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スポットライト

三浦しがゑ

再会③

僕達は座敷のある落ち着いた雰囲気の料亭に座っていた。丁度お昼時間も過ぎていたので個室が取れ、やっと3人だけの静かな時間が取れた。監督と奥さんが並んで座り、監督の正面に僕が座った。店員がお茶を出して部屋を後にした。
 「やっぱり見つかってしまいましたね。」
 奥さんが先生をひじでつつきながら言った。
 「この人、今日は朝から大変だったんだから。いきなりあなたと会うのもどうかと思ったのかしら、すぐにばれる様な変装をして…。あぁ、この帽子、一応変装用なのよ。写真展には開場の三〇分も前に着いていたのに、あそこの前を行ったり来たりしながら、なかなか入ろうとしないのよ。あんまりうろうろしているもんだから、「入らないのならば、私は帰らせてもらいますよ」と言ったら半ば怒って入って行ったわ。でも、あなた、私のお陰ですぐるくんに会えて良かったでしょ?。」
 奥さんはクスクス笑いながら監督を見た。
 「いやぁ、しかし変わらんな~。」 
 まじまじと見つめられて、僕は照れくさくて目をそらした。
 「多少皺は増えているが、お前は全く変わらんよ。どうだ、元気でやっていたか?。」 
 「はい。お陰さまで。監督は…。」
 と言って思わず言葉を切った。この痩せ方は普通ではない。
 「私か。あと一年と言われたよ。過去に2回胃癌の手術をしたんだけどな、再発して手術はもう無理だとさ。学校関係者にも野球部員にも病気の事は伝えてある。命が終わるまで野球に携わらせてもらえる事ができて、幸せな事だよ。」 
 僕は驚いて奥さんを見た。奥さんはただ黙ってお茶を飲んでいる。
 「しんみりさせるつもりはないが、死ぬ前にこうやってお前とも会えて良かったよ。ありがとう。」
 監督の目が優しく光った。監督の言葉には悲しみや辛さは一切感じられなかった。ただ運命を受け入れた潔さだけがひしひしと伝わってきた。
 10年間の積もりに積もった話は絶え間なく続き、気がつけば、もう5時をまわっていた。
 外に出ると、風が心地いい。
 「そのうちに家にも遊びに来いよ。いつまでこうしていられるかは神様次第だからな。」
 そう言って、空を指差した。
「いやぁ、今日は本当に楽しかった。」
 監督が右手を差し出した。その、かつては強くて大きかった手を僕は両手で優しく握り返した。
 「そのうちきっと、おじゃまさせてもらいます。監督、それまでどうかお元気で。」
 夕焼けのきれいな日だった。監督と奥さんが歩いていく後姿を僕はいつまでも見送っていた。監督の後姿をこの目に焼き付けるようにして。

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