Gifted

Hachis・Lotus

十一~十四

十一

 二人してやって来た場所は、六人目の被害者Fの時とは違い一般的なマンションだった。七人目として目を付けられている人物を仮にGと称するとして、Gは水準的な暮らしをしているようだった。
 Gの部屋まで辿り着いたアルバーロは、どこで手に入れたのか一つの鍵を取り出した。その鍵は、部屋にかかっていたロックをやすやすと外してしまう。そして、ウィルフレッドがついてきているかの確認をすることなく、アルバーロは堂々と室内へと足を踏み入れた。
「ちょっとアルバーロ? 家に人がいたらどうする気なの、不法侵入だよ?」
 ウィルフレッドが止めるが、彼は正面突破をやめる気はないようだった。
「平日の昼だぜ? 普通の仕事してる奴はいねぇよ。もしいたとしても事情を話して保護すりゃいい話だ」
「そうだけど……」
 深いため息をひとつ。そうだった、アルバーロはこういう人間だ。人の話など聞かない。
 一足先にリビングを目にしたアルバーロは足を止める。彼の背中にぶつかりそうになりながらもウィルフレッドは問いかける。まさか時間差で自分の話を聞いてくれる気になった、なんてことは絶対にない。
「どうしたの……?」
「……んだこの部屋……」
 彼の答えからはなにも読み取ることが出来なかったが、なにか異常な光景が広がっているのだろうとは予想できた。
「気持ち悪ぃ……、なんでこんなに綺麗なんだ?」
 ――綺麗。綺麗と表現するのも少し違うだろう。アルバーロが目にした部屋には、シミひとつない真っ白の壁。傷付いていないフローリング。そしてベットしかなかった。しかもベッドはどこの壁にも面しておらず、部屋の真ん中に堂々と置かれていた。
「Gは、ここに住んでいないのかもしれない……」
 アルバーロがそう結論付けるのも無理はない。その部屋にはそれほどまでに生活感がなかった。
「うーん、まぁ、キッチンとかお風呂とか見てから決めても良いんじゃない? この部屋を使っていないだけかもしれないし、単に異常な潔癖症なのかもしれないしさ」
「……あ、あぁ」
 珍しく、ウィルフレッドと意味の通る会話をした。だなんてアルバーロは思わない。それでも少し肌がいつもとの違いを感じ取ったのか、自分の脳のはじき出した結論に待ったをかけた。
 その言葉に従ってアルバーロはキッチンに向かうが、そこにも生活感を感じられるものはなかった。シンクの水は完全に拭き取られており、最後に使ったのがいつかも分からない。
「流石に冷蔵庫になんもなかったら確定だよな……?」
 誰に聞かせるでもなくそう言いながら取っ手を引いた彼は、息をのんだ。冷蔵庫の中には、ペットボトルの水が、栓を開けられていないまま二本並んでいた。そして、それ以外にはなにもなかった。賞味期限を確認してみるとまだ当分先で、そう昔に購入したわけではないと見える。その下の冷凍庫には、八枚切りのパンが二袋入っていた。
「一応、生活は出来る量だ……でしょ?」
 ウィルフレッドが首を傾げる。アルバーロも、Gは全くこの部屋に戻ってこない訳ではないのだろうと考えた。
「まぁ、住んではいる、のか、多分。とりあえず滅茶苦茶潔癖症っぽいのは伝わってきたな」
 その後風呂場を見てみると、半分くらいまで減ったボディーソープなどが確認できたので、俺には信じられないけれど住んでいるのだろう、という結論をアルバーロは出した。
「Gは多分ここに住んでいるとして、住んでいるのなら帰ってくる可能性が高い。身元が分かるようなものは見つからなかったし、帰ってくるのを待つくらいしか出来ねぇな。……もしそいつが外で殺されちまったらまぁ、しょうがねぇな。殺人がどっかで起きたらニュースにはなるだろ」
 自らが負っている事件とはいえ、死人が出ても良しと判断するアルバーロの思考回路はウィルフレッドには理解出来ない。恐らく、Gが死んでも次に繋がる一手くらいにしか思わないのだろう。
 それでも彼はその考えを出すことはなかった。
「そうだね、じゃあ、待とうか」

十二

 結論から言うと、というかそれ以外に語ることはないのだが、待てど暮らせどこの部屋に帰ってくる人物はいなかった。待ち始めて丸一日経って、殺害予告のある日の十一時頃になった。
「……Gは、もう殺されてるかもしれねーなぁ……」
 アルバーロがつまらなそうに呟いた。
「僕、コンビニでお昼ご飯買ってくるよ。アルはなにがいい?」
「ンー、適当に」
「はいはい、適当にね」
 ウィルフレッドは笑顔で答えると、家を出た。

十三

 ウィルフレッドは笑顔で答えると、自宅を出た。

十四

 Aは、皆が知っている。アルファベットの始まり。単数を表す不定冠詞であり、ロマンス語の与格、フランス語の与格、スペイン語の与格。血液型の一つで、非金属元素の略号。加速度を示す物理学の記号などにかなりの意味を持っている。
 まさに、始まりのアルファベットにふさわしい。
 ブランドAcklandの愛用者で、成績も全てAで、名前の頭文字もA。来週からAsiaに行く? 素晴らしいわ。ぜひ私と一緒に踊ってくださらない? 貴方にぴったりなAを見つけたのよ。似合うと思うの。
 十六進法ってご存じかしら。Bって、十六進法の十一になるの。なんだかとっても美しいと思わない? ほかにも、十億を表すBillionだったり、元素記号ではホウ素を表すの。直線美でできているAとはまた違って、一本の直線のあとに曲線を描くというエロティックな魅力も持ち合わせているわ。様々なものを表す単位にもなっているし、やっぱりアルファベットって美しいのね。
 私はCarrollの出すワンピースを愛しているの。光沢のあるブルーのやつや、フリルの沢山ついたレッドの二つが特におすすめだわ。やっぱり、Cから始まるものにハズレはないのね。世の中を表すのに決して捨てることの出来ないものよ。貴方だって、一度は気温を摂氏で測ったことがあるでしょう? この曲線だけで出来るCという世界線に魅了されているニンゲンは多いはずなのよ。とても女性的な形だわ。そう、全ての母である海にも似通ったものを感じるわ。全ては、そこに戻るの。
 Dは、そうね――

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