オリジナルマスター
第1話 補習嫌い。
大戦から四年の月日が流れた。
この世界には四つの大陸が存在しており。
北の『帝国』ネフリタス。
南の『妖精国』 イシュリザク。 
東の『中立国』アルタイオン。  
西の『聖国』エリューシオン。   
それぞれの大陸に四つの国も存在していた。
そしてその内の一つ。西の『聖国』エリューシオンにあるウルキアという街。
その街にある魔法学園で。
「ふぁあ〜〜」
呑気に欠伸をする学生が一人。
今年から二年生となった学生ジーク・スカルスだ。
春の季節で新学期が始まったばかりだが、彼は一人教室で椅子に座っている。ノートを開いてペンを持ち勉強姿勢ではあるが、眠たそうに欠伸が止まらず。
「ん……zz」
次第に目を閉じてしまい、とくに抵抗もなく眠ってしまう。余程眠たいのかペンを持ったまま姿勢を崩さず、静かに目だけを閉じていたが。
「寝るな!」
そんな眠りを妨げるように、側にいた者から拳が振り下ろされた。
 
「っん!?」
ゴン!  と鈍い音がしたと思えば、彼の頭部に痛みが走る。 衝撃で上体が大きく倒れて、額は前のめりに机の上にぶつけてしまった。
「うう……」
「起きんかバカもん!  もっとシャキッとできんのか!?」
二度の衝撃で脳が揺れて呻くジーク。が、そんな彼の状態などお構いなしに拳を振り下ろした者は、憤慨した様子で口を開いた。
「誰の為の補習だと思っとるんじゃ!  姿勢だけは真面目な振りをしおって!」
拳を握りしめながらガミガミと説教をする男性。 怒りが収まらないか、顔を真っ赤にして忿怒に歪めていた。
「ん?」 
そこで寝惚けていた目が覚めたジーク。彼の視界には眩い頭をしてサングラスを付けた老人がいる。もちろん知っている人物ではあるが、彼の知っている人物よりも……やや血の気が多く額に青筋を多いようにも見えた。いや、見えたというか、睨まれているので嫌でも視界に入るのだが。 
「あ、ああ……すみませんでした。ハ……、……ガーデニアン先生」 
「言い直さんかったか?  随分と長い間の前、何処を見て、別の名を呼ぼうとしなかったか?」
サングラス越しで瞳がギロッと尖っていた。ニヤリとした笑みを浮かべていたが、より一層増した顔面青筋状態にジークはタラタラと顔から汗を流して。
そーと視線を右へ左へ。惚けたような笑みで誤魔化そうと……。
「誰がハゲじゃバカもんがァー!」   
「まだ何も言ってないのに!?  ──グハッ!?」
怒り制裁。鉄拳の拳骨が返ってくる。再び鈍い音がジークの頭部から響いて、頭がクラクラと揺れる。増した痛みに呻いてうつ伏せてしまう。 
「ううっ、いきなり叩かないで下さいよ。ああ、目が回る……」 
クラクラする頭を押さえながら文句を言うジーク。だが、顔を上げるとグラサン教師ことガーデニアンは、呆れた表情で呻く彼を見下ろしていた。
「そのセリフはもう少し痛そうな顔をしてから言うんじゃな。そんな口端から笑みを溢して。この状況で浮かべる顔か馬鹿者め」 
「いや、普通に十分痛いんですよ、衝撃で机がヒビ入ってますよ?」  
溜息を吐く教師に不満そうに異議を述べるジーク。笑ってしまったのは反射的なものであるが、どうやらこのタイミングでは不正解だったようだ。余計な笑みを浮かべず、普通に痛いので痛そうな顔をすべきだったと反省するが、男性の説教はまだ終わりそうになかった。
「補習授業を遅刻したくせにその態度はなんじゃ?  野蛮な盗賊でももう少し利口じゃぞ」
「遅刻したのは悪かったと思ってますが、たとえでも盗賊と自分の生徒を比べるのはどうかと思いますが」
「似たようなものじゃろ?  悪知恵を働かせて真面目さが欠落しておるんだからな」
「わー、酷い言われようだー」
言い方に納得できず、棒読み口調で不満そうにするジーク。が、その反面、教師の態度も確かに仕方のないことだと、口にはしないが思うのだった。
現在は補習の授業中であるが、それは彼だけの補習の授業。
彼らが居るのは学園内の一室。簡単に言うと補習部屋だ。
この学園の生徒であるジークは、魔法理論、魔法式などの魔法使いとしての魔法基礎の授業をサボっていた。その為、只今その担当であった先生。クロイッツ・ガーデニアンとマンツーマンで補習授業を受けている。
要するにお情けの個人授業のようなものだ。
ただ、見ての通りとうのジークには、補習に対してやる気の欠けらすら存在しなかった。
「大体寝過ぎなんだぬしは。普段しっかりと睡眠を取っておるのか」
「どうも今日は大変気持ちの良い天気だったので、昼寝にはもってこいでつい。先生も今度どうですか?  日光を浴びながらの昼寝も気持ちが良いですよ?」 
「生憎、夜に寝ている分だけで足りておる」
それはいわゆるお年寄り特有のアレでは、と言いそうになったが、向けられた拳を見えて寸前で押し黙る。
それを見てガーデニアンも上げかけた拳をおさめる。自分に対する不届きな悪意に敏感なのか、分かっているぞ言わんばかりの視線で彼を睨み付けた。
(ふぅ危ない危ない。……にしても困ったなぁ)
鉄拳回避に成功はしたが、内心はどうしたものかと悩んでいる。魔法学園に在籍する以上避けられない基礎科目。実際、彼を除いた全学年。初等部を含めて基礎科目を受けず進級してきたのは、彼を除いて他にいない。
(入学した際はそこまで意識してなかったが、まさかここまで尾を引くことになるとはな)
その為この補習部屋には、ガーデニアンと彼以外は誰もいない。完全なマンツーマンな指導のもと行われるが、本人したら本当に困った対応のされ方だった。
「少し真面目に受けようとせんのか?」   
「補習は苦手なんですよ。基礎科目もどうも肌に合わなくて」
ガクリと肩を落とす教師に心苦しく思いながらも、ジークは苦笑いで答える。その様子に眉間のシワが濃くなるガーデニアンを見て余計に悪くなったかと思うが。
(基礎はどうしようもない。俺のようなタイプじゃ相性最悪なんだ)
不真面目な態度を崩さない。自分の為に怒ってくれる目の前の教師には申し訳ないが、こちらには人前で出来ないことが多過ぎるのだ。
「ハァ、全く、そんなんじゃから───」
「学園の厄介者?  それとも問題児ですか?」
教師の台詞に被さるように割り込む。敢えて期待に満ちた目で彼は教師に尋ねるが、それほど複雑な思惑はない。いっそのこと不満を爆発させて、目の前の教師からも見離された方が彼にとっても楽な選択。いや、救いだった。
(まだ一年しか経ってないが、もうこんなんだしな)
罵倒されるのも慣れていた。存在を否定されるような扱いも。若干疲れた様子ではあるが、それを彼が自覚しているかは不明だ。
さっさと済ましてこの場から去りたいことしか頭になかった。
ところが。
「両方じゃバカタレ。……ハァ〜、いいから続けるぞ」
   
「え」
いろんな可能性を予想していた彼に反して、ガーデニアンは前と変わらず、ただ呆れ果てた様子でいつもの悪態を吐くだけに終わる。最後には深い溜息を零したが、結局彼の予想とは異なりまだまだ付き合うといった様子で、呆然とする彼を他所に持っている教科書に目を向けた。
カーン〜! 
カーン〜!
が、そこで校舎全体に鐘の音が鳴り響く。
それは授業の終わりを知らせる鐘の音。今のおそらく下校時間の知らせであろうが、それが鳴った瞬間、ジークの動きはノロノロからサッと変化した。
「あ、下校時間ですね!  それじゃ先生お疲れさまでしたぁー!」
「まぁ、待つんじゃスカルスよ」
無駄のない動きで教科書やノートを鞄に入れて、迅速に教室を出ようとしたが、そこで待ったを掛けられてしまった。
「ちょっと、なんでですか!?」
「いや、なんでですかって、ぬしなぁ」
心底不満そうに口にする彼に、ガーデニアンは呆れた表情で告げる。
「補習授業と鐘の音は関係ない。それにぬしは寮生じゃろう?  下校時間といってもまだ全然余裕があるじゃろうが」
「くっ!  なんて強引な!」
「だったらもっと真面目に受けい」
ちょんちょんと机を指すガーデニアン。口にはされてないが、さっさと席に戻れと告げらて追い込まれるジーク。どう切り抜けるか考えるが、有無言わせないガーデニアンの眼差しに弱ってしまう。
(はぁ、さすがにこのままじゃ無理かぁ)
悩んだ末、とうとう折れるようにして彼は口を開いた。
「すみません。正直に言いますが、実はこの後予定があるんです」 
「補習日に予定を加えるな馬鹿者め。────依頼か?」
「えぇ、まぁ……」 
悪態を吐きつつも気付いたガーデニアンが言うと頷くジーク。
依頼とは、冒険者ギルドで行われている仕事のことだ。彼は冒険者ギルドに所属している。というか、学園のほとんど生徒が冒険者となっていた。
学園に入学する為には受験による筆記試験と実技以外にも、幾つか条件を満たすと入学が可能でさらに学費が一部免除になる制度が含まれている。
そのうちの一つに、『冒険者ギルドに登録している者は学費が二割安くなる。さらにその分の試験が免除となる。』というのがあるのだ。
この条件の場合は、筆記試験が全然なダメな人が得だ。幼少期から教育を受けている貴族の生徒などは、それほどこの制度を利用している者はいないが、逆に平民の大半は筆記が得意な者が少なく、この制度を頼っていることが多い。ちなみに彼もこの制度を利用して入学試験を楽していた。
(ま、依頼自体もそんなに受けないけどな。目立つと面倒だし)
そうしてジークが冒険者の仕事依頼を今日にしたのは、補習授業からの脱出を狙ったからだ。もちろん依頼を受ける以上しっかり行うつもりであるが。
「間違いなく狙ったのぉ。まったく……」
当然ガーデニアンもそんな思惑も手に取るようにお見通しであった。学生なのだから勉学を優先しなくていいのかと言いたくもなるが、本当に依頼を受けているのならこれ以上粘っても無駄か、と苦笑混じりに思いながらまた深い溜息を吐いた。
「はぁ〜!  仕方ないのぉ!  さっさと行ってこい」
「──!   では、失礼します!」
了解を得て素早く鞄を持つとガーデニアンに向けてお辞儀。もう表情が「終わりました!  帰ります!」といった笑顔となって、ガーデニアンに向けて敬礼をしていた。
そんな様子にガーデニアンは苦笑いするしかなかった。
「本当に仕方ない小僧じゃ。今日だけじゃぞ?」
「ありがとうございます。ガーデニアン先生!」
「はぁ、本当に良い性格しとるのぉーぬしは!」
何だがいつもこんな感じな気が、とブツブツ呟くガーデニアンを置いて、さっさと教室を出ようとするが。
「──のう、スカルス。ワシはグラサンでも人を視る眼はある」
「?」 
去り際になって神妙な面持ちのガーデニアンが自身のグラサンを指して言う。 グラサンは関係ない気がするが、とジークは思ったが、なんだか普段と違う雰囲気に余計な口が開かなかった。
「ぬしが何故そこまで実力をひた隠しにしてるか、ワシは知らん。学園をサボりまくる理由もじゃが。それでも、ぬしの……その内なる真価を隠すのは、到底不可能じゃぞ?」 
とガーデニアンは言うが、実は彼だけではない。
この学園に居る数少ない実力者たち。そして街に居る高ランクの冒険者たちも。彼の実力については、まったくと言っていいほど評価は出来ないが、注目をしていた。 
学園での彼の順位は、下から数えるのが早い。
登録している冒険者ランクも下から三番目のFランク──《初心者》だ。 
冒険者、そして学生としても低ランクであることから、その力量は表向きにはハッキリとしているが、そんな彼に対して周囲、いや、その中でも強者からは、少なからず一目置かれていた。
底がまったく測れない彼の深い身の奥を知りたいと思いながらも、意味も分からず足を竦ませて誰も近付くことが出来なかった。
だが、当の本人であるジークは。 
「んー?  実力とか真価とか言われても意味がよく分かんないですね。それに隠すもなにもこれが自分なんで、それ以上なんてありませんって」
と、惚けるだけで、ガーデニアンの話にまったく合わせようとしなかった。
これは拒絶だ。
遠回しにではるが、これ以上は踏み込んでくるな。こちらに関わってくるな。と惚けた目で語っていた。苦笑顔ではあるが、目が全然笑っていないのをガーデニアンは気づいた。
「ぬしがそれで良いのならそれで良いがのぉ」    
そんな彼の視線を受けて、ガーデニアンもこの辺りで止した方がいいと踏み止まる。別に殺気を当てられた訳でもない。これは長年の経験による危機察知能力のおかげだ。
踏み込んではいけない領域というものを、この教師はしっかりと把握していた。
  
「では、お疲れ様した」
「うむ、今度は必ず補習はするぞ?」
「…………?」
ようやく終わりだと思った矢先。去り際にしっかりと告げる教師を見て、ジークはしつこいなぁ、といった顰めた面をするが、次の瞬間には、これまでにない一番の惚けた顔で首を傾げると、全然聞こえないような様をして返事すらせず、スキップ気味に今度こそ教室を出て行ったのだ。
「……」
廊下から聴こえる足音が遠ざかる中、やれやれとガーデニアンは呟く。肩を凝った様子でポンポンと肩を肩を叩きながら、去っていた彼の机を小突く。
「まったくっ、せっかちな奴だわ」 
そうして溜息を吐きながら、教材を片付けに掛かるのであった。
この世界には四つの大陸が存在しており。
北の『帝国』ネフリタス。
南の『妖精国』 イシュリザク。 
東の『中立国』アルタイオン。  
西の『聖国』エリューシオン。   
それぞれの大陸に四つの国も存在していた。
そしてその内の一つ。西の『聖国』エリューシオンにあるウルキアという街。
その街にある魔法学園で。
「ふぁあ〜〜」
呑気に欠伸をする学生が一人。
今年から二年生となった学生ジーク・スカルスだ。
春の季節で新学期が始まったばかりだが、彼は一人教室で椅子に座っている。ノートを開いてペンを持ち勉強姿勢ではあるが、眠たそうに欠伸が止まらず。
「ん……zz」
次第に目を閉じてしまい、とくに抵抗もなく眠ってしまう。余程眠たいのかペンを持ったまま姿勢を崩さず、静かに目だけを閉じていたが。
「寝るな!」
そんな眠りを妨げるように、側にいた者から拳が振り下ろされた。
 
「っん!?」
ゴン!  と鈍い音がしたと思えば、彼の頭部に痛みが走る。 衝撃で上体が大きく倒れて、額は前のめりに机の上にぶつけてしまった。
「うう……」
「起きんかバカもん!  もっとシャキッとできんのか!?」
二度の衝撃で脳が揺れて呻くジーク。が、そんな彼の状態などお構いなしに拳を振り下ろした者は、憤慨した様子で口を開いた。
「誰の為の補習だと思っとるんじゃ!  姿勢だけは真面目な振りをしおって!」
拳を握りしめながらガミガミと説教をする男性。 怒りが収まらないか、顔を真っ赤にして忿怒に歪めていた。
「ん?」 
そこで寝惚けていた目が覚めたジーク。彼の視界には眩い頭をしてサングラスを付けた老人がいる。もちろん知っている人物ではあるが、彼の知っている人物よりも……やや血の気が多く額に青筋を多いようにも見えた。いや、見えたというか、睨まれているので嫌でも視界に入るのだが。 
「あ、ああ……すみませんでした。ハ……、……ガーデニアン先生」 
「言い直さんかったか?  随分と長い間の前、何処を見て、別の名を呼ぼうとしなかったか?」
サングラス越しで瞳がギロッと尖っていた。ニヤリとした笑みを浮かべていたが、より一層増した顔面青筋状態にジークはタラタラと顔から汗を流して。
そーと視線を右へ左へ。惚けたような笑みで誤魔化そうと……。
「誰がハゲじゃバカもんがァー!」   
「まだ何も言ってないのに!?  ──グハッ!?」
怒り制裁。鉄拳の拳骨が返ってくる。再び鈍い音がジークの頭部から響いて、頭がクラクラと揺れる。増した痛みに呻いてうつ伏せてしまう。 
「ううっ、いきなり叩かないで下さいよ。ああ、目が回る……」 
クラクラする頭を押さえながら文句を言うジーク。だが、顔を上げるとグラサン教師ことガーデニアンは、呆れた表情で呻く彼を見下ろしていた。
「そのセリフはもう少し痛そうな顔をしてから言うんじゃな。そんな口端から笑みを溢して。この状況で浮かべる顔か馬鹿者め」 
「いや、普通に十分痛いんですよ、衝撃で机がヒビ入ってますよ?」  
溜息を吐く教師に不満そうに異議を述べるジーク。笑ってしまったのは反射的なものであるが、どうやらこのタイミングでは不正解だったようだ。余計な笑みを浮かべず、普通に痛いので痛そうな顔をすべきだったと反省するが、男性の説教はまだ終わりそうになかった。
「補習授業を遅刻したくせにその態度はなんじゃ?  野蛮な盗賊でももう少し利口じゃぞ」
「遅刻したのは悪かったと思ってますが、たとえでも盗賊と自分の生徒を比べるのはどうかと思いますが」
「似たようなものじゃろ?  悪知恵を働かせて真面目さが欠落しておるんだからな」
「わー、酷い言われようだー」
言い方に納得できず、棒読み口調で不満そうにするジーク。が、その反面、教師の態度も確かに仕方のないことだと、口にはしないが思うのだった。
現在は補習の授業中であるが、それは彼だけの補習の授業。
彼らが居るのは学園内の一室。簡単に言うと補習部屋だ。
この学園の生徒であるジークは、魔法理論、魔法式などの魔法使いとしての魔法基礎の授業をサボっていた。その為、只今その担当であった先生。クロイッツ・ガーデニアンとマンツーマンで補習授業を受けている。
要するにお情けの個人授業のようなものだ。
ただ、見ての通りとうのジークには、補習に対してやる気の欠けらすら存在しなかった。
「大体寝過ぎなんだぬしは。普段しっかりと睡眠を取っておるのか」
「どうも今日は大変気持ちの良い天気だったので、昼寝にはもってこいでつい。先生も今度どうですか?  日光を浴びながらの昼寝も気持ちが良いですよ?」 
「生憎、夜に寝ている分だけで足りておる」
それはいわゆるお年寄り特有のアレでは、と言いそうになったが、向けられた拳を見えて寸前で押し黙る。
それを見てガーデニアンも上げかけた拳をおさめる。自分に対する不届きな悪意に敏感なのか、分かっているぞ言わんばかりの視線で彼を睨み付けた。
(ふぅ危ない危ない。……にしても困ったなぁ)
鉄拳回避に成功はしたが、内心はどうしたものかと悩んでいる。魔法学園に在籍する以上避けられない基礎科目。実際、彼を除いた全学年。初等部を含めて基礎科目を受けず進級してきたのは、彼を除いて他にいない。
(入学した際はそこまで意識してなかったが、まさかここまで尾を引くことになるとはな)
その為この補習部屋には、ガーデニアンと彼以外は誰もいない。完全なマンツーマンな指導のもと行われるが、本人したら本当に困った対応のされ方だった。
「少し真面目に受けようとせんのか?」   
「補習は苦手なんですよ。基礎科目もどうも肌に合わなくて」
ガクリと肩を落とす教師に心苦しく思いながらも、ジークは苦笑いで答える。その様子に眉間のシワが濃くなるガーデニアンを見て余計に悪くなったかと思うが。
(基礎はどうしようもない。俺のようなタイプじゃ相性最悪なんだ)
不真面目な態度を崩さない。自分の為に怒ってくれる目の前の教師には申し訳ないが、こちらには人前で出来ないことが多過ぎるのだ。
「ハァ、全く、そんなんじゃから───」
「学園の厄介者?  それとも問題児ですか?」
教師の台詞に被さるように割り込む。敢えて期待に満ちた目で彼は教師に尋ねるが、それほど複雑な思惑はない。いっそのこと不満を爆発させて、目の前の教師からも見離された方が彼にとっても楽な選択。いや、救いだった。
(まだ一年しか経ってないが、もうこんなんだしな)
罵倒されるのも慣れていた。存在を否定されるような扱いも。若干疲れた様子ではあるが、それを彼が自覚しているかは不明だ。
さっさと済ましてこの場から去りたいことしか頭になかった。
ところが。
「両方じゃバカタレ。……ハァ〜、いいから続けるぞ」
   
「え」
いろんな可能性を予想していた彼に反して、ガーデニアンは前と変わらず、ただ呆れ果てた様子でいつもの悪態を吐くだけに終わる。最後には深い溜息を零したが、結局彼の予想とは異なりまだまだ付き合うといった様子で、呆然とする彼を他所に持っている教科書に目を向けた。
カーン〜! 
カーン〜!
が、そこで校舎全体に鐘の音が鳴り響く。
それは授業の終わりを知らせる鐘の音。今のおそらく下校時間の知らせであろうが、それが鳴った瞬間、ジークの動きはノロノロからサッと変化した。
「あ、下校時間ですね!  それじゃ先生お疲れさまでしたぁー!」
「まぁ、待つんじゃスカルスよ」
無駄のない動きで教科書やノートを鞄に入れて、迅速に教室を出ようとしたが、そこで待ったを掛けられてしまった。
「ちょっと、なんでですか!?」
「いや、なんでですかって、ぬしなぁ」
心底不満そうに口にする彼に、ガーデニアンは呆れた表情で告げる。
「補習授業と鐘の音は関係ない。それにぬしは寮生じゃろう?  下校時間といってもまだ全然余裕があるじゃろうが」
「くっ!  なんて強引な!」
「だったらもっと真面目に受けい」
ちょんちょんと机を指すガーデニアン。口にはされてないが、さっさと席に戻れと告げらて追い込まれるジーク。どう切り抜けるか考えるが、有無言わせないガーデニアンの眼差しに弱ってしまう。
(はぁ、さすがにこのままじゃ無理かぁ)
悩んだ末、とうとう折れるようにして彼は口を開いた。
「すみません。正直に言いますが、実はこの後予定があるんです」 
「補習日に予定を加えるな馬鹿者め。────依頼か?」
「えぇ、まぁ……」 
悪態を吐きつつも気付いたガーデニアンが言うと頷くジーク。
依頼とは、冒険者ギルドで行われている仕事のことだ。彼は冒険者ギルドに所属している。というか、学園のほとんど生徒が冒険者となっていた。
学園に入学する為には受験による筆記試験と実技以外にも、幾つか条件を満たすと入学が可能でさらに学費が一部免除になる制度が含まれている。
そのうちの一つに、『冒険者ギルドに登録している者は学費が二割安くなる。さらにその分の試験が免除となる。』というのがあるのだ。
この条件の場合は、筆記試験が全然なダメな人が得だ。幼少期から教育を受けている貴族の生徒などは、それほどこの制度を利用している者はいないが、逆に平民の大半は筆記が得意な者が少なく、この制度を頼っていることが多い。ちなみに彼もこの制度を利用して入学試験を楽していた。
(ま、依頼自体もそんなに受けないけどな。目立つと面倒だし)
そうしてジークが冒険者の仕事依頼を今日にしたのは、補習授業からの脱出を狙ったからだ。もちろん依頼を受ける以上しっかり行うつもりであるが。
「間違いなく狙ったのぉ。まったく……」
当然ガーデニアンもそんな思惑も手に取るようにお見通しであった。学生なのだから勉学を優先しなくていいのかと言いたくもなるが、本当に依頼を受けているのならこれ以上粘っても無駄か、と苦笑混じりに思いながらまた深い溜息を吐いた。
「はぁ〜!  仕方ないのぉ!  さっさと行ってこい」
「──!   では、失礼します!」
了解を得て素早く鞄を持つとガーデニアンに向けてお辞儀。もう表情が「終わりました!  帰ります!」といった笑顔となって、ガーデニアンに向けて敬礼をしていた。
そんな様子にガーデニアンは苦笑いするしかなかった。
「本当に仕方ない小僧じゃ。今日だけじゃぞ?」
「ありがとうございます。ガーデニアン先生!」
「はぁ、本当に良い性格しとるのぉーぬしは!」
何だがいつもこんな感じな気が、とブツブツ呟くガーデニアンを置いて、さっさと教室を出ようとするが。
「──のう、スカルス。ワシはグラサンでも人を視る眼はある」
「?」 
去り際になって神妙な面持ちのガーデニアンが自身のグラサンを指して言う。 グラサンは関係ない気がするが、とジークは思ったが、なんだか普段と違う雰囲気に余計な口が開かなかった。
「ぬしが何故そこまで実力をひた隠しにしてるか、ワシは知らん。学園をサボりまくる理由もじゃが。それでも、ぬしの……その内なる真価を隠すのは、到底不可能じゃぞ?」 
とガーデニアンは言うが、実は彼だけではない。
この学園に居る数少ない実力者たち。そして街に居る高ランクの冒険者たちも。彼の実力については、まったくと言っていいほど評価は出来ないが、注目をしていた。 
学園での彼の順位は、下から数えるのが早い。
登録している冒険者ランクも下から三番目のFランク──《初心者》だ。 
冒険者、そして学生としても低ランクであることから、その力量は表向きにはハッキリとしているが、そんな彼に対して周囲、いや、その中でも強者からは、少なからず一目置かれていた。
底がまったく測れない彼の深い身の奥を知りたいと思いながらも、意味も分からず足を竦ませて誰も近付くことが出来なかった。
だが、当の本人であるジークは。 
「んー?  実力とか真価とか言われても意味がよく分かんないですね。それに隠すもなにもこれが自分なんで、それ以上なんてありませんって」
と、惚けるだけで、ガーデニアンの話にまったく合わせようとしなかった。
これは拒絶だ。
遠回しにではるが、これ以上は踏み込んでくるな。こちらに関わってくるな。と惚けた目で語っていた。苦笑顔ではあるが、目が全然笑っていないのをガーデニアンは気づいた。
「ぬしがそれで良いのならそれで良いがのぉ」    
そんな彼の視線を受けて、ガーデニアンもこの辺りで止した方がいいと踏み止まる。別に殺気を当てられた訳でもない。これは長年の経験による危機察知能力のおかげだ。
踏み込んではいけない領域というものを、この教師はしっかりと把握していた。
  
「では、お疲れ様した」
「うむ、今度は必ず補習はするぞ?」
「…………?」
ようやく終わりだと思った矢先。去り際にしっかりと告げる教師を見て、ジークはしつこいなぁ、といった顰めた面をするが、次の瞬間には、これまでにない一番の惚けた顔で首を傾げると、全然聞こえないような様をして返事すらせず、スキップ気味に今度こそ教室を出て行ったのだ。
「……」
廊下から聴こえる足音が遠ざかる中、やれやれとガーデニアンは呟く。肩を凝った様子でポンポンと肩を肩を叩きながら、去っていた彼の机を小突く。
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