オリジナルマスター
第8話 護衛依頼。
「……悪い。もう一度聞かせてくれるか?」  
「とある貴族の護衛をして貰いたい──そう言ったんだ」
聞き間違いかと思い彼は再度問い掛けるが、シャリアから返ってくるのは先ほどと同じ。彼には訝しげな顔でもう一度。……本当に確認のつもりで彼女を見つめた。
「──護衛なのか?  本当に」
「本当だ……頼めないか?」 
「え、頼めないかって。そう言われても……」
(まさか護衛依頼って……しかもシルバーにだと?)
普段とはまったく違う依頼内容に困惑する。そもそも彼が基本受ける依頼は、今回引き受けた討伐系などが多い。中には先刻のオークの群れのように、街に甚大な被害を与える可能性がある場合。戦闘関係ばかりの危険な依頼だが、彼は問題ないレベルばかりだ。その際に人との接触もあって厄介な場面もあったが、それでも変装して上手く回避できる内容だった。
(誰の護衛をさせるつもりだ?  相手先からの頼みか?  ……まさか彼女が紹介したのか?)
だが、今回の依頼内容はこれまでとは異なる。状況にもよるが下手すれば正体がバレるかもしれない案件だ。内容にも寄るが、もし引き受けた場合。護衛対象である依頼者から正体が露見してしまう可能性が非常に高い。
……なにより貴族嫌いだとハッキリとは言っていないが、前々から話題になれば一切隠すことなく表情に出している。にも関わらず、こうして貴族絡みの案件を持ってきたシャリアの行動に彼は不信感を抱きそうになっていた。
(いや、そんな協定破りになりかねないことをするか?  しても俺の前で言うか普通?  一体どういうことだ?  どうしても護衛が必要だから『偽装変装』で隠し通せということか?)
ただ、彼の変装魔法も万能ではない。それに慣れないことから不測の事態になってしまう可能性もある。彼女の意図が読めず、彼の頭には疑問符しか浮かばない。
(こういう探り合いは苦手なんだが。さて、どうしたものか)
無茶な要望をしているようにしか思えない彼女に、彼は面倒そうな気配を感じつつも、まずの確認の為にも一つ訊きたいことがあった。
「シャリア。……俺との協定は覚えてるよな?」
「勿論だ。私が友との約定を忘れる筈がないだろ?」
返ってきたのは紛れも無い肯定。別に約束を忘れた訳ではない。
では何故なのかと、彼の表情に困惑の色が深まる中、この依頼に対する嫌な予感も着実に大きくなっていた。
(貴族の護衛と言ったが、余程面倒な要件か?  もしかして噂が原因の可能性もあるのか?)
表向きには名を伏せて個人依頼として対処していた。変装して関係者との接触があっても最低限に留めてきた。
だが、約一年近く依頼をこなしていった結果。街では『謎の赤髪の魔法使い』といった噂が流れてしまっていた。 本人もすぐには気付かなかったが、敵を討伐する過程で出来た周りの被害や、少しずつ増えていった目撃者の証言が積み重なってしまい、協力者のシャリアやキリアだけではもう誤魔化し切れなくなっていた。
まぁ、それもさっさと終わらせようとして派手に破壊したり、魔物から助けた者たちがまだ近くに居るのに、圧倒的な火力と摩訶不思議な魔法を次々と出してより印象付けてしまったのが、もっとも大きな原因でもあるが。
「取り敢えず話を訊いてみないか?  話を聞けば纏まるかも知れんぞ?」
「一体なにが纏まるんだ?  ……まぁいいけど」
僅かに嫌そうにするが、提案をするシャリアに渋々ではあるが、とにかく話だけでも聞こうとソファーへ歩み寄った。
「……」
ただ、そんな彼の様子を黙って見ていたシャリアは……。
(危なかった。ここで提案しなかったら間違いなく断られていた)
内心、冷や汗を流して彼の誘導が上手くいって安堵している。長年の経験から出来る技術だが、表情には一切出していない。
(なにせ仕事内容が護衛だからな。街の危機とは一切関係ないことだ。彼が受けないといけない理由ではない)
本人が思っている以上に、彼は面倒くさがり屋なのだ。何度かギルド側の都合が悪い事態が起きた時も、依頼としてなんとかしてほしい、と彼に頼み込んだことがあったが、やる気がないと断れている。
(条件に加えるべきだった。まさかあの英雄がこんなに嫌がるとは思わなかった)
表面上は余裕な表情であるが、裏ではどうなるかと大量の汗をかいている。どうにか最小限の話だけで座らせるところまで着けた。だが、うっかり勢いで全部話して、彼に自分には全然関係ない件だと思われたら終わりだ。
(そうなったら絶対に帰るな。彼はそういう性格だ。知人なら率先して受けてくれるだろうが、今回の相手は、学園は同じでも親しい人物ではないからな)
だが、ここで失敗する訳にはいかない。嫌そうにしている彼の様子を見る限り勝算は低いが、彼とはもう一年程の付き合いだ。まだ浅いかもしれないが、考えもある程度は分かるようになってきた。
さらに年長者ということもあり、こういった場での交渉経験も多く実力もある。
(あとはどうやってその気にさせるかだが。……持っている交渉材料を考える限り難しいか?)
それでも確実に説得できるとは限らない。性格を理解しているからこそ、難題だと分かってしまう。
もし前回のような討伐依頼であれば、彼も二つ返事で引き受けただろう。街を守るということなら協定通り彼も文句はない。仮にまた噂が広がっても必ず成し遂げるであろう。
ただそれ以外の場合は、さっきの通り別であるが。
(まず内容が貴族の護衛というのが不満なんだろうな)
彼から直接聞いたわけではないが、彼が貴族に対してあまり良い感情を持っていないのは気付いている。……否、あまりと言うのも違うかもしれない。実際にこの街で貴族とのトラブルがあったわけではないが、本気で嫌っている節を前から感じていた。
(でもちょっと意外だな)
それでも一応は話を聞こうとする姿勢に、彼女は顔には出してないが驚いた。こちらの前振りからして、普段の彼なら内容を聞く前に即断ってもおかしくない。今回は辛うじて引き止めることは出来たが、それだけ依頼を受ける時と受けない時の彼の判断基準が激しい。
(私としても友が嫌う分野を頼むのは心が痛いが……) 
それでも引くことができない事情がシャリアにはある。貴族を嫌う彼の性格を跳ね除けてでも、受けて貰いたい事情が……。
「……」 
ジークもまた、そんな彼女の心中を僅かであるが察し始める。強引な流れにどう対応するか悩んでいたが。
(いつもよりも随分と引っ張ってくる感があるが……相当訳ありか?) 
結局曖昧になって答えへと導くことができない。
シルバーの頃に当時彼が居たギルドのギルドマスターを相手に、このような駆け引きはよく行っていたが、それでも得意な方ではなかった為、殆ど他の人に頼んでいた。 
だが、そうして巻き込まれる度に面倒ごとに対する匂いには、鼻が効くようになった。
(といっても殆ど流されていったけどなぁ。……あの頭でっかちに) 
そう心の中で呟くジークであるが、少しばかり懐かしさを覚える。辛い戦いの記憶ばかりだったが、大戦前まではそれほど悪くはなかった。
「取り敢えず話は聞く。受けるか受けないかはその後決めさせてもらう」
結局のところ悩んでもしょうがない。溜息を吐いてシャリアの話に耳を傾けることにした。
◇ ◇ ◇ 
ギルドマスターのシャリア・インホード。
元Sランク冒険者であり、ウルキア冒険者ギルドの長を務める。見た目は金髪の幼女であるが、その年齢は人間の寿命を既に超えていた(正確な年齢はヒミツだ)。
なぜなら彼女は人間ではないからだ。
『妖精国』にいると言われる『妖精族』。彼女はその一族の者であった。『エルフ族』や『魔族』に並ぶ長命種族。国の『妖精国』の名の通り、建国当時から存在する種族なのだ。 
『エルフ族』や『魔族』とは違い、顔や肌などに目立った特徴は存在しないが、それでも人外としての気配。『エルフ族』の女性と同じように、幼女の姿であっても何処か人間離れした神秘さをその身に纏っているのだ。
「ん?  どうかしたかジーク」
「いやぁ……改めて痛感してな」
(女性は怖いなぁ〜〜って)
女運が悪いジークはこんな可愛らしい幼女が相手でも、反射的にか嫌な汗を背中で流して、心底恐ろしいと思ってしまう。同時に昔世話になった師匠を含む、女性たちのことを浮かべて、なんとも言えない苦い表情になっていた。
(まぁ見た目で惑わされる程、俺も純粋じゃないけどな)
「?  まあいい。では説明するぞ?」 
「はぁ……どうぞ〜」
できれば訊きたくないという気持ちがよく分かる返事だ。それは彼女も分かったようで嘆息混じりではあるが話し出した。
「まず最初に言うが。護衛とは話したが、あくまで隠密としてだ。依頼主にはそなたについては言わないし、そなたも依頼主に会う必要はない」 
「あ、うん。よく分かんないが、会う必要がないってどういうことだ?」
仲介役にでもなってくれるのか、彼はシャリアの言葉の意味をイマイチ理解出来ず問い掛けると。
「うむ……実は今回の依頼主はルールブ家なんだ」
彼女の口から思わぬ名が出てきた。途端、彼の顔に陰りが出て難しいような、嫌なような表情になってしまう。
「それは、なんというか……一気に暗雲が見えたきたな。……冗談だよな?」
「本当だ。しかも相手はルールブ家当主直々からだ」
「えー」
シャリアの言葉を訊き、目の前で益々暗雲が立ち込めてきた。今度は彼も嫌そうな顔を表に出して、彼女の言葉に不満そうな声を漏らした。
「露骨に嫌そうな顔をするな。とりあえず……とりあえず聞いてくれ」
まさかの当主本人からの依頼にすっかり嫌な顔を隠すのをやめたジーク。
それに対しやはりこうなったか、と苦笑顔になるシャリアだが、もう今更止めるつもりもないので続けて説明をした。
「ジークはあそこの娘について知っているか?」
「ん?  ……あぁ知ってるよ。学園で同級生だしな」
訊かれて彼は、学園に在中しているルールブ家のお嬢様を思い出して頷く。同級生であり、しかも同じクラスの女子である彼女だ。
(というか、嫌ってほど知ってる)
……そして脳内で浮かべた情報を整理するが、実はこれは本当に珍しいことだ。学園でも大変交流が少ない彼でも実はよく知っている人物の一人。街でも有名な名家の娘である彼女のことなのだ。
(最悪だったがな)
もっともそれは=親しい、或いは好意を寄せているという話では決してない。彼が彼女のことを知る理由。……それは──。
(まさか彼女の護衛をしろって話か!?  冗談じゃないぞ!?  余計に断りたくなった!  なんでよりにもよってアイツなんだよ!)
下手したら人の生き死に関わってくるが、彼女にこれでもかというほど、苦手意識を持つ彼からしたらたまったものではなかった。
(別に俺が護衛する程の問題か?  仮に盗賊や人攫いだったとしても、ルールブ家なら外部から人を頼らず、自分たちでどうにか出来る思うが) 
最初はシャリアの焦りと僅かながらに読み取れた危機迫る表情に、ジークも受けていいかと思っていたが、相手があのルールブ家。しかも、そこの令嬢であると知ると、申し訳ないが考えも変わる。
(うん。これはないな。この仕事、受けても損しかしない気がする)
心の内で自分なりに結論をまとめると、本当に申し訳ないが、護衛は他に当たってもらおうと、まだ何か喋ろうとするシャリアに伝えようとしたが……。 
「実は彼女な……近々『継承の儀』を受けるそうなんだ」
「……え?」
口を開く寸前、シャリアからの思わぬ単語に開いたことで、開けかけた口が固まる。思考も一時的に停止して、脳内で先程の単語が何度も何度も繰り返されると。
「継承……?  て、まさか……!」
驚いた様子で訳も分からず、自分でその単語を口にして、同時にその全てが組み合わさって目を見開く。
「…………そういうことか」
──『継承の儀』。
これがどういう意味なのかを理解している彼は、続けて話すシャリアの台詞に耳どころか、自然と体全体で聞く体勢になっている。
心の奥底で失せかけていた興味とやる気が、再び燃え出し全身に広がるの感じながら、作りものではないホンモノの笑みを浮かべた。
「察しがついたようだな」
彼の反応から彼がどんな推測に至ったのかを察して、待っていた気持ちを抑えながら、シャリアは深く頷いて告げた。
「そうだ、そなたも知っての通り原初の───『オリジナル魔法』の継承の儀式のことだ」
「原初の継承か……」
そうして驚いた様子で呟いている彼に、シャリアは少しであるが、してやったりと勝利の笑みを浮かべた。
「とある貴族の護衛をして貰いたい──そう言ったんだ」
聞き間違いかと思い彼は再度問い掛けるが、シャリアから返ってくるのは先ほどと同じ。彼には訝しげな顔でもう一度。……本当に確認のつもりで彼女を見つめた。
「──護衛なのか?  本当に」
「本当だ……頼めないか?」 
「え、頼めないかって。そう言われても……」
(まさか護衛依頼って……しかもシルバーにだと?)
普段とはまったく違う依頼内容に困惑する。そもそも彼が基本受ける依頼は、今回引き受けた討伐系などが多い。中には先刻のオークの群れのように、街に甚大な被害を与える可能性がある場合。戦闘関係ばかりの危険な依頼だが、彼は問題ないレベルばかりだ。その際に人との接触もあって厄介な場面もあったが、それでも変装して上手く回避できる内容だった。
(誰の護衛をさせるつもりだ?  相手先からの頼みか?  ……まさか彼女が紹介したのか?)
だが、今回の依頼内容はこれまでとは異なる。状況にもよるが下手すれば正体がバレるかもしれない案件だ。内容にも寄るが、もし引き受けた場合。護衛対象である依頼者から正体が露見してしまう可能性が非常に高い。
……なにより貴族嫌いだとハッキリとは言っていないが、前々から話題になれば一切隠すことなく表情に出している。にも関わらず、こうして貴族絡みの案件を持ってきたシャリアの行動に彼は不信感を抱きそうになっていた。
(いや、そんな協定破りになりかねないことをするか?  しても俺の前で言うか普通?  一体どういうことだ?  どうしても護衛が必要だから『偽装変装』で隠し通せということか?)
ただ、彼の変装魔法も万能ではない。それに慣れないことから不測の事態になってしまう可能性もある。彼女の意図が読めず、彼の頭には疑問符しか浮かばない。
(こういう探り合いは苦手なんだが。さて、どうしたものか)
無茶な要望をしているようにしか思えない彼女に、彼は面倒そうな気配を感じつつも、まずの確認の為にも一つ訊きたいことがあった。
「シャリア。……俺との協定は覚えてるよな?」
「勿論だ。私が友との約定を忘れる筈がないだろ?」
返ってきたのは紛れも無い肯定。別に約束を忘れた訳ではない。
では何故なのかと、彼の表情に困惑の色が深まる中、この依頼に対する嫌な予感も着実に大きくなっていた。
(貴族の護衛と言ったが、余程面倒な要件か?  もしかして噂が原因の可能性もあるのか?)
表向きには名を伏せて個人依頼として対処していた。変装して関係者との接触があっても最低限に留めてきた。
だが、約一年近く依頼をこなしていった結果。街では『謎の赤髪の魔法使い』といった噂が流れてしまっていた。 本人もすぐには気付かなかったが、敵を討伐する過程で出来た周りの被害や、少しずつ増えていった目撃者の証言が積み重なってしまい、協力者のシャリアやキリアだけではもう誤魔化し切れなくなっていた。
まぁ、それもさっさと終わらせようとして派手に破壊したり、魔物から助けた者たちがまだ近くに居るのに、圧倒的な火力と摩訶不思議な魔法を次々と出してより印象付けてしまったのが、もっとも大きな原因でもあるが。
「取り敢えず話を訊いてみないか?  話を聞けば纏まるかも知れんぞ?」
「一体なにが纏まるんだ?  ……まぁいいけど」
僅かに嫌そうにするが、提案をするシャリアに渋々ではあるが、とにかく話だけでも聞こうとソファーへ歩み寄った。
「……」
ただ、そんな彼の様子を黙って見ていたシャリアは……。
(危なかった。ここで提案しなかったら間違いなく断られていた)
内心、冷や汗を流して彼の誘導が上手くいって安堵している。長年の経験から出来る技術だが、表情には一切出していない。
(なにせ仕事内容が護衛だからな。街の危機とは一切関係ないことだ。彼が受けないといけない理由ではない)
本人が思っている以上に、彼は面倒くさがり屋なのだ。何度かギルド側の都合が悪い事態が起きた時も、依頼としてなんとかしてほしい、と彼に頼み込んだことがあったが、やる気がないと断れている。
(条件に加えるべきだった。まさかあの英雄がこんなに嫌がるとは思わなかった)
表面上は余裕な表情であるが、裏ではどうなるかと大量の汗をかいている。どうにか最小限の話だけで座らせるところまで着けた。だが、うっかり勢いで全部話して、彼に自分には全然関係ない件だと思われたら終わりだ。
(そうなったら絶対に帰るな。彼はそういう性格だ。知人なら率先して受けてくれるだろうが、今回の相手は、学園は同じでも親しい人物ではないからな)
だが、ここで失敗する訳にはいかない。嫌そうにしている彼の様子を見る限り勝算は低いが、彼とはもう一年程の付き合いだ。まだ浅いかもしれないが、考えもある程度は分かるようになってきた。
さらに年長者ということもあり、こういった場での交渉経験も多く実力もある。
(あとはどうやってその気にさせるかだが。……持っている交渉材料を考える限り難しいか?)
それでも確実に説得できるとは限らない。性格を理解しているからこそ、難題だと分かってしまう。
もし前回のような討伐依頼であれば、彼も二つ返事で引き受けただろう。街を守るということなら協定通り彼も文句はない。仮にまた噂が広がっても必ず成し遂げるであろう。
ただそれ以外の場合は、さっきの通り別であるが。
(まず内容が貴族の護衛というのが不満なんだろうな)
彼から直接聞いたわけではないが、彼が貴族に対してあまり良い感情を持っていないのは気付いている。……否、あまりと言うのも違うかもしれない。実際にこの街で貴族とのトラブルがあったわけではないが、本気で嫌っている節を前から感じていた。
(でもちょっと意外だな)
それでも一応は話を聞こうとする姿勢に、彼女は顔には出してないが驚いた。こちらの前振りからして、普段の彼なら内容を聞く前に即断ってもおかしくない。今回は辛うじて引き止めることは出来たが、それだけ依頼を受ける時と受けない時の彼の判断基準が激しい。
(私としても友が嫌う分野を頼むのは心が痛いが……) 
それでも引くことができない事情がシャリアにはある。貴族を嫌う彼の性格を跳ね除けてでも、受けて貰いたい事情が……。
「……」 
ジークもまた、そんな彼女の心中を僅かであるが察し始める。強引な流れにどう対応するか悩んでいたが。
(いつもよりも随分と引っ張ってくる感があるが……相当訳ありか?) 
結局曖昧になって答えへと導くことができない。
シルバーの頃に当時彼が居たギルドのギルドマスターを相手に、このような駆け引きはよく行っていたが、それでも得意な方ではなかった為、殆ど他の人に頼んでいた。 
だが、そうして巻き込まれる度に面倒ごとに対する匂いには、鼻が効くようになった。
(といっても殆ど流されていったけどなぁ。……あの頭でっかちに) 
そう心の中で呟くジークであるが、少しばかり懐かしさを覚える。辛い戦いの記憶ばかりだったが、大戦前まではそれほど悪くはなかった。
「取り敢えず話は聞く。受けるか受けないかはその後決めさせてもらう」
結局のところ悩んでもしょうがない。溜息を吐いてシャリアの話に耳を傾けることにした。
◇ ◇ ◇ 
ギルドマスターのシャリア・インホード。
元Sランク冒険者であり、ウルキア冒険者ギルドの長を務める。見た目は金髪の幼女であるが、その年齢は人間の寿命を既に超えていた(正確な年齢はヒミツだ)。
なぜなら彼女は人間ではないからだ。
『妖精国』にいると言われる『妖精族』。彼女はその一族の者であった。『エルフ族』や『魔族』に並ぶ長命種族。国の『妖精国』の名の通り、建国当時から存在する種族なのだ。 
『エルフ族』や『魔族』とは違い、顔や肌などに目立った特徴は存在しないが、それでも人外としての気配。『エルフ族』の女性と同じように、幼女の姿であっても何処か人間離れした神秘さをその身に纏っているのだ。
「ん?  どうかしたかジーク」
「いやぁ……改めて痛感してな」
(女性は怖いなぁ〜〜って)
女運が悪いジークはこんな可愛らしい幼女が相手でも、反射的にか嫌な汗を背中で流して、心底恐ろしいと思ってしまう。同時に昔世話になった師匠を含む、女性たちのことを浮かべて、なんとも言えない苦い表情になっていた。
(まぁ見た目で惑わされる程、俺も純粋じゃないけどな)
「?  まあいい。では説明するぞ?」 
「はぁ……どうぞ〜」
できれば訊きたくないという気持ちがよく分かる返事だ。それは彼女も分かったようで嘆息混じりではあるが話し出した。
「まず最初に言うが。護衛とは話したが、あくまで隠密としてだ。依頼主にはそなたについては言わないし、そなたも依頼主に会う必要はない」 
「あ、うん。よく分かんないが、会う必要がないってどういうことだ?」
仲介役にでもなってくれるのか、彼はシャリアの言葉の意味をイマイチ理解出来ず問い掛けると。
「うむ……実は今回の依頼主はルールブ家なんだ」
彼女の口から思わぬ名が出てきた。途端、彼の顔に陰りが出て難しいような、嫌なような表情になってしまう。
「それは、なんというか……一気に暗雲が見えたきたな。……冗談だよな?」
「本当だ。しかも相手はルールブ家当主直々からだ」
「えー」
シャリアの言葉を訊き、目の前で益々暗雲が立ち込めてきた。今度は彼も嫌そうな顔を表に出して、彼女の言葉に不満そうな声を漏らした。
「露骨に嫌そうな顔をするな。とりあえず……とりあえず聞いてくれ」
まさかの当主本人からの依頼にすっかり嫌な顔を隠すのをやめたジーク。
それに対しやはりこうなったか、と苦笑顔になるシャリアだが、もう今更止めるつもりもないので続けて説明をした。
「ジークはあそこの娘について知っているか?」
「ん?  ……あぁ知ってるよ。学園で同級生だしな」
訊かれて彼は、学園に在中しているルールブ家のお嬢様を思い出して頷く。同級生であり、しかも同じクラスの女子である彼女だ。
(というか、嫌ってほど知ってる)
……そして脳内で浮かべた情報を整理するが、実はこれは本当に珍しいことだ。学園でも大変交流が少ない彼でも実はよく知っている人物の一人。街でも有名な名家の娘である彼女のことなのだ。
(最悪だったがな)
もっともそれは=親しい、或いは好意を寄せているという話では決してない。彼が彼女のことを知る理由。……それは──。
(まさか彼女の護衛をしろって話か!?  冗談じゃないぞ!?  余計に断りたくなった!  なんでよりにもよってアイツなんだよ!)
下手したら人の生き死に関わってくるが、彼女にこれでもかというほど、苦手意識を持つ彼からしたらたまったものではなかった。
(別に俺が護衛する程の問題か?  仮に盗賊や人攫いだったとしても、ルールブ家なら外部から人を頼らず、自分たちでどうにか出来る思うが) 
最初はシャリアの焦りと僅かながらに読み取れた危機迫る表情に、ジークも受けていいかと思っていたが、相手があのルールブ家。しかも、そこの令嬢であると知ると、申し訳ないが考えも変わる。
(うん。これはないな。この仕事、受けても損しかしない気がする)
心の内で自分なりに結論をまとめると、本当に申し訳ないが、護衛は他に当たってもらおうと、まだ何か喋ろうとするシャリアに伝えようとしたが……。 
「実は彼女な……近々『継承の儀』を受けるそうなんだ」
「……え?」
口を開く寸前、シャリアからの思わぬ単語に開いたことで、開けかけた口が固まる。思考も一時的に停止して、脳内で先程の単語が何度も何度も繰り返されると。
「継承……?  て、まさか……!」
驚いた様子で訳も分からず、自分でその単語を口にして、同時にその全てが組み合わさって目を見開く。
「…………そういうことか」
──『継承の儀』。
これがどういう意味なのかを理解している彼は、続けて話すシャリアの台詞に耳どころか、自然と体全体で聞く体勢になっている。
心の奥底で失せかけていた興味とやる気が、再び燃え出し全身に広がるの感じながら、作りものではないホンモノの笑みを浮かべた。
「察しがついたようだな」
彼の反応から彼がどんな推測に至ったのかを察して、待っていた気持ちを抑えながら、シャリアは深く頷いて告げた。
「そうだ、そなたも知っての通り原初の───『オリジナル魔法』の継承の儀式のことだ」
「原初の継承か……」
そうして驚いた様子で呟いている彼に、シャリアは少しであるが、してやったりと勝利の笑みを浮かべた。
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