転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第32話:バレンタインと惚れ薬

 1


 さて、今日は何の日かご存知だろうか?二月十四日。そう、バレンタインである!


 話は前日に溯る。


 私はアリス魔具店にて、過去に惚れ薬を買ったことがある。


 ターゲットはもちろん兄!私に惚れさせて、チヤホヤしてもらうのだ!


 と言っても、市販のチョコレートを型に流し込み、それに惚れ薬を投入し、魔法で固めるだけなのだが。


 惚れ薬を一滴垂らして、チョコによく混ぜる。ちょっと味見…、はしなくていいな。


 それ以前にこの世界にチョコレートってあったんだな。


 そこにまず驚いた。イマイチどの時代背景なのか分からない。ナリヘルン辺りの街並みから察するに、中世ヨーロッパかな?


「食べやすいように複数個に分けましょう」


 うん、食べる人にもちゃんと配慮しなくちゃね。


「これを食べるとお兄ちゃんが…、ふふふふふ…あはははは!」


 笑いが止まらない!ついに悲願が叶うのだ!


 あ、そういえば、アリスさんに使用法を訪ねた時、「食べた人は初めに目にした異性を好きになる」って言ってたな。


 その場で食べてもらうか。


 それからあんなことやそんなこと、こーんなことまで…。


 妄想だけでご飯三杯はいける!


 完璧だ、完璧すぎる!ニヤケが止まらない!


「待っててください、お兄ちゃん!」


「ミナミさん、どうかしましたか?」


 ビクリと肩を揺らし、振り返るとそこにはメアリーさんが居た。びっくりしたぁ…。


「えっ!?あぁ、メアリーさん。バレンタインチョコを作ってたんですよ」


「あぁ、もうこんな時期ですか」


 この世界にもバレンタインはあるんだな。にしても、最近色々あったな。


 この私でさえ、忙しすぎて大事なイベントを逃してしまう所だった。


「私も作るんです。一緒に作りましょう?」


「お兄ちゃん以外の方のものがまだ出来てないので、いいですよ!」


 その後、ティナさんとルキアさんを混ぜて、和気あいあいとチョコを作っていた。


 シュガーちゃんは…食べる専門かな?


 この惚れ薬は戸棚の奥に隠しておこう。


 この時は思ってなかった。まさかあんなことになろうとは…。


 さて、時系列を現在に戻す。


 三時頃、リビングの端の方に兄を呼び出す。


「はい、バレンタインチョコです!」


「お、おぉ、ありがとな」


「お易い御用です!」


 兄は包装紙を開け、中のチョコに目を向ける。


「美味そうだな」


 兄がチョコを口まで運ぼうとする。


 すると、シュガーちゃんがこちらを羨ましそうに見ていた。そう来ると思って、用意しておいたのだ。


「ちょーだい、私にもちょーだい」


「はい、これです…って、シュガーちゃん?」


「やったー」


 シュガーちゃんは兄のチョコレートの一個を取り、口に放り込む。


 …えっ!?


「あ、あの!こっちですよ!?」


 まずい、これはまずい!あぁ、どうすれば!?


「ユウマ…なんか変…体がポカポカする…暑い…」


「ちょ、シュガー!?」


 そう言うと、シュガーちゃんはお兄ちゃんに寄り添うように擦り寄る!


 当の兄はと言うと、チョコを口に入れたまま食べようともせずに、シュガーちゃんのことをぼーっと見てた。これって…まさか!?


「シュガー…俺もなんか変だ…」


「ユウマ…ギュッてして…して欲しいの…」


「うん…わかった…」


「だ、ダメです!お兄ちゃん、シュガーちゃん!しっかりしてください!」


 兄はシュガーちゃんのことをぎゅっと抱きしめ、二人は体を密着させていた。それを私は引き離そうとする。


 こんなこと、あってはならない!兄には私という存在があるのだから!


「ミナミ…邪魔するな」


『サイレント・スペース』


 シュガーちゃんが唱えると、私の周りにガラス板のようなものが展開した。


「ー!ー!?」


 声が出ない、音という存在が消えた?この空間だけ?


 外の二人の会話は聞こえてくる。


「続き…する」


「あぁ、シュガー…」


 すると、兄はシュガーちゃんのローブを脱がせた。私だってあんなことされてないのに!


「ー!ーー!」


 どんどんとガラス板のようなものを叩いても、ビクともしない。


「これで…火照りは…無くなったか?」


「まだ…何だか…切ない…」


「だったら…何をして欲しい?」


 シュガーちゃんは何も言わず、唇を少し尖らせ、目を瞑った。


 ちょ、ちょっと!?このままだとほんとにまずい!


 二人の唇の距離がどんどんと近くなっていく!そんな、そんなはずじゃなかったのに!


 …と、何やら兄の動きがピタッと止まる。何が起きたんだろう!?


「あれ、俺なんで…て!シュガー!?」


「ユウマ…どうしたの…?続き…しよ?」


「いや、何言ってんだよ!って、ミナミ!?新手のパントマイムか!?」


「ー!ー!」


 兄が正気に戻った!あとはシュガーちゃんだけ…!


 そういえばなんか惚れ薬開けた時、アルコールみたいな匂いがしたな。


 あ!まだあの二日酔いを治すポーションがあったかも!


 兄になんとか知らせないと!


「ー!ーーー!」


 声が出ないんだった…。兄がシュガーちゃんのアルコール臭に気がついてくれればいいんだけど…。


 もうこれは、兄に全てを託すしかないのか…?


 2


「ユウマ…なんで逃げるの?」


「落ち着け、シュガー!」


 なんなんだこいつ!目がなんか虚ろだし、妙にすり寄ってくる!


「ユウマ…好きぃ…」


「なんだよ、しっかりしろよ!」


「…しっかり?」


 シュガーは首を傾げる。ちくしょー何も聞いちゃいねぇ!


 すると、ミナミが何やらシュガーを指さした後、口を指さして何か言いたげにしていた。その後、俺をさしたあと鼻を指さす。


「ー!ー!ー!」


 口と鼻?口を嗅げってことか?


「はぁ…はぁ…」


「…ん?」


 なんかアルコール臭がする。ほんの少しだ。


 こいつ、もしかして酔ってるのか?


 だとしたら酔い止め!酔い止めを飲ませればなんとかなる!


「ユウマ…?どこ行くの?」


「二階に行くんだ。離してくれ」


「私も…行く」


 俺は何故か背中に抱きついて離れないシュガーを背負ったまま、二階に上った。


 そして俺とミナミの部屋へ向かう。


 確かこの戸棚に…!


「あった!シュガー、これを飲め!」


「ぎゅむっ!?」


 俺はシュガーの口に酔い止めを流し込む。


「ぷはー…、あれ?ユウマ、どうしたの?」


「戻ったのか?」


「戻ったって、何?」


「良かった…、いや、なんでもない」


 俺達はリビングに戻った。そこでは、相も変わらずパントマイムをしているミナミが居た。


「あ、これ魔法がかかってる」


「そうなのか?」


『ブレイク・マジックフィールド!』


 そう唱えた瞬間、ミナミとシュガーがぶっ倒れる。


 あれ?今日こいつ、二回魔法使ったっけ?


「あー、あー!声が出せます!」


「お前、何やってたんだ?」


 俺はミナミから一部始終を聞いた。なんか本人がベラベラと話してくれたため、おかげで俺の怒りがどんどんと溜まっていく!


「お前…、何しでかしてくれたんだ!」


「怒らないでください!」


 この状況で怒らない方がおかしいだろ!?こっちは何も知らされずに惚れ薬飲まされたんだぞ!?


「ユウマ、私は気にしてない」


「俺は気にしてるんだよ…」


「うぅ、ごめんなさい…」


 …本人は一様反省しているようなので、許してやるか。


「もうやるなよ?」


「はい…あの、お兄ちゃん!普通のチョコもありますから、受け取ってください!」


「…分かった、ありがとな」


 ミナミから貰ったそのチョコは、普通に美味しかった。


 3


 少し、昔の事を思い出していた。


 ご主人様は甘いものが好きだった。チョコレート、マシュマロ、その他もろもろ。


 いつの間にやら、私も甘くなってしまっていたのかも。


 甘くなって、甘えてしまって、だから恨まれたのだ。分かってる、悪いのは私だ。


 あの方々は悪くない。


 でもどうしてだろう、時々、ほんの一瞬、どうしようもないほどどす黒い感情が溢れてくる。


「メアリー、どうかした?」


「い、いや、なんでもないです…」


 私の隣に居たルキアさんが、私の前に回り込む。顔に出たかな?


「それならいいんだけどさ。何これ、薬?」


「あぁ…、なんか見た事あります。でも思い出せません…、触れぬが吉と言うやつじゃないですか?」


 ルキアさんは「そうだね」と言って瓶を元に戻した。


 私たちがキッチンの掃除をしていると、たまたま見つけた。ほんと、何の薬だったっけ?調味料じゃなかった気がする。


「…と、掃除終わりー!」


「お疲れ様です、紅茶とコーヒー、どっちにします?」


「今日はコーヒーだね、冷え込んでるし暖かいの頼むよ」


「はい、了解です」


 ルキアさんは確か、渋めのブレンドがお好みだったはず。


 私は右から二番目のコーヒー豆を取り出し、コーヒーを作る。


 ちなみに、右から順に甘くなっていく。ミルクや砂糖だけでは表現しきれない味わい、それを表現するために十種類ほどコーヒー豆を用意している。


 ティナさんも上手いけど、私だって負けてられないな。


 人によってコーヒーの入れ方に差があって、それで味の違いを楽しむのもまた一興だが。


「んー、この渋みがなかなかだね、それに、ホッコリするよー」


 ルキアさんは幸せそうな顔をする。私まで嬉しくなるなぁ…。


「良かったです、ルキアさんに喜んでもらえて」


 私はルキアさんに笑顔を見せた。


「にしても、昨日はなんか大変だったらしいね」


「そうですね、晩ご飯の買い出しに行っている間に何やら一悶着あったそうで」


 何も、シュガーさんが酔っていたのだとか。


 詳しいことは聞いてないけれど、昼間から酒を飲むような人じゃないと思うんだけど…。


「それにさ、最近物騒でしょ?魔王軍の活動が活発化してるし、それを止めるために天使も継承者を探してるって話だよ?どこから湧いたかもわからないような話だけどね」


「後者に至っては私たちには関係ないでしょう?」


「そうなんだけどね、言ってみただけ」


 天使か、少し憧れるな。他人のために尽力を尽くす、そんな生き方。


 ルキアさんは私が机に置いた買ってあったクッキーをひと口かじりし、それを見つめた。


「でもさ、いわゆるこの世界の気まぐれで決まるんでしょ?だったら、可能性はゼロじゃない」


「何億分の一ほどだと思いますがね」


「だったら、そのカードを引けばいい。ほら、これだってさ。チョコクッキーが中に入ってたでしょ?」


 見ると、確かにクッキーの中に薄いチョコクッキーがは入っている。


「これ、百個に一個入ってるくらいの確率なんだって」


「そうかもしれませんがその情報、信憑性にかけてませんか?」


「まぁ、でも空席なのは事実だし」


 ルキアさんはそう言いながらクッキーの残りを頬張った。


 でも、そうだよな。確率論にゼロはないから。数億分の一でも、数兆分の一でも、それはゼロではないのだから。


「あり得ると思います。星の数ある可能性を凌駕したら」


「だね」


 でも、今思った。私達は元魔王と行動を共にしている。つまり、天使と何れ対立する時が来るのではないだろうか。


 考えただけでも恐ろしい。私なんて、きっと抵抗虚しく撃沈してしまうだろうな。


 もしかしたら、時間の問題なのかもな…。


 4


 全く、ミナミのやつ、俺に惚れ薬に盛るなど、なんてことしてくれたんだ。


「大変だったそうじゃないか」


「まぁな、あいつの行動にはいっつも振り回される…」


 夜、俺はオルガの部屋で愚痴を零していた。なんだかんだ同性のやつとは話しやすいからな。


 コミュ障も改善に向かっているかもしれない。


 ティナもいたけど、そこは気にしない。


「それ含めてあいつのことが好きなんだろ?」


「はぁ!?そそそそそ、そんな訳ねぇだろ!?」


「照れるな照れるな、分かってるって」 


「何も分かってねぇだろ!?」


 オルガは適当に「はいはい、分かった、分かった」と俺の言葉を流していた。


「そろそろ行ってやった方がいいんじゃないか?ガールフレンドが寂しがるぞ?」


「ガールフレンドじゃねぇ、妹だ」


「それだけイチャイチャしてたら、もうカップルでいいんじゃないの?」


「してねぇし!イチャイチャなんて、してねぇし!?」


『どうかねー?』


 うわ、こいつら絶対信じてないわ。口調から察せる。


「うっせ、機械いじりも大概にしとけよ?」


「あぁ、この体になってからは痛覚も疲労も感じるようなったからな」


「進化なのか退化なのか分からないな、それ」


 まぁ、メアリーが見えるようになっている点や、温度や感覚が分かるようになった点においては進化と言えるのだろうが…。


 俺はガチャンとオルガたちの部屋のドアを閉める。


 そのまま、二階の廊下を歩き階段に最も近い部屋のドアを開ける。そこが俺たちの部屋だ。


「遅いですよ、お兄ちゃん!待ちくたびれちゃいました、もう伸びまくりです!」


「お前は麺類か」


「私が好きなのはアーメンです」


「サラッと神に祈ろうとするな」


 ミナミは目を閉じ、手を合わせて神に祈るキリスト教徒的な人々の真似をした。あの人たちは、たしか手に十字架を持っていた気がするけども。俺の偏見だろうか?


「何を祈ってるんだ?」


「お兄ちゃんに出会わせてくれたことに感謝してます」


「そうか…」


「俺もお前に出会えてよかった」なんてことは恥ずかしくて言い出せなかった。


 でも、いつか伝えることが出来るだろう。


 その時が来るまで、こいつは待ってくれるだろうか?


 俺は何も言えず、ミナミを見つめた。


「ん、どうかしましたか?」


「い、いや、なんでもない!」


 ミナミは不思議そうに見つめてくる。やめろ、そんな純粋な瞳で俺を見るな!


「それより、今日は本当にすいませんでした…」


「まぁ、大事には至らなかったからな。もうするなよ?」


「はい、今度は正攻法でお兄ちゃんをおとしにいきます!」


「はいはい、やれるものならなー」


 ミナミは「そう言っていられるのも今のうちですよ?そのうち、お兄ちゃんの方から告白させてあげます!」と言った。


 妹を彼女にするなんて、物語の中だけの話だと思ってたんだけど、この世界ではそれが許されてるらしい。


 それが、こいつがここまで猛アプローチしてくる理由である。


「さ、もう消すぞ?」


「はい、おやすみなさいです!」


 俺は電気を消し、布団に潜る。


 にしても、この世界に来てからもう半年くらい経ったのか。


 色々あったよな、ダンジョン行ったり、魔王幹部と戦ったり、アヴァロン行ったり、魔王幹部と戦ったり、王都に行ったり、魔王幹部と戦ったり。


 あれ?ロクな事なくない?


 でも、仲間はできた。メンツはカオスだけど、頼れる仲間が。


 俺が求めていたものは、どうやらこの世界でほとんどが手に入ったようだ。

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