オリジナルマスター

ルド@

第9話 お出掛け前。

「リナが……昨日襲われたのよ」

食後のコーヒーを味わうジークに黙し続けていたサナはそう前フリをした。

「……襲われたって、誰に?」

(上手く誤魔化せているのか?)

演技力に自信がないジークは、サナの言葉に自然を装って疑問を乗せてみたが、正直不安な気持ちである。

襲われたというは当然昨日の《魔境会》の件であろう。サナは何処まで知っているか定かではないが、恐らく被害を受けた本人であるリナが知っているだけの情報ぐらいは把握していると判断した。

「……本当に何も知らないわけ?」

演技を見抜いたか或いは他の何かか?サナは訝しげな顔でそんな質問を投げかけて来た。

「知らないって……どういう意味だ?」

本当に見抜かれて疑いを掛けられてるかもしれないが、ジークの対応に変化などない。引き続き知らぬ存ぜぬといった表情をサナに見せ、自分は全くの無関係であることをアピールする。

「……そう。いいわ登校時間までまだ時間あるし今から説明するわ」

サナの言う通り最初の登校の予鈴でまだ一時間近く余裕がある。この寮から学園まで五分程度であるから話をするには十分過ぎるほどの時間が存在する。

「良いのか? 俺みたいな第三者が聞いてよ」
「私達が狙われてる事情は前に説明したから知ってるでしょう? 一度は貴方に妹のガードを任せようとしたもの、説明ぐらいはさせてちょうだい。……あと、まだ諦めてないから」

(いやいや、そこは諦めてくださいよマジでさぁ)

もう少しぐらい遠慮というモノはないのか、と苦笑顔で脱力する。

「昨日私は授業が終わって直ぐ妹のいる初等部の校門へ向かったわ。けど、いつもはまだ学園内にいる筈の時間帯だったのに昨日に限って、リナは居なかったの」

(そりゃいませんよ。なんせ《魔境会》に誘き寄せられてたもんなぁ)

因みになぜ公園に誘き寄せられてたかは、昨日の内にリナがキリアに事情を話したらしく、帰る前にキリアから説明して貰っていた。

(相談を受けていたという子も潜入していた子かもしれないが、……《七罪獣》の連中の話を聴くとどうも違うようだったし)

実は昨日の内にもう一つ、ジークは捕らえてた《七罪獣》の幹部二人に《魔境会》について情報を聞き出していた。……勿論別々であるが。

(聴いた話だと、連中には潜入させれる丁度いい人材が居なかったため、リナ彼女を捕らえるのに闇系統の魔法云々とつぶやいていたそうだから……たぶん精神干渉、禁止指定の催眠系を使ったか)

残念ながら《七罪獣向こう》もそれ程《魔境会》についての情報は持っていなかった。いざという時、捕まって情報を聞き出されるのを危惧して、互いに雇い主を通しての情報交換しか行わず、干渉もしてこなかった。

ついでにこの情報を聴き出した時は、《悪狼》のダガンは笑いながら、《死狼》のイフはビクビクしていたが、どうでもいい話。

(何故か怯えられてしまってたけど、ちゃんとその分、便宜も図ってあげたし)

リナが何故あの場所に誘き寄せられたかは、推測であるが把握している。因みにその話をした際にキリアからリナに、もうその女子には近付かないようにと、釘は刺してある。

「何気なくギルドの方に行ってみたらリナが居てビックリしたわ。それで襲われてたと知って……私凄く後悔した」
「後悔?」
「私は今回の件……絶対に妹だけは巻き込みたくなかった。だから最近はリナから距離を取るようにして、なるべく外に出て敵に自分を狙わせるようにしてきたわ。……けど実際は、私のその行動の所為で、返ってリナを危険な状況に追いやる形になってしまったの」

巻き込みたくない。サナにとってリナは掛け替えのないたった一人の妹。その彼女を想ってサナは自分の身を無防備にも曝け出してきたが、その結果がアレでは流石に悲壮感を覚えてしまうのだ。

「だからいつになくテンションが低かったのか」
「テンションって、ジーク、貴方普段私をどんなふうに見ているの?」
「え、そりゃ……なんだろう?」
「は、何よそれ」
「……」

やはり弱いとジークは思う。悪態とも呼べないサナの皮肉のような言い方は、普段のトゲトゲしい氷柱を感じさせない。中々見えない感じで弱々しい。

(最初の時も目付きだけおっかない印象だったが、それでもいつもよりは脆く見える)

部屋に入った時からずっと仏頂面であったが、彼から言わせれば何かありましたと言っているようなものだと、心の中で苦笑を浮かべていた。

「弱々しいサナなんてサナじゃない。お前はいつだって気丈でなくちゃいけない」
「え、急になに?」
「確かに俺たちの間には深い綻びがある。他人よりも仲が悪い。……それでもらしくない。女子すら惚れ込ませるクールな女子がお前だ。そうじゃないお前なんて、俺は見ていたくないな」

弱くなってもらっては困る。何処か意味あり気な言い回しにサナはキョトンとした目で茫然としていたが。

「ふふっ、なによそれ?」

彼の言い回しが可笑しかったか、堪えるように、しかし堪えきれず、小さく笑みを溢した。
何か我慢していた訳ではないが、それでも彼女は何か自分の内で抑えたものを吐き出している気がして、息の詰まることもない。不思議な開放感があった。

(久しぶりに笑った顔を見たな)

そんな彼女にジークは微笑を浮かべた。最近は氷のように冷たい表情しか見てこなかった為、久々の彼女の笑みが微笑ましく見えた。
彼女とはアイリスの一件以前から苦手な印象があるが、それでも、やはりジークにとってはかつての友の一人である。……見捨てるには色々と障害があった。

「……って何考えてんだ俺は」
「へ? 何か言った?」
「なんでもないよ」

少しばかり気恥ずかしくなったのか、若干口調が固い。
結局のところ甘いようだ。主に知り合いの女性に対して。

「ふーん? ……あ、そういえば」
「ん? どうしたよ?」

不思議そうに見るサナは不意に思い出したかのような表情で呟くと、彼に対して何気ない質問────のフリをして・・・・・・、彼の不意を突く言葉を投げた。

「リナを助けた赤髪の魔法使いはあなた?」
「ちがう。俺の髪はだぞ? 赤じゃないだろ」

なにを言い出すのだと、自分の髪を指してサナに呆れた顔で否定した。特に戸惑うこともなく、ノータイムで返答したジークに、サナは一瞬だけ鋭い目付きへと変わるが。

「あら失礼、そういえばそうだったわね」
「そうだぞ。というか赤髪って時点で気づくだろう。もっとちゃんと見なさい」

珍しく抜けたような彼女の見落としに、本当に大丈夫なのかと心配三割呆れた七割の表情で指摘する。
すると、また笑みを溢したサナは、次に満面の笑みを作るとその瞳がジークを捉えた。

「フフっ そうね。早とちりにしても間抜けすぎるわ」
「あははっ気にするな。誰にだって間違いはあるさ」

「「アハハハハハハッ!」」

………………。
………………。
………………。

「「……」」

重い沈黙が部屋を埋め尽くした。
ほぼ同時に笑みを消して、無感情な瞳で視線を交差させる二人。




「……何でそんな質問を?」

約一分ほどの沈黙した後、場の空気に耐え切れなくなったか、ジークがそう問いかけてみた。

「……」

その彼の問いかけにサナは─────


◇◇◇


「ん? もうこんな時間か」

気付けば頃合いの時間帯になっていた。

「え、時間? まだ十分余裕が……それにまだ話が」
「また今度にしてちょうだいな。悪いけど、今日は学園は休みだ」

まだ朝の予鈴まで時間は十分にあるのに、とサナは思ったが、次のジークの発言で動揺が走った。

もともと今日は学園に行くつもりなどなかったジークは、自分の一言で唖然とするサナの様子を見て、イタズラっぽそうな表情を浮かべる。服の用意をして出した。

「休むって貴方……」
「用事があるんだよ。……まあガーデニアンハゲ先生には殺されそうだけどなぁ」

悪い笑みでそう言い、サナがいるのも気にせず着替え出した。

「あ、貴方ねぇ?」

自分のことなど全く気にしてない、といった彼の反応に対して、サナも特に騒ぐこともないが、眉を顰めて呆れ声で呟く。

「少しは遠慮しなさいよ」
「君に言われたくないな。それに俺も見てしまったしな。これでおあいこってことで」

見てしまった。というのは勿論屋上での脱衣の話である。
まさか彼から蒸し返されるとは思っていなかった。着替えには反応しなかったが、不意に思い返したところで頰が紅く染まっているサナ。

「──ッ、せ、せっかく許してあげようと思ってたのに……! 凍りつきたいのかしらこのケダモノ……!」

笑みを浮かべているが目が全然笑っていない。あの事故を思い返してその時の受けた羞恥感と怒りを思い出したようだ。笑みを浮かべる口元がヒクヒクと震えている。

しかし、そんな怒りの形相に対して、ジークは一切臆した様子を見せない。
苦笑顔でして宥めるように両手を向けた。

「まあまあ、屋上での件は俺も悪かったって思うけど、そっちにも一応非があるんだし。責任逃れのつもりはないけど、やっぱりお互いさまだって」

反論に対してサナは苦しそうに唸る。どうやら自覚があるようだ。
確かにあの件に関しては、そもそもサナがジークを脅迫するように屋上で仕掛けて来なければ、あのような事態には発展しなかった。……最もジークが『武装解除』を使わなければ脱げるという事故も発生しなかったが。

「──って、貴方があの変な魔法を使ったから大事になったじゃない! 私だけの所為みたいに言わないでよ! ……何なのアレは?」

サナもそれがもう一つの原因だと理解していたので、それを引き合いに出すが、改めて気になっていたことを彼に問い質してみた。

自分の方でもある程度アレがどの分類の魔法なのか予想は立てていたが、やはり使い手である本人に聞いてみたいと、こうして質問してみた。

しかし。

「あ〜〜アレについては出来れば訊かないでくれると助かるかな。……こっちも都合があるんだよ」

当然ジークもそれを話題に持ち出されるのは分かっていた。出来れば説明したいがアレも一応彼が所持するオリジナルの一つである以上、不用意に言うわけにはいかず、困ったような顔をして流そうとする。

「ま、言いたくないなら別に良いけど、学園じゃもう貴方が女子の制服を脱がすのが好きな《脱がし魔》なんてアダ名が追加されてるわよ」

そう言って軽く息を吐き特に追及をせず、この話題を外すサナに安堵したが、その後口にした内容に苦笑いを禁じずにはいられず、頰を痙攣するほど衝撃を受けていた。

「あははは……マジですかぁ」

冗談にならないアダ名だよ。とジークは黒っぽい上着を着ながらぼやく。

「どんどん増えるわねぇ、貴方のアダ名。このまま行くと明日学園に来た際、貴方に未来があるかどうか。……あるかしら?」
「とりあえずないと困るなぁ。……あると願うよ」

もう明日も学園をサボろうか、そんなことを考えてしまうが、さすがにこんな理由で休むのは、とらしくない生真面目なことを思ってしまう。一日ぐらい休んだくらいで彼の学園での環境は何も変わらないし、誰も指摘しない。

「……まあアレだよ。───そろそろ出掛けるからお前は学園に行きなさい」

決して保護者を気取りという訳でないが、彼の口振りは反抗期な娘に言い聞かせてるような印象があると、サナは何となく思った。

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