その歪な恋情は、血の匂いを纏ってあえかに微笑む【完】

邪神 白猫





 その日の放課後ーー。


 二人肩を並べて帰路につく道すがら、すぐ隣を見てみればそれは楽しそうに笑っている茉莉がいる。

 今日あった出来事を、楽しそうに俺に語り聞かせる茉莉。
 その横で、新しくできた彼氏のことで気もそぞろな俺は、ただ、黙って静かに歩くだけ。

 それでも、そんな俺の態度に不満の色など一切みせない茉莉は、相変わらず楽しそうに声を弾ませている。



 ーーいつか、俺の気持ちが茉莉に届いてくれれば。

 そう思い続けて、大人しく”幼なじみ”を演じてきたけれど……。
 
 一向にその想いは届くことなく。

 ただ、その”想い”だけが醜くく捻じ曲がったモノへと変貌してゆくだけ。


(こんなに苦しいなら、いっそこの”想い”は捨ててしまおうーー)


 そう思ったことも、正直、一度や二度ではない。

 だけど、そう思って簡単に捨てられるようなものでもなくーー


 新しい彼氏が出来る度深く傷付いては、更にドス黒く染まってゆく茉莉への恋情。


 ーーこんな愛し方を、自ら望んだわけではない。

 
 だけど、哀しいほどに茉莉を切望するその想いは、自然と俺の中から溢れ出し。

 受け皿を持たないその想いは、ただ、泥水となって足元に溜まってゆくばかり。

 それはいつしかドロドロとした底なし沼となり、俺の足を捉えたが最後、息絶えるまで決して離そうとはしてくれない。
 
 息苦しさに思わず顔を歪めると、俺の異変に気付いたのか、不意に立ち止まった茉莉は俺を見つめて哀しそうに微笑んだ。


「……蓮。これからもずっと、そばにいてね……」


 茉莉がこの言葉を言うようになったのは、いつからだったかーー


 あれは確か、中学に上がる頃。

 茉莉の両親が、離婚してからだったような気がする。

 時折寂しそうな笑顔を浮かべては、『蓮だけは、ずっとそばにいてね』と哀しそうに告げる茉莉。

 当時は単純に嬉しかったその言葉も、今となっては”呪いの言葉”のようで酷く苦しいだけ。


「茉莉には……彼氏がいるだろ」

「きっと、すぐに別れるよ……。恋愛って、そんなものでしょ? ……パパとママみたいに。いつか、別れがくる……。私にとって大切なのは……今も昔も、蓮一人だけ」

「っ……! じゃあ、なんで彼氏なんて作るんだよ……っ!」


 ”俺が一番大切”だと告げながら、そのくせ”恋人”には違う男を求める。


 そんな茉莉が許せなくて。

 でも、それ以上に愛する気持ちを止められなくてーー


 この地獄のような苦しみから逃れるかのように、茉莉の腕を掴んで引き寄せると、その唇を塞いだ。

 
(……お前も、俺のいる地獄まで落ちてこい)


 そんなことを思ってしまう俺は、最低なのだろうかーー?



 だけどーー

 茉莉と一緒にみる地獄なら、それはきっと甘い悪夢となるだろう。

 それなら、いっそ二人でーー


「っ……! やめて……っ!」


 俺の胸を思い切り突き飛ばした茉莉は、今にも泣き出しそうな顔をさせると、何かを訴えるかのような瞳で俺を見つめた。


 その瞳は酷く哀し気で、それでいてとても美しくーー


 まるで枯渇した地獄の底に咲く、たった一輪の花のごとく。

 酷く、魅惑的なものだったーー

 







※※※





 
 

 そのまま真っ直ぐ帰る気分にもなれなかった俺は、小一時間程駅前で時間を潰すとその足で帰途へとついた。


(きっと茉莉はまた、明日になれば普段通りになるんだろうな……)

 
 そしてまた、ただの”幼なじみ”としての毎日が始まる。

 この長く辛い日々に、終わりなどあるのだろうかーー?

 そんなことを考えながら角を曲がると、その先に見えてきた光景にピタリと足を止めた。


(最悪だ……)


 今まで鉢合わせないよう避けてきたというのに、よりにもよって、こんなタイミングで見てしまうとは……。

 家の前で寄り添うようにして親し気に話す二人を見て、息苦しさから呼吸が乱れ始める。


(いっそ、殺してくれーー)


 そう思う程に酷く苦しいというのに、男と親し気に話す茉莉の姿から視線を逸らすことができない。


「……っ」

(茉莉……っ。お前はやっぱり、悪魔だ……)


 楽しそうに会話を弾ませながら、とても嬉しそうに微笑んだ茉莉。

 その視線は、確かに俺へと向けられている。


(茉莉……。俺は、気付いてたよ……)


 男に擦り寄りながらも、決して俺から視線を逸らそうとはしない。

 まるであの日の俺を彷彿とさせるかのように、ゆっくりと唇を舌で舐めとった茉莉はーー

 俺を見つめながら、喜悦した微笑みを作った。

 
(お前はーーとっくの昔から、地獄に落ちてる)


 
 仄かに鉄臭い血の匂いをまとった風が、俺の鼻腔を掠めて通りすぎていくーーそんな気がした。



『大切なのは、蓮だけーー』


 何度も言われ続けたその言葉は、着実に俺の”心”を侵食していった。


(地獄へ引きずり込まれたのはーー俺の方)

 
 茉莉の愛情は、とても歪んでいる。

 それでも、愛さずにはいられない俺自身もーーきっと、酷く歪んでいるのだろう。


「……大好き。この世で一番、”貴方”が大切。だからーーずっと、そばにいてね」


 そんな言葉を紡ぎながら、目の前の男を見上げてそっとキスを落とした茉莉。


 その視線はーー

 確かにずっと、俺を捉え続けながらーー。


 ”俺が大切”だと告げながら、好きでもない男に向けて偽りの愛を囁き、【裏切りのキス】を交わす。



 その姿が、どうしようもなく美しく見えたのはーー

 俺が、歪みきってしまったせいなのだろうか。



 たとえそうだとしてもーー


 俺は、茉莉と一緒なら、どこまでだって地獄に落ちてもいい。

 そう思える程に、茉莉を愛している。





 だからーー


「これからもずっと、そばにいて。……茉莉」

 
 ポツリと小さく呟くと、美しくも悪魔のような微笑みを湛える茉莉に向けて

 ーー俺は、あえかな微笑みを返す。





 【二人一緒に落ちる地獄なら、それはきっと、甘い悪夢ーー】




 これから先もずっと、俺達は永遠に離れはしないーー
 








ーー完ーー

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