オリジナルマスター

ルド@

第2話 堕天使。

(さて、どうしたものか?)

去って行った者達の詮索など後回しだ。ジークは現状最優先にすべきことは目の前の……というか斜め下にあった。

「……?」

彼の視線に気付いて地べたに伏していたリナは、キョトンとした顔で可愛らしく首を傾げていた。

(おっといけない、とにかく立たせないと)

「大人っぽいサナと違って小動物みたいで可愛いらしいなぁ」と自然と笑みが出てしまったが、首を横に振って慌てて起き上がらせた。

「失礼、立たせますよ」

「あ、はい」

返事と共に起き上がらせる。ふいに彼女の体から不可思議な感触……魔力の塊を知覚した。

(ああ、拘束魔法か。すっかり忘れてたわ)

敵が去っていたことで彼女を拘束する魔法も解けかけていたが、彼からすれば脆いロープでしかない。

(おりゃ)

手に力を込めてブチっと音を立て、引きちぎるように消滅させた。

「これで動けますね。後回しにしてしまい申し訳ありません」

「……へ?」

ただ、目の前で起きた光景にリナは眼を点にして、口をポカンと開けて惚けた声を漏らしてた。
だが、それも仕方ないとも言える。彼は簡単にやってのけたが、いくら拘束魔法が解けかけても魔法を使わずに解く、というか引き剥がすなど予想外もいいところだった。

「さてリナ、疑うのも無理はないのでまず自己紹介からさせてください」

慣れない敬語口調でリナの返事を待たずに進める。さっさとギルド会館に向かった方がいいかもしれないが、恐怖から騒がれてもしょうがない。とりあえず余計な話はせず、テンポを普段より早くして口を動かす。

「私は名はジョドです。ウルキアの冒険者ギルドに所属する冒険者で、個人依頼であなた方姉妹の警護を仰せつかりました」

あいにくと証明する物は持ち合わせていなかったが、必要最低限の紹介──(ジョドとは《奇術師》の時の彼の名)と来た理由を済ますが、当のリナは納得とも困惑とも取れる色々な感情が入り混じった表情でこちらを見ていた。

「その……ボ──っん! わ、私はルールブ家次女のリナ・ルールブと言います。今回は助けていただいて有難うございます。……あの幾つか訊いていいですか?」

僅かに怯えた眼で訊いてくるリナに、怖がらせないようにジークは微笑みながら頷いた。

「では、歩きながら話しましょう。リナ様にはご足労いただくことになりますが、一度ギルドの方でお話を」

「あ、はい、わかりました」

まだ先ほどの恐怖が残っているのか口調がどうも硬く、どもってしまい俯いてしまった

(トラウマになっちゃったか? 流石に厳しいか?)

いくら名家の人間とはいえ、まだジークよりも二つも年下の娘である。この殺伐とした空気の中でトラウマを生んでも不思議ではない。慎重に言葉を選びながら彼は森林を後にした。


◇ ◇ ◇


「「……」」

とくに襲撃もなく人通りの多い路地まで無事に移動出来た。
周囲から不思議そうに彼らを見る視線がチラホラある中、沈黙を貫いてギルド会館に向けて歩く。

(鬱陶しい視線が……まぁしょうがないけど)

一応フードを付きのローブを着ているので顔が完全には見えることはないが、現在も発動中の『偽装変装ハロウィンハロー』の影響で珍しい赤い髪がチラチラと出ている。それを考えるなら周囲の反応も仕方ないかとフードの中で苦笑していた。

隣のリナも小さい容姿であるが、十分注目を集める清らかな印象をした女性だ。リナの場合は男性陣、特に同世代の人からの視線が多く、本人もジークと同じで鬱陶しそうな表情を周囲に隠しながら出していた。……隣の彼は気付いているが。

(はぁ、しんどい)

そうして鬱陶しい視線をなんとか払いながら、日が暮れ夕日が沈む人通りの多い街中を歩いてギルド会館に向かっていたが、厄介な視線は他にもあった。

「……(チラっ)」

(ーん? またか)

既に十回近く隣からチラ見されて、沈黙の空間の中で妙に息が詰まっている。一応最初はリナも色々と訊きたいことが沢山あったみたいで口を開いていたが。

『父からの依頼ですよね?』

『はい、当主直々からの依頼だと聞いております』

『どうして、私が彼処で襲われていると知ったんですか?』

『たまたま先ほど殲滅して来た方々の情報ですよ。……偶然とはいえ彼等から情報を聞けて助かりました』

『たまたま? 殲滅ですか?』

『はい、たまたまです』

以上で会話終了した。
その結果がこの状況である。沈黙という名の空間を作り出したリナを見て、不思議そうに内心首を傾げるばかりであった。
色々と改善をと会話を実行しようとしたが、距離を取るような仕草や視線を逸らされることが増えた為、彼もこれ以上会話を続けるのは宜しくないと判断。視線を前に固定して黙って歩みを進めたが。

(なんか年下に怖がられてツライっ! ギルドまでまだ先が長いのに!)

目的地までまだもう少し歩くのだが、詰まるような空気はいよいよ彼の精神状態を狂わし始めた。

(可能なら空間移動で移動したい)

切実にこの場から逃げ出したかったが、いくらなんでも非常事態以外で人前で『オリジナル魔法』を見せるのは流石にはばかる。なにより隣の彼女を置いていくのは罪悪感があって無理だった。
仕方なくこのまま黙って目的地まで歩みを進めたが。

「あの……ジョドさん」

隣で沈黙を張っていた筈のリナから声が掛かった。一度会話を止めたことで冷静さを取り戻したのか、上目遣いのその瞳は真っ直ぐとジークを捉えている。彼の真意を捉えようと瞳の奥まで覗き込んでいるような錯覚をジークは感じ取っていたが、邪険にはせず笑顔で向き合った。

「はい、何でしょうか?」

取り乱すようなことは一切ない。内心やはり姉とは違う小さな天使のようだと思いながら、ニコリと微笑んでダダ下がりしている好感度のアップを狙おうとしたが……。


「ああ、あのすみません、その作り笑い・・・・やめてくれないかなぁ? ちょっとキモいよ?」

「……」


僅かに見えた照れ隠しが嘘だったのか、真面目な顔で天使の口から摩訶不思議な言葉が彼の耳に届いた。

(…………マジか?)

一瞬意識が飛んだ気がしたが、リナの言った台詞を思い返して再び絶望した。

(ああ、前言撤回・・・・やっぱりサナの妹だ。この天使さんの口から酸の毒素ドクと眼から冷気トゲが漏れてるよ)

内緒であるが、ちょっと泣きそうになった。
どうやら目の前いるのは穢れのない純白の羽を持った天使ではなく、茶色どころか真っ黒に染まってしまった翼を携えた腹黒い堕天使・・・なのだと、ジークはこの時、彼女に関わったことを激しく後悔した。

(アレか? ルールブ家の姉妹は何か俺を虐めないと気が済まない症候群・・・でも病んでんの?)

通りの中で二人の年頃の男女が見つめ合う。普通に見れば微笑ましいか妬ましい光景であるが、彼らの心境はまったくそんな甘ったるいものではなかった。

(ラブラブカップルに見えなくもないが、代わってくれるなら誰か代わって!?)

吹っ切れたのかすっかり恐怖が失せたリナに代わって、ジークの方が恐怖で震えてしまいそうだった。
そして、偶然か必然か脳裏でサナの暴力的なシーンがチラリと過ぎってしまった。……諦めろというお告げか、フードの奥で顔を青くしていたが夕日の日射しを浴びていると、気休め程度かもしれないが血行が良くなった気がした。

「ギルドに向うのはいいけど、その前に色々と聞きたいことがあるの。こっちもちゃんと話すから今度はちゃんと──答えて・・・

今度はリナが沈黙するジークに対して御構い無しに進めていく。さっきまで怯えた子は何処に行ったのか、想像もつかない鋭い眼をした彼女を見ていると……ふいに思った。


(似てないと思ったけどやっぱり姉妹だ。ははっ、俺って奴はホントに女運がないなぁ……マジで)


脳裏にこれまで出逢った女性達を思い返す。そして目の前の彼女を見ていると、「女性という存在はやっぱり詐欺過ぎる……!」と内心叫んだ後、諦めたように肩を落とすとギルドに歩む足を一旦止めて、彼女と向き合うように体を動かした。

実をいうとこの関わりの所為でさらに心底後悔し面倒なこととなるが、……この時の彼がそのことを知る筈もなかった。

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