オリジナルマスター

ルド@

第9話 条件と誤算。

もう一度時間を遡る。
とある一室で『偽装変装ハロウィンハロー』で姿を変えたジークは、サナを監視する為に潜入していた《七罪獣》の一角。《死狼》のイフを見つけて対峙してた。

「取り敢えず座りましょうか?」

「……」

赤髪の姿をしたジークに促されて、女子生徒のイフは無言のまま視線も合わせず近くの椅子に座る。無駄な抵抗だと分かっていても、作戦を台無しにした手前、余計に視線を合わせたくはなかった。
向かい合うようにジークは座ると、テーブルに両肘を乗せ両手で顎を支える姿勢で彼女を見つめた。

「取引しませんか?  《死狼》さん」

「……ご存知でしたか」

微笑みを浮かべ彼女に提案するジーク。先ほどの戦闘の仕方と取り上げたソレを見て正体を掴んでいる。動揺の色は表情からは見えなかったが、彼女の魔力に触れることで内心驚いていることには気付いていた。

(やはり最悪です!  潜入段階でこんな訳も分からない者にバレるなんて!)

そしてジークに内心を看破されていることに気付かず、必死に表情を消しているが、焦りから冷静さも欠いていつペースを奪われてもおかしくなかった。 

「──《真赤の奇術師》。……噂程度はありますが、耳にしたことがあります」

「ああ、そんな呼び名もありましたねぇ」

イフに言われ、苦い顔で思い出しジークは呟く。いつの間にか広まっていたその名には、色々と思うところがあった。
ただ口にしたイフの方も偶々であった。基本はサナの周囲だけであったが、街内の情報収集も行っており、冒険者ギルド内にあるジーク・スカルスの情報以外にも奇妙な噂を耳にした。

──嘘か本当か、ウルキアのギルドマスターは凄腕の魔法使いに極秘依頼を要請し、街裏の問題や表に流せない街の危険分子の処理をさせ、裏専門の冒険者として雇っていると。

──何度か目撃情報があるようだが、その人物の特徴は街の冒険者のどれにも該当しない。隠れ魔導師かなにかでは、という話も出ていた。

──赤い髪と瞳をしており白ローブ姿で顔が隠れていたが、僅かに見える容貌の美男子であったとか。

そして彼の戦闘を目撃した人たちは、決まって呆然した表情で見ているだけだと言う。気付けば全てが終わって魔法使いも姿を消して、見ていた者たちに訊くが皆口を揃えて……。


『次元が違い過ぎる』……などと、似たような言葉しか浮かばなかったそうだ。


「自分たちの常識を遥かに凌駕した魔法の数々。目にした人は何が起きているのか、全く理解することが出来なかったことから《奇術師》と。さらに真っ赤な髪や瞳の特徴から《真赤》と。ウルキア街のなかで都市伝説レベルのお話になっていましたよ?」

「まぁ、私もやり過ぎましたから、……主に魔法関連で」

何故か得意気に語るイフにジークは困ったような表情をする。具体的なことは語らず、ただただ自嘲気味で否定しようとは一切しない。
この街で活動を始めて一年が経ったが、正直一年とは思えない程、濃縮した一年間だったと肩に謎の重みを感じながら、疲れたように首を横に振る。これ以上のこの件に触れると疲れが増すだけだと、早々に話を切り替えることにした。

「まぁ、それは置いておいて。どうしますか?」

「……話は聞きます。でも、その前に……返して頂けますか、それを?」

イフは躊躇いがちに間を置くが、ジークが今なお摘んでいる物を恨めしそうに見ながら、指をさして返却を求めた。
彼が手に持っていたのは透き通った透明な石。透明なこと以外は目立った箇所は見受けられない石であるが、ジークはこの石の価値を知っていた。
よく学園まで持ってきたな、と感心というよりも呆れ感を覚えていた。
けど、そのお陰で利用価値があると考え、変態の汚名を受けてでも手に入れたかった品だ。

「【無色】……《狂犬》からの贈り物だな?」

「──っ!」

断言して言うとビクっと肩を震わすイフ。
恐怖からか、それともジークから発せられる異質な気配を浴びている所為か、彼女の心は無数の目に見えない鎖によって縛り上げられていた。
そして気付いていないが、実際に目に見えない力が彼女の心を縛りつつあった。

(よくまぁ耐えてるな。普通ならもう喋る余裕もなくなる筈だが)

【闇属性】原初魔法『誘導交渉ネゴシエーター
精神干渉系の闇魔法でジークが苦手とする直接干渉する魔法類であるが、この魔法は人体には影響を与えることはない。加減せず魔力を注ぎ込んだだけ効果を発動するので、非常に使いやすい魔法である。勿論効果が強過ぎると精神障害などの異常を示す可能性もあるので、それくらいの加減はしっかり調整していた。

(ま、その前に言いなりになることが多いけどな)

この魔法は言わば思考を操作する魔法だ。
相手に自分の魔力を浴びせ、酔いにも似た状態にし思考を鈍らせることで、自然に情報を吐かせる。さらには弱らせた相手の思考を誘導して、思考までも操ることが出来る尋問・催眠系として有効な魔法である。

この魔法は入室した際にイフを見つけた時から発動していた。網を敷くように教室全体に広げて逃げられないように包囲した。
出来れば使いたくはなかったが、相手の正体が《狂犬》の部下。幹部クラスであると知り、放置しては危険だとこの作戦へ移ったのであった。
効き目に関しては始めは抵抗があったが、石をチラつかせたところで揺らぎが生まれた。次第に余裕がなくなって今に至る。

(激レアなランクSの魔石か。相変わらず太っ腹な男だ)

彼が手に持つ石は【無属性】の『魔石』。だが、ただの『魔石』とは質が全く違う。恐らく【十星】以上のそれこそSランクの高位な『魔石』と思われる。
『魔石』のランクは倒した魔物と同じ。つまり彼が持つ『魔石』も最低でもSランクに近いの魔物から取り出した、非常に高価な代物だと言うことだ。

そんな代物など大抵の冒険者……ましてや学生程度・・・・が持っているなどありえない。手にした時点で彼は確信した。
価値を知るものなら喉から手が出る程欲する代物。 元SSランクの彼であっても見るも珍しく、出来れば手に入れたいという欲求もあるくらいだ。
魔力探知マジックサーチ』で偶然感知した瞬間、サナの背後にいた女性陣の中にアタリがいると直感したが、教室にいた時は微量過ぎて特定までは困難であった為、屋上でやり取りの中でようやく気付くことが出来た。

「勿論返しますよ?  ……ただし」

「……ただし?」

すっかりジークの魔法に圧されているイフは、恐る恐るといった様子で彼の表情を窺うように聞き返す。
嫌な予感が禁じ得ない。抑えきれない不安感から弱々しい小動物のような顔になってしまっている。
そんな彼女にジークは立ち上がって近寄る。ビクッと震えて離れようとした彼女の肩を押さえると、耳元に顔を近づけて、発動させている魔法の魔力で彼女を喰らい付くように……。

『こちらの条件を飲んでくれたらの話ですが』

覆うと同時に耳元で囁くように告げる。言霊のように彼女の魔力に溶け込ませた。

「……?」

だが、思ったより反応は薄くいくら待っても変化がないと、おかしいと疑問に思いながら顔を離して見てみると。

「…………」

色々とショックが大きかったか、イフは青ざめた状態で固まってしまっていた。
結果としてジークの条件を飲むしかなかったイフは、彼の言われるまま授業を受けた後、ギルドの方へ向かい自分の身柄を預かってもらうこととなった。
その件で後程ギルドマスターのシャリアから詰問を受けるが、ジークは持っていた手札(シャリアからの情報ミス)を盾に黙らすことになる。


◇ ◇ ◇


そして現在時間へと戻り、敵の拠点へ移る。
取引材料としてイフが持っていた『魔石』の一種である“通信石”と、拠点にいる者たちの情報を聞き出したジークは、彼女に変装して何食わぬ顔で拠点へ潜入することが出来たのだが。

「ガァァアアア!」

「シッ!」

吠えるダガンにジークは笑みも消して対峙してた。
大振りで斬り掛かってきた大剣を逸らすように刃でズラす。ジークが扱うのも大剣だが、器用に片手で振るい斬りに行くと、ダガンも剣の腹を盾にして防いでみせる。
今回の作戦の戦闘派リーダーである《悪狼》だが、野生の勘からか変装した彼を見事に看破した。
手を抜いたつもりはなかったが、確信した様子のダガンを見て誤魔化すのは無理だと、ジークは早々に変装を解いた。

「ッ!」

「ガァァアアァア!」

戦いの場所は移って彼らの居た部屋から大広間のような部屋で戦闘を繰り広げている。狭い場所ではお互いやり難いと感じたか、斬り合いながら移動していた。
威力と破壊力があるダガンの剣撃をジークは逸らしたり躱したりすると、警戒が薄い肘打ちや蹴りなどをかまして動きを鈍らせたところで、鋭い剣撃を浴びせようとするが、これも勘か危険を察知したダガンの剣が間に入って防がれていく。
斬り合いが始まってから既に十分が経過したが、決着は着かず均衡していた。

「ウラアアアアッー!」

「ッ!」

ダガンが吠え上げると剣も一緒に襲い掛かる。火花を散らす大剣とジークのクリスタル剣。互いに強化された身体能力を駆使して刃を交える。もう十回以上の剣撃が絶えず激突し合い、控えていた部下たちは言葉を失い目を奪われていた。
だが、誰よりもこの場で一番に驚いていたのは、他でもない戦っていたダガンであった。

(とんでもないバケモンだっ!  強いと思ったが、まさかここまでとは!)

斬戟がぶつかる度に腕に、そして肉体に掛かる衝撃にダガンの身体は少しずつであるが、悲鳴を上げ始めている。
《七罪獣》の中でも高才の幹部であり、実力も《七罪獣》でも上位三位に入る程だ。正確なランクは測ったことはないが、戦闘能力に関してもSランク冒険者に匹敵する程と言われている。実際に何度かAランク・Sランクに近い実力のある冒険者や魔法騎士などを屠ってきたこともある。なまじ冗談とは思えない話であった。

なのに、それ程の脅威と呼ぶべき存在であるダガンであったが、予期せぬ相手を前に次第に追い詰められてしまっていた。

(剣の腕はオレの方が一枚上手だった筈だ)

「ふッ!」

「グっ──がッ!?」

ジークの剣撃を大剣で受け止め反撃に移る中、内心で自己評価していた。
だが、振るわれた刃に反転するように躱され、逆に腹部に重い一撃……二撃走る。回転の要領から膝蹴りを加えてきただけでなく、逆持ちにして柄の下の部分で突き出してきた。すぐに斬撃の対応に移っていただけに柄の攻撃に反応できず、膝蹴りと共に重く腹に受けてしまった。

(だが、どういうことだ!?  気づいたらオレが押され出しているだと!?)

距離を取って痛む腹をさすりながら心の中で叫ぶダガン。
つい十分程前までは自分の方が僅かに優勢であった斬戟の交錯だったが、気がつけば、自分の方が劣勢になり始めて、ダガンは大剣を唸るように振り上げて押し切ろうとするが。

「──甘い」

「ッ!?  ウッ!?」

微かに聞こえた呟きと同時に離れていた彼との間合いが一瞬で詰まる。ジークが片手で振るう斬撃の嵐に目を剥き、さらに勢いが増したことで盾にした大剣が大きく揺らいでしまう。 
なんとか押し返そうと振り下ろしたが、滑らすように下から斬り上げられ、上体を崩されると無防備となった腹部に再び前蹴りが入った。

「──グゥ!」

さすがに何度も受けて体が覚えたか、咄嗟に腹部に魔力が集中して防御。強化したことでジークの蹴りを受け止めようとした。
だが。 

(……っ!?  お、重いだと!?) 

繰り出した際は軽い前蹴りのように見えたが、予想外の強烈な一撃に吐き気まで込み上げそうになる。なんとか堪えながら後方へ退がるが、特殊な古武術でも使用していたか、強化した外側を容易に突き抜けるような一撃で、内部に直接ダメージを与えていた。

(オレの自慢の『魔力層・・・』を貫く程の魔力を帯びた蹴りかよっ!  なんて放出量してんだ!?)  

『魔力層』とは、魔力を持つ者が自然に纏わせている魔力体を障壁として扱うこと。熟練した魔法使いが好んで使う、Aランク以上の魔法使い向けの技である。魔力量が多ければ多い程、魔力層は分厚くなるが、魔力操作が未熟だとそれ程の効果が出ない。
ダガンの場合は長く磨いた魔力操作の技術と同じ、鍛えた戦闘などで上がっていた膨大な魔力量が合わさって、分厚くそして強固な魔力層を生み出せるようになっていた。

だが、そんな歴戦の猛者が誇る『魔力層』を容易く貫き内部に攻撃を与えたジークの蹴りに、ダガンは腹部の激痛を忘れるほど驚いていた。……実際に痛みは弱まったが、時間が経てば痛みが効いてきて気になってくるが。

『身体強化』の魔法を強めたのか、或いはさっきまで手を抜いていたのか。

(ククククっ、マジか?  マジかよっ!?)

どちらにしろダガンにとってこれ以上ない嬉しい誤算でしかなく、この戦いに対し仕事すら忘れて喜びを持ち始めていた。


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