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第2話 限られた人選と危うい弟子の秘剣。
「マズイな……」
呻くように男は額に手を乗せて呟く。
白のローブで魔術師のような格好をした男は、静かな床が畳で出来た和室で瞑想し座禅を組んでいた。
「本当に厄介なことになった」
しかし、閉じていた瞼を開けると、重苦しい雰囲気を出して考え込む。偶然にも気付いたことだが、予想よりも深刻な事態だと分かり眉間にシワを寄せていると……。
「マズイって何がだ?」
同じく座禅を組んでいた別の男が尋ねる。
動きやすいタイプの和服姿で、傍には刀と脇差しが置かれている。
偶々聞こえただけだが、呻く男の気配に気付いて片目だけ開けると困ったような面が目に入った。
「あ〜……たった今、他所から連絡があってな。どうやら別時空の扉をこじ開けて移動する馬鹿が出たらしい。それも『固有の迷宮都市』のな」
「? よく分からないが、お前の管轄じゃないなら別にいいじゃないか?  どうせ他の奴が対処するだろう?」
悩むように言う白ローブの男に姿勢を崩さず和服の男はそう返したが、白ローブの男は首を振ってさらに困った顔で座禅を組むのをやめた。
「既にいくつか他所の世界の物を盗み取られてるらしい。つい前にも知っている奴の世界に侵入したそうだ。情報を聞く限り結構面倒な相手のようだ」
しかも、それだけじゃない。
男は溜息混じりに言うと疑問符を浮かべる和服の男にも分かりやすいように、困っている訳を簡単に口にした。
「次の移動先が分かったんだが、どうやらオレの弟子の世界に行ったみたいなんだ」
「……おお、それは」
告げられた弟子という単語に聞いて、和服の男も頭を抱えてしまった。
「色々とあれだな」
真っ先に頭に浮かんだのは青年の顔。
ついこの間まで弟子と言った男が創り上げた『固有の迷宮都市』の洗礼を強制的に受けた青年。
意味も分からずダンジョンの階層を降りたり上ったり、強制的に各階層にある恐怖の体験を受けさせられた青年。
面白そうという理由で我流の魔法技能を極めさせられ、面白そうという理由で最下層の《魔王》から極悪鬼畜な戦闘術を叩き込まされた青年。
女性陣にバレないように、男性陣の要望でこっそり創られた大人な裏階層に招待されて、アレアレな目に遭いかけた青年。(後日バレて目の前を男を含む関係者全員が女性陣に折檻を受けることとなった)
「……」
……そこまで回想が膨らんだが、脱線どころかほぼ全部ロクな思い出ではないと、そこで浮かべるのをやめた。もっとも後半に関しては、よりも酷いのしか残っていないようにも思えたが。
それよりもだ。
問題は移動した先のことだった。
「……確かにマズイかもな。アイツはお前とは別の意味で危うい」
「だよな。分身の霊体でもいいからオレが出張った方がいいが、相手が別世界の時空にまで干渉が出来るのなら返って接触は危険だ。それに……」
自身の存在を理解しているからこそ、ヘタに動けない。
何より男たちの脳裏には先ほど酷い洗礼を受け続けた青年ではなく、師のチカラや《魔王》のチカラにすら干渉し跳ね除ける青年の存在。その内側で隠れたソレが反応した時の尋常ではない惨状を思い返した。
目の前の男や《魔王》とまた別の……死を覚悟させる危険極まりない、何か別のモノを彼から感じ取れたのだ。
「たとえ分身でもアイツと一緒じゃ余計に危険だ。干渉の度合いにもよるが最悪世界が一つ滅ぶ可能性もある」
だから師である彼は動けない。
だが、ただ待っているつもりもない。
「で、誰を行かせる?」
聞いていた和服の男が立ち上がる。
傍に置いていた刀を腰に差して、ニヤリと笑みを浮かべて尋ねたが、そんな風に訊いてくる時点でそれもう問いかけではなかった。
苦笑顔で白ローブの男は肩を竦める。最初から選択肢など限られていた。
「はぁ、女性陣じゃ返ってやり辛いだろう。知り合いの男でも《魔王》は当然論外だし」
こういう場合に対応できる人材がそもそも少ない。仮に送っても影響が少なくよく理解している者など、彼を含め数える程度しかいなかった。
「まぁ、そうなるか」
「そうなるな」
溜息混じりに呟くと、準備万端だと言わんばかりの姿勢の男へ視線を向けた。
*
「ジィちゃん」
年々暑くなる真夏日。
蝉の音が鬱陶しく感じる休日の昼頃。
馴染みの道場に来ていた俺──龍崎刃は、道場の主である祖父と向き合う。
「ふむ、刃よ。始めるぞ」
茶色と黒の道着を身に付けるサングラスな祖父の龍崎鉄。
そして動き易い黒の運動着に着替えた俺が立つ。
睨み合いながら中央にある巨大なソレを視線を合わせる。
巨大な器。────デザートなどで使われそうなガラス製の巨大な器に。
『……』(ドキドキ)
周りで興味津々に見つめる子供たちに見守れながら、まず祖父が合掌の構えをして動いた。
「──“浴びせるは泉の轟”、“打ち付けるは波の轟き”」
カッと目を見開くと魔力を巡らせ、祖父の両手から巨大な水が生成される。
溢れ出す水を両手で操作し、器へ目掛けて渦のように放った。
「『雄大な青なる泉』!」
【魔導師】の階級が使用できる『一級位魔法』。
本来は地の利を変えてしまう程の魔法。抑えていたが衝撃で巨大な器がぐらりと傾くと、眺めていた子供たちから驚きの声が上がる。
「お、と危ないのぉ?」
しかし、水を操作する祖父の技量は全盛期から劣らず緩みもない。
両手を動かして操作をすると渦を作りつつ器を水で満たした。魔法で生み出された水だが、飲み水として活用可能である。莫大な魔力を保有する祖父なら普通の水よりも美味しいものが出来る。
というわけで、ここからは俺の番だ。
「いけるか? 刃よ」
「もちろん」
ニヤリと試すような笑みの祖父に、俺も答えるように笑みで返した。
手のひらから『属性魔力』を放出すると、器に溢れる水に通して『属性魔法』を発動させる。俺の魔力が祖父の魔力に通ったことで変化が発生したが、いつものことなどで気にはしない。
属性を含んだ『属性魔力』。
そこから発動させる『属性魔法』。
「『属性優劣』」
基礎中の基礎な工程だが、『属性魔法』を発動させた瞬間。渦を生み出して回転していた水が凍り付く。
水属性の派生の1つ。【氷属性】へと変化させた。
『おおおおおおーー!?』
一瞬で巨大な水が氷になったことで、見ていた子供たちから歓声の悲鳴が起こる。付き添うように親御さんも来ており、騒いだり道場でイタズラしようとする子供を注意しながら見学していたが、一瞬で凍り付いた水を見て声をこそ出さなかったが、目を大きく見開いて驚いていた。
「流石だのぉ。アレだけの水をあっという間に凍らせるか」
唯一祖父のみは冷静に見ており、興味深そうにして呟いていた。
「少量の魔力だけでよく出来る。……で、この後はどうするかのぉ?」
「こうする。『微風刃』」
近くに置いてある竹刀を握ると『初級魔法』の1つ『微風刃』を纏わせる。基礎中の基礎の魔法な為、ただ微風を起こすだけの魔法だ。
だが、もう1つの『属性魔力』を注ぐことで変化。
俺の魔法は強化されるというよりも進化する。
「秘剣────『氷削剣』。これで斬る!」
「……格好良く言っておるが、ようするにカキ氷の製造機かのぉ?」
「…………秘剣────『氷削剣』」
「地雷じゃったか? 問いかけは無視でやり直しとは寂しいのぉ」
なんかしょんぼりする祖父がいる。いい歳して何やってるの?
いいじゃんカッコいいネーミングにしたって。目では分かりにくい風を起こしているだけだから子供たちの反応も鈍いが、その反応もすぐに塗り替えて見せましょう。
「見よ! 我が剣技を!」
高々と竹刀を掲げて俺は氷が乗った器に飛び掛かる。大魔王に挑むかのような姿勢で。……実際にやったらただじゃ済まないけど。
バッと飛び立つ俺を見て「おおおお!?」とどよめきが起こる中、俺は器を上に乗っている巨大な氷に向かって竹刀を振るった。
呻くように男は額に手を乗せて呟く。
白のローブで魔術師のような格好をした男は、静かな床が畳で出来た和室で瞑想し座禅を組んでいた。
「本当に厄介なことになった」
しかし、閉じていた瞼を開けると、重苦しい雰囲気を出して考え込む。偶然にも気付いたことだが、予想よりも深刻な事態だと分かり眉間にシワを寄せていると……。
「マズイって何がだ?」
同じく座禅を組んでいた別の男が尋ねる。
動きやすいタイプの和服姿で、傍には刀と脇差しが置かれている。
偶々聞こえただけだが、呻く男の気配に気付いて片目だけ開けると困ったような面が目に入った。
「あ〜……たった今、他所から連絡があってな。どうやら別時空の扉をこじ開けて移動する馬鹿が出たらしい。それも『固有の迷宮都市』のな」
「? よく分からないが、お前の管轄じゃないなら別にいいじゃないか?  どうせ他の奴が対処するだろう?」
悩むように言う白ローブの男に姿勢を崩さず和服の男はそう返したが、白ローブの男は首を振ってさらに困った顔で座禅を組むのをやめた。
「既にいくつか他所の世界の物を盗み取られてるらしい。つい前にも知っている奴の世界に侵入したそうだ。情報を聞く限り結構面倒な相手のようだ」
しかも、それだけじゃない。
男は溜息混じりに言うと疑問符を浮かべる和服の男にも分かりやすいように、困っている訳を簡単に口にした。
「次の移動先が分かったんだが、どうやらオレの弟子の世界に行ったみたいなんだ」
「……おお、それは」
告げられた弟子という単語に聞いて、和服の男も頭を抱えてしまった。
「色々とあれだな」
真っ先に頭に浮かんだのは青年の顔。
ついこの間まで弟子と言った男が創り上げた『固有の迷宮都市』の洗礼を強制的に受けた青年。
意味も分からずダンジョンの階層を降りたり上ったり、強制的に各階層にある恐怖の体験を受けさせられた青年。
面白そうという理由で我流の魔法技能を極めさせられ、面白そうという理由で最下層の《魔王》から極悪鬼畜な戦闘術を叩き込まされた青年。
女性陣にバレないように、男性陣の要望でこっそり創られた大人な裏階層に招待されて、アレアレな目に遭いかけた青年。(後日バレて目の前を男を含む関係者全員が女性陣に折檻を受けることとなった)
「……」
……そこまで回想が膨らんだが、脱線どころかほぼ全部ロクな思い出ではないと、そこで浮かべるのをやめた。もっとも後半に関しては、よりも酷いのしか残っていないようにも思えたが。
それよりもだ。
問題は移動した先のことだった。
「……確かにマズイかもな。アイツはお前とは別の意味で危うい」
「だよな。分身の霊体でもいいからオレが出張った方がいいが、相手が別世界の時空にまで干渉が出来るのなら返って接触は危険だ。それに……」
自身の存在を理解しているからこそ、ヘタに動けない。
何より男たちの脳裏には先ほど酷い洗礼を受け続けた青年ではなく、師のチカラや《魔王》のチカラにすら干渉し跳ね除ける青年の存在。その内側で隠れたソレが反応した時の尋常ではない惨状を思い返した。
目の前の男や《魔王》とまた別の……死を覚悟させる危険極まりない、何か別のモノを彼から感じ取れたのだ。
「たとえ分身でもアイツと一緒じゃ余計に危険だ。干渉の度合いにもよるが最悪世界が一つ滅ぶ可能性もある」
だから師である彼は動けない。
だが、ただ待っているつもりもない。
「で、誰を行かせる?」
聞いていた和服の男が立ち上がる。
傍に置いていた刀を腰に差して、ニヤリと笑みを浮かべて尋ねたが、そんな風に訊いてくる時点でそれもう問いかけではなかった。
苦笑顔で白ローブの男は肩を竦める。最初から選択肢など限られていた。
「はぁ、女性陣じゃ返ってやり辛いだろう。知り合いの男でも《魔王》は当然論外だし」
こういう場合に対応できる人材がそもそも少ない。仮に送っても影響が少なくよく理解している者など、彼を含め数える程度しかいなかった。
「まぁ、そうなるか」
「そうなるな」
溜息混じりに呟くと、準備万端だと言わんばかりの姿勢の男へ視線を向けた。
*
「ジィちゃん」
年々暑くなる真夏日。
蝉の音が鬱陶しく感じる休日の昼頃。
馴染みの道場に来ていた俺──龍崎刃は、道場の主である祖父と向き合う。
「ふむ、刃よ。始めるぞ」
茶色と黒の道着を身に付けるサングラスな祖父の龍崎鉄。
そして動き易い黒の運動着に着替えた俺が立つ。
睨み合いながら中央にある巨大なソレを視線を合わせる。
巨大な器。────デザートなどで使われそうなガラス製の巨大な器に。
『……』(ドキドキ)
周りで興味津々に見つめる子供たちに見守れながら、まず祖父が合掌の構えをして動いた。
「──“浴びせるは泉の轟”、“打ち付けるは波の轟き”」
カッと目を見開くと魔力を巡らせ、祖父の両手から巨大な水が生成される。
溢れ出す水を両手で操作し、器へ目掛けて渦のように放った。
「『雄大な青なる泉』!」
【魔導師】の階級が使用できる『一級位魔法』。
本来は地の利を変えてしまう程の魔法。抑えていたが衝撃で巨大な器がぐらりと傾くと、眺めていた子供たちから驚きの声が上がる。
「お、と危ないのぉ?」
しかし、水を操作する祖父の技量は全盛期から劣らず緩みもない。
両手を動かして操作をすると渦を作りつつ器を水で満たした。魔法で生み出された水だが、飲み水として活用可能である。莫大な魔力を保有する祖父なら普通の水よりも美味しいものが出来る。
というわけで、ここからは俺の番だ。
「いけるか? 刃よ」
「もちろん」
ニヤリと試すような笑みの祖父に、俺も答えるように笑みで返した。
手のひらから『属性魔力』を放出すると、器に溢れる水に通して『属性魔法』を発動させる。俺の魔力が祖父の魔力に通ったことで変化が発生したが、いつものことなどで気にはしない。
属性を含んだ『属性魔力』。
そこから発動させる『属性魔法』。
「『属性優劣』」
基礎中の基礎な工程だが、『属性魔法』を発動させた瞬間。渦を生み出して回転していた水が凍り付く。
水属性の派生の1つ。【氷属性】へと変化させた。
『おおおおおおーー!?』
一瞬で巨大な水が氷になったことで、見ていた子供たちから歓声の悲鳴が起こる。付き添うように親御さんも来ており、騒いだり道場でイタズラしようとする子供を注意しながら見学していたが、一瞬で凍り付いた水を見て声をこそ出さなかったが、目を大きく見開いて驚いていた。
「流石だのぉ。アレだけの水をあっという間に凍らせるか」
唯一祖父のみは冷静に見ており、興味深そうにして呟いていた。
「少量の魔力だけでよく出来る。……で、この後はどうするかのぉ?」
「こうする。『微風刃』」
近くに置いてある竹刀を握ると『初級魔法』の1つ『微風刃』を纏わせる。基礎中の基礎の魔法な為、ただ微風を起こすだけの魔法だ。
だが、もう1つの『属性魔力』を注ぐことで変化。
俺の魔法は強化されるというよりも進化する。
「秘剣────『氷削剣』。これで斬る!」
「……格好良く言っておるが、ようするにカキ氷の製造機かのぉ?」
「…………秘剣────『氷削剣』」
「地雷じゃったか? 問いかけは無視でやり直しとは寂しいのぉ」
なんかしょんぼりする祖父がいる。いい歳して何やってるの?
いいじゃんカッコいいネーミングにしたって。目では分かりにくい風を起こしているだけだから子供たちの反応も鈍いが、その反応もすぐに塗り替えて見せましょう。
「見よ! 我が剣技を!」
高々と竹刀を掲げて俺は氷が乗った器に飛び掛かる。大魔王に挑むかのような姿勢で。……実際にやったらただじゃ済まないけど。
バッと飛び立つ俺を見て「おおおお!?」とどよめきが起こる中、俺は器を上に乗っている巨大な氷に向かって竹刀を振るった。
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