オリジナルマスター
第0話 情報は開示しない。
「依頼の方はしっかり承諾したぞ。ゼオ伯爵」
「ご協力感謝しますシャリア殿」
ジークがシャリアに依頼の承諾をした次の日の昼頃。ギルド内にある執務室に一人の男性が訪問していた。 
「急に無理難題を突き付けてしまい、大変申し訳ありません」
男性の名はゼオ・ルールブ。ルールブ家現当主である。服装は高級そうな黒スーツ。金髪を後ろに流した髪型をして厳しそうな印象がある。
元騎士でもあったことから、服の上からでも分かる鍛え抜かれた膨らんだ筋肉。そして強面な顔付きということもあり、貴族と言うよりも巨人のような雰囲気を醸し出していた。 
「家のほうもだいぶ混乱は収まりましたが、まだうまく機能してないんですよ」
「ニセの情報につかまされたか」
今回彼が来たのは、前々から相談していた護衛依頼についてだ。正式に決まったという連絡を受けて急遽、ギルドまで足を運んだのである。
向かい合うようにソファーに座るシャリアからは『一応検討するが極めて困難なので余り期待しないで欲しい』と言われていたが、無事に承諾されたと知ってゼオも心から感謝を。そして謝罪を口にしている。
そしてゼオの謝罪にシャリアは脚を組み、疲れたようなため息を吐き告げた。
「まぁ、只でさえ盗賊以外に暗殺者が動いているという情報も混ざっているのに──『時期が悪いので表に出せない』という要望だ。……これでまだ追加注文があるなら、依頼の受諾を取りやめて今後、貴公からの依頼は一切引き受けないという処置も検討したぞ?」
“脅し”と取ってもおかしくない発言。だが、一切退かずシャリアは厳しい形相でゼオにしっかり釘を刺す。今回は本当に特例だぞ。ということも含ませて、こんなことは金輪際なしだぞと言っているようだった。
本来ならギルドの長であるシャリアであっても、貴族に対して過ぎた暴言である。とくにゼオは、街でもトップの貴族で、下手をすれば何かしらの罰を受けかねないレベルだ。
だが。
「誠に申し訳ない」
怒るどころか、ゼオはソファーに座ったまま深々とシャリアに頭を下げる。彼からすればこんな横暴な申し出など、たとえ貴族であっても許されることではない。こちらの都合ばかりを押し付けて、ギルド側のことを一切考慮していなかったことに、ゼオは恥とすら思っていたのだ。
「急な無理難題を投げたのはこちらです。娘の為とはいえ、そちらへの配慮を幾分以上に欠いていた。……本当に申し訳ない」
だから引き受けてもらったシャリアに対して頭が上がらなかった。面倒ごとであったのは間違いなかったが、僅か数日で依頼が通ったことに感服して無理をさせたのだと反省した。
そうしてきちんと感謝と謝罪を口にしたのだ。
「何と御礼を言っていいか……。シャリア殿並びに承諾して頂いた冒険者方々には」
「回りくどい言い方は不要だ。只こちらとしては、このような冒険者たちを疎外しかねない要望は今回限りにしてもらおう。こちらにもものの限度あるんだ。ゼオ伯爵」
 
「肝に銘じておきます」  
さらに言うなら、目の前にいるギルドマスター。シャリア・インホードの機嫌をこれ以上悪くして、敵に回してしまうこともゼオは気を付けている。立場上はこちらが圧倒的に上であるが、長年街に貢献し皆から親しまれて、元とはいえ、かつてはSランクの冒険者であったのだ。
敵に回すようなことすれば、間違いなく街の者たちが黙っていない上。個人としての実力を考えても、この街で彼女に勝てるような現役の冒険者は、果たして何人──いや。
いるのかどうかも怪しいところであった。
それもあって不用意に敵対しないよう注意を払ってきた。今回の件を除いては、だが。
「それでシャリア殿。依頼を引き受けて頂いた冒険者たちとはいつ話を?」 
「その件なんだが……」
相談も無事に済んだので、次に依頼を受けた冒険者と話がしたいと考えたのだが。切り出したところで、どこか歯切れが悪くなるシャリアが言いづらそうにして口を開いた。
「あー、なんと言っていいか。……実は、ゼオ伯爵に報告しないといけないことがあるんだ」
報告。その一言と後ろめたそうな態度に何やら嫌な予感がするゼオ。ここに来てまたトラブルかと、思わず天を仰ぎ嘆きそうになる。
しかし、聞かねば話が進まない。嫌かな予感はするが仕方ない。ゼオは頷いて反応を待っていたシャリアに促した。
「前々から言われていたとはいえ、今回の件は非常に特殊な案件で、こちらも選定する期間が余りにも短かった。だから急遽、私がもっとも信頼できかつ確実に完遂できるであろう人物に声を掛け、受けてもらうよう説得して頼み込んだ」 
「?  頼み込んだ?  貴方が?」
申し訳なさそうに言うシャリアの説明。特に最後の部分に対して驚きの顔をするゼオ。普段はそれほど相手に感情の色を見せないようにしているが、今見せた顔は本気の驚きの反応だ。少しの間だったが、それだけゼオには予想外の説明であった。
「失礼ですが、話を聞くとシャリア殿が冒険者殿に願いでたかのように聞こえますが。命じたのではないのですか?」 
彼女のことを知らない者などこの街にいない。ギルドマスターの地位に付く以前は、Sランク冒険者として各地で活躍し名を残してきている。伯爵の地位にいるゼオでも、刺激をするようなことは極力避けているほどだ。
そんな彼女がわざわざ説得しないといけない程の相手。そんな冒険者がこの街に居たであろうか。
(Aランクではないな。まさかSランク?  だが)
眉を潜めて脳内で自身が知る限りの名のある冒険者を思い浮かべるが、該当する人物を思い浮かばない。
すると疑問に思うゼオの心境を察して、シャリアは頷いて肯定を示した。
「その通りだ。というか、こちらの言い方次第では、即断っていた。そんな相手だ」
「…………なるほど」
信じられない気持ちはまだ残っていたが、どこかやり遂げたような彼女の表情を見れば、それが事実なのだと理解できる。情報はまだ少ないが、シャリアが用意したという人材にも、ある程度は想像ができた。
(場合によっては断れる立場ということは、…………裏に近い者か)
確信は持てないが、この切り替えの早さこそ、当主として数々の修羅場を潜ってきた彼の能力。それでも内心は動揺しているが、彼女がそこまでして用意した冒険者ならやってくれるかもしれない。
「それで本題だが、冒険者側から今回の依頼を引き受ける為に一つ、……条件を提示した」
支払う予定であった報酬の倍増も検討している。そう考えていたところで、指を立てたシャリアが口にした。
「条件?  一体どのような」
(やはり報酬……、金品関係か?  それとも何か補償が目的か?)
頭の中で思考を巡らせるゼオ。いくつか予想を立てて何がいいか考えてみるが、シャリアがニヤリと笑みを出したことで、彼の考えはあっさり否定された。
「なに金銭関連などではない。ましてや魔道具関連でもないぞ。至って単純な要望だ」
 
単純な要望。その部分だけが妙に誇張されていたのが気になったが、脱線するのも申し訳ない。
引き続きシャリアの言葉に耳を傾けると。
「冒険者側の要望はこうだ。『依頼については承諾する。が、こちらの身分及び情報は一切明かさず、詮索もなしが条件だ』──とのことだ」
まさかの正当以上の報酬ではなく、正体を明かさないことが条件。よりにもよって重要な詮索を封じられてしまったのだ。
「つまり護衛は引き受けるが、正体は明かさず、ということですかな?」
「そういうことになる。如何かな?  ゼオ伯爵」
「……」
ゼオはしばし口を閉ざすと、慎重にどう答えるか考える。 
この依頼が成立する際、一番の問題はやはり冒険者が何者かということだ。当主として後継者の身を重んじるだけでなく、娘の身を心配する一人の父としても。
ここは冷静に考えなくてはならない。シャリアの人選を疑うわけではないが、こちらも納得できるちゃんとした理由が欲しい。
「今回の依頼については、既にその冒険者は動いている。しかし、そちらがどこの誰ともわからない相手では信用できない、と言うのであれば仕方ない。こちらもすぐに遠ざける準備が出来ているので言ってほしい」
「───っ、そうですか」
これは先手を打たれたか。彼女の言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。選択があるようで始めから潰された気分だった。
話を聞くと全部こちらの都合を考慮しているように聞こえるが、逆に言えば、こちらが断った瞬間、ギルド側は手を引くと言っているようなものだ。
これで嫌ならもう知らん。
あとは好きなようにやってくれ。
そう言わんばかりの対応にゼオは、自然と固まっていく顔を解して微笑を浮かべる。睨み合いは慣れているつもりだが、ここまで踏み込んだことをした相手は久々だったのだ。
(さすが《魔女》といったところか。なんとも恐ろしいことを考える)
この時に僅かであるが、ゼオの目元がピクッと動いていたことにシャリアは気づいたが、ニヤリ顔を向けるだけで、特に指摘しようとはしない。 
「一応訊いておきますがシャリア殿。それは私が相手でもですかな?」
私が。つまり自分の身分であっても、冒険者側とのコンタクトは取れないのかという問いであるが。
「済まないな。その者は根っからの貴族嫌いでな。正直良く説得ができたものだと自分を褒め尽くしたい気分なんだ」
なんとか本人と話したい。というゼオの心境を察しながらも、横に首を振って彼女は、苦笑顔と疲れたような声音で返答する。それだけ厳しい交渉だったということか。ゼオも先ほどの話を聞く限り難しいと思ったが、貴族嫌いだと知りそれも納得はできた。
昔から貴族を嫌う冒険者や冒険者を嫌う貴族もいる。よくあることだが、果たしてその度合いはどの程度か。
「そこまでですか。そう言われると逆に気になってしまいますが」
彼女を精神的にここまで疲れさせる人物。先程はどんな者かと不安になり探ってみたが、今は不安よりも好奇心が勝っていた。
彼女も苦労させる。その冒険者に興味を持ち始めたのだ。
「言っておくが妙な詮索は勧めないぞ?」
だが、そんな好奇心も彼女から釘刺しによって止まってしまう。 
「本人も少しでも嫌気が刺したら即やめると言っている。奴は貴族のご機嫌など欠けらも気にもしない。万一怒らせて帰ってもギルドは一切責任を取れんぞ?  一応他にも受けられる冒険者がいないか調べてみたが、この依頼内容に関して私が何の不安もなく、対処が出来ると思われる人材は、……その者しかいない」
打てるだけの手は打った。そんなシャリアの説明に対し、もしゼオから異議があるというなら。
(その時は、手を引かせてもらうしかない)
顔には出さないままそう心の中で呟く。なるべく良好な関係を保ちたいとは思っているが、できない場合も時にはある。……これ以上、妥協できないのなら、仕方がないと割り切るしかなかった。
「……」 
ここまでの話を聞いてゼオは、難しい顔してどう返答すべきか思案している。
(恐らくここまでがギルド側の妥協点なんだろう)
今回の依頼がどれだけ厄介な条件ばかりなのかは、彼自身がよく理解している。その上で無理をしてもらい、どうにか短期間で承諾を得ることができた。
そして条件は身分を隠すことと、詮索を禁じること。それは表沙汰にならないように願う。こちらの条件とほぼ同じ。
以上の話を踏まえた上で、ゼオは娘の身と不安材料に自身の好奇心。どちらを優先すべきか、少し考えたのち。一度頷いて口を開いた。
 「分かりました。多少不安がありますが、選定して頂いたシャリア殿を信じ、その方に娘の護衛をお願いしましょう」
どうしても不安はあるが、家のほうが身動きがし難い状況である以上は仕方がない。最終的にシャリアの選定の目を信じて、こちらが動けるようになるまでの間は任せることにしたのだ。
ただ。
(もし出会える機会があれば、是非あってみたいものだがな。…………無理か?)
僅かな期待を胸に抱きながら、叶わないのが条件だと思い出し、シャリアにバレない程の小さな息を吐いたのであった。
◇ ◇ ◇
ちなみにその頃ジークは。
「覚悟しなさいッ!!  この女の敵ッ!!」
「あははは。……勘弁だな」
「「「「大人しく殺られなさいこの変態ッ!!!」」」」
「え、あれ?  なんか言い方に違和かn、──うぉとっ!?」
逃げ回っていた。……下着姿の女子たちから。
「このヘンタイっ!!  止まりなさーーーいっ!!」
「「「「殺られなさーーーい!!」」」」
「いや、だから事故だって、──ぬぁッ〜〜!?」
学園の屋上で逃げ回るジーク。そんな彼を追いかける下着姿の女性たち。顔が真っ赤にした金髪な女子が先頭を走って、続くように他の女性たちも下着姿で、顔を真っ赤に走り回っていた。
さっさと服着ればいいのに、と彼は言いたかったが、鬼の形相で追ってくる下着集団に慄いて若干パニックっていた。
「ハァハァ!   なんで……こんなことに!?」 
ひたすら逃げ回るジークはそんな疑問を吐き出したが、答えは返ってくるはずもなく、只々逃げ続けるしかない。
あまりに不可思議な光景。
何故彼がこうなったかというのは、──もう少し前の話になる。
「ご協力感謝しますシャリア殿」
ジークがシャリアに依頼の承諾をした次の日の昼頃。ギルド内にある執務室に一人の男性が訪問していた。 
「急に無理難題を突き付けてしまい、大変申し訳ありません」
男性の名はゼオ・ルールブ。ルールブ家現当主である。服装は高級そうな黒スーツ。金髪を後ろに流した髪型をして厳しそうな印象がある。
元騎士でもあったことから、服の上からでも分かる鍛え抜かれた膨らんだ筋肉。そして強面な顔付きということもあり、貴族と言うよりも巨人のような雰囲気を醸し出していた。 
「家のほうもだいぶ混乱は収まりましたが、まだうまく機能してないんですよ」
「ニセの情報につかまされたか」
今回彼が来たのは、前々から相談していた護衛依頼についてだ。正式に決まったという連絡を受けて急遽、ギルドまで足を運んだのである。
向かい合うようにソファーに座るシャリアからは『一応検討するが極めて困難なので余り期待しないで欲しい』と言われていたが、無事に承諾されたと知ってゼオも心から感謝を。そして謝罪を口にしている。
そしてゼオの謝罪にシャリアは脚を組み、疲れたようなため息を吐き告げた。
「まぁ、只でさえ盗賊以外に暗殺者が動いているという情報も混ざっているのに──『時期が悪いので表に出せない』という要望だ。……これでまだ追加注文があるなら、依頼の受諾を取りやめて今後、貴公からの依頼は一切引き受けないという処置も検討したぞ?」
“脅し”と取ってもおかしくない発言。だが、一切退かずシャリアは厳しい形相でゼオにしっかり釘を刺す。今回は本当に特例だぞ。ということも含ませて、こんなことは金輪際なしだぞと言っているようだった。
本来ならギルドの長であるシャリアであっても、貴族に対して過ぎた暴言である。とくにゼオは、街でもトップの貴族で、下手をすれば何かしらの罰を受けかねないレベルだ。
だが。
「誠に申し訳ない」
怒るどころか、ゼオはソファーに座ったまま深々とシャリアに頭を下げる。彼からすればこんな横暴な申し出など、たとえ貴族であっても許されることではない。こちらの都合ばかりを押し付けて、ギルド側のことを一切考慮していなかったことに、ゼオは恥とすら思っていたのだ。
「急な無理難題を投げたのはこちらです。娘の為とはいえ、そちらへの配慮を幾分以上に欠いていた。……本当に申し訳ない」
だから引き受けてもらったシャリアに対して頭が上がらなかった。面倒ごとであったのは間違いなかったが、僅か数日で依頼が通ったことに感服して無理をさせたのだと反省した。
そうしてきちんと感謝と謝罪を口にしたのだ。
「何と御礼を言っていいか……。シャリア殿並びに承諾して頂いた冒険者方々には」
「回りくどい言い方は不要だ。只こちらとしては、このような冒険者たちを疎外しかねない要望は今回限りにしてもらおう。こちらにもものの限度あるんだ。ゼオ伯爵」
 
「肝に銘じておきます」  
さらに言うなら、目の前にいるギルドマスター。シャリア・インホードの機嫌をこれ以上悪くして、敵に回してしまうこともゼオは気を付けている。立場上はこちらが圧倒的に上であるが、長年街に貢献し皆から親しまれて、元とはいえ、かつてはSランクの冒険者であったのだ。
敵に回すようなことすれば、間違いなく街の者たちが黙っていない上。個人としての実力を考えても、この街で彼女に勝てるような現役の冒険者は、果たして何人──いや。
いるのかどうかも怪しいところであった。
それもあって不用意に敵対しないよう注意を払ってきた。今回の件を除いては、だが。
「それでシャリア殿。依頼を引き受けて頂いた冒険者たちとはいつ話を?」 
「その件なんだが……」
相談も無事に済んだので、次に依頼を受けた冒険者と話がしたいと考えたのだが。切り出したところで、どこか歯切れが悪くなるシャリアが言いづらそうにして口を開いた。
「あー、なんと言っていいか。……実は、ゼオ伯爵に報告しないといけないことがあるんだ」
報告。その一言と後ろめたそうな態度に何やら嫌な予感がするゼオ。ここに来てまたトラブルかと、思わず天を仰ぎ嘆きそうになる。
しかし、聞かねば話が進まない。嫌かな予感はするが仕方ない。ゼオは頷いて反応を待っていたシャリアに促した。
「前々から言われていたとはいえ、今回の件は非常に特殊な案件で、こちらも選定する期間が余りにも短かった。だから急遽、私がもっとも信頼できかつ確実に完遂できるであろう人物に声を掛け、受けてもらうよう説得して頼み込んだ」 
「?  頼み込んだ?  貴方が?」
申し訳なさそうに言うシャリアの説明。特に最後の部分に対して驚きの顔をするゼオ。普段はそれほど相手に感情の色を見せないようにしているが、今見せた顔は本気の驚きの反応だ。少しの間だったが、それだけゼオには予想外の説明であった。
「失礼ですが、話を聞くとシャリア殿が冒険者殿に願いでたかのように聞こえますが。命じたのではないのですか?」 
彼女のことを知らない者などこの街にいない。ギルドマスターの地位に付く以前は、Sランク冒険者として各地で活躍し名を残してきている。伯爵の地位にいるゼオでも、刺激をするようなことは極力避けているほどだ。
そんな彼女がわざわざ説得しないといけない程の相手。そんな冒険者がこの街に居たであろうか。
(Aランクではないな。まさかSランク?  だが)
眉を潜めて脳内で自身が知る限りの名のある冒険者を思い浮かべるが、該当する人物を思い浮かばない。
すると疑問に思うゼオの心境を察して、シャリアは頷いて肯定を示した。
「その通りだ。というか、こちらの言い方次第では、即断っていた。そんな相手だ」
「…………なるほど」
信じられない気持ちはまだ残っていたが、どこかやり遂げたような彼女の表情を見れば、それが事実なのだと理解できる。情報はまだ少ないが、シャリアが用意したという人材にも、ある程度は想像ができた。
(場合によっては断れる立場ということは、…………裏に近い者か)
確信は持てないが、この切り替えの早さこそ、当主として数々の修羅場を潜ってきた彼の能力。それでも内心は動揺しているが、彼女がそこまでして用意した冒険者ならやってくれるかもしれない。
「それで本題だが、冒険者側から今回の依頼を引き受ける為に一つ、……条件を提示した」
支払う予定であった報酬の倍増も検討している。そう考えていたところで、指を立てたシャリアが口にした。
「条件?  一体どのような」
(やはり報酬……、金品関係か?  それとも何か補償が目的か?)
頭の中で思考を巡らせるゼオ。いくつか予想を立てて何がいいか考えてみるが、シャリアがニヤリと笑みを出したことで、彼の考えはあっさり否定された。
「なに金銭関連などではない。ましてや魔道具関連でもないぞ。至って単純な要望だ」
 
単純な要望。その部分だけが妙に誇張されていたのが気になったが、脱線するのも申し訳ない。
引き続きシャリアの言葉に耳を傾けると。
「冒険者側の要望はこうだ。『依頼については承諾する。が、こちらの身分及び情報は一切明かさず、詮索もなしが条件だ』──とのことだ」
まさかの正当以上の報酬ではなく、正体を明かさないことが条件。よりにもよって重要な詮索を封じられてしまったのだ。
「つまり護衛は引き受けるが、正体は明かさず、ということですかな?」
「そういうことになる。如何かな?  ゼオ伯爵」
「……」
ゼオはしばし口を閉ざすと、慎重にどう答えるか考える。 
この依頼が成立する際、一番の問題はやはり冒険者が何者かということだ。当主として後継者の身を重んじるだけでなく、娘の身を心配する一人の父としても。
ここは冷静に考えなくてはならない。シャリアの人選を疑うわけではないが、こちらも納得できるちゃんとした理由が欲しい。
「今回の依頼については、既にその冒険者は動いている。しかし、そちらがどこの誰ともわからない相手では信用できない、と言うのであれば仕方ない。こちらもすぐに遠ざける準備が出来ているので言ってほしい」
「───っ、そうですか」
これは先手を打たれたか。彼女の言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。選択があるようで始めから潰された気分だった。
話を聞くと全部こちらの都合を考慮しているように聞こえるが、逆に言えば、こちらが断った瞬間、ギルド側は手を引くと言っているようなものだ。
これで嫌ならもう知らん。
あとは好きなようにやってくれ。
そう言わんばかりの対応にゼオは、自然と固まっていく顔を解して微笑を浮かべる。睨み合いは慣れているつもりだが、ここまで踏み込んだことをした相手は久々だったのだ。
(さすが《魔女》といったところか。なんとも恐ろしいことを考える)
この時に僅かであるが、ゼオの目元がピクッと動いていたことにシャリアは気づいたが、ニヤリ顔を向けるだけで、特に指摘しようとはしない。 
「一応訊いておきますがシャリア殿。それは私が相手でもですかな?」
私が。つまり自分の身分であっても、冒険者側とのコンタクトは取れないのかという問いであるが。
「済まないな。その者は根っからの貴族嫌いでな。正直良く説得ができたものだと自分を褒め尽くしたい気分なんだ」
なんとか本人と話したい。というゼオの心境を察しながらも、横に首を振って彼女は、苦笑顔と疲れたような声音で返答する。それだけ厳しい交渉だったということか。ゼオも先ほどの話を聞く限り難しいと思ったが、貴族嫌いだと知りそれも納得はできた。
昔から貴族を嫌う冒険者や冒険者を嫌う貴族もいる。よくあることだが、果たしてその度合いはどの程度か。
「そこまでですか。そう言われると逆に気になってしまいますが」
彼女を精神的にここまで疲れさせる人物。先程はどんな者かと不安になり探ってみたが、今は不安よりも好奇心が勝っていた。
彼女も苦労させる。その冒険者に興味を持ち始めたのだ。
「言っておくが妙な詮索は勧めないぞ?」
だが、そんな好奇心も彼女から釘刺しによって止まってしまう。 
「本人も少しでも嫌気が刺したら即やめると言っている。奴は貴族のご機嫌など欠けらも気にもしない。万一怒らせて帰ってもギルドは一切責任を取れんぞ?  一応他にも受けられる冒険者がいないか調べてみたが、この依頼内容に関して私が何の不安もなく、対処が出来ると思われる人材は、……その者しかいない」
打てるだけの手は打った。そんなシャリアの説明に対し、もしゼオから異議があるというなら。
(その時は、手を引かせてもらうしかない)
顔には出さないままそう心の中で呟く。なるべく良好な関係を保ちたいとは思っているが、できない場合も時にはある。……これ以上、妥協できないのなら、仕方がないと割り切るしかなかった。
「……」 
ここまでの話を聞いてゼオは、難しい顔してどう返答すべきか思案している。
(恐らくここまでがギルド側の妥協点なんだろう)
今回の依頼がどれだけ厄介な条件ばかりなのかは、彼自身がよく理解している。その上で無理をしてもらい、どうにか短期間で承諾を得ることができた。
そして条件は身分を隠すことと、詮索を禁じること。それは表沙汰にならないように願う。こちらの条件とほぼ同じ。
以上の話を踏まえた上で、ゼオは娘の身と不安材料に自身の好奇心。どちらを優先すべきか、少し考えたのち。一度頷いて口を開いた。
 「分かりました。多少不安がありますが、選定して頂いたシャリア殿を信じ、その方に娘の護衛をお願いしましょう」
どうしても不安はあるが、家のほうが身動きがし難い状況である以上は仕方がない。最終的にシャリアの選定の目を信じて、こちらが動けるようになるまでの間は任せることにしたのだ。
ただ。
(もし出会える機会があれば、是非あってみたいものだがな。…………無理か?)
僅かな期待を胸に抱きながら、叶わないのが条件だと思い出し、シャリアにバレない程の小さな息を吐いたのであった。
◇ ◇ ◇
ちなみにその頃ジークは。
「覚悟しなさいッ!!  この女の敵ッ!!」
「あははは。……勘弁だな」
「「「「大人しく殺られなさいこの変態ッ!!!」」」」
「え、あれ?  なんか言い方に違和かn、──うぉとっ!?」
逃げ回っていた。……下着姿の女子たちから。
「このヘンタイっ!!  止まりなさーーーいっ!!」
「「「「殺られなさーーーい!!」」」」
「いや、だから事故だって、──ぬぁッ〜〜!?」
学園の屋上で逃げ回るジーク。そんな彼を追いかける下着姿の女性たち。顔が真っ赤にした金髪な女子が先頭を走って、続くように他の女性たちも下着姿で、顔を真っ赤に走り回っていた。
さっさと服着ればいいのに、と彼は言いたかったが、鬼の形相で追ってくる下着集団に慄いて若干パニックっていた。
「ハァハァ!   なんで……こんなことに!?」 
ひたすら逃げ回るジークはそんな疑問を吐き出したが、答えは返ってくるはずもなく、只々逃げ続けるしかない。
あまりに不可思議な光景。
何故彼がこうなったかというのは、──もう少し前の話になる。
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