オリジナルマスター
第6話 報告。
囚われた女性たちは病院まで運んだ。洞窟で使用した空間移動の魔法で病院へ移動後。医者にはギルドからの指示書を渡して、何か質問される前に彼はその場から立ち去った。
「結構酷い状態だったが、まぁあれなら多分大丈夫か」
指示書にはギルドマスター直々に病院側への対応文が書かれてあるので問題はない。後は病院側が彼女たちのケアも務めてくれるだろう。と彼はそう心の中で頷き切り替えることにした。
「あー、もう夕方か」
無事にギルドへ到着したが、今にも沈みそうにな夕陽を見て、脱力感を覚えながら建物の中に入る。引き渡した後の為、既に変装を解いてギルド内に入った時には元の姿に戻っていた。
「おぉジーク、遅かったな?  もうすぐ夜になるぜ?」
ギルドホールに入って最初に彼を出迎えたのはバイクである。戻ってくるまでずっと飲んでいたのか、依頼を受けた時と同じように酒を飲んで、そのテーブルには空の瓶が大量に転がっている。
「バイク……まさかとは思うが、今日は飲んでるだけか?」
さすがにそれはどうなのかと、ジト目で言う。いよいよ救いようのない中毒者に格上げか、など病人でも見るような目で見るが。
「ハハハハハっ!  んなわけないだろ!」
「だ、だよな」
彼の表情から何を言いたいのか察したか、バイクは笑いながら手を振って否定する。その反応を見て中毒者などと思ったことを、少し反省する彼に満面な笑みを浮かべた。
「ちゃんと飯も食いに行ったし、便所にも行ったぞ!」
「いや仕事しろよ飲んだくれがッ!」
バイクからしたらただ本心を言っているだけだが、ジークからしたら早速反省したことを後悔したくなるレベルだ。苦笑気味に怒鳴り上げているが、果たしてどこまで伝わっているだろうか。
「ン?」
「……」
いや、「なんでこんなに怒ってるんだ?」みたいな顔で、動じた様子を見せず、手に持つ酒ビンを呷るバイクを見ればそんな微かな可能性もないらしい。
(俺は飲まないから分からないが、酒ってのはそんなに人をおかしくする飲み物なのか?)
どうやらバイクとの間には、大きな溝があるらしい。会話の歯車まったく噛み合ってなかった。
「はぁ、もう行くわ」
「ツレねぇなぁ」
これ以上の無駄話は余計に疲れるだけだと、溜息をついてバイクを避けるように受付窓口へと向かう。彼からの冷たい対応のされて軽口で呟くが、とくに不機嫌な顔もせず再びグビグビと酒を飲み出した。
(一体どれだけ飲めば気が済むのか)
その様子を横目で見る中、内心自分も大人になったらああなってしまうのか、と一抹の不安が覚えた。
◇ ◇ ◇ 
バイクを放置して受付窓口の方へ向かうと、受付嬢のキリアに依頼完了の報告を済ませることにした。
「──あっ!  お、……お帰りなさいジークさん」
声をかけられる前に近付く彼に、気付いたキリアが声をかけようとしたが、思わず声を上げて呼びそうになりどもってしまう。思ったよりも早い帰還に驚いてしまったようだ。
(いけない!  ジークさんが無事なのは嬉しいけど、受付嬢としてちゃんとしないと!)
しかし、それも一瞬だけ。すぐに職員としての顔に戻り、自分の席に来た彼に挨拶を済ませる。
(おお〜〜!?  誤魔化してるけど赤くなっている!?  やっぱりああいう子が好みなのかなぁ!?)
(鬱陶しい視線を感じる)
その際、隣の窓口を担当するメルが満面な笑みで見ているのを、横目で確認したが、只の好奇心旺盛な虫だと、無視することにした。
(相変わらずスッゴイ見てるな)
ちなみにジークもメルの視線には気がついていたが、いつもアレな感じな女性だと認識している。バイク同様に放置することにしていた。
「はいキリアさん、依頼完了の証です」 
「拝見します」
そう言うと懐から紐でロール状に巻かれた紙を取り出してキリアに渡す。巻かれた紙を受け取ると、キリアは頷いて中身を確認する為、紐を解いて周囲の人たちの視線に注意しながら見た。
「──っ!」 
しばらくすると書かれた内容に苦い表情で顔を歪める。辛そうにして瞼をゆっくりと閉じると書かれていた内容を脳内で整理する。
『森の道』と『洞窟』での攻防。檻で発見した女性たちについて。破壊した洞窟と全滅させたオークの群れ。……簡単にであるが、大事な箇所はしっかり記入された物であった。
(予想はしてたけど、やっぱり捕まっていたのね)
彼女も女性である為、捕まっていた女性たちのことを思うと、胸が張り裂ける気持ちになる。本来の討伐依頼であれば討伐証明書として、ギルドが指定した倒した魔物の部位を切り取り、ギルドの方で確認してもらうあるが、表向きに彼が受けたのは【二星】の低ランクの依頼となっている。
(本来ならしっかり報告書にまとめて、ギルド全体と街の騎士団に上げるけど……)
いきなりだと目立ってしまうので、まずギルドマスターに直接渡すことにする。その後、彼のことうまく誤魔化した上で報告書を各所に回す。 
「確認しました。依頼完了ですね」
彼女から締め括られたところで、彼も依頼も無事に終わて一安心だと安堵の息を吐いた。
「ハァ〜、やっと終わった」
うう〜〜っと背筋を伸ばして首をコキコキと鳴らす。本人としては思った以上に長引いてしまったので、少しばかり疲労を感じている。ただ疲労に関しては治療に使用した聖魔法が原因だが。
「では、こちらが今回の報酬です」
「ありがとうございます」
用意された白い袋を受け取り中身を確認する。小銭サイズの金貨が一枚。この世界のお金は、全部金貨でまとめられている。手元にある金貨一枚で大体一食分ほどであるのだ。
「確かに」
それを確認してそのまま懐に入れる。これもいつも通りの流れだ。
表向きには【二星】。Eランク程度の報酬を受け取り、裏では【七星】。今回の難易度を考えると【八星】、Aランク以上の報酬は後日。ジークが持っている銀行口座に振り込まれる予定なのだ。
この世界には銀行が存在している。盗賊、盗人などを警戒して銀行は平民、貴族など関係なく割と多くの人が利用している。四つ大陸全土であるが、経営しているのは『中立国』アルタイオンにあるセナリアという街の『世界金融機関』が中心で行われていた。  
当然ジークも銀行口座を持っているが、彼の場合少し特殊。
名義の部分では少しばかり弄っていたりする。
「では、俺はこれで失礼しますね。キリアさん」
そうしてキリアから報酬を受け取り早々に帰ろうとする。用事も終えたのでさっさと寮の部屋に戻って寝たかったのだが。
「あ、待って下さいっ!」
背を向けて出ようとしたところで、背後から呼び止めらてしまう。声と一緒に何かに引っ張られる感覚。
「……?」
何かと振り向くと体を机から前に出して、焦った顔をしたキリアが手を伸ばして、ジークの制服の袖を摘んでいた。
「?  ……あのー?」
「──っ!」
どう対応すればいいのか分からず、困惑した声で彼は言う。
それでようやく何をしているのか、自覚したのか、キリアは自分が伸ばした手と彼の袖と困惑する彼の顔を行ったり来たりして視線を追い。
「……っっ!!」
彼女の顔が爆発した。そう表現出来るほど彼女の顔は真っ赤に染まった。 
「し、失礼しましたっ!」
今度はまったく隠せないほど狼狽するキリア。さらに周囲からビックリしたような顔で見られてしまうと、コホンと咳払い。背筋を伸ばして素早く謝罪したが、内心は顔が熱くなり恥ずかしくて死にそうな気分であった。
「あははは、気にしてないから良いですよ」
「で、ですがっ──」
先ほど自分がしたことを思い出しさらに熱くなる。彼女の脳裏にこびり付いて思考を鈍らせてしまっていたが。 
「良いですってば。……もっと周りを気にしてください」
「え?  ……あ」 
彼女の心情を察してか、ボソリと彼女にだけ聞こえるように伝える。小さい声であったが、彼女にハッキリと伝えて周囲の目に気を配ると。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ」 
そろそろマズイという彼の視線から、強引に沸騰した顔の熱を冷ましたキリア。これも経験から身に付けたものか、その表情はもう『仕事の出来る女』となっていた。
(一瞬で持ち直した。流石受付のプロだ)
あまりの表情の急変化に感心するような呆れるような気持ちになるが、話が進まないので流すことにする。思い出したような先程の彼女反応から何を言いたいか、彼はなんとなくだが察した。
「急に呼び止めて申し訳ありません。二階でギルドマスターがお会いしたいそうです」
「早速ですかあ……」
予想が的中して複雑な気持ちになるが、拒否する訳にもいかない。 ハァーと溜息を吐くとすっかり帰宅気分であった足を強引に戻して、二階に続く階段に向かってノロノロと歩き出した。
◇ ◇ ◇
ギルド内にある二階のフロアに上がる冒険者は殆どいない。さらに言えばギルドマスターがいる部屋で話をする冒険者となると数える程で。
その一人が彼であることは間違いなかった。
(もう既に手遅れなのは分かるけどなぁ)
多少変な噂が出てしまっているが、そこはギルドマスターの権限といったところか、彼が話をするために二階に上がって行っても、今はそれほど気にされていない。最初の頃はキリアと同じかそれ以上に酷かったが、今ではかなりマシになっていた。  
だが、やはり気が重いのには変わりない。とくにさっきのようなアクシデントの後だと。
「とっ、行くか……」
少しばかり鬱な気分になり掛ける思考を振り払い奥に進んでいくと、廊下の一番奥にある両ドアの前に立つ。
──コンコンコンっ
「ジークです。失礼します」
ノックをして言うと返事を待たず、扉を開けて中に入ると。 
「まったくそなたという奴は」
早速と言うべきか、部屋から不満そうな声が聞こえてきた。
「きちんとノックをしたと思えば、こちらの返事に待たずに部屋に入り込むとは。……少しはレディに対するマナーを身につけようとは思わないのか?」
部屋の奥にある机。
そこの肘を掛け椅子に座る女性は、彼に責めるように言ってきたが、残念そうな表情でも口元はニヤリと笑みを浮かべている。その笑みを見れば、おちょくられているのは、彼にも理解できた。
「あれ?  いや済みません。レディ? 何ですかそれは?  どこかに居るんですか?  自分には得体の知れない年齢不詳な魔女しか見えませんが?」
だからお返しとばかりに惚けた顔で言う。反撃として彼女が気にしている年齢の部分を強調したが……それが悪かった。
「捻り潰すぞ小僧め……!!」
「ッ──!?」
残念ながら今の彼女は、少しというかかなりご機嫌が悪かったらしい。受けて立つと言わんばかりの姿勢で、あっさり挑発に乗ると彼の急所を狙ってくる。
「いや、ここはこう呼ぶべきか?」
鋭い眼光だけで思わず彼を身震いさせると、彼にとって禁断の言葉を高々と叫んだ。
「我がギルド最強の冒険者──銀色の魔導師よッ!!!」
「グハッーー!?」
ザクッと胸にデカイ杭が突き刺さった。痛みのあまりその場で崩れ落ちて心が折れてしまう。かなり繊細な部分であるが、女性の方は遠慮なくブスブスと突き刺してきた。
「ほぉ?  どうしたんだシルバー?  世界最強の一角の超越者のそなたが?  そんな情けなく崩れおって?」
弄る気満々な笑みで彼に追い討ちをかけてくる。余程さっきの彼の発言にイラッとしたか、普段ならそこまで弄らない彼の黒歴史を遠慮なく、太い杭でガンガンと崩れる彼の背中に突き刺していく。
「なんだ反撃しないのか《消し去る者》のシルバー?  魔法の頂点に立ち一部から《魔導王》とも呼ばれているんだ。なんなら得意の原初を使っても構わんのだぞ? 異常な数の原初を保有するただ一人の男にして最強の魔法使い──《原初を極め…… 」
「済みません済みません。お願いですからその名で呼ばないで下さい……!!  もう良い年齢なんです。過去の話はキツイんですよっ!!  生き地獄なんですーー!!」
防音になっているので下の階に聞こえることはないが、もはや条件反射。小声になり早口で目の前にいる女性──ギルドマスターに命乞いをしたシルバー・アイズであった。
「結構酷い状態だったが、まぁあれなら多分大丈夫か」
指示書にはギルドマスター直々に病院側への対応文が書かれてあるので問題はない。後は病院側が彼女たちのケアも務めてくれるだろう。と彼はそう心の中で頷き切り替えることにした。
「あー、もう夕方か」
無事にギルドへ到着したが、今にも沈みそうにな夕陽を見て、脱力感を覚えながら建物の中に入る。引き渡した後の為、既に変装を解いてギルド内に入った時には元の姿に戻っていた。
「おぉジーク、遅かったな?  もうすぐ夜になるぜ?」
ギルドホールに入って最初に彼を出迎えたのはバイクである。戻ってくるまでずっと飲んでいたのか、依頼を受けた時と同じように酒を飲んで、そのテーブルには空の瓶が大量に転がっている。
「バイク……まさかとは思うが、今日は飲んでるだけか?」
さすがにそれはどうなのかと、ジト目で言う。いよいよ救いようのない中毒者に格上げか、など病人でも見るような目で見るが。
「ハハハハハっ!  んなわけないだろ!」
「だ、だよな」
彼の表情から何を言いたいのか察したか、バイクは笑いながら手を振って否定する。その反応を見て中毒者などと思ったことを、少し反省する彼に満面な笑みを浮かべた。
「ちゃんと飯も食いに行ったし、便所にも行ったぞ!」
「いや仕事しろよ飲んだくれがッ!」
バイクからしたらただ本心を言っているだけだが、ジークからしたら早速反省したことを後悔したくなるレベルだ。苦笑気味に怒鳴り上げているが、果たしてどこまで伝わっているだろうか。
「ン?」
「……」
いや、「なんでこんなに怒ってるんだ?」みたいな顔で、動じた様子を見せず、手に持つ酒ビンを呷るバイクを見ればそんな微かな可能性もないらしい。
(俺は飲まないから分からないが、酒ってのはそんなに人をおかしくする飲み物なのか?)
どうやらバイクとの間には、大きな溝があるらしい。会話の歯車まったく噛み合ってなかった。
「はぁ、もう行くわ」
「ツレねぇなぁ」
これ以上の無駄話は余計に疲れるだけだと、溜息をついてバイクを避けるように受付窓口へと向かう。彼からの冷たい対応のされて軽口で呟くが、とくに不機嫌な顔もせず再びグビグビと酒を飲み出した。
(一体どれだけ飲めば気が済むのか)
その様子を横目で見る中、内心自分も大人になったらああなってしまうのか、と一抹の不安が覚えた。
◇ ◇ ◇ 
バイクを放置して受付窓口の方へ向かうと、受付嬢のキリアに依頼完了の報告を済ませることにした。
「──あっ!  お、……お帰りなさいジークさん」
声をかけられる前に近付く彼に、気付いたキリアが声をかけようとしたが、思わず声を上げて呼びそうになりどもってしまう。思ったよりも早い帰還に驚いてしまったようだ。
(いけない!  ジークさんが無事なのは嬉しいけど、受付嬢としてちゃんとしないと!)
しかし、それも一瞬だけ。すぐに職員としての顔に戻り、自分の席に来た彼に挨拶を済ませる。
(おお〜〜!?  誤魔化してるけど赤くなっている!?  やっぱりああいう子が好みなのかなぁ!?)
(鬱陶しい視線を感じる)
その際、隣の窓口を担当するメルが満面な笑みで見ているのを、横目で確認したが、只の好奇心旺盛な虫だと、無視することにした。
(相変わらずスッゴイ見てるな)
ちなみにジークもメルの視線には気がついていたが、いつもアレな感じな女性だと認識している。バイク同様に放置することにしていた。
「はいキリアさん、依頼完了の証です」 
「拝見します」
そう言うと懐から紐でロール状に巻かれた紙を取り出してキリアに渡す。巻かれた紙を受け取ると、キリアは頷いて中身を確認する為、紐を解いて周囲の人たちの視線に注意しながら見た。
「──っ!」 
しばらくすると書かれた内容に苦い表情で顔を歪める。辛そうにして瞼をゆっくりと閉じると書かれていた内容を脳内で整理する。
『森の道』と『洞窟』での攻防。檻で発見した女性たちについて。破壊した洞窟と全滅させたオークの群れ。……簡単にであるが、大事な箇所はしっかり記入された物であった。
(予想はしてたけど、やっぱり捕まっていたのね)
彼女も女性である為、捕まっていた女性たちのことを思うと、胸が張り裂ける気持ちになる。本来の討伐依頼であれば討伐証明書として、ギルドが指定した倒した魔物の部位を切り取り、ギルドの方で確認してもらうあるが、表向きに彼が受けたのは【二星】の低ランクの依頼となっている。
(本来ならしっかり報告書にまとめて、ギルド全体と街の騎士団に上げるけど……)
いきなりだと目立ってしまうので、まずギルドマスターに直接渡すことにする。その後、彼のことうまく誤魔化した上で報告書を各所に回す。 
「確認しました。依頼完了ですね」
彼女から締め括られたところで、彼も依頼も無事に終わて一安心だと安堵の息を吐いた。
「ハァ〜、やっと終わった」
うう〜〜っと背筋を伸ばして首をコキコキと鳴らす。本人としては思った以上に長引いてしまったので、少しばかり疲労を感じている。ただ疲労に関しては治療に使用した聖魔法が原因だが。
「では、こちらが今回の報酬です」
「ありがとうございます」
用意された白い袋を受け取り中身を確認する。小銭サイズの金貨が一枚。この世界のお金は、全部金貨でまとめられている。手元にある金貨一枚で大体一食分ほどであるのだ。
「確かに」
それを確認してそのまま懐に入れる。これもいつも通りの流れだ。
表向きには【二星】。Eランク程度の報酬を受け取り、裏では【七星】。今回の難易度を考えると【八星】、Aランク以上の報酬は後日。ジークが持っている銀行口座に振り込まれる予定なのだ。
この世界には銀行が存在している。盗賊、盗人などを警戒して銀行は平民、貴族など関係なく割と多くの人が利用している。四つ大陸全土であるが、経営しているのは『中立国』アルタイオンにあるセナリアという街の『世界金融機関』が中心で行われていた。  
当然ジークも銀行口座を持っているが、彼の場合少し特殊。
名義の部分では少しばかり弄っていたりする。
「では、俺はこれで失礼しますね。キリアさん」
そうしてキリアから報酬を受け取り早々に帰ろうとする。用事も終えたのでさっさと寮の部屋に戻って寝たかったのだが。
「あ、待って下さいっ!」
背を向けて出ようとしたところで、背後から呼び止めらてしまう。声と一緒に何かに引っ張られる感覚。
「……?」
何かと振り向くと体を机から前に出して、焦った顔をしたキリアが手を伸ばして、ジークの制服の袖を摘んでいた。
「?  ……あのー?」
「──っ!」
どう対応すればいいのか分からず、困惑した声で彼は言う。
それでようやく何をしているのか、自覚したのか、キリアは自分が伸ばした手と彼の袖と困惑する彼の顔を行ったり来たりして視線を追い。
「……っっ!!」
彼女の顔が爆発した。そう表現出来るほど彼女の顔は真っ赤に染まった。 
「し、失礼しましたっ!」
今度はまったく隠せないほど狼狽するキリア。さらに周囲からビックリしたような顔で見られてしまうと、コホンと咳払い。背筋を伸ばして素早く謝罪したが、内心は顔が熱くなり恥ずかしくて死にそうな気分であった。
「あははは、気にしてないから良いですよ」
「で、ですがっ──」
先ほど自分がしたことを思い出しさらに熱くなる。彼女の脳裏にこびり付いて思考を鈍らせてしまっていたが。 
「良いですってば。……もっと周りを気にしてください」
「え?  ……あ」 
彼女の心情を察してか、ボソリと彼女にだけ聞こえるように伝える。小さい声であったが、彼女にハッキリと伝えて周囲の目に気を配ると。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ」 
そろそろマズイという彼の視線から、強引に沸騰した顔の熱を冷ましたキリア。これも経験から身に付けたものか、その表情はもう『仕事の出来る女』となっていた。
(一瞬で持ち直した。流石受付のプロだ)
あまりの表情の急変化に感心するような呆れるような気持ちになるが、話が進まないので流すことにする。思い出したような先程の彼女反応から何を言いたいか、彼はなんとなくだが察した。
「急に呼び止めて申し訳ありません。二階でギルドマスターがお会いしたいそうです」
「早速ですかあ……」
予想が的中して複雑な気持ちになるが、拒否する訳にもいかない。 ハァーと溜息を吐くとすっかり帰宅気分であった足を強引に戻して、二階に続く階段に向かってノロノロと歩き出した。
◇ ◇ ◇
ギルド内にある二階のフロアに上がる冒険者は殆どいない。さらに言えばギルドマスターがいる部屋で話をする冒険者となると数える程で。
その一人が彼であることは間違いなかった。
(もう既に手遅れなのは分かるけどなぁ)
多少変な噂が出てしまっているが、そこはギルドマスターの権限といったところか、彼が話をするために二階に上がって行っても、今はそれほど気にされていない。最初の頃はキリアと同じかそれ以上に酷かったが、今ではかなりマシになっていた。  
だが、やはり気が重いのには変わりない。とくにさっきのようなアクシデントの後だと。
「とっ、行くか……」
少しばかり鬱な気分になり掛ける思考を振り払い奥に進んでいくと、廊下の一番奥にある両ドアの前に立つ。
──コンコンコンっ
「ジークです。失礼します」
ノックをして言うと返事を待たず、扉を開けて中に入ると。 
「まったくそなたという奴は」
早速と言うべきか、部屋から不満そうな声が聞こえてきた。
「きちんとノックをしたと思えば、こちらの返事に待たずに部屋に入り込むとは。……少しはレディに対するマナーを身につけようとは思わないのか?」
部屋の奥にある机。
そこの肘を掛け椅子に座る女性は、彼に責めるように言ってきたが、残念そうな表情でも口元はニヤリと笑みを浮かべている。その笑みを見れば、おちょくられているのは、彼にも理解できた。
「あれ?  いや済みません。レディ? 何ですかそれは?  どこかに居るんですか?  自分には得体の知れない年齢不詳な魔女しか見えませんが?」
だからお返しとばかりに惚けた顔で言う。反撃として彼女が気にしている年齢の部分を強調したが……それが悪かった。
「捻り潰すぞ小僧め……!!」
「ッ──!?」
残念ながら今の彼女は、少しというかかなりご機嫌が悪かったらしい。受けて立つと言わんばかりの姿勢で、あっさり挑発に乗ると彼の急所を狙ってくる。
「いや、ここはこう呼ぶべきか?」
鋭い眼光だけで思わず彼を身震いさせると、彼にとって禁断の言葉を高々と叫んだ。
「我がギルド最強の冒険者──銀色の魔導師よッ!!!」
「グハッーー!?」
ザクッと胸にデカイ杭が突き刺さった。痛みのあまりその場で崩れ落ちて心が折れてしまう。かなり繊細な部分であるが、女性の方は遠慮なくブスブスと突き刺してきた。
「ほぉ?  どうしたんだシルバー?  世界最強の一角の超越者のそなたが?  そんな情けなく崩れおって?」
弄る気満々な笑みで彼に追い討ちをかけてくる。余程さっきの彼の発言にイラッとしたか、普段ならそこまで弄らない彼の黒歴史を遠慮なく、太い杭でガンガンと崩れる彼の背中に突き刺していく。
「なんだ反撃しないのか《消し去る者》のシルバー?  魔法の頂点に立ち一部から《魔導王》とも呼ばれているんだ。なんなら得意の原初を使っても構わんのだぞ? 異常な数の原初を保有するただ一人の男にして最強の魔法使い──《原初を極め…… 」
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