあったんだな、海」


 俺達はナリヘルンに着くと、王城とは真反対の方角へ進んだ。


 すると、メアリーが恐る恐る聞いてくる。


「あのー、ユウマさん。私もついてきて良かったんですか?温泉なんて入っても意味ないと思うんですけど…。あ、いや!それはその、私がという意味で、霊体が温泉に入って意味あるのかなー、と…」


「わふー」


「大丈夫だ、水辺に幽霊は多いって聞くし、幽霊友達が出来るかもしれないぞ?」


「友達は人間さんだけで十分です!」


「わふっ!」


「さっきから何ブツブツ言ってるんだ?」


 エギルとエリナが、何やらこちらを不審者を見る目で見ている。


 あー、多分これはあれだ。エギルやエリナにはメアリーのことが見えてないんだ。


 腹話術とか言ってないあたり、声すらも聞こえてないんだろう。


「いや、なんでもない」


「そうか?ならいいけど…」


 俺達は大きな木造船が碇泊している港にやって来た。


 大きさだけで言えば豪華客船だな。


「よし、じゃあちゃちゃっと設置してくるから、少し待っててくれ!」


「分かった」


 俺達はオルガがスクリューを設置している間、俺達は雑談をしていた。どうせなら、海に浮かせる前に設置した方がいいんじゃないか?


「なぁ、シュ…じゃなかった、ミルク。お前、ヤマトには行ったことないのか?」


「うん、行ったことない」


「そうか」


 うーん、なんか気まずい。


 こいつとも付き合いは長いのだが、こうもテンションが低いやつと話しているとやりずらいぞ…。


 人のこと言えないけど。


「楽しみですね、お兄ちゃん!」


「そうだな、ミナミ」


 その点、こいつは話しやすいな。若干テンションが高すぎるけど。


「混浴…期待してていいんですかね?」


「過度な期待はするな、あと俺は混浴には入らない」


 ほら、これだ。


 やはり、ルキア当たりが一番関わりやすい。


 …おや?


 当のルキアはあまり乗り気じゃないようだ。


「楽しみじゃなかったのか?」


「いや、楽しみだよ?楽しみだけど…僕、こういう大きな乗り物には乗ったことがなくてさ。ちょっと心配なんだよね…」


「海が荒れない限り大丈夫だろ」


「そ、そうだよね!」


 ルキアは「大丈夫だよね!」と言って、笑顔を見せた。


 尚、荒れないとは言っていない。


「よーし、設置完了!みんな乗り込め!」


「行くか」


「ん…」


 全員が乗り込み、王都の岸から出航する。 


 こんなに大きければ目立つと思うが…、気にしたら負けだろうか? 


 3


 揺れる船、香る潮風、荒れる海。


 そう、俺達は現在…。


 暴風雨の中にいた!


「ちょっと、酔わないって言ったじゃん!」


「こんな大時化になるなんて思わないだろ!」


 大体は予想が着いていたが。
 海の天気は荒れやすいって聞くしな。


 しかも甲板に水が溜まって全くドアが開かないし!内開きにしておいて欲しかった!


「うぅ、もう限界かもな…」


「吐くな!王都の騎士団長が嘔吐の騎士団長になるな!」


「うまいこと言ってる場合じゃないぞ!どうにかならないのか!妾は冒険に来たわけではないぞ!」


「そんなこと言ったって…」


 俺がボヤいていると、ミナミが前方を指さす。


「あれ、ヤマトじゃないですか!?陸が見えます!」


「あぁ、本当だな!あれがヤマトだ、間違いない!」


 なんでそんなことが分かるのか…気になるが、今はそれどころじゃない!


 あっ!いいこと考えた!


「ミルク!前にルーンに放ったあの魔法、ここで打ってくれ!」


「ルーン…誰?」


「魔王幹部の使い魔だよ!」


「んー、思い出した」


 シュガーは詠唱を唱え、風の刃を作り出す。そして、その刃を勢いよく振り下ろした!


『ウインド・エクスカリバー!』


 その刃は雲を割った…、のだが。


 同時に船も割った。


「勢い余って…てへっ?」


「てへっじゃねぇーーー!」


 俺達は、まだ荒れている海に放り出された!


 なんとか泳ごうとするも、言わば着衣水泳状態。体が思うように動かない上に、この世界にペットボトルなんてものもない。


 腹に空気を入れて浮くなんてことも出来るのだが、もう手遅れだ。


 俺は、完全に気を失った。いや、命を失ってしまったのかもしれない。


 あ、もう死んでたか…。


 4


 目が覚めることはないものだと覚悟していた。だが、俺は意識が戻った。


 朦朧とする頭のまま、体を起こす。


「あぁ!君、気がついたんだね!」


 何故か横に座り、親しげに話しかけてくる女性。


 歳は分からないが、二十歳くらいだろうか。


「あんた、誰?」


「そこからかー、まぁ仕方ないよね」


 女性は立ちあがり、胸に手を当てて自己紹介を始める。


「私の名前は、カツラギ・シオン、十八歳!ここらじゃ名を馳せているおサムライさんだよ!」 


「え、サムライ?」


 それに、カツラギって…まるで日本人じゃないか!


 俺は、ふと周りを見渡す。


 掛け軸に囲炉裏、襖に畳…。日本家屋のような作り。


「どうかした?」


「い、いや…、あ、俺の名前はイリヤ・ユウマ。剣士…いや、セイバーだ」


「そっか、よろしくね、ユウマ!」


「あ、あぁ…」


 シオンは手を差し出し、俺はその手を握り返す。


 それと同時に、『ぐぅ…』と腹の虫が鳴る。


 弁当は持ってきていたが、海に落ちてダメになってしまっているだろう。


「そうだ、ご飯食べる?」


「いいのか?」


「いいよー、質素なものになるけど」


「構わない、ありがとう」


 しばらく経ち、出てきたのはご飯と味噌汁。あと鮭の塩焼きらしきもの。


 どれも美味しそうだ。


「たーんと召し上がれ!」


「いただきます」


 うん、普通に美味しい。


 塩味も聞いてなかなか…。和食なんて久しぶりだな。


 あ、そう言えば、よく海に落ちたら低体温症で死に至るって聞くよな。今冬だし。


「ふ、風呂とか貸してもらったり…出来ないか?」


「あ、その心配はないよ」


「どうしてだ?」


「だってもう入れちゃったから。寝てる間に」


 えーと、つまり、俺は年上の女の人に裸を見られた?包み隠さず?いや、異性に見られること自体抵抗があるが…。


「何やってんだよ!?」


「だってあのままじゃ死んでたし…」


「それもそうだけどさ…」


 はぁ、とため息をつく。


 あれ?みんなは?


「あのさ、俺以外にも人はいなかったか?」


「私が見つけたのは、そこにいる女の子と君だけだよ?」


 シオンは奥の戸を指さす。


 時々、ザブザブと音が聞こえる。誰かが風呂にでも入っているのだろうか。


 すると、ガラリと戸が開き、中から見慣れた黄色い髪の少女が顔を出した。


「あの、服はどうすれば…って、お兄ちゃん、起きたんですか!?」


「またお前か…」


「あれ、君たち兄妹なの?」


「はい、愛し合った仲です!」と、ミナミはあることないこと話し出した。


「仲は悪くないが、愛し合ってはいないぞ」


「ふーん、仲いいんだね。あ、服なら…」


 シオンはタンスから着物を取り出し、ミナミに着せつけた。


「よし、これで完成!」


「ありがとうございます!」


 うーん、やはりどこか和風だよな、ここ。日本以外にもこんな国があったとは。


 もしかしたら、パラレルワールド…てやつとか?


 …魔法とかもある世界だし、有り得るかもしれない。


 もしも世界に魔法があったら…、とかそんな感じの映画があったっけ。


 すると、玄関の戸がガラリと開き、着物を着た女性が現れた。


「おい、シオン!面白いものが見れるぞ!」


「何?面白いものって、キクハ」


「なんか変なものをバンバン手から放つ奴らが喧嘩してるんだ!見ものだぞ!」


 男勝りな人だな。顔は整っていると思う。


 すると、こちらを見てキクハと呼ばれた女性はキョトンとした。


「シオン…隠し子か?」


「違うよ!今海辺で倒れてたから担いできたの!」


「そりゃ災難だ。おい坊主、嬢ちゃん!今から私のことはキクハ姐さんと呼んでもいいぞ!」


「はいはい、キクハさんでいいからね。ちなみに私と同い年」


「お前…!まぁいいか、キクハさんでもいいぞ!」


 いいんだ…でも、この人も悪い人ではなさそうだ。


「分かった、キクハ。よろしく」


「呼び捨てかよ…まぁいい。よろしくな、えっと…」


「イリヤ・ユウマだ。こっちはミナミ、妹だ」


「よろしくです、キクハさん!」


「お、嬢ちゃんは元気だな!」


 わざわざ名前を教えたのに嬢ちゃんって…。本人は気にしていないようだからいいか。あと、嬢ちゃんとか坊主とかそういう呼び方するような歳じゃないだろ、十八歳って。


「それより、さっきの話の喧嘩の場所、教えて貰ってもいいか?」


「お、なんだ坊主、興味あるのか?」


「もしかしたら、俺の知り合いかもしれない」


 そう、俺の中にはひとつ候補が上がっていた。恐らくそれは魔法だろう。ここには魔法の概念がないようだから、魔法を使える者はいないと見ていいかもしれない。


 そして、俺達は現在難破して散り散りになっている。抑制力がない今、喧嘩をしだすふたりといえば…!


「分かった、着いてこい、坊主!」


「ユウマだ!」


 俺とキクハは、勢いよく家を飛び出した!

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