転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第11話:冬の到来と平穏な日常

 1


 ついに冬がやってきた。


 確かにこの町の冬はかなり冷え込んでいた。例えるなら、冬の北海道くらいだろうか。


 俺たちはあの洞窟ダンジョンの攻略報酬と、魔王軍幹部の討伐報酬で冬越しに必要な最低限の金額を稼ぐことに成功した。


 いや、正確にはもっと稼いだ金額は多かった。だが、例のごとくルキアの剣と盾を修復し、かなりの金が吹き飛んだ。


 正直、買い替えた方が安かったのだが、兄の形見らしいので、どうしてもと言って聞かなかったので、修復という形になった。


 そして金がなくなった原因はもう一つ、そうミナミとシュガーのせいである。


 あいつは未成年のくせに酒を飲み、泥酔した勢いでギルドにいた冒険者全員に対して飯をおごり、金がまたもや飛んで行ったのだ。


 シュガーとミナミは翌日からひと月酔いが酷く、今はそれに効く薬を探すため、未だ頭痛が酷いシュガーと共にアリス魔具店にやってきた。


「お前、きついなら屋敷で寝てろよ。俺が買ってきてやるから」


「だ、大丈夫…う、頭が…」


「シュガーさん、本当に大丈夫ですか?」


 あの後日、俺はアリスと契約をした。と言っても大したことではない。今回、アリスは文句なしのMVPだった。


 というか、本人は定休日と言っていたが、後々わかったことが一つ。その日は普通に営業日だったのだ。俺たちは完全に営業妨害をしてしまっていた。


 本人が言っていたから仕方ないといえば仕方ないのだが、結果はそれと変わらない。


 そういう訳で、『少しばかし店の売り上げに貢献する』というのが契約の内容だ。おっと、俺が厨二病な訳じゃないからな。


 簡単に言うと、クエストで必要なものはなるべくこの店で調達する、という内容だ。


「えっと…二日酔いに効く薬は…。これか?」


「あ、それは触れたものを一瞬で毒状態にしてしまうポーションですよ」


 俺は手にとっていた容器をすぐに段に戻した。


「なにこのポーション、モンスターにでも投げつけるのか?」


「いえ、モンスターには効かない成分ですよ、自殺用です」


 なんでこんな危険なものが町の魔具店に置いてあるんだろう。ふとその上に貼ってあった張り紙を見ると、


『自殺コーナー あなたにふさわしい死に方がきっと見つかるはず』 


 なんなのこの店…。


「なんだよこの自殺シリーズって!こんなのあっても誰も買わねーよ!」


「このシリーズ、店の売り上げ第1位ですよ!?」


「だったら他にどんなのがあるんだよ、マシなのあるのか?」


「えー、他にはですね…」


 そう言うと、アリスは商品棚の中から一つのポーションを取り出した。


「なにこれ?」


「服用者を十秒後に爆発させるポーションです」


「やはりロクなのないな、ただの特攻じゃねーか!もういい。早く二日酔いに効く薬を持ってきてくれ」


「あぁ、それならもうこちらに用意していますよ」


 そう言うと、アリスはカウンターに戻り、ポーションを取り出し、そしてそのポーションを、俺に差し出した。


「お前なんですぐに渡さなかったんだよ!」


「い、いえ、すぐに渡すつもりだったんですが、先にユウマさんが『自殺コーナー』に向かってしまいましたから」


「は、早く薬…」


 2


 アリス魔具店のポーションは、変わったものもあったが、その効果はあるようだ。


「このポーションを飲ませた後、一晩寝かせてあげると、翌日には元気になりますよ」


 と言われたため、半信半疑で二人に飲ませてやると、翌日には完全に回復していた。これでまた金が飛んだ。もうなるべく出費はしたくない。


 今日くらいはゆっくりとくつろぎたいものだ。俺は、ダイニングの椅子に座り、ルキアと談笑していた。


 まぁ、これが談笑かは分からないが、クッキーと紅茶を飲みながら話していると、談笑と言えるだろう。なんかセレブ感出るし。


「ところでルキア、一つ聞きたいことがあるんだが」


「うん、いいよ。なんでも聞いて」


 俺には、最近一つ気にかかることがあった。今日は、それをアリスに聞きそびれたため、この世界のことに少なくとも俺以上に知っているルキアに聞いてみようと思ったのだ。


「魔王軍はルーンが来る前、攻めてきたか?」


「いや、僕もルーンが初めてだったんだ。でも変だよね、僕六年くらい前からこの町で過ごしてるんだけど、ここ何ヶ月かで魔王軍に二回もあってるんだよ?」


「さ、最近は魔王軍も動きが活発なんじゃないか?」


「そうなのかな?」


 俺には大体の検討はついていた。


 ルーンがここにやってきたのは、単純に町を魔王軍の配下に収めるためだろう。


 それだからシュガーに返り討ちにあった。だからマキュリは、あの洞窟でシュガーのことを警戒して、戦力を整えるつもりだったんだろう。


 でも、あいつらはシュガーになんの反応も示さなかった。


 情報が少なすぎたのだろうか?だが、あいつらはこの街から手を引かなかった。


 今回の件ではアリスが活躍していたため、元魔王幹部が居ることは突き止められただろう。


 固有魔法は、強力で一人しか習得できない。逆に言えば、その魔法を発動させれば、すぐに正体を掴まれてしまうということ。


 次は、アリスを潰しに来るかもしれない。その可能性は限りなく高い。普通、脅威はすぐにでも消したいはずだからだ。


「聞きたいことってそれだけ?」


「いや、もう一つある」


 俺は正直、この質問をするのが怖かった。仲間が一人抜けてしまうかもしれないからである。


「お前も何度か見ただろう、シュガーの魔法。あいつの魔法は上級魔法ばかりだ。そんな逸材を、魔王軍が生かしておくはずがない。何度も攻撃して来るだろう。危険な目にあうかもしれない。実際、二回ともいつ死んでもおかしくなかった。お前も…俺も。だから、危ない間に合うとわかっていても、お前は俺たちと、一緒に戦ってくれるか?」


「いいよ、君たちは僕を受け入れてくれたからね。確かに危ない目には合うかもだけど、それは君も同じでしょ?君はそこまで腹をくくってるんだったら、僕も一緒に戦うよ。それに…」


 その次の瞬間、ルキアの口からとんでもない言葉が飛び出した。


「僕、シュガーのこと元魔王って知ってるから。流石に実際は会ったことはなかったけど」


「…え?」


 俺の脳は一瞬思考を停止した。それと同時に、冷や汗がダラダラと流れ始めた。


「マジで?」


「本当だよ。正確には、シュガーのお兄さんと、僕の兄が知り合い…というか同じパーティでね。もともとそのお兄さんが魔王だったみたいだけど、なんか仕事がめんどくさくなって、妹のシュガーに継がせたって話だよ。あぁ、これは兄から聞いた話だからね。本当、初対面の時は顔には出してなかったけど、驚いたんだよ?半信半疑だったけど、ルーンの時の大魔法を見たときに確信したよ。この娘が、あのとき兄が話してた娘なんだなって」


「なんだよ、全て知ってたのか。ま、俺も半信半疑だな。まだ魔法と、元幹部しか魔王だったって証拠がないからな。じゃあ、これからもよろしく…って事でいいのか?」


「大体は察してたから、全く大丈夫だよ。こちらこそだね!」


 俺たちは熱い握手を交わした。成り行きでこうなってしまったが、年の近い異性と握手をするのは、あまり慣れていなかった。


 というか、これ本当に談笑と呼んでいいものなのだろうか?


 3


 その日の夜、俺たちはルキアがシュガーの正体に気づいていたことについて話した。


 もうこの際に、メアリーにも知っておいてもらおう。新たなパーティメンバーにも、もうこれからは話そうと思っている。


「えぇ?シュガーさん、魔王様だったんですか!?」


「そう、黙っててごめん…」


「い、いえいえちょっと驚いただけですよ。でも、魔王様かぁ…そんなすごい人が近くに、それに一緒に過ごせるなんて」


「あれ、なんでもっと驚かないんだ?」


「それはですね、シュガーさんは魔王の中でも、一番無害な魔王と呼ばれるくらいですから」


 なんでこんなことを知っているんだろう。生前の情報か?


「なんです?その『無害な魔王』って」


「シュガーさんは何もしませんでした。ただ魔王城に篭り、ひたすら魔法の研究に明け暮れていた、と聞きます」


「ちなみにその情報、どこから流れてきたんだ?」


「言ってませんでしたっけ?前の私のご主人様は、少し魔王関連の仕事をしていました。その時言っていたんです。『彼女が魔王でいるうちは、平和が続くだろう』と」


「私そんなふうに思われてたんだ」


「お前も気づいてなかったのかよ…ていうか、そういう事は早く言ってくれ。てことはメアリー、お前も俺たちと一緒に戦ってくれるのか?」


「はい、現在のご主人様はユウマさんですので、ご命令とあらば。それに、良くして頂いた前ご主人様の恩返しでもありますので」


 俺は正直、もっと悪い反応が待っていると考えていたのだが…。まぁ、良い返事ほど嬉しいものはない。


「じゃこれからもよろしくって事で良いのか?」


「はい、クエストで役に立つかはわかりませんが、よろしくです」


「わふっ!」


 ナイトも尻尾を振っていた。こいつも協力してくれるのか…?


 4


 寝室にて、俺は寝る前にオセロやボードゲームをやるのが日課だ。いつもはシュガーやルキアとしているが、今日は皆寝てしまったらしく、仕方なくミナミとやっていた。


「ボード・リバース!」


「お前それ反則だって言っただろ!もうやめだ、やめ!!」


「ま、あと一回の約束でしたし、別に良いですよ。そんなことより…」


 そう言いかけたところで、ミナミは俺の方をしみじみと見つめた。


「なんだよ、俺の顔に何かついてるか?」


「いえ、ただ…変わったんだなって。お兄ちゃん」


 こいつらしくない発言だ。いつもはあんなに変態発言ばかりしているのに、どうしてだろうか。


「どこが変わったんだ?この俺が」


「変わりましたよ、お兄ちゃんは。よく笑うようになりました」


 そう聞いた瞬間、一気に顔が熱くなった。必死に顔を手で覆う。


「恥ずかしがることでは無いですよ。笑うのは良いことです」


「う、うるさい!早く寝ろ!」


「じゃあ、お兄ちゃん。今のパーティは、嫌いですか?」


「…そんなこと、ないに決まってんだろ」


 そういうと、ミナミはクスッと笑った。
「な、何かおかしいか!?」


「いや、ただ前までのお兄ちゃんなら、『他人と関わるなんて、ただ時間を浪費するだけだ』なんて言いそうだなと思っただけです。今のパーティが嫌いじゃないってことは、今のパーティメンバーと話している時間は無駄じゃ無いってことですよね」


「…あぁ、そうだな…俺、変わったんだな。そのうちみんなも変わってくんだろうな…」


 なんとなく暗い気分になる。あれ、前までの俺って、他人に変わって欲しく無いなんて思ったっけ?


「そうですね。でも、人は急には変わりませんよ。それに、変わったとしても共に過ごした日々はきっと忘れません」


「ふっ、お前らしからない発言だな」


「う、どういう意味ですか、それは!?」


「なんでも無いさ」


 そして、俺はミナミに届くか届かないかの小さな声で、


「ありがとな」


 と呟いた。


「ん、何か言いましたか?」


「なんも言ってないぞ、じゃ、おやすみ」


「んー、気のせいですかね?じゃ、おやすみです」


 俺はランプの灯りを消した。そして、ふとミナミの話していた言葉が頭を横切った。


「変わりましたよ、お兄ちゃんは。よく笑うようになりました」


 俺は前まで、どのような性格だったのだろう。そして、妹から見て変わっていく兄は、どう見えたのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、俺は眠りについていた。

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