転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第1話:変人兄妹と異世界転移
1
冷えた風が体を包む、今日は8月4日。俺、入屋悠馬は夏休み真っ只中なのだ。課題は、 まぁ半分くらいは終わらせている。
ということで、本日も日課であるネットサーフィンをしていた。先日までは、どこからかミサイルが飛んでくるだとかなんだかで盛り上がっていたのだが、ディスプレイにでかでかと映されたのは、高校野球の特集記事のようなものだった。が、俺は全くと言っていいほどどうでもいいものだった。
ひと段落ついた俺は目を休めるようにゆっくりと閉じ、そして目を開ける。隣にあるクーラーボックスから一本のサイダーを取り出す。
そしてふとディスプレイをみると、完全にアダルティックな、煽情的な、なんともいかがわしい広告が画面を完全に占領していたのだ。
「なんだよこれ…」
俺はそんなことをぼやきながらボトルの蓋を開ける。プシュッという音と、中に押し込まれていた空気とともに、甘い匂いが俺の鼻腔を刺激する。
思わず息を飲むと、いまだ小さな音を立てる水を一気に口に流し込む。
喉の奥で泡が弾け、身体の全体に炭酸水が染み渡るような感覚に襲われる。まるで乾き切った砂漠に、一滴の水が染み込むような…!
「最高…!」
ボキャ難な俺の口からはこんな言葉しかで なかった。だが、もうこの一言で十分だろう。
炎天下で口にすればさらに美味いのだろうが、 俺はサイダーのためであろうと、あのサウナのような空間には決して行きたいとは思えない。
 二口目を飲み込もうとペットボトルを口に当てようとした瞬間、不意にドアが開け放たれた。
「...お兄ちゃん、何やってるんですか…?」
「...はぁ?」
俺は一瞬、妹・美波の質問の意味が分からなかった。
とりあえず、ペットボトルを置き、妹の方に向き直る。俺がいつも暇な時、ネットサーフィンをしているのは知っているはずだ。
実際、前にもこのようなことはあった。だが、今回は少し違う。なんというか、声色から察していたが、妹の顔を見ればそれは明らかなものだった。
 ...目が怖い。うん、これあれだ。俗に言う、死んだ魚のような目とか、ゴミを見るような目とかそういう類だわ。
「…エト、ドウイウゴヨウケンデショウカ…?」
意味もなく、カタコトになる。いや、意味は明らかだった。目が怖い。まじで怖い。
美波は、いつもはかなり明るく、人懐っこい性格なのだ。そして、なぜか俺に必要に付きまとう。
まぁ、簡単に言うとブラコンなのだ。 15歳になっても本気で兄と結婚できると思っているあたり、かなり重度だと思う。
ということで、今俺の前にて死んだ魚のような、もしくはゴミを見るような目をしているのは、 全く知らない赤の他人である。そう信じたい。というかそう信じさせてください!       
と、そんなことを思い、脳内の出雲大社あたりで両手を合わせ、土下座で祈願していると美波がこれまた不意に手をあげ、攻撃モーションのようなものを見せた。
もうこうなればリアル土下座するしかない。さもなくば、顔面パンチもしくは腹パン、さらにはアイアンクローでもしてくるかと身構えていると、人差し指を立てた。
妹のこれまた突飛な行動に、俺の思考は完全においていかれた。 
「...それ、なにですか?」
指差した先には、先程まで操作していた デスクトップパソコン。その画面だった。
そして、全て繋がった。
妹が、どのような要件できたのかは知らないが、 兄がおもむろに煽情的な画像の前で一言、「なんだよこれ」だとか、「最高!」だとかと口にすれば、どんな人でもゴミを見るような目になるだろう。とにかく、美波の誤解を解かねばならない。
というか、はやくこの広告を消さねば!そう思って勢いよく振り返って、マウスを握り締めようとした瞬間、手の甲に嫌な感覚が疾る。サイダーのキャップを閉め忘れていたことに気がついたときには、もう手遅れだった。
スローモーションのように、ペットボトルが傾き、その中からまだ飲みきっていなかった炭酸水が、マウスとキーボードに降り注ぐ。
その瞬間、俺の思考は完全に停止した。
 
「お兄ちゃん!ティッシュ、ティッシュ!」
 俺の思考が再起動したのは、妹にそう言われた直後だった。
2
美波の誤解は解いた。だが...。
「わぁーーー!俺のライフラインがぁーーーー!!!」
キーボードとマウスは、静かに息を引き取ってしまった。俺は、完全に心をへし折られた。
というか、完全に自滅だ。すぐにあの広告を消していたら、ペットボトルの蓋をきちんと閉めていたら、このようなことには決してならなかったはずだ。
すると、美波は少し顔をうつ向けながら、申し訳なさそうに言ってきた。
「…あのぉ…」
「…なんだよ…」
正直、立ち直れない。本体に影響がなかったのは幸いだが、なにも動かないなら意味が無い。
「すいませんでした。わたしのあらぬ誤解で、このような事態に…」
美波の目には、うっすらと涙が滲んでいた。
「いや、お前のせいじゃないから、気にすんなよ。壊れた機材なら、また買い換えたらいいしさ。だから…」
「…本当ですか…?」
美波は涙を滲ませ、鼻声でこちらに返すと、上目遣いでこちらを見た。これは、思っていた以上に、自分に責任を感じているらしい。 
「ああ、だからマジで気にすんなって。美波は悪くないから!悪いのは俺だから!」
いつのまにやら、俺はpcそっちのけで、妹を全力で慰めていた。 
「だってさ、ほら通販で頼んだらいいんだよ。 そしたら明日にでも…」
徐々に声のトーンを落としていく。そうだ。 キーボードとマウス壊れてるから、操作一つもできない。それを察したのか、また美波の目から大粒の涙が頬を伝いだした。 
「うぅ、やっぱり私が…」 
「あぁ!そうだこういう時は携帯で…」
またもや声のトーンを落とす。携帯は、ほぼゲームしかしていないので、携帯そのものの知識は、素人に毛が生えたようなものなのだ。
それに、妹は携帯は持っていない。パソコンは動画を見ることにしか使わない。という、完全に八方塞がりの状況であった。
それなら、俺が妹のパソコンを使って注文すれば良いのだが、idや、パスワードがわからないらしいので、この方法も無理である。
妹のパソコンはノートパソコンのため、マウスはどうにかなっても、キーボード が取り外しできないためこれも却下。
二人で一つのパソコンを使うという手もあるが、さすがにオンラインゲームのデータが全て無くなるのは嫌である。
なら、引き継ぎをすればいいという話だが、そこはノートパソコン。容量が少ない上、画面はあの広告のままぴくりとも動かないし、引き継ぎコードのメモも取っていない。
もう最終手段だ。これだけは使いたくなかったが…。
「はぁ...」
俺がため息をつきおもむろに立ち上がると、美波はビクッと肩を揺らし怯えきった表情で俺を見た。まるで、肉食動物に睨まれた小動物のように。
「…どうしたんですか…?」
「いや、ちょっとデパートに機材買いに行こうと思ってな。もうこれしか手はないだろう?お姉さんは仕事だし」 
「えっ…なら、私が買いに行きましょうか? 元はと言えば全て私のせいですし…」 
「あれはお前のせいじゃないって言ったろ。 それに、自分の機材だ。自分で買いに行く」 
「そ、それなら!」
ついさっきまで、とんでもなく落ち込んでいた美波が、いきなり言い寄ってきた。 
「な、なに?」
俺も思わず後ずさり、椅子の背が、机にぶつかる。 
「私もついていきますよ!せめてもの罪滅ぼし として!」
「いや、お前は何にも悪くないって…」
そういっていると、美波が食い気味に、
「ダメ…ですか…?」
これまた、上目遣いで申し訳なさそうに言ってきた。少々ときめいてしまった俺の童貞の性欲をねじ伏せ、向き直る。
「わかった。じゃ、一緒に行くか」
そういうと、美波は眩しいほどの笑顔をみせた。
「はい、喜んで!」
またもや妹にときめいてしまった俺の心は、もうダメかもしれない。 
3
茹だるような蝉の声、アスファルトに揺らめくカゲロウ。報酬がサイダーならばごめんだが、俺のライフラインの復旧ともなれば話が早い。 
ただ…、
「あぁ~ちょー熱い~地球温暖化のせいか~? なんでこんなあついんだよ~」 
「ちょっとお兄ちゃん、喋らないでください。余計温度が上がりますから~」 
「ちょっと喋っただけで温度は上昇しねーよ~あ~ちょー熱い~」
俺たち入屋兄妹のsan値は限界を迎えていた!
簡単に話すと、暑すぎた。最高気温40度なんてざらなこの炎天下の中、約5キロを徒歩で移動なんてそんなことバカでもしないだろう。  
だが、こちらはpcバカとブラコンバカ。どちらも筋金入りの大バカであり、報酬にしか目がないのだ。
なお、妹は罪滅ぼしと言って いるのだが、俺と一緒にいることが報酬のようなものなのだろう。
ふと見ると、かなり大きな交差点に差し掛かった。と言っても、俺たち二人以外には、犬の散歩をしている、六歳くらいの少年しかいないのだが。
「よくもこんな炎天下に出るなぁ」
「最近の子供って、結構暑さには強いんでしょうか?」
「さあなぁ、俺だったら犬の散歩の為に炎天下歩き回れって言われたら、100%断るな。報酬によるが」
「私もですよ。アイスじゃ割に合わないくらいですね~」
俺たちがバカな雑談をしていると、何を思ったのか、犬が飛び出した。それにつられ、
少年の体も前方へと移っていく。
「ねぇ、あれやばくないですか!?」 
美波が言ったとおり、現在は赤信号。さらに、前にバスがあったため、後ろの軽自動車の視界が阻まれている! 
「まずい、気づいてないっぽい!」
俺がそう叫んだ瞬間、美波が赤信号へ飛び込んだ。そして、なんとかその少年と犬を抱えて反対側の通路に駆け出した瞬間だった!
「危ない!」
それは完全な条件反射だった。もしくは夏の温度で正常な判断ができなかったのか。 
体が一気に宙に浮かぶ感覚。
スローモーションのように風景が流れ、離れた場所に血痕がみえた。
そして、妹は死んでしまったのだという事実を知る。
そして、地面に叩きつけられるような感覚と同時に、俺も妹の後を追うことになってしまったのだと知った。
4
「お兄ちゃん!起きてください!お兄ちゃん!」
俺が目を覚ますと、真っ暗な部屋にいた。
確かに、俺は車にはねられ死んでしまった。そして、美波も俺と同じく命を落とした。はずだった。
「何で…お前は…」 
「さぁ、私にはわかりません。それに、ここはどこなのでしょう...?」
「さぁな、俺にもわからんさ。たしかに、俺らは死んだはず…」
俺がそう言おうとした瞬間、無機質な部屋に足音が響いた。そして、銀髪をした少女が現れた。
「あなた達は確かに車に轢かれた。ここは生と死の境目」
『へぇ?』
美波と俺の声が盛大に被った。ていうか、この子今なんていった?
霊の存在とか、あの世とかあったら面白そうとしか考えられなかった俺にとってこの暗い部屋の存在や、少女の存在を、まだ受け入れられないでいた。それは美波も同じだろう。
そんな心中を察してくれない少女は、淡々と話し出す。 
「今からあなたたちの転移先を決めなくちゃ ならない」 
何を言っているのだろう、この少女は。いきなり突拍子もないことを言ってきた上、転生先とか、意味もわからないことを言ってきた。 
「あのさ、とりあえず気持ちをおちつけたいん たけど」 
すると、少女は首を傾げ、「なぜ?」と問いかけてきた。
「いやだってさ、俺たち死んだんだぜ?ちょっとくらい気持ちの整理したっていいじゃんか」 
俺がそう言っていると、恐る恐る美波が、 
「あのぉ、ちょっと聞きたいことが…」 
美波がそういうと、「うん、どうぞ」と返して来た。まだ、俺の話は終わってないんだが…。
「転移先というのはどういうとこがあるんですか?」
少女はうーんと唸ると、はっ!となにかを思い出したように目を見開いた。
「ど、どうした?なんか大事なこと思い出したか?」
「自己紹介忘れてた」
…。
完全に期待を裏切られた。 
「確かにお前が誰かも大事だよ!だけど今それどころじゃないだろ?」 
「ま、まぁ落ち着いてください、お兄ちゃん。自己紹介の後でいいから、転移先について教えてくれませんか?」
優しく語りかける美波に、少女は「うん、 わかった」と返して、どこからか白い椅子を 持ってきて、腰掛けた。 
「私の名前は、シュバリエル・ガルワード。 元魔王、今は死神のようなものをやってる。 ぜひ、シュガーと呼んで」 
「そっか、シュガーちゃんって言うんですね。じゃあ、転移先について教えてくれませんか?」
またもや美波が優しく語りかけると、シュガーは、コクリと頷いた。
「ひとつは、もう一度現世に転生すること。もうひとつは天国に行って成仏すること」
この二つから選べってことか?それなら…。
「天国で」
「では私も天国で」
迷うことなく、俺たちは天国を選んだ。利用は明確。天国の方が楽そうだからである。
するとまたもや少女は、はっと何かを思い出したように目を見開いた。
「こ、今度はなんだ?」
「天国今定員オーバだった」
「なんだよ定員オーバって!天国定員あんの
かよ!」
「うん、天国は地獄と釣り合うようにできてるから。今圧倒的に地獄の方が人口少ないの」
「だったら、その転生ってのは?」
シュガーは、しばらく考え込むと、「あっ」と、何かを思い出したように、またもや
目を見開いた。
「こ、今度はなんですか?」
「 いま、地球の転生はキャンセル待ちだった」
「いや、なんだよキャンセル待ちって!」
「転生っていうのは、赤ん坊からやり直すってこと。最近は高齢者の人たちがたくさん死んじゃって、その人たちも転生することになってるから、転生できるとしても数十年後になると思う。少子高齢化が進んでるから」
確かに、少子高齢化とは聞くけど、ここまで深刻化していたとは…。
「でもさすがに地獄はなぁ…」
俺はため息をつき、美波に目をやる。
「地獄はねえ…」
美波もまた、俺に目をやった。
「安心して、悪人以外は地獄に落とされない」
その言葉を聞いて、内心ホッとしたと同時に、ある疑問が浮かんだ。 
「そ、そうなのか。ところで、ずっと気になってたんだが、お前自己紹介の時変なこと言ってなかったか?」
俺がそう言うと、美波も頷いた。
「あぁ、確かに言ってましたね。元魔王...でしたっけ?あれ本当ですか?」
少女は、首を傾げ「信じてなかったの?」と言ってきた。いや、そんな訳はない。
魔王って言えばあれだろ?モンスター従えたり、勇者と敵対関係にあったりするあれだろ?こんな人畜無害そうな少女がその魔王な訳がない。
「いや、そんな訳ないだろ?冗談きついぞ。 アッハッハッハ…まじ?」 
「うん」と、少女は当たり前のように頷いた。 
「ていうか、どこの世界の魔王なんだよ。 ゲームの世界から出てきたのか?そんな世界があんのなら生まれ変わりたいねぇ」
俺が、少々嫌味を込めてくちにすると、美波が少々慌てたように、俺に注意してきた。 
「お、お兄ちゃんダメですよ。小さい頃いじめたら...」
「できるよ」
『…は?』
あまりもの即答で、俺と美波は、間の抜けた返事をした。
「転生先は、なにも地球じゃなくていい。私が住んでたのは、あなたたちと別の次元。いわゆる異世界ってやつ」
またもや淡々と話し出した。さっきから全くわからない。理解に苦しむ。
どうやら、このシュガーと名乗る少女は、自分は異世界人であり、元魔王(自称)であり、現死神(?)であると言いたいらしい。
 ...だが、今の話が本当ならば...。
「なぁ、それってお前、魔王だったってことはさ、魔法とかも使えたってことなのか?」
俺の疑問に、シュガーは少々考え込んだ。
「まぁ、一通りは...」
「それってさ、俺たちもそこに転生したら魔法使えるようになるのか?」
少々興奮気味にした質問に、「まぁ、ある程度は...」と、答えた。
てか、なんかさっきから 曖昧な答えが多くないか?
仮にも元魔王なら、もっと堂々としろよ。と言いたくなるが、もうどうでもいい。
「その世界に転生したら、赤ん坊から、人生
リスタートなのか?」
「まぁ、転生だから」
しょうがないか、と俺が口にしようとしたら美波が食い気味に叫んだ。 
「ダメです!!それじゃ、私がお兄ちゃんのこと忘れちゃうじゃないですか!!それに、私の お兄ちゃんは、入屋悠馬の一人だけです!それ 以外なんて、認めませんからね!!」
なんて馬鹿なことを言い出した。てか、こいつ本当に十五歳か?精神年齢もっと下だろ。
「まぁ、手はある」
「あるのかよ!?」
ほんと、なんでもありなんだな、この子。こういうところ、やはり元魔王なのかなと思う。
「で、どういう手なんだ?」
「転生って形じゃなくて、このままその世界に、転移させる」
たしかに、それなら俺たち二人の記憶を残すまま、その世界に行くことができる。
だが...。
「待て、俺たち死んだだろ?生身の肉体ないままそこ行くのか?それって幽霊扱いされないのか?」
「確かにそれはいやですね...」
そんな俺たちの疑問に答えるように、シュガーは、話し出した。
「大丈夫。今のあなたたちの体は、生前の体と同じ扱いだから、きちんと霊感ない人でも目視できるし、話せるし触れられるよ」
ほんと都合良くできてんな、この世界。と思ったのは今日が初めてだった。 
「あの、ていうかそろそろ決めてもらわないと」
「そう急かすなよ...って、なんだこれ!?」
「す、透けてますよー!?」
「この空間私たちみたいな死神以外の人間は、制限時間以内に転生先決めてもらわないと、透けて消えちゃうの」
「そんなの初耳だぞ!?もっと早く言えよ!」
続けてシュガーは、
「そのままだと地獄行きだよ」
と、さりげなくとんでもないことを言い出した。
「悪人しか落とさないんじゃないんですか!?」
「いや、地獄も人口少ないしさ、ここらで少しでも人口増やしたいの」
前言撤回。この世界はとんでもなく理不尽だ!
美波は、念仏のように、「地獄は嫌、地獄は嫌、地獄は嫌...」と唱えている。俺だって、地獄はごめんだ!
「あぁ、もうなんでもいいから、早く飛ばしてくれ!その異世界に!!」 
「わかった。ちょっと待ってて」
そう言うとシュガーは、詠唱のようなものを唱え始めた。俺は察した。「あっ、これ結構長いやつだ」と。
そんな中、俺たちの体はどんどん透けて行く。もう指先は、なくなりかけていた。美波の念仏のようなものも、心なしか先ほどよりも速度が速い気がした。 てか、俺も限界だ!
「おい早く飛ばしてくれ!」 
俺がそう叫んだ瞬間、詠唱が終わったのか、シュガーが天に手をかざした。
すると、魔道書のようなものが現れ、俺たちは淡い光に包みこまれた。
「テレポート!!」
冷えた風が体を包む、今日は8月4日。俺、入屋悠馬は夏休み真っ只中なのだ。課題は、 まぁ半分くらいは終わらせている。
ということで、本日も日課であるネットサーフィンをしていた。先日までは、どこからかミサイルが飛んでくるだとかなんだかで盛り上がっていたのだが、ディスプレイにでかでかと映されたのは、高校野球の特集記事のようなものだった。が、俺は全くと言っていいほどどうでもいいものだった。
ひと段落ついた俺は目を休めるようにゆっくりと閉じ、そして目を開ける。隣にあるクーラーボックスから一本のサイダーを取り出す。
そしてふとディスプレイをみると、完全にアダルティックな、煽情的な、なんともいかがわしい広告が画面を完全に占領していたのだ。
「なんだよこれ…」
俺はそんなことをぼやきながらボトルの蓋を開ける。プシュッという音と、中に押し込まれていた空気とともに、甘い匂いが俺の鼻腔を刺激する。
思わず息を飲むと、いまだ小さな音を立てる水を一気に口に流し込む。
喉の奥で泡が弾け、身体の全体に炭酸水が染み渡るような感覚に襲われる。まるで乾き切った砂漠に、一滴の水が染み込むような…!
「最高…!」
ボキャ難な俺の口からはこんな言葉しかで なかった。だが、もうこの一言で十分だろう。
炎天下で口にすればさらに美味いのだろうが、 俺はサイダーのためであろうと、あのサウナのような空間には決して行きたいとは思えない。
 二口目を飲み込もうとペットボトルを口に当てようとした瞬間、不意にドアが開け放たれた。
「...お兄ちゃん、何やってるんですか…?」
「...はぁ?」
俺は一瞬、妹・美波の質問の意味が分からなかった。
とりあえず、ペットボトルを置き、妹の方に向き直る。俺がいつも暇な時、ネットサーフィンをしているのは知っているはずだ。
実際、前にもこのようなことはあった。だが、今回は少し違う。なんというか、声色から察していたが、妹の顔を見ればそれは明らかなものだった。
 ...目が怖い。うん、これあれだ。俗に言う、死んだ魚のような目とか、ゴミを見るような目とかそういう類だわ。
「…エト、ドウイウゴヨウケンデショウカ…?」
意味もなく、カタコトになる。いや、意味は明らかだった。目が怖い。まじで怖い。
美波は、いつもはかなり明るく、人懐っこい性格なのだ。そして、なぜか俺に必要に付きまとう。
まぁ、簡単に言うとブラコンなのだ。 15歳になっても本気で兄と結婚できると思っているあたり、かなり重度だと思う。
ということで、今俺の前にて死んだ魚のような、もしくはゴミを見るような目をしているのは、 全く知らない赤の他人である。そう信じたい。というかそう信じさせてください!       
と、そんなことを思い、脳内の出雲大社あたりで両手を合わせ、土下座で祈願していると美波がこれまた不意に手をあげ、攻撃モーションのようなものを見せた。
もうこうなればリアル土下座するしかない。さもなくば、顔面パンチもしくは腹パン、さらにはアイアンクローでもしてくるかと身構えていると、人差し指を立てた。
妹のこれまた突飛な行動に、俺の思考は完全においていかれた。 
「...それ、なにですか?」
指差した先には、先程まで操作していた デスクトップパソコン。その画面だった。
そして、全て繋がった。
妹が、どのような要件できたのかは知らないが、 兄がおもむろに煽情的な画像の前で一言、「なんだよこれ」だとか、「最高!」だとかと口にすれば、どんな人でもゴミを見るような目になるだろう。とにかく、美波の誤解を解かねばならない。
というか、はやくこの広告を消さねば!そう思って勢いよく振り返って、マウスを握り締めようとした瞬間、手の甲に嫌な感覚が疾る。サイダーのキャップを閉め忘れていたことに気がついたときには、もう手遅れだった。
スローモーションのように、ペットボトルが傾き、その中からまだ飲みきっていなかった炭酸水が、マウスとキーボードに降り注ぐ。
その瞬間、俺の思考は完全に停止した。
 
「お兄ちゃん!ティッシュ、ティッシュ!」
 俺の思考が再起動したのは、妹にそう言われた直後だった。
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美波の誤解は解いた。だが...。
「わぁーーー!俺のライフラインがぁーーーー!!!」
キーボードとマウスは、静かに息を引き取ってしまった。俺は、完全に心をへし折られた。
というか、完全に自滅だ。すぐにあの広告を消していたら、ペットボトルの蓋をきちんと閉めていたら、このようなことには決してならなかったはずだ。
すると、美波は少し顔をうつ向けながら、申し訳なさそうに言ってきた。
「…あのぉ…」
「…なんだよ…」
正直、立ち直れない。本体に影響がなかったのは幸いだが、なにも動かないなら意味が無い。
「すいませんでした。わたしのあらぬ誤解で、このような事態に…」
美波の目には、うっすらと涙が滲んでいた。
「いや、お前のせいじゃないから、気にすんなよ。壊れた機材なら、また買い換えたらいいしさ。だから…」
「…本当ですか…?」
美波は涙を滲ませ、鼻声でこちらに返すと、上目遣いでこちらを見た。これは、思っていた以上に、自分に責任を感じているらしい。 
「ああ、だからマジで気にすんなって。美波は悪くないから!悪いのは俺だから!」
いつのまにやら、俺はpcそっちのけで、妹を全力で慰めていた。 
「だってさ、ほら通販で頼んだらいいんだよ。 そしたら明日にでも…」
徐々に声のトーンを落としていく。そうだ。 キーボードとマウス壊れてるから、操作一つもできない。それを察したのか、また美波の目から大粒の涙が頬を伝いだした。 
「うぅ、やっぱり私が…」 
「あぁ!そうだこういう時は携帯で…」
またもや声のトーンを落とす。携帯は、ほぼゲームしかしていないので、携帯そのものの知識は、素人に毛が生えたようなものなのだ。
それに、妹は携帯は持っていない。パソコンは動画を見ることにしか使わない。という、完全に八方塞がりの状況であった。
それなら、俺が妹のパソコンを使って注文すれば良いのだが、idや、パスワードがわからないらしいので、この方法も無理である。
妹のパソコンはノートパソコンのため、マウスはどうにかなっても、キーボード が取り外しできないためこれも却下。
二人で一つのパソコンを使うという手もあるが、さすがにオンラインゲームのデータが全て無くなるのは嫌である。
なら、引き継ぎをすればいいという話だが、そこはノートパソコン。容量が少ない上、画面はあの広告のままぴくりとも動かないし、引き継ぎコードのメモも取っていない。
もう最終手段だ。これだけは使いたくなかったが…。
「はぁ...」
俺がため息をつきおもむろに立ち上がると、美波はビクッと肩を揺らし怯えきった表情で俺を見た。まるで、肉食動物に睨まれた小動物のように。
「…どうしたんですか…?」
「いや、ちょっとデパートに機材買いに行こうと思ってな。もうこれしか手はないだろう?お姉さんは仕事だし」 
「えっ…なら、私が買いに行きましょうか? 元はと言えば全て私のせいですし…」 
「あれはお前のせいじゃないって言ったろ。 それに、自分の機材だ。自分で買いに行く」 
「そ、それなら!」
ついさっきまで、とんでもなく落ち込んでいた美波が、いきなり言い寄ってきた。 
「な、なに?」
俺も思わず後ずさり、椅子の背が、机にぶつかる。 
「私もついていきますよ!せめてもの罪滅ぼし として!」
「いや、お前は何にも悪くないって…」
そういっていると、美波が食い気味に、
「ダメ…ですか…?」
これまた、上目遣いで申し訳なさそうに言ってきた。少々ときめいてしまった俺の童貞の性欲をねじ伏せ、向き直る。
「わかった。じゃ、一緒に行くか」
そういうと、美波は眩しいほどの笑顔をみせた。
「はい、喜んで!」
またもや妹にときめいてしまった俺の心は、もうダメかもしれない。 
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茹だるような蝉の声、アスファルトに揺らめくカゲロウ。報酬がサイダーならばごめんだが、俺のライフラインの復旧ともなれば話が早い。 
ただ…、
「あぁ~ちょー熱い~地球温暖化のせいか~? なんでこんなあついんだよ~」 
「ちょっとお兄ちゃん、喋らないでください。余計温度が上がりますから~」 
「ちょっと喋っただけで温度は上昇しねーよ~あ~ちょー熱い~」
俺たち入屋兄妹のsan値は限界を迎えていた!
簡単に話すと、暑すぎた。最高気温40度なんてざらなこの炎天下の中、約5キロを徒歩で移動なんてそんなことバカでもしないだろう。  
だが、こちらはpcバカとブラコンバカ。どちらも筋金入りの大バカであり、報酬にしか目がないのだ。
なお、妹は罪滅ぼしと言って いるのだが、俺と一緒にいることが報酬のようなものなのだろう。
ふと見ると、かなり大きな交差点に差し掛かった。と言っても、俺たち二人以外には、犬の散歩をしている、六歳くらいの少年しかいないのだが。
「よくもこんな炎天下に出るなぁ」
「最近の子供って、結構暑さには強いんでしょうか?」
「さあなぁ、俺だったら犬の散歩の為に炎天下歩き回れって言われたら、100%断るな。報酬によるが」
「私もですよ。アイスじゃ割に合わないくらいですね~」
俺たちがバカな雑談をしていると、何を思ったのか、犬が飛び出した。それにつられ、
少年の体も前方へと移っていく。
「ねぇ、あれやばくないですか!?」 
美波が言ったとおり、現在は赤信号。さらに、前にバスがあったため、後ろの軽自動車の視界が阻まれている! 
「まずい、気づいてないっぽい!」
俺がそう叫んだ瞬間、美波が赤信号へ飛び込んだ。そして、なんとかその少年と犬を抱えて反対側の通路に駆け出した瞬間だった!
「危ない!」
それは完全な条件反射だった。もしくは夏の温度で正常な判断ができなかったのか。 
体が一気に宙に浮かぶ感覚。
スローモーションのように風景が流れ、離れた場所に血痕がみえた。
そして、妹は死んでしまったのだという事実を知る。
そして、地面に叩きつけられるような感覚と同時に、俺も妹の後を追うことになってしまったのだと知った。
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「お兄ちゃん!起きてください!お兄ちゃん!」
俺が目を覚ますと、真っ暗な部屋にいた。
確かに、俺は車にはねられ死んでしまった。そして、美波も俺と同じく命を落とした。はずだった。
「何で…お前は…」 
「さぁ、私にはわかりません。それに、ここはどこなのでしょう...?」
「さぁな、俺にもわからんさ。たしかに、俺らは死んだはず…」
俺がそう言おうとした瞬間、無機質な部屋に足音が響いた。そして、銀髪をした少女が現れた。
「あなた達は確かに車に轢かれた。ここは生と死の境目」
『へぇ?』
美波と俺の声が盛大に被った。ていうか、この子今なんていった?
霊の存在とか、あの世とかあったら面白そうとしか考えられなかった俺にとってこの暗い部屋の存在や、少女の存在を、まだ受け入れられないでいた。それは美波も同じだろう。
そんな心中を察してくれない少女は、淡々と話し出す。 
「今からあなたたちの転移先を決めなくちゃ ならない」 
何を言っているのだろう、この少女は。いきなり突拍子もないことを言ってきた上、転生先とか、意味もわからないことを言ってきた。 
「あのさ、とりあえず気持ちをおちつけたいん たけど」 
すると、少女は首を傾げ、「なぜ?」と問いかけてきた。
「いやだってさ、俺たち死んだんだぜ?ちょっとくらい気持ちの整理したっていいじゃんか」 
俺がそう言っていると、恐る恐る美波が、 
「あのぉ、ちょっと聞きたいことが…」 
美波がそういうと、「うん、どうぞ」と返して来た。まだ、俺の話は終わってないんだが…。
「転移先というのはどういうとこがあるんですか?」
少女はうーんと唸ると、はっ!となにかを思い出したように目を見開いた。
「ど、どうした?なんか大事なこと思い出したか?」
「自己紹介忘れてた」
…。
完全に期待を裏切られた。 
「確かにお前が誰かも大事だよ!だけど今それどころじゃないだろ?」 
「ま、まぁ落ち着いてください、お兄ちゃん。自己紹介の後でいいから、転移先について教えてくれませんか?」
優しく語りかける美波に、少女は「うん、 わかった」と返して、どこからか白い椅子を 持ってきて、腰掛けた。 
「私の名前は、シュバリエル・ガルワード。 元魔王、今は死神のようなものをやってる。 ぜひ、シュガーと呼んで」 
「そっか、シュガーちゃんって言うんですね。じゃあ、転移先について教えてくれませんか?」
またもや美波が優しく語りかけると、シュガーは、コクリと頷いた。
「ひとつは、もう一度現世に転生すること。もうひとつは天国に行って成仏すること」
この二つから選べってことか?それなら…。
「天国で」
「では私も天国で」
迷うことなく、俺たちは天国を選んだ。利用は明確。天国の方が楽そうだからである。
するとまたもや少女は、はっと何かを思い出したように目を見開いた。
「こ、今度はなんだ?」
「天国今定員オーバだった」
「なんだよ定員オーバって!天国定員あんの
かよ!」
「うん、天国は地獄と釣り合うようにできてるから。今圧倒的に地獄の方が人口少ないの」
「だったら、その転生ってのは?」
シュガーは、しばらく考え込むと、「あっ」と、何かを思い出したように、またもや
目を見開いた。
「こ、今度はなんですか?」
「 いま、地球の転生はキャンセル待ちだった」
「いや、なんだよキャンセル待ちって!」
「転生っていうのは、赤ん坊からやり直すってこと。最近は高齢者の人たちがたくさん死んじゃって、その人たちも転生することになってるから、転生できるとしても数十年後になると思う。少子高齢化が進んでるから」
確かに、少子高齢化とは聞くけど、ここまで深刻化していたとは…。
「でもさすがに地獄はなぁ…」
俺はため息をつき、美波に目をやる。
「地獄はねえ…」
美波もまた、俺に目をやった。
「安心して、悪人以外は地獄に落とされない」
その言葉を聞いて、内心ホッとしたと同時に、ある疑問が浮かんだ。 
「そ、そうなのか。ところで、ずっと気になってたんだが、お前自己紹介の時変なこと言ってなかったか?」
俺がそう言うと、美波も頷いた。
「あぁ、確かに言ってましたね。元魔王...でしたっけ?あれ本当ですか?」
少女は、首を傾げ「信じてなかったの?」と言ってきた。いや、そんな訳はない。
魔王って言えばあれだろ?モンスター従えたり、勇者と敵対関係にあったりするあれだろ?こんな人畜無害そうな少女がその魔王な訳がない。
「いや、そんな訳ないだろ?冗談きついぞ。 アッハッハッハ…まじ?」 
「うん」と、少女は当たり前のように頷いた。 
「ていうか、どこの世界の魔王なんだよ。 ゲームの世界から出てきたのか?そんな世界があんのなら生まれ変わりたいねぇ」
俺が、少々嫌味を込めてくちにすると、美波が少々慌てたように、俺に注意してきた。 
「お、お兄ちゃんダメですよ。小さい頃いじめたら...」
「できるよ」
『…は?』
あまりもの即答で、俺と美波は、間の抜けた返事をした。
「転生先は、なにも地球じゃなくていい。私が住んでたのは、あなたたちと別の次元。いわゆる異世界ってやつ」
またもや淡々と話し出した。さっきから全くわからない。理解に苦しむ。
どうやら、このシュガーと名乗る少女は、自分は異世界人であり、元魔王(自称)であり、現死神(?)であると言いたいらしい。
 ...だが、今の話が本当ならば...。
「なぁ、それってお前、魔王だったってことはさ、魔法とかも使えたってことなのか?」
俺の疑問に、シュガーは少々考え込んだ。
「まぁ、一通りは...」
「それってさ、俺たちもそこに転生したら魔法使えるようになるのか?」
少々興奮気味にした質問に、「まぁ、ある程度は...」と、答えた。
てか、なんかさっきから 曖昧な答えが多くないか?
仮にも元魔王なら、もっと堂々としろよ。と言いたくなるが、もうどうでもいい。
「その世界に転生したら、赤ん坊から、人生
リスタートなのか?」
「まぁ、転生だから」
しょうがないか、と俺が口にしようとしたら美波が食い気味に叫んだ。 
「ダメです!!それじゃ、私がお兄ちゃんのこと忘れちゃうじゃないですか!!それに、私の お兄ちゃんは、入屋悠馬の一人だけです!それ 以外なんて、認めませんからね!!」
なんて馬鹿なことを言い出した。てか、こいつ本当に十五歳か?精神年齢もっと下だろ。
「まぁ、手はある」
「あるのかよ!?」
ほんと、なんでもありなんだな、この子。こういうところ、やはり元魔王なのかなと思う。
「で、どういう手なんだ?」
「転生って形じゃなくて、このままその世界に、転移させる」
たしかに、それなら俺たち二人の記憶を残すまま、その世界に行くことができる。
だが...。
「待て、俺たち死んだだろ?生身の肉体ないままそこ行くのか?それって幽霊扱いされないのか?」
「確かにそれはいやですね...」
そんな俺たちの疑問に答えるように、シュガーは、話し出した。
「大丈夫。今のあなたたちの体は、生前の体と同じ扱いだから、きちんと霊感ない人でも目視できるし、話せるし触れられるよ」
ほんと都合良くできてんな、この世界。と思ったのは今日が初めてだった。 
「あの、ていうかそろそろ決めてもらわないと」
「そう急かすなよ...って、なんだこれ!?」
「す、透けてますよー!?」
「この空間私たちみたいな死神以外の人間は、制限時間以内に転生先決めてもらわないと、透けて消えちゃうの」
「そんなの初耳だぞ!?もっと早く言えよ!」
続けてシュガーは、
「そのままだと地獄行きだよ」
と、さりげなくとんでもないことを言い出した。
「悪人しか落とさないんじゃないんですか!?」
「いや、地獄も人口少ないしさ、ここらで少しでも人口増やしたいの」
前言撤回。この世界はとんでもなく理不尽だ!
美波は、念仏のように、「地獄は嫌、地獄は嫌、地獄は嫌...」と唱えている。俺だって、地獄はごめんだ!
「あぁ、もうなんでもいいから、早く飛ばしてくれ!その異世界に!!」 
「わかった。ちょっと待ってて」
そう言うとシュガーは、詠唱のようなものを唱え始めた。俺は察した。「あっ、これ結構長いやつだ」と。
そんな中、俺たちの体はどんどん透けて行く。もう指先は、なくなりかけていた。美波の念仏のようなものも、心なしか先ほどよりも速度が速い気がした。 てか、俺も限界だ!
「おい早く飛ばしてくれ!」 
俺がそう叫んだ瞬間、詠唱が終わったのか、シュガーが天に手をかざした。
すると、魔道書のようなものが現れ、俺たちは淡い光に包みこまれた。
「テレポート!!」
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