スポットライト

三浦しがゑ

許し

「コーヒーでも飲まんね。」
 僕の感情が静まった頃由香里がコーヒーを差し出した。
 「今日はお茶菓子も買ってなくてごめんね。」
 “今日は”ではない。“今日も”だ。“買わない”のではなく“買えない”のだ。
 「それで…。借金は今いくら残っとるとや?」
 「うん、利息とか色々あって、800万くらい残っとる。それでも、私の両親が手伝ったり、私がいくつかパートば掛け持ちしたりして、何とか少しづつ返してはいきよる。それに…。」
 由香里は明らかに僕に話そうかどうか迷っている様子だった。
 「それに…あの人が保証人になった人も毎月返してくれよるけん…。」
 「な、何て…?」
 僕の話を遮ぎって由香里が続けた。
 「実はね、あの人が亡くなってから暫くしてからその相手の人から電話がかがってきたとよ。あの人が…自殺した事ば誰からか聞いてから…。“申し訳なか、申し訳なか”て言うて電話口で泣きよらっしゃった。私、何も言いきらんでから、電話ば切ってしもうた。それから毎日毎日、“その人ば殺してから私も死のう”て言う事ばっかりば考えよった。恨んで恨んで、憎んで憎んで…。吐きそうになるくらいまでその人の事ば恨んだとよ。」
 「当たり前の事たい!」
 僕は吐き捨てる様に言った。
 「よくもまあ、のこのこと電話してこれるもんたい。とおるの事ば殺しておきながら…。」
 怒りで声が震えていた。
 「そいけどね…。毎日毎日その人の事ば憎か憎かて思いよったら、とおるさんが夢に出て来たとよ。夢の中ではあの人は生きとってから、それんとに、私あの人に“あいつのせいであんたが死んだ。あいつがあんたば殺した。憎か、憎か…。”て言いよるとよ。そしたらね、とおるさん何て言ったと思う?“お前そげな事ば言うな。あの時、俺があいつの保証人にならんやったらあいつも、あいつのかみさんも、あいつの3人の子供も死なないかんやったとぞ。俺一人が死んで5人が助かったとやんか。死んだとは俺一人ですんだやんか。”って。目が覚めてから私、“あっ、そうか。”って思ったと。あの人の言う通りたいって。それで相手の人に電話して、うちにも来てもらったとよ。だんなさんだけじゃなくて、奥さんも子供さんも3人来てくれてから…。その3人の子供さんば見た時にね、“あー、この子達がうちの人が助けた命かー。”って思ったら嬉しくて嬉しくて、思わず抱きしめとった。訳のわからん話やと思うやろ?でも私の気持ちは本当にそうなんよ。」
 昔からの彼女のくせでうつむきかげんに話していた彼女が顔を上げて僕に微笑んだ。その美しさは言葉では表現できない。僕は言葉を失っていた。ただ、とおるがなぜ由香里を選んだのかがはっきりとわかった。
 

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