転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第30話:冬の休暇と新装備
1
「ふぁー、眠い…」
俺はまだ覚めきらない頭を起こし、目をこする。ふと、隣から寝息と心地よさそうな寝言が聞こえる。
「むにゃむにゃ…、お兄ちゃん…」
「なんでお前はここで寝てる」
俺の妹、ミナミは俺と同様に眠そうに目をこする。若干はだけている寝巻き姿、虚ろな瞳を俺にむける。
「ふぁう…、おはようございます、お兄ちゃん」
そう言いながらミナミは俺に寄りかかってくる。冬でも暑苦しい時もあるんだが!?
「だぁぁぁ、暑苦しい!」
「いいじゃないですか、私と一緒に楽しい二度寝を…」
「して溜まるか!」
抱きついてきたミナミを無理やり引き剥がそうとする。
が、俺の貧弱な力では引き剥がすことは不可能だ。
クラスアップでステータスが上がってもこの程度かよ!元が貧弱だからか?
「とにかく、朝食を食べに行くぞ」
「私をご飯のお供に…」
「しないっての」
全く、ブレないなこいつ。俺が妹をご飯のお供にするとでも?いや、妹以外でもしないけど。
なんとか抜け出し、朝食に向かう。
「おう、ユウマ。起きたか」
「お前はなんで料理してる?」
「まぁ、このIHコンロの使い方とかも後で教えとかないと行けないからな。ついでにご飯も作っちゃえってわけさ」
「どんどんハイテク化されてくな」
「ほんと、凄いです!」
見ると、目玉焼きのようなものを作っているようだった。その横にあるのは…、トースターか?
「よし、完成っと。ユウマ、運ぶの手伝ってくれ」
「私も手伝います!」
「わふ!」
「なぁ、前から思ってたんだが、お前って腹話術とか得意なのか?」
「はぁ?」
突飛な質問に、俺は思わず情けない声を挙げる。なんだろういきなり、腹話術って。
「いや、だってどこからともなく女の声が…しかも、気のせいかと思ってたけど、この家に来てから怪奇現象多いし…てっきり魔法の類かと思ったんだが」
「あぁ、そういう事か…」
俺は察した。こいつには多分、メアリーの声は聞こえていたとしても実体は見えていないのだ。確かティナもそうだったはず。
「実はだな、このパーティには七人目のメンバーがいるんだよ」
「えっ…?」
ゴクリとオルガが唾を飲む。俺は怖い話風にメアリーとの出会いを話す。
「元々ここはだな、悪霊が住まう家って噂だったんだよ。周辺の家で怪奇現象が起きて、それを退治してくれって依頼でやってきたのが俺たちだ。そこで出会ったんだよ…、青白い肌の少女と、犬の幽霊にな!」
「ギャァァァァァァ!」
「ユウマさん!?」
「ふぇ!?」
いや、いくらなんでも怖がりすぎだろ。まだ目が覚めきっていなかったミナミがぱっちりと目を開く。
「び、びびびびびビビらせんなよユウマ、そんなんで俺がビビるとでも!?」
「いや、ビビらせるなって言ってる時点でビビってるだろ」
「はぁ…、はぁ…、とにかく、パーティメンバー全員が認識してないとさすがにまずいよな…、よし、後で新機能つけとくか」
「何だ、その新機能ってやつ」
「霊視機能だよ、科学を舐めるなよ。元々は心霊写真を撮るためのレンズに使われるんだけど、俺らサイボーグの目にも付けることは可能だからな」
なんだろう、その無駄なハイテク機能。なんでそこまでして心霊写真が撮りたかったんだろう。
「俺は、この目に見えないものが怖いんだよ。今まで幽霊となんて出くわしたことないし、この目で確認できたならそれはおまえら人間と同じようなものだ」
「そんなものなのかね…」
「私も、お二人に私の姿を見て欲しいです!」
「わふー」
「なんかその言い方語弊があるな」
「ち、違います!」
メアリーは手をブンブンと振って、必死に訴えている。
今更だが、俺の周りもだいぶん賑やかになってきたな。
ずっと、二人だった。妹と、ずっと。それ以外の人間なんて、ほとんどはいらないものだと思っていた。
望むのなら、もう取り返すことも出来ない二人の人間を戻して欲しいと思っていただけだった。
他人は、俺から大切なものを奪うだけだった。家族でさえ…。
でも、今は違う。
俺の周りにはあたたかい仲間が居る。口が悪くても、たまに愛が重すぎても、大好きな仲間だ。
面と向かっては言えないけれど、こんなに距離感が近いヤツらが何人も出来たのは初めてなのだから…。
「さぁ、飯にするぞ!」
「ふぁ、おはよー」
「朝から騒がしいわね…」
「んー、よく寝た」
「とにかく席に附け、では!」
みんなは手を合わせ、日本で当たり前のように言われていた言葉を口にする。
何も、俺達が普段口に出しているから、自分たちもって感じのノリだそうだ。
『いただきます!』
「わん!」
オルガの作った朝食は、頬が落ちる程に美味かった。
2
忘れてはいけないのだと分かっている。過去の傷跡を、あいつが俺に残していってくれたことを。
でも、それがどんどんと薄れていく、だんだんと掠れていく。ミナミのことを見ていると、「もうどうでもいい」とさえ思えてしまう。
人とは、いい思い出だけをよく覚え、悪い思い出は直ぐに忘れようとするらしい。
なら、俺がいつまでも過去のことを引きずっているのはどうしてなのだろう。
「お兄ちゃん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか…?」
ミナミは俺の顔を心配そうに見つめる。俺達は朝食を終え、部屋に戻っていた。
「ところでさ…」
「なんですか?」
「お前、日記とか書いてたよな、もう書かないのか?」
「何年前の話ですか?」
「あははは」とミナミははぐらかすように笑っている。
「いや、イグラットに来てからの話だけど…」
「み、見たんですか!?」
「あぁ」
「死にたい死にたい…」
「ミナミ!?」
ミナミは頭を抱え込んで、物騒なことを連呼していた。
一日だけの日記で、何騒いでるんだ?まぁ、この場合は俺に非があるのだが。
「あのさ、ミナミ。交換日記…、とかしないか?」
「へ?何故ですか?」
「その…、俺もお前の日記を見ちゃったし、俺も日記をお前に見せる必要があるんじゃないかって…」
「そういう理屈じゃないと思うんですけど…」
しばしの沈黙。
「い、嫌ならいいぞ!?」
「嫌なわけがないです!むしろ大歓迎です!」
「そうか…」
ミナミは日記帳を持ってきた。そして、タイトルに二重線を引き、『交換日記』と書き込んだ。
「まずはお兄ちゃんからです!」
「あまり期待するなよ」
「ほどほどに期待してます!」
ミナミはニヤリと笑った。さて、こちらもハードルを上げられた分、それを飛び越せるよう努力するか。助走で燃え尽きなければいいけど。
「お兄ちゃん、それはそれと今日は何かやることはないんですか?」
「ヒュドラインゴットってのがあってな。それと深きもの共の頭蓋片、ダゴンの爪先。王都から貰ってきた。これをロイトス兄妹の所へ持っていかないといけないんだよ」
「なんだかんだでかなりのレア素材を手に入れられてた見たいですしね。でも、どうして王都の鍛冶屋さんに頼まなかったんです?」
「贔屓してたらなんか割引とかしてくれるかもしれないだろ?」
「お兄ちゃん汚いです…」
ふん、ミナミ。お前は何も分かっていないな!
「あのなぁ、ここは異世界!冒険者なんて荒くれ稼業!どれだけ相手よりも上の立場に立てるかが重要なんだよ!手段なんて選ばない」
「完全にこの世界に順応してる!?いつの間にこんなに適応力高くなったんですか!?」
正直、ラノベとかの知識なのだが、この世界に来て実感した。
これはゲームじゃない。死ぬ時は死ぬし、生き返ることができたって痛みは脳裏に焼き付く。
生きるために手段は選ばない、当然のことだ。
「俺達はちまちま内職しにこの世界に来たのか?否!心躍る冒険!迫り来る強敵!そして、目覚める特殊能力!どうだ、燃えるだろ!」
「お兄ちゃん、なんかさっき言ってたことと話が違うし、私たちがこの世界に来たのってもう選択肢残されてなかったから、成り行き的な感じじゃ…」
俺は現実を突きつけてくるミナミの言葉を流し、ドアノブに手をかける。
「じゃ、俺は行ってくるわ、所詮綺麗事が大好きなミナミはここで待ってろ」
「わ、私も行きます!お兄ちゃんのためならこの身、全てを捧げます!」
「覚悟は…出来てるんだな?」
「はい、出来てます!」
 うむ、こいつはもう俺以上に覚悟が決まっているらしい。もう、止めることは出来ないな。
はて、俺はふと考えた。なんでこんな大事っぽくなったんだろう?ただ鍛冶屋に行くだけなのに…。
3
「おい、これどこで手に入れた?」
「すっごい…、初めて見た…」
俺とミナミはロイトス兄妹の所へ来ていた。
「倒した」
『倒した!?』
ステラとネージスが身を乗り出して問いかけてきた。
「鑑定スキルを使って見たけど、この鉱石凄いよ。物理耐性に加え、魔法無効…。その他の物資もかなり上玉だよ」
「これ、何倒したらこんな素材手に入るんだよ」
「アーマーヒュドラとポイズンダゴン、それと深きもの共だな」
『嘘つけ』
「嘘じゃない」
この二人が信じないのもわかる。アーマーヒュドラはシュガー達ですら封印するのが手一杯だったらしいから。
「ほんとですよ?元魔王幹部のリリスさんと、王都の騎士団の皆さんと一緒に倒しました」
「はっはっは!嘘ならもう少しマシな嘘を附け!」
「うふふ、そんなの嘘に決まってるよ。きっとどこかからくすねて持ってきたんだよ」
「それに、元魔王幹部?そんな奴が手を貸すわけ…」
「ない…、よね?」
二人は真剣そうな俺たちの顔を見つめ、顔を青くする。
「お前ら、生きてるよな!?」
「きっと死んでるんだよ、兄ちゃん…、アーマーヒュドラに殺されちゃってるんだ…」
「生きてるよ!」
「生きてます!」
二人はまだ信じてはいない様子。俺はギルドカードの討伐欄を見せる。ギルドカードは偽装出来ないらしいからな。
あ、よく考えたら俺たち既に死んでたわ。
「本当に倒してるな…、って、魔王幹部!?それも二人も倒してきたのか!?」
「正確には肉体を倒したってだけだったらしいけどな。まだ完全に倒せてはいないらしい」
「ほぼ他力本願でしたけどねー」
「おいおい妹よ。アーマーヒュドラを倒せたのは俺の機転のおかげだということ、覚えてないのか?」
「要するに悪慈恵が働いたってわけか」
ネージスとステラはもう信じてくれたらしい。
「そろそろ本題に入りたい」
「なんだ?」
「これを装備にしてくれ。あ、あと布地はこれで頼む」
俺はそう言いながらバックから王都の機織り師に織って貰った布地を渡した。
「ぽんぽんととんでもないものが出てくるな…。エレメンタルゴートの毛皮を織って作ったエレメンタルウール。使用者の魔力を高めるスグレモノだ。ステラ、頼めるか?」
「任せて、兄ちゃん。腕がなる」
「ステラは受付だけじゃないのか?」
「裁縫も私の担当。兄ちゃんは鍛冶以外できない」
この子、かなりスペックが高いらしい。整った顔立ち、それなりのコミュ力、そして裁縫が得意という女子力。
あれ?ほぼ完璧じゃね?あと、兄をディスるのはやめてあげて欲しい。
「で、どんな装備をご所望で?」
「とりあえず、ローブと服を一着。そして鎧を一着。あとは…、大剣を頼めないか?」
「後半はいいとして、前半はどうなんだよ、ここは服屋じゃないんだけど?」
「でも受け持ってくれるだろ?」
「当たり前だ」
「勝手に話を進めないで欲しいんだけど、まぁルナを貰った分の仕事はする」
「あ、あと鎧だけど、本人の身長に合わせて伸びたり縮んだりするの作れないか?」
あいつ、鬼人化した時にかなり体型が変わってたしな。全面的に筋肉が出たと思ったら、今度は萎んでしまった。使わないのが一番なんだろうが…、頼ることもあるかもしれない。
「サイズチェンジ加工か…、可能だけれど値は跳ね上がるぞ?」
「構わない」
金貨袋をカウンターの上に置く。ざっと五千ルナだ。その、サイズチェンジ加工ってのがどれだけ値が張るか分からないからな。
「これだけあればいいか?」
「当たり前じゃないか、交渉成立だ!おい、ステラ!今回は本気でいくぞ!」
「うん、兄ちゃん!これだけあればもやし生活脱却できるかも!」
「この人たちも苦労してるんですね…」
ミナミは二人に哀れみの視線を送る。一生懸命生きてるんだな、この二人。
ネージスは奥の部屋へ向かった。不意に、ステラが話しかけてくる。
「ちなみに、これ誰の?」
「ミナミに着せようと思ってる」
ステラは「ふーん」と言うと、何やらメジャーのようなものを持ってきた。
「図らせて。一人前の鍛冶屋とかだと、目視でも採寸できるみたいだけど、私には無理」
「分かりました!」
ステラはしゅるしゅるとミナミの胸元にメジャーを巻き付ける。
「ふにゃ!?」
「変な声出さないで」
「不可抗力ですよ…」
ステラはメモをとり、今度は腹に巻き付けた。
「んー、この歳にしては、少し太り気味かも」
「変なこと言わないでください!」
「少し運動したらどうだ?」
「お兄ちゃんには言われたくないです!」
ミナミは顔を赤らめる。当のステラは何処吹く風、メモを取ってから淡々とメジャーをミナミの腰に巻き付けた。
「終わったよ、お疲れ様」
「はぁ…、なんだかどっと疲れました…」
「じゃ、待ってて」
ステラは受付の椅子に座って裁縫を始めた。まずはチャコペンのようなもので下書き、そしてそれに合わせて切って行く。その間、ミナミはチールを鑑賞したり、頭に乗せたりしていた。
「かなり時間かかるのか?」
「こっちはそれほどじゃないけど、兄ちゃんの方は結構かかると思う」
「今更だが、話しかけて大丈夫か?」
「別にいい。にしても…、洗濯しても伸びないようになってる。よっぽどいい効果が付与されてるんだね」
チクチクと器用に縫い合わせていく。かなり速いスピード、これならそれほど時間がかからないと言うのも頷ける。
すると、ステラの手に取った布の色が初めは白だったのだが、青にどんどんと変わっていく。
「これも魔法か?」
「魔法の一種、少しくらいはオシャレしたいでしょ?」
「そうですね、お兄ちゃんの心をつかむにはオシャレも必要です!」
「だよね」
「だよねじゃねぇ…」
それから二十分程経った頃。
「完成」
「わぁ、可愛いです!早速試着します!」
「試着室で着て」
ミナミはその場で今来ている服を脱ぎ始めた!それをステラは宥め、試着室で着るように言う。
やがて、エレメンタルウールの装備一式を着たミナミがやってくる。スカートはおまけらしい。
「どうですか、似合ってますか?」
「うん、なかなかいいな」
白をベースにしたローブ、袖のあたりに若干青いフリルが着いている。
ミニスカートからも青いフリルが覗き、清潔感が漂う服装だ。着てる本人はどうか知らないけど。
ミナミはクルクルと回り、自分の姿を鏡で確認する。
「ところで、聞いてもいいか?」
「何?」
俺は、ひとつ疑問に思ったことがあった。
「お前らの両親、今どこにいるんだ?」
「そう言えば、3回来たのに一度も会ってませんね」
「母さんと父さんは旅をしてる。鍛冶師としての腕を上げるために。私たちはもう免許皆伝してるから、店任せられてる」
そうだったのか。もう他界してるとか言われたらどうしようとか考えてたが、そうではなくて何よりだ。
「そうか」
「ん」
それから約三十分時間を潰し、ようやっとネージスが出てきた。
「完成だ!ちょっとこっちへ来てくれ!」
俺達は奥の部屋へ通された。そこには、両手剣と、白い鎧があった。
「凄いな、こんな装備が作れるなんて」
「お前が頼んだんだろ?あと、頭蓋骨は錬金術で使えるみたいだから、専門のやつに頼めよ」
「あぁ、ありがとう」
ネージスはにっと笑って、「試しに着てみろ」と言った。
「動けねぇ…」
「結構重いからなぁ、でも、これくらいの鎧、セイバーなら普通に着てるぞ?」
「体鍛えないといけませんね、お兄ちゃん!」
「さっきの仕返しか」
ふと、俺は考える。これを運んできたのはミナミだ。
なら、運んできた本人なら着ることは出来るのではないか?
「ミナミ、ちょっとこれ着てみろ」
「え?まぁ、いいですけど」
ミナミは鎧を着込む。
「ちょっと重いかもですけど、動けないほどじゃないですよ?」
「マジかよ…」
「あと、お兄ちゃんの匂いがします」
「その感想は要らない」
すると、ネージスが心配そうに見てきた。
「お前、そんなの着て戦えるのか?」
「これを着るのは俺じゃない、ルキアだ」
「あぁ、あの子なら大丈夫だな、お前と違って体鍛えてるらしいし」
ミナミは鎧を脱ぎ、俺の方を見つめる。
「なんだ?」
「いや、お兄ちゃん。そんなに初心者装備で大丈夫なんですか?」
「また素材が集まったら作ってもらうさ」
「それまでに体鍛えないとですね」
「…考えておくか」
俺達は装備はミナミが着込み、大剣をバックに入れて鍛冶屋ロイトスを後にした。
「じゃあねー」
「さよならですー」
ミナミは手を振り、俺の方へ向き直り、にっと笑った。
「お兄ちゃん、早速ランニングです、荷物がある分アドバンテージはありますよ。屋敷まで競争です!」
「ちょっ、いきなり決めるな!」
結果は目に見えていた。もちろん、俺が負けたのである。
4
俺はルキアに鎧を渡した。案の定、苦でもなさそうに動き回る。ミナミはみんなに服を見て貰いに行った。
「これ、着れないの?」
「あぁ…、っておい、その目をやめろ、可哀想な人を見る目で俺を見るな!」
「一緒に筋トレする?」
「お前のはシンプルにキツそうだからやめておく」
「辛いことから逃げちゃダメだよ?」
「命の危険を感じるんだよ!」
現に、いまさっき家に帰るとこいつは片手で逆立ちをしつつ腕立て伏せのようなことをしていた。もうなんなのか分からないが、今の俺では逆立ちすら出来ないかもしれない。
「そう?普通だと思うんだけどなぁ」
「鬼の普通は人間の水準を遥かに上回ってるんだよ」
「まぁ、僕も普段あんなことやらないんだけどね、訛ってるから少しはハードなことやっとこうかなって思ったんだよ。今この瞬間に魔王軍が攻めてくるかもしれないしね」
「なんだよそのカオスな想像、考えたくもねぇよ」
でも、実際今まで二人ほどこの街にやってきたしな、もしかしたらそう珍しいことではないのかもしれない。
「あとは、この大剣だな。どうだ、使いやすいか?」
「んー、なかなか使いやすいね、試し斬り出来るものが近くにあればいいんだけど…」
「また今度だな」
「そうだね」
すると、今度は少し真剣な暗いトーンで話しかけてきた。
「ねぇ、僕たち、魔王幹部と戦ったんだよね?」
「あぁ、でもあれは本気じゃなかったって言ってたな。ヴィナスは知らないけど」
「本当に魔王軍に勝てるのかな…」
「こっちには天下の元魔王がいるんだぞ?七つの大罪も三人まで出揃った。多分あと四人くらいいるんだろうけど、それも時間の問題じゃないか?」
「そう…だよね、きっと大丈夫だよね!」
ルキアは先程のことは吹っ切れたように明るく言った。
「それと、あの力。いずれは頼ることになるかもしれない。制御できるように俺もできる限りの事はする」
「ありがとね、そんなことを言ってもらえるのは久しぶりだよ」
「じゃ、じゃあな!」
俺は急に恥ずかしくなり、足早に去ろうとした。
「自分で言ったのに照れてるの?」 
「う、うっせ!」
ルキアは少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
俺は少し考えた。今の戦力で、魔王軍に勝てるなんて思えない。最低でも一個大隊位は必要なのではないだろうか。その戦力をどうするか…。
そして、俺はまだこの世界について何も分かっていない。
ただ、『ヤマト』という国があるらしい。そこに行けば、何かわかるかもしれない。たまたま名前が一緒と言うだけのことかもしれないが行ってみる価値はあるだろう。
これからの課題は山ほどありそうだな。一つ一つクリアしていくか。とりあえず今の課題は…、交換日記に何を書くかだ。
翌日。
「お兄ちゃん、なんですか、この内容!」
「だって、こういうのって思ったこと書くのが普通じゃないのか?」
「だからって、これは酷いです!」
俺が日記に書いた内容は…。
『眠い』
「やり直しです!」
「分かったよ、書けばいいんだろ!」
俺はその横にしょぼんの顔文字を書き足した。
「これでいいだろ?」
「お兄ちゃん…」
ミナミはわなわなと震える。やばい、さすがにきれたか?
「とっても可愛いですね!」
「いやいいのかよ!?」
こいつの感性がイマイチ分からない。
「ふぁー、眠い…」
俺はまだ覚めきらない頭を起こし、目をこする。ふと、隣から寝息と心地よさそうな寝言が聞こえる。
「むにゃむにゃ…、お兄ちゃん…」
「なんでお前はここで寝てる」
俺の妹、ミナミは俺と同様に眠そうに目をこする。若干はだけている寝巻き姿、虚ろな瞳を俺にむける。
「ふぁう…、おはようございます、お兄ちゃん」
そう言いながらミナミは俺に寄りかかってくる。冬でも暑苦しい時もあるんだが!?
「だぁぁぁ、暑苦しい!」
「いいじゃないですか、私と一緒に楽しい二度寝を…」
「して溜まるか!」
抱きついてきたミナミを無理やり引き剥がそうとする。
が、俺の貧弱な力では引き剥がすことは不可能だ。
クラスアップでステータスが上がってもこの程度かよ!元が貧弱だからか?
「とにかく、朝食を食べに行くぞ」
「私をご飯のお供に…」
「しないっての」
全く、ブレないなこいつ。俺が妹をご飯のお供にするとでも?いや、妹以外でもしないけど。
なんとか抜け出し、朝食に向かう。
「おう、ユウマ。起きたか」
「お前はなんで料理してる?」
「まぁ、このIHコンロの使い方とかも後で教えとかないと行けないからな。ついでにご飯も作っちゃえってわけさ」
「どんどんハイテク化されてくな」
「ほんと、凄いです!」
見ると、目玉焼きのようなものを作っているようだった。その横にあるのは…、トースターか?
「よし、完成っと。ユウマ、運ぶの手伝ってくれ」
「私も手伝います!」
「わふ!」
「なぁ、前から思ってたんだが、お前って腹話術とか得意なのか?」
「はぁ?」
突飛な質問に、俺は思わず情けない声を挙げる。なんだろういきなり、腹話術って。
「いや、だってどこからともなく女の声が…しかも、気のせいかと思ってたけど、この家に来てから怪奇現象多いし…てっきり魔法の類かと思ったんだが」
「あぁ、そういう事か…」
俺は察した。こいつには多分、メアリーの声は聞こえていたとしても実体は見えていないのだ。確かティナもそうだったはず。
「実はだな、このパーティには七人目のメンバーがいるんだよ」
「えっ…?」
ゴクリとオルガが唾を飲む。俺は怖い話風にメアリーとの出会いを話す。
「元々ここはだな、悪霊が住まう家って噂だったんだよ。周辺の家で怪奇現象が起きて、それを退治してくれって依頼でやってきたのが俺たちだ。そこで出会ったんだよ…、青白い肌の少女と、犬の幽霊にな!」
「ギャァァァァァァ!」
「ユウマさん!?」
「ふぇ!?」
いや、いくらなんでも怖がりすぎだろ。まだ目が覚めきっていなかったミナミがぱっちりと目を開く。
「び、びびびびびビビらせんなよユウマ、そんなんで俺がビビるとでも!?」
「いや、ビビらせるなって言ってる時点でビビってるだろ」
「はぁ…、はぁ…、とにかく、パーティメンバー全員が認識してないとさすがにまずいよな…、よし、後で新機能つけとくか」
「何だ、その新機能ってやつ」
「霊視機能だよ、科学を舐めるなよ。元々は心霊写真を撮るためのレンズに使われるんだけど、俺らサイボーグの目にも付けることは可能だからな」
なんだろう、その無駄なハイテク機能。なんでそこまでして心霊写真が撮りたかったんだろう。
「俺は、この目に見えないものが怖いんだよ。今まで幽霊となんて出くわしたことないし、この目で確認できたならそれはおまえら人間と同じようなものだ」
「そんなものなのかね…」
「私も、お二人に私の姿を見て欲しいです!」
「わふー」
「なんかその言い方語弊があるな」
「ち、違います!」
メアリーは手をブンブンと振って、必死に訴えている。
今更だが、俺の周りもだいぶん賑やかになってきたな。
ずっと、二人だった。妹と、ずっと。それ以外の人間なんて、ほとんどはいらないものだと思っていた。
望むのなら、もう取り返すことも出来ない二人の人間を戻して欲しいと思っていただけだった。
他人は、俺から大切なものを奪うだけだった。家族でさえ…。
でも、今は違う。
俺の周りにはあたたかい仲間が居る。口が悪くても、たまに愛が重すぎても、大好きな仲間だ。
面と向かっては言えないけれど、こんなに距離感が近いヤツらが何人も出来たのは初めてなのだから…。
「さぁ、飯にするぞ!」
「ふぁ、おはよー」
「朝から騒がしいわね…」
「んー、よく寝た」
「とにかく席に附け、では!」
みんなは手を合わせ、日本で当たり前のように言われていた言葉を口にする。
何も、俺達が普段口に出しているから、自分たちもって感じのノリだそうだ。
『いただきます!』
「わん!」
オルガの作った朝食は、頬が落ちる程に美味かった。
2
忘れてはいけないのだと分かっている。過去の傷跡を、あいつが俺に残していってくれたことを。
でも、それがどんどんと薄れていく、だんだんと掠れていく。ミナミのことを見ていると、「もうどうでもいい」とさえ思えてしまう。
人とは、いい思い出だけをよく覚え、悪い思い出は直ぐに忘れようとするらしい。
なら、俺がいつまでも過去のことを引きずっているのはどうしてなのだろう。
「お兄ちゃん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか…?」
ミナミは俺の顔を心配そうに見つめる。俺達は朝食を終え、部屋に戻っていた。
「ところでさ…」
「なんですか?」
「お前、日記とか書いてたよな、もう書かないのか?」
「何年前の話ですか?」
「あははは」とミナミははぐらかすように笑っている。
「いや、イグラットに来てからの話だけど…」
「み、見たんですか!?」
「あぁ」
「死にたい死にたい…」
「ミナミ!?」
ミナミは頭を抱え込んで、物騒なことを連呼していた。
一日だけの日記で、何騒いでるんだ?まぁ、この場合は俺に非があるのだが。
「あのさ、ミナミ。交換日記…、とかしないか?」
「へ?何故ですか?」
「その…、俺もお前の日記を見ちゃったし、俺も日記をお前に見せる必要があるんじゃないかって…」
「そういう理屈じゃないと思うんですけど…」
しばしの沈黙。
「い、嫌ならいいぞ!?」
「嫌なわけがないです!むしろ大歓迎です!」
「そうか…」
ミナミは日記帳を持ってきた。そして、タイトルに二重線を引き、『交換日記』と書き込んだ。
「まずはお兄ちゃんからです!」
「あまり期待するなよ」
「ほどほどに期待してます!」
ミナミはニヤリと笑った。さて、こちらもハードルを上げられた分、それを飛び越せるよう努力するか。助走で燃え尽きなければいいけど。
「お兄ちゃん、それはそれと今日は何かやることはないんですか?」
「ヒュドラインゴットってのがあってな。それと深きもの共の頭蓋片、ダゴンの爪先。王都から貰ってきた。これをロイトス兄妹の所へ持っていかないといけないんだよ」
「なんだかんだでかなりのレア素材を手に入れられてた見たいですしね。でも、どうして王都の鍛冶屋さんに頼まなかったんです?」
「贔屓してたらなんか割引とかしてくれるかもしれないだろ?」
「お兄ちゃん汚いです…」
ふん、ミナミ。お前は何も分かっていないな!
「あのなぁ、ここは異世界!冒険者なんて荒くれ稼業!どれだけ相手よりも上の立場に立てるかが重要なんだよ!手段なんて選ばない」
「完全にこの世界に順応してる!?いつの間にこんなに適応力高くなったんですか!?」
正直、ラノベとかの知識なのだが、この世界に来て実感した。
これはゲームじゃない。死ぬ時は死ぬし、生き返ることができたって痛みは脳裏に焼き付く。
生きるために手段は選ばない、当然のことだ。
「俺達はちまちま内職しにこの世界に来たのか?否!心躍る冒険!迫り来る強敵!そして、目覚める特殊能力!どうだ、燃えるだろ!」
「お兄ちゃん、なんかさっき言ってたことと話が違うし、私たちがこの世界に来たのってもう選択肢残されてなかったから、成り行き的な感じじゃ…」
俺は現実を突きつけてくるミナミの言葉を流し、ドアノブに手をかける。
「じゃ、俺は行ってくるわ、所詮綺麗事が大好きなミナミはここで待ってろ」
「わ、私も行きます!お兄ちゃんのためならこの身、全てを捧げます!」
「覚悟は…出来てるんだな?」
「はい、出来てます!」
 うむ、こいつはもう俺以上に覚悟が決まっているらしい。もう、止めることは出来ないな。
はて、俺はふと考えた。なんでこんな大事っぽくなったんだろう?ただ鍛冶屋に行くだけなのに…。
3
「おい、これどこで手に入れた?」
「すっごい…、初めて見た…」
俺とミナミはロイトス兄妹の所へ来ていた。
「倒した」
『倒した!?』
ステラとネージスが身を乗り出して問いかけてきた。
「鑑定スキルを使って見たけど、この鉱石凄いよ。物理耐性に加え、魔法無効…。その他の物資もかなり上玉だよ」
「これ、何倒したらこんな素材手に入るんだよ」
「アーマーヒュドラとポイズンダゴン、それと深きもの共だな」
『嘘つけ』
「嘘じゃない」
この二人が信じないのもわかる。アーマーヒュドラはシュガー達ですら封印するのが手一杯だったらしいから。
「ほんとですよ?元魔王幹部のリリスさんと、王都の騎士団の皆さんと一緒に倒しました」
「はっはっは!嘘ならもう少しマシな嘘を附け!」
「うふふ、そんなの嘘に決まってるよ。きっとどこかからくすねて持ってきたんだよ」
「それに、元魔王幹部?そんな奴が手を貸すわけ…」
「ない…、よね?」
二人は真剣そうな俺たちの顔を見つめ、顔を青くする。
「お前ら、生きてるよな!?」
「きっと死んでるんだよ、兄ちゃん…、アーマーヒュドラに殺されちゃってるんだ…」
「生きてるよ!」
「生きてます!」
二人はまだ信じてはいない様子。俺はギルドカードの討伐欄を見せる。ギルドカードは偽装出来ないらしいからな。
あ、よく考えたら俺たち既に死んでたわ。
「本当に倒してるな…、って、魔王幹部!?それも二人も倒してきたのか!?」
「正確には肉体を倒したってだけだったらしいけどな。まだ完全に倒せてはいないらしい」
「ほぼ他力本願でしたけどねー」
「おいおい妹よ。アーマーヒュドラを倒せたのは俺の機転のおかげだということ、覚えてないのか?」
「要するに悪慈恵が働いたってわけか」
ネージスとステラはもう信じてくれたらしい。
「そろそろ本題に入りたい」
「なんだ?」
「これを装備にしてくれ。あ、あと布地はこれで頼む」
俺はそう言いながらバックから王都の機織り師に織って貰った布地を渡した。
「ぽんぽんととんでもないものが出てくるな…。エレメンタルゴートの毛皮を織って作ったエレメンタルウール。使用者の魔力を高めるスグレモノだ。ステラ、頼めるか?」
「任せて、兄ちゃん。腕がなる」
「ステラは受付だけじゃないのか?」
「裁縫も私の担当。兄ちゃんは鍛冶以外できない」
この子、かなりスペックが高いらしい。整った顔立ち、それなりのコミュ力、そして裁縫が得意という女子力。
あれ?ほぼ完璧じゃね?あと、兄をディスるのはやめてあげて欲しい。
「で、どんな装備をご所望で?」
「とりあえず、ローブと服を一着。そして鎧を一着。あとは…、大剣を頼めないか?」
「後半はいいとして、前半はどうなんだよ、ここは服屋じゃないんだけど?」
「でも受け持ってくれるだろ?」
「当たり前だ」
「勝手に話を進めないで欲しいんだけど、まぁルナを貰った分の仕事はする」
「あ、あと鎧だけど、本人の身長に合わせて伸びたり縮んだりするの作れないか?」
あいつ、鬼人化した時にかなり体型が変わってたしな。全面的に筋肉が出たと思ったら、今度は萎んでしまった。使わないのが一番なんだろうが…、頼ることもあるかもしれない。
「サイズチェンジ加工か…、可能だけれど値は跳ね上がるぞ?」
「構わない」
金貨袋をカウンターの上に置く。ざっと五千ルナだ。その、サイズチェンジ加工ってのがどれだけ値が張るか分からないからな。
「これだけあればいいか?」
「当たり前じゃないか、交渉成立だ!おい、ステラ!今回は本気でいくぞ!」
「うん、兄ちゃん!これだけあればもやし生活脱却できるかも!」
「この人たちも苦労してるんですね…」
ミナミは二人に哀れみの視線を送る。一生懸命生きてるんだな、この二人。
ネージスは奥の部屋へ向かった。不意に、ステラが話しかけてくる。
「ちなみに、これ誰の?」
「ミナミに着せようと思ってる」
ステラは「ふーん」と言うと、何やらメジャーのようなものを持ってきた。
「図らせて。一人前の鍛冶屋とかだと、目視でも採寸できるみたいだけど、私には無理」
「分かりました!」
ステラはしゅるしゅるとミナミの胸元にメジャーを巻き付ける。
「ふにゃ!?」
「変な声出さないで」
「不可抗力ですよ…」
ステラはメモをとり、今度は腹に巻き付けた。
「んー、この歳にしては、少し太り気味かも」
「変なこと言わないでください!」
「少し運動したらどうだ?」
「お兄ちゃんには言われたくないです!」
ミナミは顔を赤らめる。当のステラは何処吹く風、メモを取ってから淡々とメジャーをミナミの腰に巻き付けた。
「終わったよ、お疲れ様」
「はぁ…、なんだかどっと疲れました…」
「じゃ、待ってて」
ステラは受付の椅子に座って裁縫を始めた。まずはチャコペンのようなもので下書き、そしてそれに合わせて切って行く。その間、ミナミはチールを鑑賞したり、頭に乗せたりしていた。
「かなり時間かかるのか?」
「こっちはそれほどじゃないけど、兄ちゃんの方は結構かかると思う」
「今更だが、話しかけて大丈夫か?」
「別にいい。にしても…、洗濯しても伸びないようになってる。よっぽどいい効果が付与されてるんだね」
チクチクと器用に縫い合わせていく。かなり速いスピード、これならそれほど時間がかからないと言うのも頷ける。
すると、ステラの手に取った布の色が初めは白だったのだが、青にどんどんと変わっていく。
「これも魔法か?」
「魔法の一種、少しくらいはオシャレしたいでしょ?」
「そうですね、お兄ちゃんの心をつかむにはオシャレも必要です!」
「だよね」
「だよねじゃねぇ…」
それから二十分程経った頃。
「完成」
「わぁ、可愛いです!早速試着します!」
「試着室で着て」
ミナミはその場で今来ている服を脱ぎ始めた!それをステラは宥め、試着室で着るように言う。
やがて、エレメンタルウールの装備一式を着たミナミがやってくる。スカートはおまけらしい。
「どうですか、似合ってますか?」
「うん、なかなかいいな」
白をベースにしたローブ、袖のあたりに若干青いフリルが着いている。
ミニスカートからも青いフリルが覗き、清潔感が漂う服装だ。着てる本人はどうか知らないけど。
ミナミはクルクルと回り、自分の姿を鏡で確認する。
「ところで、聞いてもいいか?」
「何?」
俺は、ひとつ疑問に思ったことがあった。
「お前らの両親、今どこにいるんだ?」
「そう言えば、3回来たのに一度も会ってませんね」
「母さんと父さんは旅をしてる。鍛冶師としての腕を上げるために。私たちはもう免許皆伝してるから、店任せられてる」
そうだったのか。もう他界してるとか言われたらどうしようとか考えてたが、そうではなくて何よりだ。
「そうか」
「ん」
それから約三十分時間を潰し、ようやっとネージスが出てきた。
「完成だ!ちょっとこっちへ来てくれ!」
俺達は奥の部屋へ通された。そこには、両手剣と、白い鎧があった。
「凄いな、こんな装備が作れるなんて」
「お前が頼んだんだろ?あと、頭蓋骨は錬金術で使えるみたいだから、専門のやつに頼めよ」
「あぁ、ありがとう」
ネージスはにっと笑って、「試しに着てみろ」と言った。
「動けねぇ…」
「結構重いからなぁ、でも、これくらいの鎧、セイバーなら普通に着てるぞ?」
「体鍛えないといけませんね、お兄ちゃん!」
「さっきの仕返しか」
ふと、俺は考える。これを運んできたのはミナミだ。
なら、運んできた本人なら着ることは出来るのではないか?
「ミナミ、ちょっとこれ着てみろ」
「え?まぁ、いいですけど」
ミナミは鎧を着込む。
「ちょっと重いかもですけど、動けないほどじゃないですよ?」
「マジかよ…」
「あと、お兄ちゃんの匂いがします」
「その感想は要らない」
すると、ネージスが心配そうに見てきた。
「お前、そんなの着て戦えるのか?」
「これを着るのは俺じゃない、ルキアだ」
「あぁ、あの子なら大丈夫だな、お前と違って体鍛えてるらしいし」
ミナミは鎧を脱ぎ、俺の方を見つめる。
「なんだ?」
「いや、お兄ちゃん。そんなに初心者装備で大丈夫なんですか?」
「また素材が集まったら作ってもらうさ」
「それまでに体鍛えないとですね」
「…考えておくか」
俺達は装備はミナミが着込み、大剣をバックに入れて鍛冶屋ロイトスを後にした。
「じゃあねー」
「さよならですー」
ミナミは手を振り、俺の方へ向き直り、にっと笑った。
「お兄ちゃん、早速ランニングです、荷物がある分アドバンテージはありますよ。屋敷まで競争です!」
「ちょっ、いきなり決めるな!」
結果は目に見えていた。もちろん、俺が負けたのである。
4
俺はルキアに鎧を渡した。案の定、苦でもなさそうに動き回る。ミナミはみんなに服を見て貰いに行った。
「これ、着れないの?」
「あぁ…、っておい、その目をやめろ、可哀想な人を見る目で俺を見るな!」
「一緒に筋トレする?」
「お前のはシンプルにキツそうだからやめておく」
「辛いことから逃げちゃダメだよ?」
「命の危険を感じるんだよ!」
現に、いまさっき家に帰るとこいつは片手で逆立ちをしつつ腕立て伏せのようなことをしていた。もうなんなのか分からないが、今の俺では逆立ちすら出来ないかもしれない。
「そう?普通だと思うんだけどなぁ」
「鬼の普通は人間の水準を遥かに上回ってるんだよ」
「まぁ、僕も普段あんなことやらないんだけどね、訛ってるから少しはハードなことやっとこうかなって思ったんだよ。今この瞬間に魔王軍が攻めてくるかもしれないしね」
「なんだよそのカオスな想像、考えたくもねぇよ」
でも、実際今まで二人ほどこの街にやってきたしな、もしかしたらそう珍しいことではないのかもしれない。
「あとは、この大剣だな。どうだ、使いやすいか?」
「んー、なかなか使いやすいね、試し斬り出来るものが近くにあればいいんだけど…」
「また今度だな」
「そうだね」
すると、今度は少し真剣な暗いトーンで話しかけてきた。
「ねぇ、僕たち、魔王幹部と戦ったんだよね?」
「あぁ、でもあれは本気じゃなかったって言ってたな。ヴィナスは知らないけど」
「本当に魔王軍に勝てるのかな…」
「こっちには天下の元魔王がいるんだぞ?七つの大罪も三人まで出揃った。多分あと四人くらいいるんだろうけど、それも時間の問題じゃないか?」
「そう…だよね、きっと大丈夫だよね!」
ルキアは先程のことは吹っ切れたように明るく言った。
「それと、あの力。いずれは頼ることになるかもしれない。制御できるように俺もできる限りの事はする」
「ありがとね、そんなことを言ってもらえるのは久しぶりだよ」
「じゃ、じゃあな!」
俺は急に恥ずかしくなり、足早に去ろうとした。
「自分で言ったのに照れてるの?」 
「う、うっせ!」
ルキアは少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
俺は少し考えた。今の戦力で、魔王軍に勝てるなんて思えない。最低でも一個大隊位は必要なのではないだろうか。その戦力をどうするか…。
そして、俺はまだこの世界について何も分かっていない。
ただ、『ヤマト』という国があるらしい。そこに行けば、何かわかるかもしれない。たまたま名前が一緒と言うだけのことかもしれないが行ってみる価値はあるだろう。
これからの課題は山ほどありそうだな。一つ一つクリアしていくか。とりあえず今の課題は…、交換日記に何を書くかだ。
翌日。
「お兄ちゃん、なんですか、この内容!」
「だって、こういうのって思ったこと書くのが普通じゃないのか?」
「だからって、これは酷いです!」
俺が日記に書いた内容は…。
『眠い』
「やり直しです!」
「分かったよ、書けばいいんだろ!」
俺はその横にしょぼんの顔文字を書き足した。
「これでいいだろ?」
「お兄ちゃん…」
ミナミはわなわなと震える。やばい、さすがにきれたか?
「とっても可愛いですね!」
「いやいいのかよ!?」
こいつの感性がイマイチ分からない。
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