オリジナルマスター

ルド@

第1話 あの日と夜の密談前。

年を明けて一ヶ月程が経った頃であった。

「寒い」

雪が降る街中を歩くジーク。
全身黒で膝まで伸びる上着を着て、青色のマフラーを首に掛けていた。

「……暖かくなる魔法でも使おうかな」

別に寒のが苦手という訳でないが、長く外に滞在しているとそう考えたくなってしまう。……しかし、街中と考えるとあまり魔法を使うのは躊躇い、結局使わずに済ませてしまう。

「にしてもシャリアとキリアさんといい。一体なんなんだあの反応は? いくら普段がアレだからって失礼過ぎだろ」

本日のジークは依頼帰りであった。
受けた依頼内容は街の外で冬に出る危険な魔物の討伐。ジークからしたら造作も無いことであったが、ギルド側……シャリアやキリアから意外そうな反応を向けられてしまった。

何せ彼はギルド内どころか学園内でも、有名なサボり魔で面倒くさがり屋であるのだ。

そんな彼が今日だけなく、ここ最近外に出ては討伐関連の依頼を手当たり次第引き受けている。……ある時は外に出たまま夜を明かすまで。

そして依頼を設けているキリアやシャリアからは、連日、回数が増えていくにつれて、僅かな戸惑いから狼狽へと変えていった。

最初の二〜三日は『え? 依頼を受ける? 今日もですか?』『なんだ? 最近やけに仕事するが、仕事に生きることにしたか?』などなどであったが。

それが一週間程から二週間頃には『どうしたんですか!? ほぼ毎日ですよ!? 大丈夫ですか!?』『な、何が狙いだ!? 小遣い稼ぎか!? いけない遊びか!? 私は許さんぞっ!』『何か悩みでもあるんですか!? 力不足かもしれませんが、よかったら話してみて下さい! 是非っ!』『何故私も誘わんのだ友よ!? 私も遊びたいんだぞ!?』と片方は置いといてもキリアから心底心配そうに見られる始末であった。

「……やっぱ変かなぁ。……はぁ」

ジーク自身も分かっていた。
だがそれでも今はなるべく外へ出て、寮や学園に長く滞在する理由を減らしたかった。

彼女と会うのを少しでも減らしたかった。

「……何してるのかな? アイリス」
「あ、ジーくん!」

そして寮の自分の部屋に帰ってみると、部屋に設置してある小さなキッチン台の前にアイリスが料理を作っていた。男子寮にある自分の部屋にだ。

マフラーを取り外しながら呆れた目で尋ねていたが。

「あ、そのマフラー! 付けてくれたんだぁ!」
「マフラーはありがとう。けどアイリス」
「アリスでいいよ?」
「ア・イ・リ・ス。何してるんだ? ここで?」

嬉しげにマフラーを見て喜ぶアイリスに、ジークが眉間にしわを寄せ再度問い掛ける。……怒ってはいないが、流石に誤魔化されるとこっちが困るのだ。

「うん? 料理だよ?」
「それは見れば分かるが、前から言ってるがここは男子寮だぞ?」
「うん大丈夫。ちゃんとバレないように来たから」
「なにも大丈夫じゃない! バレたら俺がアウトだ! どうなってるんだこの寮のセキュリティは!?」

後半は完全に怒鳴り声であった。
理由は色々とあるが、やはり一番の理由はアイリスであろう。

(もう結界でも張るか? けどそうするとバレた時に面倒だし、彼女に何かあったら元も子もないが)

ここずっと避けていた相手が目の前にいる。
次第に仕事後の疲労を上回るレベルで、精神疲労が彼に乗し掛かっていた。

「ジーくん。ここ最近避けてるよね? ……私のこと」
「……」

しかし、その疲労感をも上回る緊張が走る。
無言となって黙り込む彼に向かって、アイリスも緊張を含む不安や恐れを混じりの顔で見つめてくる。

「ずっと外にいて、いつ戻ってくるか分からなかったけど、……今日帰って来なかったら多分諦めてた」

(だとしたら有難いが、多分無理だったろうな。彼女と同じで妙なところで諦めが悪いから)

顔をこれでもかと赤く染めて今にも倒れてしまいそうなる。なんて言えばいいか分からないジークを置いて、アイリスは気持ちのままに想いのそれをぶつけようとしていた。

「避けられてるのは分かってるよ? けど……もうイヤだよ。ハッキリしないのは」
「あ、アイリスっ……俺は」
「ジーくん─────お願い、聞かせて?」

覚悟を決めたような重い顔してアイリスは。

「あなたの気持ちを」

彼が避けて続ける領域に、彼女は踏み出してきたのだった。


◇◇◇


予選会二日目。
昼休みが終わる直前であった。

「久ぶりだなアイリス」
「ジーくん」

いったい何の因果があったか、再び二人は出逢いを迎えた。

「思ったより……元気そうだな」
「う、うん」

言葉を選ぶように会話するジークにぎこちないアイリス。

「ジーくんも……元気そうだね」
「まあ、な」

少し困ったような顔のジークと動揺するアイリス。
必然だったか、数ヶ月も会ってなかった二人の間には、大きな溝が出来ていた。

(ドジったな。なに堂々と対面してんだ俺は)

アイリスと向き合う最中、内心失敗したと悔いるジーク。
数分前に学長室を抜けて会場に戻ってみれば、視線がやけに集中していたことに気づき追ったのだ。

すると何故か居ないはずのティアと、同じく引き篭もっていたアイリスがお供連れて対面していた。……幻かとゴシゴシと瞼を擦ったが、現実の光景だと理解する。そしてティアがとんでもないことを口走ろうとしていると理解した途端、あのまましておけないと割って入ったのだ。

お陰で状況は最悪であった。放置してきた自分が原因であるが。

「アリス……」
「アリスさん……」

(サナとリナか……)

近くにいるサナとリナから心配そうな声が聞こえる。
途中で気づいたが、さらにガーデニアンやフウにリンも控えている。面倒極まりない状況なのは、ハッキリと分かるメンツであった。

「あ、あのジーくん……」
「ちょっと待ってくださいシ───ジーク。誰ですかこの女性は?」

(ティア……!)

だが、一番に厄介なのは本来出逢ってはならないティア。絶対に会わせてはならない彼女がこの場に居たことだ。
アイリスが声を出してる途中で割り込んで、鋭い目つきでジークに詰め寄ってきた。正直言って勘弁してほしいジークであるが、すっかり平常心を維持出来なくなったティアは止まれない。

「説明してください。これはどういうことですか?」
「落ち着けテぃ……王女様」

ついティアと名前で言いそうになるが、他のメンツの前で言うのはマズイので王女呼ぶ。近寄ってきたティアだけに聞こえる声で押し止めるが、この時点で周囲から王女と顔見知りであるのは避けられそうになかった。

「言いたいことは分かる。……だが今は堪えてくれ。ここではマズイ」
「それで納得しろと? この場は退けと?」
「人の視線が集まり過ぎてる。それにリンも居る。……どうか頼む」
「……」

静かな声であるが、その声音には並々ならぬ強い意志があった。怒気を滲ませつつあったティアの思考を徐々に冷却させていた。

「頼む」
「……いいでしょう。その代わり、あとで絶対説明してください。もし説明に来なかったら、こちらから押し掛けますからね?」
「……分かった。じゃあ夜に」

押し殺した声で互いに約定を交わした後、ティアはガーデニアンに声を掛けて周囲にいる者達。そして急に呼び止めたアイリス達に謝罪して、その場から移動して行った。

その間、付いて来て怪訝そうに睨むリンと、困惑顔のフウからくる異なる視線を浴び続けたが、ジークは神経を注いで気付かないフリをして退けた。

「アイリス」
「っ……!」

そうして、ようやくジークはアイリスに向き合えれる。
だが、対面するアイリスの顔からすっかり怯えが出ていた。どうやら限界が来てしまったようだ。返事すら難しそうだが。

「アリス……!」
「あ!」

気づいたサナとリナが付き添うように支える。まだジークの対面は厳し過ぎると分かったか、そのまま連れて行こうか思い悩み。

「……」

ジークもそれは理解できていた。
だから短めに今自分が言うべきことを、放置し続けた罪として彼女に伝えることにした。

……たとえ周囲から非道と思われて、彼女がさらに心を閉ざしたとしても。

「俺は謝らない。だからお前も俺に遠慮するな」
「……」

サナ達に支えられる状態ですっかり青ざめた顔のアイリスだが、不思議と彼の言葉が耳に届いていた。

(あ、あれ……?)

そうして不思議なことに息が詰まりそうな呼吸が何が要因なのか、落ち着きを取り戻しつつあった。

「あ、アリス?」

親友の変化に支えていたサナも目を見開いて驚く中、ジークは視線をアイリスから彼女へ移して託した。

「悪いなサナ。あとは頼む」
「え、わ、分かったわ」

そして、休み時間が終わる寸前であったことを思い出す。アイリスのことをサナに任せると、ジークは仕事場である司会席の方へ移動して行った。


◇◇◇


午後の予選会も終わったジーク。その際、決勝で行われた風紀委員と生徒会の頂上戦は、ジークから見ても大変興味深かった戦いであった。

「司会の仕事は初めてだったが、なんとかなったな。アイリスの方も思ったより元気そうだったし、これで一応は安心かな?」

それとなくアイリスの方を見たが、彼女の方はサナ達がいたこともあり、それほど問題もなく済んだようだと分かり、心の中で少なからず安堵したジーク。

「まぁ、今はそれどころじゃないよな」

代わりにもう一方がご機嫌が大変なことになっているのを、薄々であるが彼は感じ取っていた。

「はぁーーどう説明しようか」

予選会も終わった夜である。
バレないようにフード付きのローブを頭から被って纏い、ティアが泊まっている貴族専用の高級館の屋根の上にいた。約束通り説明しに来たのだ。

「問題はリンだよな。普通に部屋に入るのは危険だ」

気で敵を察知するリンがいる以上、ヘタに中に入る訳にもいかない。バレたら騒動になって、間違いなく憲兵や騎士たちが駆けつけてしまうからだ。

「だからお前が待っていたのか、フウ」
「はい、シルバー様。お待ちしていました」
「うん、様はやめようか」

なので到着してすぐ屋根に立ったところをフウに見つかった時は、どう入ろうと悩ませたのが無駄となったと分かり、疲れたような苦笑を浮かべた。

「リンさんは私と一緒に外で待機してます」
「話したのか? よく了承したな」
「姫様からご命令ですから。とある人物と話があるので外で待機してるようにと」
「……そうか」

フウの言葉に苦笑を浮かべたまま口元をヒクつかせる。……障害が排除されたことよりも、言い方に問題がある気がしたからだ。

「まぁ、助かるよ」
「いえ、命令ですので」

無表情のフウは淡々と言ってくるが、おそらくかなり口論になった筈なのだ。
堅物のリンをどう言い聞かせたか、少々気にはなったが、ティアの巧みさに素直に感謝するだけに勤めて空間移動で館の中に入った。

だが去り際に。

「リンさんも馬鹿ではありません。たとえここで誤魔化せてもあなたのことは確実にマークされます。排除すべきかもしれない、あの人の準危険対象者リストに」

(いや、リストって何!? 排除って国を脅かす危険人物としてか!? それとも姫さんを誑かすかもしれない馬の骨としてか!? アイツの役職は護衛騎士じゃないのかよ!)

最後の辺りにやたら不吉で含みがあることを言われてしまった。
無表情で冗談を言わないフウの所為で、ジークはリアルに身の危険を感じながら転移したのだった。

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