オリジナルマスター

ルド@

特別版 魔法使い弟子は仕事人と作者からの前フリ。

『魔法警務部隊』―――その名の通り魔法関連の事件を中心に処理する部隊のこと。
 部隊の者たちは全員が魔法使いであり、この夜もまた影で魔法犯罪を行っている集団を取り締まっていた。

「そこまでだ! 全員動くんじゃない!」

「――ヤベェ! 早くずらかれッ!」

「お、おうっ!」

 ある日の夜、魔法のダイヤと言われる『高ランクの魔石』が展示されているお店で強盗が入っていた。当然のように厳重な警備システムが導入されていたが、相手も素人ではなかった。

「マズイ! 外に何人か逃げた!」

白坂しらさかさん!神崎《かんざき》さん! そっちに行ったわ!」

 システム干渉出来る『解除の魔法』によって警備システムがオフにされていたのだ。到着が遅れて包囲が甘かった箇所から何名か逃げ出すと。

「任せてください。行くよ緋奈ひな!」

「はい!」

 突入せず控えていた二人が剣を構える。茶髪の白坂桜香おうかは刀で、ポニテの神崎緋奈はガラス細工のような薄い刃の剣を片手で持つ。

「なんだ? 餓鬼だけかよ!」

「ドケヤァァァァ!」

「犯したるぞッ! コラァァァ!」

 その二人に対して血の気の多いのが三人紛れ込んで来た。着ているのが所属の制服だが、見た目からしてまだ二十歳には見えない二人だけの対応。コケにされているとしか思えなかった三名の沸点があっさり振り切った。中でも実力に自信がある二名は血走った目で突っ込む。

「右、任せる」

「了解」

 包囲された時点で魔法で強化していたのだろう。獣のような速さと動きで二人に迫るが、これぐらいの状況など何度も経験している二人は臆しない。

「―――イテェ!」

「―――ガッ!?」

 白坂は磨かれた剣技で、神崎は魔法剣の効果で、峰で斬り伏せて強打した。唖然とする残った一名は勝利を確信していたのがあっさり覆った現実に、目を白黒させて……呆れるくらい隙だらけであった。

「ご苦労、お二人さん」

「ぎゃふ!?」

 背後に立っていたもう一人の男に気付かなかった。首をトンと軽く手刀しただけだが、衝撃が身体全体を響いた。ショックを受けたように倒れると背後の男が二人に賛辞の言葉をあげた。

隆二りゅうじ兄さん……」

「建物の中も抑えた。急な仕事だったが、よくやったな」

 白坂が呟くと兄である白坂隆二は微笑んで口にする。神崎もお辞儀しつつ倒れている二人に魔法使い専用の手錠を付ける。一応気絶しているが、起きて暴れられても困るので、その辺りはちゃんとしていたところ……

「ん? どうした?」

 耳に付けていたイヤホンから急な連絡が入る。不意に良くない知らせかと三人とも嫌な予感が脳裏に過ぎり……予想通り厄介な報告であった。

 他の者たちが自滅覚悟で妨害した所為で、リーダー格の者だけ包囲網を突破された。すぐに追跡を開始したが、この辺りは入り組んだ道ばかりある。相手もそれを見越してか追跡を撒く策をいくつも用意して見事に逃げ切ったそうだ。

「すぐに追跡班と情報班に知らせろ! 衛生を使ってでもいいから追え! 奴らはシステムに干渉出来る解除魔法を所持してる! 逃したら取り返しが付かないぞ!」

「兄さん! 私と緋奈も!」

「すまん、車はこちらで用意する! そいつらは他の奴らに預けてすぐ追うぞ!」

 魔法世界の夜はまだまだ長かった。






「ん……」

「刃?」

「悪い、ちょっと寝てたわ」

「余裕ですね。今回の相手も逃したら面倒なのに」

鍵開け師・・・・だっけ? 師匠の世界から流れて来た『原初オリジナル』を拾ったのって」

「はい、必ず回収しますよ」

 分かっていると座りながら寝ていた青年が頷く。高層ビルの屋上で寝るとは中々の度胸であるが、相方は少しも感心したりしない。互いに夜だと見え難い黒のローブを着て闇に紛れながら、現在の状況を盗み見る。専用の『魔法のPC』を相方の女性が弄ると警務部隊の情報が流れてくる。……かなりグレーな情報収集であるが、二人とも気にした風は一切ない。

じんの予知通り、撒かれたそうです。やはり向こう側も必死みたいですね」

「不完全なものに頼るのもアレだが、警務部隊とは極力衝突したくないしな。相手が逃げてくれるなら有り難い限りだ」

「逃走を願うのもどうかと思いますが、捕まったら放置も出来ませんからね」

「ああ、あの術式だけは絶対に回収しないと不味いよな」

 言っていると画面に動きが見えた。女性が街に張っているカメラが相手の車を見つけた合図だ。

「さて、どの辺りだ?」

 男は横に置いていた刀を持つと、静かに魔力を全身へ馴染ませ始めた。







「はぁはぁ……! ああ! 言われた通りちゃんと手に入れたぞっ!」

 電話しながら男は運転する。既に撒いていると思うが、用心を怠らない。事前に調べていた逃走経路のいくつものパターンを混ぜて逃げ続けている。万が一部下が口を割っても問題ないように……注意深く車を走らせていた。

「ハハハハ、簡単に言ったぞ! アンタの言う通りスッゲェー魔法だぜ!」

 ハンドルを握っている己の手を見ながら告げる。嬉しげにこの力を提供してくれた相手に報告する。興奮した声音からアドレナリンが大量分泌されているようで、電話越しの相手から少々心配そうに大丈夫かと言われると心外そうに不満声で返す。

「問題ねぇーよ! アンタの言った通りちゃんと捨て役を用意してたし、捕まったアイツらに全逃走ルートまでは教えてねぇ。拷問されても吐ける情報なんか……」

 と言い終える前に車が突如停止する。別にブレーキを踏んだわけではない。アクセルを踏んでいる中で突然車がプツンと止まったのだ。

「な、なんだ急に……おい! 聞こえねぇのかっ!?」

 気付いたら電話も切れてバッテリーが切れたみたいに画面まで消えた。事前に充電してバッテリーはまだ余裕があった筈なのでそんなことはありえないが、しばらくすると車のライトまで消えて……気付いたら車の外周りも真っ暗になっていた。

「ど、どういうことだ? なんで外の電気まで……」

 不可解な現象に戸惑う男、幸いと言うか他の車もない通り道で人混みもない。夜遅くな為に店なども閉まっている。逃げ易いと考えて選んでいたルートであったが、元々人気も灯りも少ない場所で異変が起きても男以外は困るようなところではなかった。

 男は仕方なく車を降りる。依頼だった『特殊な石』を収納袋に入れて肩に掛ける。銃を構えて夜の街を走り始めた。

「はぁ、はぁ! ち、ちくしょうっ! いったい、どうなってやがる!」

 走り始めて十分以上は経っていたが、いくら走っても夜の街から抜け出せない。一応ライトも持っていたが、点けようとしても何も反応せず男は怒りのままに投げ捨てた。店での疲労もあるが、止まるわけにはいかないと必死に走っていたが、まるで迷路にでも入ってしまったのか、ルートを覚えていたのに人混みの多い通りに出れずにいた。

「はぁ、はぁ…………は?」

 いったいいつまで走ればいいのかと軽く絶望しかけていると、彼の視界に黒い羽を生やした紫の蝶が数羽舞った。夜の中でも視認できるくらい輝いており、その羽からはキラキラとした鱗粉が小さな霧のように男の上空で降られて―――

「あ、あれ……」

 眩暈を起こした男は膝をついた。咄嗟に銃で辺りを牽制したのは良い判断だが、闇しか見えない彼ではその行動は意味をなさない。

「……!」

「うっ!」

 そして振り返ると同時に銃を構えている男の腕の筋が斬られた。上げていた腕の力が抜けてダランとなったところで、さらに手首に衝撃が入る。慌てて銃を向けようとしたが、銃の上の部分が斬られており、男は焦った顔でフラつきながら動く腕で―――

「ぐっ!」

 ……を別の腕で絡まれる。闇の中で何かが動くと絡まれた男の腕が逆方へ動いて、男の体も誘導されるように壁に押し付けられた。

「だ、だれ、だっ……テメェ、は……!」

「……」

 呂律が思うように回らない男の問い掛け、相手は何も答えず男が必死に守っている肩の収納袋を奪い取る。当然暴れるように抵抗したが、軽く肩の関節を外されて苦悶している隙に取られてしまう。

 手慣れた流れるような動きの数々、思わず男の脳裏に同業者たちの顔がチラついたが、少ししてさっきまで電話していた者から忠告を思い出す。店を襲っても何もなかった為にさっきまで忘れていたが、男は確かに思い出した。


「そ、そうか! テメェが……テメェがアイツが言ってた、要注意の―――」


 言い終わる前にゴスッと鈍い衝撃が頭部を襲った。殺す気のない意識だけを刈り取る一撃。躱すことも出来ない男は衝撃であっさり白目を剥く。

「ち、クソタレ……」

 苦し紛れに言い捨てると、男の意識はそこで完全に途切れたのであった。






「はい、『解除の原初の記録オリジナル・メモリー』―――回収完了だな」

「引き上げましょう。そろそろ警務部隊の目を誤魔化すのも厳しいんで」

「だな。じゃあ、帰るか」

 死なない程度に倒した男を放置して、襲撃者の二人はその場から立ち去る。その時点で灯りは戻っており、遠くで男の車がランプを出してポツンと残っていたが、二人とも特に何もせず離れて行く。

「と、あとはコイツを……」

 ただ、一応取り返しておいた特殊な石が入っている収納袋を車の上にポンと乗せて置く。興味がないわけではないが、別に盗人から奪ってまで欲しいわけではない。少々情報を借りた警務部隊に対するお礼であった。

「はい、大変よろしい」

「普通のことだろう? これぐらいで頭を撫でられても困るんだが……」

 背丈の所為で少々やりにくそうにしている女性に苦笑いしつつ、青年は静かに夜空を見上げた。

「もうすぐ……新学期だな」

「妹さんも入学されるんですよね? 大変な一年になりそうです」

 龍崎りゅうざきじんの微かな呟きに、今度はまどかが苦笑いを溢してみせる。冗談で言っている訳ではない。まさにその通りだと彼女の言葉に深いため息で返して、この日の彼らの任務は終わりを迎えた。










 そして物語は――――。

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