オリジナルマスター
第0話 その者は戦場を去る。
「ハァ、ハァ……」 
荒れた空。
荒れた大地。
そして荒れた世界。 
「ハァ……」 
きっかけは分からない、何が理由なのかも分からない。
しかし、それでも始まったのだ。
戦争が。
人間同士の血の争い、沢山の命が散る紅き戦場に────1人の少年がいた。 
「ハァ、ハァ」
小さな息遣いがその地に虚しく響き、彼の耳に鈍く届かせる。 
周囲には血の匂いしかなく、逸らそうとしても鼻に擦りつく。
そして彼の目に映るのは、無数の死。
彼が殺した人間たちの残骸が散らばっていた。
「うぷっ───!」  
僅かにも意識しただけで、胸の奥から這い上がるような吐き気がくる。
戦っていた時は吐き気など覚えず切り捨てて来たが、戦いが止んだ途端、抑えていたものが溢れ出てきたようだ。
「ハァーー!  ハァーー!」
それでもなんとか堪え、涙目でもう一度周囲を見渡す。
「これで、終わった……のか?」
一体何人殺してきたのだろうか、彼は無数の死体を見ながらそう思った。
彼がこの戦争に参加したのは約一年前。
ある理由から恩人である師匠や周囲の反対を押し切り戦争に参加した。だが、その選択も今では、本当に正しかったのか、分からなくなっていた。
戦果はあった。
この大戦で彼は英雄とまで呼ばれ慕われた。英雄に相応しい成果を沢山あげて、共に戦う仲間たちの士気を上げる程、この戦いに貢献してきた。  
彼が戦場に降り立ったことで、長きに渡る大戦に終止符を打つことができた。 
これ以上の血を流すこともなく、新たな時代が始まろうとしていた。
それは彼だけでなく誰もが感じていた。
しかし、その反面、彼が失ったものも沢山あった。
戦場で出会い彼と共に戦った仲間たち。自分のことを拾ってくれた師匠たちの想い。
そして自分自身の心。もし仮に相手が戦い慣れた魔物であったのなら、これほど心が痛むことはなかった。
彼は変わってしまった。性根は優しくたとえ相手が盗賊であろうとも、殺すことだけは躊躇してしまっていた彼が、今では多くの敵を、倒すべき人間に、躊躇いもなく大勢殺した。 
自分の心を殺すことで、彼は人を殺すことへの躊躇いを消し去った。
「ハァ、終わったんだ」
そして戦争が終わったことを改めて自覚する。未だに胸の中心で張り裂けるような感覚。血まで吐いてしまいそうな吐き気に苦しむ中。
彼は自分の役目に終わりがきたことをようやく理解した。
そんな彼に。
 
「大丈夫か?  シルバー」
「……ガイさん」 
生者など彼しかいないと思われた戦場に、彼を心配する男の声が響く。その声に反応して顔だけ少し後ろを向くと、彼の視界に大柄の男性が1人いた。
「よぉ」
見た目は三十代ほどで顔付きは、獣をイメージさせる野生ような印象があった。短めの黒い髪が尖っていて目に当たると痛そうだなと、彼は呆然とした顔で呑気に思った。
そして大剣を背中に持ち、革と鉄製の防具を身に付けている。見た目は地味で装飾など一切ないが、その一つ一つには攻守共に高い性能を持つ。使い古されているが、どれも一流の武器であった。
それらを携えた男は近付くと立ち尽くしている彼の顔を見る。
「まだここに居たのか? もう皆撤退済みだぞ?」
「……そうですか」 
呆然としたまま呟く彼にガイという男性は、難しそうな顔をする。 まるで抜け殻のような彼の姿。今までの彼にはなかったその様にガイは目を逸らしたくなった。
しかし、このまま置いていくわけにはいかない。いつの間にか居なくなった彼を心配して、探している者たちも沢山いる。いつまでも放っておくわけにはいかない。
それにこの状態の彼を一人にするのは危険過ぎる。
ガイはそう直感するとさらに近付いて、少しでも励まそうと口を開いた。
「色々と思うことはあると思うが、もう戦争は終わったんだ。───お前のおかげでだ」 
「……」
───お前のおかげ。
その言葉を聞いた瞬間、彼は呆然とした顔で殺していった者たちの残骸を見渡す。
「……」
脳裏の中でその者たちの最期を、走馬灯のように思い返しながら。
(違う。違うんだ、俺は……)
自身の感情のすべてが黒く塗り潰されていくようだ。血で染まった筈の手も黒くなっていくような錯覚に襲われ、いよいよ心身がおかしくなり始めていた。
「これから王都に向かうぞ。お前もすぐに「お断りします」──は?」
ガイの言葉を遮り、彼はポツリと呟いた。
「オレはこのまま帰る。あとは好きにしてください」 
彼の思わぬ発言に対し、ガイは目を見開き驚きの声を上げた。
「はぁぁぁぁぁ!? おまえっ、なに言ってんだ!?  王都の集まりに英雄がいないでどうすんだ!?  それにお前はSSランク《超越者》なんだぞ!?  冒険者最強の一人でもあるお前が居ないんじゃ盛り上がらねぇよ!」   
「……」
しかし彼は、そんなガイの言葉を無視して背を向けて歩いていく。弱々しい足取りで力はないが、確実にガイから離れて行く。
「っ」
そうして歩みを止めない彼を見て、説得は無理だとガイは一旦諦めると、力ずくで引き止めようとしたが。
───思ったところで、体が動かないことに気付き愕然とした。
  
「───『捕縛』!?  いつの間に!」 
薄っすらと視える透明な鎖。ガイの動きを封じている物だ。
体に巻き付いて動きを封じる魔法。
驚きつつもガイは拘束魔法の『捕縛』だと予想した。
しかし、律儀にも違うと首を振って、掛けた本人が答えを口にする。
「違う。それは『行動禁止』」   
「───ッ、それは固有名……オリジナルか!」 
オリジナル。
それは固有魔法のこと意味する。   
公開された魔法のすべての始まり、原点の象徴。『原初魔法』とも呼ばれた魔法だ。
この世界には様々な魔法が存在している。
術式が公開されて適性ある者なら扱える。それらのことを基本魔法、または通常魔法とも呼んでいる。他のにも種類はあるが、基本は適性があれば誰でも使用ができる。
オリジナルはそれらとは全く別種の物。
理解が追いつかない過去と現在でも生まれる奇跡の魔法。
既に発見され知られている魔法以外の物。謎に包まれた魔法。
大昔に作られ秘密にされ続けた魔法や、現代でも偶然生み出された中で稀に存在している。
そしてオリジナルを持つのは、魔法界で有名な名家、大昔から存在する一族などであるが、どの一族にしてもオリジナルに関しては、完全に門外不出として扱われている。使い手以外ではこの技術を入手できず可能なのは後継者しか居なかった。 
彼が使用しているのは、そんな秘匿魔法である。彼はそんな魔法を異常なことに数多く所持しており、この程度の魔法くらいなら幾らでも持っていた。世界でたった一人、無数の『原初』を所持していた。
もっともそれらをお目に掛かれる機会は仮にあったとしても、簡単に盗めるほどオリジナルという魔法は甘くはない。現在縛られているガイも接触によって、このオリジナルを解析し解こうとするが、何度も失敗してしまう。理解が追いつかない複雑な術式が組み込まれて、解析が追い付かないのだ。
オリジナルを自力で解析して解くのは不可能だった。
「……」
「っ!  お、オイっ!」
そして動けずにいる彼を置いて、少年は再び歩き出す。
それを見たガイは焦り出して、自慢の筋力で脱出しようとするが、どうしても振り解けない。どれだけ足掻いても彼では、少年の拘束を解くことは不可能なのだ。 
「ま、待てよっ!  本当に消えるのか!?   陛下が待ってんだぞ!  それに───」
姫様も、そう口にしようとしたガイであったが。
  
「ガイ───あとはお願いします」 
顔だけ振り向き辛そうな顔で言い残した彼はその場から────忽然と姿を消した。
この戦争で世界に広まったのはとある冒険者の話だ。
長きに渡る戦争は彼が参加することで、僅か一年余りで終結を迎えた。
その過程で彼には多くの異名が付けられたが、中でも広まった名が三つある。
その者を噂程度で知り注目する者は彼を《消し去る者》と。
彼を知り、話したことがある仲間からは、冒険者ギルドに登録してある名の《シルバー・アイズ》。
そして最後に。
卓越した魔法を扱う彼であったが、一番周囲を驚愕させ恐怖させたのは、彼が所有するオリジナル魔法の数だった。
見たこともない魔法の数々。それは敵は疎か味方からも恐れられることになり、底のないオリジナルの数々から彼のことをこう呼ぶ者が現れた。───全ての原初の使い手《オリジナルマスター》と。 
普段はローブを羽織り顔は隠れていたが、声や体格からして子供であることは分かっていた。  だが、そのチカラは強大で使用される魔法も、それまでの常識を超えるものだった。
そして、当時彼が所属していたギルドマスターのガイと、三名の各地のギルドマスターとの協議によって決定する。
  
これまで世界に三人しかいなかった超越者 《SSランク》の冒険者────その四人目の誕生だ。
結果、彼が立つ戦場はさらに増えることになり、彼が狩り取っていく命もさらに増えたのは言うまでもなかった。
しかし戦争終結後、彼は忽然と姿を消して一度も公の場に出ることはなかった。
そうして時は自然と流れていった。
◇ ◇ ◇ 
それから四年の月日が流れ、物語はとある魔法学園から始まる。
学園の内にある中庭。
複数ある木のうちの一本。その木の木陰で人影があった。  
「見て、アレよ」
「うわー!  まだ学園に居たんだ……!」  
学生服を着た女子学生たちがヒソヒソ声で指を指し呟いて、彼女達が指差す先には、一人の男子学生が寝ている。木を背にして呑気に眠っているが、それを見つけた女子生徒たちの目は次第に嫌そうな目へと変わっていく。非難するような、蔑むような視線で。
それは彼女達だけではない。通りかかった他の学生達もまた彼を見つけると、同じような蔑むような視線を送っている。ほぼすべての生徒から彼は敵意のある目を向けられていた。
「かぁ〜〜〜」
だが、遠慮のないそれらの視線を浴びても彼は一切反応をしない。いびきをかき黒髪を掻く。顔はイケメンともブサメンとも捉えにくい普通の顔立ち。背丈も男子として平均身長で体格も普通。目立った特徴もなく、特に性格が悪そうなイメージも見えない呑気で地味な男子。
しかし、そんな彼を冷たく見る目は止まらない。寧ろ増しており呑気に眠る彼を睨む者すら出て来た。
だが、それもその筈、なぜなら彼はこの学園で一番の嫌われ者。
それは何故なのかは、また語ることになるが、そこでようやく彼が目を覚ました。
「っ、あぁ〜〜よく寝た」
大きく口を開け欠伸をする男子生徒。ふと中庭に設置された時計台の時間をぼんやりとした目で見ると、次にあちゃーと顔になって思わず手を当てた。
「あー、寝坊した。やばいな」
そう欠伸混じりに呟くとのろのろと立ち上がる。未だに冷たい視線に晒されている状態だが、平然とした顔で歩き出すと校舎の中へ入っていく。
「急がないとまた補習が増えそうだ」
彼の名はジーク・スカルス。  
現在はウルキア魔法学校の高等部二年。
学園では厄介者・最低男・問題児などと不名誉な呼ばれ方をされている。
学園随一の嫌われ者である。
「はぁ、嫌だなぁ」
しかし、そんな彼には秘密がある。
隠さなければならない秘密。
世界を震撼させる衝撃の秘密が彼にはあった。
荒れた空。
荒れた大地。
そして荒れた世界。 
「ハァ……」 
きっかけは分からない、何が理由なのかも分からない。
しかし、それでも始まったのだ。
戦争が。
人間同士の血の争い、沢山の命が散る紅き戦場に────1人の少年がいた。 
「ハァ、ハァ」
小さな息遣いがその地に虚しく響き、彼の耳に鈍く届かせる。 
周囲には血の匂いしかなく、逸らそうとしても鼻に擦りつく。
そして彼の目に映るのは、無数の死。
彼が殺した人間たちの残骸が散らばっていた。
「うぷっ───!」  
僅かにも意識しただけで、胸の奥から這い上がるような吐き気がくる。
戦っていた時は吐き気など覚えず切り捨てて来たが、戦いが止んだ途端、抑えていたものが溢れ出てきたようだ。
「ハァーー!  ハァーー!」
それでもなんとか堪え、涙目でもう一度周囲を見渡す。
「これで、終わった……のか?」
一体何人殺してきたのだろうか、彼は無数の死体を見ながらそう思った。
彼がこの戦争に参加したのは約一年前。
ある理由から恩人である師匠や周囲の反対を押し切り戦争に参加した。だが、その選択も今では、本当に正しかったのか、分からなくなっていた。
戦果はあった。
この大戦で彼は英雄とまで呼ばれ慕われた。英雄に相応しい成果を沢山あげて、共に戦う仲間たちの士気を上げる程、この戦いに貢献してきた。  
彼が戦場に降り立ったことで、長きに渡る大戦に終止符を打つことができた。 
これ以上の血を流すこともなく、新たな時代が始まろうとしていた。
それは彼だけでなく誰もが感じていた。
しかし、その反面、彼が失ったものも沢山あった。
戦場で出会い彼と共に戦った仲間たち。自分のことを拾ってくれた師匠たちの想い。
そして自分自身の心。もし仮に相手が戦い慣れた魔物であったのなら、これほど心が痛むことはなかった。
彼は変わってしまった。性根は優しくたとえ相手が盗賊であろうとも、殺すことだけは躊躇してしまっていた彼が、今では多くの敵を、倒すべき人間に、躊躇いもなく大勢殺した。 
自分の心を殺すことで、彼は人を殺すことへの躊躇いを消し去った。
「ハァ、終わったんだ」
そして戦争が終わったことを改めて自覚する。未だに胸の中心で張り裂けるような感覚。血まで吐いてしまいそうな吐き気に苦しむ中。
彼は自分の役目に終わりがきたことをようやく理解した。
そんな彼に。
 
「大丈夫か?  シルバー」
「……ガイさん」 
生者など彼しかいないと思われた戦場に、彼を心配する男の声が響く。その声に反応して顔だけ少し後ろを向くと、彼の視界に大柄の男性が1人いた。
「よぉ」
見た目は三十代ほどで顔付きは、獣をイメージさせる野生ような印象があった。短めの黒い髪が尖っていて目に当たると痛そうだなと、彼は呆然とした顔で呑気に思った。
そして大剣を背中に持ち、革と鉄製の防具を身に付けている。見た目は地味で装飾など一切ないが、その一つ一つには攻守共に高い性能を持つ。使い古されているが、どれも一流の武器であった。
それらを携えた男は近付くと立ち尽くしている彼の顔を見る。
「まだここに居たのか? もう皆撤退済みだぞ?」
「……そうですか」 
呆然としたまま呟く彼にガイという男性は、難しそうな顔をする。 まるで抜け殻のような彼の姿。今までの彼にはなかったその様にガイは目を逸らしたくなった。
しかし、このまま置いていくわけにはいかない。いつの間にか居なくなった彼を心配して、探している者たちも沢山いる。いつまでも放っておくわけにはいかない。
それにこの状態の彼を一人にするのは危険過ぎる。
ガイはそう直感するとさらに近付いて、少しでも励まそうと口を開いた。
「色々と思うことはあると思うが、もう戦争は終わったんだ。───お前のおかげでだ」 
「……」
───お前のおかげ。
その言葉を聞いた瞬間、彼は呆然とした顔で殺していった者たちの残骸を見渡す。
「……」
脳裏の中でその者たちの最期を、走馬灯のように思い返しながら。
(違う。違うんだ、俺は……)
自身の感情のすべてが黒く塗り潰されていくようだ。血で染まった筈の手も黒くなっていくような錯覚に襲われ、いよいよ心身がおかしくなり始めていた。
「これから王都に向かうぞ。お前もすぐに「お断りします」──は?」
ガイの言葉を遮り、彼はポツリと呟いた。
「オレはこのまま帰る。あとは好きにしてください」 
彼の思わぬ発言に対し、ガイは目を見開き驚きの声を上げた。
「はぁぁぁぁぁ!? おまえっ、なに言ってんだ!?  王都の集まりに英雄がいないでどうすんだ!?  それにお前はSSランク《超越者》なんだぞ!?  冒険者最強の一人でもあるお前が居ないんじゃ盛り上がらねぇよ!」   
「……」
しかし彼は、そんなガイの言葉を無視して背を向けて歩いていく。弱々しい足取りで力はないが、確実にガイから離れて行く。
「っ」
そうして歩みを止めない彼を見て、説得は無理だとガイは一旦諦めると、力ずくで引き止めようとしたが。
───思ったところで、体が動かないことに気付き愕然とした。
  
「───『捕縛』!?  いつの間に!」 
薄っすらと視える透明な鎖。ガイの動きを封じている物だ。
体に巻き付いて動きを封じる魔法。
驚きつつもガイは拘束魔法の『捕縛』だと予想した。
しかし、律儀にも違うと首を振って、掛けた本人が答えを口にする。
「違う。それは『行動禁止』」   
「───ッ、それは固有名……オリジナルか!」 
オリジナル。
それは固有魔法のこと意味する。   
公開された魔法のすべての始まり、原点の象徴。『原初魔法』とも呼ばれた魔法だ。
この世界には様々な魔法が存在している。
術式が公開されて適性ある者なら扱える。それらのことを基本魔法、または通常魔法とも呼んでいる。他のにも種類はあるが、基本は適性があれば誰でも使用ができる。
オリジナルはそれらとは全く別種の物。
理解が追いつかない過去と現在でも生まれる奇跡の魔法。
既に発見され知られている魔法以外の物。謎に包まれた魔法。
大昔に作られ秘密にされ続けた魔法や、現代でも偶然生み出された中で稀に存在している。
そしてオリジナルを持つのは、魔法界で有名な名家、大昔から存在する一族などであるが、どの一族にしてもオリジナルに関しては、完全に門外不出として扱われている。使い手以外ではこの技術を入手できず可能なのは後継者しか居なかった。 
彼が使用しているのは、そんな秘匿魔法である。彼はそんな魔法を異常なことに数多く所持しており、この程度の魔法くらいなら幾らでも持っていた。世界でたった一人、無数の『原初』を所持していた。
もっともそれらをお目に掛かれる機会は仮にあったとしても、簡単に盗めるほどオリジナルという魔法は甘くはない。現在縛られているガイも接触によって、このオリジナルを解析し解こうとするが、何度も失敗してしまう。理解が追いつかない複雑な術式が組み込まれて、解析が追い付かないのだ。
オリジナルを自力で解析して解くのは不可能だった。
「……」
「っ!  お、オイっ!」
そして動けずにいる彼を置いて、少年は再び歩き出す。
それを見たガイは焦り出して、自慢の筋力で脱出しようとするが、どうしても振り解けない。どれだけ足掻いても彼では、少年の拘束を解くことは不可能なのだ。 
「ま、待てよっ!  本当に消えるのか!?   陛下が待ってんだぞ!  それに───」
姫様も、そう口にしようとしたガイであったが。
  
「ガイ───あとはお願いします」 
顔だけ振り向き辛そうな顔で言い残した彼はその場から────忽然と姿を消した。
この戦争で世界に広まったのはとある冒険者の話だ。
長きに渡る戦争は彼が参加することで、僅か一年余りで終結を迎えた。
その過程で彼には多くの異名が付けられたが、中でも広まった名が三つある。
その者を噂程度で知り注目する者は彼を《消し去る者》と。
彼を知り、話したことがある仲間からは、冒険者ギルドに登録してある名の《シルバー・アイズ》。
そして最後に。
卓越した魔法を扱う彼であったが、一番周囲を驚愕させ恐怖させたのは、彼が所有するオリジナル魔法の数だった。
見たこともない魔法の数々。それは敵は疎か味方からも恐れられることになり、底のないオリジナルの数々から彼のことをこう呼ぶ者が現れた。───全ての原初の使い手《オリジナルマスター》と。 
普段はローブを羽織り顔は隠れていたが、声や体格からして子供であることは分かっていた。  だが、そのチカラは強大で使用される魔法も、それまでの常識を超えるものだった。
そして、当時彼が所属していたギルドマスターのガイと、三名の各地のギルドマスターとの協議によって決定する。
  
これまで世界に三人しかいなかった超越者 《SSランク》の冒険者────その四人目の誕生だ。
結果、彼が立つ戦場はさらに増えることになり、彼が狩り取っていく命もさらに増えたのは言うまでもなかった。
しかし戦争終結後、彼は忽然と姿を消して一度も公の場に出ることはなかった。
そうして時は自然と流れていった。
◇ ◇ ◇ 
それから四年の月日が流れ、物語はとある魔法学園から始まる。
学園の内にある中庭。
複数ある木のうちの一本。その木の木陰で人影があった。  
「見て、アレよ」
「うわー!  まだ学園に居たんだ……!」  
学生服を着た女子学生たちがヒソヒソ声で指を指し呟いて、彼女達が指差す先には、一人の男子学生が寝ている。木を背にして呑気に眠っているが、それを見つけた女子生徒たちの目は次第に嫌そうな目へと変わっていく。非難するような、蔑むような視線で。
それは彼女達だけではない。通りかかった他の学生達もまた彼を見つけると、同じような蔑むような視線を送っている。ほぼすべての生徒から彼は敵意のある目を向けられていた。
「かぁ〜〜〜」
だが、遠慮のないそれらの視線を浴びても彼は一切反応をしない。いびきをかき黒髪を掻く。顔はイケメンともブサメンとも捉えにくい普通の顔立ち。背丈も男子として平均身長で体格も普通。目立った特徴もなく、特に性格が悪そうなイメージも見えない呑気で地味な男子。
しかし、そんな彼を冷たく見る目は止まらない。寧ろ増しており呑気に眠る彼を睨む者すら出て来た。
だが、それもその筈、なぜなら彼はこの学園で一番の嫌われ者。
それは何故なのかは、また語ることになるが、そこでようやく彼が目を覚ました。
「っ、あぁ〜〜よく寝た」
大きく口を開け欠伸をする男子生徒。ふと中庭に設置された時計台の時間をぼんやりとした目で見ると、次にあちゃーと顔になって思わず手を当てた。
「あー、寝坊した。やばいな」
そう欠伸混じりに呟くとのろのろと立ち上がる。未だに冷たい視線に晒されている状態だが、平然とした顔で歩き出すと校舎の中へ入っていく。
「急がないとまた補習が増えそうだ」
彼の名はジーク・スカルス。  
現在はウルキア魔法学校の高等部二年。
学園では厄介者・最低男・問題児などと不名誉な呼ばれ方をされている。
学園随一の嫌われ者である。
「はぁ、嫌だなぁ」
しかし、そんな彼には秘密がある。
隠さなければならない秘密。
世界を震撼させる衝撃の秘密が彼にはあった。
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