完璧会長と無関心な毒舌読書家

スリーユウ

55

矢倉から現れた琴吹に対して、驚きに感情が隠せない神崎だったが、取りあえず、雫と目配せをするとあっちも分かったように、頷いて来た。2人の心は今一つになっていた。
((ここを離れよう))
「あれ、そこの2人―」
琴吹本人はつい故意に出してしまったのだろうが、見ている方向でファンの視線が一点に集まってしまった。


「おい、あいつ、この前の奴じゃないか」
「隣にいる美人は誰だ」
「この前の制裁をしなきゃね――」
流石にこの前の件で騒ぎになっており、顔が隠れてると言っても髪型は同じなのでチラホラと気づいている人たちがいた。当然、2人はその中で居なくなるわけには行かなくなった。


「仕方ないわね」
そんな言葉をポツリと零すと桐野は神崎を引っ張って琴吹の居る矢倉の方へ向かった。
「おい、ちょっ」
そんな言葉、神崎の言葉を無視して、皆が見ている前を神崎を引っ張り、ずかずかと歩く。
矢倉の裏に上るための階段を上り、琴吹の隣まで来た。琴吹のファン達は、アイドル顔負けの美貌に見とれ、雫の事を待っている。琴吹からマイクを奪い取ると雫は話し出した。


「まずは、このステージに立ってしまったことをお詫びします。私たちは、琴吹さんとは学友です。注目を浴びてしまいこうしてステージに来た次第です。私たちはこれで退散するので後は存分に琴吹さんのコンサートを楽しんで来てください」
登壇して話すことに慣れているのか、その姿は見て居るもの達に妙にしっくりきた。


それだけ言うと、雫はマイクを琴吹に返して神崎を引っ張りながら、矢倉を降りて行った。
雫は矢倉を降りると皆の所に戻らず、矢倉の裏にある関係者のテントに入った。
「そうゆうことか」
「そうゆうことよ」
つまり、騒ぎを収めるとの同時に、関係者テントという、確実な安全地帯に移動することが目的だったのだ。後は、琴吹が戻って来た所で一緒に帰らせてもらえば、ファンの奴らには囲まれず、祭りを出ることが出来る。


「でも、良かったのか?」
「何が?」
「これだと、もう祭りは満喫できないぞ」
そう、この選択肢ではここから動くことは出来ない。可能性は低かったがそのまま逃走し、人を撒いてからまた祭りを楽しむという選択肢も出来たはずだ。


「貴方のおかげでもう十分、楽しんだわよ」
「そうか」
本人が楽しんだというのであれば、神崎は何も言うことは無かった。


「あのう、すみません」
声を掛けてきたのは、祭りの運営委員の人だった。
「なんでしょうか」
すっと返事をしたのは神崎だったが、相手の視線は雫に向いていた。


「この後、行われる浴衣コンテストに出ていけないでしょうか」
どうやら、波乱はまだ収まらないらしい。

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