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第6話 激突する神殺しの刃と極めた天王の一撃。
互いの剣戟が交差し合う。
駆け抜けて互いに背を向け振り下ろした状態のジークとアヤメだが、僅かに遅れるとジークの片側の肩から血飛沫が上がる。振り下ろした体勢のままだったジークだが、血飛沫が上がるとぐらりと傾いて、すぐに戻したが倒れそうになった。
「っ」
──ギリギリで斬り合いに負けたか。
相手が最強の剣士である以上、必然と言っていい結果だが、なんとも情けないと自身の未熟な腕に腹が立つ。技量それは全盛期の頃とほぼ同じに戻っていたが、逆に言えば四年も経過しているのに技量が上がってない。
もちろん全体的には間違いなく上がっている。だが、魔法以外の体術、剣術などに関してはシルバー・アイズだった頃と殆ど変わっていなかった。
(腹ただしいがこれが今のシルバー。超越者と呼ばれたのはジークじゃなくてシルバーだ。だからこそ俺は……オレを乗り越えた上で彼女に勝たないとな)
急激に進化した魔力を駆使。足りない技量を補強してアヤメに追いつく。厄介な剣技と剣気を相殺するように魔剣を振るう。
妙に痛む肩の傷に意識を反らしながら。
二人の斬り合いは鋭い閃光となる。
観戦する者たちが身守る中、ジークの刃がアヤメの羽織りを斬り裂く。代わりにアヤメの刃から繰り出される突きが頰を掠める。
「くっ……がっ!!」
顔面を狙った突きをギリギリ躱したところで蹴りを打ち込むジーク。掠めた頰の斬り口が異様に熱を帯びている気がしたが、束ねていた風圧も込めた蹴りでアヤメを吹き飛ばすと今度は剣を弧を描き電光を生み出す。槍のように生み出した電光の槍を一斉に飛ばした。
迫ってきた電光の槍に対しアヤメが取った手は気による防御。蹴られたダメージが一切ないのか、なんでもない風に剣を添えると放出された剣気だけで槍をすべて弾く。返しに軽い一振りを決めると目でもハッキリ分かるほどの斬撃の一閃が舞台上を斬り裂いた。
「フッ!!」
ジークは斬撃を魔剣の腹で受けると空へと流す。上空に結界が張られてないのか、斬撃が空中に上がると周囲に浮かんでいた雲が晴れ。だがジークは目も向けず掌底から繰り出した風の空圧で牽制すると剣先で地盤を突き刺す。空圧を剣で断ったアヤメにさらに仕掛けた。
「はぁ!!」
“天地”の魔力を地面に流すと今度は土のチカラと火のチカラが発動される。
薄っすら赤くなる地盤がボコボコと膨らみ彼女へと迫り周囲で一気に膨張。まるで溶岩の濁流のように上り、彼女を飲み込もうと大質量で押し潰そうとする。
「ふっ!」
そこをアヤメは膨張した周囲の岩を豆腐でも斬るかのように捌く。衝撃で溜まった溶岩の塊が斬られた部分から漏れて、無差別に砲弾のように放たれるが、彼女は平然と立っている。
さらに刃に込められた光の斬撃を無数に放つ。半月のように回転する斬撃をジークが生み出した風の防壁で逸らすと斬撃の質を変えたか、岩と同じように風の防壁も斬り裂いていく。
「ッ! ラァ!!」
「っ──!」
迫ってくる斬撃を躱してジークは手を伸ばして、アヤメの周囲の風を操り拘束させ動きを止める。まるで全身を無数の網状の風が絡まっている状態に彼女が戸惑う、僅かな隙の間を狙って彼は空間移動魔法で一気に接近した。
(これで決める!)
「──!?」
驚き目を見開く彼女の前に立ち最速で剣を振るう。
『絶対切断』の効果が付与された魔剣で、一時的に動けない彼女を死なない程度に斬ろうと────。
「な!?」
したが、直前でアヤメが消える。
いや、消えたのではなく一瞬で風の捕縛を脱して地を蹴る。先ほど彼が攻略した風の移動術とは違い、それは純粋な歩行術。足に込めた剣気と“天叢雲の剣”の強化による神速の移動である。
(なんて速さだ! 目で追い切れなかった!)
ジークの魔剣が振られる前に駆けて、彼をも抜けて……斬った。
「──うっ!?」
目でも探知でも反応できなかった彼女の一閃。
苦悶の声を漏らしてジークは斬られた左肩から胸を押さえる。魔道杯のような試合場のダメージ変換がないのか、血が漏れ出して熱を帯びる。
しかし、ただ斬られただけで終わらない。痛覚で鈍る思考の中、属性魔力を操作して脚に込めた。
「うぉおおおおおおお!!」
「──!? がっ!!」
こちらを見て僅かに動きを止めた彼女に光速の逆横蹴り。
素早く反応してアヤメは躱そうとした。が、空を切った蹴りを見て躱したと安堵した直後、右の肋骨に衝撃が走り彼女は息を吐く。
どうやら風の塊をハンマーの扱い、蹴りと連動して彼女の直撃した。これまでにない程魔力を強化していたこともあり、剣気で強化された彼女の肉体に大きな衝撃を与えた。
(グ、遠隔で操作したか! しかも剣気で強固となった肉体にダメージを与える一撃を打ち込む程の!)
バキバキと骨が砕けると同時に彼女の体が大きく横に折れる。跳ね上がり転がると折れたであろう肋骨を震える手で触る。魔剣を受けた時よりも剣気で強化された肉体の筈が、こうもあっさりと骨が砕けたことに彼女は驚きを隠せずにいる。
──いや、それだけ先ほどの魔力強化が凄まじいということか。
魔法関係ではあちらが有利。そう納得した直後、離れた位置にいたジークが拳を上から振るい落とて……。
「──グッ!? ……ブハッ!」
今度は上から風の塊が重い衝撃と共に飛来。頭部がぐらついて地べたに伏してしまう。衝撃で地盤も丸く凹みクレーターが出来る。立ち上がろうと顔を上げたところへ、さらに衝撃が彼女の体を押し潰す。
(──っ痛みが!? なんだ? さっきからこの痛覚を刺激するような痛みは?)
続けて攻撃を、とジークは振るおうとするが、漏れ出す血と走る激痛に遠隔での操作へ集中できない。昨晩の戦いで死にかけても魔法を行使し続けた。ただ斬られた程度で集中力が乱れる筈がないが、そんな彼が魔力操作に意識が向けれない程、苦戦を強いられていた。
(ち、一旦傷をどうにかしたほうがいいか)
すぐに傷を塞ごうと魔力を操作する。普通の回復魔法は得意ではない為、魔力で強引に回復させる必要がある。そして魔力を傷に集中させて傷口を塞ごうとした。
「ぐぅ!?」
が、その操作も途中で中断してしまう。
何が起きたか本人も分からないが、ただ魔力で傷を治そうとしたところで傷口が広がるような錯覚に襲われる。遠慮なく刺激されてしまい苦しむジークだが、それがあの剣“天叢雲の剣”の効果だと察した。
(傷に対する回復効果への痛覚刺激による抵抗。それと傷口を拡大に何かしらの行動阻害の効果もある。厄介な)
振るわれる剣の危険度をさらに引き上げる。鋭利な痛覚に堪えながらジークは警戒する。
しかし、額に血を流し無言で駆け抜けたアヤメが再びジークを捉えようとする。
剣で振るわれる刃を逸らすジークだが、斬られた部位の痛みの影響か動きが悪い。何度か剣を逸らし続けたが、同じく負傷しても技量が上のアヤメには、お粗末なものにしか見えない。容易く剣を持つ手から取り払われてしまい、
「──っ!」
「ふ!」
得物を失い立ち尽くすジークへ神速斬りを浴びせる。
“天王”の魔力が鎧のように致命傷を避けたが、振り下ろしから四肢を斬られてジークは両膝をついた。
「が、ああ……!」
腕や脚から血が噴き出て鋭い痛みが彼の動きを縛る。どうにか起き上がろうとするが、ダイレクトに刺激する痛覚によるダメージが彼の行動を遅らせてしまう。
「その状態でここまで動けるだけ大した者だ。この剣は──“斬った部分に刃を残す”。あらゆる治癒やチカラすら斬り裂き続ける“因果切断”の能力をあるが、その魔力だけは完全に断つのは無理なようだ。もし断っていれば、その四肢は切断されている」
──“因果切断”。
その言葉を聞いてジークは自身が持つ最強の剣、聖剣を思い浮かべた。
それよりもずっと上位の能力があるが、彼女の剣もまた似た種類の剣を所持していたということか。
(傷そのものが能力対象ということか!? くそ、どうする!? 想像以上に動けないぞ!?)
焼けるように痛む四肢と胴体の所為で思考が鈍る。傷自体はこれまでの戦いに比べてもまだ耐えられるが、能力影響か斬り口から駆け巡る痛みはタフな彼の動きを縛りなかなか振り解くことができない。
「ここまでだな。『古代原初魔法』を使っていたらまた違っていただろうが」
そう呆れたように吐き捨て、膝をつく彼の前で剣を構える。
喋ると砕けた肋骨で肺に痛みが走るが、彼女は笑みを浮かべてゆっくりと前蹴りで彼の上体を押し倒す。踏み付ける脚に剣気を注ぎ込んで。
(っ……動けん。なんて気の圧か! ──なら!)
──このままではやられる。
そう悟ったジークは懸命に魔力を練る。既に傷の治癒は諦めていたが、“天王”の鎧は維持したままである。
《消し去る者》でさらに強化された“天王”の魔力を使って、
「終わりだッ!」
(間に合う……か!?)
トドメとも言える剣先を向かってくる。
すべてがスローに見えて、息を呑む声や誰かが叫ぶ声が聞こえて、ゆっくりと剣先が彼の眉間に突き刺さり……、
──間に合った。
目を見開いて冷や汗を流した彼は小さく呟く。
眉間を狙った突きを動けるようになった腕で盾に止める。血で濡らして前腕を突き抜き刃は止まるが、能力の影響で激痛が走る。
「ッ……痛いな!」
その痛みに堪えて属性魔力を操作。
融合して“天王”の魔力となったが、細かな操作もまだ可能であるようだ。自分まで影響を受けないように注意しながら、ジークは彼女を巻き込むように空気に干渉。
何もない空間を掴んだ。
「んぐ……!?」
苦しげな唸り突こうとした剣を止めてしまうアヤメ。喉を押さえて次第に青ざめてしまう。
一体どういうことかと見ていた観戦者たちは疑問の目を向けたが、
『!?』
ガチャッと金属が落ちた音が鳴る。
次の瞬間、握っていた刀を落としたアヤメの姿に驚愕の目と変わる。
「く……!?」
崩れるように膝をついて手が地面に付く。空いている手で喉を抑えるとブワッと出だす汗。辛そうにして目の前でゆっくりと立ちが上がる彼を鋭い目で睨み付けた。
「シ、シルバー……! 貴、様っ!」
掠れた声でアヤメは威嚇の剣気を発する。
立ち上がれないほどなのか、膝をついた状態で体を震わせている。主人の異常を気付き“天叢雲の剣”から癒しの光が漏れてアヤメの体を包み込む。
どうなっているのか分かっていないが、大抵の異常効果であれば癒しの光で消し去れる自信があったから。
「悪いが今度はこっちが一枚上だ」
が、いくら光を浴び続けても異常状態から解放される兆しが見えない。アヤメ自身もしかしたらと思い驚きは少ないが、いつまでこの状態に晒されている状況は溜まったものではない。
見ている者が見れば、ただ動きを封じる結界か重力関係の魔法にでも掛けられているように見えるが。
『なるほど、そういうことか。こりゃ流石にあの嬢ちゃんでもダメだな』
特異の魔眼を所持するギルドレットだけは、彼が何をしたか正確に認識する。風を操った時と同じ方法だった。
最初の時に行ったのは風による探知と相手の風を妨害する二通り。
そして今起こっているのはその延長線上にある操作。アヤメの周囲にある空気を完全に掌握することで、彼女の呼吸を完全に封じただけでなく有害な酸素のみを吸わせた。それによってアヤメの肉体は異常状態を起こして、力を失い呼吸も出来なくなる。
剣が有害な酸素を除去したとしても呼吸が出来なくては解消はされない。さらに砕けた肋骨の所為で肺が傷んでいることも大きな要因となって形勢をひっくり返した。
「いくぞ。“天王”──解放」
苦しげな顔でジークは拳を握り締める。無職に輝くオーラが膨れ上がり、傷口から血が噴き出す。
まだ“天叢雲の剣”の影響を受けている。グチャグチャと傷口が抉れて鋭敏な痛覚ダメージが身体中を巡り立つだけ悲鳴を上げたくなる。
(これぐらいで……根を上げれるか!! ──『王光殺しの籠手』!!)
しかし、好機である今を逃せばアヤメに勝つのは困難となる。まだ彼女は奥手である『古代原初魔法』を使用してないのだ。ジークが使ってないか、使用条件が厳しいのか分からないが、使われる前にカタを付けるべきだ。
右手に黄金の籠手を装着して“天王”の魔法を発動させた。
「“天上の意思を示せ!!”─────『天王の極撃』ッ!!」
「な──!?」
アヤメに向けて黄金の籠手を振るう。
すると金色に輝く太陽のような光の玉が放たれる。見ただけでも焼けてしまいそうな太陽の色を帯びた巨大な玉。
だが、目視したアヤメや観客たちが驚いたのは、感知し切れないながらも、見た目とは桁違いな力がしっかり制御されていることだった。
量や質が圧倒的にこれまでとは異なっている。
魔力強化されたジークの魔法がアヤメを襲い掛かった。
(馬鹿なっ!? アレを制御しているのか!? 一体どれほどの魔力操作が……ッ!!)
今度は別の意味で顔を青ざめる。
息が出来ない状態のアヤメだったが、極限までに凝縮された魔力玉を見て、どうにか自身を鼓舞する。気を急激に高めて落とした剣を拾い強引にその場から離れる。
すると呼吸以外の圧力が消失。太陽色の玉が彼女が立っていた地点に着弾して膨張し、凄まじい量の魔力が炎のように辺り一面に放出された。
が、未だに空気が吸えないアヤメはそれどころではなかった。
目眩すら覚え出して体が震えてくる。全身に脂汗が流れ出してしまうが、そこは執念で堪えると体を動かし続ける。
「……!!」
続けて放たれる極玉を躱して必死に呼吸できる場所を探す。
さらに風の波や電光の槍、さらに地盤から鋭い地の槍まで襲ってきては回避し続ける。剣を振るう余裕もなくいよいよ朦朧としてくる意識の中で、
(このままではジリ貧だ! っ、仕方ない!!)
アヤメは下唇を噛み止む終えないと高く跳躍する。
彼女の勘が正しければ、この高さまで上がれば大丈夫な筈だ。……何故なら彼にとって狙い易い場所だから。
「──カハッ! ケホケホ……!」
そして案の定戻った空気にアヤメは魔法の効果範囲外に出たのだと理解するが、苦い顔で次の手を考える。空中では逃げ場がなく彼を相手に“一体化”での回避も危険な為、可能なら避けたかったのだ。
(呼吸できる! なら……ここで決めるしかない!  最大の剣気を込めた斬撃で彼を倒す!!)
剣気を帯びた刀を鞘に納めて居合の構えを取る。
空中からジークに狙いを定めて、極限までに絞り煌めく刃が静かに出ると……、
(倒れろ!! シルバーッ!!)
──“神斬リ神殺シ”が居合と同時に斬撃となって放たれる。
観客に影響を及ぼさない的確な位置から、ジークをのみを斬り裂く神殺しの刃を解き放つ。
「ッ! ──ハァ!!」
その斬撃にジークは真っ向から受けて立つ。
籠手の手のひらに凝縮した『天王の極撃』の太陽の光玉を乗せて飛ぶ。“天王”で風を操作し背中から竜巻が発生させ、ブースターにして空を飛んだ。四肢を斬られて動きが鈍っているが、相手も空中であればこれで五分で挑めれる。
(加減はなしだ! 《消し去る者》の魔力! あるだけ込めてやる!!)
魔力を限界まで込めて彼女の肉体を消滅させるつもりで放つ
上空に向けて放つので結界に守られた観客たちは大丈夫だろうが、彼女の場合最悪の結果になるかもしれない。だが、目の前に迫る斬撃はそうしなくては乗り越えれないものだと本能的に悟った。
(死ぬかもしれん……またトオルに恨まれるな)
だが、覚悟を決めて籠手を塡めた右手を掲げる。
サイズはこれまで変わりがないが、最大出力となった太陽の光玉がアヤメの斬撃を迎え撃った。
そして、
(斬り裂け!)
(吹き飛ばせ!)
心の中で二人が叫び合うと激突して激しい光が発生した。
放たれた神殺し斬撃と右手に込められた天の極玉。二つの巨大な力が衝突し合い、互いのエネルギーが膨張する。
「──!」
「──ッ」
斬撃が巨大化して極玉も膨れ上がると光も膨張して、放つ二人を飲み込んでしまう。
光はさらに膨らんでいくと遂に舞台上すべてを飲み込んでしまい、観客たちを守る結界の境界ギリギリまで膨らみ続けた末、大地を揺るがす大きな地響きを起こす。
そして静かに萎むようにして光は消えると、衝突の影響か試合場の中心で空間にヒビと割れ目が出来て、雷と違う異常な時空の磁場が発生していた。
駆け抜けて互いに背を向け振り下ろした状態のジークとアヤメだが、僅かに遅れるとジークの片側の肩から血飛沫が上がる。振り下ろした体勢のままだったジークだが、血飛沫が上がるとぐらりと傾いて、すぐに戻したが倒れそうになった。
「っ」
──ギリギリで斬り合いに負けたか。
相手が最強の剣士である以上、必然と言っていい結果だが、なんとも情けないと自身の未熟な腕に腹が立つ。技量それは全盛期の頃とほぼ同じに戻っていたが、逆に言えば四年も経過しているのに技量が上がってない。
もちろん全体的には間違いなく上がっている。だが、魔法以外の体術、剣術などに関してはシルバー・アイズだった頃と殆ど変わっていなかった。
(腹ただしいがこれが今のシルバー。超越者と呼ばれたのはジークじゃなくてシルバーだ。だからこそ俺は……オレを乗り越えた上で彼女に勝たないとな)
急激に進化した魔力を駆使。足りない技量を補強してアヤメに追いつく。厄介な剣技と剣気を相殺するように魔剣を振るう。
妙に痛む肩の傷に意識を反らしながら。
二人の斬り合いは鋭い閃光となる。
観戦する者たちが身守る中、ジークの刃がアヤメの羽織りを斬り裂く。代わりにアヤメの刃から繰り出される突きが頰を掠める。
「くっ……がっ!!」
顔面を狙った突きをギリギリ躱したところで蹴りを打ち込むジーク。掠めた頰の斬り口が異様に熱を帯びている気がしたが、束ねていた風圧も込めた蹴りでアヤメを吹き飛ばすと今度は剣を弧を描き電光を生み出す。槍のように生み出した電光の槍を一斉に飛ばした。
迫ってきた電光の槍に対しアヤメが取った手は気による防御。蹴られたダメージが一切ないのか、なんでもない風に剣を添えると放出された剣気だけで槍をすべて弾く。返しに軽い一振りを決めると目でもハッキリ分かるほどの斬撃の一閃が舞台上を斬り裂いた。
「フッ!!」
ジークは斬撃を魔剣の腹で受けると空へと流す。上空に結界が張られてないのか、斬撃が空中に上がると周囲に浮かんでいた雲が晴れ。だがジークは目も向けず掌底から繰り出した風の空圧で牽制すると剣先で地盤を突き刺す。空圧を剣で断ったアヤメにさらに仕掛けた。
「はぁ!!」
“天地”の魔力を地面に流すと今度は土のチカラと火のチカラが発動される。
薄っすら赤くなる地盤がボコボコと膨らみ彼女へと迫り周囲で一気に膨張。まるで溶岩の濁流のように上り、彼女を飲み込もうと大質量で押し潰そうとする。
「ふっ!」
そこをアヤメは膨張した周囲の岩を豆腐でも斬るかのように捌く。衝撃で溜まった溶岩の塊が斬られた部分から漏れて、無差別に砲弾のように放たれるが、彼女は平然と立っている。
さらに刃に込められた光の斬撃を無数に放つ。半月のように回転する斬撃をジークが生み出した風の防壁で逸らすと斬撃の質を変えたか、岩と同じように風の防壁も斬り裂いていく。
「ッ! ラァ!!」
「っ──!」
迫ってくる斬撃を躱してジークは手を伸ばして、アヤメの周囲の風を操り拘束させ動きを止める。まるで全身を無数の網状の風が絡まっている状態に彼女が戸惑う、僅かな隙の間を狙って彼は空間移動魔法で一気に接近した。
(これで決める!)
「──!?」
驚き目を見開く彼女の前に立ち最速で剣を振るう。
『絶対切断』の効果が付与された魔剣で、一時的に動けない彼女を死なない程度に斬ろうと────。
「な!?」
したが、直前でアヤメが消える。
いや、消えたのではなく一瞬で風の捕縛を脱して地を蹴る。先ほど彼が攻略した風の移動術とは違い、それは純粋な歩行術。足に込めた剣気と“天叢雲の剣”の強化による神速の移動である。
(なんて速さだ! 目で追い切れなかった!)
ジークの魔剣が振られる前に駆けて、彼をも抜けて……斬った。
「──うっ!?」
目でも探知でも反応できなかった彼女の一閃。
苦悶の声を漏らしてジークは斬られた左肩から胸を押さえる。魔道杯のような試合場のダメージ変換がないのか、血が漏れ出して熱を帯びる。
しかし、ただ斬られただけで終わらない。痛覚で鈍る思考の中、属性魔力を操作して脚に込めた。
「うぉおおおおおおお!!」
「──!? がっ!!」
こちらを見て僅かに動きを止めた彼女に光速の逆横蹴り。
素早く反応してアヤメは躱そうとした。が、空を切った蹴りを見て躱したと安堵した直後、右の肋骨に衝撃が走り彼女は息を吐く。
どうやら風の塊をハンマーの扱い、蹴りと連動して彼女の直撃した。これまでにない程魔力を強化していたこともあり、剣気で強化された彼女の肉体に大きな衝撃を与えた。
(グ、遠隔で操作したか! しかも剣気で強固となった肉体にダメージを与える一撃を打ち込む程の!)
バキバキと骨が砕けると同時に彼女の体が大きく横に折れる。跳ね上がり転がると折れたであろう肋骨を震える手で触る。魔剣を受けた時よりも剣気で強化された肉体の筈が、こうもあっさりと骨が砕けたことに彼女は驚きを隠せずにいる。
──いや、それだけ先ほどの魔力強化が凄まじいということか。
魔法関係ではあちらが有利。そう納得した直後、離れた位置にいたジークが拳を上から振るい落とて……。
「──グッ!? ……ブハッ!」
今度は上から風の塊が重い衝撃と共に飛来。頭部がぐらついて地べたに伏してしまう。衝撃で地盤も丸く凹みクレーターが出来る。立ち上がろうと顔を上げたところへ、さらに衝撃が彼女の体を押し潰す。
(──っ痛みが!? なんだ? さっきからこの痛覚を刺激するような痛みは?)
続けて攻撃を、とジークは振るおうとするが、漏れ出す血と走る激痛に遠隔での操作へ集中できない。昨晩の戦いで死にかけても魔法を行使し続けた。ただ斬られた程度で集中力が乱れる筈がないが、そんな彼が魔力操作に意識が向けれない程、苦戦を強いられていた。
(ち、一旦傷をどうにかしたほうがいいか)
すぐに傷を塞ごうと魔力を操作する。普通の回復魔法は得意ではない為、魔力で強引に回復させる必要がある。そして魔力を傷に集中させて傷口を塞ごうとした。
「ぐぅ!?」
が、その操作も途中で中断してしまう。
何が起きたか本人も分からないが、ただ魔力で傷を治そうとしたところで傷口が広がるような錯覚に襲われる。遠慮なく刺激されてしまい苦しむジークだが、それがあの剣“天叢雲の剣”の効果だと察した。
(傷に対する回復効果への痛覚刺激による抵抗。それと傷口を拡大に何かしらの行動阻害の効果もある。厄介な)
振るわれる剣の危険度をさらに引き上げる。鋭利な痛覚に堪えながらジークは警戒する。
しかし、額に血を流し無言で駆け抜けたアヤメが再びジークを捉えようとする。
剣で振るわれる刃を逸らすジークだが、斬られた部位の痛みの影響か動きが悪い。何度か剣を逸らし続けたが、同じく負傷しても技量が上のアヤメには、お粗末なものにしか見えない。容易く剣を持つ手から取り払われてしまい、
「──っ!」
「ふ!」
得物を失い立ち尽くすジークへ神速斬りを浴びせる。
“天王”の魔力が鎧のように致命傷を避けたが、振り下ろしから四肢を斬られてジークは両膝をついた。
「が、ああ……!」
腕や脚から血が噴き出て鋭い痛みが彼の動きを縛る。どうにか起き上がろうとするが、ダイレクトに刺激する痛覚によるダメージが彼の行動を遅らせてしまう。
「その状態でここまで動けるだけ大した者だ。この剣は──“斬った部分に刃を残す”。あらゆる治癒やチカラすら斬り裂き続ける“因果切断”の能力をあるが、その魔力だけは完全に断つのは無理なようだ。もし断っていれば、その四肢は切断されている」
──“因果切断”。
その言葉を聞いてジークは自身が持つ最強の剣、聖剣を思い浮かべた。
それよりもずっと上位の能力があるが、彼女の剣もまた似た種類の剣を所持していたということか。
(傷そのものが能力対象ということか!? くそ、どうする!? 想像以上に動けないぞ!?)
焼けるように痛む四肢と胴体の所為で思考が鈍る。傷自体はこれまでの戦いに比べてもまだ耐えられるが、能力影響か斬り口から駆け巡る痛みはタフな彼の動きを縛りなかなか振り解くことができない。
「ここまでだな。『古代原初魔法』を使っていたらまた違っていただろうが」
そう呆れたように吐き捨て、膝をつく彼の前で剣を構える。
喋ると砕けた肋骨で肺に痛みが走るが、彼女は笑みを浮かべてゆっくりと前蹴りで彼の上体を押し倒す。踏み付ける脚に剣気を注ぎ込んで。
(っ……動けん。なんて気の圧か! ──なら!)
──このままではやられる。
そう悟ったジークは懸命に魔力を練る。既に傷の治癒は諦めていたが、“天王”の鎧は維持したままである。
《消し去る者》でさらに強化された“天王”の魔力を使って、
「終わりだッ!」
(間に合う……か!?)
トドメとも言える剣先を向かってくる。
すべてがスローに見えて、息を呑む声や誰かが叫ぶ声が聞こえて、ゆっくりと剣先が彼の眉間に突き刺さり……、
──間に合った。
目を見開いて冷や汗を流した彼は小さく呟く。
眉間を狙った突きを動けるようになった腕で盾に止める。血で濡らして前腕を突き抜き刃は止まるが、能力の影響で激痛が走る。
「ッ……痛いな!」
その痛みに堪えて属性魔力を操作。
融合して“天王”の魔力となったが、細かな操作もまだ可能であるようだ。自分まで影響を受けないように注意しながら、ジークは彼女を巻き込むように空気に干渉。
何もない空間を掴んだ。
「んぐ……!?」
苦しげな唸り突こうとした剣を止めてしまうアヤメ。喉を押さえて次第に青ざめてしまう。
一体どういうことかと見ていた観戦者たちは疑問の目を向けたが、
『!?』
ガチャッと金属が落ちた音が鳴る。
次の瞬間、握っていた刀を落としたアヤメの姿に驚愕の目と変わる。
「く……!?」
崩れるように膝をついて手が地面に付く。空いている手で喉を抑えるとブワッと出だす汗。辛そうにして目の前でゆっくりと立ちが上がる彼を鋭い目で睨み付けた。
「シ、シルバー……! 貴、様っ!」
掠れた声でアヤメは威嚇の剣気を発する。
立ち上がれないほどなのか、膝をついた状態で体を震わせている。主人の異常を気付き“天叢雲の剣”から癒しの光が漏れてアヤメの体を包み込む。
どうなっているのか分かっていないが、大抵の異常効果であれば癒しの光で消し去れる自信があったから。
「悪いが今度はこっちが一枚上だ」
が、いくら光を浴び続けても異常状態から解放される兆しが見えない。アヤメ自身もしかしたらと思い驚きは少ないが、いつまでこの状態に晒されている状況は溜まったものではない。
見ている者が見れば、ただ動きを封じる結界か重力関係の魔法にでも掛けられているように見えるが。
『なるほど、そういうことか。こりゃ流石にあの嬢ちゃんでもダメだな』
特異の魔眼を所持するギルドレットだけは、彼が何をしたか正確に認識する。風を操った時と同じ方法だった。
最初の時に行ったのは風による探知と相手の風を妨害する二通り。
そして今起こっているのはその延長線上にある操作。アヤメの周囲にある空気を完全に掌握することで、彼女の呼吸を完全に封じただけでなく有害な酸素のみを吸わせた。それによってアヤメの肉体は異常状態を起こして、力を失い呼吸も出来なくなる。
剣が有害な酸素を除去したとしても呼吸が出来なくては解消はされない。さらに砕けた肋骨の所為で肺が傷んでいることも大きな要因となって形勢をひっくり返した。
「いくぞ。“天王”──解放」
苦しげな顔でジークは拳を握り締める。無職に輝くオーラが膨れ上がり、傷口から血が噴き出す。
まだ“天叢雲の剣”の影響を受けている。グチャグチャと傷口が抉れて鋭敏な痛覚ダメージが身体中を巡り立つだけ悲鳴を上げたくなる。
(これぐらいで……根を上げれるか!! ──『王光殺しの籠手』!!)
しかし、好機である今を逃せばアヤメに勝つのは困難となる。まだ彼女は奥手である『古代原初魔法』を使用してないのだ。ジークが使ってないか、使用条件が厳しいのか分からないが、使われる前にカタを付けるべきだ。
右手に黄金の籠手を装着して“天王”の魔法を発動させた。
「“天上の意思を示せ!!”─────『天王の極撃』ッ!!」
「な──!?」
アヤメに向けて黄金の籠手を振るう。
すると金色に輝く太陽のような光の玉が放たれる。見ただけでも焼けてしまいそうな太陽の色を帯びた巨大な玉。
だが、目視したアヤメや観客たちが驚いたのは、感知し切れないながらも、見た目とは桁違いな力がしっかり制御されていることだった。
量や質が圧倒的にこれまでとは異なっている。
魔力強化されたジークの魔法がアヤメを襲い掛かった。
(馬鹿なっ!? アレを制御しているのか!? 一体どれほどの魔力操作が……ッ!!)
今度は別の意味で顔を青ざめる。
息が出来ない状態のアヤメだったが、極限までに凝縮された魔力玉を見て、どうにか自身を鼓舞する。気を急激に高めて落とした剣を拾い強引にその場から離れる。
すると呼吸以外の圧力が消失。太陽色の玉が彼女が立っていた地点に着弾して膨張し、凄まじい量の魔力が炎のように辺り一面に放出された。
が、未だに空気が吸えないアヤメはそれどころではなかった。
目眩すら覚え出して体が震えてくる。全身に脂汗が流れ出してしまうが、そこは執念で堪えると体を動かし続ける。
「……!!」
続けて放たれる極玉を躱して必死に呼吸できる場所を探す。
さらに風の波や電光の槍、さらに地盤から鋭い地の槍まで襲ってきては回避し続ける。剣を振るう余裕もなくいよいよ朦朧としてくる意識の中で、
(このままではジリ貧だ! っ、仕方ない!!)
アヤメは下唇を噛み止む終えないと高く跳躍する。
彼女の勘が正しければ、この高さまで上がれば大丈夫な筈だ。……何故なら彼にとって狙い易い場所だから。
「──カハッ! ケホケホ……!」
そして案の定戻った空気にアヤメは魔法の効果範囲外に出たのだと理解するが、苦い顔で次の手を考える。空中では逃げ場がなく彼を相手に“一体化”での回避も危険な為、可能なら避けたかったのだ。
(呼吸できる! なら……ここで決めるしかない!  最大の剣気を込めた斬撃で彼を倒す!!)
剣気を帯びた刀を鞘に納めて居合の構えを取る。
空中からジークに狙いを定めて、極限までに絞り煌めく刃が静かに出ると……、
(倒れろ!! シルバーッ!!)
──“神斬リ神殺シ”が居合と同時に斬撃となって放たれる。
観客に影響を及ぼさない的確な位置から、ジークをのみを斬り裂く神殺しの刃を解き放つ。
「ッ! ──ハァ!!」
その斬撃にジークは真っ向から受けて立つ。
籠手の手のひらに凝縮した『天王の極撃』の太陽の光玉を乗せて飛ぶ。“天王”で風を操作し背中から竜巻が発生させ、ブースターにして空を飛んだ。四肢を斬られて動きが鈍っているが、相手も空中であればこれで五分で挑めれる。
(加減はなしだ! 《消し去る者》の魔力! あるだけ込めてやる!!)
魔力を限界まで込めて彼女の肉体を消滅させるつもりで放つ
上空に向けて放つので結界に守られた観客たちは大丈夫だろうが、彼女の場合最悪の結果になるかもしれない。だが、目の前に迫る斬撃はそうしなくては乗り越えれないものだと本能的に悟った。
(死ぬかもしれん……またトオルに恨まれるな)
だが、覚悟を決めて籠手を塡めた右手を掲げる。
サイズはこれまで変わりがないが、最大出力となった太陽の光玉がアヤメの斬撃を迎え撃った。
そして、
(斬り裂け!)
(吹き飛ばせ!)
心の中で二人が叫び合うと激突して激しい光が発生した。
放たれた神殺し斬撃と右手に込められた天の極玉。二つの巨大な力が衝突し合い、互いのエネルギーが膨張する。
「──!」
「──ッ」
斬撃が巨大化して極玉も膨れ上がると光も膨張して、放つ二人を飲み込んでしまう。
光はさらに膨らんでいくと遂に舞台上すべてを飲み込んでしまい、観客たちを守る結界の境界ギリギリまで膨らみ続けた末、大地を揺るがす大きな地響きを起こす。
そして静かに萎むようにして光は消えると、衝突の影響か試合場の中心で空間にヒビと割れ目が出来て、雷と違う異常な時空の磁場が発生していた。
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