オリジナルマスター

ルド@

第26話 師の意地と弟子の意地と仲間の意地。

シィーナが『神界神託オラクル』による神との対話を行えるようになってからしばらく。

弟子であるジークにウルキアの学園に置いていた、古代原初魔法『神の杖ケリュケイオン』の存在をチラつかせて、ウルキアに行かせるように誘導させた後だ。

元々ジーク自身もアティシアの妹の存在を前から気にして、可能であれば一度会いに行きたいと考えていた。

古代原初魔法のことを知ると、より興味を抱いてどこか抜けている様子だったが、村を出て行こうと準備をしていた。

「では、こちらを。起動する際は一度彼に触れないと使えませんが、条件さえ満たせば一時的に彼を抑えることも可能でしょう」
「複雑な術式ですね。原初魔法に似てますが、これで本当にジークを封じ込めれると?」

神界神託オラクル』の空間でシィーナは神である白き女性と対話する。

女性の人差し指がシィーナの手のひらに触れると、そこから二つの魔法陣が刻まれる。模様は似ているようで少し違うが、系統としては同じ魔法でシィーナが交渉して用意して貰った切り札である。

「いえ、それはあくまで条件を満たした場合の僅かな時間のみです。いいですか? こちらの魔法は二つとも繋がっており、一つをあらかじめ彼に直接取り付けることでその魔力を分析します。それよって魔力波長の変化と変動を見極めて、解除し難くすることができます。しかし、一般の魔法使いならともなく彼の場合は……」

普通とは明らかに違う。
そう言い切る前に口紡ぐ女性を見てシィーナは、納得しながらも少なからず憤りがあった。

「そういう風にしたのもまた、貴方ですよ。手を貸して頂けることには感謝してますが、それでも彼にした仕打ちは、たとえ彼が許しても私は絶対に許しません」

許さないと言っても何が出来るわけではない。
だが、それでも彼をあのようにして捨てたこの女性だけは、シィーナは許すことが出来る気がしなかった。

「わかってます。私自身、許されようと考えてあなたに協力した訳ではありません。直接の介入とは言いませんが、これだけのことをしている時点で、下界への不可侵の掟を破っていることになるでしょう。……後々、他の世界の神たちによって処分受けるかもしれませんが、それも仕方ありません」

そんな意味はないだろうが、睨むようにして言うシィーナに、女性は表情を変えず透き通る神秘の如き眼差しで続ける。

直接ジーク自身に何かする訳ではないが、彼をどうにかする手助けとして助言だけでなく、本来なら入手が困難な術式まで提供してしまっている。

立場を危うくなるのは避けられない、と口するがその表情には後悔の色は微塵もない。

それもその筈、女性は既にこの時……いや、彼を捨てた時から覚悟を決めて、自分のすべてを賭けようと決意していた。
彼を救える可能性はゼロに近いだろうが、それでも構わない。

どんな結果になろうと、それで自分の存在が消されることになろうと、女性は喜んで処分を受けるつもりだった。

「術式の名は『夢醒めの思想神ヘルメス』。三種類の派生属性を扱った『神の杖ケリュケイオン』の初代所有者の魔法であり、神に選ばれた者の一人です」

そう切り出して女性は『夢醒めの思想神ヘルメス』の使用条件について、シィーナに順を追って告げた。

「それで一定期間読み取った後ですが、一つは使えるようになりますので、それで抑えられていた負の意思を呼び起せます。……彼は暴走状態に入りますが、結果その状態の彼の魔力波長の変化も見極めることが出来るので、取り付けていたもう一方の魔法が通るようになります。……ですがその為に、ある程度魔力を分析させないといけないので、その辺りはそちらで見極めてください」

「なるほど、ならその保険もかける必要があるということですね」

そもそもジークが素直に賛成するとは思っていない。自分だけでどうにかすると言っていたが、それでも諦めに近い心情の筈だ。

ならば強引にそこまで彼を弱らせ、追い詰めないといけないが、それはシィーナ一人では荷が重過ぎる。が、他に協力を得ようとするのなら、自分以外の死人が出てしまうリスクがある。……それは当然のことだが避けたい。

「それなら『神の杖ケリュケイオン』を使うのはどうですか? 対象を一度だけなら・・・・・・無条件で復活させることができますが?」
「それこそ最後の手段ですし、なによりその杖は彼が手に入れる予定ですから」

無条件と女性は言ったが、実際はいくつかの制約が存在している。
たとえば死んでから丸一日経過していない。
肉体が消失していない。(一部でもあれば再生が可能である)

何らかの方法で魂そのものが消えていない。
など、制約がある特殊な杖だが、女性の言う通り上手く利用すれば、使えないこともない強力な切り札だ。

「別の方法を探しておきます。幸い期間は長いので、使い易い魔道具でも作って貰います」

脳裏に天才だが、ちょっと凝り性な幼馴染みのニヤリ笑みが浮かぶ。

少々『神隠し危険な物』も作ってきたが、学生時代に『神の杖』で出来た魔道具を製作した実績を持つ職人。
手のひらの収まっている魔法式の件もある。一度、相談してみようとシィーナはコクリと頷いた。

「しかし、さっきも言いましたが、この魔法が彼の魔力を利用して発動されますが、標的は魔力ではなく……彼の魔眼『永劫不滅な銀の幻想ザ・ヴィジョン』です」

彼が暴走してしまった、女性や魔力以外のもう一つの要因。
そして同時に彼を抑えていた抑制リミッターでもあった魔眼だった。

「あの魔眼の効果を打ち消せば、本来の彼が戻ってくる可能性があります。ですが、それはとても危険な賭けでもあります。本当に彼を助けるのであれば、もう一つ……鍵が必要なんです」
「……そうですね。もう一つの鍵があれば……」

そう告げる女性には正直打開策が思い浮かばなかったが、シィーナは違っていた。
だが、それはまだ僅かな可能性にも満たない、ただの彼女の希望としか言えないものだ。

(それもまた彼の動向次第ですかね。今の彼にはあくまで気になる存在か、あるいはトラウマの対象にしかならないかもしれませんが、直接あの子に協力を願えば…………いや)

あまりにも不純な計画にも思えて、浮かんだ思考を振り払うように首を振った。
彼の性格をよく知っているシィーナにとって、無理という以前の問題だと思ったからだ。
馬鹿げている上、彼が引っ掛かる訳がない。それこそ騙すようにも思えて、立案を浮かぶ前に思考から消した。


◇◇◇


永劫不滅な銀の幻想ザ・ヴィジョン』は精神系の魔眼だが、それが本領を発揮するのは使用者が対象の時だ。

幻覚、幻惑、夢幻、催眠などの効果を瞳から発動され、対象を高度な精神干渉の中に沈める。……それは使用者のジーク自身も例外ではないどころか、魔眼そのものを宿している分、常にその効果を受け続けることが可能なのだ。

それでジークは大戦時、“人を殺すことへの迷い”を消し去る為に冷酷無比な殺戮者さつりくしゃとなった。魔眼の能力で余計な感情を封じることで。


今回はその逆だ。
戦っていくうちに魔力と魔眼が同調を起こして、魔眼が封じていた絶望と増悪と一緒に殺戮者としての技能も解放された。

次第に戦闘技術が高まっていったのはその為だ。怒りのままに暴れていた彼が突然魔法を使用して、相手の不意を突くように原初魔法の龍までも操って見せた。

そして遂に本能的な危機に反応して、魔力が魔眼を操作。魔力で強引に生み出された魔力分身ドールと『偽装変装ハロウィンハロー』、そして『永劫不滅な銀の幻想ザ・ヴィジョン』の一部を付与させることで、一体の存在を作り上げた。

ジークとは逆の瞳を『永劫不滅な銀の幻想ザ・ヴィジョン』の銀色と《消し去る者イレイザー》の憎しみの色となって、《真赤の奇術師》のジョドが登場した。

殺戮者としての技能をその身に宿したジョドには、当然ジーク自身の時の感情などは一切なく、ただ主人である彼を守り……そして敵を排除する冷酷無比な存在となっていた。



────斬。

「っ!!」

首元に伸びたジョドの刃をティアは咄嗟に首を下げることで躱す。

返しに上体を屈み聖剣の剣先で突きの剣技を使用するが、胴体を狙った剣はジョドの剣に阻まれあっさり逸らされると、回転するように飛んだジョドの回し蹴りが、ティアの左腕から脇へ当たって上体を浮かせる。

続けざまに四度の前蹴りがティアの腹部に命中するが、愛用の鎧の強度と『物理攻撃緩和』、『魔力抑制』などの付与によって躰が倒れる程度に済むが……。

『……』
「っ! う……!?」

倒れそうになる寸前でガシッ! とティアの首を掴んでみせるジョド。咄嗟に振るったティアの剣を空いた片手で外に払うと、そのまま首を握り体を起き上がらせた。

(く、速い! このままだと……距離が近いけど奥義を────ッ!?!?)

どうにか抵抗を、と身動ぎし魔力を練ろうとするも、至近距離から全身に乗し掛かるジョドの魔力圧に抑えられて、金縛りのような状態に陥ってしまう。

「ぐぅ……!?」

宙吊りとなって首を絞められ苦しむティア。こちらの抵抗が落ちていくと首を絞めてくるジョドの力が増していく。

その華奢な彼女の首をへし折ろうと、絞めている首を一気に捻り……。

バッ!!

「きゃ!?」
『……』

切ろうとしたところで、彼女の体を放り投げた。

続いて剣を構えて別方向へ一閃。反転するように横薙ぎで迫っていた透明な球体を斬ったが、二つに分かれた球体はヒビを起こして弾けると、そこから一定距離にある空間を飲み込む吸引球となってジョドを吸い込もうとした。

「やはり反応は速いですね」
『……』

が、戸惑いや動揺などの感情がないジョドは、その二つとなった吸引球に対して取った行動は斬るのみだった。

無属性の原初魔法『完全解体フル・デモリッション』が付与された斬撃を放つことで、発生しかけた空間吸引を消し斬る。

消滅した吸引球を無視して、空間から槍を取り出すと、仕掛けてきた相手に向けて赤黒を帯びた槍を投げ付けたが、対象に直撃する前に今度は琥珀色をして現れた球体に阻まれて、接触と同時に槍先が歪み砕け散る。

「ですが、これはどうしますか?」
『……』

相手との間に現れた球体によってジョドは対象を見失うが、彼は言わば魔力の意思そのもの。対象が一気に詰めて主人であるジークに、仕掛けようとしていることに気付くと、瞬時に跳躍して間に入る。

「『赤色の巨星ペテルギウス』!!」
『……』

お互いに魔力の球体を生成し合うと、そのまま互いに飛ばした球体にぶつけた。

星の炎と瘴気の球が激突。
反発し合う炎と瘴気の余波に、ジョドの背後にいたジークが顔をしかめる。正気に戻った訳ではないが、鬱陶しく存在感を露わにしている炎の球を睨みつけていた。

「魔眼との同調でかつての戦士を呼び出しましたか、まぁ召喚魔法を使われるよりはマシかもしれません。……“膨張”」

そうして『赤色の巨星ペテルギウス』を放ったシィーナが呟く。均衡し合っていた炎が急激に膨らみ瘴気の球を飲み込んだ。
さらにシィーナが操作して巨大となった『赤色の巨星ペテルギウス』をジークの元へと落下させる。

睨み付けて動かずにいたジークの元に落ちると、炎はさらに膨れ上がり……。

「アァアアアアアアアアア!!」

その奥から噴き出てきた赤黒い魔力によって蒸発。手のひらから膨大な量の魔力を迸らせたジークが手のひらから魔力砲を放ってきた。

「……“集束”、“膨張”!」

その砲撃に対しシィーナは魔力を操作して、散らばった炎を束ねる。

星系統の特性は“吸収”、“集束”、“膨張”、“重力”が存在する。

謎が多い派生属性の一つだが、星を作り上げるという原点から生み出された属性だ。
その特性を活かしてシィーナは、散らされた炎を集めて一瞬で膨張させた。盾として扱い砲撃のすべてを受け止めると、役目を終えたように今度こそ消滅した。

『……』
「っ! ふ!」

そこを突くようにジョドが攻撃を仕掛けていた。
取り出された二刀の剣を両手に構えて接近。その際、遮るように琥珀の球体が間に入ったが、その場で跳躍して躱したジョドは、容易くシィーナの懐に入る。慣れたような動作で両手の剣を振るい、反応が遅れる彼女の首にそっと刃を添え……。

『……』

ジョドの動きがそこで停止した。
ガクンと人形が動きを止めると、輝きを見せていた魔眼から光が消えていた。

「ッ……? ────ッッ!!」

いったい何が、と首を傾げたジークもまた、突如動きを止めてその場で片膝をついた。

「グッ……!?」

何だと視線を自分の体に向けると、いつの間にか付いた分からないが、体全体を覆うように魔法陣の模様のような物が身体中に巡って、体の力が抜けていく。

ジーク自身の片目の魔眼も光を失い出して、放出されている魔力も影響を与えているのか、動揺したように脈動を打って動きが遅くなってしまっていた。

「ようやく効いてきましたか? 最初の接触の際に仕掛けた種がやっと芽吹いたようだ」
「……もしかして『幻覚魔法』? シルバーの魔眼の幻覚にシィーナさんの幻覚を上書きされてる?」

危うく胴体と首がお別れしかけて冷や汗をかくシィーナの言葉に、近寄って聞こえたティアが訝しむが、次第に埋め尽くされていく魔法陣の術式系統を見て、何が起きているか気付き驚きの顔をする。

幻覚魔法は基本系統には少なく、光系統、闇系統に多い魔法だ。
因みにジークが使用している魔眼は、属性としては無属性に類しているが、実際は魔力があれば使用できる為、少々異なる。

「はい、一定の条件化で発動される幻覚魔法で、元の魔法より制限がついてますが、事前に用意していた二つの内の一つです」
「あ、ああ!? さっきギルドレット様が打ち込んだアレですね!」
「ええ、ただあちらとは少し違いこちらの魔法は、事前に彼の魔力波長の変化をある程度把握する為に長期間、その肉体に埋め込んでないといけません」

シィーナが掛けた幻覚魔法の属性は、二つの属性が含まれたもの。
魔法陣が起動することで術式が自動的に発動される闇と光属性で、魔道具が闇属性で今使用されているのが、光属性の幻覚魔法だ。

仕掛けたのは、初手の空中での衝突の際。
魔力を込めた拳で殴られそうになったところを、『星の球スター・ボール』でガードして飛ばされたように見せたが、寸前であらかじめ彼の体に取り付けていた術式の種を起動させた。

(言われてみればあの術式、魔道具の刻まれていた術式と凄く似てる。原初の幻覚魔法だと思っていたけど、派生系だってこと?)

用意していた二つの内の一つと聞いて、ティアは少しなのことかと思ったが、すぐにこうなった原因であろう幻覚の魔道具の存在を思い出した。

何処から用意された聞いていないが、ジークの魔力耐性すらも破ってみせる強力な魔法。そう考えるなら、どんな魔法も通さないように見える、今のジークにも届いたことも納得できなくはなかった。

(でも長期間って。いったい……いつから?)

不意にそう思うのは、今までどんな魔法にも屈しなかったジークの様を見たからだろう。いったいどれだけの期間を掛ければ、彼をここまで追い詰めることが出来るのだろうかと。

(ありえない。こんな神業みたいな……運頼みな方法で切り抜けるなんて……!)

よくよく考えると不思議かつ無茶苦茶な賭けの勝負である。

(ティア様の気持ちは分かりますけどね)

……そんな信じられない様子のティアを見て、シィーナも苦笑を浮かべると、手のひらに残っている術式を見ていた。

(なんとか通じたようですが、果たしてこれでどこまで保つか)

使い捨ての魔法のようなものだが、これで一時的にも彼の魔眼を封じることに成功した。
停止して動きを止めるジョドと活発に動いていた、魔力の奔流が弱まったのを確認してこれで十分だと頷いた。

(まぁ、私が用意したといっても厳密には託された側ですがね。あの人もあまり介入はできないと言ってましたから、これも結構ギリギリなんでしょうけど)

なによりその魔法が二年近く彼の魔力を読み取って、その一部を吸収することで起動する特殊技術が施されたものだ。彼の魔力が気付けないほどさりげなく、ゆっくりと全身に毒のように浸透していく凶悪な魔法だ。
しかも最強の協力者・・・・・・が用意したものだと知れば、いったいどうなるか。

魔法社会が混乱するのは明らかである以上、シィーナも必要以上のことは告げないと決めていたのだ。

「ガ……ァ!! アアアアアッ!!」
「おっと! そうはいきませんよ!」

強引に暴れ出そうとしたジークにシィーナは、星の球スター・ボールを叩き込む。
続けて周囲に浮き出す、五十センチ程の七色の球体を出現させた。

「『彗星の領域軸プラネット・タイム』!!」

派生属性の中でも最高クラスと呼ばれた一つ。
《白銀の星光乙女アダーラ》シィーナ・ミスケルが扱う。
星を読み、星を従い、星を支配する特性を持つ星系統の力。

灼熱の星球『赤色の巨星ペテルギウス』、深海の星球『水色の巨星メルクリウス』、颶風の星球『翠色の巨星ベーター』、霹靂の星球『黄色の巨星レグルス』、地盤の星球『地色の巨星タイタン』、白煇の星球『光色の巨星シリウス』、暗黒の星球『闇色の巨星プルート』。

「ッ!? グァ……!?」
「今度は逃れませんよ? “一体化”を出来るほど補助能力は、今の魔力あなたにはないんですから。……剥き出しとなったその力、すべてを撃ち滅ぼしてあげますよ《消し去る者イレイザー》……いえ、本当の名は────」

星系統のランクAの空間魔法と、ランクBの全属性の魔法球で一斉に放たれる。
背後のティアが離れたのを確認して、シィーナは魔力を込めた星球を従えて動きが鈍くなったジークに……。

「『原初神の無限調和カオス・オブ・コスモ』。私の弟子を返しなさいッ!!」

「ッ!! ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

最大の元凶である魔力へ、業炎の熱、水圧の激流、暴風の破壊、雷轟の憤怒、圧殺の一撃、極熱の光、重力の渦を叩き込んだ。

「こ、殺してやる……!」

結果として彼の真下にあった岩盤が砕け、大きなクレーターが出来上がる。
ジーク自身にも大ダメージが蓄積されるが、シィーナは一切止めず撃ち続ける。

「……ガァ!? グッ……殺して、やる! 殺してやるッ!! すべてをォォォォオォォオ……!!!!」
「っ!」

ひしめく砲弾幕の中からジークの雄叫びが上がる。
すると弱り切っていた筈の魔力が迸らせて、飛来してくる星球を弾き出そうとする。

「消えろォォォッ!! すべて消えろォォォオオオッ!!」

それは憎しみからくる意地か、本来であればもう使えることができない筈の魔法を発現し始める。

瞬間、埋め尽くされる瘴気の渦から柄が出現。
瘴気が満ちる魔力の渦の中から、一際禍々しい気配を放つ魔剣をジークは、怒りのままに掴み取ろうと手を……。

「はぁあああああ!!」
「ッ……ガァ!?」

寸前で腕に突き刺さったティアの聖剣が彼の動きを止める。
出現し始めた異様な気配を纏う魔剣の一部を見ただけで、それがどれだけ危険極まりない物か本能的に感じ取ったのだろう。瘴気で消滅しないように魔力を限界まで込めて、ティアは剣を槍の如く投げ付けたのだ。

「ウ、アアアアアア!! ダァアアアアアアア!!!!」

しかし、彼の怒りの執念はその程度は止まることはない。
血飛沫が上がるが、突き刺さった腕を強引に動かして柄を握り締める。そのまま引き抜いて、その強大な力を解放……。

「……ッッ!?!?」

が、そこで片手に握り締めていた大鎚から稲妻が放出する。
青白い雷がジークの全身に走り抜けると同時に、彼の頭上から光の砲弾が放たれ頭部へと当たる。二つの不意の攻撃を受けたことでジークは、痙攣を起こしたように再び動きを止めて、握っていた柄から手を離した。

「ラァアアアアアアアアアアアアアア!!」

そしてさらに、止まることのない砲弾幕の隙間から突撃した。焼け焦げた状態のギルドレットの飛び蹴りが直撃する。

残った二つの羽のみで、普段より威力が劣る蹴りであったが、直撃したジークは口から血を吐き仰向けに倒れると、暴れ出そうとした魔力も動揺したように止まった。

「認めてやるかァ……!! 絶対、こんな世界、なんかァ……!!」
「させません!! あなた!! ここで堕ちなさい!! ジークッ!!!!」
「シィーナァァァァ……!!」

そして砲弾の幕から瞬時にギルドレットが脱出した次の瞬間、シィーナは身体中の魔力を発動させている。魔法のすべてに注ぎ、それこそ魔力の源が枯れ切るまで……。

「お、俺は……オレはァアアアアァアアアァァアアアアアアッ!!!!」

「堕ちなさい!! ジークーーッッ!!!!」

彼の根源である魔力を弱らせるべく、星を落とし続けた。








「ガ……ハ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」

星球を落とし続けてから五分以上が経過した。
およそ百回以上に及ぶ、七色の星球による砲撃の豪雨。

彼女がそれを止めたのは、一時的に暴走が弱まったか、赤黒い魔力の色が薄くなり、とうとうジークの意識が虚ろになった時だ。

(ど、どうにか足りました……か?)

生み出されたジョドも消滅して、無数に出来た巨大なクレーターの上で、こと切れたように彼は倒れる。肉体が残っているが、不思議なほどの傷跡がその場所に残っていたが、彼は虫の息と言った状態で、全身から血を流すだけに留まっていた。

(もう魔力が残ってません。……また暴走したらもう終わりです)

そこでようやくシィーナも攻撃の手をようやく止めた。……といっても消えかけの星球を見れば、もうこれ以上撃てるかどうか怪しいところであったが。

そして彼女が攻撃を止めたことで、警戒していた三名も、力が抜けたようにその場で膝を折る。

少し離れたところで座り込むギルドレット。
潰されたと思われた巨大な棍棒から抜け出して倒れるゼオ。
そして無数の槍の森から抜けて、両膝を付いているシャリア。

三名共、負傷して血塗れのようだが、四肢が失うほどの重傷を負っている者はいない。

やはり皆、元も含めてもSランク以上の猛者ばかりだったということだ。……保険については聞いていたが、辛うじて致命的な攻撃から避けていた。

「よ、ようやく、はぁ、落ち着いたよう……です」

その顔は酷く真っ青で汗を流している。
震える膝に手を乗せ、明らかに魔力を消費し過ぎて、無理して立っている状態であった。

「はぁ、これで……しばらく、はぁ、大丈夫な筈。……はぁ、後は、彼女に頼みます……か」
「あの……生きているんですよね?」
「…………」

一気に消費した魔力の反動で息を切らしつつ、来ているであろう彼女を呼ぶことにした。……持っていた連絡用の魔石を砕いて向こうに合図を送った。

「シィーナさん」
「……」

後ろで心配そうにティアの声が掛かるが、その心配事に対して答える余裕など、消耗し切ったシィーナにはなく、口を閉ざすしかなかった。……因みに彼女が心配そうにしているのは、消耗し切っているシィーナのこともそうだが、まるで懐かしい戦場の爪痕のようなところで、グッタリと倒れるジークにもそんな視線を向ける。

(誰も死ななかったことが一番良かったことだけど……ここからどうしたら)

途中で助太刀したシャリアやギルドレット、ゼオの生存は喜ばしいことだったが、それよりもジークのことが気がかりとなっていたのだ。

(大丈夫そうに見えるけど、まだ魔力が漏れてる。おそらくまだ終わっていない)

どれだけタフなのかと戦慄して、ゴクリと息を飲むティア。
改めて次元が違う存在だったのだと、実感して警戒の糸を緩めずにいた。

(この状態の彼をどうするんだろう? 正直思い付きませんが、ほっといたら間違いなくまた暴走するのは見れば分かる)

尚も魔力を漏らして危険な状態が続いているが、疲労困憊な様子であるシィーナには、何か打開案がある口振りだった。
いったい誰を呼ぶのかと疑問符を浮かべたが、ガコンッと音と共に開く壁に似せた大きな扉が開き、ティアの視線はそちらへ移り……。

「へぇ……?」

激しい激戦の地に似合わない、間の抜けた声を零して思わず二度見してしまった。


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