オリジナルマスター

ルド@

第28話 現状ともう一つの戦いへ。

(これは振りか? 振りだよな?)

妙な状況に立たされ……いや、倒されたジークは珍しい種類の戸惑い顔を浮かべて、成り行きを見守るしかなかった。

というのも。

「いいですか? 動いてはダメすよ絶対」

白銀の髪をした師を見上げるように、彼女の膝の上に寝かされ撫でられ。

「絶対に駄目ですからね?」

見た目はボロボロな彼の顔を傍ら座る王女に撫でられ。

「駄目だぞ絶対。いいな友よ」

止める為とはいえ貫いてしまった、腹部を癒すように撫でる魔女。

「…………」

計三名の行動によってジークは現在、仰向けに寝転がされた状態で師のシィーナに膝枕されて、師を含む王女のティアと魔女のシャリアからの献身的な介抱を受けていた。

(────いや待て、だからどうしてこうなったんだ?)

納得しようと状況を整理しようとしたが、返って謎が深まった。

背後で何人かニヤニヤして何人かが睨んでいるのが気になるが、それよりもジークは今置かれている状況にどうしたらいいのか困惑してしまっていた。……約一名だけは悶えたように頭を抱えているが、それは放っておく。

(待て待て冷静になろう。まず……そうだ。俺はキレて暴れたよな? 冗談抜きどころか手加減抜きで)

そして本気で仲間たちを殺そうとして逆に返り討ち合い。最終的に死んだ筈の霊……というか彼女が己の精神世界に乱入して拳骨で正気に戻らされた。色々とツッコミどころが満載であったが、ジークはとりあえず謝罪から始めた。

漏れ出てしまった大量の魔力や武器などは、その時点で煙のように消失して、大半はジークの中に戻っていた。

(せめてもの幸運は師匠が戦いに参加した全員に『身代わりのミサンガ』を付けさせていたことか)

師や非戦闘員のアイリスたちには怪我はなかったが、森で戦ったバルトやデン。この監獄で激闘を繰り広げたサナの父ゼオやギルドレットとシャリアは同じように血塗れで、全員痛々しい姿で近付いてきた時はジークも言葉を失って血の気が引いたが、手首に付けたミサンガを切った瞬間怪我する前の状態に戻ったので、すぐ安堵の顔となった。

(大戦時に量産も計画されたが、非常に難しい構造だからと途中で打ち切りになったが、まさかこうして見ることなるとは)

『身代わりのミサンガ』は昔からある有名な魔道具の一つ。
種類によって効果は少し違うが、基本は付けた後の傷を一度だけ無効にするというものだ。

致命傷の攻撃の際は自動的に切れて、致命傷を回避することもできる貴重な物だが、その分作るのが非常に難しい。

ジークの脳裏に得意げな顔をした師の仲間を想像したが、彼女でもここまで高性能な物を複数用意するのは、いくら何でも厳し過ぎないかと思ったのが素直な感想であったが。

「素材と彼女さえ本気を出せばこのぐらいは余裕です。貴方のためと言えば徹夜続きで揃えました」

なるほど、餌で釣ったという訳か。
学生時代からの親友と聞いているが、その扱い方を聞き天然な師の本気度を甘く見ていたと痛感する。同時に安心したが、傷が治ったと思えば次はこの状況だった。

本音を言えばこそばゆい。
それがジークの本音だ。

それよりも最初の疑問であったがこの状況だ。
ジークはどうしたものかと考えてみるが……。

「み、見た目はアレだけど怪我もういいから起きていいか?」
「「「ダメ(です)だ!!」」」
「はい……」

全身血塗れでボロボロの姿のまま、ジークはどうすべきかといよいよ悩み出す。

不思議に思われるかもしれないが、怪我自体はそれほどではない。魔力体質の影響か見た目は重傷に見えるが、傷そのものはもう殆ど塞がっている。特に穴が空いた腹部と脳震盪を起こした頭部ももうほぼ回復していた。

(身動きが取りにくい。ホント何、この状況は)

撫でられてこそばゆいが、癒されている気分なって眠りそうになる。
正直疲労続きで寝不足だったのでしょうがない気がするが、ここで眠ると取り返しがつかないことになりそうなので堪える。

気を紛らわそうと自分の状態を見ながら意識を師の膝から外した。

(我ながら恐ろしい体だよ。血なんて明らかに致死量だろ)

すっかり固まってボロボロの制服に染み込んだ黒い血を見ながら、自分の普通ならあり得ない回復力に呆れる。一応人種の筈だが、本当は吸血鬼か何かかと疑いたくもなった。……実際は神の子なので神族に当たるが。

(このメンツに聞くのがそもそも間違いか?)

彼女の言ったこと事実だとすれば、今は異常事態の筈。
しかし、献身に集中しているこの三名に聞くのは難しいと、ジークは視線を……。

(……やめよう。あれはからかう気満々の笑みだ)

茶髪の男に向けたが、弄りたそうな笑みだったので即外した。
武器の剣と盾は直す必要があるようだが、少しずつ再生している翼を見る限り、戦闘方面はそれほど心配する必要はなさそうだった。

なので、その隣へと視線を向けたが……。

(……やめよう。何故から分からないけど、絡むと逆にボロが出そう)

頼りになりそうな金髪の甲冑姿の人物だったが、娘が娘なのでジークとして遠慮してしまう。接点が娘だけということもありジークも諦めた。

という訳で、また視線を別に移したが……。

(……やめよう。アイツだけには頼りたくない。あのイヤらしい笑みを見たら思わず殴りそうだ)

アイリスたちを連れて来たのか、戦闘技術の師でもある男がいたが、その口元に浮かべる嫌らしい笑みを見ていると無性に腹が立ってきそうなった。

といった感じで、視線をまた移すことしたが……。

────ギロッ!

(……なんか怒ってないか? なんで?)

なんでこの場にいるか疑問に思うが、アイリスがいるのなら彼女が居てもおかしくないかと納得したが、視線を合わせた途端凄まじい勢いで睨み返された。殺気はなかったが、ジークは身震いし思わず視線を逸らしてしまった。

もう一度視線を戻すのも恐ろしく感じて、ジークは視線を……。

「あうあうあうあうあうあう!?」

(うん一番謎だな。……ていうかまだ悶えてるのか、いよいよ訳が分からん)

最早、尋ねる以前の問題であった。
彼が意識を取り戻した時からずっと顔を真っ赤にして、隅っこで悶々言っている彼女に視線を向けたが、こちらの視線にも気付かず永遠に続けそうで声をかけようか迷ってしまう。

(いや、やめよう。色々聞きたいこともあるが、まずは起きているいう事態の収拾だな)

結局諦めたように溜息を吐き、膝枕しながら弟子の状態を見る師へと視線を向け……そしてふと気付いた。

「あの、その首に下げてるのって……もしかして『静止画器具カメラ』ですか師匠?」
「ええ、そうですよ」

とあっさり頷く師匠であったが、その表情はさっきまでとは少し違う。
どこか楽しげで嬉しげな顔を見て……あと何も聞こえてなかった筈のアイリスがビクッと反応する。師の方へ顔を上げると“あわわわ!?”っと慌て出したのを見てジークは……。

「…………何を撮りました?」
「可愛い弟子の記念すべき瞬間です」

ジト目で問い掛けるが、返ってくるのは意味の分からない楽しそうな声音だった。
が、シィーナが告げた途端、場の空気は大きく二つに別れてジークに集まった。

(ッ!? なんだ!? なんだこの視線は!?)

ギルドレットやバルトといった面はおかしそうに噴き出していたが無視。
しかし、怒り具合が増したサナを含めて女性陣たちから、異様なほど重圧のある視線をぶつけられた。

「「…………」」

特に重かったのは傍らに居るティアとシャリア。
さっきまでの優しい表情が嘘だったように、光のない瞳で見つめられる。
威圧されている訳ではないが、この感情の込もってない瞳を見ているとジークの顔から異常なほどの大量の汗が噴き出していた。




「あうあうあうあうあうあう!? やっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃたやっちゃた!? あう〜〜!? アティシアさんのばかぁ! 初めてだったのに!? 他にも方法あるなら最初からそっちを教えてくれればいいのにーーっ!」


ただ一人、アイリスだけは悶々としたまま場の空気にも気付かず、恥ずかしいそうに頭を抱え続けていた。


◇◇◇


「マスター空が……」
「うむ、どうやら成功したようだ彼奴」

王都の街外で数名が夜空を覆っていた赤黒い瘴気を眺めていたが、銀のオーロラになる見て驚く弟子……周囲からは《天空界の掌握者ファルコン》の弟子と呼ばれている青年の言葉に、ガーデニアンは興味深そうにして銀のオーロラを見て呟いた。

「覚醒したようだ。覚えておくといいアレが銀の魔法使い────シルバー・アイズの本来の魔力チカラだ」


◇◇◇


そうしてほぼ同じ時刻。
スベン・ネフリタスの隠れ家である館内では、いよいよ戦いが終幕へと近付いていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

およそ二度に渡る魔力共鳴。
最初の反動で魔力が漏れ出し不整脈を打っていたが、つい先程の反動はそれとは真逆の変化。一度だけ体内の魔力が脈動を打ったと思えば、魔力そのものが大きく変化した。

暴走状態のジークほど瘴気に満ちた魔力ではないが、呪系統とも相性の良かった体内に宿るシルバー・アイズの魔力は……。

本来の主人に共鳴して負の魔力質だったのが、まったく正反対である正の魔力となってしまったのだ。さらに近くで傀儡のソフェルノも倒れており、体内の魔力が正に変化した影響か、肉体が藻屑となって崩れていたが、今のスベンはそんなことを気にする余裕などなかった。

「こ、こんなことが、ある筈は……」

信じられないといった見開いた目で、煙となって漏れ出す魔力を見つめるスベン。
魔力その物の質が正へと変わったことで、呪術に侵されたスベンの肉体と激しく拒絶反応を起こしている。体内に魔力を留める器官がまるで溶けるように崩れ出し、スベンの内部から悲鳴が上がり魔力の煙として漏れてしまっていた。

呪い原初魔法煩わしい術式も完全に解けた。どうやら本当に終わりのようだな」

その様子を見ていたアヤメは憐れむように呟く。
これまでの所業を考えれば同情などあり得ないが、まるで無慈悲の如くチカラが失われていく様を見ると何とも言えない心境になる。……せめてもの情けとして一閃のうちに仕留めてみせようと剣を構えた。

「い、いいえ、まだです! こんなところで終わる訳にはいかないんですよ!!」

まだ目的も達成していない中、なす術なくここで終われない。
ここまでくれば最早意地かもしれないが、肉体に刻まれた呪術を込めた濃い紫の呪弾を放つ。

だが。

「風よ、一騎乱れよ」

荒れ狂う馬の如き風が繰り出される。
突き出された剣先から発生して風圧が馬脚となると、地面を陥没して踏み抜くように駆けて迫っていた呪弾をも地面へ踏み抜く。

「く!」

まとも受けるのは危険だと判断したか、転がるように馬脚の風圧から逃れる。
立ち上がった際に左腕の包帯を解き刻まれた術式を発動させた。

「治癒逆転────『痛傷の斬撃刀ペイン・サーベル』!」

呪術に歪んだ片刃剣を構えて駆ける。
馬脚の風圧を躱して抜けていき、アヤメへと斬り掛かった。

「その程度の速さで私を斬れるとでも?」

しかし、身体強化も不安定となったスベンの速度では、アヤメが遅れを取ることはない。
スベンの刃に触れず躱すとその腕を斬り裂きそこから脚へ。切断された腕から血飛沫が上がっていないが、そんなことを気にはしない。

両脚の腱を斬り裂いて今度こそ動けないように……。

「ぐ……ふ、残念。脚ではなく残った腕を狙うべきでしたね!」

と倒れる寸前でスベンは空いた片手でサーベルを投擲する。
が、その標的はアヤメではない。動きの速い彼女を捉えるのは今の彼には不可能だ。

ならばその狙いは。
そこで見開いた目をしてアヤメが叫んだ。

「────!! 貴様ッ!」

彼が狙ったのは────《赤神巨人プロキオン》。
心臓部の魔石を剥き出して倒れる巨人へ一直線にサーベルが放たれる。
止めようとアヤメが動こうとしたが、そこで斬り飛ばした腕が風船のように急激に膨れ上がる。呪術が込められた腕が爆発して、咄嗟に剣が纏う風の障壁でガードしたアヤメだが、その僅かな間アヤメの脚は確実に止まってしまった。

「ッ……わざと斬らせたか」

呪術の剣を避けて腕を狙ったが、それこそがスベンの狙いだったのだ。……さすがに間に合わない。

そして巨人の剥き出しになっている魔石に突き刺さると、吸い込まれるように消える。
二段階の共鳴で魔石自体はすっかり魔力が抜けて色を失っていたが、スベンのサーベルを取り込むと────一変。

一瞬の濃紫色に魔石が染まる。
巨人の魔力回路を伝って全身に、呪系統の魔力が駆け巡るのが分かる。
するとスイッチが入ったかのように、巨人の両目と思える瞳が濃紫に光った。

『────!!』

そして雄叫びにも似た金属の高鳴りと共に巨人は立ち上がる。
視線をアヤメに合わせると残っている腕の拳を振り下ろそうとした。

「……! 風よ」

それに反応してアヤメも剣を両手で構え突きの体勢に入る。
風を纏わせると今度こそ巨人にトドメを刺す為、“天叢雲の剣アマノムラクモノツルギ”の一撃を放とうとした。

「来なさい────“次元の鎌”」

そんな彼女の対応を見たスベンが手元に次元の歪みを発生させる。
彼の切り札でもある色が無い、大気を歪めて形を浮かばせたデスサイズを空いた右手で回して持つ。両脚の腱を斬られた状態であるが、地面を蹴って踏み込んでこれまでにない素早さで背後からアヤメへ斬り掛かった。

三方向からそれぞれが相手を仕留めようと動く。
挟まれた形に立たされたアヤメが一番不利な状況であったが、彼女は背後のスベンに恐れず回避もせず風の剣突きを撃ち出そうとした。

それぞれの攻撃が相手に届こうとした。


────轟ッ!!

と、同時であった。

流れ星のように空から銀の放射線が巨人の頭上へ飛来したのは。
刹那、巨人は銀の炎に包まれ、姿は銀の放射線の中へ隠されていた。

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