Gifted
七~十
七
「以上がアルバーロさん……、というか、まぁ、はい。ほぼウィルフレッドさんからの報告です」
うんざりとしていても、常と変わらぬ美青年が告げる。眠そうな顔をしながらもメルヴィンは「へぇそうなの」と呟いた。「あまりもたもたしてたらアルバーロに怒られるなぁ」とも。
「……もうとっくにもたもたしてるんですよあなたは。アルバーロさんに、結果はまだかまだかと毎日言われるボクの気持ちを考えてくださいよ……。昨日なんてウィルフレッドさんにも言われて、……この職場辛い……」
メルヴィンへの愚痴から、職場への愚痴へと変わったディオを素通りして、メルヴィンは自分の机の中を開いた。開けて欲しいデータは、いつもこの中に入れられているのだ。その中から几帳面な字でMTと書かれているものを取り出す。MT事件。はてさて、犯人はなにを伝えたかったのか。
八
メルヴィンが数日かかっても結句開けなかったデータと比べれば、犯人からのパスワードの要求など赤子の手をひねるようなものだった。
まぁ、アルバーロ達にはまず無理だろうけどなぁと思いながらメルヴィンは職場を見渡した。アルバーロがいれば話は早いのだが、彼はひとところにとどまれる質ではなく、やはり姿は見られなかった。
最初から彼がいるとは期待していなかったので、本命のウィルフレッドを探す。彼は、自分のデスクの前にある資料の整理をしていた。
「ウィルフレッド、データ開けといた」
メルヴィンが声をかけると、見慣れた微笑みでウィルフレッドが振り向いた。職場の同僚達に苦い顔をされがちなメルヴィンだが、彼にまで苦い顔をされた記憶はなかった。
「ありがとうメルヴィン、アルに渡しておくよ」
「あいつ、今度はどこいったの?」
メルヴィンがそう問いかけた瞬間、ウィルフレッドは笑顔を少し歪ませた。
「うーん、わかんないなぁ。アルがこうなのは元からだからねぇ。まぁ僕の力が必要になれば声がかかるとは思うんだけどね」
……多分。と小さな声でウィルフレッドが付け足したのには気が付かないふりをする。
「そっか。じゃあなにか仕事があったら言って。僕は家に戻るよ。壊したデータの復元できるか試したいし」
先日の、彼の頭を悩ませた例のデータへの興味はまだ失われていなかった。
「メルヴィン。君の机の中には仕事としてまだ開くべきデータが他にも入っていたと思うけど?」
「……催促されてないからなぁ。気付かなかったってことで」
そう言うと、メルヴィンはまだ出勤してから三十分も経っていないのにもかかわらず、机に叩きつけていたあのデータを手に取って、部屋を出た。
「あっ、ちょ、メルヴィンさん! マルセロさんから言われてるデータも開けてってくださいよ!」
眉目秀麗な例の青年が叫ぶも、メルヴィンが戻ってくることはない。「もういやこの職場」と呟くディオの肩をウィルフレッドが優しく叩いた。
九
数時間後。ふらりと職場の扉を開くアルバーロに、ウィルフレッドが鍵の開けられたデータを手渡した。寝癖のついたままの彼は、欠伸をしながらそれを受け取る。一瞬なんなのかわからないといった顔をしてから。
「……あぁ、なんだ、メルヴィンの奴やっと開けたのか。遅いっつの」
伸びをしながらツカツカと正面まで来たアルバーロは、呆れたように言う。
「まぁまぁ、とりあえず中見てみない?」
今ここにはいないメルヴィンに文句を言っても始まらないので、ウィルフレッドは彼を引っ張って自分のデスクのパソコンの前に座らせる。彼は小さくため息をつくと、マウスに手を置いた。
「――なんだこれ、地図の画像しか入ってねぇじゃんか。……ッ地図だと?」
そこに映し出されたのは、たった一枚の地図の画像。ある一カ所だけに印が付けられており、数字も添えられていた。
「そうか、あの部屋には元から地図なんてなかったんだな……。それで困った奴さんはこんなもんを用意した。……適当に買ってきて冷蔵庫にでも貼っておきゃいいのに、変なとこ几帳面なやつだなぁ」
「――変な矜持も持ってないで、こんな殺人はしないよ」
ウィルフレッドのその言葉を聞いていないのか、アルバーロは地図の印を睨み付けた。
「てことは、これは七人目の殺害予告か……? おいおい、数字が明日を指してるぞ。それにこの距離なら先回りして未然に防げるかもな」
「……そうだね」
アルバーロの後ろから自分のパソコンを見つめるウィルフレッドに、笑顔はなかった。しかしそれも一瞬で、アルバーロが振り返ったときにはいつも通りの笑みを浮かべていた。
「なぁウィルフレッド、行くぞ」
「今からかい?」
もちろん、とアルバーロが言うと、彼は「仕方ないなぁ」と応えてくれた。
十
……静かだな、とアイツは呟いた。
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