オリジナルマスター

ルド@

第18話 後始末と現れなかった男。

「やっぱりレプリカじゃ、ここまでが限界か」

持ち手の先が粉々に砕け散った大鎚を、掲げるように見上げながらジークは呟く。

彼の魔力に耐えきれなかったのか、それとも一回切りの魔道具だったか砕けてしまった大鎚。……恐らくは前者であろうが、内部に組み込まれていた術式も粉々に破壊されていた。

(性能が低いのはなんとなくわかっていたが、それでもここまで脆いとはな)

少しばかり残念そうに肩を落とす。
可能であればこの魔道具に含まれた術式を取り込んでおきたかったが、ジークが魔力を通した時点で崩壊の兆しがあったのを、打ち出す直前で感じ取っていたのだ。

(以前の大戦か、それともそれ以前に入手したんだろうが、あくまで残滓に過ぎないようだ。術式自体に改良をされた形式だから副産物か、少なからず素の魔力が含まれていれば、まともな物ができたかもしれないが、そこまで手が伸びなかったか。自分たちでは手に負えないと妥協したのが、よく分かる物だったな)

使い物にならなくなった持ち手を捨てると、抉れてしまった室内につい苦笑してしまう。元SSランクであるのことを考えて本気で打ち込んだが、それでも会場に影響がでないように攻撃範囲を狭めていたのだ。……惨状を見る限り意味はなかったようだ。

隣で顔の部分の面を外して立つカトリーナから、意味ありげな視線を向けられるので、とりあえず向き直ることにしたが、さっそくジトとした視線と対面することになる。

「シルバー……」
「いや、お前よりはマシだろう。しかも半分以上はアイツが原因だ」

多少は責任を感じないこともないが、それでもと、指を指した相手になすりつけるジーク。
指していた先は彼の攻撃で大きく抉れた中心地である。ジークの攻撃は一点にのみ絞られたが、それほど深く抉れているわけでもない。

「ぐぅ……」

威力の大部分は中心地で倒れている、男に注ぎ込まれたようだ。
ジークの本気の一撃をもろに受けてしまい、元SSランクのリヴォルトも完全にダウンしてしまっていた。

(身体強化を維持した状態であったなら、まだ抵抗もあって厄介になったと思うが)

元SSランクが呆気ないと思えるかもしれない光景だが、相手は所詮既に現役を引退した老兵である。さらにジークのオリジナル魔法により、無防備な状態となっていた。

しかも何十年も前の戦士であった男だ。少なくともここ数年はデスクに座っているばかりで実戦から離れていたはず、いくらなんでもこの二人を相手に正面から勝とうなど無茶が過ぎるのであった。

「それでも念を入れておいてもいいだろう。こちらも明日の決勝やその後に起こるかもしれない祭りで忙しいことになりそうだ」

あまり時間をかけたくないジークはこれまでの戦いの疲労のことも考え、最も簡単な手でトドメを刺すことに決める。既に倒れているリヴォルトに対して何をするかと、不信に思うカトリーナを置いて懐から、とある魔石を取り出してみせた。

「それは何だシルバー?」
「ん? これか?」

そうしてカトリーナに見えるように上げると、ジークはニヤリと笑みを溢す。
それはいつも徹底的に相手を潰す時に見せる笑み。ジークがやらかしてしまう時の危険な笑みであった。その笑みだけで聞く体勢でいたカトリーナの意識を逸らさせしまう。

「……いや、言わなくていい。今の笑みでなんとなく聞きたくなくなった」

聞こうとしてたのをやめて、目を逸らしてしまうカトリーナ。
共に戦った大戦時の頃にも見た、あの笑みの時の彼とだけは絶対に関わりたいくない。顔を逸らすと自分は関係ないといった様子で、外に待っているティアたちの元へ移動して行った。

「そうか? ならいい……か」
「ごぅ……!?」

取り出した毒々しい濃い紫色をした魔石を一つ。
ジークはリヴォルトの胸元に押し当てる。僅かな衝撃であったが、微かに呻き声を上げて意識を取り戻したリヴォルト。

「な、シルバーァァ……!! なぜだ、なぜチカラを正しく使おうとしない!? それだけのチカラがあれば、国どころかこの世界を……!」
「煩いな。もう黙れ────“術式解放”」

なんとか抜け出そうとするリヴォルトをジークが押し留める。理解できないと疑問を投げ続ける彼に嫌気がさしたか、その隙に魔石に封じられた呪いを解放させた。

「っ!? この魔力は……! 六王の……!」
「ああ蛇王だ。加えてお前が欲しがっていた俺の魔力も注がれている。呪属性の波長に変えた呪度を底上げさせたモノだ。どうせ情報なんてすぐには吐かないだろう? 騒動が終わるまでたっぷり味わっていろ……」
「ぐ、ぐがああああ……」

魔石から出てきた紫色のオーラが、狼狽するリヴォルトの体内に入っていく。
解放されさらに禍々しさが増した魔力を見て、リヴォルトは焦り再び『屈強猛烈インテンシティ』を行使しようしたが、それが仇となった。

蛇王の魔力は放出しかけたリヴォルトの定着する。
そこから彼の魔力体、全域まで広がっていく。呪いによる謎の不快感に戸惑うリヴォルトを無視して、蛇王の魔力はみるみる内に彼の魔力を汚染して、猛毒へと変えていった。

「俺も人のことは言えない。お前の欲しがっているこのチカラで沢山の命を奪ってきた。だが、それでもお前を裁かない理由にはならない。……今までの無駄な実験で捨ててきた命の分だけ、その身を壊して残りの人生を送るんだな」

胸を搔きむしり苦しむリヴォルトに、ジークは感情の籠らない瞳で告げる。
その後もリヴォルトが苦しみ続ける中、ジークは無言でそのさまを眺めていた。

「シルバー!」

カトリーナが外で待機している者達を呼びに行ってすぐであった。
飛び出すようにして彼女の妹であるティアが、ジークの元に駆けつけて来た。

「お、おお……ティアか」

心配そうな顔でそのまま飛び込んで来そうな勢いに、ジークは若干苦笑いを浮かべつつ抱き締めこそしないが、手を振るって軽く答えた。

「心配したんですよ!? 大丈夫でしたか!?」
「見ての通り大丈夫だ。……だからあんまり近付くのは」
「え」

そんなショックを受けたような、顔をされても困る。
ジークはティアの後ろで遅れて入室して来たフウとリン。主にリンの眼光を見ながら頰を引きつらせている。

リンの表情こそ真面目そうにしているが、目が全然笑っていない。鋭い目つきでティアに触れそうになっている、ジークの動きを凝視していた。

─────少しでもティア様に触れるようなら、叩ッ斬る!!
再開して早々、殺気で挨拶されてしまったジークは即両手を上げて降参した。

「やめてください。お願いします」
「なぜ敬語なんですか?」

目だけでそこまで読み取れる時点で、かなり危ういのかもしれない。
小首を傾げるティアに悪いを謝りつつ、ジークは低姿勢のまま、ティアとリンから離れることにする。

「シルバー様」

と思えば今度は別の意味で面倒な女性、というより女の子に服の袖を掴まれる絡まれる
ジークを師として慕っている小柄な魔法師のフウである。
ジークとの再会が嬉しいのか、少し無表情な顔に喜びの色が見える気がした。

「だから様って…………ああ、もういい」

言いかけたところで早々に諦める。
今は直させる時間も惜しい、フウに軽く頷いてジークは妥協した。

「挨拶も済んだか?」

そうこうしているとカトリーナも、部下と思われる執事一人を連れて戻って来ている。
見覚えのある年老いた執事だ。シルバー時代に何度か王宮に行った際に見た気がするジーク。軽く会釈されたので自身も会釈すると、カトリーナが皆に聞こえるように話を切り出した。

「さて、この者達の連行だが、シルバー」
「何処の地下牢に飛ばせばいい? 言っとくがマーキングが消えていたら使えないぞ?」

未だ微かに呻き声を漏らすリヴォルトを含めた、倒れている配下の者たちを一瞥してカトリーナが振ってくるが、ジークは答えは曖昧なものである。
彼が口にした使えないというのは、空間系のオリジナル魔法のことである。

魔力によるマーキングを付けておくことで、視覚外かつ遥か遠くの場所まで、移動が可能である。

しかし、逆に言えばマーキングが無ければその移動はできない。
ジークの空間系魔法はどれほど優れていても、魔力を目印にしなければ、長距離の移動をすることはできない。

(もし最強の空間系統『クロノス』を入手すれば、話は別かもしれないが……いや)

とある可能性を考慮してみるが、まだ手に入れない物のことを考えてもしょうがない。
とにかく出来ないことはできないとカトリーナな告げるが、彼女から意外な返答が返ってくる。

「その心配なら不要だ。全部ではないが騎士団の拠点にある地下牢や私の部屋、王宮の入口や王宮内の作戦室に地下牢、さらにはティアの部屋や父上の部屋にも残したままだぞ?」
「姉様!?」
「意外と残っているんだな。……ていうか、陛下とティアの部屋にもまだ残っていたのか」

カトリーナの発言に少し驚くジークであるが、後半の部分には別の意味で驚いてしまう。何気なく聞いていたティアが何故か、焦ったような声を出していたが、ジークはそれよりも気になる点がいくつかあったので、姉に迫る彼女を押し退けて話を進める。

「じゃあ、あとで実験体にされた生徒の確保もしないとな。そういえば……この件、もう広まっているのか? お前たちが動いているってことは、陛下が指揮を?」
「いや……だが、お前のことについては父上を含めて、もうだいぶ広まっているようだぞ。大戦を経験している私のところの団員なら、面識の少ない者でも気付いているかもしれん」
「……」

カトリーナの返答に口を閉ざしてしまうジーク。
覚悟はしていたが、いざバレてしまったと思うと今後の生活がより、面倒になることにうんざりしそうになる。目的の為に大会に出ようと王都までやって来たが、あっという間に事態はジークの予想を斜めどころか、彼方遠くへと進んでいた。

「まぁいいか……で、ギルさんはどうしている? なぜここに来ない?」
「ギルか?  ………………そういえばなぜ来ない?」

ふと思えばといった様子で首を傾げるカトリーナを見て、ジークは疑問を覚えつつ共に動いていなかったのだと知る。

「いや、俺に聞き返すなよ。そっちで打ち合わせてなかったのか」
「あの男は随分前からこいつらに目を光らせていたそうだが、具体的なことは極秘事項と言って、父上にも報告してなかったようだ」
「関係者でいうなら例の聖都の学生だが……」

知っているのは極一部の者のみと、口にするカトリーナに何故だか不穏な空気が流れるのを感じる。

戦いの最中にあったリヴォルトのセリフからして、何かしらの妨害工作はしておいたようだが、それでももう気付いて来ていてもおかしくない。……寧ろ彼がいてくれれば、より確実にリヴォルトを拘束できたと少なからず不満を抱いていた。

「あの人がいたらもっと簡単に片付いたのに、いったい何をしているんだ? あの人は?」

口にしてみたが、何か嫌な予感もしなくもない。
ジークと別の意味で危険人物でもあるギルドレットが不在の中、ジークを含めたその場の面々はこれ以上騒ぎが拡散しないように後始末に掛かるのであった。


ジークが決勝の相手がサナであることを知ったのは、人も少なくなった夕方頃であった。

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