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スポットライト

三浦しがゑ

日常①

東京に帰ってからの僕は俗に言う「ぬけがら」になってしまった。丁度入賞からの10周年にむけての記念の写真集を仕上げる為にやるべき事は山の様にあったのだけれど、僕の心は田舎に残ったままだった。
 その日はそれぞれの写真につけるタイトルについて夜遅くまで会議が続いた。 
 「先生、一息いれましょうか?」
 菅ちゃんがコーヒーを運んできた。午前3時をまわっている。他のスタッフは既に帰してしまっていた。僕と菅ちゃんがいる事務所の一室には受賞作品の「見守ってるよ」が大きく引き伸ばして飾ってある。僕はそれの正面に座って菅ちゃんと向かい合った。二人とも何も言わない。コーヒーから立ち上る湯気がゆらゆらと揺れている。
 「あの写真、売ったら一体いくらくらいになるだろう?」
 ポツリとつぶやいた。菅ちゃんは驚いて、コーヒーを口に運ぶ手を一瞬止めた。
この写真に関する権利は今は僕とエイトナインの両方の物になっている。当然、僕だけの意見でどうこうできるものでもなかったし、いきなり菅ちゃんに切り出したのも失礼な話だったのかもしれない。
「さぁ。詳しく調べてみないと何とも言えませんが、かなりのまとまった金額にはなると思います。」
菅ちゃんはさらりと言ってのけた。静かな時間が過ぎ去る。菅ちゃんは決して理由は聞かないだろう。そう思って僕は九州で起きた全ての事を菅ちゃんに話した。
「写真を由香里に譲渡して由香里がこれを売ってくれれば、由香里も一から出直す事ができるんだがな…。お金を渡すのは無理じゃないけど、お金だと由香里も気に病むだろうしと思って…。」
 菅ちゃんはじっと話に聞き入っていた。
 「そんな事じゃないかと思っていました。先生はご実家に帰られた後まるで別人の様になっていましたから。」
 菅ちゃんはコーヒーを一口すすると、
 「わかりました。僕なりに何ができるか考えてみます。先生、もう今日は遅いですし帰ってゆっくりお休み下さい。」
 そう言って後片付けを始めた。

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