オリジナルマスター

ルド@

第10話 本職。

(今のところ戦況はこちらが有利か?)

斬戟が衝突し合う最中。ジークは冷静に自分が優勢であることに安堵していた。
幾分か余裕を持ちダガンの攻撃を躱し、受け流し、受け止め、反撃の際には防ぎ難い箇所を徹底的に狙い続けた。

(袈裟斬りから右薙ぎへ。次は左から斬り上げて、そのまま下へ振り下して──次は)    

大戦を戦い抜いたジークには、経験で積んだ《直感》と魔眼である『透視眼クレアボヤンス』がある。得意な魔眼で動作を把握し、相手の攻撃手順と攻め易い箇所を見極めると、ダガンの裏をかくようにして行動を掌握しつつあった。──ただ、その内心は別であった。

(うっ!  気分が悪い!  やっぱ対人戦はキツいっ!  やり難くってもう嫌になるなぁっ!?)

大剣を受け流して斬り上げると魔力を込めた蹴りを打ち込むが、内心嫌そう悲鳴をあげるジーク。
戦闘中に何を余計なことを考えているのか、と思われるだろうが、過去の大戦のトラウマが彼を苦しめ続けている。心を殺して戦い続けた後遺症か、ジークは人と戦うことに対し酷く苦手意識を持つようになっていた。
それも冗談ではなく戦闘に影響してしまうレベルであり、こうして剣を交えるだけで嫌悪感や吐き気を覚えてしまう。なんとか複数の魔法でカバーはしているが、僅かに太刀筋が乱れて動きも遅くなってしまう程だ。

人と向き合うだけでここまで酷くなり弱体化してしまう。
仮に相手を殺さないといけない場合に陥った時は一体どうなるか。想像するだけでも保たなくなるかもしれない。
と言っても、現在の活動範囲では対人戦を強いられることは、ほとんどないと考えられる。学園では基本逃げ一択で、シャリアから依頼もなるべく対人系の依頼は断るようにしている。……今回は別であるが。
とにかく過去のトラウマから対人戦闘を回避する傾向があるジークは、アイリスの件で学園でもよく狙われていたが、決して自分からは攻撃をしようとは考えなかった。

「クククっ!」

「?  何がおかしい?」

だが、形勢はジークに傾きつつあるのは間違いない。まだ本気を出してなくてもダガンは強いが、弱っている彼でも十分対応できる程度だ。……筈だった。
ダガンが蹴られた腹部を抑えながら、不敵な笑みを浮かべるのを見るまでは。

(打ちどころが悪かった。……訳じゃないな)

これも経験の所為か、嫌な予感を背筋にチクチクと感じ取った。
念を入れて魔力を集中させる。魔眼で警戒していつでも対応できるようにすると。
その予感は的中した。

「ハハハッ!  ハハハハハッーー!!  嬉しいなぁッ!?  くだらん盗人紛いの仕事だと思ってたら、こんな大物に出会えるなんてよ!?!?」

嬉しげな高笑いと共に吠え上げたダガン。『身体強化』を底上げして愛剣を背負うように構えると、勢いに乗った砲弾の如く駆け出した。

(っ、動きが速くなったか?  けど、悪いな、視えてるんだっ!)

しかし、『透視眼クレアボヤンス』で筋肉の動きを視ていたジーク。事前に行われる予備動作を見極めていた為、突然のダガンの強襲にも察知して迎撃体勢に入っていた。
鋭い目付きとなって正面からは打ち合わず、受け流すように捌いて大剣が振り切ったところを狙う。的確に蹴りと剣突きを繰り出そうとしたが……。

「グゥアァアアァアアっーー!」

「──なッ!」

猛獣のようなダガンの雄叫びが周囲に轟く。
避ける動作を一切見せないと思えば、蹴りを身体で強引に受け切り、剣突きを強引に引き戻した大剣の勢いで弾き返した。
予想外の対応に目を見開くジーク。上から下へ斬撃に剣突きは叩き落とされ、衝撃で体もグラついてしまい、畳み掛けること出来なかった。

「なんて強引な動き方ですか!  まるで野獣だ!」

「ハハハハハっテレるじゃねェか!?」

「褒めてませんよ!?」

まだお互い辛口を吐くくらいの余裕はあるみたいだ。その合間も剣をぶつけ合っているが、どちらも決定打に欠けている。
やや素の反応が出だして少々不味いが、ジークはそれよりも、気にすべきことがあると意識を移していた。

(野獣とは言ったが、ホントに獣みたいな動きだな。直前で無理矢理捻るようにして、身体の動きを変更するとか)

『身体強化』の魔力出力と流れが大きく変わっている。事前に気付いて何かあるとは思っていたが、野生の獣にも似たダガンの身のこなしに少なからず驚いてしまっていた。
ジークも『部分強化』と移動走法の『跳び虎』を駆使すれば、これぐらいの動きも可能ではあるが、あの反応の速さには危険だと直感した。 

(はぁ、やれやれ……《暴狗》といい《堕犬》といい、本当に面倒な連中しか《七罪獣》にはいないな)

ジークは大戦時に《七罪獣》と接触したことがあった。
当時はシルバーであるが、作戦で敵の拠点を背後から奇襲する為、単独で向かっていた時だ。その途中、敵に雇われ待ち伏せしていた《七罪獣》のリーダー《狂犬》が幹部の《暴狗》、《堕犬》と部下数名を引き連れて、シルバーを仕留めようと逆に奇襲を企んでいた。……気付かれて見事に失敗したが。

(思い返すと懐かしさ覚えるが、我ながら内容がブラック過ぎる) 

最終的に《狂犬》率いる《七罪獣》を排除したシルバー。
当然殺すことも出来たが、利用価値があると彼らを見逃し密かに手を組んだ。《七罪獣》が『裏ギルド』の中でもまだマシな分類だったこと。彼らと協力すればより効率良く問題ごとに対処出来て、十分利点があると考えた。
ただその際、提案したシルバーと一部のギルド関係者を除き、《七罪獣》と関係する情報が漏れないようにする為、全てを閉鎖する必要が出来た。
ギルド関係者はギルドマスターのガイが対処してくれたので、彼自身はそれほど大変ではなかった。《七罪獣》の方には協定について、決して外部に漏らさないと『契約書』で守らせた。その際に多少は彼も面倒なことをしたが、結果として情報は外部に漏れることはなかった。

ただ、手を結んだといっても、全員と顔を合わせた訳ではない。ギルドとのパイプ役となってリーダーであった《狂犬》と幹部数名。それと幹部に近い者たちとだけは面識はあった。……勿論シルバーの姿でだが、そのメンバーの中にはイフとダガンはいなかった。

「最高だッ!  最高だッ!」

「……っ」

体内魔力が噴き出すほど、闘志を燃やして大喜びしている。剣の勢いも増していき次第にジークも捌きにも余裕がなくなっていく。

「こんなに楽しめれたのは大戦の時以来だぁ!  嬉しいぞ冒険者ッ!!」

ダガンは叫ぶように言うと、猛獣の如く吠え上げて大剣に大量の魔力を注ぎ込む。もう後先考えてないのか、戦っている場所が拠点であることも忘れて、得意とする必殺剣を繰り出そうとしている。

「ウッオォオォオオォオオーー!!」

「っ!?  ──全員退避ぃッ!!」

「「「──ッ!!」」」

膨れ上がるダガンの魔力に、様子を窺っていた部下たちが一斉に青ざめる。まとめ役の部下の叫びのような命令に、慌てて離れようと散り散りに駆け出した。

「──!」

そしてジークもまた『魔力探知マジックサーチ』と『透視眼クレアボヤンス』で、ダガンの魔力の流れから大技がくると察知する。すぐさま魔法剣であるクリスタル剣に魔力を注いで迎撃に移った。

「ハハハハッ『大・悪牙アクキバ』ァアァアッーー!!」
    
「『零の透斬ノーマル・ブレイド』!」   

ダガンが放った黒の牙と、ジークが振るった無色の斬撃が激突した。波のように衝突し合い周囲に亀裂が走ると物や壁、飾りなどが次々と余波で壊されていく。離れていた為、部下たちには被害はなかったが、広間の床も壁も砕け散ってしまい、見た目は完全に戦場の跡地へと変わり果てていた。

「ガァァァアア!」

「……!」
 
しかし、それは仕方ないことだった。
実力がSランク冒険者に匹敵する獣と、その獣を超えるSSランクの領域に立つ魔法使いの衝突だ。一般の訓練場でも耐え切れるか怪しいこの組み合わせに、普通の建物でしかない彼らの拠点が耐え切れる訳がなかった。

時間が経つにつれて建物がどんどん崩落して、いつ全壊してもおかしくない。
部下たちも戦っている二人もそれを理解していた。

(このまま楽しみたいが、いい加減決着を付けないとなぁ)

だからこそダガンは急がなければならない。騒ぎを聞き付けられる前にジークを倒さなくてはならなかった。
ダガン率いる《七罪獣》は今回の仕事を成功させる為に、決行の日まで極力騒動を起こさないよう依頼主から言い渡れている。勿論仕事が関わっているのなら別だが、重要な拠点であるこの場所でなど論外だ。
万が一建物が全壊して街の警備隊や騎士団などが駆けつけて来たら最悪だ。
流石の猪突猛進なダガンもそれだけは、何としても回避したい。だが、相手であるジークが手強いどころか強敵だった為に彼も本気になるしかなく、建物の崩落は着々に進んでしまっていた。
そして見守っていた部下たちも時間がないと感じたか、合図も送らず頷き合うと一斉に武器を持ちジークを囲うようにして構え出した。手を出すなと指示された手前、出来れば命令を破りたくはなかったが、それだけ目の前の男が危険過ぎると、皆同意の上で動き出そうとしていた。

「たく、お前ら」

密かに動き出す部下たちの対応に、文句の一つでも言ってやろうかと思ったダガンだが、これ以上の時間の浪費は、自分たちの首を余計に絞めるだけだと彼も理解している。
暑苦しい程の闘志に満ちていたが、そこだけはしっかり分かっていた為、ダガンも渋々であるが、彼らの介入を認めることにした。

「まあ、時間がないのはお互い様か。……どうしたものか」 

時間がないのは、ジークも同じである。
極秘での依頼であることから、外部に今回の件を漏らすのは避けたいと考えている。さらに言うなら騒ぎを嗅ぎ付けた第三者の登場で、自分の存在が明るみになるなど、絶対に避けねばならないことだ。

只でさえ最近街では自分に関する噂が流れてしまっている。これ以上の悪目立ちは勘弁願いたいのが彼の本音であった。

(けど、簡単に倒せれる相手でもないしな)

しかし、敵はSランクに近いレベルの持ち主。魔法を組み合わせたことで剣での攻防は、僅かではあるが自分が勝っているのは理解したが、それでも決め手に欠けている。
敵は間違いなくまだ本気でない。いや、本気に近いかもしれないが、建物のことを考えて最低限のセーブはしている筈だ。だが、それは自分も同じで狙うとしたら、次の一手であるのだが……。

(だいぶ慣れてきたがまだ厳しい。加減も苦手だし困ったぞ)

対人を苦手とするジークには、この問題は頭痛の種であった。いくらレベルがSランクに近い相手でも自分より格下だ。それこそ負けようと考えない限り負けることはまずない。
さっきの剣の激突の際も『絶対切断ジ・エンド』で武器を斬り裂いてからダガンを斬れば、それですべて解決であった。それだけのタイミングも余裕もいくらでもあった。

……だが、彼は出来なかった。冒険者の敵とも言える『裏ギルド』の猛者を前にして、殺されそうになっているのに彼は躊躇ってしまっていた。
ダガンのこともそうだが、その部下たちのこともジークは殺したいとは考えていない。その甘い考えがズルズルと彼の心を引きずってしまい、ここ一番の大事な場面で迷わせていた。 

(やっぱ冒険者失格だよな。俺自身もう意識は薄いけど、殺しが出来ないなんて問題外だ)

仮にも盗賊みたいな相手に対し一体何を躊躇うのか、自嘲気味に自分の不甲斐なさに溜息を吐く。改善出来たらと思ったこともあったが、もう冒険者として無理なのは自分が一番理解出来ていた。

しかし、彼は冒険者である前に魔法使いだ。

「でも、殺るのも嫌だけど殺られるにも嫌だな」 

「ハ?  なんか言ったか?」

剣がぶつかり合いの中、ボソリと呟いたジークにダガンが怪訝そうな顔したが、剣同士の衝突音で聞こえなかった。

「仕方ないか、使うのは……久し振りだけど」

それが命取りとなる。
死にはしないが、彼は思い知ることになる。

「っ──オイ!?」

突然剣を引いてジークが退がる。それも走法を使った為、一瞬でダガンから離れてみせた。

(この辺りでいいか)

驚いた様子のダガンを無視して、クリスタル剣を地面に突き刺す。一度深く溜息を吐き、左腕のローブの袖をめくり上げた。

やり過ぎないように・・・・・・・、と思って手加減してきたけど──ま、仕方ない」

最後の言葉だけ妙に辛辣に聞こえたのは気のせいだろうか。
左腕の袖をめくり上げると、そこには腕輪のような物がありジークの手首に付いていた。

「急な展開で申し訳ないが、私の本職はどちらかと言うと魔法使いこっちなんだ

今度はダガンにも部下たちにも聞こえた。
意味は理解出来なかったが、視線をダガンに固定しており、その眼には……先程とは明らかに違う、勝利を確信した眼をして──。

「『神隠し』──起動」

この場には似合わない、申し訳なさそうな顔をしていた。

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