オリジナルマスター

ルド@

第7話 説得。

(一体何を言ってるのですか、この男は)

どこか人をからかうような口調で、さりげなく密着しそうな距離まで接近してくる。何よりその態度が気に入らないと、女子生徒は内心憤慨して赤髪の男子生徒を睨み付けた。

「全く理由になってませんね。答える気がないということでしょうか?」

だからと言って怒鳴るようなことはせず、煮え滾る頭を冷やして怒気を鎮める。冷静になって目の前の得体の知れない存在に警戒を強めていた。

「まあまあ、そう殺気立って怖い顔をしない。単純に言葉通りなだけで、それ以上でもそれ以下でもないですよ?」

手を伸ばそうとする。が、触れそうになったところで女子の方から後退した。

「っ、だとしても、ただの魔法使いが私の背後を取るなどありえません、それも学生で。誤魔化すならもっと上手くやったらどうですか?」

女子は冷たく鋭い目付きで、男性の動きに注意する。視線を合わせるが、やはり気配が独特で読み取りづらい。普通なら自然に感じ取れる魔力も分からず、本当はそこに居ないのではと思ってしまう。

「そうかな?  その割に随分驚いているようだけど?  心臓の鼓動も激しそうで、微かにだが、一定のリズムで肩が跳ねてますよ?」  

変装したジークが笑みを浮かべて近付く。侵入者のペースを奪うように殺気も流さず、緩やかに追い詰める。

(油断してた訳じゃないのに、何かの魔法か能力でも使っている?)

近付かれると一定の距離を保つと鋭い視線で男子生徒を睨むが、未だ解き明かせれない不意打ちの方法にどう対処するべきか、彼女は頭を悩ませていた。

(なんとしても排除しなくては!  ここで騒がれたら全てが台無しになってしまう!)

彼女はとある貴族から雇われた裏ギルドの一人。
二ヶ月程前に仕事の話が来て、チームリーダーの指示で皆よりも先に学園に潜入していた。理由は勿論、ルールブ家の令嬢であるサナ・ルールブとリナ・ルールブの監視と調査の為だ。生憎と彼女が監視しているのは姉のサナ・ルールブのみ。指示から姉の方を優先して、妹のリナ・ルールブは殆ど接触もしていなかった。

(まだ学園には自分しか入っていないのに、ここで公になる訳にはいかない!)

本来なら二人とも監視をしたかったが、監視対象がいる学園のセキュリティと長である学園長に気付かれる危険があったからだ。聖国でも有名な知将とも呼ばれる男の情報網を決して軽視すべきではない。
だから潜入を開始してすぐ行ったのは、サナ・ルールブとの繋がりを得ることのみ。ごく自然に彼女を慕う女子たちの中に混ざって、溶け込むとしばらく様子を見ていた。

そして、怪しまれることもなく監視を行えて、対象の情報を集めていったが、依頼主の要望と関係する情報はなく、彼女の人柄を知ることができた。
サナは基本仲良くなった者には優しく接し、それ以外の生徒にも邪険にせず優しく接した。だから男女関係なく人気があり、学園で彼女を知らない者などいなかった。

だが、例外もいた。
高等部二年で学園一の嫌われ者──ジーク・スカルス。
サナ・ルールブが唯一嫌い敵意を抱く相手。

学園での成績は低の下。冒険者ランクはFランクの《初心者》。一年次には数々の問題を引き起こした『問題児』であり、女性を弄んだ誑しの『最低男』だ。

彼女の周囲の人間についても、片手間であるが調べていた。
彼の情報は何の苦労もなく手に入ったが、正直こんなクズがいて、未だに学園生活を送っていることに呆れてしまった。クズな話もそうだが、彼の無駄な特技についても。
自分が入学する一ヶ月前から女子や男子たちから、罵倒及び暴力的な制裁を影で受けているが、屋上の時のように彼は逃げ足や身を守ることに関しては、学園でも随一であった。全く褒められたものではない特技ではあるが、何度も逃げ続けたそうだ。

しかし、実は学園の中には、そんな彼に対して注目している人物がいた。

その筆頭がかの《老魔導師》クロイッツ・ガーデニアン。
彼が手酷く振って傷付けた《蒼姫》アイリス・フォーカス。

理由については省くが、学園内でも数少ない実力者たちからジーク・スカルスは一目置かれている。
更にウルキア冒険者ギルドのマスターのシャリア・インホードとも親しい間柄である。と言う疑わしさ満載な情報もあるが、これについては街全体の周知の事実であった。当初は興味本位でよく調べて見ようかと思ったこともあったが、二人が親しいこと以上の情報がなく、あとギルドが相手ではさすがに分が悪いと、断念するしかなかった。

とにかく、そんな彼の暴走、いや、悪意の所為で無くしてしまったモノを必死に探していたところで、背後から男子学生が登場した。
なんとも間の悪い時ということもあってか、内心面倒なことをしてくれたジークに、彼女は不満一杯の声をぶつけていた。

(それもこれも、あんないやらしい魔法を使ったあの男の所為だ!  最悪です!)

「ん?  どうかしましたか?」

何もかも見透かしたような瞳で男性が見つめてくる。冷静になって最初は適当に誤魔化すことも考えたが、見透かしたような彼の瞳が彼女に無理だと思わせた。

(くっ、間違いなく私の正体に気付いてる。素性は分かりませんが、恐らくルールブ家に雇われた者でしょう。どう見ても只者ではありません。……この場を乗り切ってもすぐに追い付かれそうだ)

勿論正体がバレるようなミスをしていないつもりだが、見透かしたような彼の瞳を見ると自信が持てなくなる。
まったく底の見えない男性に、女性は薄ら寒いものを感じながらも目を向けていた。

「そう怖がらないで下さいよ。ちょっと話があるだけですから」

必死に冷静でいようとする彼女の反応が面白かったのか、不敵に小さく笑ってみせると……。


ゆっくりと呼吸するかのような、なんでもない風にして間合いを詰めた。


「汗がビッショリですよ?」

「──ッッ!?!?」


触れそうになる程、接近を許してしまい狼狽する。一瞬も意識を逸らしていなかった筈が、あっさりと至近距離まで近付かれて、驚きのあまり心臓の鼓動が一気に跳ね上がったのを感じた。
慌ててバッと離れると、荒れた呼吸を落ち着かせながら額に触れる。すると気付かない間に大量の汗が流れ、制服と中の下着が汗を吸って、ビッショリとして気持ち悪い状態だった。
言われるまで気付くことがなかった彼女は、自分が思った以上に動揺している現実に保とうする平常心が崩れ出して、どう対応すべきなのかも分からなくなった。

が、その予期せぬ不安のお陰か、彼女は体のある違和感に気付くことができた。

(?  なんですか?  呼吸が……乱れます)

緊張で過呼吸でも起こしたのか、彼女の肺はいつの間にか外の酸素を求めて活発に動いていた。

「ああ、もう限界ですか?  意外と脆い?」

「げ、限界?  ……!?」

限界ですか・・・・・』。その一言で彼女の脳内警報も激しく鳴り響いた。若干酸欠状態で意識が揺らいでいたが、それも一瞬のうちに覚めた。

(しまった!  既に攻撃されてる!)

まだ理解し切れてないが、このままこの場に残るのは危険だと感じ取った。気付けば慌てた様子で、教室を出ようと出口へと走っていた。

(に、逃げないと……。このまま此処にいたらマズイ)

朦朧とし始める意識の中、自分に言い聞かせるように心中で叫び。やっとの思いで出口に辿り着くと、慌てながらも扉に手を伸ばそうと──。

「あ、あれ?」

引き戸に手を掛け開けようとしたが、開かない。
外から鍵が掛かってる訳でも、誰かが扉を抑えてる訳でもない。

まるで接着剤でも付けたかのように、ピクリとも動かない。

(ビ、ビクともしません)

全然引くことが出来ないので押したり、体当りして扉をこじ開けようとする。意識が朦朧とする中でも、思い付いたいろんな方法で扉をこじ開けようと努力するが、グラつくどころか軋みもしない。 

「まぁ、待ってください」

「うっ!」

決して殺気や怒気が含まれた声ではない。
だが、男性の声が耳に届いた瞬間、虚を突かれたのような表情で身震いをし硬直してしまった。

「言ったでしょう?  ちょっとお話があるって。そんなに時間も取りませんから」

「……『結界』ですか?」

優しく肩を掴まれて観念したか、引き戸に掛けていた手を垂らすように降ろすと、女子は男性の顔を見ず俯いた状態でそう尋ねた。

「はい、この教室の周囲にちょっと特殊な結界を張らせて貰いました。あなたでは逃げるのは不可能だ」

「逃げ場がない、ということですね」

「お話、付き合って頂けますか?」

選択の余地など端からなかった。
少し見上げると、女子の視界にニコリと微笑む男子生徒が居る。 
理由は分からないが、非常にイラつかせる笑顔を見て、女子はこの状況の打開よりもその笑みを恐怖に塗り替えてやると強く思った。

乱れた息を整えて瞬間的に魔力を練り出した。

「──いえ、お断りします!」

力強く拒否を示すと、返答と同時に手のひらを男性の顔に向けて魔法を発動した。

「──熱して弾けろ。『過熱爆裂ヒート・バン』!」

『省略詠唱』での先制攻撃である。
男性の目の前で大気、空気が歪みを見せる。一瞬だけ球体となるが、すぐに男性の方へ弾かれて、男性を覆い尽くすほどの巨大な煙となる。回避も何もせず、ただ立っていた男性を飲み込みと、辺りの物も溶かして燃やした。

【火属性】Cランク魔法『過熱爆裂ヒート・バン
手のひらから超過熱した熱を出して、球体後に爆裂させて超熱風として放つ魔法。皮膚を一瞬で燃やして爪も溶かす。さらに網膜など外気にさらされている部位が死滅してしまうほど危険な魔法だ。

都合の悪い事態でもみ消す際には、こうやって目撃者などを片付けた。
そして、今回もそうだ。間違いなく自分にとって都合の悪い相手だ。恐らく自分よりも高位魔法使いである。ならば先制で奇襲を仕掛けて始末しようと、女子は考えて迷うことなく至近距離で仕掛けた。情けないほど動揺して接近されたが、返って好都合な結果を生んだ。 

「やれやれだ」

「なっ!?」

普通なら至近距離から溶けて焼ける超熱風を受ければ終わりだが、相手は常識に囚われない・・・・・ジーク・スカルス。
困ったような、それでいて人をからかうように、灼熱の熱風で出来た煙を手を払う。

「不意打ちでいきなり高熱の大砲とは鬼ですか」

間違いなく倒したと思った赤髪の学生が姿を見せる。
一切ダメージがない様子で触れるだけでも不味い煙を払うと、女性に視線を向けて微かに微笑んんだ。

「っ──『蒸気熱波スチーム・ヒート』!」

だが、その微笑みは彼女には挑発に見えたのかもしれない。奇襲失敗の現実を振り払って魔力を練り、すぐさま新たな攻撃を行った。

【火属性】と【水属性】の混合魔法『蒸気熱波スチーム・ヒート
原初魔法オリジナル』ではないが、彼女が扱う魔法の中では一番エグいものだ。
くらえば最後、身体中を高熱蒸気と熱波によって内部から灰にされる。更に外側も粉々になり崩れて死していく魔法だ。

しかし。

「……ウソ」

何故かその蒸気熱波は男性に当たっても効果を示さず、そのまま彼の後ろを通り過ぎるようにして消えていった。
ありえない結果に一体どういうことかと目を見開く女性だが、そんな動揺を突くかのようにジークが切り出した。

「いやぁー先程の魔法といい素晴らしい腕前ですね。──流石《狂犬・・》が送り込んだ部下だけのことはある」

「──ッ!?」

完全に隠すことも出来ず、狼狽した顔を見せてしまう。今までも隠し切れず晒してしまったが、今の言葉だけは絶対に反応してはいけなかった。
悔しさのあまり下唇を噛むが。

「探していたのはコレ・・ではありませんか?」

ジークは制服の内側のポケットから取り出した小さなモノが、彼女の乱れる精神にトドメを刺した。

「そ、それはっ!?」

彼女は先程と同じ、いやそれ以上の狼狽した顔であるが、その顔は白過ぎて血の気が引いてしまっている。

「随分高価なモノをお持ちで。私もコレを見つけた時は驚きましたよ?」

彼は笑みを浮かべながら手に持ち。ソレを彼女に見えるように前に出し指と指で摘み上げた。

「っ何処でそれを!?」

「さぁ? 何処でしょうか?」

彼の仕草にさらに顔が青ざめビクビクと体を震わせる。精神的な負荷が限界を超えたか、とうとう追い詰められた女子は、落ち着かせた筈の呼吸も乱し始めてしまい、恐怖で揺れる瞳で彼を見上げたが。

「今度こそお話を聞いて頂けますよね?  お嬢さん?」

「……」

摘んでいるモノを小さく揺らしながら尋ねる彼に、女子はこれ以上の抵抗は無理だと感じ取ってしまった。
そして頭垂れるようにして、降参を意思を示すしかなかった。  

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