(旧)こっそり守る苦労人
冷徹な戦士 前編
【零の視点】
到着した頃には、既に辺りは暗くなっていた。柊さんは正確な場所までは伝えていなかったが、そこは『経験』と『スキル』で簡単に割り出した。
遠ざかって行く女子学生の足音だけが鈍く俺の耳に響く。夜遅くである為、周囲には人の影どころか気配もない。
狩りとしては1番良い環境だ。お互いにとって。 
『グルゥ!』
「……」
人気がなく夜だからか……静かだ。
最近は暑いくらいの毎日であるが、さすがに夜風は冷たく感じる。
いつもの俺なら場の雰囲気に少なからず反応したかもしれない。知り合いでもいればまず間違いなく。
しかし、この状態の俺は普段とは正反対。感傷に浸ることなく、冷め切っていた。
『グ、グルゥ……!』
「……」
夜でも目立たない服装を選んだつもりだ。夜に溶け込むような黒のジャケットとズボンで統一している。……普通に人に見られたら避けるか通報をされてもおかしくない。怪しさ全開な格好だったが、誰かに見られることを前提にしていない為、そこは気にしなかった。
『グルゥ……?』
しかし、俺のことを知っている奴がもしこの場にいたら……と思うこともない訳ではない。きっとビックリするどころではないか、事情を知らなければ、また変なことをしているとしか思われないかもしれない。変人扱いに不満はあるが、最悪それで誤魔化せれるならいいのか?
『グ、グルゥ!』
特に由香さんとかが見たら何て言うか。
あの人のことだ、きっと俺も予想の付かない珍妙な反応をするに違いない……。
『グルゥゥゥ!!』
「……」
なんて下らないことを考えていたら、さっきまでビクビクしていた獣がすっかり戦闘モードに入ってしまった。余裕を取り戻したか、良い感じな威嚇をして来る。
今回の魔獣は獣タイプのようだ。大体の魔獣はこの世界の生き物の情報を読み取って、それに近い姿で現れることが多い。中には『ザ・ファンタジー』と言ってもいいヤツまで出て来ることがあるが、それは上位の中でも上位種で出現も稀である為、そのタイプの情報は非常に少ない。
それに近い生き物に化けると言ってもあくまで目安でしかなく、元と比べたら馬鹿らしくなるほど桁違いだ。
現れた獣の体長は3メートルを超えている。ただデカいだけでなく硬そうな黒い鱗、口から見えるデカい牙、先端が尖った刃物ようなギザギザの尻尾、最後は狼やライオンでも見せない獰猛な獣の顔であった。
『グルゥガァァァァァ!!』
ゴ○ラやガ○ラの親戚かと問いたくなる。一般の人間であれば間違いなくパニックに陥っていただろう。
「……」
俺は落ち着いたまま、相手を観察した。
『グルゥガッ!』
獣は俺が動かないと判断したのか、先手を取ろうと……単純に飢えた食欲で我慢の限界が来たか、ただ見上げている無防備に見える俺に襲い掛かって来たが、甘い。 
ガキッ
『グゥガッ!?』
振るわれた金属のような爪を出した右の前足。掠っただけでも命取りになり兼ねないのは、見ただけで理解した。
それに対して俺が取った方法は『防御』だ。
驚く獣にとってはいつも間にかだろう。
俺の右手に持った片手用の黒い盾。大して大きくも分厚くもないが、それによって阻まれた獣は苦悶の声を出して動きを止めた。
「……」
相手が動きを受け止めたところで、空いていた左手に一瞬だけ意識を集中する。
『グルゥ!?』
また気付かない間に獣の視界に現れたのだろう。西洋剣のような黒い両刃の剣を左手に持つ。
『……ッ! グ、グルゥ!』
大して力も込めない軽い横振り。普通なら切れるかどうかも怪しい剣速を慌てた様子で回避行動を取る獣。
『ッ、グルゥァァァァァーー!!』
まるで死の一歩手前のような必死の形相でギリギリ躱すと、余程俺の剣に危機感を感じたか今度は逆に距離を取り始めたが……。
───逃すと思うか?
『グルゥ!?』
後退しようとした時点で俺は前に出る。
右手の持っている盾を前に出して突撃していた。
『グゥ!』
タックルの要領での突撃に避けれないと感じたか、獣も回避を止めて牙や爪で迎え撃とうするが……。
「……」
無駄にデカい図体が止まったので、遠慮なく左手の黒剣で斬りに行く。
牙や爪は厄介であるが、避けて通れない訳ではないので、冷静に見て躱しながら至近距離で相手の腹部に黒剣を突き刺した。 
『グルゥガ!?』
嫌悪感を剥き出しにしていた剣が突き刺さったことで、ショックを受けたように硬直するとあっという間に苦しむ出す獣。
それを他所に俺は突き刺した剣で腹部を深く押し込む。すると突き刺した部分から煙が出始めて、漏れが増えていくに連れて獣の存在が弱くなっていくのを感じ取った。
『───!? グッ……ルゥアッ!』
存在消失の危機を激痛と共に確信したか、痛む肉体を強引に動かして後方に飛ぶ。突き刺さった剣が抜かれて一瞬安堵した表情をするが、腹部の痛みが警告するように響いたのか、表情が引き攣ると再び獣の視線が俺を捉えた。
視線が合うと無感情な俺の瞳に獣の動揺がハッキリと見えた。
「……」
持っていた盾と剣は消える。代わりに黒い弓に黒い矢を掛けて構えており、獣に向かって射抜いた。
******
【獣の視点】
嫌な予感がした。
あの黒い剣を目にした途端、沸き立っていた獣の血の気が引き、激痛と共に突き刺さった剣を見て消滅の予感を感じ取った。
間近に立つのも危ういと痛みを堪えて飛び跳ねる。後方へ飛ぶと相手に視線を移した瞬間。
こちらに迫る黒き一線が見えた気がした。
『グッ!? グルゥ……?』
気が付いたら強い衝撃を体の右側から来る。
思わずよろめいて倒れそうになるが、どうにか立ち上がろうとする。
すると、バランスを取ろうと動かした体の右半分に違和感を感じた。 
『?』
不審に思い自分の右側に視線を向ける。
この時、不意なことが重なっていたことで獣の緊張も一時的に緩んでいたが、それがより獣の心に大きな衝撃を与えた。
削れたように消えた体の右半分。前の右脚が無くなっていた為、バランスが上手く取れなかったのだ。
呆然とした目で見た獣の瞳が一変。
恐怖が満たされると次に激痛の色で染まった。
『───っ!? グルゥアァァァァ〜〜ッッ!?!?』
意識した瞬間、身体中に激痛が走ってしまった。
しかし、知能タイプであったからか、どうしようもない激痛の中でも獣は理解してしまう。
【この武器は『魔獣の存在』を消している】
具体的な能力までは分からないが、そんなことを考えている間にも、相手は持っている武器を弓から槍に切り替えていた。獣でも認識出来ない間に。
『グルゥ!?』
まただ、突然獣の視界に出て来た様々な武器。
頭が良い獣はこれが狩人の異能なのはすぐ分かった。
しかし、驚くべきはその武器を出す早さだ。いや、能力発動の速さと言うべきか。
獣の驚異的な動体視力を持ってしても捉え切れない。異能者と戦うのは今回が初めてだが、そんな獣でも異常だと感じさせる異常さ。
初めに自分の攻撃を受け止めた盾からも感じた。押し切れない程の凄まじい力、人間離れしたあの異様な力。
こちらの攻撃に対し的確に対応したあの反応速度だ。
先程までの獣の動きは普通の人間ではあれば、反応することすら出来ないレベル。たとえ異能者であっても非常に難しい速度での戦いだった。
一瞬で自分の懐に入る瞬発力、相手の動きに合わせて臨機応変に対応して来る判断力。
この狩人は反応速度だけではない、状況判断能力も高い人間離れした力を持っていた。
『グ、グルゥ……』
「……」
狩人は間違いなく魔獣との戦いに慣れている。相手の動きに細心の注意を張らなければ、一瞬でやられる。
必死に思考を巡らせて対応策を考えるが、彼が異常なことしか分からない。パワーや反応速度も含まれるが、厄介なのはあの発動スピードである。
もしかしたら、あの発動速度を含め異能なのかもしれないが、それ以外はどう説明する?
僅かな攻防で人間ではあり得ないことが沢山起きてしまった。異能者だからでは納得出来ないレベルでだ。ここまで来ると人間ではない何かかと思ってしまう。
『グルゥ……』
しかし、所詮は獣でしかない魔獣。知能が高いと言っても限界があったが、それでも獣は泣けなしの知能をフル回転させ、自分が生き残れる未来を考える。
『……』
残念ながらこの状況でもう勝つのは不可能だ。実力以前に経験値で圧倒的に負けている以上、どう能力を使っても相手の裏を掻ける気がしなかった。本能が既に勝てないと、逃げろと訴えていた。
ならば次の選択肢として選べるのは、この場か離脱の1択のみ。
そこから考えに考えた獣は、1つだけ方法があることに気付いた。少なくとも力でゴリ押しするよりは確実性があると感じた。
******
【零の視点】
「……」
なにやら一生懸命打開策を考えているようだ。思考を必死に巡らせて歪む獣の表情からそう読み取った俺は、飢えた獣でも危機的状況ならさすがに飢えも忘れるか、と感心しつつ出方を伺い眺めていた。
確かに現状、俺の方が圧倒的に優位であるのは明らかだ。僅かな攻防で獣の力量はある程度把握は済んでいた。
さらに戦闘合間に気付いたことであるが、恐らく異能使いとの戦闘経験がほぼ無いと考えられる。仮にあったとしても精々1度か2度、それも短期戦かつ不意打ちに近いものだ。
出なければ俺が異常な異能使いだとしても、この魔獣の『瘴気』の濃度を高さと力量にズレが大き過ぎた。……予想通りならこいつは『心力』を喰らい続けただけで、戦闘経験は殆ど無いランクとしても高くても倒しやすいタイプだ。
「……」
しかし、まだ逆転の可能性はある。最も確実なのは逃げることだが、それだけでも考える限り、10通り以上は浮かんだ。
普段の俺なら油断して取り逃がすか不覚を取られたかもしれないが、今の俺は違う。
いや、正確にはこの領域に入っている俺は、決して油断などつまらないことはしない。……と言った方が正しいか。
「ん? そう考えると俺って、あの俺とは全然違うよな?」
戦闘中、無言な俺が思わず声が漏れるくらいに意識が獣からズレた。
相手に動きがある中、ふとどっちの自分が本当の自分かなどと、どうでもいいことを考えてしまった。
『グルゥゥゥガーーッッ!!』
獣は勢いよく口を大きく開ける。咆哮を上げると紫色の巨大な炎がこちらに向かって放った。
「……」
既にズレていた意識は獣に戻っていた。
大した大きさだと、2メートルはある紫色な炎の塊を見て思う。
そして、同時に想定内だなと内心確信した。 
相手の取った選択は逃げだ。
予想していた展開の1つであった。
……ならば。
次の手で、最後の攻撃で、トドメを射す。
「……!」
右手に持つ黒い槍から、さらに濃い黑いオーラが出る。片手持ちで槍を肩まで持ち上げると、先端を獣に向け投槍のように構えた。
ここまでの動作に一切の無駄の無い。瞬時に迎撃準備を整えて、獣が……【魔獣】が下らない選択を選んだことに対して、無感情な呟きを漏らした。
「……アウトだ」
同時に構えていた槍を放つ。
───【黒槍必中】。
“冷徹な戦士”後編に続く。
おまけ───『とある学生達の帰り道』
栞「……」イライラ!
楓「あっ、あの栞さん……」
栞「なに……」ギロン!
楓「い、いえ、なんでも!」ビクッ!
栞「……そう」
栞・楓「「……」」
楓「(うう、空気が重いです。一体どうしたらいいのでしょうか? ……いえ、原因が分かっています。彼が来てくれなかったことですよね。……でも)」
楓「しょうがないですよ。急なお願いだったんですから、相手の都合もありますし」
栞「む!」
楓「それに今度一緒にお食事に行けますし」
栞「……仕方ないわね。取り敢えずそれで妥協するわ」
楓「(ほっ)」
栞「でも……今度焼き入れる!!」メラァッ!!
楓「……(泉さん頑張ってくださいっ!)」ダラダラ(汗)
*この瞬間、近くにいる鳥や野良猫、犬などが一斉にビクッと震わせて何かに怯えた。
到着した頃には、既に辺りは暗くなっていた。柊さんは正確な場所までは伝えていなかったが、そこは『経験』と『スキル』で簡単に割り出した。
遠ざかって行く女子学生の足音だけが鈍く俺の耳に響く。夜遅くである為、周囲には人の影どころか気配もない。
狩りとしては1番良い環境だ。お互いにとって。 
『グルゥ!』
「……」
人気がなく夜だからか……静かだ。
最近は暑いくらいの毎日であるが、さすがに夜風は冷たく感じる。
いつもの俺なら場の雰囲気に少なからず反応したかもしれない。知り合いでもいればまず間違いなく。
しかし、この状態の俺は普段とは正反対。感傷に浸ることなく、冷め切っていた。
『グ、グルゥ……!』
「……」
夜でも目立たない服装を選んだつもりだ。夜に溶け込むような黒のジャケットとズボンで統一している。……普通に人に見られたら避けるか通報をされてもおかしくない。怪しさ全開な格好だったが、誰かに見られることを前提にしていない為、そこは気にしなかった。
『グルゥ……?』
しかし、俺のことを知っている奴がもしこの場にいたら……と思うこともない訳ではない。きっとビックリするどころではないか、事情を知らなければ、また変なことをしているとしか思われないかもしれない。変人扱いに不満はあるが、最悪それで誤魔化せれるならいいのか?
『グ、グルゥ!』
特に由香さんとかが見たら何て言うか。
あの人のことだ、きっと俺も予想の付かない珍妙な反応をするに違いない……。
『グルゥゥゥ!!』
「……」
なんて下らないことを考えていたら、さっきまでビクビクしていた獣がすっかり戦闘モードに入ってしまった。余裕を取り戻したか、良い感じな威嚇をして来る。
今回の魔獣は獣タイプのようだ。大体の魔獣はこの世界の生き物の情報を読み取って、それに近い姿で現れることが多い。中には『ザ・ファンタジー』と言ってもいいヤツまで出て来ることがあるが、それは上位の中でも上位種で出現も稀である為、そのタイプの情報は非常に少ない。
それに近い生き物に化けると言ってもあくまで目安でしかなく、元と比べたら馬鹿らしくなるほど桁違いだ。
現れた獣の体長は3メートルを超えている。ただデカいだけでなく硬そうな黒い鱗、口から見えるデカい牙、先端が尖った刃物ようなギザギザの尻尾、最後は狼やライオンでも見せない獰猛な獣の顔であった。
『グルゥガァァァァァ!!』
ゴ○ラやガ○ラの親戚かと問いたくなる。一般の人間であれば間違いなくパニックに陥っていただろう。
「……」
俺は落ち着いたまま、相手を観察した。
『グルゥガッ!』
獣は俺が動かないと判断したのか、先手を取ろうと……単純に飢えた食欲で我慢の限界が来たか、ただ見上げている無防備に見える俺に襲い掛かって来たが、甘い。 
ガキッ
『グゥガッ!?』
振るわれた金属のような爪を出した右の前足。掠っただけでも命取りになり兼ねないのは、見ただけで理解した。
それに対して俺が取った方法は『防御』だ。
驚く獣にとってはいつも間にかだろう。
俺の右手に持った片手用の黒い盾。大して大きくも分厚くもないが、それによって阻まれた獣は苦悶の声を出して動きを止めた。
「……」
相手が動きを受け止めたところで、空いていた左手に一瞬だけ意識を集中する。
『グルゥ!?』
また気付かない間に獣の視界に現れたのだろう。西洋剣のような黒い両刃の剣を左手に持つ。
『……ッ! グ、グルゥ!』
大して力も込めない軽い横振り。普通なら切れるかどうかも怪しい剣速を慌てた様子で回避行動を取る獣。
『ッ、グルゥァァァァァーー!!』
まるで死の一歩手前のような必死の形相でギリギリ躱すと、余程俺の剣に危機感を感じたか今度は逆に距離を取り始めたが……。
───逃すと思うか?
『グルゥ!?』
後退しようとした時点で俺は前に出る。
右手の持っている盾を前に出して突撃していた。
『グゥ!』
タックルの要領での突撃に避けれないと感じたか、獣も回避を止めて牙や爪で迎え撃とうするが……。
「……」
無駄にデカい図体が止まったので、遠慮なく左手の黒剣で斬りに行く。
牙や爪は厄介であるが、避けて通れない訳ではないので、冷静に見て躱しながら至近距離で相手の腹部に黒剣を突き刺した。 
『グルゥガ!?』
嫌悪感を剥き出しにしていた剣が突き刺さったことで、ショックを受けたように硬直するとあっという間に苦しむ出す獣。
それを他所に俺は突き刺した剣で腹部を深く押し込む。すると突き刺した部分から煙が出始めて、漏れが増えていくに連れて獣の存在が弱くなっていくのを感じ取った。
『───!? グッ……ルゥアッ!』
存在消失の危機を激痛と共に確信したか、痛む肉体を強引に動かして後方に飛ぶ。突き刺さった剣が抜かれて一瞬安堵した表情をするが、腹部の痛みが警告するように響いたのか、表情が引き攣ると再び獣の視線が俺を捉えた。
視線が合うと無感情な俺の瞳に獣の動揺がハッキリと見えた。
「……」
持っていた盾と剣は消える。代わりに黒い弓に黒い矢を掛けて構えており、獣に向かって射抜いた。
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【獣の視点】
嫌な予感がした。
あの黒い剣を目にした途端、沸き立っていた獣の血の気が引き、激痛と共に突き刺さった剣を見て消滅の予感を感じ取った。
間近に立つのも危ういと痛みを堪えて飛び跳ねる。後方へ飛ぶと相手に視線を移した瞬間。
こちらに迫る黒き一線が見えた気がした。
『グッ!? グルゥ……?』
気が付いたら強い衝撃を体の右側から来る。
思わずよろめいて倒れそうになるが、どうにか立ち上がろうとする。
すると、バランスを取ろうと動かした体の右半分に違和感を感じた。 
『?』
不審に思い自分の右側に視線を向ける。
この時、不意なことが重なっていたことで獣の緊張も一時的に緩んでいたが、それがより獣の心に大きな衝撃を与えた。
削れたように消えた体の右半分。前の右脚が無くなっていた為、バランスが上手く取れなかったのだ。
呆然とした目で見た獣の瞳が一変。
恐怖が満たされると次に激痛の色で染まった。
『───っ!? グルゥアァァァァ〜〜ッッ!?!?』
意識した瞬間、身体中に激痛が走ってしまった。
しかし、知能タイプであったからか、どうしようもない激痛の中でも獣は理解してしまう。
【この武器は『魔獣の存在』を消している】
具体的な能力までは分からないが、そんなことを考えている間にも、相手は持っている武器を弓から槍に切り替えていた。獣でも認識出来ない間に。
『グルゥ!?』
まただ、突然獣の視界に出て来た様々な武器。
頭が良い獣はこれが狩人の異能なのはすぐ分かった。
しかし、驚くべきはその武器を出す早さだ。いや、能力発動の速さと言うべきか。
獣の驚異的な動体視力を持ってしても捉え切れない。異能者と戦うのは今回が初めてだが、そんな獣でも異常だと感じさせる異常さ。
初めに自分の攻撃を受け止めた盾からも感じた。押し切れない程の凄まじい力、人間離れしたあの異様な力。
こちらの攻撃に対し的確に対応したあの反応速度だ。
先程までの獣の動きは普通の人間ではあれば、反応することすら出来ないレベル。たとえ異能者であっても非常に難しい速度での戦いだった。
一瞬で自分の懐に入る瞬発力、相手の動きに合わせて臨機応変に対応して来る判断力。
この狩人は反応速度だけではない、状況判断能力も高い人間離れした力を持っていた。
『グ、グルゥ……』
「……」
狩人は間違いなく魔獣との戦いに慣れている。相手の動きに細心の注意を張らなければ、一瞬でやられる。
必死に思考を巡らせて対応策を考えるが、彼が異常なことしか分からない。パワーや反応速度も含まれるが、厄介なのはあの発動スピードである。
もしかしたら、あの発動速度を含め異能なのかもしれないが、それ以外はどう説明する?
僅かな攻防で人間ではあり得ないことが沢山起きてしまった。異能者だからでは納得出来ないレベルでだ。ここまで来ると人間ではない何かかと思ってしまう。
『グルゥ……』
しかし、所詮は獣でしかない魔獣。知能が高いと言っても限界があったが、それでも獣は泣けなしの知能をフル回転させ、自分が生き残れる未来を考える。
『……』
残念ながらこの状況でもう勝つのは不可能だ。実力以前に経験値で圧倒的に負けている以上、どう能力を使っても相手の裏を掻ける気がしなかった。本能が既に勝てないと、逃げろと訴えていた。
ならば次の選択肢として選べるのは、この場か離脱の1択のみ。
そこから考えに考えた獣は、1つだけ方法があることに気付いた。少なくとも力でゴリ押しするよりは確実性があると感じた。
******
【零の視点】
「……」
なにやら一生懸命打開策を考えているようだ。思考を必死に巡らせて歪む獣の表情からそう読み取った俺は、飢えた獣でも危機的状況ならさすがに飢えも忘れるか、と感心しつつ出方を伺い眺めていた。
確かに現状、俺の方が圧倒的に優位であるのは明らかだ。僅かな攻防で獣の力量はある程度把握は済んでいた。
さらに戦闘合間に気付いたことであるが、恐らく異能使いとの戦闘経験がほぼ無いと考えられる。仮にあったとしても精々1度か2度、それも短期戦かつ不意打ちに近いものだ。
出なければ俺が異常な異能使いだとしても、この魔獣の『瘴気』の濃度を高さと力量にズレが大き過ぎた。……予想通りならこいつは『心力』を喰らい続けただけで、戦闘経験は殆ど無いランクとしても高くても倒しやすいタイプだ。
「……」
しかし、まだ逆転の可能性はある。最も確実なのは逃げることだが、それだけでも考える限り、10通り以上は浮かんだ。
普段の俺なら油断して取り逃がすか不覚を取られたかもしれないが、今の俺は違う。
いや、正確にはこの領域に入っている俺は、決して油断などつまらないことはしない。……と言った方が正しいか。
「ん? そう考えると俺って、あの俺とは全然違うよな?」
戦闘中、無言な俺が思わず声が漏れるくらいに意識が獣からズレた。
相手に動きがある中、ふとどっちの自分が本当の自分かなどと、どうでもいいことを考えてしまった。
『グルゥゥゥガーーッッ!!』
獣は勢いよく口を大きく開ける。咆哮を上げると紫色の巨大な炎がこちらに向かって放った。
「……」
既にズレていた意識は獣に戻っていた。
大した大きさだと、2メートルはある紫色な炎の塊を見て思う。
そして、同時に想定内だなと内心確信した。 
相手の取った選択は逃げだ。
予想していた展開の1つであった。
……ならば。
次の手で、最後の攻撃で、トドメを射す。
「……!」
右手に持つ黒い槍から、さらに濃い黑いオーラが出る。片手持ちで槍を肩まで持ち上げると、先端を獣に向け投槍のように構えた。
ここまでの動作に一切の無駄の無い。瞬時に迎撃準備を整えて、獣が……【魔獣】が下らない選択を選んだことに対して、無感情な呟きを漏らした。
「……アウトだ」
同時に構えていた槍を放つ。
───【黒槍必中】。
“冷徹な戦士”後編に続く。
おまけ───『とある学生達の帰り道』
栞「……」イライラ!
楓「あっ、あの栞さん……」
栞「なに……」ギロン!
楓「い、いえ、なんでも!」ビクッ!
栞「……そう」
栞・楓「「……」」
楓「(うう、空気が重いです。一体どうしたらいいのでしょうか? ……いえ、原因が分かっています。彼が来てくれなかったことですよね。……でも)」
楓「しょうがないですよ。急なお願いだったんですから、相手の都合もありますし」
栞「む!」
楓「それに今度一緒にお食事に行けますし」
栞「……仕方ないわね。取り敢えずそれで妥協するわ」
楓「(ほっ)」
栞「でも……今度焼き入れる!!」メラァッ!!
楓「……(泉さん頑張ってくださいっ!)」ダラダラ(汗)
*この瞬間、近くにいる鳥や野良猫、犬などが一斉にビクッと震わせて何かに怯えた。
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